その工場、汚染区域につき

■リプレイ

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　戦う相手の戦術が分かったうえで、より自分たちに有利な場所で戦えるのは大きなアドバンテージだ。
　密閉空間での毒ガス等の使用は、ケルベロスの治癒スキルをもってしても厄介に尽きる。広範囲にガスの影響が及ばぬとあれば、必定、リスクの回避できる屋外での迎撃は当然の選択でもあった。
　幸い、廃工場の敷地は十分すぎる広さがある。
　泉賀・壬蔭（紅蓮の炎を纏いし者・e00386）は事前に頭に叩きこんだ建屋の立地から、交戦可能エリアとダモクレスの出現ルートを絞り込んでいた。
　その最たる場所、真正面に開いたメインゲート前でケルベロスたちは待ち構えてた。
　時刻は夕暮れ時だ。
「掃除機の次は空気清浄機か……『人さえ居なければ空気は酷く汚れない』とは凄い発想だな」
「独特すぎる基準だよねぇ」
　朝霞・結（紡ぎ結び続く縁・e25547）は壬蔭の言葉にうなずきつつも、周囲に視線を走らせている。万一死角を突かれ、突破されないための念を置いた行動だった。
「ダモクレスも思わず毒吐くほどに、大気汚染は深刻です、ってか？」
　平島・時枝（フルメタルサムライハート・e15959）は鼻で笑って吐き捨てる。
「都会とか工場地帯とかはいかにも空気汚いとは思うけど」
　アイオーニオン・クリュスタッロス（凍傷ソーダライト・e10107）が静かにそう言うが、それに対しては反論も上がった。
「むむっ、都会の空気も悪くないと、思うんだよ！」
　円谷・円（デッドリバイバル・e07301）である。いうもはぽやぽやな表情をきりっとしてそう主張する円に、アイオーニオンは冷静に見返す。
「そう？　ま、露骨に影響が出る毒ガスをまくダモクレスよりは、格段に良いに決まってるわね」
「確かに、これは清浄というか……もはや唯のバイオ兵器ですね」
　トエル・レッドシャトー（茨の器・e01524）が工場の方を見たままそう断じる。
「野に放たれたら被害すごそうですし……早々にスクラップにすべきかと」
「そうですわね。本来なら今の季節に必要になりますが、これは役に立ちません。むしろ逆効果ですわ」
　そろそろインフルエンザの季節でもある。薬師・怜奈（薬と魔法と呪符が融合・e23154）はウィッチドクターとして思うところがあるらしかった。
「壊れた家電を選ぶから、思考回路も壊れちゃうんじゃないかな……でも結局、ダモクレスになるなら正常な機械でも危険な存在になっちゃうのよね」
　サブリナ・ロセッティ（ブリスコラの魔女・e21766）としては、敵対関係であるダモクレスがそういう思考をするのはある意味自然な気もする、。そもそも「綺麗な空気」の判断基準が違うと思えば、その考え方に一理がないともいえない。
「ただ、人間が死んじゃうような空気って、他の生き物もたくさん殺しちゃうと思うわ……あんたに言っても分からないかもだけど」
　機械の足音を響かせ現れたダモクレスに言葉を投げ、サブリナはカードを手にする。
『……前方ノ空気清浄度、異常。異物認識。浄化開始！』
　空気清浄機を巨大化したようなそのダモクレスはケルベロスに向け、人類側とは隔絶した基準で断罪を告げた。

●
　ダモクレスの吐き出した汚染ガスに、時枝は嫌悪に眉を歪めた。
「気持ち悪い色だな」
　向かってくるドス黒い気体越しに銃を構え、高速射撃を行う。立て続けの弾丸は被弾するも、防御姿勢に入ったダモクレスによりフィルターの破損に留まる。汚染ガスから後退する時枝に、敵は毒ガスをさらにまき散らしていく。
『汚染物質、排除セヨ！　排除セヨ！』
「アタシらはバイキンか！」
「ガスをこのまま振りまかれると厄介ですね」
　長期戦を避けるべく、トエルが一気に間合いを詰めにかかる。褐色の肌に映える白い翼と踊り子じみた衣装をひるがえし、円を描くようにダモクレスの死角へと迫る。ガスではトエルを捕捉しきれないと悟ったか、ダモクレスは砲塔を伸ばして追う。
「トエルさま、あの砲身をお願いしますわ」
「わかりました」
　怜奈の声に、トエルが槍の姿を模した茨の攻性植物を構える。ストラグルヴァインを放つ彼女だが、そのための減速はダモクレスにも望むところだった。放たれる蔓植物よりも早く、砲弾がトエル目がけて発射される。
「攻撃を簡単に通すと思って？」
　刹那、その射線上に入った怜奈が手をかかげた。指先できらめくサファイアが光を放ち、障壁を展開する。
「深し海の崇高なる想いを……蒼玉（サファイア）には百害より身を守る効果がありますのよ？」
　砲弾が炸裂し、障壁越しに怜奈が微笑む。その時にはトエルの投じた蔓が砲身に巻き付いて、捕縛を成功させていた。
「そこだ」
　そこへ壬蔭が地を蹴り、電光石火の蹴りを叩きこむ。吹き飛んだダモクレスが工場の壁をへこませて、動きを止めた。
「これでやった……わけはないか」
　そうごちた壬蔭の目前で、清浄器ロボットはすぐさま稼働音とともに立ち上がる。
『推定スル異常値、修正。出力・ジェノサイドモードニ上昇』
「空気清浄機に、そんな危ないモードなんてついてないでしょ」
　吐き出された汚染ガスの濃さに、サブリナは炎弾の「御業」で応じた。煙幕の如き黒いガスの壁に穴をあけ、ダモクレスを狙う。
「そんな機能より、加湿器みたいな機能があったりしないかなぁ……」
　円もストラグルヴァインで相手の捕縛を狙ったのち、ドラゴニックハンマーを構えた。
　多少のリスクを覚悟に、あのガスを突っ切って渾身の一撃を叩きこむしかない。
「むう、たとえ良かれと思った基準でも、今は悪いヤツなの。家電なら、叩けば直るかな？」
　傍らのウイングキャット・蓬莱も彼女の疑問に首を傾げる仕草。しかし、走り出した彼女にはすぐさま追随して飛んでくる。
「もうあれは、叩いても直らないでしょう。蹴って壊しましょ」
　機と見て、アイオーニオンが並走した。その足には重力の力が集いつつある。
「それじゃあ、私も叩いて壊しちゃうかも……なんだよ！」
「援護するわ。大穴開けちゃうから！」
　サブリナが熾炎業炎砲を連続で放った。灼熱の炎弾がガスを大きく減衰する。さらに蓬莱がキャットリングによって、ガスの出力を弱めにかかる。
　ガスの影響の和らいだ場所を通って、まずアイオーニオンが素早く駆け抜けた。
「害の有る機械はスクラップにするわ」
　青髪を揺らしながら走る彼女の足が高速で跳ねあがり、スターゲイザーがダモクレスの巨体を重く蹴りあげた。そこへすかさず、円がハンマーを振り抜く。
「凍結」の力がこもった超重の一撃が、フィルターごと送風装置を大きく凹ませる。
「むぅ、それでも、この異臭はちょっと……」
「……そうね、気分が悪いわ」
「倒れさせはしないよ！」
　よろめく円に、結が「気力溜め」によるヒールを放った。駆け寄り、アイオーニオンとともに円を抱えて後退する。
『――高速機動モード、承認！』
「……！？」
　フォルムを歪ませたダモクレスはアイオーニオンと円の一撃に数秒、沈黙していたが、また再び動き出した。驚きながらも交代を続ける結たちを追って、猛スピードで迫ってくる。
　その突進を止めたのは、小さなボクスドラゴンの突進だ。
　白い小さな首長竜の勇敢な突撃が、ダモクレスの進撃を危ういところでとどめる。
「ハコ、もう少しだけ頑張って！」
　結はそう言って後ろに下がると、フロストレーザーを放つ。時機を合わせ、トエルのブレイズクラッシュや怜奈の熾炎業炎砲が、壬蔭のハウリングフィストが繰り出される。氷と炎、衝撃にダモクレスを押し返した。
「もう一発デカイのいくか！――畜生道に身を窶し、心機衰えて頭を垂れるべし」
　銃弾を撃ち放った時枝が、その詠唱とともに身体能力・知覚能力の瞬間的向上を果たす。次に地を蹴った彼女が現われたのは、先んじて撃ち放った弾丸のすぐ後ろである。
「這いつくばりやがれ。カッ飛べ畜生剣すていやああぁぁぁぁぁ！！」
　銃撃の着弾に間髪入れず、時枝は紫電を纏った高速の追い突きをダモクレスに打ち込んでいく。仲間の作り上げた損傷部を押し広げるような太刀さばきが敵の神経回路を切り裂いていき、まだ機能していた砲塔などが垂れ下がっていく。
　だが、
「足はまだ動くのかよ！」
　舌打ちは時枝のものだった。攻撃手段こそ今の一撃がほとんどダウンさせたものの、ダモクレスには足裏にローラーまで仕込んであったらしい。滑るようにして巨体を動かし、ケルベロスたちの脇を駆け抜けようとする。
　狙いは、敷地の外に見える町だ。
「させるか！」
　時枝が車輪を撃とうと構えるが、それに先んじて大量の毒ガスが視界を防いだ。
　ロボットは残る武装をありったけ動員し、この場を凌ごうとしている。
　前衛・中衛が汚染ガスにのみこまれる形で敵の姿を一瞬見失い――その間正確に動けたのは後衛陣だけだった。
「アレッタ、みんなに毒の影響が来ないように頑張って。本当の空気清浄を見せてあげなさい！」
　サブリナは素早く指示し、ウイングキャットが一声鳴いてそれに応じた。前中衛を侵食するガスに抗じ、清浄の翼を用いる。
　もちろん本来の意味での空気清浄とは意味が違うが、そこはそれ、汚染ガスもグラビティンなので言葉のアヤだ。
「町を守るなら、ここが最前線で、最終防衛ライン。一歩も引かないわ」
　そう言ったサブリナの目は、時枝がキープアウトテープを貼った敷地の出入り口がある。
　ここを突破されれば被害は甚大だ。
　それを止めるべく、サブリナは地裂撃をダモクレスに放ち、抉れた大地で相手の進行ルートをも阻む。
「みんな、敵はそこ、なんだよ！」
　円がサキュバスミストを放ち、怜奈の視界を晴らす。
「感謝しますわ……アイオーニオンさんっ、汚染ガスを放つつもりですわ！」
　相手の攻撃タイミングの『間』を測っていた怜奈の警句に、アイオーニオンはすぐさま反応した。
「なら、配線を丁寧に切っておこうかしら？」
　噴出する寸前の排出口に果敢に接近すると、アイオーニオンは生み出した氷のメスを尋常ざるさばきで閃かせた。
「あまり動かないでね。そろそろゴミに戻って貰うわ」
　メスを突き立て、さらに氷のメスを創造するとダモクレスの要所に突き立てていく。アイオーニオンが離れた直後、ダモクレスのガス発生装置とローラー部から小爆発の炎が噴き上がった。
『修、復……』
「そろそろ限界かしら？　皆様、タイミングを合わせて一気にいきますわよ」
　怜奈の声に、壬蔭は笑みを浮かべた。
「面白そうだな、了解だ。私はいつでもいけるぞ」
「では、先陣を切りましょう。結さんとハコちゃんも」
「了解だよ！」
　トエルに続き、結とハコが駆けた。同時にダモクレスが可動部を動かして彼らに向く。自らに敵に注目されたのを良しとして、トエルは自らを囮に茨の群れを解き放つ。
「鍵はここに。時の円環を砕いて、災厄よ集え」
「そこだ！」
　拘束されたダモクレスに結が黒衣をはためかせた。ハコのブレスと怜奈のグラビティの直撃に合わせ、壬蔭とともに最後の一撃を叩きこむ。
「終わりだ」
　最重要部を惨殺ナイフに刻まれ、音速の拳に砕かれ、ついにダモクレスは沈黙した。

●
「やれやれ、ようやく終わったか」
　時枝が金属の手足を伸ばす。夕日は沈み、もう周囲は夜の色に染まっている。
「ゴミ捨て場とか、廃品置き場とか、ダモクレスの寄生対象多すぎるし困ったものね」
　工場の中を見透かすように、アイオーニオンが視線を向ける。
　人類側の自業自得と言ってしまえばそれまでだが、このままでは根本的解決にならないのも厄介だ。
「壊れた機械に寄生して、直してくれるだけなら嬉しいのに……」
　円が嘆息する。
「そういえば壬蔭さん」
「ん。どうした、怜奈ちゃん」
「そろそろボーナスの時期ですわよね。空気清浄機、欲しいな……」
　インフルエンザ予防のためと微笑む怜奈に、壬蔭は目を見開く。
「なるほど、検討はしてみるが…………待った。ところで何故、私のボーナスでなんだ？」
「うふふ、まあ。うふふ」
　魅力的な笑みを浮かべる怜奈。
「……トエルさん、あの笑顔は、『女の武器』なのかな？」
　結に問われ、白い首長竜の首を撫でていたトエルは困惑の表情を浮かべた。
「どうなのでしょう……？　その、真似していいのかという意味でなら、悩みますが」
　サブリナは通常に戻った空気に、満足そうな表情を浮かべていた。
「無事に街を守れたわね……あ、ねえアレッタ、見てみなさいよ」
　サブリナの指差すものに気付き、円がアイオーニオンに笑顔を見せる。
「ね、やっぱり、そうなんだよ！」
「……そうね。これについて『は』、そうかもしれないわね」
「お、綺麗な星空だな」
　時枝が笑って言った通り、空には星が輝いている。
　それはきっと、空気が綺麗なおかげでもあると、ケルベロスたちは思いたかった。

作者：叶エイジャ	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年12月3日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 0／感動した 0／素敵だった 2／キャラが大事にされていた 0
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