夢の残骸

作者:雨乃香

 幻想を抱えた繁華街は深夜といえる時間帯を回ってなお明るい輝きを見せ、様々な人々が其々の理由をもって光を浴びながらその街を彷徨っている。
 そんな人工的な光も、人々の喧噪も届かない入り組んだ路地裏。
 闇の中に浮かび上がる青白い光が三つ。
 ゆらゆらと空を泳ぐそれは体長二メートルほどの怪魚――死神である。
 ゆっくりと怪魚が泳ぐその軌跡に青白い光が尾をひく。
 三匹がそれぞれ、複雑な軌道を描き青い光は徐々に幾何学の模様をなしていき、やがて、青白い陣を浮かび上がらせた。
 その中心に浮かび上がる人影が一つ。
 甲冑のようなスーツに身を包む、漆黒のヒーローの形。しかしよく見ればその姿は所々が獣のように変化している。
 口元は大きく裂け、トラバサミを思わせる歯が並び、腕を覆う手甲、その指先には禍々しい鍵爪が伸びている。
 そうして胸元と、その脚には、ドリームイーターであることを示すモザイクが漂っている。
 人影は夜闇に声無き咆哮を上げると、怪魚とともに路地の深く、闇の中へと消えていく。

 その様子を路地の陰から眺めていた一人のケルベロスがいた。
 風空・未来(みんなの救援投手・e00276)、彼女がそこに居合わせたのは偶然か、それとも運命か。
 かつてこの地で打ち倒したドリームイーター。
 それがとある少女の手によって作り出されていると、被害者の少年から情報を得ていた彼女は、同じような被害者が出るのではないかと過去事件のあった周辺を時折警邏していた。
(「早くこのことを連絡しないと」)
 懸念していたドリームイーターの出現でこそなかったものの、放っておけば被害者が出ることは明白だ。未来は連絡用の端末を取り出すと急ぎコールしながら、一分一秒を惜しむかのようにその場から駆けはじめた。

「以上がボクが見てきた事だよ。参考になればいいんだけど」
 居並ぶケルベロス達に未来が自ら見聞きした全てを話し終え一息をつくと、その後を受けるかのようにヘリオライダー、セリカ・リュミエールが一歩前に出た。
「未来さんありがとうございます。死神によるデウスエクスのサルベージですか……復活させられたのは以前この場所で倒されたドリームイーター、そのまま戦力として持ち帰られるのは避けたいところです、急ぎ発見ポイントへ向かい対象を討伐してしまいましょう」
 対象はサルベージされた、ヒーローの形をしたドリームイーター、それに怪魚型の死神が三体。幸い発見が早かったこともあり既に周辺住民の避難は終了し被害は出ていないとのことだ。
「以前の情報によればこのドリームイーターは近接戦闘を得意とするようですね。死神による変異強化による影響で知性こそ失っていますがその分接近戦のリスクはさらに増しているでしょう。死神の攻撃方法も噛みつきが主体のようなので前に出て戦う場合は十分に注意してください」
 セリカの言葉に未来も小さく相槌をうつ。
 かつて戦った敵の強さを、その理由を、知っているからこそ、彼女はこの場にいるだれよりもこの敵が討たれることを強く望んでいた。
「人の夢をさらに悪用しようだなんて、放っておけないよね? 悪夢はここで終わらせないと」
 未来の強い意志を秘めたその言葉に、ケルベロス達もまた、強く頷きを返した。


参加者
風空・未来(みんなの救援投手・e00276)
天津・千薙(天地薙・e00415)
アクセル・グリーンウィンド(緑旋風の強奪者・e02049)
塚原・宗近(地獄の重撃・e02426)
アーティア・フルムーン(はらぺ娘タイフーン・e02895)
チェレスタ・ロスヴァイセ(白花の歌姫・e06614)
ユーカリプタス・グランディス(神宮寺家毒舌戦闘侍女・e06876)
コール・タール(略奪者・e10649)

■リプレイ


 人気のない深夜の繁華街の路地裏。
 青い光をたたえる三匹の怪魚を引き連れそれは歩く。
 闇夜に溶ける真っ黒な甲冑を思わせるその姿。ヒーローの形を模したそれは迷うことなく夜の街並みを歩き続け、やがてぴたりと足を止めた。
 そこは、かつてとある夢が破れた場所。
 激しい戦いの傷跡として残る修復された街並みの幻想が、闇の中点滅するネオンの毒々しい光に彩られ悪夢めいた不気味な風景を浮かび上がらせる。
 静かなその光景の中、金属同士がぶつかり合う鈍い音が唐突に響く。
 事前にその場に待機していた塚原・宗近(地獄の重撃・e02426)の先手をうった一撃はドリームイーターの手に持つ錆びれた金の鍵によって弾かれる。
 距離をとり剣を構えなおす宗近のガントレットが怪しい光を受けて輝く。
「あれが件の敵、でしょうか」
「えぇ……少し、姿が変わってしまったようだけど」
「正義を冒涜するとは……」
 チェレスタ・ロスヴァイセ(白花の歌姫・e06614)の言葉に、以前まだドリームイーターであった目標と戦った経験のあるアーティア・フルムーン(はらぺ娘タイフーン・e02895)は答えを返し、二人はどちらも目の前の敵に対して顔を顰めている。
「あれが死神の……もう少し品のある見た目には出来なかったのでしょうか?」
 天津・千薙(天地薙・e00415)もヒーローを模した形から、禍々しい獣の印象を付与された敵の姿を見てそう言葉を発する中、一人、アクセル・グリーンウィンド(緑旋風の強奪者・e02049)は別の感想を抱いていた。
「かっこいいなぁ、っといけない、いけない。あれは倒さないといけない相手だった」
 彼の言葉にその肩の上に鎮座するスライムもその身を震わせ戦う意思を見せる。
 ドリームイーターは周りを囲むように現れたケルベロス達に対し、殺気を発しながら体を震わせ、そして大きく作り物めいた口を開くと、歓喜の咆哮をあげる。
「……夢の残骸、か」
 敵を見つめながら、憐れむようにそう呟いたコール・タール(略奪者・e10649)はゴーグルを身に着けて戦闘態勢を取る。
 そうして風空・未来(みんなの救援投手・e00276)が姿を現すと、ドリームイーターは一際大きく唸りをあげる。それは怨嗟の声。
「キミがまた帰ってこようとも、ボクはまた、倒すだけ。その周りもろとも、ね」
 感情を露わにするドリームイーターとは対照的に怪魚型の死神は静かにあたりを漂い、あたりに青白い線を引いて、飛び回っている。
 青白い光が照らす悪夢の中、ユーカリプタス・グランディス(神宮寺家毒舌戦闘侍女・e06876)が一歩踏み出すと、スカートをつまみ上げて、一つ頭を下げる。
「神宮寺家戦闘侍女ユーカリ。参ります」
 顔を上げた彼女は武器を手に先陣を切って敵へと向かって飛び込んでいく。
 空中を漂っていた怪魚はそれに呼応するように、動きを止めるとドリームイーターの周りでぴたりと動きを止め、迎え撃つ体勢を取る。
 その中央で、ドリームイーターもまた鍵を構える。
 そうして夢の続きが幕を開けた。


 ユーカリプタスを迎撃しようと構えていた怪魚達にむかい、コールの放った無数の銃弾が降り注ぐ。
 目に見える傷こそ負わせられないものの、突然の攻撃に敵の目が眩む。
「この一撃、当たれば辛いですよ」
 すかさず敵の合間を縫うように駆け抜けるユーカリタプスが舞う様に剣を振るう。空を漂う怪魚に力のこもった一撃を加えることはできないが、浅くその身を裂くだけで、刃に仕込まれた劇薬が、傷を負ったものの体に激痛を与える。
 まともに切り付けられた怪魚たちは空をのたうち回りながら、怒りをあらわに、牙をむいて、ユーカリプタスへ向けて一斉に突撃を仕掛ける。
「体が大きければ、その分狙いやすい」
 地にしっかりと足をつけ、強く振り抜かれた宗近の鉄塊剣から放たれる横薙ぎの一閃。
 強烈な旋風に、たまらず怪魚の群れは吹き飛ばされ、ドリームイーターとは離れた位置で滞空し、再び攻撃の隙をうかがい始める。
 その開いた距離の間、ケルベロス達の前に、次々とチェレスタの貼った雷の障壁が展開されていく。
 だがそれを敵も指を咥えて眺めているわけではない。
 獣の様に喉を鳴らし、屈みこんだドリームイーターは視線を最前線に立つユーカリプタスへと向ける。
 だが、彼が飛び出そうとするその進路上に人影が割って入る。
 高く結った漆黒の髪を揺らし、アーティアは因縁の敵の姿を見据える。
「……敵とはいえあなたには同情するわ。だからこそ、またすぐに夢を見せてあげる」
 自らを破った敵を前にし、あっさりとドリームイーターは標的をかえる。
 視線を交差させ対峙していた時間はそれほど長くはない、両者は同時に地を蹴った。


 チェレスタの投射したカプセルに怪魚たちが苦しむ中、ユーカリプタスは一歩前線から引いて、視線を怪魚から外す。その瞳は一人ドリームイーターと対峙するアーティアへと向けられる。
 目の前の敵を蹴散らし援護へと向かいたい気持ちが彼女にはあったが、怪魚とてそうやすやすとは道をあけはしない、体勢を立て直し噛みつこうと近づいてくる怪魚を鎖でいなしながらドローンの群れを飛ばし、仲間の援護へと回す。
 怪魚は戦闘の中で傷を受けてはいたが、未だ決定打となる攻撃は受けていない。ケルベロス達にも焦りが見え始める。
「そっちは大丈夫かい?」
 目の前の怪魚を弾き飛ばしながら宗近がコールへと声をかける。
 問題ない、そう答えを返そうとした彼に、相対していた怪魚が狙いを定め、黒い弾丸を放つ。咄嗟にコールは回避行動をとるものの、弾丸は彼の目前で爆発し、衝撃をかすめたその腕を侵食する。だが、コールは武器を手放すことはない、苦痛に顔を歪めながらも、バスターライフルを構え、目の前の敵へと反撃を試みる。
 敵の放った攻撃とは対照的な光弾は、強い光を放ちながら怪魚を捉え、どの巨体を地面へと叩き落す。
「みんな、食べちゃっていいよ。僕も一緒に!」
 アクセルの言葉とともに、怪魚にむかって彼の使役する、スライム、攻性植物、ファミリアが一斉に飛び掛かり怪魚の体を食い破る。
 敵が倒れたとみるや、すぐさまチェレスタは歌声をあげる。
「天より降り注ぐ光よ、地に満ちる恵みよ、今紡ぎしこの調に乗せて、我が同胞を護り給え」
 祈りを込めた歌が、コールの毒を癒し、ケルベロス達の傷を癒していく。
 一匹が倒れたことで、怪魚も不味いと感じたのか、さらに攻勢を強め、千薙と相対していた一匹が彼女へと向かって噛みつきにかかる。
 その瞬間を待っていたといわんばかりに彼女は怪魚の大きく開かれた口へと脚を突き入れた。
 これ幸いとばかりに、怪魚はその脚へと歯を立てるが、彼女の機械の体はその一撃を通さない。
 鋭い呼気とともに身を回した千薙は怪魚の噛みついたままの脚をあらん限りの力で地面へと叩きつける。その一撃で怪魚の体は無残にひしゃげ、噛みつく力を失った口から千薙はゆっくりと足を引き抜く。
「肉を切らせず骨を断つ……機械の味はいかがでしたか?」
 だがその呟きは既に、目の前の怪魚には届いていない。
 自然とケルベロス達の視線は最後の怪魚へと注がれる。残った怪魚ももはや覚悟を決めたのか、最も近くにいた宗近へと向かい大きな口をあけて突進していく、だが、未来がそれを許さない。
「お狐様、ボクに力を……。焼き尽くせ、炎狐紅蓮球!」
 低い体勢から腕をしならせ狙いを違わずリリースされた火球は、狐の形を作り、怪魚の口内へと飛び込むと、内側からその体を焼きつくし、黒焦げの死骸が地に落ちた。


 ドリームイーターの振るう鍵をアーティアは屈んで避ける。髪を掠める風を切る音は鋭く、絶え間なく襲いくる。
 大振りの一撃をかわした所で一度距離を取り仕切り直しをはかる。
 以前よりもドリームイーターの攻撃は早く鋭いが、我武者羅なその攻撃には粗もまた見て取れる。
 そのおかげで今のところは攻撃を凌げてはいたが、このまま攻撃を避け続けていてもジリ貧であること容易に想像できた。目の前の敵から一時でも目を離せば致命的な一撃を貰う。それがわかっているから仲間たちの状況を確認することすらできない。
 こちらから打って出ねばならない、そう覚悟を決めそ、勢いよく手裏剣を投げ放つ。
 狙い通りに敵の頭部をめがけて放たれたそれを、ドリームイーターは難なく鍵の一撃で弾き飛ばす。
 その行動を予測していたアーティアは、既に敵の懐、鍵の振れぬ間合いまで踏み込んでいる。
 本能的に危険を感じ取ったドリームイーターは距離を取ろうとするが、アーティアの構えた武器が纏う風が唸りをあげ、渦を作り上げ、その体を引き寄せる。
 次の瞬間、必殺の一撃が決まると思われたその時、ドリームイーターのモザイクで形作られた獣の、口がアーティアの腕に鋭い牙を深々と突き立てていた。
 痛みにアーティアがたまらず武器を取り落すと、風の渦から解放されたドリームイーターは咆哮をあげて目の前の敵へと飛び掛かる。
 回避も防御も間に合わない。
「させないよ」
 ドリームイーターの動きを止めようと未来が発した御業、それに体を縛られながらも、敵はもがきながら地に両の手足をつけると、獣の様に無理やり跳躍し、攻撃を仕掛けてきた未来へと迫る。
「敵の攻撃はユーカリにお任せあれ」
 だが、それで十分だった。動きの鈍ったドリームイーターと未来の間にユーカリプタスが割って入り、その攻撃を手にした剣で弾き返す。
「遅れてすまないね」
 宗近が傷を受けたアーティアを庇うように前に立ちながら、鉄塊剣を構え、ドリームイーターと対峙する。怪魚を倒した終えたケルベロス達が集まり、残ったドリームイーターを囲む。そうして安全が確保されたことを確認するとチェレスタはアーティアへと近寄り腕の傷の治療を始める。
「少し痛みますが、我慢してください」
 強引な施術は彼女の言うとおり痛みを伴うが、反面、その効果は絶大だ。
「手間をかけるわ、ありがとう」
 治療が終わると、アーティアは腕の様子を確認しながら再び戦列へと戻る。
 ドリームイーターは宗近とアクセル、千薙の攻撃をいなしながら、時折反撃の鍵を振るい、モザイクの攻撃を試みるが、どちらも決定打にはなり得ていない。近接戦闘においてその強さは驚異的であった。
 その均衡を崩したのは、コールだった。
 外せば味方に被害が出るかもしれない、外すことは許されない。
 押しかかる圧力を振り払うように、コールはしっかりと引き金を引き絞る。
 放たれた漆黒の弾丸がドリームイーターの体を侵食し、一時、その体を怯ませる。
「この一撃の重さが全てを証明する」
 その一瞬の隙をついて宗近の放った重い斬撃に、ドリームイーターの鍵を持つ右腕が宙を舞う。その痛みからか、怒りからか、絶叫をあげたドリームイーターは、再びモザイクを獣の口へと変えて、周囲を手当たり次第攻撃する。
 衝動に任せたその単純な攻撃はもはやたやすく見切ることができる。
「禁じ手ですが……致し方ありません」
 敵の攻撃を掻い潜り肉薄した千薙はその脚に力を集中させ、風を纏うその脚を高く上げ、力の限り敵の頭を蹴りぬいた。ドリームイーターの体がしたたかに地面に打ち付けられる。同時に、彼女もまたその力の行使の代償にその場に膝をつく。
 全霊の一撃を受けたドリームイーターは、モザイクによる回復を試みながら、そのボロボロの体で立ち上がろうとする。
「逃がさないで、にょろにょろくん」
 その言葉に従う様にアクセルのが左腕から伸びる蔦がドリームイーターの体に絡みつき、その体にかじりつき、自由を奪う。
「ゆっくりとおやすみなさい。三度目は流石に勘弁ね」
 もう戦わなくてもよいのだと、そう言葉を投げかけながらアーティアの風を纏う腕がその胸のモザイクを貫くと、ついに悪夢はその動きを止めた。


 夜の街並みには戦闘の傷跡だけが残り、あたりには静寂が戻っていた。
 アクセルは倒れたドリームイーターや怪魚の死体がもう動かないことを確認すると、手を合わせて目を瞑ると小さく呟く。
「ごちそうさまでした……そして、おやすみなさい」
 その隣で同じように千薙もまた夢の残骸に手を合わせる。
「夢はもう進み始めました。ゆっくりと休んでください」
 もはやヒーローの形すら残さないそれは二度と動くこはないだろう。
 周囲のケルベロス達もまた、その亡骸を各々の思いを抱えながらじっと見つめている。
 あたりの戦闘地域を見回せる屋根の上から修復を行っていたコールは、携帯から流れる音を右から左へと聞き流しながら言葉を漏らす。
「利用されているってのは、嫌なもんだな……」
 言葉が闇に溶ける前に地上へと降り立ってゴーグルを外す。戦闘の傷跡はもう大部分の修復が終わっていた。
「ご苦労様でした」
「ほんとにお疲れ様。皆が来てくれて助かったよ」
 ユーカリプタスと未来のケルベロス達を労う言葉に、コールと同じようにあたりの修繕を行っていた宗近が苦笑しながら言葉を返す。
「もう二度と蘇って来ない事を願うばかりかな」
「そうですね、例えデウスエクスの命であっても、決してこのように弄んでいいものではないですから」
 チェレスタは足元に横たわる亡骸を哀しい目で見つめ、やがて視線をあげる。遠く、空が白み始めているのが見える。
「もういい時間ね、帰りましょうか」
 アーティアの言葉にケルベロス達は賛同し、その場を後にする。
 そうして、長い一夜の悪夢が終わりを告げた。

作者:雨乃香 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年10月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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