光明神域攻略戦~樹囲いの御座

作者:譲葉慧

●淡路島上空
「ここが淡路島、ナンナが担当する琵琶湖と対となる美しい島ですね。さっそく、私の『超召喚能力』を見せるとしましょう」
 光明神バルドルが、手にした頭骨型の魔具を掲げると、淡路島全土を覆う植物の迷宮が生み出されていく。
 それを満足そうに見やったバルドルは、彼の護衛として付き従っていた、カンギ戦士団の面々に信頼の視線を向けると、軽く一礼する。
「では、私はこの中で、『ミドガルズオルム』の召喚を行います。皆さんには、私の身を守る警護をお願いしますね」
 そう言われた、カンギ戦士団の戦士達……ダモクレス、エインヘリアル、シャイターン、竜牙兵、ドラグナー、ドラゴンといった多種多様なデウスエクス達が、その信頼に応えるように胸を叩いた。
「任せて貰おう。我らカンギ戦士団、生まれも種族も違えども、確かな絆があるのだから」
 光明神バルドルが迷宮に入ると、それに続いて、カンギ戦士団の戦士たちも迷宮へと歩を進める。
 全ては、彼らの主たるカンギの為に。

 ヘリポートに、ヘリオンが集合している。これから開始される大作戦の為だ。
 デウスエクス各勢力の活動の陰で活動していた攻性植物は、ここのところ不穏な動きを見せていた。そして、それらがケルベロスに阻まれた為に、恐るべき作戦を実行しようとしている。
「淡路島と琵琶湖が攻性植物の手に落ちた」 
 マグダレーナ・ガーデルマン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0242) は、開口一番、そう先置いた。
 それがどれだけの事態なのかは、今のヘリポートの状況が物語っている。彼女は、ケルベロス達の反応を待たず、先を続けた。
「今現在、両地点とも、植物に覆われ迷宮と化している。これは『カンギ』なる攻性植物によるものだ。彼奴は先にハロウィンで事件を起こした者だな。その次なる手がこの淡路島・琵琶湖迷宮化だ」
 マグダレーナは、日本地図を取り出してケルベロス達に広げて見せた。地図には淡路島及び琵琶湖の作戦時飛行予定ルートが書き込まれている。彼女の個人的メモのようだ。
「カンギの意図は、いかなる手段でも破壊不能である蛇『ミドガルズオルム』の召喚だ。これが成功すれば、我々は攻性植物を地球から駆逐する方法をほぼ失うこととなるだろう。地球と民を守るために阻止せねばならない」
 植物や人に寄生してきた攻性植物の今までの動きと、趣を異にする大規模作戦だ。
 今まで本意が見えづらかったデウスエクスの、突然の大がかりな動きに思うところがあるケルベロスも多いようだ。
 マグダレーナはそんな彼らを、今は脅威の排除あるのみだと宥め、更に先を続けた。
「この作戦の要は、攻性植物に侵略寄生された二柱のアスガルド神だ。淡路島に『光明神バルドル』、琵琶湖に『光明神ナンナ』が設置され、その神力で二地点を迷宮化し、召喚の力とするつもりだ。迷宮を突破し、どちらかの神を倒せば、召喚は阻止できる」
 攻性植物としても、失敗できない作戦だろう。攻め込んでくるケルベロスに対する対策もされているに違いない。
 詳細を聞くまでも無く、その場にいる者は予想というよりも確信していた。
「カンギ側もただで迷宮を通してくれはしない。配下のデウスエクスが多数、迷宮を守っている。精鋭で尚且つ裏切ることは絶対にないそうだ。心して戦え」
 配下デウスエクス、という言葉に、精鋭とは攻性植物だけではないのだなという確認をマグダレーナは是んじた。
「過去にカンギと戦って負け、忠誠を誓ったデウスエクス各種族のようだ。お前達が迷宮に侵入すれば、迎撃に出た彼らと遅かれ早かれ交戦するはずだ。彼らと交戦して迷宮を突破し、『光明神バルドル』を探し出し倒す。大仕事だ」
 次に迷宮について語ろうと、淡路島の地図を指したマグダレーナに誰かが問うた。
 迷宮といっても、植物で作られたもの。切り払って進めば良いのでは?
 それに対して、地図から顔を上げ、マグダレーナは済まなそうな顔でケルベロスを見た。
「だと楽なのだがな……迷宮の壁や床は破壊されると自爆してお前達に傷を負わすのでな。全てを切り払うわけにもいかないだろう。忌々しいが奴らの迷宮をある程度は辿ってやる必要がある。苦労をかけるな」
 改めてマグダレーナは地図に目を落とした。
「アスガルド神が迷宮のどこに居るのかは分からない。迷宮は広いが作戦参加人数も多くなる見込みだ。探索開始場所、探索地域の工夫次第で探索効率は上げられるだろう」
 近くの班は早くもヘリオンに搭乗を始めている。そろそろこちらも刻限だな、とマグダレーナはごちた。
「『ミドガルズオルム』召喚阻止。これは、作戦に参加した全てのケルベロスの力が必要な大仕事だ。決して自分の班だけで全てを成し遂げられると思うな。作戦全体の中で己の役割を見定め、そこで最善を尽くすのだ。『地獄の番犬』よ、搭乗せよ!」


参加者
ノア・ノワール(黒から黒へ・e00225)
筒路・茜(赤から黒へ・e00679)
バーヴェン・ルース(復讐者・e00819)
相馬・竜人(掟守・e01889)
リュートニア・ファーレン(紅氷の一閃・e02550)
ミュラ・ナイン(想念ガール・e03830)
ゼフト・ルーヴェンス(影に遊ぶ勝負師・e04499)
一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)

■リプレイ


 もう冬だというのに、淡路島全体は、さながら初夏のような生い茂る植物に覆われていた。その様は縒り合せた幹、枝、葉全てで構成された大樹のようにも見える。その内部を迷宮が巡っているはずなのだが、上陸地点へ向かうヘリオンからすら、その全景は窺い知れない。
 天井は覆われており、空中から見通すことができない。その上、激しい高低差がある。簡単には迷宮に座す光明神バルドルの元へは至れないだろう。もとより攻性植物『カンギ』は、その為にこの迷宮を敷いたのだ。バルドルと琵琶湖にいる彼の妻ナンナの力で、敵知らずの魔蛇『ミドガルズオルム』召喚が為されるまでの時間さえ稼ぐためだ。
 召喚が成ったならば、地球は攻性植物の侵略寄生で一挙に滅ぼされてしまう。ケルベロスはバルドルとナンナを倒し、召喚は絶対阻止しなければならなかった。
 その為、この召喚阻止作戦には多数が参加している。小班に分かれ、島内の各方位から探索を行う、ローラー作戦だ。ヘリオンは、各々の探索開始場所へと散り、その中の一班が、淡路島南西部に降り立った。
「――ム。これは思いの外植物に侵されているな」
 蔦の隙間から中を覗き込み、バーヴェン・ルース(復讐者・e00819)は、とんとんと自分のこめかみを叩いた。上方にも繁茂する枝木のせいで、飛行偵察はどうも難しいようだ。もどかしいが足を使って地道に探索する他なさそうだった。
「そこから中行けそうか? ちょっと待っててくれ、少し入口開けるぜ」
 相馬・竜人(掟守・e01889)は着ている道着の力が与えてくれる怪力で、蔦を無理矢理こじ開けた。元に戻ろうとする蔦を引きちぎらないように開けられた入口から、ケルベロス達は迷宮内へと入ってゆく。

 迷宮内は、活き活きとした緑色で染め上げられている。外気温は冬だが、それをものともしていない。光明神の力が迷宮を造っているのだ。この緑の活力もその力によるものに違いない。もし、この様相が衰えることがあれば、それは光明神の力が衰えた時、即ち誰かが任務達成したということなのだろう。
「しかし、植物が作った迷宮だけあって静かだな。でも、ここには人間どころか動物すらいない。空気は澄んでいるのに皮肉なものだ」
 溢れんばかりの生気の只中で、ゼフト・ルーヴェンス(影に遊ぶ勝負師・e04499)は、ずっと違和感を感じていた。この迷宮で、動物どころか虫ですら見かけていないのだ。豊穣たる生命の力をこうまで放っていながら、己ら以外の生命を拒んでいる。迷宮は、まるで攻性植物が侵略寄生で目指す世界の縮図のようにも見えた。
 歪な生命の漲る場。だが、筒路・茜(赤から黒へ・e00679)は明らかに異質なこの地を、まるで頓着無しに軽やかな足取りで進んでいる。ノア・ノワール(黒から黒へ・e00225)と彼女の側で黒霧の形でわだかまる、ボクスドラゴンのコレールを急かせた。
「――、これってダンジョン探索、ってヤツだよね? ボスとかも居ちゃったりするっていうし、デウスエクスも『お約束』は守るんだね」
「様式美とも言うね。そう来るなら、こっちも正面から堂々と、ってね。様式美は全うされるから美しいんだし」
 迷宮各所には、カンギ麾下の戦士団がケルベロスを迎え撃つために巡回している。その中の誰かとおそらく出会い、交戦することになると予知されていた。どのような能力を持つのかは知れないが、強いことには間違いない。まさしく迷宮のボスというわけだ。
 しかし、今のところ彼ら以外の生者の気配はない。他班のケルベロスすら突入以降姿を見ていない。通信機器も機能しないこの迷宮では相互支援も難しい。降りかかった災難は己の班の力のみで払わなければならないだろう。
 リュートニア・ファーレン(紅氷の一閃・e02550)はボクスドラゴンのクゥを少し強く抱きしめた。不安の芽がきざした時、腕の中のクゥの確かな存在感が心を温めてくれるのだ。主を見上げるクゥの青い瞳は、いつも、どこまでも一緒だと、言葉なく語っている。迷宮の果てがどこにあろうとも、辿り着く先の先へ。彼は前を行く仲間達と並ぶため足取りを速めた。
 ある時は広く、ある時は狭く。そして道のりは真っ直ぐではなく、ゆるやかに曲がってみたり、突き辺りかと思ったら上層へ繋がる蔦が大量に垂れていたり、いつの間にか思わぬ高所へ出ていたりと、変幻自在の迷宮はケルベロス達を惑わせる。
「全く……似たような場所だらけで迷うよりマシなのかもしれねえがな」
 分岐点ごとに竜人はカラースプレーで印をつけていた。探索済み地点の把握と帰路の確保に役立つはずだ。時間が限られている今作戦では細かい地図作成の暇はない。
「一之瀬氏、目的地へは、いかほどかかりそうだろうか?」
 バーヴェンは、淡路島の地図を手にしている、一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)へ問うた。瑛華は長い睫毛を伏せ、地図に目を落とした。
「遠回りはしていますけれど、地図上では順調に近づいています。そうですね……後、長くても1時間程でしょうか」
 淡路島には何か所か、伝説に語られる地、歴史上の人物に関わる地がある。ケルベロス達が選択したのは、その中の一つ、古代の貴人が葬られたという陵だ。そこに宿る霊的な力ゆえにバルドルが座しているかもしれない。そう予想を立てたのだ。
 しかし、実際に迷宮へ突入してみると、島の上方を覆うように広がる迷宮の為、元の地形は全く確認できない。ミュラ・ナイン(想念ガール・e03830)は探索の方策を模索していた。他の班も同じ理由で探索先を決めていたかもしれない。ならば、彼らと被らない場所を探した方がいいのだが。段々と周囲が薄暗くなって来、ミュラはランプを点けた。竜人もヘッドランプを点け、二人の灯りが迷宮の壁に踊る。
 目指すならやはり島の中心部かな――そう考えながら、ミュラがかざしたランプの光に丸っこいものが浮かび上がる。上からぶら下がるような形の丸々としたしずく型のそれは、玉ねぎに似た果実のようだった。
 もしかすると、この辺りは玉ねぎ畑だったのかもしれない。そういえば、淡路島は甘くて美味しい玉ねぎの産地だ。その生産者の人達は島外への避難を余儀なくされていた。命は無事だが大事な畑を迷宮にされて気落ちしている。
 そんな彼らに思いを馳せていたミュラを呼ぶ声がした。声の方からは暗く生気の澱む迷宮を貫くように光が射し込み、仲間達のシルエットを浮かび上がらせている。
「この先に気配があります。皆さん、準備はよろしいですか?」
 既にリボルバー銃を構えた瑛華の声が、静かに仲間達に覚悟を問うた。


 そこは光射すホールだった。発光する植物に照らされ、強烈な白光に包まれている。その中心にはフードを目深に被った一人の人影が立っていた。人影は大鎌を持ち、良く見るとその身体は淡いオーラに包まれている。
 人影は、ケルベロス達の姿を認めると、自ら攻撃到達の間合いまで進み出た。
「ごきげんよう、ケルベロスの皆さん。僕はカンギ戦士団のフィデル、同朋の支援と癒しを司る者です。短いお付き合いになりますが、よろしくお願いします」
 丁寧な口調には揶揄や嘲りの色は無い。それだけ言った後は、口を噤みただ立っている。先にかかって来いということのようだ。
「じゃあ、折角だからお言葉に甘えて。茜、コレール、行くよ!」
 ノアの一声で、光照らす戦場が魔を孕む闇黒に埋め尽くされ、仲間達を包み隠した。黒の正体は、細く華奢な鎖だ。鎖は高い音を立てて弾け消え、後に残った黒霧に似た余韻は、仲間達の輪郭を分身したかのようにぶれさせている。
 薄墨色の残像の中から、茜が飛び出した。ディルキリーの大鎌が、風を切る。
「――、強者の余裕、なんだ? カッコいいけど、後悔すると思うよ? 私の大鎌はすごく痛いから」
 ノアの技で得た超感覚で、大鎌はフィデルの動脈に吸い寄せられるように振り下ろされ、派手に血煙が上がる。しかしフィデルはうめき声一つ上げず、やっと戦いの構えを取っただけだ。
 フィデルの挙動が何ゆえのものなのか不明だが、ここは攻撃あるのみだ。畳みかけるように髑髏の面を被った竜人が迫る。その右腕は竜のそれと化し、フィデルの喉笛を掴んだ。
「お前、ドラグナーだな? 俺にはわかるぜ、匂うんだよ。ドラゴンの成り損ないのな!」
 古の竜の力を秘めた竜腕の放つ気は、惰弱を追い散らし、強者を惹きつける。だが、今音を立てて首を絞めつけられながらも、フィデルの反応はそのどちらでもなかった。口元に仄かな笑みを浮かべているだけだ。その目線はフードに隠れて見えない。
「そういえば、僕はドラグナーでしたね。カンギ戦士団に加わってからこちら、すっかり忘れておりました」
 フィデルは大真面目な口調で人を食ったような言葉を返し、竜人との間合いが離れたのを見計らって所々に竜鱗の張り付いた片手を己の前にかざした。指にはめたリングから光が生まれ、フィデルの前に薄い光の幕となって展開する。そして、凄まじい勢いで、今までケルベロスから受けた傷が癒えてゆく……!
「なるほど、あなたは確かに、『癒し』を司る者、ですね」
 語りかける瑛華の言葉は、仲間達への警告でもあった。フィデルの癒しの技は、傷を癒すだけでなく心身の不調を除き、攻めの技はケルベロス達に下りた加護を打ち砕く。戦いはグラビティで癒せない負傷の蓄積で攻めてゆく形になるだろう。長期戦は避けられない。だが、ケルベロスも長期の探索に備え癒し手は多い。真っ向からの攻撃の応酬となりそうだ。
 瑛華はマントから見え隠れするフィデルの足元を狙いリボルバー銃を撃ち、弾丸は両足首の真ん中をそれぞれ撃ち抜いた。ガンスリンガー、それも瑛華だけが可能な精密射撃だ。がくりとフィデルは体勢を崩したが、この程度では過信は出来ない。追撃に動いたのはリュートニアとクゥだ。
 リュートニアは揺らぐフィデルの下肢に向けて、大量の礫を放った。負傷した足首近辺に容赦なく礫が当たる。フィデルの身のこなしが一段と衰えた。
「クゥ、お願い!」
 リュートニアの声に応え、クゥの吐いた風巻のブレスが、フィデルの足をざっくりと切り裂き、更に傷を深いものにした。ここまで動きを封じれば攻撃も通りやすくなるはずだ。回復される前に攻撃を叩き込みたい。
 ミュラは紫尖晶石ノ媒体【八芒星】を開き、極々薄い鉱石で出来た頁を破り宙へと放った。色合いを赤紫と青紫へと僅かに変え、八芒星の頂点をなした頁は姿見のようにミュラを映し出し彼女の似姿を空へ投影する。ミュラは八芒星に向けて力の言葉を行使した。それで初めて、この魔術儀式の本質が目覚める。
 その本質とは炎。人が立ち上がる為の糧となる希望、勇気……それらを熱く燃え上がらせ、戦う意思と変える炎なのだ。炎は仲間達へと飛び、闘志を燃え上がらせた。
 攻撃の機は今だ。フィデルが体勢を立て直す前に――ケルベロス達は攻撃へと転じる。

「おい、しっかりしろ!」
 血潮の根の名を持つ、危険な攻性植物が己を侵食しようとするのを屈させたゼフトは、巡る生命の光を放つ果実をノアやコレール、竜人に向けて掲げた。彼らはゼフトを庇い負傷が蓄積されつつあった。
「まず兵站を断つ、それが僕の流儀でしてね」
 身にまとうオーラからゼフトへ誘導弾を放ち続ける、それがフィデルの言い分だった。フィデルはたまに大鎌を投げつけてくることもあるが、全て一人を狙う攻撃であり、幸い護り手も癒し手も多いおかげで、誰も欠けずに戦いは続いている。
「だが、兵站を断つ前に己が倒れれば、元も子もなかろう……!」
 バーヴェンは斬霊刀をゆっくりと抜き放つ。刀に纏われた雷は、鞘から刀身が現れるにつれ、か細い火花から弾ける稲光となり、ついに渦雷へと変じた。霞の構えのまま、じり、と進む。一分のぶれもなく狙いを定めた切っ先は、フィデルの前に展開する光の盾を貫いて、体躯へと至った。
 斬霊刀が引き抜かれ、血しぶきが上がる。ケルベロスとフィデルと、これまでに戦場に流れた血はどちらが多いだろうか。 
「兵站が最重要だから狙うってか。ありがたいお言葉だ。さて……俺が落ちるか、その前にお前が落ちるか、賭けといこうじゃないか」
 口元の血を拭い、ゼフトは笑う。あと1度。自分が耐えられるとすればそこまでだろう。フィデルは言葉を発しない。だが、賭けには『乗った』。薄い笑みに混じった愉し気な色がそれと伝えている。
 フィデルは大鎌をくるくると回した。緩急激しく回る大鎌が放たれる。刈り取る生命を求めて飛来する大鎌はゼフトを狙っているのは自明だ。両者の間合いに竜人とノアが割って入る。その軌跡を捉え、己が身で阻めなければ――。
「貰った……!」
 竜人の胸から腹にかけてを、大鎌の刃が深々と裂いた。衝撃で一歩、二歩と下がりながらも、彼は不敵に笑う。機は生まれた。いや、生んだのだ。主の元へ戻ろうとする大鎌を、彼は無理矢理掴み、投げ返した。
 その軌跡の逆側からも、大鎌が迫っていた。死の影を色濃く纏い、滅びを告げる処刑の刃。掲げて戦場を奔るのは、茜だ。
「――、私の大鎌は痛いって言ったでしょ?」
 フィデルの首を刈り、くずおれる耳元に、茜は囁いた。そして更に、後悔した? と聞きかけて止めた。倒れ、被っていたフードが外れたフィデルの表情は、到底心残りのある者のそれではなかったからだ。
「任務を果たしました。時間は稼いだと思います。僕の死が大義の礎となるならば本望です。カンギ様、必ずや『ミドガルズオルム』を……」
 攻性植物の走狗であった者なりの在り様、死に様を見届け、バーヴェンは、その亡骸の側で黙祷を捧げた。
「せめて祈ろう。汝の魂に幸いあれ……」
 光射すカンギの戦士の墓所を、ケルベロス達は後にする。真に倒すべきものは、迷宮の更に奥にいるのだった。


 フィデルとの戦いでケルベロスが負った傷は深い。グラビティで癒せたとしても、傷の痛みまでは消しきれない。
「傷がなくなったわけじゃないから、無理しないでくださいね」
 リュートニアは痛みを抑える薬剤を調合し、仲間達へと投与した。ケルベロスはどんな痛みも耐えられるが、仲間達の表情が和らいだのを見て、彼は少しだけほっとする。
「あれから1時間は経ちましたか……。! 迷宮が!?」
 いち早く迷宮の異変に気付いたのは瑛華だ。周囲の植物が力を失い。がっちり結合していた壁や天井が崩れ始めた。迷宮を形作る力が失われつつあるのだ。
「きっと、バルドルが討ち取られたんだね。脱出しないと!」
 身を翻したミュラに続き、ケルベロス達は脱出の途につく。『ミドガルズオルム』召喚は阻止した。だが、カンギとてこのまま黙ってはいまい。次なる戦いの予感を抱き、ケルベロス達は拠点へと帰還する。

作者:譲葉慧 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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