光明神域攻略戦～リチューアル・レルム

■リプレイ

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　遠く、遥か遠く、どん、と響く音が聞こえた。
「他のチームも、頑張っているみたいだね」
　淡路島南西部、雁子岬より迷宮へと突入して一時間近く。やや呼吸を乱しながらも、シルヴィア・アストレイア（祝福の歌姫・e24410）は歩くペースを落としてはいなかった。
「流石に走らなくてもいいけど、歩く速さを上げていこう」
「……ん。そもそも、しるびあは歩いてない」
　だが、最年少たる伏見・勇名（鯨鯢の滓・e00099）の冷静な突っ込みに、シルヴィアはぷぅ、と拗ねた顔をしてみせる。彼女の背には光の翼――なるほど、確かに飛んでいるから歩いてはいない。
「よそうはしていたけれど、長くなりそう」
　勇名の想定は二つ。一つは、自らのアイズフォンを含めた電子機器が何故か有効に働かず、他班と連絡が取れなくなった事。もう一つは、この蔦と枝で編まれた迷宮が、一筋縄ではいかない難関だという事だ。
　淡路島全域を覆う植物の迷宮は、場所によっては十層近い立体交差迷路だ。かろうじて淡路島の中での位置と帰り道は把握しているが、仮の目的地であるおのころ神社への道のりは未だ遠い。
「探検、がんばる。てくてく……むぐっ」
「はい、こんぺーと！」
　その時、勇名の口の中に押し込まれる固いもの。次いで広がる優しい甘さ。見れば、悪戯っぽく微笑むジヴリール・イシュマエル（飼孤・e28894）が、指で白い金平糖を摘んでいた。
「つかれたでしょー、食べる？」
「うん、食べる食べるー！」
　突っ込んでから聞くスタイルのジヴリールに飛びついたのは、ボクスドラゴンのシシィを連れた羊ことチェザ・ラムローグ（もこもこ羊・e04190）である。
「リアルだんじょん探索には、補給が大事なぁん！」
　冬装束になってますます羊と化しているチェザだが、探索にかける意気込みは疑いようがない。脱水症状にならない様に水筒を肩からかけて、動きやすい運動靴を履いた羊毛はずんずんと迷宮を進むのだ。
「そう、お腹が減ったり喉が渇いたりすると大変なんだよ！」
　声を揃えて力説する鍋島・美沙緒（神斬り鋏の巫女・e28334）も、当然の様に水筒は標準装備だ。背中には大きな鋏と、おやつを一杯に詰め込んだリュック。着物の袖から滑らせた最中にかぷりと八重歯を突き立てて、餡子を小さな口の中に頬張って。
「うーん、でも、地図なんか役に立たないんだよ」
　入り組んだ草木の壁、道路も建物もお構いなしに覆い尽くし上下方向に交差する道行きに、美沙緒は処置なしとばかりに手を上げた。
「まったく、しち面倒臭え迷路だ」
　レスター・ヴェルナッザ（凪の狂閃・e11206）、唯一の男性にしてバーティの最年長は、不愛想にそう言い放つ。
「全部壊して突っ切っちまいたいところだが――」
　苛立ちを見せるほど青くはない。だが、この切迫した状況下でのんびりできるほど、気が長い訳でもなかった。それでも、彼が直ちにその言葉を実行に移さない理由は唯一つ。
　既に試した上で、その無意味さを思い知らされたからだ。
「せめて、数えられる位の回数で済むんやったらいいんやけどな」
　清水・光（地球人のブレイズキャリバー・e01264）は苦笑しつつ、チョークで壁に目印を描き入れる。
　壁に穴を開けて進む事はできる。しかし、毎回巻き起こる爆発による怪我は、決して軽微なものではなかった。それも、一枚二枚ではなく、何十枚、何百枚、下手をすれば何千枚と破る必要があるならば尚更だ。
「せっかくの淡路島やのになぁ。普段は牛丼が美味しいんよ」
　時間ばかりが過ぎていくが、そんなものだと覚悟する光。長期戦の胆を決めたなら、軽口の一つも叩いてみせようか。
「せやけど、そろそろ先見を立てた方がええな」
「……いいえ、その必要はないわ。とりあえず、今は」
　だが、そんな彼女をセリア・ディヴィニティ（揺らぐ蒼炎・e24288）が遮った。小さき蒼炎の灯る瞳が一点を射抜く。その方向に目を向け、光もまた笑みを消した。
　吹き抜けが複数の階層を繋ぐホール。見上げる上層に、人影が一つ。

「見つけたぞ、ケルベロス」

　薔薇をあしらった甲冑。蝶の如き鎧飾り。燃える炎の髪。
　紅の長剣を握る美しき騎士は、そう呼ばわって階下へと飛び下りる。
「私はアド・リヴィトゥム――人呼んで『嗜虐の歌姫』」
　にぃ、と笑みを刻んだ頬。美貌を酷薄に染め、彼女は剣を振りかぶる。
「カンギ様の戦士団が一人にして、お前達を嬲り殺す者だ」
「想像以上に過酷な出迎えね。……ある意味、ケルベロス冥利に尽きるけれど」
　ぞわり、と肌を震わせるセリア。一目見て判る。一筋縄でいく相手ではない。
「……うたひめさま？」
　その背後で、ジヴリールがきょとんとアドを見つめていた。

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「大層な自己紹介ありがとさん。けどな、知っとるか？」
　睨み合い。高まる緊張。張り詰めた糸を切って仕掛けたのは光だった。軽やかに駆け出し炎を帯びた髪を舞わせ、けれど遅れて聞こえる大剣の風切り音。
「戦いの極意は先手必勝――散り乱れ、緋色の花を咲かせ！」
　ふわりと舞い降りた次の一歩は力強い。ぐ、と踏み込んで、武骨なる超重量を軽々と振るう。その剣撃はまるで、風に散る花弁の様に。
「この道を修羅道と知り、推して参る」
「は！　良く囀るなケルベロス――ならば、精々良い声で歌うがいい」
　だが迎え撃つ美姫は流血の中に余裕を崩さず、幾度目かの斬撃を波打つ剣で受け流したかと思うと、すう、と息を吸った。
「その身で思い知れ。『嗜虐の歌姫』の二つ名の意味を」
　次の瞬間、嵐が巻き起こった。
　それは旋律という生易しいものではない、物理的な圧力すら備えた威圧の意志。強者の敵意を存分に乗せて、アドの歌声はケルベロス達を呑み込んだ。
「あ……くっ……」
　ジヴリールもまた迫る歌声に身を捩る。けれど、その中で必死に抗わんとする自分がいた。
　歌は、歌う事だけは。
「――――っ」
　掻き消さんと重ねた音。柔らかな燐光灯す独奏の舞曲。
　なれど彼女の喉は、歌声は、地獄の業火に取って代わられ、踊る光蝶もまた昏き炎を零すのだ。
　ああ、それは場違いな程に美しく、そして。

「無様な声だな。地べたを這う用無しめ」

　哀しい程に醜かった。
「僕、もう、ひつようない…？」
　アドの嘲笑に目を見開くジヴリール。これだけは失いたくないと望んだ歌、それに縋り続けた心が、他ならぬ『歌姫』の言葉に突き崩されそうになる。
　けれど。
「――ううん、わたし達の歌は、世界だって変えられるんだよ」
　消え去ってしまいそうな旋律に、もう一つの歌声が重なった。

　――光よ届け、この世界中に。高らかに響け　闇を切り裂く為。

　シルヴィアが重ねるメロディは、心の高まりのまま紡ぐ即興歌。二つの音は寄り添い響きあい、新たなる世界をこの戦場に映し出していく。

　――希望を紡ごう。闇を払い、この世界を守る為。

「私の歌を聴け、なんてね」
　ジヴリールに微笑みかけるシルヴィア。二人のハーモニーの前に、ケルベロス達を打ちのめした衝撃はいつしか消えていた。
「うう、怖いのはいやなんだよー」
　一方、パーティ内シリアスの似合わない女ランキング暫定第一位であらせられるチェザもまた、仲間達を援護すべく両手を吹き抜けの天に差し伸ばす。
「羊さんと一緒に応援するなぁん！」
　次の瞬間。
　ぼてぼてぼて、と振ってくる白いもこもこ。ぬいぐるみの様なふわふわの羊達に囲まれながら、頑張れ、頑張れ、とチェザは応援の声を上げるのだ。
「もっふもふやでー！」
　天真爛漫に叫ぶ彼女が、堂々のランキング永久第一位に昇格した瞬間であった。
「うう、可愛いんだよ、可愛いんだけど！」
　分解した大鋏を両手に握る美沙緒が、羊にダイブする誘惑を振り切ってアドへと向かう。小さな身体に不釣り合いな凶器。およそ武器としては異質な白黒の二振りを、これ見よがしに振り上げて。
「ふふん、本命はこっちなんだよ！」
　アドの反応を誘い、たん、と床を蹴る。高く、高く跳んだ。彼女の緋袴が大輪の華の様に広がって。
「ここは通してもらうんだよ！」
　流星の如く降り注ぐ美沙緒の脚が、したたかに歌姫を打ち据えた。

「ばくはつしたらごめん。どかーん」
　物騒な宣告から僅かに一秒、前衛がぎくりとする間も無く、勇名の砲が火を噴いた。
　全身から突き出た砲門に、両手で構えた超重火器。最年少の小さな身体を覆い隠す程の火器が、敵を倒せと牙を剥く。
「……ばくはつしなかった。残念」
　更に物騒な台詞を吐く勇名の視線の先、爆炎が柱の様に立ち上る。狙って当てなければ床壁は爆発しないのだろうが、それにしても凄まじい炎である。
　だが。
「少しは歯応えがありそうだな」
　低い声で言い捨てて、炎に飛び込む黒い外套。肌を炙る熱など気にも留めず、レスターは竜骨の大剣で劫火の奔流を薙ぎ払い――。
「操られてるかも知らんが、精々楽しめ。最期の舞台だ」
「楽しんでいるぞ？　カンギ戦士団が出るに相応しい大舞台だからな」
　金属音。急速に薄れゆく炎。現れたのは、斬撃を剣で受け止める歌姫の姿。
「で、その程度かケルベロス」
「――でかい口は勝ってから叩け」
　不愛想な中に高揚を隠さないレスターの声。はっ、と目を見開き、けれどレスターから目を離せないアド。
　そして。
「嘗ての主を従えて、今度は傀儡になってまた護って。哀れね」
　業炎を切り裂くは氷雪。
　霊槍に凍気を纏わせ、セリアが迫る。剣と剣で鍔迫り合っている敵など、新手から見れば只の的だ。
　狙うはエインヘリヤルの首。ヴァルキュリアとしてかつての支配者に思う処はあれど、彼女が躊躇う事はない。
「此処に宿るは氷精の吐息――咲きなさい」
　至近より放たれた凍てつくオーラ。僅かに逸れて肩に突き刺さった傷口に、たちまち朱に染まった氷の結晶が咲いた。

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　炎纏うフランベルジュ。薔薇の如く華やかな歌声。
　嗜虐の歌姫が繰り出す攻撃は、気を抜けば戦闘不能に追い込まれかねない重さでケルベロス達を打ち据える。
　それでも。
「いつまでも足止めされる訳にはいかないんだよ！」
　緋の袴を翻し、斬りかかる美沙緒。駆け抜ける子猫の身軽さで両の鋏を振るい、守勢に回ったアドを攻め立てる。
「神斬りの鋏よ、人に仇なす悪を斬り裂け！」
　打ち合ったかと思うと、軽やかにすり抜ける。刹那、美沙緒の二振りが歌姫の両手剣をかわし、斬撃を見舞った。
「くっ！」
　その背を追って振るわれたアドの刃は、シシィに受け止められる。無論、無傷では済むまいが――。
「シシィ、ありがとなぁん！　そーれ、ぽちっとな」
　チェザが謎のスイッチをぽちっと押せば、色とりどりのチープな花火がばばんと噴きあがる。そして、カラフルな爆発に勇気づけられるのは、決して前衛のケルベロス達だけではない。
「これでばっちりなんだよー！」
　頑張れ、頑張れというチェザの声援を受け、シシィもまた体当たりを繰り返すのだ。なお、爆発で勇気が出るのは、大人のお約束だからである。
「なんや、あそこだけ別世界みたいやな」
　苦笑する光。だが次の瞬間、彼女の笑みに獰猛な鋭さが混じる。
「やっとつかまえた……んよ！」
　超加速。静止状態からコンマで最高速に達した勢いをそのままに、光は歌姫へと躍りかかった。まさしく、彼女自身が一振りの刃であるかの様に。
「もうへらず口は終わりにしいや！」
　大剣一閃。そのまま手を伸ばして首根っこを掴み、剣の柄を叩きつける。もっとも、それはアドにとっても見逃せない隙。苦痛に怯む事なく、杭打ち機の様に光の腹へと剣を突き入れた。
「お前こそそれで終わりか？」
　歌姫も今や全身を血に染めている。だが、その笑みは壮絶なれど未だ美しい。

「ねぇ、聴いてよ、僕の歌を」
　喉の奥にちらつく青白い炎。ジヴリールは歌った。歌って、歌って、歌い続けた。
　無論、仲間達は自分を否定しないと知ってはいるのだ。目の前の相手が『敵』に過ぎないという事も。
「もう、誰の役にも立てないのはやだ……！」
　地獄と化した喉が紡ぐのは、エキゾチックな歌にも似た古代魔法の高速詠唱。韻律に魔力を込め、編まれた術式はやがて光の槍となる。
「うたひめさま……！」
　それは、この邂逅が齎したもの――即ち悲しみの迸り。微笑む事しか知らなかった心に呼び戻された痛み。
「なかないで、じぶりーる」
　そう言った勇名とて、心の機微を完全に理解している訳ではない。それでも、心というもの、感情というものを『手に入れる』事がどれほど世界を変えるのか、それだけは知っていた。
「……こころは、ここにある」
　けれど今は、感傷に浸っている今はない。もう一言だけを添えて、勇名は巨大装備を背負い駆け回る。前衛を避けてポイントを定め、手にした重火器を身体で抑え込む様に抱えて。
「――ばきゅん」
　戦場を貫く眩い光の矢。歌姫を射抜いたそれは、急速に周囲の温度を奪い、氷の結晶を成していく。
　長く続いた戦いの果て、ようやく彼らは流れを引き寄せていた。次々と注がれる全力攻撃に、アドは防戦を強いられるばかり。
「まだ、先は長いわ。……後を考えれば消耗は出来ない……けれど」
　弾薬・魔力・精神力。迷宮の果てがまだ見えない、という事は補給面の不安要因だ。手控えるべきか、そのセリアが誘惑に至ったのにも無理はない。
「……いいえ、温存して勝てる相手でもない！」
　しかし、彼女はその道を選ばない。敵の強さは、矛を交えた自分が一番知っている。痛い程に肌で感じている。
　危険は承知で踏み込んだ。薙刀よりも鋭く、彼女の脚がアドの腹に突き刺さる。
「私は絶対に許さない。人々を踏みにじって来た事を」
　続くはシルヴィア。その内で沸騰する怒りが向かうのは、この『歌姫』が仲間の少女に投げた言葉。そして、デウスエクスのあまりに傲慢な姿だ。
「そして認めない。他人に寄生させて生まれる絆なんて」
　輝いていく。光の翼が。遅れて、彼女の全身が。
「戦乙女の光よ、咎人に滅びを…！」
　巻き起こる光の粒子は猛る波動となって、歌姫に殺到し荒れ狂う。
　そして。
（「――ゲートが破壊できなくなれば、あいつらの無念をどうやって晴らせる」）
　レスターの胸に去来するのは、数々の事件で出会った人々。攻性植物に寄生され、死を与えるしかなかった犠牲者の姿。
　それに重なる二人の姿。
「肝心の大将首は雲隠れとは、気に入らねぇが――」
　右腕を成す地獄の銀炎。握りしめた武骨なる大剣。復讐鬼は全身に殺意を滾らせ、雄敵に終わりを与えるべく進み出る。
「さあ、この先に居る碌でなしの神を仕留めに行くか」
「させない……！」
　もはや立ち上がるのが限界の歌姫。その瞳に何らの憐憫をも湛えず、レスターは無造作に得物を振り下ろした。

　小休止の後、ケルベロス達は再び探索を再開する。そして幾許かの時間の後、迷宮が鳴動し徐々に崩落していくに至り、彼らは仲間達が目的を達した事を知ったのだった。

作者：弓月可染	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年12月9日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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