西の端かたかた音の鳴る冬日

作者:奏音秋里

『下校の時刻になりました。忘れ物をしないように片付けて、気を付けて帰りましょう』
 校内放送を聞き流し、階段を上っていく少年。
 目指す場所は、2階のイチバン西にある理科室である。
(「走る骨格標本かぁ……」)
 午後の授業の一環として催された、地域の高齢者との交流会。
 其処で誰もが口々に、骨格標本が動いただの一緒に踊っただのと話したのだ。
 その真偽の程を調べるために、静かに扉を開けて理科室へ。
 部屋の最奥の隅の隅に、ひっそりと立っている。
「こわっ!」
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 しかし、少年がその真実を確かめることはできなかった。
 意識を奪われた身体は、絨毯の上へ倒れ込む。
 代わりに、かたかたと音を立てながら骨格標本が歩いていた。

「ある意味、季節外れな事件ですね。怪談……怖い話は、お好きですか?」
 不意に、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が訊ねる。
 小学生の抱いた、怪談への『興味』が標的となったらしい。
「新たな被害が出る前に、ドリームイーターを倒してください」
 螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343)のもたらした情報により、今回の事件は発覚した。
 今回も、魔女は既に行方を眩ませている。
 現実化されたドリームイーターを倒さなければ、少年は目覚めないのだ。
「敵は、モザイクを飛ばして攻撃してきます」
 冷静さを失わせたり、悪夢を視せたり。
 喰らってみなければ分からないが、包まれればそれなりにダメージを受けるらしい。
「皆さんが到着したときには、校舎のなかを彷徨いているでしょう。校庭や体育館など、広い場所へ誘い出すことをオススメします」
 東西に伸びる2階建ての校舎は、2階の東端にある渡り廊下で体育館と繋がっていた。
 1階の中央にある階段を下りて正面玄関から外へ出れば、運動場が広がっている。
 面積や照明など、どちらも戦闘には申し分ない設備だ。
 ちなみに。
 ドリームイーターは、自分の噂や、それを信じる者に惹き寄せられる性質を持っている。
「最後に。遭遇時、敵は皆さんに『自分が何者であるか』を問うてきます。正しく対応できない者を優先的に狙うようです」
 粗方の説明を済ませると、セリカはひとつ、息を吐いた。
 言い漏らしたことがないか、資料を確認してから。
「私達の『興味』を悪用するなんて、断じて許せません。どうか、少年の好奇心をとり戻してください」
 一礼して、セリカはケルベロス達に手を振るのだった。


参加者
珠弥・久繁(病葉・e00614)
恋山・統(リヒャルト・e01716)
螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343)
八方結・環(高潔なる血脈・e22002)
左潟・十郎(風落ちパーシモン・e25634)
クローネ・ラヴクラフト(月風の魔法使い・e26671)
北條・計都(燃え猛る凶星・e28570)
イリア・シャンティーナ(ドラゴニアンの降魔拳士・e34021)

■リプレイ

●壱
 小学校に到着したケルベロス達は早速、3組に別れる。
 各自、役割を果たすために目的の場所へと急行した。
「先生方に、再度の下校放送をお願いしたいんだ。好奇心旺盛な児童がいるとよくないので、敵のことは伏せてね」
 ケルベロスであることを明かし、ドリームイーターが出現したことも説明して。
 恋山・統(リヒャルト・e01716)は、教員達に放送を依頼した。
「残っている子ども達とドリームイーターを遭遇させないことを第一にしたいね」
 壁の構内図を、珠弥・久繁(病葉・e00614)が指で辿る。
 玄関は、いまいる職員室のすぐ隣にあるため、注視しておけば問題なさそうだ。
「じゃ、放送は任せた。俺は先に行くな」
 職員室前の階段を上り、2階東側の渡り廊下へ走る。
 左潟・十郎(風落ちパーシモン・e25634)は、無人を確認して立入禁止テープを貼った。
『児童の皆さん。下校時刻を過ぎました。おうちへ帰りましょう。繰り返します……』
「学校というところはいつ来ても、見ていて飽きぬな」
 一方、体育館へ先行していた、八方結・環(高潔なる血脈・e22002)達。
 怖いモノは苦手だが、いまのところ、怖れよりも珍しさが勝っている。
「何処の学校にも、七不思議みたいな怪談話はあるのかな。大きな被害に繋がる前に、なんとか解決したいね」
 クローネ・ラヴクラフト(月風の魔法使い・e26671)も、体育館組のひとり。
 殺界を形成し、此方からも下校を促している。
「イリアは、イリアはね? 『興味の味』興味があるの」
 友達の隣で、イリア・シャンティーナ(ドラゴニアンの降魔拳士・e34021)が微笑んだ。
 現場へ出て依頼に挑むのも、学校へ足を踏み入れるのも、初めての体験である。
「それにしても、こういう噂話っていうのは、なにが発端で語り継がれるんでしょうね?」
 北條・計都(燃え猛る凶星・e28570)は、板張りの床をゆるりと行ったり来たり。
 誘き寄せてからの退路を断つため、体育館の構造を確かめる。
「よし。これで一安心だな」
 螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343)は、少年を保健室のベッドへ寝かして息を吐く。
 隠密気流を発動して、既に被害が出ていないか見回っていたのだ。
 結果、心配していたような事態は見あたらなかった。
 少しだけほっとしつつ、セイヤは体育館へと急ぐのだった。

●弐
 いろいろな策が功を奏し、8人全員が体育館に揃う頃には下校も完了。
 現時点でいるのは、職員室と保健室に、先生達と眠る少年だけとなった。
「走ったり踊ったりとなるとなんだかコミカルな感じもするが……是非見てみたいもんだ」
「……怪談に興味を持つとは、物好きもおるのじゃな……」
「しかも骨格標本かぁ。まぁなにもない方がおかしいよね」
 十郎の期待に、環と統が率直な感想を述べる。
「標本が動く、なんて話は聞いたことがあるけれども、走るのは初耳だよ。走りに自信がある、陸上選手の骨格標本なのかな? フォームも綺麗で、凄く速かったりして!? いや、もしかしたら逆に、走るのが遅いからこっそり練習をしているとか? メタボなお腹を引っ込めるダイエット目的で走っているの、かも?」
 引き継いでクローネも、自らの内に沸く興味と想像を膨らませた。
「そもそも、骨格標本が走る、というのがおかしいよね。筋肉がないと走れないじゃない」
「まぁ、普段から竜牙兵なんかと戦っているし、骨が動いたところで今更なんとも思わんがな……」
 久繁は論理的に、セイヤは感覚的に、骨格標本についての感想を口にする。
 すると数分ののちに、渡り廊下からぺたぺたという足音が聞こえてきた。
 間もなく、板張りのフロアへとその姿を現す。
「美味しいものを食べたのは、美味しくなる――『ドリームイーターの魂』。どんな味?」
 初めて対峙するドリームイーターに、イリアはちょっとわくわく。
『我、何者か……』
「何者か、ですか? ええと、理科室に置いてある……人体模型!」
『……正解』
 計都の解答は、その意図に反して的を得てしまっていた。
 これで、少なくともドリームイーターからの第1撃候補からは外れたことになる。 

●参
 全速力で駆けて、ステージの方へと抜けるドリームイーター。
 投げつけてきたモザイクは、久繁を包み、物理的なダメージを喰らわせた。
「やってくれるね……さて、骨相手にはどういう攻撃が有効なのかな?」
 だが催眠はなんとか回避し、逆に、鎌で以て斬りつけた傷口から生命力を奪う。
 先の質問を受けて、久繁は心中で『己は何者か』と考えていた。
 過去を省みることで、ヒトの生命を救う医者になったのだと、想いを新たにする。
「子どもの興味から生まれた骨格標本……このまま打ち砕かせてもらおう!」
 日本刀を持ったままで、電光石火の蹴りを打ち込むセイヤ。
 鋭い眼差しで、初動からしっかりとドリームイーターを捉え続ける。
 初依頼のイリアに、怖れることはないと声をかけることも忘れず。
(「お嬢さんも、こういう話、好きだったよね。俺も人のことは言えないけど……好奇心は猫をもなんたら、だったっけな。そういうことにならないのが、一番いいんだけどね……だから。撃破させてもらうよ」)
「行こうか、お嬢さん。誰かを、好奇心の犠牲にしちゃいけないからね」
 頷くような仕草を見せて、心霊現象を起こすビハインドに笑んで。
 統の指から浮遊する光の盾が、計都を防護する。
 戦闘時の手袋は、気を引き締め、切り替えるために。
「へぇ、これが……子どもの好奇心はいまも昔も変わらないな」
 実際の姿に感嘆を漏らして、ケルベロスチェインの先端を大地へ突き立てる。
 描いた魔法陣を発動させ、前衛陣の防御力を高めた十郎。
 怒りや正義感ではなく、単純にこいつを放置するべきではないと感じている。
「こがらす丸。ゴー!」
 炎を纏い、ライドキャリバーは戦場を駆ける。
 突撃の瞬間に跳躍し、計都が更なる炎と激しい蹴りを放った。
 しかし、どんなポーズをとってもスカートの下の純白は見えない不思議。
「モザイクっ!? お師匠っ!」
 咄嗟に呼んだオルトロスが、神器の剣で以てモザイクを斬り裂く。
 反撃はクローネの、石化を伴う魔法の光線。
 息ぴったりな反応で、ドリームイーターの攻撃を阻んだ。
「好奇の心は、成長に不可欠なもの。その根源たる興味を奪うという連中のやり口は好かぬ。この依頼、なんとしても完遂してみせるのじゃ」
 リボルバー銃型へと変形させた絡繰得物を構え、吐き捨てる環。
 このようなカタチで学校を訪れることになろうとは、夢にも思っていなかった。
 初めての場所にときめきを憶えつつも、遠距離で有利な位置を確保する。
「イリアはね、イリアっていうの。初めまして」
 背の翼を広げて、イリアは天井から急降下。
 ドリームイーターの懐へと華麗に着地すると、その聖なる左手でがっちりと掴んだ。
 そして思い切り、闇の右手を打ち込む。
 概ね、初手は皆の作戦どおりに進んでいた。

●肆
 そうして体力を削りあい、窓の外は既に月の射す夜。
 しかしながら、この場では冬の冷気など感じられない。
「聞こえるか、森の守り手達の唸り声が!」
 十郎の影から、闇色の狼の群れが喚びだされた。
 一直線に疾走して、鋭い牙や歯をドリームイーターの身体へと突き立てる。
「八方結の技前を、眼と魂に刻むがよい!」
 素早く日本刀型へと武器を変形させ、大きく一歩を踏み込んだ。
 近距離から、環の居合い斬りが炸裂する。
「イリアは、食べるの。あなたを。あなたはご飯で、わたしが食べる人……簡単。簡単だね? いひひひっ!」
「トドメというのはこう刺すんだ。覚えておくといい。最後まで目を逸らしてはいけないよ……世界を包め、夜明けの如く」
「一発で駄目ならもう一発、それでも駄目なら全弾撃ち込む!」
「喰らいつくせ! ウロボロスの牙ッッ!!」
 幽かに残る灯火を完全に消し去るため、同時に4人のグラビティが放たれた。
 妖しく笑んで、鋭い爪を突き立てるイリア。
 ドリームイーターの魂の味に興味津々で、普段よりテンションも上がっている。
 久繁は、己が身を疾る電力を掌へ集束させて告げた。
 少年の生命を護るために必ず倒すと決めているから、ありったけの力を籠めて殴る。
 計都も師匠の教えに従い、只管に胸部へと弾丸を命中させた。
 バスターライフルで奏でる、美しい音色に乗せて。
 セイヤの全身を覆い包む漆黒が、次第に黒龍を象っていく。
 瞬く間に触れられるまで距離を詰め、打ちつけるオーラ全開の連撃。
 衝撃の止んだときには、かたかたと鳴っていた骨の音も完全に停止していた。
「春の訪れを告げる、豊穣の風。穏やかで優しい西風の王よ。我等に、花と虹の祝福を授けたまえ」
「歌え、踊れ、振れて流れよ」
 クローネの吹かせる暖かいそよ風と、統の降らせる朱色の粒子。
 相俟って仲間達を癒し、更に体育館をヒールしていく。
 風に運ばれてきた花の香りに誘われるように、メルヘンな朱の花も咲き誇り。
 受けたバッドステータスも含めて、全員が快復した。
「ふぅ、なかなか手強かったね……イリアもお疲れさま。怪我は無い? 大丈夫?」
「イリア、だいじょう、ぶ」
 クローネの心配に、イリアは笑顔で応える。
 同じ旅団の仲間として、互いの無事を喜んだ。
「では、少年の様子を見にいきましょうか」
「そうだね」
「ならこっちだ」
 セイヤに案内されて、保健室の扉を開くケルベロス達。
 計都も統も皆が、目覚めた少年に安堵する。
「無事でよかった。好奇心は知識の源だし、子どもは少しくらいやんちゃでいい」
「悪いのはきみじゃないよ。悪いことをしていない人に不利益があってはダメだからね」
 十郎も久繁も、少年を安心させようと優しく笑ってみせた。
 頭を撫でてやると、ありがとうと小さく呟く。
「学校……ますます興味深いところじゃのう」
 これにて依頼は完了し、帰路へ就く一行。
 学校の姿を記憶に留めようと振り返る廊下に、環は走る骨を視た……気がしたのだった。

作者:奏音秋里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 5
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。