●琵琶湖上空
「美しい湖ですね。バルドルに島を押し付けて、湖を担当した甲斐がありますわ」
光明神ナンナは嬉しげに、眼下の湖面を見下ろすと、薄桃色の花弁を散らし『超召喚能力』を発動する。
するとどうだろう、花弁の落ちた湖面から、巨大な植物が生み出され、瞬く間に琵琶湖全体を覆い出したでは無いか。
ナンナは、嬉しそうに微笑むと、彼女の頼りになる仲間であるカンギ戦士団の面々を振り返った。
「侵入者が現れれば、この迷宮は皆さんにそれを伝えてくれるでしょう。ですから……私の事を、まもってくださいませね」
そうお願いするナンナ。『ミドガルズオルム』の召喚という大役を果たす彼女は、その特殊能力に比して戦闘力が極端に低い。
もし、ケルベロスが襲ってくればひとたまりも無いだろう。
「そのための、私達、カンギ戦士団です。私達の命にかけて、一人たりとも、あなたの元には通しはしません」
ドリームイーター、螺旋忍軍で構成されたカンギ戦士団の団員達は、ナンナにそう受けあった。
彼女達の間には、互いに命を預けあう程の絆が確かにあるようだった。
「では、『レプリゼンタ・カンギ』に、約束された勝利を届けましょう」
ナンナの号令と共に、カンギ戦士団は、琵琶湖の上に作られた植物の迷宮の中へと姿を消したのだった。
●深潭の光
パッチワークの魔女を支配下に置き、ハロウィンの攻性植物事件を引き起こした『カンギ』の軍勢により、『淡路島』と『琵琶湖』が同時に植物に覆われる事件が発生した。
トキサ・ツキシロ(蒼昊のヘリオライダー・en0055)はいつになく真剣な表情でそう切り出し、その場に集ったケルベロス達を見やる。
「『無敵の樹蛇』ミドガルズオルムの召喚。それが、彼らの目的だ」
宇宙に浮かぶ世界樹ユグドラシルを守りうる唯一の存在であるミドガルズオルムは、どのような方法でも破壊されないという特性を持つ。
ゆえに、もしも地球上での召喚を許してしまえば、攻性植物のゲートを破壊し彼らの侵略を排除することは至難となるだろう。
「淡路島と琵琶湖は現在、生い茂った植物によって迷宮化している。その中心には侵略寄生されたアスガルド神が据えられ、彼らの力によって召喚のための大規模な術式が展開されているようなんだ」
加えて、淡路島と琵琶湖に現れたこの二つの迷宮はいずれも、カンギ配下の精鋭軍が守りを固めているのだという。
精鋭軍は、カンギ自身が打ち負かして配下としたデウスエクスによって構成されており、カンギとは揺るぎない信頼と友情で結ばれている不屈の騎士団であるらしい。
「君達にこれから向かってもらいたいのは、琵琶湖に出来た巨大迷宮のほうだよ」
淡路島及び琵琶湖の全域を覆い尽くしている植物迷宮は、その名の通り植物で構成されているため、無理矢理破壊しながら進むことも決して不可能ではない。だが、植物の壁や床は破壊されると自爆してダメージを与えてくるとのことなので、やはりある程度は迷宮の道に沿って進む必要があるだろう。
「それと、肝心の神様は言うまでもなく迷宮のどこにいるかわからない。だから、探索するチームごとに、探索開始の地点や探索する地域なんかを手分けしてみるのもいいかもしれないね」
加えて、敵は広大な迷宮だけではない。迷宮内部にはカンギの支配下にある攻性植物に寄生されたデウスエクスがおり、侵入者を排除しようと迫ってくるのだという。
迷宮への侵入者を確認次第、デウスエクス達は迎撃に動き出す。つまり、一定の時間が経過すればどこにいても敵と遭遇することになるだろう。
デウスエクスと戦いながら迷宮を探索し、最終的に迷宮のどこかにいるアスガルド神のどちらか一方でも撃破することが叶えば、ミドガルズオルムの召喚を阻止することが出来る。
「――光明神ナンナ。それが、琵琶湖の迷宮に居る女神様の名前だよ」
ナンナの撃破に成功すれば、迷宮は崩壊を始め、デウスエクス達も撤退してゆくだろう。
「一先ず、淡路島と琵琶湖周辺の住民の避難はもうすでに完了しているから、皆は迷宮の攻略とアスガルド神の撃破に専念してほしい。……待ち受けている敵は強大だけれど、皆の力があればきっと道を拓いて行けるはずだから。――頼んだよ」
一連の説明をそう締め括り、トキサはケルベロス達に後を託した。
参加者 | |
---|---|
ナコトフ・フルール(千花繚乱・e00210) |
アリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426) |
アンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468) |
アイリ・ラピスティア(宵桜の刀剣士・e00717) |
シグリッド・エクレフ(虹見る小鳥・e02274) |
アルレイナス・ビリーフニガル(ジャスティス力使い・e03764) |
新条・あかり(点灯夫・e04291) |
ロイ・メイ(荒城の月・e06031) |
視界を覆うのは、目が眩むような緑色。
湖上に作られた迷宮へと一歩足を踏み入れれば、途端に現実の世界から切り離されたような奇妙な感覚がケルベロス達を襲った。
「よくもまあ、これだけの迷宮を作り上げたものだ。さぞやお宝も眠っているんだろうな」
ロイ・メイ(荒城の月・e06031)が零すのは感嘆とも呆れともつかぬ声。湖の上に居るというのに浮遊感を全く感じさせない足元は、それだけこの迷宮が強固に造られていることを示していた。
「頭を使うのは苦手だから、迷わないかちょっと心配。でもお仕事だし頑張らないとね!」
と、常と変わらぬ笑顔で言うのはアンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468)だ。
「どこから敵が来るか分からない……静かに佇むベゴニアのように『用心』しなければね」
ナコトフ・フルール(千花繚乱・e00210)は自身に満ち溢れた笑みと共に、袖口から取り出したベゴニアの花弁に唇を寄せる。
「ミドガルズオルム……どんな方法でも破壊できない存在、なんて、召喚させる訳にはいかないよ」
ぽつりと声を落としたアイリ・ラピスティア(宵桜の刀剣士・e00717)の青い海色の瞳に、どこまでも深く昏い迷宮の姿が映し出される。
「本当にいつも、負けられない戦いばかりですこと!」
その傍らで、うー、と小さく唸りつつ、シグリッド・エクレフ(虹見る小鳥・e02274)が同意するように頷いた。
最強無敵の攻性植物と謳われる、無敵の樹蛇『ミドガルズオルム』――その召喚が実現してしまえば、攻性植物のゲートを破壊することが事実上不可能になってしまうのだという。
それは、何があっても絶対に阻止しなければならない。
「大丈夫、僕達の正義の力は、どんな悪にも決して屈したりはしないよ!」
そう、自信たっぷりに言い切ってみせたアルレイナス・ビリーフニガル(ジャスティス力使い・e03764)の声がいつもよりも控え目だったのは、ここが既に敵の領域であり、どこで聞かれているかもわからない状況であったから。
カモミールキャンディを口の中で転がしながら、新条・あかり(点灯夫・e04291)はふと、もう一つの戦いの場である淡路島に居る恋人を想った。
きっと今頃、彼も同じ飴を食べているだろう。そう思えば無意識に目許は和らいで、ただ互いの無事と今回の目的の完遂を願う。
(「……大丈夫。絶対に、皆で帰るから」)
誰一人として欠けることなく、皆で、無事に。
いつかと同じ轍は踏まないというあかりの決意は、誓いにも似ていた。
(「ナンナさん……儀式は行わせません……」)
アリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)は、胸の上で重ねた両手をぎゅっと握り締める。
――けれども、女神とは別の『何か』が、少女の胸をひどくざわめかせていた。
ケルベロス達は琵琶湖にある『島』を最終的な目的地とし、琵琶湖の東南東に当たる位置から侵入を試みた。
迷宮内部は幾つもの階層に分かれ、通路の広さや天井の高さも一定ではなく、太い茨や蔦などを始めとする様々な植物が強固に絡み合い、時に予想もつかないような方向へ続く道を生み出しているなど、彼らが想像していた以上に複雑な構造になっていた。
「わかってはいたけれど、手探りで進んでいくしかないようだね」
「……暗殺、諜報を司るシャドウエルフの本懐、って感じだな」
隠密気流を纏うアルレイナスとロイを先頭に、注意深く道を進んでゆく。他の者達もそれぞれ迷彩柄の衣装に身を包み、翼なども仕舞い、長い髪は纏めるなど隠れるための工夫をしており、彼らの姿は空間に溶け込むように馴染んでいた。
時折遭遇した高所の空間、また床に空いた穴の先などは、オラトリオのナコトフやシグリッドが翼で飛ぶことで素早く確認を済ませた。
迷宮内ではスマートフォンが繋がらず、他班との連絡も取れなかったため、ケルベロス達は自分達が進んできた道には橙のスプレーで分岐点に矢印を、そして行き止まりにはバツ印をつけ、探索済みであることをマークしながら歩みを重ねていった。
そうして探索を続け、およそ一時間ほどが経過した頃。
幾つ目かの曲がり角の手前で、アルレイナスとロイが足を止めた。
「……どうする?」
曲がり角に差し掛かる度に繰り返されてきた遣り取りだったが、振り返ったロイの声は、これまでと明らかに違う、警鐘にも似た響きを帯びていた。
「風が、変わったね。……あかりちゃんもわかる?」
「うん、アイリさん。間違いなく、この先に何かいる」
アイリの声に、あかりも尖り耳を小さく動かしながら頷く。
「どのような敵が待ち構えていようとも、ナデシコのように『勇敢』に戦わなくてはね」
鮮やかなピンクのナデシコを手に、ナコトフは不敵な笑みを覗かせた。
自分達が迷宮に侵入したことは、とうに伝わっているだろう。そう考えれば、いつ敵と遭遇してもおかしくない状況であった。
「でも、女神様……じゃ、ないよねー。……行ってみる?」
アンノの問う声にケルベロス達は頷き、そして一斉に通路へと躍り出た。
一瞬にして膨れ上がる『敵意』を感じ取るや否や、その先に見えた『存在』へ、アイリが素早くリボルバー銃の引き金を引く。
目にも留まらぬ速さで撃ち出された弾丸がキィンと甲高い音を立てて跳ね、床に落ちた。
「まあ、……随分と乱暴なのね」
ケルベロス達が飛び出した先にいたのは、赤と黒のドレスを身に纏い、トランプが散りばめられた傘を差した金の髪の女だった。ドレスを飾るモザイクの白薔薇から、彼女がドリームイーターであることがわかる。
「あはっ、君たちが悪趣味な新居を建てたって聞いてね。ちょっと新築祝いにきたんだけど、この様子じゃ歓迎はされてないみたいだね」
アイリに続きバスターライフルを構えたアンノが、殊更に笑みを深めながら容赦なく凍結光線を撃ち込んだ。
「もう、ドレスを汚さないで頂戴」
「……貴女、は……?」
凍りついたドレスの裾を煩わしそうに払う女の姿を見た瞬間、アリスは目を瞠った。
まるで遠い昔に失われた何かが叫ぶように、胸の奥が熱くなる。だが、どんなに思い出そうとしても、地獄の炎で塗り替えられたそれを手繰り寄せることは叶わなかった。
「……貴方達が、カンギ様の邪魔をしようとしているケルベロスちゃん達ね? ようこそ、お待ちしていたわ」
そんなアリスに、女は微笑むだけ。
「私はカンギ様に仕える戦士の一人、レッドハート。――貴方達の素敵な心の『色』を、私に頂戴……?」
レッドハートと名乗る女の他に敵影はなかったが、いつ増援が現れるとも限らない。一刻も早くこの戦いを終わらせるべく、ケルベロス達は攻撃を繋いでゆく。
「キミを彩るこの薔薇のように、キミの心に『愛』は満ちているだろうか……?」
流れるように真紅の薔薇を捧げた刹那、ナコトフは鋭い刃のように変形させた攻性植物でレッドハートを突き、一気に守りを崩した。
「くらえっ、正義のジャスティス力っ!」
勇ましい掛け声と共に横合いから滑り込んだのはアルレイナスだ。
電光石火の蹴りに女が怯んだ次の瞬間、ロイの手により鮮やかな色彩が空中で弾けた。駆け抜けた風が前衛陣に力を齎し、さらにあかりが避雷の杖を掲げ瞬時にして守りの雷壁を編み上げる。
「貴女が誰かはわかりません……けれど、戦うつもりなら……お相手します!」
凛と声を響かせるアリスの手にはハートの細工が施されたファミリアロッド。金色の鍵めいた杖に空色の焔が踊り、女の振るう『鍵』と交差する。
レッドハートは恍惚とした笑みを浮かべ、そのまま鍵でアリスを貫こうとしたが、繰り出された鍵は割って入ったロイによって受け止められた。
「大丈夫か?」
眼差しは敵へ向けたまま、ロイはただ一言、案じるような声をアリスへ向けた。
二人の間に存在する縁はロイにはわからないが、少なくとも少女にとって倒さなければならない相手であるということだけは見て取れたから。
「はい……大丈夫、です……!」
しっかりと頷くアリスの瞳に、もう迷いはなかった。
「植物の迷宮なんて、茨姫みたいでしたけれど。……ハートの女王の登場ですわね?」
攻撃を受けたロイの元に煌めきの祈星を巡らせながら、シグリッドはレッドハートを見つめる。
この先に、真に倒すべき女神が居る。シグリッドの憂いは、この地に元より住み、辛うじて難を逃れた人々のこと。
彼らが安心して帰れるように、何としても『儀式』を止めなければ。
――そのためには、癒し手として仲間達を守らなければ。
憂いを決意に変えて、シグリッドは癒しの力を仲間達へと注ぐ。
「今を切り拓く力を。前だけ見て進む力を。――あなたに」
優しく紡がれるあかりの声に合わせ、真っ赤なカランコエの花が舞う。
過去を振り返らず、ただひたすら前だけ見て進めと花は言う。
――それが、確かな力になると。
「アンノさん、お願い!」
「ありがとう、新条くん。何だか力が湧いてきたよ」
戦いが始まった時から、仲間達の能力の底上げを徹底して行っていたあかり。そんなあかりの更なる後押しを受けたアンノは、薄っすらと目を開いてレッドハートを見やった。
その間にも攻め込んでいたアイリが夜色の斬霊刀から影の斬撃を繰り出して、夜に添う桜色をモザイクの白に溶かし込む。
「どんな理由があるにせよ……心を奪うのは……許せません……!」
アリスが放ったのは、いのちを喰らう地獄の炎弾。ドレスを燃やす炎に、レッドハートが小さく悲鳴を上げた。
「キミに構ってる暇はないから、そろそろ死んでくれないかな~」
偽りの女王を映す赤い色。そこに宿る感情は一言で言うならば『狂気』であり、それがアンノという一人の青年だった。
綴るは真理、望むは廻天、万象の涯にて開闢を射す――アンノが力ある言の葉を紡ぎ上げた次の瞬間、封じられていた呪文が発動した。
それは反発し合う二つの領域を同時に展開させることで、空間ごと対象を消滅させる術。
「きゃあっ!」
全てが呑まれることを辛うじて免れたレッドハートであるが、これまでにケルベロス達が積み重ねてきた攻撃により、既に満身創痍と言っても過言ではなかった。
それでも、女王は戦いを止めることはない。所々に穴の開いた傘を振り、傘に飾られたトランプのカードを飛ばしてくる。
空中を舞うカードは刃のように鋭く、庇いに入ったロイとアルレイナスを斬り裂いた。
「ロイさん、アルレイナスさん、すぐに癒しますわ!」
すぐさまシグリッドがケルベロスチェインを展開させ、さらにあかりがラベンダー色の雨を降らせて癒しを重ねる。
膝を付いた女王の顔は、どれほど傷ついても優雅な笑みを湛えたまま。
「こんなにもたくさんの色が私にあったなら、もっとカンギ様のお力になれたのに……」
レッドハートが零す、ケルベロス達への想い。だが、それは叶わぬ願いだ。
「そろそろ終わりが見えてきたんじゃないのか、女王様。――よく見ろ。私を、全てを」
ロイの紫の瞳が、レッドハートの赤い瞳を覗き込んだ瞬間、女王は瞬時にして囚われてしまったかのように動きを止めた。
「アリスちゃんを悲しませた貴様を、僕は絶対に許さない!」
勿論、アルレイナスも二人の因縁は知らない。いつか何かがあったのだろうと察することくらいしか出来ない。
それでも、そこにいるのがケルベロスにとっての『悪』ならば、正義のジャスティス力使いとして選ぶべき道は一つだった。
アルレイナスが自らの体内にあるグラビティ・チェインをバトルガントレットの拳に乗せて叩き付け、流れるようにナコトフが続いた。
「花言葉は『不滅』……決してキミを離しはしないよ」
ナコトフの手の中で生成されたアイビーが女王の持つ傘の鍵に絡みつき、その動きを封じ込める。
――宵の闇にて咲き誇れ。命を啜って、鮮やかに。
宵桜の名を冠した愛用の斬霊刀を振るって突き刺し、レッドハートの生命力を吸い上げるアイリ。宵色の刀身に咲く桜花が鮮やかに染まるのを見て、アイリは少女を呼んだ。
「――アリスちゃん!」
「はい……! 悪しき夢の扉を開き……闇を、悪夢を、浄化します……!」
闇穿つクイーンオブハートキーに空色の焔を踊らせ、アリスはレッドハートの胸元に咲くモザイクの薔薇に差し込んだ。
地獄の焔と共に流れ込んでいくのは、少女のオラトリオの力にして罪を灼く光。
――それは、悪しき夢の者の未来を破壊するもの。
「ああ……本当に素敵な、色……」
レッドハートは震える手を伸ばし、アリスを優しく抱き締めると――硝子のようなモザイクの煌めきを散らして静かに消えていく。
跡形もなく消え失せたレッドハートを前に、アリスは無意識に涙が頬を伝い落ちたことに気づいた。
僅かな休憩を挟んで再び探索を開始したケルベロス達であったが、レッドハートを撃破して以降敵と遭遇することはなく――迷宮に入ってからおよそ三時間と二十分が経過した頃に、突如として地震のような衝撃に見舞われた。
そこから迷宮が崩れ始め、ケルベロス達は光明神ナンナが撃破されたことを知った。
そうであるならば長居は無用。一刻も早く脱出しなければならなかったのだが――。
「さすがに来た道を戻ってたら間に合わないよね~」
アンノはすっかり元の笑顔で、あまり深刻な状況とは捉えていないのかのんびりとした声だ。
「こうなったら壁とか床とかを壊して、いっそのこと湖に逃げるのはどうかな!」
アルレイナスがそう提案する。ケルベロスはグラビティ以外でダメージを受けることはないため、真冬の湖に放り出されても泳いで湖を渡れば済む、のだが――。
「……壊すか」
ロイがあっさり同意した。どの道迷宮が崩れてしまえば行き着く先は湖のど真ん中だ、この際仕方ないだろう。
「慎ましやかに咲くヤブデマリのように、時には『覚悟』も必要ということだね」
迷宮の壁に咲いていた白い花を摘み、頷くナコトフ。
「皆が決めたことなら従うよ。爆発は……もう大丈夫そうかな」
言いながら周囲を見やるアイリ。既に枯れ始めた迷宮には、もうそれほどの力が残されていないように感じられた。
「じゃあ、決まりだね」
準備運動をしつつあかりも頷き、ちらりとアリスを振り返る。
「大丈夫、です……」
案じるような眼差しに、アリスはいつものようにふわりと微笑んでみせた。
程なくして、ケルベロス達は脱出を果たすこととなる。
待ち受けていたのは、冬空の下を翔ける冷たい風と、それよりも冷えた湖の水。
「もう……これだから、冬は嫌いです!」
凍えるような感覚に震えるシグリッドの声が、吹き抜ける風に紛れた。
振り返れば、緩やかに崩れ落ちてゆく翠の迷宮が見えた。
やがて豊かな水を湛える湖面は、まるで初めから何事もなかったかのように、元の静けさを取り戻すのだろう――。
作者:小鳥遊彩羽 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年12月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 10
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