光明神域攻略戦～神殺しへの布石

■リプレイ

●浄土の方より攻め参る
　琵琶湖西側から植物迷宮に乗り込んだケルベロス。広大すぎる迷宮には、他の仲間も入っているはずだが、遠すぎるのか声すら届く気配はない。
「静かね」
　内部で不穏な物音がないかと耳を澄ませていたコーデリア・オルブライト（地球人の鹵獲術士・e00627）だが、今のところ不審な気配はない。
　また案の定、電波は圏外でアイズフォンの類も役に立たない。
「んー……他の方との連絡は、ここでは無理なようですね」
　残念そうにエレ・ニーレンベルギア（追憶のソール・e01027）は息を吐いた。
　迷宮は幾層にも分かれていた。穴や蔦による昇降だけでなく、上り坂を登っているといつの間にか上層にでていることもある。それに、高低にも差があるらしく、場所によって十層になるところもあれば二層程度で終わってしまうところもあるし、天井の高さも場所によってまちまちである。
「なかなか難しいですね」
　手にしたタブレットにて自作ソフトウェアでのマッピングを試みているラインハルト・リッチモンド（紅の餓狼・e00956）は、まさにダンジョンというべき琵琶湖迷宮の複雑さにため息を吐く。他チームと連携は絶望的なので、自力だけでこの迷宮のマッピングを行わなくてはならない。
（「こうゆうのが一番疲れるんだよな……」）
　ラインハルトは面倒な状況に内心ため息を吐いた。
　ずるずると緑の床に黒い線が引かれていく。日柳・蒼眞（落ちる男・e00793）は一計を案じ、自らの刀の鞘の先端に油性ペンをくっつけて、引きずりながら歩いているのだ。
　これならば何度も同じところをぐるぐる回ることはあるまい。暁・歌夜（ヘスペリアの守護者・e08548）のアリアドネの糸もある。今のところは堂々巡りの憂き目にはあっていない。
　幸い、方位磁針やスーパーGPSも機能しているようだ。
「まさかこういう方向でダンジョンアタックする羽目になるとは思わなかったなー……」
　エンデ・シェーネヴェルト（フェイタルブルー・e02668）は琵琶湖迷宮の全体像の写真を端末に保存しておいた。が、迷宮が広大すぎて、あまり役には立っていない。外の高さで、階層の数が分かればよかったが、天井の高さが場所によって違うので、外の形状から内部が想像しづらいのである。
「なかなかおもしろいね」
　先頭を行く葉月・静夏（戦うことを楽しもう・e04116）は楽しそうに、垂れ下がった蔦をかいくぐり、
「あっ、行き止まり！　穴があるから、ここから降りろってことかな？」
　ぴょんと穴へと飛び込んでいく。
　行き止まりの壁に美津羽・光流（水妖・e29827）はスプレーでバツを描いた。広大すぎて他の面々と行き合うことはなさそうで、この印も他チームの目に止まることはなさそうだが、それでも出来ることはやっておく。
（「湖を植物だらけにするなんて、神さんもいらんことして……」）
　憤然とした気持ちを内心に押し込めて、光流は仲間の後を追うべく穴に飛び込んだ。
　そしてケルベロスは、穴の先でデウスエクスに出会う。
　モザイクが目立つ金髪に赤い花を咲かせ、紫のドレスが豪奢な女――ドリームイーターのゼロに。
「あら、ウサギが来たわ。ナンナのためにこれ以上先には進ませる訳にはいかないの」
　赤い瞳を瞬かせ、ゼロは悠然と金色の装丁が麗しい紫の本を開いた。

●赤き花が彼女を繰る
　コーデリアはゼロを目の当たりにし、一瞬心がヒヤリと凍りつくような感覚を覚えた。
（「こんな形で関わるとは……」）
　コーデリアは彼女を知っている。父の仇だ。吹き上がるような激情、だがコーデリアは冷静を保つ。
「目的はナンナ撃破。ゼロには時間を割きたくない」
　それでも憎しみの心は押さえきれない。コーデリアの握りしめたケルベロスチェインが軋む。彼女のミミックが気遣わしげに主を見上げる。
「ミミック、今回ばかりは譲れないわ」
　コーデリアの硬い声に、ミミックは勝手にしろと言わんばかりに視線をそらした。
　ゼロの体から攻性植物がゾワリと噴き上がるように伸びて、エンデを絞め殺そうとする。
「させないよっ！」
　静夏が庇いに入った。
「あれが、侵略寄生している攻性植物か」
　蒼眞は冷静に蔓草を見やる。そして、斬霊刀を抜き放つと、達人の一閃をゼロに浴びせた。
「負けて想いを捻じ曲げられ誇りを奪われているのに疑問すら抱けずに、しかもその強制的に従わされている相手に尽くす事に喜びを感じているってのは、哀れとしか言いようが無いな」
　蒼眞の哀れみの視線の意味を、ゼロは分からない。ただただ艶然とゼロは微笑んでいる。
「ミドガルズオルムの召喚は、絶対に阻止しませんと。ですから、早々に退場頂きますっ！」
　エレが従えている攻性植物は、ケルベロスに黄金の果実の光を与える。
　一方は地球を侵略しようとし、一方は地球を守ろうとする者に助力する。攻性植物たる存在のアンビバレントを体現する光景であった。
　キトゥンブルーの残光二条。
　眼光の残照のみを残す速度で、エンデの足がゼロを薙ぐ。切れたドリームイーターの皮膚下にうごめく緑。彼女の寄生の程度は深刻なようだ。
「元はこんなんやないんやろ？　けったくそ悪い」
　ゼロの惨状を目にした光流は、不愉快そうに吐き捨てた。
「デストロイブレイドッ！」
　退魔の撞木をぶん回し、静夏は咆哮と共にドリームイーターに斬りつける。否、これは殴りつけると言ったほうが正しい。
「長々と使い込んでいくうちに、こういうことも出来るようになりましてね？」
　歌夜は前衛を包むように天空から召喚した剣戟陣を広げた。守護するように剣は前衛の周囲を回っている。
　コーデリアが投げたケルベロスチェインは、ゼロの腕に巻き付き、締め上げる。合わせるようにミミックが飛びかかって、鋭い歯がぞろりと生えそろった箱で挟むように食いついた。
　ラインハルトによって遣わされた鮮血剣の一群は、ゼロが長い黄金鍵ではたき落とす。
　長物を取り回す隙を見逃さず、光流は螺旋を描く手裏剣を射た。ゼロの魔導書が紙片を零す。
　ゼロは魔導書で、石化の呪いを静夏にかける。手裏剣で少し破れていても、その猛威は健在だ。
　ピキリと痺れる手足の感覚を、静夏は笑顔で耐える。まだ、この程度スリルの一部と楽しむ余裕はある。
　エレが迅速にウィッチドクターの秘術をもって、静夏の呪いを解いた。
　歌夜のヒールドローンも前衛を周回して、守護の意志を示す。
「……俺は奴隷の幸せや狂気の歓びよりも、己の魂の自由を選ぶぜ」
　ぞぶりと絶空の斬撃――蒼眞の一撃が、ゼロの柔肌に食い込む。
　ひゅるりと翻るは尻尾を思わせる結い髪――猫が駆けるような柔らかさと素早さで、エンデによる降魔の拳が間髪入れずにゼロの体に埋まる。
「スカルッブレイカーッ！」
　静夏の振り上げた標識斧が、ゼロのモザイクに落下する。
　ミミックが黄金を撒き散らし、ゼロの視線を奪った瞬間、死角で空間が爆ぜる。コーデリアの精神集中によって、念力が爆ぜたのだ。
　赤い花の花弁がはらりと落ちる。
「ああっカンギ様の祝福が！」
　ゼロは初めて負の感情を示した。
「……もうすっかりカンギのしもべなのね。私の父の消息……いえ、記憶すらもう貴方には無い、と思ったほうが良いのかしら。仮に知ってたとしても教えてくれないでしょうし」
　コーデリアは憐れむように呟いた。
「記憶？　うふふ、私の欠けた記憶など、もういいの。だって私は今、カンギ様の記憶で満ち満ちている！」
　両手を広げ、歓喜を口にするゼロ。
「そう。いいわ。父のことは自力で探す、その為にも此処で貴方を倒す……！」
　コーデリアはきつくゼロを睨めつけた。
「私は倒される訳にはいかないの」
　うっとりとカンギへの思いを歌うように口にするゼロに、ラインハルトの光剣と光流の斬撃が迫るが、虚しく空を切る。どうにもうまく当たらない。当てることを主眼に立ち位置を決めたほうがよかったか。
　ゼロは詠唱によって自身のモザイクを賦活させる。
　敵が回復に手番をとった今が、畳み掛ける時。エレは天翔ける星の光を光流に与えた。
「煌めく星の加護を、此処に。降り注ぎ、満ちろ！」
　迷宮内に夜の輝きが満ちて、光流の集中力を高める。

●尽きる命は何を歌う
「ランディの意志と力を今ここに！　……全てを斬れ……雷光烈斬牙……！」
　エンドをブレイクする冒険者の力の一端を下ろす詠唱により、蒼眞は瞬間的に手に入れた力をゼロにすべて叩き込んだ。
　続けてエンデがナイフをゼロに突き立てる。
　ドリームイーターの血の代わりに緑の破片が飛び散る。
　静夏の左拳はゼロに届かない。歌夜の白銀の刃もまた。
　ゼロが嘲りの笑みを浮かべかけた時、白い細腕に鋭い牙が突き立つ。ミミックだ。
　振りほどこうとゼロがミミックを振り回す。
　彼女の注意がサーヴァントに向かっているのを好機と、コーデリアは緑の床を蹴る。体内のグラビティ・チェインを凝縮させ、振り回したケルベロスチェインに乗せて叩きつける。
「You're mine！」
　ラインハルトの鮮血剣一斉射撃は、今度こそゼロを串刺しに処した。
　そして、エレの加護を得た光流の流星を思わせる蹴りは、正確無比にゼロの赤い花を踏みにじる。
　聞くに堪えない絶叫をあげるゼロに、微笑を浮かべる光流は静かに告げた。
「すぐに神さんも後を追わせたる」
　ゼロの体から緑が伸びて、黄金色の果実を実らせた。光り輝く果実が、ゼロの損傷を修復していく。
「敵は追い詰められています！」
　エレは再び星を喚ぶ。前衛に光り輝く星の加護を降らせる。
　額の真紅のバンダナをたなびかせ、蒼眞はゼロの懐に飛び込む。
　蒼眞の放つ達人級の一撃が、大上段からゼロの右腕を落とす。返す刀で蒼眞はもう一撃を下から上へと放った。左腕も落ちる。
　断面は植物のそれだった。
「ろくなことになんねーうちに、急がねーとな」
　エンデは呟き、静かに音もなく疾走する。両手のガントレットの仕込み爪を胴へと突き立てると、右、左と引っ掻くように力を込める。
「――さようなら、美しい世界にお別れを」
　めり、と嫌な音を立て、ゼロは左右に分かたれた。
　だが、まだ植物はゼロをつなぎとめている。
「往生際が悪いですね」
　ラインハルトが居合でこの接続を断ち切ろうとした。だが、コーデリアがその前に進み出る。
「ゼロは私の宿敵、父の仇。……せめてトドメは私にさせて」
　静かに頼む彼女に、ラインハルトは譲るように一歩下がった。
　コーデリアは、無残な仇を見つめた。
「良い事も悪い事も含めてこれまでの積み重ねが今の私」
　低く自分自身に言い聞かせるように、コーデリアは呟くと、ケルベロスチェインを叩きつけた。
　鎖が縦一文字に振り下ろされ、ばりばりと緑は引きちぎられた。
「あ……」
　両断されたドリームイーターは、どさりと重い音を立てて迷宮に沈んだ。
「……行きましょう」
　コーデリアはしばしゼロの遺骸を見つめていたが、振り切るように仲間の方へと向き直ると、確固たる口調で言うのだった。

●砕け散る世界で
　ゼロを倒したケルベロスは、マッピングを続けながら迷宮を進んでいた。
　あれ以降、特にデウスエクスの来襲はない。だが、ナンナの気配にもたどり着けない。
　進行方向としては、根本の中央方面。それはスーパーGPSによって、確実に向かえていることは分かるのだが。
「……？」
　歌夜は、かすかな音に気づいて周囲を見回す。
「どうしました」
　ラインハルトが尋ねると、歌夜は静かにするようジェスチャーで伝え、耳を澄ませる。
　まるで枯れ葉が落ちるような、否、剪定された枝が落ちるような音が連続していく。
「崩壊してきています」
「えっ？」
　歌夜の言葉に、ケルベロスは驚く。だが、すぐに足元の植物も枯れ落ちていくではないか。
「いったい何が起きてるの？」
　と戸惑う静夏に、
「ナンナが倒れたんですよ。だからこの迷宮を支える力が失われて、崩れてきてるんです！」
　エレが言う。
「他のやつに先を越されたか……」
　蒼眞は少し悔しげに呟く。だが、目的は果たせた。これで、ミドガルズオルムを召喚する儀式は阻止できたのだ。
「ほな、ここにもう用はないさかい、さっさと脱出せな」
　光流がアリアドネの糸を辿ろうと後ろを振り返るが、どんどん崩壊していく迷宮は、おびただしい枯れ草で退路を断ってしまう。
　その様子を見た歌夜は一瞬考えた後、
「少し離れてください。ディフェンダーの人はいつでも庇えるように」
　と言い置いて、草壁を月光の軌跡で切り裂いてみた。
　静夏とミミックが身構えたが、想定していた自爆は見られない。
「崩壊してきてるから、自爆する力ももう無いのでしょう。来た道をたどるより、一点突破を試みたほうが早いですね」
　状況を見たエレが言う。
「まさか、こういう方向でのダンジョンアタックもする羽目になるとは、ますます思ってなかったなー」
　ぼやくエンデをはじめ、ケルベロスは一斉に自分の得物を構えた。
　すべての障壁を物理で排除し、外へと出るために。

作者：あき缶	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年12月9日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 2／感動した 0／素敵だった 0／キャラが大事にされていた 0
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