光明神域攻略戦~巡り駆けよまよいみち

作者:ヒサ

●淡路島上空
「ここが淡路島、ナンナが担当する琵琶湖と対となる美しい島ですね。さっそく、私の『超召喚能力』を見せるとしましょう」
 光明神バルドルが、手にした頭骨型の魔具を掲げると、淡路島全土を覆う植物の迷宮が生み出されていく。
 それを満足そうに見やったバルドルは、彼の護衛として付き従っていた、カンギ戦士団の面々に信頼の視線を向けると、軽く一礼する。
「では、私はこの中で、『ミドガルズオルム』の召喚を行います。皆さんには、私の身を守る警護をお願いしますね」
 そう言われた、カンギ戦士団の戦士達……ダモクレス、エインヘリアル、シャイターン、竜牙兵、ドラグナー、ドラゴンといった多種多様なデウスエクス達が、その信頼に応えるように胸を叩いた。
「任せて貰おう。我らカンギ戦士団、生まれも種族も違えども、確かな絆があるのだから」
 光明神バルドルが迷宮に入ると、それに続いて、カンギ戦士団の戦士たちも迷宮へと歩を進める。
 全ては、彼らの主たるカンギの為に。


 ハロウィンの攻性植物事件を引き起こした元凶ともいえる『カンギ』の軍勢により、淡路島と琵琶湖が同時に植物に覆われたのだという。
「それが、『ミドガルズオルム』を召喚する為、らしいわ」
 破壊され得ぬと言われる無敵の樹蛇。地球上でその召喚が成されてしまえば、攻性植物のゲート破壊及び彼らの侵略を退ける事はひどく難しくなるだろうと、篠前・仁那(オラトリオのヘリオライダー・en0053)は手元のメモ書きに目を落とした。
 現在淡路島と琵琶湖は植物達により迷宮化している。迷宮の奥には攻性植物により支配下におかれたアスガルド神が置かれており、彼らが今回の召喚術の要となっているようだ。
「迷宮内部は、カンギの配下達が警備に当たっているようよ。彼らはカンギの実力に惚れ込み配下となった者達、だそうで、その士気はとても高いのだとか」
 勿論、配下達自身の能力も侮れるものでは無い。ケルベロス達には、彼らとの交戦をも想定した上で、迷宮内の探索を依頼したいのだとヘリオライダーは言った。
「あなた達に行って貰いたいのは淡路島の方。植物が壁や床を形作っているみたいで……燃やしたり斬ったりしてしまうのも、出来なくはないようだけれど、これらは普通の植物ではないらしくて、傷つけられると反撃をしてくるみたいなの。なので、状況にも依るのでしょうけれど、勧められない方法よ。それに中の、どの辺りにバルドルが居るかも判らなくて……他のチームとの分担や、連携をお願いする事になるかもしれない」
 目的のアスガルド神の名を口にし眉を寄せた仁那も無論、出来る限りの手伝いをするつもりでは居るが、それも上空までの事。現地へ降りた後、迷宮内での事は、ケルベロス達同士で対応して貰わざるを得ない。
 また、カンギ配下のデウスエクス達──攻性植物に寄生された彼らは、迷宮内への侵入者を察知すればそれを排除しようと襲撃して来る。これらをかわし続けるのはまず無理であろうから、それを退け、効率的に迷宮を探索し、『光明神バルドル』を探し出し撃破して貰わねばならない。召喚術が完成するより早く。
「バルドルを倒す事が出来れば、迷宮も形を保てなくなるみたいで、配備されているデウスエクス達も撤退して行く、と考えられているわ」
 ゆえ、脱出もまた手早く、が望ましい。ケルベロス達の肉体であれば滅多な事は無いだろうが、と言いつつも仁那は気懸かりらしく物憂げに目を伏せた。
「──今回の作戦の目的は、アスガルド神を、殺すこと、よ」
 それさえ成せれば。改めて告げる仁那は瞼を上げてケルベロス達を見つめた。
「近くに住んでいたひと達の避難は終わっているわ。だから、あなた達には迷宮内のことに集中して貰いたいの。……それで、のちの被害を抑える為にも、『ミドガルズオルム』は何としても喚ばせないでちょうだい」


参加者
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)
シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)
八千沢・こはる(ローリングわんこ・e01105)
鳥羽・雅貴(ノラ・e01795)
ロベリア・アゲラータム(向日葵畑の騎士・e02995)
神宮時・あお(最果テ幻想花・e04014)
スミコ・メンドーサ(グラビティ兵器技術研究所・e09975)
白石・明日香(愛に飢え愛に狂い愛を貪る・e19516)

■リプレイ


 島南東部へ降り立った。茂り絡み合う植物達により文字通りに『覆われて』いる島の景観はひどいものだ。
「これ、大丈夫ですかねー」
 現在地は迷宮の上部。辺りの屋根は起伏に富み過ぎており歩く者を拒む。これでは中もどうなっているか、と八千沢・こはる(ローリングわんこ・e01105)は市販の地図を広げ唸った。バルドルがこの地を選んだ事には意味があると彼女達は考えたものの、目星をつけた施設やその付近を調べるのも難しそうだ。まずは地上まで下りねばならない、が、下りられるかも判らない。
「行ってみるしか無いか」
 蔓草の隙間としか見えぬ入口の先に道があることを確かめたシヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)がその縁に手を掛ける。
「あ、では前はこはるが!」
「であればー、わたくしは護衛をばー」
「じゃあボクはその後ろかな」
 地図と単眼鏡で手を塞がざるを得ない少女の傍にフラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)が。筆記具を手にするシヴィルの補佐にスミコ・メンドーサ(グラビティ兵器技術研究所・e09975)が続く。
「では私は後方の警戒に」
「サンキュ、頼んだ」
 皆を先に行かせるべく道を譲るロベリア・アゲラータム(向日葵畑の騎士・e02995)へ頷いた鳥羽・雅貴(ノラ・e01795)が同様に補佐として塗料片手に奥へ。それと共に白石・明日香(愛に飢え愛に狂い愛を貪る・e19516)と神宮時・あお(最果テ幻想花・e04014)が、癒し手とその護衛として隊の中程に組み込まれた。
 緩やかに下る通路を進むにつれ、外からの光も届かなくなって行った。照明を持つ者達が出力を抑え点灯し、周囲を淡く照らす。植物達が成す道は固く、突如足元が崩れる、といった心配はせずとも良さそうではあるが、歩くだけで登り下りうねり分かれる、マッパー泣かせの地形となっていた。地図を作成するシヴィルが目を回し、現在地の把握を試みるスミコが頭痛を覚えた如くこめかみを押さえた。分岐に当たるたび壁に塗料を乗せるよう印をつける雅貴も、幾度目かの作業を終えて背筋を伸ばし息を吐く。女性陣の目線に合わせた作業はささやかな事なれど頻繁に過ぎた。
「……ああ、やはり駄目ですね」
 問題は他にも。状況の確認と効率的な探索の為にと、別チームとの通信を試みていたものの、迷宮を成した敵の術の影響か、拾えるのは雑音ばかり。通じれば楽が出来たかもしれないが、地道に行くしか無さそうだ。
 進路は当初の予定通りにまずは北方へ。蛇行と迂回を繰り返しながら、同様に下へ。そのうちに、地図上では寺社があったろう地点に近付きはしたものの、やはり高度の問題なのか何処を見ても植物しか無い。意識を研ぎ澄ませてみたとて、自然物ならぬ迷宮の異質と敵地に満ちる静かな緊張の中では害意すら拾えるかどうか。
 道中で一度、自分達以外の生物の足音を聞き取り回避に成功していたが、相手の正体を確かめるには至らなかった。それは高確率で敵と考えられたが、敵にとってもこの地形は味方では無いという事なのか、他チームが陽動に動いているのか。幸いな事に今のところ異変らしい異変は見えず。
 道なりに曲がりながら次は緩やかに登る。と、不意にこはるの短い悲鳴が、咄嗟に抑えた結果潰れ気味に洩れた。
「えっ、何」
「大丈夫ですか?」
「まあまあー、申し訳ございませんー」
 後方が心配と警戒にさざめくのを、フラッタリーが穏やかに謝罪し収める。隣へ腕を伸べ隊の歩みを止めたのは彼女だった。
 道が途切れている、と理由を告げた彼女に従い、各々が前方を検める。絡まり伸びる植物達が、徐々に密度を減らし途切れていた。何者かが破壊した跡、では無く、これが正しい構造と見えた。
 先へ向けた灯りは闇へ吸い込まれる。壁と天井は変わらず続いているものの、床の続きは見えない。飛んで、あるいは壁を伝って無理に進むのは危険過ぎよう。
「降りる?」
 取り敢えず案を一つ、スミコが皆を顧みる。こはるは殆ど迷わずに頷いたが、ほぼ同じタイミングで雅貴とあおが眉をひそめた。一つ前の分岐に戻る案も無くはない。降りた先で何があるか判らないし、素直に戻れる保証も無い。
 ほぼ等分に意見が割れて、しかしほどなく、先導役の意見を尊重する形で纏まった。先の見えない危険というならこの階層とて同じ事。落ちた先でいきなり敵に囲まれる、なんて事さえ無ければ良いと。
 先を見せてくれない灯りは更に絞って、一部は消して、せめてと耳を澄ました。応えたのは静寂だけで、聞く間に各々覚悟も済ませる。床の縁と地図に印だけはしっかりつけて、はぐれぬようにと身を寄せ合って、彼らは闇へと飛び降りた。


 彼らの感覚で数階分を一息に降りた先は、仄かに明るく感じられた。
 吹き抜けに似て天井が高くなった通路を進んで行くと、やがて原因に行き当たる。
「壁、ですか?」
 灯りを弾くつややかな白が前方を塞いでいた。未だ距離がある為もあろうが、一見した印象は口をついた通り。
 だがそれはすぐに誤認と判った。声に反応した如く、壁は細長く変形し黒と黄色を交ぜた──目鼻を持った生き物が丸まった状態を解いて、起きて伏した姿勢に変わったのだと認識するのに彼らは数瞬の時を要した。壁と見えたものは生物の毛皮だった模様。
 何しろ、本来不自由無く会話を交わすには幾らか遠い距離をおいてなお、相手の顔立ちを確認するのに困らぬほどには対象が大きい。頭を下げれば、例えばケルベロス達がこれまで進んで来た道も抜けられるサイズではあろうが、見る者の感覚を狂わせるには十分。
 そしてその大きさもだが、その姿もまた、皆の目を瞠らせるに足るものだった。
「……犬?」
「犬ですね」
 頭にヒマワリの花(やや閉じかけ)を飾られたふかふかの毛並みを持つ白い子犬(巨大)。動物好きにとっては可愛らしい部類に属する見目なようで、数名の顔に戸惑いが浮かんだ。
 が、彼女達の声に犬(仮)は器用に渋面を作って見せた。結構な地獄耳らしい。
「一緒にしないで欲しいなー。これでも僕ドラゴニア出身なんだよ」
 直後、子供を思わせる高い声が人語を話した。語調は穏やか。問題なのはその内容で、彼の頭の向こうには小さくも立派な皮膜の翼があった。
「……どうやらそのよう、だな……?」
 彼はデウスエクスなのだと、ケルベロス達の認識が追いつく。体で通路を塞いだまま動こうとしない──皆が未だ攻撃の意思を見せないから、というのもあろう──その犬もとい竜は一つ頷くと、ところで、と再度口を開いた。
「君達にここを荒らされると、僕達困るんだー。……無駄かもしれないけど一応訊くね、このまま帰る気は無いかな?」
 小首を傾げられケルベロス達は面食らう。が、すぐに各々首を振った。
「生憎そうも行きません」
「テメーが退けよ。こっちは困らせに来たんでな」
「じゃあ仕方無いか──ごめんね、侵入者は排除しなきゃ」
 敵が静かに身を起こす。四つ足で立つ姿、その面が闇に霞むのを見、照明を持つ者達はすぐさま出力を最大へ上げた。

 開戦を告げる如き竜の咆哮に空気が震える。轟音にシヴィルが怯むも足を踏みしめ、その傍にロベリアが支えとなるよう控えた。
 あおの紙兵と明日香の鎖陣が急ぎ護りを成す。威圧の中をすり抜けたのは刀を抜いた雅貴で、音無く敵の死角を狙う。敵の片前脚が風を切り上がるのを見、彼が視線を流した先では晒した額に獄炎を燃やしたフラッタリーの金眼が鋭くそれらを捉え、翻る彼女の手に合わせ生じた爆発が巨体を牽制する。
 されど。それすら痛まぬかの如く空を裂いた敵の腕は、盾と動いたロベリアの身を打ち、流れのままに床を叩いた。地が震え幾人かが足を取られ戦慄し、同時にそれでも形を保つ迷宮の姿にある種の安堵を得る──きっと此処では全力で戦って構わない。
 護りを固めてなお痛み、他の感覚の鈍りを知覚しながら娘は身に負う砲口を敵へと定める。敵もまた防御に寄せているのだと見て取り崩すべく動く仲間達へと続き火を噴かせた。
「んー、やっぱ硬……いや、もふもふしてて柔らかいせい?」
 背負った装備の補助を得て軽やかに駆け回るスミコは首を捻る。速さより力、重さに頼った彼女の攻撃は、比べると手応えに欠けた。地に置いた光球は皆の照明と併せ戦場を眩く染め上げており、敵の花の黄をも鮮明に照らす。異質なれど動かぬ花が気懸かりで、しかし跳び上がる隙を許容する価値のある対象かも測りかねた。
 何しろ敵の動きを観察し続けた雅貴曰く、竜はケルベロス達が死角に回ろうとするのを厭い、そうした動きを見せる相手を優先して狙って来ているようなのだ。戦術的に暫しの辛抱とはいえ、不用意な動きは見せられない。
「鈍いぜ、デカブツが」
「お前の相手はこっちだっ!」
 それを上手く利用し、着実にダメージを稼ぐ面々も居たけれど。
「っ、すみません……!」
「いや、負担を掛けて済まない」
 それとて未だ万全では無い。本来ならば回避行動を取る必要すら無いのだとばかり、敵はこちらの攻撃を殺し、揺らがぬ様を見せもする。ロベリアは逆に重い一撃を得手とするのだろう、駆けれど敵の隙を突くのは難しく、ならばと護りを固める務めへ手を挙げた。せめて敵への呪詛が満ちるまでは。頼りにしている、とシヴィルが笑んで。
「では攻撃はこはるにお任せ下さい!」
 花傘を御す少女は護りながらも代わりをと朗らかに請け負った。


 護りを崩し、牙を手折り、かの巨体へ鎖を掛ける。重ね重ねて傷を刻みようやっと、彼らの刃は敵の骨へと届くに至った。
 されど彼らが負う傷もまた既に浅くは無く、多くの者が痛みと血にまみれていた。
「無茶を、なさらないで下さいね。血管切れちゃいますよ?」
 口の端を上げ明日香は治癒を織る。熱を持ち痛む身と上がる息を抑え笑みに震わせた声は、皆を支え抜くべき癒し手としての矜恃でもあり。
「染マリ沈ムノモ又一興デ御座イマ瀬U」
 幾重もの術を受け、より研ぎ澄まされる知覚にフラッタリーは恍惚とばかり、敵の眼前で刀を振るい続けていた。傷を、痛みを、鋭く深く。厭うて癒しに逃げる事は許さぬとばかりの颶風を連れて。
 無為となるならそれも良い。退く選択を潰したとすればそれは決して無為ならず。敵は白毛を血に染めてなお怯んだ姿を見せず攻撃を続けていたけれど──その誇りごと叩き折る気概は、今なおケルベロス達の胸を焦がしているのだから。
(「ですが、……いつまで」)
 とはいえ敵の体力馬鹿ぶりは訝るに十分。揺らがぬ異様に果ては見えず、ゆえに攻勢に出る事は困難だった。あおは敵を侵し奪う詩を祈り、スミコは護りのドローンを厚く展開し、こはるは花の盾を幾枚も生み続ける。大剣を御す囮と其を支える癒し手の負担は極大で、ゆえにと前線はその維持と、彼女達の負荷を少しでも減らすべく奔走する。
 減りがちな攻撃の手はしかし、際どい所で維持していた。あおが紡ぎ重ねた呪詛は敵の身を蝕み続け、雅貴とシヴィルは手を休めず敵の傷を抉り続け、彼の動きが鈍りきった頃からはロベリアも攻めに転じた。あらゆる状況を想定して備えた結果の今は最早目に明らか。長く、ゆえにこそ彼らは劣勢には至らず堅実に耐え続けた。
 だがそれも永久には保たない。天を仰いだ敵が放ったのは、見えぬ太陽を想う如き熱波。予兆は既に読めており、盾役達が皆を護るべく走る。凌いで、されど敵の攻撃を惹き付け続けたフラッタリーの肉体は限界に達した。
 が。
「……そこまで、するの」
「潰エル訳ニハ、参リマセン、乃」
 最早幽鬼めいて、彼女は倒れる事を拒んだ。これには敵も目を瞠る。彼女は敵の意に寄り添うよう微笑んで、されど、と金眼を燃やした。肯定しながら否定して、冷たく猛り続ける事を受容して、誘惑を消し炭にと獄炎は盛る──それは彼女が彼女で在る為の意義にして意志。
「貴様も同じではないか」
 己を護った彼女の背を支えたシヴィルが口を開く。傷だらけの体でなお伏す事を拒む敵を見上げた。
「僕は、彼を護らなきゃ……護りたい、んだ」
 竜が紡いだのは単なる務めを超えた想い。寄生を受けた影響と言われたとて否定は出来なかろうが、それでも彼は己が誇りをそこへ据えていた。
 ゆえに退けない。けれど、その体は心に背く。刻まれ続けた痺れは抑えきれぬ域に達しており、炎を吐こうと開いた口からはこの時、苦鳴しか零れなかった。
「……護る為、か」
 騎士の声が揺れた。空気ばかりが焦げたこの機を逃すなと、ケルベロス達が動く。高く跳んだこはるが敵を上段から打ち据え、敵の攻撃により重く強張る皆の体を癒したロベリアは信を置く友を顧みる。
「シヴィル、往きなさい!」
「カジャス流、奥義──!」
 淡い色の翼が大きく広がった。地を蹴る音は草に呑まれ鈍く、されど荒れる風は刃めいて鋭く。爆ぜるよう駆けた騎士は光宿す短剣を振り抜いた。
 断末魔は肺を潰した如き吐息だけ。舞い散る毛は最早紅。黒目の光を失った巨躯は眠るように伏す。
「……さらばだ」
 少女はその手で、同じ花の縁を断ち切った。


 ヒールこそ施したものの、癒えきらぬ傷は深く。先程盾役を務めた者達は今後に備え退がるよう話し合い、隊列も入れ替えて、ケルベロス達は探索を再開した。
 だが更なる戦闘があれば保たない可能性は高く、彼らはより慎重に迷宮を進んだ。うねりながら徐々に狭まり行く道を丹念に調査する。
 幾度目かの分岐に至り、あおが遠慮がちに、前を行く者の裾を引いた。幼い者の目線で丁度な高さの壁に印があり、彼女はそれを指し示し首を傾げる。
「あれ、戻って来た?」
 スミコが地図を検める。雅貴が首を振った。
「いや、これオレがつけた印じゃねーわ。他の班が通ったんだと思う」
「でしたらー、逆の道を行きたいですわねぇー……」
「うーん、これだと……西の方に登れそうですねー」
 フラッタリーが分岐をそれぞれ見遣る。手元のメモを広げたこはるは印を解読し、途中から急な坂になっている細い道を示した。
 床なり壁なりに穴を開けるのは最終手段、と道に従い進む。作る地図が複雑になり過ぎ、シヴィルの手だけでは束ね難い枚数になった頃、地響きのような微かな音を感じ、先導していた者達が足を止めた。
 その意味に気付いたのは、ロベリアに繋がる導きの赤糸が消えてから。
「どなたかが……遂げましたかね」
 それは術の終わり、迷宮の崩壊を示す音。明日香の声に緊張が滲む。今立っている床とていつ崩れてもおかしく無い状況だ。既に緩み解れんとするそれらは最早ただの枯草だろう。最悪千切って落ちても良かろうが、今はとにかく外の光を目指せとケルベロス達は疲れた体に鞭を打ち駆け出した。

作者:ヒサ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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