黒犀猛進

作者:刑部

 北海道は釧路湿原の奥地。
「……あなたも存分に暴れてきなさい」
 死神テイネコロカムイの言葉に反応し、怪魚型の死神が踊る様に宙を舞うと、獣が獣人へと姿を変える。
「……」
 虚ろな表情のまま無言で頭を垂れたのは、犀のウェアライダー。
 まるでプレイトメイルを着ているかの如きその巨体が一歩踏み出すと、湿原の大地にその足がずぶずぶとめり込む。
 その足取りは重いが、一歩、また一歩と湿原の大地を踏みしめる。
 その歩の先には町の灯りがあった。怪魚型の死神を引き連れ歩を進めるその後ろ姿を、口元に笑みを浮かべたテイネコロカムイが見送っていた。
 このまま放っておけば、町はこの犀のウェアライダーに蹂躙されるであろう事は、火を見るより明らかだった。

「釧路湿原の近くで、第二次侵略期以前に死亡したデウスエクスが市街地を襲う事案が次々と起こりよる。案の定、死神にサルベージされたっちゅー案件やな」
 腰に手を当て胸を張った杠・千尋(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0044)が、ケルベロス達を前にそう切り出す。
「サルベージされたデウスエクス……今回のはウェアライダーなんやけど、釧路湿原で死んだ訳や無いみたいで、なんか意図があって釧路湿原に運ばれたんかもしれへんな。このウェアライダーは、サルベージした死神に変異強化されとって、4体の怪魚型の死神を引き連れとる。
 予知で街への経路は解っとるさかい、人のおらへん湿原の入口辺りで迎撃すんのがええやろな」
 頷くケルベロス達を見ながら説明を続ける千尋。

「奴さんらが街に向うルートはこうやから、ここら辺りで迎え撃つんがえぇと思うけどどうやろ?」
 千尋が地図上で指したポイントを見て頷くケルベロス達。
 湿原は抜けているので地面は固そうで、かつ周辺に民家の無い一帯。反対に言えばここ以外では足場のぬかるんだ中で戦うか、住宅を撒き込んで戦う事になってしまいそうである。
「奇襲とかは無理やと思うけど、真っ向勝出来る筈や。
 4体の深海魚型の死神は大した事あれへんけど、サルベージされたウェアライダー……鎧を着込んだみたいな体格をした獣人形態の犀のウェアライダーなんやけど、死神に強化されとる筈やし注意が必要やで。
 交渉とかも無理っぽいから、さっさと眠らせたんのが、奴さんの為やろうな」
 腕を組んだ千尋が、自分って言ってうんうんと頷いている。

「湿原の奥で悪さしとる奴を引っ張り出したいけど、先ずは襲われる街の人らを助けなあかん。ほなヘリオンかっ飛ばすから、みんな頼んだで!」
 千尋がそうケルベロス達を鼓舞し、説明を締め括ったのだった。


参加者
草火部・あぽろ(超太陽砲・e01028)
月見里・一太(咬殺・e02692)
百鬼・澪(癒しの御手・e03871)
八崎・伶(放浪酒人・e06365)
早乙女・スピカ(星屑協奏曲・e12638)
光世・イナリ(愛刃・e16479)
神野・雅(玲瓏たる雪華・e24167)
クオン・ライアート(緋の巨獣・e24469)

■リプレイ


 一歩大地を踏み締める度に、重い音が響き微かに大地が揺れる。
 死神テイネコロカムイの駒と化した犀のウェアライダーは、宙を舞う4体の怪魚を引き連れ、着実に町へと迫っていた。
 その進む先に仄かに光を放つ一帯があり、人影が見てとれる。
「地獄から番犬の御成りだ! 眠らせに来てやったぞ御同類!」
 それはちりばめられた数々の灯りに照らされたケルベロス達。
 月見里・一太(咬殺・e02692)が遠吠えする様に大きな声を上げると、獣人形態をとる犀がその動きを止め、怪魚達がガチガチと牙を鳴らす。
「そう、ここでさようならです。これより先には進ませません……!」
 それを見て腰に吊るした灯を揺らし、ニーレンベルギアを纏うボクスドラゴン『花嵐』の頭を撫でた百鬼・澪(癒しの御手・e03871)が、微笑を浮かべたままその青色の瞳で、犀のウェアライダーの姿を見据える。
「雑魚が4匹に犀が一匹……舐められたモンだな。ケルベロスとしても巫女としても、現世に迷える死者を見逃す訳にはいかねー、止めて見せるぜ!」
 続いて白翼を大きく広げた草火部・あぽろ(超太陽砲・e01028)が、『GODLIGHT』を鞘から抜き、
(「猛進せし戦士が……哀れな死者には速やかに安息の眠りを……今はただ、悲劇を起こす前に終わらせる」)
 裏で糸を操る死神が何故に釧路湿原を選んだのか? そんな事に思案を巡らせていた神野・雅(玲瓏たる雪華・e24167)も、今は目の前の脅威を取り除くべきと、決意も新たに赤銅色の外套を翻した。
「クォーン!」
 以外にも子犬の様な鳴き声を上げて身を屈めて此方を睨む犀と、速度を上げて宙を泳ぎ、先程より激しく牙を鳴らす怪魚達。
「実際に犀と戦う機会なんざ初めてだが……成程、こりゃ受け止め甲斐がありそうだ」
「……可哀相に、終わらせましょう」
 今にも突撃せんと、足で砂を掻く動きを見せる犀の姿に八崎・伶(放浪酒人・e06365)が不敵な笑みを浮かべると、彼のボクスドラゴンである『焔』は羽ばたいて後ろへと下がり、その焔と肩を並べる形になった早乙女・スピカ(星屑協奏曲・e12638)が、いつものほわほわとした表情から一変、哀れみを湛えた瞳を犀に向ける。
「ふ、ふ。まるで引き絞った弓に番えられた矢の様じゃのう同胞よ。戦いたかろう暴れたかろう。その雄々しき猛りも全部ひっくるめて、まるごと愛してやろうぞ」
 ゆらりと体を傾けた光世・イナリ(愛刃・e16479)が、鞘に入ったままの霊刀『躙』を手に、妖しい笑みを浮かべる。
「その殺気、その構え……生前はさぞ名のある戦士だっただろうに、今や死神の走狗とは哀れな……ヴァルキュリアとして今一度、貴様に死の安らぎを貴様に与えよう」
 クオン・ライアート(緋の巨獣・e24469)が、『カナンの鎗』の三叉に分かれた穂先を突き付け啖呵を切ると、それが合図であったかの様に犀が地面を蹴る。
 地響きを立てて突っ込んで来るその様は、さながら重戦車の様であった。


 怪魚達が飛ばす怨恨弾と共に突っ込んで来る犀のウェアライダー。
 イナリの狐の遠吠えの如き甲高い声が怪魚達の動きを押えたところに、一太の放った轟竜砲が爆ぜる中、
「それしきの吶喊、恐れると思うてか! さぁ英雄達よ、武器を取れ。我と共に、いざ果て無き戦場へ」
 鼓舞する様に詠う様に、犀の真正面に立ち塞がったクオンの荒々しい、それでいて澄んだ声が響き、地面に突き立てた大剣の刃の背を盾の様にし、衝撃に備えるクオン。そのクオンの前にスパークする雷の壁が現れるが、一顧だにせず突っ込む犀。
 激しい衝突音が響き、クオンは大剣ともども踵に土を盛り上げながら押されていく。
「力こそはパワーというやつでしょうか? 力の暴虐は純粋な分、手に負えませんね」
 出した雷の壁をあっさり突破された澪は、今カバーに入った伶が展開したヒールドローンに守られながら怪魚と打ち合うあぽろと、その怪魚を裂いて戻って来た竜葬の大鎌を掴む雅から視線を犀に戻してそう口にし、花嵐をクオンの援護に向かわせる。
「……固い……です」
 その間に回り込む形で横合いから一気に距離を詰め、青薔薇の髪飾りに留められたピンクの髪を躍らせたスピカが、迅雷の如き槍を繰り出すが小さな傷しか穿てず、握る腕に走る痺れに犀のウェアライダーの装甲の堅さを再認識する。
「くっ、この重さ……流石に、やるな!」
 横からの攻撃をものともせず、押し捲る犀の力に唇を噛んだクオンは、仲間達が怪魚に攻撃を集中するのを見て、押し切られそうになる衝撃に耐えながらも、再び狩の英雄を称える戦歌を紡ぎ戦意を鼓舞する。
「誰も、手折らせなどしません―花車、賦活」
「罪深き者よ……いまここに永久の眠りを」
 クオンを支える様に後ろから澪が掌底で真白の微弱電流を打ち込み、紡がれるその歌に乗せてスピカが腕を広げると、い出た黒と白の花びらが舞い、怪魚達を幻惑の世界へと誘い、その内の一体に花嵐がブレスを浴びせた。

 灯に照らされたケルベロス達と、吶喊する犀と援護する怪魚達の激しい剣戟の音が響く。
「っと、大人しくしてなよ。ご同胞」
 怪魚に跳び蹴りを見舞って着地した一太が、素早く照準を定めると、犀に向かってエネルギー光弾を撃ち放つ。
「先ずは……一匹、じゃ」
 その間に、一太が蹴りを見舞った怪魚に、あぽろが追撃を加えた横を抜けたイナリがそう嘯くと、その後ろで怪魚の頭が落ち、斬り離された胴が地面に突っ込む。
「さて……面白ことをしておるのぅ」
 イナリはちらりと犀の方を見てクオンと花嵐の動きから大丈夫と判断すると、スピカのブラックスライムに食らい付かれながらも雅に咬み付く怪魚を見て、闇より黒い瞳を細めて口角を上げる。
 更に雅が怨霊弾で穿たれたので、澪と焔が回復を飛ばす中、
「いつまで噛み付けてやがる、離しやがれ!」
 一太が砲撃形態に変えたドラゴニックハンマーの引き金を引くと、轟音が響いて雅に喰らい付いていた怪魚が吹っ飛び、その一太を狙って別の怪魚が飛ばした怨恨弾は、伶が散布した紙兵だけを破壊して効果を及ぼさない。
「お主は左から行け、次の攻撃後の間隙を突き、挟む込むのじゃ」
 腰に下げた光る藁人形を躍らせ指示したイナリは、一番ダメージの大きそうな怪魚が伶に牙を突き立てた瞬間地面を蹴り、スピカと一緒に左右から挟み込む形で斬撃を見舞ってその怪魚を屠る。
「美味しいところを持っていくな。俺もいいところ見せないとな」
 それによって飛び蹴りが空振りになった一太は、視線を向けずにイナリにそう言うと、そのまま別の怪魚へと踊り掛る。

 4度その吶喊を堪えたクオンが、5度目の吶喊を喰らって吹っ飛ばされた。
「焔っ! クオンを助けろ!」
 自分を噛み砕こうとする怪魚の牙をルーンアックスの柄で防いだ伶が、自分を援護しようとする焔をそちらに向かわせ、
「そう簡単に喰われてたまるかってな!」
 押し返していた力を抜き仰向けに倒れると、支えを失う形になった怪魚は、つんのめる様に先程まで伶の顔のあった辺りの虚空を咬む。
「クロスポイントようこそ! そこがあんたの死線だぜ!」
「押してだめなら引いてみるというやつだな」
 そこに左から刃に陽光を湛えたあぽろと、右から刃に空の力を湛えた雅。
 左右から怪魚を裂いた刃の魔力……陽光と空が合わさり、朝焼けの彩りが怪魚に身を照らすと、
「いい色だ……」
 仰向けに倒れた伶が体を捻ってうつ伏せになると、腕で地面を押す形で自身の体を跳ね上げ、左右から裂かれた怪魚の土手っ腹を思いっきり蹴り上げる。
 制御できずに宙を舞う怪魚に一太とスピカの攻撃が飛び、落ちたて来たところにあぽろ。
「あの世で仲間達と楽しく暮らしな。もう出て来るんじゃねぇぜ!」
 日輪を描く様に弧を描いた斬撃がその身を裂くと、それが致命傷となったのか、そのまま地面に突っ込み動かなくなる。
 これで残る怪魚はあと1体となり、皆がそちらに意識を向けた瞬間、ドン! と犀が地面を踏み締めると、振動と共に見えざる魔力の波がケルベロス達の足元を攫う。……が、直ぐに澪がオウガ粒子を放出し、前衛陣を立て直す間に、距離を詰めたイナリが怪魚を裂き、
「汝、断罪者にして罪人。その身は全てを凍てつかせ、その牙を突き立てる顎は全ての罪を噛み砕く、汝が名は―」
 外套を翻した雅の向ける掌から氷牙竜が現れ怪魚に食らい付くと、翻した外套の揺れが止まるより速く、怪魚は氷牙竜に噛み砕かれて絶命した。


 周りに設置されたいくつかの灯りは戦闘によって破壊されたが、残る灯りは大きく息を吐く犀のウェアライダーと2体のボクスドラゴン。そして8人のケルベロスを照らしていた。
「さて……画竜点睛を欠かない様にしませんとね」
「どうした! もっと撃って来い! 貴様の生きた証を……もっと私に見せてみろ!」
 そう口にした澪が焔と共に回復を飛ばす。その援護を受けながらも、おそらく一番ダメージを受けているであろうクオンは、その折れぬ槍と曲がらぬ大剣と同じ、不屈の矜持を以って犀の前に立ち続けていた。
「グォーーン!」
 咆えた犀の発する光が広がり、その体が巨大化した様な錯覚を受ける。
「させない。わざわざ突撃を待つ必要はないだろう」
「その通り、動く前に仕留める」
 くせっ毛を揺らした雅が大きく振りかぶって竜葬の大鎌を投じ、一太がグラビティを中和するエネルギー光弾を撃ち放つと、犀もそれらを受けながら地面を蹴る。
「猛きかな、勇なるかな。じゃが……」
「思い出して下さい。あなたの命はもう終わっているのです」
 天を仰いだイナリの口から狐の遠吠え、闇に響くその声に犀の足取りが重くなったところに、胸元の海雫石のペンダントを躍らせたスピカの突きが、犀の左膝を穿つ。横に跳び退いたスピカの後ろから花嵐が吐くブレスと共に、
「射線上に立つなって言っただろ?」
「あんたも良くやった。十分だろう? 呼び出した目付役も居なくなったんだ。ゆっくり眠りな」
 あぽろの御業が犀を掴んだところに、伶の回転する腕が突き入れられ、犀の体がぐらりと揺れ、倒れ……そうになるのを踏み堪えた。
「! ……下がって!」
 言うが早いか、引き絞った夕星から矢を飛ばす澪。
「グォーーン!」
 その矢を弾いた犀のウェアライダーは、命の灯を燃やす様な勢いで突っ込んで来る。
「嘆きは氷に、氷は竜に。全てを砕く竜の顎門ーいざ、地獄の底より甦れ!」
 雅の放った氷牙竜が左肩に食らい付くも、お構いなしに歩を進める犀。
「これ以上、暗闇の中に何を求めて進もうと言うのですか」
 溢れそうになる哀れみを瞳からこぼさない様に口を開いたスピカから、次々とミサイルが飛びその前進を阻む。固い装甲の如き外皮が凹み、あるいは裂けて己の体を血の色で染めるが、進むのを止めない犀。
「その意気や良し、ああ―月よ、月よ。今、猛き者の魂を夜ごと呑み込んでやろうぞ」
 黒髪を棚引かせ迎え撃つ様に正面から距離を詰めたイナリの姿が犀の視界から消え、夜を喰むが如き刃の煌めきが犀に更なる出血を強いると、焔と花嵐の吐くブレスがその傷を更に深める。
「往生際が悪いって、言ってるんだよ!」
 その犀の額に伶の跳び蹴り、その一撃に犀の歩みが止まり、トンボを切って跳び退く伶と入れ代る形でクオン。
「この一撃で死の安らぎを思い返せ」
 カナンの槍の三叉の穂先が、伶の蹴った額に突き刺さる。
「グ……」 
 小さく呻いた犀が、その槍の柄を掴むと、ギリッと奥歯を鳴らして足を前に出す。
「どけ、クオン。黄泉への道標だ……もう現世に迷うんじゃねーぞ?」
 後ろからあぽろの声。その右手には炎と雷が渦巻き、横に跳ぶクオンをかすめる様に、
「喰らって成仏しな!『超太陽砲』!」
 至近距離から叩き付けられる焼却光線に、当たりが白く染まる。
「なっ……」
 だが、全身を焼かれながらも犀のウェアライダーが伸ばした腕が、あぽろの首を掴む。
 その刹那、染まる白光を裂く黒狼……その牙が犀の首に突き立てられ、喉元を食い千切った。
「眠れよ。俺達はもう神じゃねぇ、神のままのアンタは、眠れ……永遠にな」
 その黒狼……一太がペッと肉片を吐き出し、そう言って口元を拭うと、犀のウェアライダーは全ての力を使い果たした様に、ゆっくりと仰向けに倒れて動かなくなったのだった。

 あぽろの焼却光線による光が徐々に薄れ、辺りには暗闇と静寂が戻って来る。
「まあ、待っておれ。妾もいずれそちらへ向かうであろうよ」
 イナリの言葉が北風に乗って消え、ケルベロス達は犀のウェアライダーの冥福を祈り、釧路の地を後にしたのだった。

作者:刑部 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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