光明神域攻略戦～運命迷宮

■リプレイ

「くぁ。こちら赤ペン、淡路島に上陸した」
　赤いペンぐるみに身を包んだヒナタ・イクスェス（世界一シリアスが似合わない漢・e08816）の声と潮騒を耳に、佐久間・凪（無痛・e05817）は、彼女の顔だちを幼く見せさせる所以の一つとも言えそうな、大きな黒い瞳を瞠った。
　鬱蒼と茂る緑は圧倒的。ただ広がっているだけではなく、絡まりながら高く聳える箇所もある。
「何だかいつも潜っているダンジョンみたいですね！」
　いっそ神がかった光景を前に、凪は両手をぎゅっと握って気合を入れた。
　高鳴る鼓動は未知の冒険への期待か、はたまたまだ見ぬ敵への畏怖か。
（「力を合わせて平和な淡路島に戻しましょう！」）
　決意を胸に、凪は――ケルベロス達は運命を決する迷宮へと足を踏み入れる。

●迷宮探訪
　長く続いた直進が右へと逸れる曲がり角。目立つ格好を特製の迷彩マントで覆い隠し、更には隠密気流を纏い、ヒナタは断たれた視界の先を確認すると、ハンドサインで敵影がないことを後ろに続く仲間へ伝える。
　先ほどまで披露していた愉快な外見から一転した真面目な仕事ぶりに、紫藤・大輔（機甲武術師範代・e03653）は何とも言えない感慨を抱く――が、それも僅かの間だけ。
　進んだ先に現れたのは、高い緑の壁。先へ進むには蔦を伝って登るしかなさそうだ。
「今はこの辺りですね」
　難所に挑む前に、凪が現在位置を確認して淡路島の地図の一点を示す。常ならば花の名所として知られるなだらかな丘陵地も、今はただの緑の迷宮。しかし、スーパーＧＰＳが示す地点と、体感情報で把握できる移動推移に差がないのはありがたい。
「他班と連絡が取れれば、更に効率は良かっただろうけどな」
　繋がらない通信に、大輔がひょいと肩を竦める。実質、足で勝負な探索は、他班と連携出来れば効率的ではあったかもしれない。されど課された役割が同じであるなら、さしたる問題にはならないだろう。
「くぁ、先を急ぐのオチね」
　くいっと手を挙げ、個性的な口ぶりでヒナタが一同を促す。
　今は皆が皆、成すべきことを成すと信じるだけ。

　上り、下り。平地があったかと思えば、また下って上り。
　そうして螺旋階段のような上りの頂点に達し、小華和・凛（夢色万華鏡・e00011）はふっと頬を緩めた。
「まるでアスレチックだね」
　物は試しのぶらり再発見で得られるものはなかったが、ある意味、行軍自体が山あり谷ありぶらり旅。壁となる植物が自爆すると思えば恐ろしいが、何かの材料に出来ないかと考えれば興味深くもある。
「白雪はどうかな？」
「８人パーティーか、２人多いな」
　くつりラハティエル・マッケンゼン（黄金炎の天使・e01199）が喉を鳴らしたのは、凛がふわふわ毛並のウィングキャットに尋ねる姿に和んだせい。ついでに零れた独り言に首を傾げられると、酔いどれ天使は「こっちの話だ」とまた笑みを深めて、すっと思考に沈む。
（「アスガルド神とやらも、こんな極東の島国で引き込もって作業に従事とは」）
　昨今の世知辛さは、神の身にも降りかかるものらしい。それを討ちに征くケルベロスも大差ないだろうが。
　やや散漫になり始めている意識。それもその筈、彼らが迷宮探索を始めてから、もう１時間が過ぎようとしていた。気配を殺しているお陰で敵との遭遇はないが、どうしたって疲労は溜まる。
　――と、来れば。
「ふっふーん、そろそろ天野印のドリンクの出番かな」
　満を持しての出番に、天野・司（不灯走馬燈・e11511）は怪しい笑みを浮かべて、胸元から栄養ドリンクを取り出す。
「くぁ、ドリンク出す時はもっとせくしーにヨロ、のオチ」
「お任せだよ☆」
　ヒナタからの思わぬ無茶ぶりにも彩豊かなユーモア精神で応え、司は「コンソメ味だよ」と栄養ドリンクを配り歩く。
「雅ちゃん、雅ちゃん」
　いつ終わるとも知れぬ旅路、適度な休憩は大切な事。一先ず止まった足に、四月一日・てまり（カストール・e17130）は唯織・雅（告死天使・e25132）の傍らに寄り腰を下ろした。
「道筋的にはこんな感じ？」
「おそらく、問題ないかと」
　複雑な内部構造。てまりはアナログでのマッピングを試みていたが、上下左右と動くお陰で有用性の程は定かでない。が、大輔と雅が伸ばすアリアドネの糸が残す赤い軌跡とずれがないのは、悪い事ではないだろう。
「やっぱりこういう場所の探索は難し――」
「静かに」
　唐突に、雅がてまりの声を遮った。ずっと澄ましていた耳に、何かが触れた気がしたのだ。
　果たしてそれは正しく。後方から迫る音は、あっという間に距離を詰めて来る。
「少し先に広い場所がありそうです！」
　うんと背伸びした凪の言葉に、ケルベロス達は逡巡の間もなく走り出す。そろそろ『敵』に見つかってもおかしくない頃合い。ピンと張りつめた空気が、避けられぬ戦闘であるのを教えてくれる。
　そんな中、敵の姿を確認しようとてまりが振り返ったのは、必然であり偶然。
「――花音、……さん、」
　視認した敵影に、てまりの地獄化した右手と唇が戦慄いた。

●宿命の糸
「くぁ、こんなもの大したことない、のオチ」
　マゼンダに輝く剣の一閃を、ヒナタは腕組をしたまま泰然と正面で受け止める。
　衝撃に、全身を覆っていた迷彩マントが引き裂かれ、組んだ両腕から血が飛沫く――が、愉快な姿を再び晒した男は、ただの巨大柱とも見紛う槌で超重の一撃を見舞い返す。
「援護、致し、ます……後方の、皆さん。構えて、下さい」
　連れる小さな雌ライオンのようなウィングキャットのセクメトが、ヒナタを癒やそうと翼を広げるのを横目に、雅は爆破スイッチのボタンを押した。
　爆ぜるカラフルな風は、仲間により高い破壊力を齎す力を秘め。
「……やるしかないか。恨みっこは無しだぞ？　譲れないものがあるのは、お互い様なんだから」
「我が名はラハティエル、ケルベロスが一員！　我が黄金の炎を見よ、そして……絶望せよ！」
　司は瞬く星々の光を纏う黒炎を吹き出すハンマーを。ラハティエルは超高温プラズマを放出する戦鎚を。雅の授けた加護の恩恵に与った並び立つ男たちは、敵の足を止める竜砲弾を撃ち出す。
　バルドルを探し進むケルベロス達の行軍を阻まんと現れたのは、コーラルカラーの戦装束を身につけた巨躯の女――エインヘリアルだった。髪に飾った花から伸びて半身に絡まる蔦が、彼女がカンギに忠誠を誓った戦士団の一人であるのを物語るよう。
　しかし。炎を帯びた蹴撃を放った凛は、エインヘリアルよりもてまりの様子の方が気になった。
「どうかしたかい？」
「え、あ……」
　青褪めた表情の少女に問えば、ぎこちない応え。それでもてまりは、絡まりそうな舌を叱咤して、眼前のエインヘリアルにはかつて遭遇したことがあると言い切った。
「花音さん」
「そう、花音という名なんだ」
　成程。此れは何という運命の悪戯。凛らが対峙しているデウスエクスは、てまりにとって因縁浅からぬ相手らしい。
「宿敵、と言ったところかな？　そうと分かれば、手助けするよ」
「あっ、ありがとう」
　思わぬ温かい言葉に、てまりの眼に理知の光が戻る。そうして凛に背中を押された少女は、先人に倣って巨大ハンマーを構えた。
　放たれたドラゴニック・パワーが巨躯の足元を絡めとる。されど、見上げる長身の女の緋色の瞳に焦りや憂いは一切浮かばない。
「これがカンギ戦士団……皆さん、気を付けて下さい」
　淡路島に足を踏み入れた時と同じ感慨を再び口にし、凪は万全を期す為の力を繰る。
「応用編リバース・ペイン……力を再生に集中！」
　意味ある詞を唱え終わると、凛の体から霧状のオーラが溢れ出す。戦い終わったら相応の空腹に苛まれるのは覚悟の上の、凪のとっておきの一つ。自分の傍にいる者たちを癒やすと同時に、自浄の楔を穿つグラビティ。
　敵とのエンカウントは予想しうる事態だった。だから、ケルベロス達の応戦ぶりは淀みない。事前に司の栄養ドリンクのお陰もあって戦意は高く。
「っく」
　大輔が振り上げた拳を花音が躱す。それでも、凪は「大丈夫」と朗らかに言えた。
　振り抜かれる星辰宿す剣から飛ばされたオーラの波動を被りながらも、仲間たちは次々に花音の足を封じる技を放っている。
　命中精度に劣る大輔の、けれどだからこそ強烈なダメージを生み出す一撃が、花音を捕えるまでそれほど時間はかからないはず。

　巨大な女は、大輔目掛けて剣を振り下ろす。だが、その剣先が獲物を捕らえるより早く、白雪が我が身を盾とし大輔を庇う。
「助かったぜ」
「白雪、よくやったね」
　大輔の礼に凛の労い。そしてこの後届けられるだろう凪の治癒の力に、白雪は血で汚れながらも落ち着いた素振りを失わない。
　護りに固い陣形は、さすがのエインヘリアルでも容易に崩す事は出来なかった。その間にケルベロス達の策は着々と成ってゆく。
（「あの人がカンギと戦った理由は分からないけど……あの人が皆に迷惑をかけてるのは、私の責任だし」）
　――何とかしないと。
「そう気負うものではないぞ、戦略的にな。フッ……」
　周囲の様子を伺う余裕が出来れば、仲間への心配りも行き届き。誰より緊張状態にあるてまりを、ラハティエルの自信に溢れる笑顔が和ませる。
　と、その時。
「敵、装甲……破壊、しました。皆さん、攻撃に集中、して……下さい」
「今度こそっ！」
　至近距離からのバスターライフルでの一撃。花音の胸部を守る鎧を砕いた雅の朗報に、一も二もなく大輔が僅かに腰を落とす。
「封じた技を今こそ振るおう！」
　金剛・改、ドラゴンナックル、島風、真武。何れも特製の得物らを大輔は己が前面に展開する。
「征け、決めろぉ！」
「世界を守る希望の力！　未来を守る人の力！　今一つとなりて黄金の時を刻まん！　人機一体！　ゴルドパニッシャー！！」
　察した司の弾む声を追い風に、大輔は全身のリミッターを解除したコアブラスターを放つ。
「あ゛あぁっ」
　渾身の殲滅攻撃を浴びた花音が苦し気に呻いた。
　どうやら運命の女神は、宿敵に相対するてまりを孤独にするつもりはないらしい。

●手向ける言葉
「死力を尽くし、敵の企みを阻止してやる！」
　武具に内蔵されたジェットエンジンを吹かし急加速。刹那の間に零距離まで飛び込んだ大輔は、疾風の如き拳を花音の膝関節付近に叩き込む。
　安定性にやや欠けた彼の攻撃も、仲間が敷いた策のお陰で、エインヘリアルの力を削いでいく。
　されど敵はデウスエクス。重いダメージを喰らっても怯みはしない。
「はぁっ」
　掲げられたマゼンダ色の刀身から、星座のオーラが発される。それは癒し手らを狙っていた。けれど。
「させない」
　凛に白雪、そしてセクメトが体を開き、後方へと伸びる射線の幾つかを防ぎきる。
「くぁ、ま～アレのオチ。とりあえず魂まで焼けるが良いのオチね～」
　同じ役目を負う者たちの奮戦ぶりに触発され、しかしマイペースさは崩さぬヒナタが全身から謎のオーラを溢れさす。転生の炎と言うべき一撃は、時に我が身を癒やすものでありながら、今は苛烈な赤となって花音を焼いた。
「――ッ」
「はいはい、もうすぐ終わらせるからな」
　熱か痛みか、はたまた両方か。敵が唇を噛み締め苦悶の声を殺す様に、司は右に左に跳んで最後通牒を突き付ける。
「何だって、」
　緑の迷宮に絡まる蔦を活かし、振り子の要領で花音の背後を取った司は、指先に無色の炎を灯す。
「最初はちょっと怖いだろ？」
「……！！」
　触れたのは、背筋のほんの一点。けれどそこから注ぎ込まれた炎に、花音の表情は険しさを増す。
「平和な淡路島を返して貰いましょうか！」
　この地に上陸した時に思った事を今度は口に出し、それだけ強くなった誓いで凪は傷付いた盾役たちを癒やした。
「他班は大丈夫かな」
　注ぐ星の煌きとなって巨躯を貫きながら、『此処』での戦いの終わりが近い事を確信した凛がとつりと言う。
　敵の足を徹底的に封じ、更に攻撃力を底上げした狙撃手らで容赦なく狙い撃ち。結果、対花音な戦闘はケルベロス側の有利で推移した。
「まぁ、それなりに上手くやっていると思うぞ。フッ……」
　連絡の取れぬ仲間たちの奮戦を信じ、ラハティエルは泰然と、かつては清廉な白であった――今は灰と歴青に塗れる翼を広げる。
　そうして今一度、不遜に微笑み。
「さぁ、貴様の滅びがやって来た、ぞ。地獄に墜ちても覚えておけ、我等ケルベロスの恐ろしさを！」
「ア゛あ、がぁッ」
　目も眩む鮮朱に輝いたのは、ラハティエルの翼。そしてその羽ばたきは灼熱劫火の超高熱エネルギーを放射し敵を灼き。
「もう回復は要らないですね」
　目前に迫った『刻』に凪も紅蓮の炎を放ち。続いた雅は掲げたバスターライフルから敵のグラビティを中和するエネルギー光弾を放つと、てまりの方を振り返る。
「射線……確保、しました。後は……宜しく、お願いします」
「えっ？」
　美しい面差しが訥々と紡ぐ言葉の意図に、てまりは大きく目を瞠った。
「その思いと、権利が四月一日にはあるだろう」
　凛に励まされ、てまりは唇をきゅっと噛み、こくりと頷く。
「みんな、ありがとう」
　真正面にエインヘリアルを捕え、てまりは敵の瞳を見据える。
「　　」
「これが私の、宝物」
　はくり、何か言おうとしたのか巨躯の女の唇が動くのに、てまりは心の海より大事なものを引き揚げる詞を唱え始めた。
「――それを誰にも、壊させはしない！」
　浮かぶ、桃と橙、そしてその二色が混ざった薔薇の花弁。戯れる黒と桃の兎。そうして薄紅の光を纏い、てまりは左腕に宿した花の弾丸を花音へ放つ。
　炸裂、衝撃。断末魔の声は無く。
「守れなくて、ごめんなさい。助けられなくて、ごめんなさい――それでも私は、生きていくから」
　ただ最期に見えた気がした哀惜の緋色に、てまりは未来を約す言葉を手向けた。

　カンギ戦士団との戦いを終え、司特製栄養ドリンクで英気を養い。淡路島の中央部を目指して光明神バルドルの探索を再開したケルベロス達がその異変に遭遇したのは、迷宮に潜入してから二時間半ほどの時が過ぎた頃だった。
「きっとどこかのチームがバルドルを倒したんだな！」
　崩れ始めた緑を器用に避けながら、司が大願成就を朗らかに謳う。
　折角だから神と一矢交えてみたかったと思う者もいたが、課せられた任が果たされたのは間違いなく幸い。
「ここから、なら。西へ、直接、抜けるのが……近い、かと」
「くぁ、そういう事ならお任せのオチ！」
　雅の助言に、ヒナタは一も二もなく左手の壁にグラビティを叩き込み、文字通りの風穴を開ける。
「どうやら自爆機能も失われているようだな。では、急ぎ帰るとしよう。待つ者も居る事だし、な。フッ……」
　飛ぶように駆け出し、ラハティエルはククと笑う。
　懐に忍ばせたスキットルに満たしたウィスキーで祝杯をあげるまで、あと少し――。

作者：七凪臣	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年12月9日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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