光明神域攻略戦～別れの血潮

■リプレイ

●迷子
　一面の色を目の覚める光だと思う。
　天井を閉ざし、暗鬱に広がるであろう通路がしっかり見渡せるのは、僅かに入る光や植物自体が仄かな輝きを見せているからだろうか。その光を頼りに自身の掌へ視線を送ったアニー・ヘイズフォッグ（動物擬き・e14507）は、僅かに眉根を寄せる。
「ジャミングという事ではないけれど、見えないね」
「やはり難しそうですか」
　そう言って一緒に覗き込むのをやめたエルス・キャナリー（月啼鳥・e00859）は、残念そうに顔を曇らせつつも、自身が持つ琵琶湖の地形図へと視線を落とした。
　レプリカントであるアニーのアイズフォンには、他班との連絡を期待していたのだが、迷宮の何かが作用しているのかうまくいかないようだ。頼れるのは自らが持つ位置把握の術――これは仄かに光る場所が示されてはいたが、思わずため息が出てしまうのは、その位置が大まかである所以だろう。持参した地図類は琵琶湖の上部から見たものであり、位置こそ分かるがこの迷宮ではやや役不足だったのだ。
　最深部に潜ってボス倒すというＲＰＧの定番の様な今回の仕事に、オラトリオは若干の期待を抱いていたのだが、うまくいかない部分が出てくる事は現実的だ。
「まあまあ、今はできる事をやって行きましょう」
　そう言って自身の帽子の縁を触ったヒューリー・トリッパー（笑みを浮かべ何を成す・e17972）は、上部へと視線を向ける。髪影に隠れた瞳で望んだのは、ここから三メートル程度上にぽっかりと開いた穴だった。
「まるで、遊園地の巨大迷路のようですね」
　同じく見上げた櫻木・乙女（愛桜千景・e27488）が告げると、仲間達の溜息が聞こえる。かれこれこんなアグレッシブな進軍を一時間弱は続けている。
　迷宮の内部は予想以上に入り組んだ造りとなっていた。というのも、迷宮の上部は開いておらず立体的に折り重なった道であった。通路の広さや天井の高さはまちまちで、多い所では十層以上の階層が存在するなど、とにかく導き手となるマップが作りにくい。そんな道を記しながら、エルスはうんざりとしてつい口を尖らせた。
「せめて自分達の進んだ場所だけでも記せたのが御の字でしょうか」
「そうやねぇ、しゃーないさ。やれることだけやりゃあ後は運を天に任せるってね」
　言って兎塚・月子（蜘蛛火・e19505）は手中のナイフを回すと、迷宮の一部へと印を付けた。印を施す事は原始的ではあるが、どのルートを通ったか確実な証拠にはなる。
「体感的にも奥へ進んでいるのは確実なようです。あ、足元を失礼します」
「有難うございます。そちらもお気をつけて」
　結城・レオナルド（弱虫ヘラクレス・e00032）が先を遮る植物を避ければ、ウィッカ・アルマンダイン（魔導の探究者・e02707）は会釈をして先へと進んでいく。通りにくい所に絡まった植物は触れても大丈夫らしく、無駄なダメージを負わずに済む事はありがたかった。また、これまでに敵と遭遇しなかった事や、迷宮の複雑化が体力を奪わなかった事は同じく幸いだ。
　その後半が日々の鍛錬の賜物だと自負した稲垣・晴香（伝説の後継者・e00734）は、先ほど上り切った高台の穴から振り返ると、これまで進んできた道へと視線を向けた。
「魔女の迷宮……ね。なんとなく童話の登場人物になった気分だわ」
　女神を探し求めて彷徨うのは、確かに物語の様だ。そんな幼子の夢に似た感覚に惹かれた時、ふと『聞いた』。
　それは微かだが確実に存在する音。
「ねえ、何か聞こえない？」
　晴香の言葉に仲間達の動きが止まった。やがて一同に顔を見合わせてから耳を澄ますと、穏やかな音を掴まえる。
　それは糸引く様に、細く、細く。
　ころころと転がる音にケルベロス達の足は惹かれていった。

●血実
　音というよりも声なのだと気が付いた。
　おそらく音の連なりが声という認識を消したのだろう。その危うい感覚を異物と感じ取ったヒューリーは、抜身の得物を手に気配を探った。
「こちらからですね」
「ええ。……ほら、そろそろお出ましのようですよ」
　乙女のそんな言葉にアニーは唇を引き締めると、じりじりと先へと進んでいく。やがて斥候よろしく先頭を進んでいた晴香が、角を曲がった先から声――女の歌が確実に聞こえる事を告げると、ケルベロス達の間に緊張が走った。
　進むか否か、その迷いさえも今はもどかしい。だが、覚悟を決めたケルベロス達が慎重に歩を進めて踏み入れた先は、大きく開けた広場の様な場所だった。
　天井まで伸びた巨大な一本の樹、夏の若木と見紛う艶やかさを持つ美しい緑、たわわに実る果実――そのひとつを愛おしそうに触れる女は背を向けている。ふと、その手が実をもげば声が止まった。
「美しい色。まるで私の忠誠心のよう……そうは思わない？」
　振り返りもせずに、女は自身の手の中にある林檎を弄る。
　相手に姿は見えずとも、すでに侵入を気づかれていたのか。奇襲は不可能だと悟ったケルベロス達は視線を交わすと相手を警戒しながらも進み出る。その気配を感じたのか、相手は手にした籠へ林檎を入れた。
　そうして振り返る。
　現れたのは血の流れよりもなお深き赤の瞳だ。
「私はヘスペリデス。カンギ様より託されし女神へ贄を望む者」
　其は強き絆で結ばれたカンギ騎士団。
　衣擦れの音と共に名乗った女が振り向けば、レオナルドの顔が曇った。見覚えのあるかの者は、自身の過去を歪めた者――パッチワークの魔女が一人、第十一の魔女ヘスペリデスに相違ない。
　瞬間、記憶の小箱が開かれる。
　縁を分かち、力に屈した魔女達の宴――引きずり出された事実に、子師の胸で燃える焔が揺れていく。それが震えから来るものだと気が付くと知らず内に胸元を握っていた。
「大丈夫ですか」
　掛けられたヒューリーの言葉に、レオナルドは首を振る。
「……俺、なさけないですね。宿敵と決着を付けられる機会を得たというのに恐くて、怖くてしょうがないです」
　僅かに溜まった固唾を飲み下す。それでもこの先の言葉を紡がねばなるまい。
　自分を起こす為に。
「恐い、怖いですけど……それでも、俺達がやらなきゃですね」
「そうやね、レオナルドの気張り見せてもらわンとな。ならこれ以上の問答は無用だ、灰ンなってろ」
　言った月子が獅子の背中を叩くと得物を向ける。その隣へとウィッカが立ち並んだ。
　柘榴と溶ける赤眼が真っ直ぐに魔女へと向いている。
「パッチワークハロウィンの元凶たるヘスぺリデスが相手ですか、相手にとって不足なしですね」
「だったら、油断はできません……！」
「ええ、あの大騒ぎの責任を取って、滅びてもらうとしましょうか」
　エルスとウィッカの言葉にケルベロス達は身構えると、魔女へと意識を集中させていく。
「哀れな者、死して去るがいい」
　緑黄の美しい髪が揺蕩い、黄金の鍵が回る。
　その切っ先が弱虫なヘラクレスへと向いた。

●楽園
　牙の閃きが合図だった。
　地表を埋めた樹蛇の群れを次々に紙一重で交わすと、ヒューリーは得物を二刀と構えて吠えた。
「阻む邪魔者は三枚卸しですよっ！」
　着地の後に間髪を入れず、吐いた気をそのままに間合いを詰めていく。その背を押す様にアニーの手から解き放たれたミサイルは、魔女へと降り注ぎ苦痛の声をあげさせた。
　その様にヒューリーの口元がにやりと笑う。
「さぁ、斬り切りいきますよ」
　閃くは無境ノ鞘：黒玄浪叉識真――対と踊る衝撃波の刃に魔女の身が溺れれば、その影に沿って『ドラゴンの幻影』が焔を解き放つ。その指示者である乙女は、己が手でベルセルクの名を持つルーンアックスを回すと、呻いている魔女に向かって言葉を吐いた。
「今更後悔しても遅いですよ。あなたの運命は決まっています。ここで、終わると」
「お黙り、栄えあるカンギ騎士団である私が終わるなどあり得ない！」
「栄えなんてわかりませんねぇ……所詮はデウスエクス、という事ですか」
　そう鼻で笑うと乙女は戦場を次の攻め手へと譲る。
　根本が違う理解できない種族。相手の側面がわからないからこその畏怖ではあるが、敬意の不足は悲しい感情かもしれない。
　合間に零れる感情を払い、次に戦場を貫いたのはウィッカの放った炎弾だ。文字通り燃え盛る一撃を受けた魔女は、痛みに身を捩りながらも自身が持つ籠からモザイクの林檎を掴み上げ、力の限り握り潰す。
　そうして生まれた光――魔女の身を蝕んだ傷は、瞬く間に癒されるとその体を守る様に光を渡らせていく。
「カンギ様に授けられしこの花芽が私を生かしてくれる！」
「……信頼やら友情やら、笑わせないでよ。ただの縛る糸でしょう」
　――雑草に操られるデウスエクスは、所詮からくり人形。
　そう啖呵を切ったのはエルスだった。彼女の手が地面に守護星座を描くと、瞬く間に癒しと守りの力を最前線の者たちへと施していく。
　その恩恵に笑みを浮かべた晴香は、自身のつま先を数回地面へ叩き付けると地を蹴った。世界的有名美人レスラーが走る先は、だれも止められない勝利への一撃――流星の煌めきと重力を宿した蹴りが振り下ろされる。
　強かに穿たれた衝撃。連打に生まれた隙を月子が見逃す訳はない。
「たまには焼き林檎も悪かないやね」
　言葉の後で爆発音が上がる。悲鳴と混じり上がる煙に、月子は唇を軽く舐めた。
　幾重にも重ねた攻撃の波を泳ぐ様に、レオナルドは得物を引き寄せていた。抜身の刀身が見せるのは仲間とともに立つ戦場の煌めきだろうか。そこに現れた戦場の空気は獅子を立ち止まらせる。
　早鐘に鳴る心臓、ともすれば竦む足。雄々しい鬣にしがみ付くもろい心を持ったままで、レオナルドは懸命に魔女の動向を負った。
「これ以上、恐怖が撒かれないように……もう何も、お前達に奪わせたりしない！」
　吐いた気と共に間合いを詰める。
　胸に灯った焔が青々と燃え、導の灯となり焙れ踊る。そうして滑り出された刃は、第十一の魔女ヘスペリデスの腹を薙いでいた。その肉を、服を、心を。傲慢に塗れた堕ち人の魂を断つ。
　弱い心のままでいる事。おそらくそれは今のレオナルドが持ちうる本当の姿だから――その心の在り様に、魔女は唇に溢れた血をそのままに微笑んだのだ。その様に獅子の刃が僅かに揺れる。
「やっぱりお前は弱虫だ」
　血の気を失った細い女の指が白く白く雄々しい鬣を掴み、柘榴の瞳が煌々と燃えた。
　瞬間、黄金の鍵が閃く。
　切り開かれると思った。
　痛みを感じぬ間に立ち上った血の香りに違和感を覚えると、黒い瞳は見開かれ波間に揺れた。
「だい、じょうぶ……、アニーたち、は、負け、ない、から……」
「アニーさん！？」
　庇う様にしがみ付いた娘の手の、何とか細い事か。
　その様に、魔女は血糊を吐いた唇を月の形へ釣り上げた。

●傲慢
　赤々と燃えた炎は誰を焦がしているのだろう。
　いや、それは炎ではない。
　血の飛沫だと気がついたレオナルドは、アニーの体を抱きしめると彼女の身と共に倒れ込んだ。
「アニーさん！　しっかり、しっかりして下さい！」
「これは……まずいですっ」
　慌てたエルスが駆け寄るも、その姿は短時間で癒せるものではない。また、今戦場の要である回復役のエルスが治療に専念する事は、被害を増やすという事になりかねなかった。
　その判断は戦場の誰もが理解している。
　果たして、この戦で互いの心を幾つ拾えただろう。
　意図を糸で織る様に、広げられた戦場の布をそれぞれの手が引っ張り合う。それは少し寂しい気がするものであり、それぞれの物事において、方針を決めきれぬアンバランスさが招いた事かもしれない。
　誰かの為に穿つ事。
　誰かの為に守る事。
　僅かな疎通とすれ違いを繕い進まねばなるまい。
「何してくれんねや……」
　袖振り合うも多少の縁。月子は身を崩すアニーの前へ立つと、天狗下駄のつま先で地面を叩くと跳躍する。間合いを詰めて放つのは流星の煌めきと重力を宿した蹴りだ。凄まじいスピードの襲撃を、魔女は何とか受け止めると、慌てて後方へと下がっていく。
　間合いが空いた。
「私がカバーします、構えを！」
「頼むわよ！」
　ウィッカの言葉に答えたのは晴香だった。戦場での立ち位置こそ据え置きだが、意識して事に当たるならばフォローも出来るはずだ。それが最大最高の術であるならば、戦場の維持は可能だろう。だからこそ、見越したウィッカは己が魔術の最高峰を叩き込む。
「黒の禁呪を宿せし刃。呪いを刻まれし者の運命はただ滅びのみ」
　紡いだ呪が魔剣の色を暁と染める。詰めた間合いから振るわれるのは、体内を侵食しその身を滅ぼす刃――その対として晴香は相手の左後方へと回ると、鍛え上げた足腰の力を開放した。
「私の投げから逃げられると思ったら、大間違いよ！」
　素早い投げ技が決まると、二人はさっと間合いを開ける。よろめいた魔女目掛けて飛び出したのは、シャッポを被った青年がひとり。しかし、閃かせようと動いた刀も一度は弾かれてしまう。
　その一瞬に魔女の顔が狂気を灯した。
「食らいつけぇええええ！」
　伸びた攻性植物が、地を這い樹蛇となってヒューリーの腹へと食らいつけば、そのまま締め付けへと移行する。同時に聞こえた異音が、骨のきしむ音だとわかると、ヒューリーの口元が笑みを作った。
「言っておきますが、此れに斬れるモノは……無い！」
　紡いだ言葉を共に片腕で抜刀すると、瞬く間に紫の刃が刀身を包み霧散する。それは瞬く間に浸透する毒としての『紫』だった。包まれ蝕んでいくその存在に魔女は憎々し気な顔をすると、樹蛇へより一層の力を籠める。
　異音が響き、青年の意識が落ちるとケルベロス達に戦慄が走る。
「あっははは！　死ねぇ！」
「それはあなたですよ」
　加虐が生み出した隙。その一瞬を捉えた乙女は、施した呪と共にルーンアックスを振り下ろす。面白いくらいに鮮やかな一線を見せると、魔女の背中に血華が咲く。
「そんな、カンギ様……！！」
　見開かれた赤い目は、落ちてゆく日没に似ている。
　黄昏の娘が沈む。やがて訪れる暁を見ずに、深く深く沈んでいく。その命の灯さえも貪る様に身に纏う攻性植物は食らうと、宿主と共に溶けた。
　そうして得た沈黙に誰もが息を吐く。
　予想以上に消耗してしまったのだ、これ以上の探索は難しいだろう。傷ついた者の回復を待ち動くべき――一同がそう結論付け、それぞれの回復を待つと、不意に天井が揺れた。やがてそれが大きな振動へと変わると、慌てて脱出へと動き出す。
　一か八かで天井に穴を開ければ、不発だった事で脱出ルートが決まった。
　仲間達が青空の見えた穴へ飛び込む間に、ふと、レオナルドは振り返る。
　揺れる視界には萎れ始めた植物だけが映っている。
「さようなら、怖い魔女」
　その呟きは星屑の様で。
　瞬きを知らぬ言葉は、揺れる迷い路をさ迷うとほつりと消えた。

作者：深水つぐら	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年12月9日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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