光明神域攻略戦~樹蛇の通い路を断て!

作者:柊透胡

●淡路島上空
「ここが淡路島、ナンナが担当する琵琶湖と対となる美しい島ですね。さっそく、私の『超召喚能力』を見せるとしましょう」
 光明神バルドルが、手にした頭骨型の魔具を掲げると、淡路島全土を覆う植物の迷宮が生み出されていく。
 それを満足そうに見やったバルドルは、彼の護衛として付き従っていた、カンギ戦士団の面々に信頼の視線を向けると、軽く一礼する。
「では、私はこの中で、『ミドガルズオルム』の召喚を行います。皆さんには、私の身を守る警護をお願いしますね」
 そう言われた、カンギ戦士団の戦士達……ダモクレス、エインヘリアル、シャイターン、竜牙兵、ドラグナー、ドラゴンといった多種多様なデウスエクス達が、その信頼に応えるように胸を叩いた。
「任せて貰おう。我らカンギ戦士団、生まれも種族も違えども、確かな絆があるのだから」
 光明神バルドルが迷宮に入ると、それに続いて、カンギ戦士団の戦士たちも迷宮へと歩を進める。
 全ては、彼らの主たるカンギの為に。

「緊急事態です」
 集まったケルベロス達を見回す都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)の冷静な口調は、いつもと変わらず。だが、心なしか表情は険しい。
「『淡路島』と『琵琶湖』が同時に植物に覆われる事件が発生しました。首謀者は『カンギ』。パッチワークの魔女を支配下に置き、ハロウィン攻性植物事件を引き起こした黒幕です」
 『カンギ』とその軍勢の目的は、無敵の樹蛇『ミドガルズオルム』の召喚という。
「ミドガルズオルムは、どのような方法でも破壊されないという特性があります。『攻性植物の最大戦力』も過言ではありません。もし、地球上での召喚を許してしまえば……攻性植物のゲートの破壊と侵略の阻止は至難となってしまいます」
 現在、淡路島と琵琶湖は繁茂した植物で迷宮化している。その中には『侵略寄生されたアスガルド神』が設置され、その神力により大規模術式を展開しているようだ。
「この迷宮には、『カンギ』の配下の精鋭軍が守りを固めています。彼らは『これまでの幾多の戦いで、カンギが打ち負かし、配下に加えたデウスエクス』であり、『カンギ』と熱い信頼と友情で結ばれています。決して裏切る事の無い、不屈の戦士団と言えるでしょう」
 徐にタブレット画面をスクロールさせ、創は粛々と現地の状況を説明する。
「淡路島及び琵琶湖全域は、覆い尽くした植物によって、内部は複雑に入り組んでいます」
 迷宮を形成するのは植物である為、破壊して進む事も不可能ではない。しかし、植物の壁や床は、破壊されると周囲を巻き込んで自爆する。余計なダメージを被らない為にも、ある程度は迷宮に沿って移動するべきだろう。
「広大な迷宮の何処にアスガルド神がいるか、ヘリオンの演算を以てしても不明です。探索するチーム毎に、探索開始地点や探索する地域を手分けしていくのが良いかもしれません」
 植物迷宮だけでも厄介だが、勿論、敵はそれだけでは無い。
「『カンギ配下の戦士団』のデウスエクスは攻性植物に寄生されており、迷宮への侵入者を確認次第、出撃してきます。一定時間が経過すれば、何処にいても敵の攻撃を受ける事になるでしょう」
 迎撃してくるデウスエクスを撃破し、迷宮を探索、そして、ミドガルズオルム召喚儀式中のアスガルド神の撃破が、本作戦の目的となる。
「皆さんには、淡路島の迷宮を担当して戴きます。淡路島におわすアスガルド神の名は――『光明神バルドル』」
 アスガルド神『光明神バルドル』の撃破に成功すれば、植物迷宮は崩壊し、デウスエクス達も撤退していくだろう。
「淡路島と琵琶湖周辺の住民の避難は、既に完了しています。皆さんは迷宮の攻略とアスガルド神の撃破に集中して下さい」
 尤も、全チームの何れかがアスガルド神を撃破出来れば、作戦の目的は達成出来る。時には、他のチームの援護に回る事も重要かもしれない。
「アスガルド神のみならず、『カンギ配下の戦士団』もそれだけ強敵という事です」
 無敵の樹蛇『ミドガルズオルム』は、攻性植物の切り札的な存在。だからこそ、ここでその召喚を止める意味は大きい。
「是非とも、皆さんの力でこの困難を打ち破って下さい。武運をお祈りしています」


参加者
シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)
ウォーグ・レイヘリオス(山吹の竜騎を継ぐもの・e01045)
ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)
マードック・ガンズフォール(鈍色の鋼竜騎士・e03055)
永代・久遠(小さな先生・e04240)
狼森・朔夜(ウェアライダーの巫術士・e06190)
羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)
ラズェ・ストラング(聖夜までに彼女作るの余裕だろ・e25336)

■リプレイ

●踏破を目指して
 淡路島全土を覆う蔓や枝葉の絡み合ったそれは、まるで巨大なる繭のよう。
「これが自分の家の庭だったら面白いんだけどなぁ」
 いっそ暢気に呟いたのは、ピジョン・ブラッド(銀糸の鹵獲術士・e02542)。テレビウムのマギーの視線(?)に肩を竦める。
「ほら、僕って戦うよりモノづくりのほうが得意だからねぇ」
「迷宮の壁に敵が擬態していないとも限らない。常に警戒は怠らず行くべき、と考える次第」
「移動も、なるべく駆け足の方が良いと思います」
 マードック・ガンズフォール(鈍色の鋼竜騎士・e03055)の生真面目な言葉に、永代・久遠(小さな先生・e04240)も真剣な面持ちで頷く。
(「急いで、ミドガルズオルムの召喚を阻止しなきゃ……!」)
 ともすれば逸る気持ちを抑え、久遠は首を巡らせる。
 降下地点は、南あわじ市は阿万海岸海水浴場の辺りか。諭鶴羽山経由で、沿岸付近の山間部を洲本港方面を目指す予定だ。
 尤も、植物迷宮と化した淡路島は、ランドマークの所在は全く判らない。目論見通りに進行出来るとも限らないだろう。狼森・朔夜(ウェアライダーの巫術士・e06190)がスーパーGPSを以て、淡路島の地図からどの辺りにいるのか、見当を付けられる程度だ。
「少し先に、中に入れる裂け目があるようです」
「初っ端から、風穴を開けずに済みそうだな」
 ウォーグ・レイヘリオス(山吹の竜騎を継ぐもの・e01045)の報告に、ラズェ・ストラング(聖夜までに彼女作るの余裕だろ・e25336)は少しホッとした様子。幸い、裂け目周辺に敵の姿は無かったが、朔夜の表情は些か険しい。
「携帯が使えない、とはな」
 他のチームとは、シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)の通信機を通じて情報共有の予定だった。だが、その一切が使用不能となっていたのだ。
「連絡が取れれば、色々楽だったが……考えてみれば、敵陣の真っ只中だしな」
 何にせよ時間が惜しい。いよいよ、迷宮に突入するケルベロス達。行く先に何が待ち構えるか、募る不安を呑み込み、羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)は胸元を飾る少し無骨な首飾りを握り締める。
(「あなたならきっと……私なら大丈夫と、だから自信を持てと言うでしょう」)
 脳裏に浮かぶのは、ずっと側にいたいと願う人。この首飾りを贈ってくれた人。
(「だから私は、どんな状況でも絶対に諦めたり不安を見せたりしません」)
「急ぎましょう」
 まるで首飾りから勇気を貰ったよう。凛と顔を上げる紺に、仲間達も頷き返す。
「頑張るのデース! イェーイ!!」
 愛用のギターを収めたケースを肩に担ぎ、今日もシィカは元気一杯。ヤル気も一杯!
「ウォーグさん、マードックさんも急ぐデース!」
 ブンブンと手を振ってくる様子に、顔を見合わせた知己の2人は思わず表情を緩めた。

(「何が侵略寄生、だ。薄ッ気味悪い……そんな連中の好きにさせるかよ」)
 朔夜の横顔は何処か不機嫌そうだ。山育ち故か、迷宮を形作る植物群の不自然さも不快ならば、侵略寄生の在り様が命の尊厳を傷付けると直感している。
 苛立ちを抱えながら、黙々と先頭に立つ朔夜。だが、迷宮の探索は――一言で表すなら『難事』だった。
 床や壁は植物がガッシリと組み合わされて、ちょっとやそっとではびくともしない。破壊するならグラビティ必須だろう。だが、自爆するとあっては、おいそれと試すのも憚られる。
 それで、当初は路なりに進むケルベロス達。迷宮のマッピング自体は、誰が担当とまでは決めてなかったが、スーパーGPSを起動している朔夜が自然と中心となっている。
 尤も、ビルの構造を1枚の地図で描ききれないように、平面の地図で3次元の構造を把握するのは難しい。
 迷宮は植物で形作られている所為か、通路の広さや天井の高さなどはまちまちで、所によってはビル並の多層構造もある。垂直に下に抜ける穴や上に上る蔦があればまだ判り易いが、「なだらかに登っている内にいつのまにか上の階層に居る」場合もあり、マップ自体が作り難い構造となっていた。
「単独の探索では、迷宮の全体像も分析のしようがありませんね」
「うむ、情報共有出来れば、隠し部屋等も発見し易かっただろうが」
 久遠の言葉に嘆息するマードックだが、敵陣を往くならばケルベロスに利する可能性は潰されていて仕方の無い所か。
 基本、他チームとの情報共有を前提としていただけに、探索には思いの外、時間が掛かった。それでも、地道に探索を進めていく。音や気配に警戒し、曲がり角では手鏡等で敵影を確認する。
 チョークを使って、分岐や行き止まりに印を付けるピジョン。手分けするウォーグはカラーボールのインクを使う。彼女が突入地点で結んだアリアドネの糸は伸び続けており、「前に1度来た事がある場所」の見分けの一助ともなったようだ。
 幸いというべきか、ラズェが想定した植物の壁を壊す状況も、後方からの敵襲も無いまま、探索開始から約1時間が経過――他チームとの合流もなく、些か手持ち無沙汰の様子で垂れ下がる蔦から下層に降りようとしたシィカを、万全のサポート体勢を期して警戒し続けてきた紺が制止する。
「います」
 ――遅かったな、侵入者共よ。
 同時に響き渡る大音声は、足下から。反響の具合からして、どうやら下層は広々としているようだ。
 仮に引き換えしたとして、下層の輩が見逃すとは限らない。通ってきた通路は狭い。追撃されて狭路で事を構えるより、広い空間の方が戦い易いだろう。
「虎穴に入らずんば虎児を得ず、と考える次第」
 マードックの言葉に否やは無い。ケルベロスとサーヴァントは次々と飛び降りる。
 ――逃げず挑むか。その果敢は、賞賛に値しよう。
 そこは、円形の大ホール――頭上の抜け穴を除けば唯一の出口を塞ぐように、伏臥した巨大なる緑竜は徐に首を巡らせた。

●樹花竜テラム・シアリーズ
 全身が植物に覆われたドラゴンだった。所々に花が咲き、前脚の白き大花が殊更に目立つ。そして、額には――『Ⅷ』の刻印。
「テラム・シアリーズ!」
 最初に反応したのは、マードックとそのボクスドラゴン。瞠目して息を呑む様子に、ピジョンは怪訝そうに小首を傾げる。
「へぇ、カンギはドラゴンも従えてるのか……って、お知り合い?」
「我らが始祖である、初代『神裏切りし13竜騎』が封印したという『神威纏いし13竜将』の1体です。まさかこのような形で復活していたとは……」
 緊張の面持ちで説明するウォーグ。同じく縁浅からずの筈のシィカは、いっそ感心の様子か。
「なるほど、貴方がご先祖様が倒したっていうコ、コンセ……? コンセントなんたらデスね!」
 ――コンセンテス・ディラゴーネ、その呼称も今の我には遠い。
 厳かに言ってのけ、樹花竜は深緑の翼を広げて身を起こす。
 ――今は只、レプリゼンタ・カンギの盟友として、光明神域を侵す者を退けるのみ。
「危ない!」
 紺の警告の暇があればこそ、竜躯を彩る花々から一斉に花粉が噴出する。
「っ!」
 花粉の毒が前衛の肌を灼く。辛うじて、ボクスドラゴンのメルゥガが相棒を庇う。
「我が始祖たる竜騎達と盟友たるマードック・ガンズフォールの誇りにかけて!」
 メルゥガに感謝の一瞥を投げ、声高らかに名乗りを上げるウォーグ。
「神裏切りし13竜騎が山吹の竜騎、ウォーグ・レイヘリオス! 参る!」
 樹木絡み合う床を蹴るや、流星の如き蹴打が翔ける。同時にメルゥガも箱ごと体当たりを敢行した。続いて、マードックとボクスドラゴンコンビもスターゲイザーとボクスタックルを放つ。
 巨躯相手なら外れようも無い、そう思ったのも束の間。ドラゴンは僅かな身動ぎでその尽くをかわしてのけた。降り注いだ花粉が視界を狭めたようだ。
「マードックに回復を!」
 今しも応援動画を流そうとしたマギーに声を掛け、朔夜は簒奪者の鎌を振り抜きドレインスラッシュ。荒々しく竜の息吹を啜るも、敵は然したる痛痒も感じていないようだ。
 反撃せんと次々とグラビティを放つケルベロス達だが、その感触は『硬い』。
「ディフェンダー、ですか」
 回復弾を装填しながら、ドラゴンの狙いを察する久遠。恐らくは時間稼ぎ。ミドガルズオルムの召喚が成功すれば、攻性植物の勝利は確定する。身命を賭して盾となり、ケルベロスを通さぬ気概か。
 ――我が身はカンギと共に在る。今こそ、恩義に報いる時。
「はっ! カンギとやらに、脳みその養分を盗られちまったか?」
 陶酔の言葉に吐き捨てる朔夜。久遠のメディカルレインで視野が回復したのを幸いに、ドラゴニックスマッシュを叩き付けんと身構える。
「やるからには、バッチリ決めてみせますとも!!」
 先んじて、紺の構える大槌より轟く砲撃。一刻も早く、ケルベロス全員の攻撃が命中するようにしなければ。
「さぁ、ロックなステージ、スタートデスヨー! イェーイ!!」
 底抜けに明るいシィカの祝福はラズェに続いてピジョンへ。不敵に唇を歪め、ラズェのスターゲイザーが奔れば、同じく狙撃手たるピジョンは熟練の仕立屋も斯くやの挙措で指を動かした。
「さあ縫い止めろ、銀の針よ」
 きらきらと光る魔法の針と糸を以て、敵の足元を縫い止めんと。
「よし、今だっ」
「そこですっ」
 すかさず、目にも止まらぬ速さでダブルタップ。久遠のクイックドロウは狙い過たず、巨躯を撃ち抜く。
 どんなに硬くとも貫き通すまで穿つのみ。総員の足止め攻撃は1度ならずも外れたが、倦まず弛まず、ドラゴンを縛さんと迸る。
「さぁ、ボクのロック、みんな、ノリノリで聞いてくださいデース! イェーイ!!」
 ――おのれ『病喰い』が世迷言を!
 白花より熱線がケルベロスらを舐めるも、その威力は序盤に比べて明らかに落ちていた。効いている――成果を目の当たりにして意を強くしたケルベロス達は、時に庇い合い、癒し合い、グラビティを畳み掛けていく。
 ――愚かな。全が一と成す、侵略寄生の至福が理解出来ぬとは。
「戦い争う者の宿命です。どこへ行こうと、決してあなたを逃しません」
 冷ややかに言い切った紺が放つのは、戦いの最中に散った者の怨嗟。おぞましい幻覚となって襲い掛かる。
「凍結弾、ロード!」
 特殊弾のマガジンを交換、装填するや時空凍結弾を発射する久遠。続いてウォーグのアイスエイジインパクトが炸裂する。息を合わせたメルゥガのボクスブレスが迸った。
「お花畑には、てめぇ1人で行きやがれ」
「生憎と消し炭も残さねぇがな。纏めて焼け野原だ」
 朔夜が天翔ける流星の如く蒼白く輝く気を纏って突撃し、ラズェのグラビティブレイクが炸裂する度に、久遠とウォーグが齎した氷結がジワジワと浸透していく。
「ミドガルズオルムを召喚して、どうする気なんだい?」
 ピジョンの疑問に応えは無い。代わりに食肉植物の如き大口に喰らい付かれたマードックに、マギーが応援動画を流す。元より回答を期待していた訳ではなく、肩を竦めた青年は、ペトリフィケイションを放った。
「ボクの『歌』を聞くデスよー!」
 魂込めたロックと共に、シィカは対デウスエクス用のウイルスカプセルを投射する。
(「かつて我らの祖が封じた竜……斯様な形での巡り合いとは数奇な物よ」)
 血脈の因縁を、自らの代で討ち取れるとは望外の極み。
「眷属よ、その力よ、荒れ狂う風よ! 我が竜鱗の力となれぃ!」
 竜血装爪――コード・セフィール。ボクスドラゴンに属性インストールされながら、打ち放たれたマードックの片腕に渦巻く暴風は、ドラゴンをも絡め取る。
「此処で散れ、テラム!」
 ガントレットに包まれた拳は、狙い過たず竜の咽喉笛を抉る。
 ――カンギよ、すまぬ。
 緑の巨躯が仰け反る。仰臥のまま動かなくなった。

●迷宮制覇のお約束
 見る見ると竜骸は霧散し、後には何も残らない。
 攻撃は苛烈なるも、その言葉は最期まで淡々として。あくまでもカンギ戦士団の一として、樹花竜は逝った。
 伝え聞く暴威に程遠い宿敵の最期に、マードックは『侵略寄生』に底知れぬ深淵を見る。
(「我が敵ながら攻性植物の支配に堕ちたその様、憐れんでやろう」)
「だが、全が一を成す、とは、力を合わせて貴様を倒した我らの事だ」
「コンセ……ントなんたらなんか、ロックなボクたちの敵じゃないデス! ノブトレのがカッコいいデース! イェイ!!」
「シィカ、コンセンテス・ディラゴーネ、ですからね」
 快哉を上げるシィカに、律儀に訂正するウォーグ。メルゥガと並んでそんな2人を見上げていたマードックのボクスドラゴンは、ふと物問いたげな素振りで彼の許に駆け寄る。
「契約は成った。今こそ預かった名を返そう!」
 徐に膝を突き、マードックは何処か寂しげなボクスドラゴンを抱き上げる。
「汝が名は……風竜セフィール!」
(「あっちにはあっちの事情があるようで」)
 自らはマギーを労いながら、小さく肩を竦めるピジョン。立ち塞がったドラゴンは彼ら『ノブレス・トレーズ』の縁と知れたが、詳細を問い質すのも野暮な話。
「動けるなら、そろそろ行こうじゃないか」
「そうですね。ペインキラーも必要無さそうですし……急ぎましょう!」
 代わりに、銀糸の鹵獲術士が探索続行を促せば、仲間をヒールして回っていた小さな先生も頷き返す――そうして再び、樹木の迷い路を辿る事暫し。
「危ない!」
 俄かに鳴動始める植物迷宮。紺の警告とほぼ同時に、眼前の樹木の壁がメキメキと倒壊する。咄嗟にアイスエイジで砕くピジョン。
「これは、もしかして……」
「きっと誰かがバルドルをやっつけた! デス!」
 シィカの予想の成否は確認しようも無いが、確実なのは――遠からず、この迷宮は崩壊する。
「アリアドネの糸は繋がっていますけど……」
「引き返していたら、多分間に合いませんね」
 困惑するウォーグに答える紺の表情は冷静ながら、些か早口だ。ケルベロス故に最悪、生埋めでも死ぬ事は無かろうが、出来れば御免被りたい所。
「狼森、海側がどっちか判るか?」
「ああ……右後方の方角、だな」
「よし!」
 淡路島の地図とスーパーGPSから方向を割り出した朔夜の言葉に頷き、ラズェは素早く座標を計算、掌をそちらに翳す。
 ――――!!
 轟音と共に蔓壁が爆ぜる。崩壊が始まっている所為か、呼応して植物が自爆する様子もなく、見事大穴が開いたが……壁が支えていただろう緑の天井が、ミシミシと物騒に軋み出す。落ちてくる破片も急増したような。
「悪い。加減間違えた」
 何とも言えない仲間達の視線に、今しがた輝き放ったばかりの手で頬を掻くラズェ。
「……まあ、道は拓けましたし。急いで退避しましょう!」
 久遠の掛け声に、ケルベロス達は次々と大穴へと身を躍らせた。

 ――ケルベロス達がバルドルの撃破と『始まりの萌芽』という言葉を知ったのは、迷宮の崩壊より逃れて後の事となる。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 11/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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