コタツブリザード

作者:叶エイジャ

 廃棄された炬燵があった。
 冬に備えて、買い替えでもしたのだろうか。
 いずれにしろ、そこに小型のダモクレスが入り込んだのが問題だった。
 機械的なヒールによって、やがてその場所に現れたのは、炬燵の足に人の胴を持つダモクレスだ。
「アッタカイノハ、我ノミ!」
 その周囲を極低温の風が渦巻き、瞬く間に凍てつかせていった。


 ギリシア神話には、ケンタウルスという半人半馬の怪物が登場する。その姿は、馬の首から上が人間の上半身に置き換わったものだ。
「今回のダモクレスは、大きなコタツのテーブルの上に、人の上半身が生えたような、そんなダモクレスです」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が説明した敵の外見に、エレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027)は無言で首を傾げた。
 なんとなく、格好悪い気がする。
「元はとある山中で廃棄された炬燵です。現在はまだ被害は出ていませんが、放置すればそれも時間の問題でしょう」
 そうして、ケルベロスへダモクレスの撃破が要請された。
「敵の攻撃方法はどうなってるんですか? 炬燵が元だから、炎を吐いてくる、などでしょうか?」
「それが、反対に周囲の熱エネルギーを吸収して、辺り一面を氷結させてくるようなんです」
 この季節になんという迷惑な攻撃方法だろうか。
「吸い取った熱で自分だけ適温を維持し、極低温攻撃で生命を殺しグラビティ・チェインを奪うようです」
「自分勝手な能力なんですね……」
 エレは嘆息する。しかし見つかった以上は誰かがやらねばならない。
「ケルベロスといえど、かなり厳しい冷たさです。気をつけてください……風邪にもご用心、ですね」


参加者
エレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027)
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)
海野・元隆(海刀・e04312)
マーク・ナイン(取り残された戦闘マシン・e21176)
ペル・ディティオ(破滅へ歩む・e29224)
三上・詩音(オラトリオの鹵獲術士・e29740)
シデル・ユーイング(シャドウエルフの鎧装騎兵・e31157)

■リプレイ

●人身炬燵足?
 山の途中にあったトンネルを抜けると、寒風に輝くものがちらつき出してきた。
「雪……いえ、氷でしょうか?」
 エレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027)は風に漂うきらめきを見つめた。トンネルに入る前とは温度が全然違う。急激な温度低下に空気中の水分が小規模で凍りついているのだ。
「なかなか、寒くなってきてるじゃないか。これもダモクレスとやらの影響か」
 海野・元隆(海刀・e04312)が、船乗りよろしく道の奥を見つめる。
「冷やしちゃう炬燵ですかー。冷蔵庫と間違えて作られちゃったんですかね? それとも保冷温庫? 自分は温まるってどういう構造してるんでしょうか……」
「さて、実物を見ないことには――ん? ちょうどいいところに炬燵が」
 見つめる先には炬燵。道のど真ん中に炬燵。掛け布団がスカートのようにはためいていて――スカートははためくだけのモノではないが――テーブルの上には胸像のようなものが置いてあった。
 これで冷たい風が掛け布団の内側から流れてくるのだから、ダモクレスに違いなかった。
「寒いわね、本当に」
 心ここにあらずといった赤目を不機嫌に歪ませ、三上・詩音(オラトリオの鹵獲術士・e29740)はコートの上から自身を掻き抱いた。抱きしめたい相手がここにいないという事実が、詩音の言葉をより冷たいものにしていく。
「寒いの嫌いなのよね。一人だけ暖かくなろうとするあれを燃やして、それで暖まりましょう」
「見た目、個人的にはすごく……キモいわね。せめて上半身が馬なら」
 アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)は想像して、「……いや、許せないわ無理」と首を振った。とにかく受け付けられるシルエットではない。
 コートとマフラーを寄せ、熱が逃げないようにする。震える手でマッチを取り出した。
「詩音、風除けになるから動かないで。火をつけるわ」
「早くしなさい」
 とりあえず火にあたろうと、詩音も振り返る。アリシスフェイルがマッチを擦った。
 シュ……ボッ。
 銀と灰の髪の女たちの間で、暖かな光が灯る。
 そこになぜか氷の塊が飛んできた。カーブを描いて器用に火だけ掠めていく。
 ジュッ!
「あ」
「あ……」
 マッチ売りの少女の最期だって、もう少しくらいは火を見れただろう。
 二人が見れば、ダモクレスの上半身が彼女らを見てニヤリと、電光掲示板のような顔に表情を浮かべていた。
「アッタカイノハ、我ノミ!」
 よし燃やそう。
 焦げたマッチ棒が落ちた時には、二人の心はいっそう冷たくなっていた。
「自分だけぬくもるつもりか、意地汚い奴め」
 マーク・ナイン(取り残された戦闘マシン・e21176)が男性的なボイスを発する。ダモクレスの電光板には円の上半分が二つ浮かび、その下には巨大な下半分の円が表示される。
「イエス、アッタカイノハ、我ノミ!」
「炬燵は人を温め癒すものだと思いますが、これまた随分、自分勝手な炬燵ですね」
 眼鏡をついっと上げ、シデル・ユーイング(シャドウエルフの鎧装騎兵・e31157)が淡々と敵を評価する。デキるキャリアウーマン、といった雰囲気の彼女も、耳の先は冷たそうだった。
「人からあたたかみまで奪うとは……なんて迷惑な奴なんだろうか」
 クリスティ・ローエンシュタイン(行雲流水・e05091)は静かな表情と口調で断じた。
「コタツはコタツらしくしていれば良い……さっさと廃棄処分にしてやらねばな」
「まったくだ」
 身を包む外套の中から、ペル・ディティオ(破滅へ歩む・e29224)はクク、と笑声をもらした。
「この季節に炬燵。焼き殺しにきたかと思えば……天邪鬼なことだ。さらにその態度、その意志表明。ますます壊すことに遠慮が要らないと思えるよ」
「SYSTEM COMBAT MODE ENGAGE」
 マークナインが武装を展開する。
 なんだか、寒さのせいでみんなの攻撃性が高まっている気がする……とエレは思った。

●頭寒足寒
 ケルベロスの攻撃態勢に合わせ、ダモクレスから湯気があがった。
 周囲から熱を奪って自らを熱しているのだ。ケルベロスたちには凍てつく風が吹きつけてくる。
「さっむ! そういうのは真夏の暑い時に欲しいわね!」
 コートについた氷片を振るい落とし、アリシスフェイルがドラゴニックミラージュを放った。燃やす気満々、先ほどの意趣返しも込めた炎だ。
「温かい方がいいんでしょう? ほうら、燃えなさいよ!」
「ノーサァンクス!」
 竜の炎に対抗して、敵も冷凍ビームで応戦する。二つのグラビティが真っ向からぶつかり、足して二で割ったくらいの温度の水蒸気がまき散らされる。
「アッタカイノハ、我ノミ! アッタカイノハ、我ノミ!」」
 蒸気の向こうから頭上で手を叩いて踊るダモクレスが現れる。
「……あれは、あれか。煽っているのか?」
 器用に跳ねる敵に半ば呆れた視線を送りながら、クリスティが巫術で「御業」を鎧に変形させていく。
「家具としての分別がないようね」
 寒波が途切れた隙に、シデルが素早く間合いを詰めていた。スターゲイザーで蹴りを入れ、ふざけた踊りを中断させる。
「分を弁えなさい」
 動いてずれた眼鏡を正し、シデルが言い放つ。ペルが彼女に続いた。
「まったくだ。なにかと口を開けば『アッタカイノハ、我ノミ!』と……お前みたいなポンコツはゴミのまま永遠に冷たくなればいい」
「I'm hot only!」
「……多少、横文字が使えた程度が何だ」
 電光石火の蹴りを放つペル。薄そうなテーブルは蹴らず、もっぱら上半身が中心だ。
「そらそら、暖かい空気を出さねば機能を一つ一つ潰してしまうぞ?」
「残念ながら多機能には見えんな――重力装甲展開」
 マークも酷評を交えつつ、グラビティの防御膜を展開、前衛への寒波がそれで減衰する。
「ああ、これはありがたいです」
 気のせいか寒さも和らいだ気もして、エレがストラグルヴァインを放った。蔓植物がダモクレスの上半身に絡みつき、捕縛する。
「ナイスだ。あとは任せろ」
 元隆は準備運動をしていた。
「こんな寒い日だ。炬燵があったら入るだろ? そりゃあな」
 意訳、「俺がディフェンダーとして張り付き、攻撃を受け止めるから任せた」ということらしい。
「なんだ、本当に入るのか」
 クリスティの声に、元隆は懐に手を入れる。
「こうして蜜柑と酒も持ってきた。なんならもう一人くらい入るか?」
「いやあ、あの冷凍炬燵に入るのはちょっと……」
 話を振られたエレは首を振る。蜜柑を中に入れたら冷凍蜜柑になるのか気にはなったが。
「私も遠慮する。なんとなく寒いような気がするから、これを持っていくと良い。あと感想を頼む」
 クリスティがポケットからカイロを取り出し、元隆に渡す。
「ありがとよ。じゃ、スカートの中に潜り込んでくるとするぜ!」
「その表現方法はどうだろうか」
 クリスティがそう言った時には、元隆は雄たけびをあげて突進していた。吹きつける風にも負けず、味方からの視線にも負けず、スライディングの要領で掛け布団に足を突っ込む。
「よし、入っ――――」
 瞬間、元隆の下半身から感覚が消失した。

「……のけぞってますね。それほど嬉しかったのでしょうか」
 シデルが淡々と状況を告げる。どのような目で彼を見ているのか、眼鏡が光を反射してよく分からない。
「……なに、コロ? ああ、あれ?」
 ウイングキャットのコロに見つめられ、詩音が固まった元隆にオーラを投げつけた。気力を与えられ元隆が動きを再開する。
「――たぞ。なんだ意外と寒くないじゃないか」
「えぇーうそだー」
 エレが生温かい目で呟く。クリスティが何かを悟ったように目を見開いた。
「心頭滅却すれば火もまた涼し――その逆か?」
「それは違う気がするけど……うわぁ」
 アリシスフェイルは、酒を飲みながらブリザードに凍りついていく元隆を沈痛な面持ちで見つめた。
「ねえ、そろそろ出た方がいいんじゃないっ?」
「ダメだ! 俺は、俺はここから出んぞ!」
「なんの意地よ!?」
「っと、お前も動くなっ! うおおおおおおお!!」
「アッタカイノハ我ノミ!」
「させるかぁ! というかお前が邪魔で酒と蜜柑が楽しめん!」
 取っ組み合う元隆とダモクレス。元隆は隙を見ては酒を飲む。
 どうやら意地でも寛ぐ気らしい。

●ケルベロスたちはその戦いを見守ることにした。決して面白そうとかではなく、彼の心意気を買ったということにした。

「バイタル、低下」
 激しい戦いが続く中、マークが元隆の劣勢を告げた。
「この際だ、いっそヤツも介錯してやればいい」
 ペルが冗談か本気か分からない口調で呟いた、まさにその瞬間。
「今だ! やつの足を集中攻撃して、パラライズさせたぞ!」
 元隆の勝ち誇った顔!
「えぇー……うそだー」
 エレが半眼で呟く。クリスティが何かを悟ったように目を見開いた。
「水鳥は、人からは見えない水面下で必死に足を動かしているが――そういうことか?」
「好意的解釈ねクリスティ……うわぁ、炬燵の中から本当に簒奪者の鎌とゲシュタルトグレイブが出てきた」
 アリシスフェイルは、掛け布団から現れた武器を不可解な面持ちで見つめた。
「ねえ、ダメージ与えたならそろそろ出てもいいんじゃないっ?」
「ダメだ! 俺は、俺はここから出れんぞ!」
「なんでよ!?」
「身体の感覚が、もう……うおおおおおおお!!」
「アッタカイノハ我ノミ!」
 ベシン、とダモクレスの平手打ちが元隆に入った。

「……倒れたまま動きませんね。ところでそろそろダモクレスと決着をつけませんか」
 シデルが淡々と状況を告げる。どのような目で元隆を見ているのか、眼鏡が光を反射してよく分からない。
「バイタル、さらに低下」
 マークが非情に告げた。
「早くアイツを楽にしてやろう」
 ペルが退屈そうに、本気っぽい口調で呟く。
「……なに、コロ? ああ、あれ? また?」
 ウイングキャットのコロに見つめられ、詩音がオーラを投げつけた。気力を与えられ元隆が動きを再開する。
「――なんだ意外と寒くないじゃないか」
「ループになるのでもうやめましょう!?」
 エレが言って、その手にグラビティを収束させた。
「大いなる空、母なる海。その狭間に住まう、小さき我らに力をお貸しください……!」
 エレの手から空へと向かった力は、ダモクレスの真上へ。直後、その力を道標に、天から降り注ぐ光の刃が炬燵に突き刺さった。
「ついでだ。燃えておくといい」
 半透明の「御業」から炎を生み出し、クリスティが炎弾を放つ。炎は光の刃につなぎとめられた敵に着弾し、螺旋状の炎を噴き上げた。
「アッタカ……アツイィイイ!」
「うおおおおおお冷凍蜜柑がー!」
 約一名の悲鳴も聞こえるが、詩音がそれを気にするそぶりはなかった。
「ふふ、ようやくマシになったわね。キャンプファイヤーみたいに勢いがあっていいじゃない」
 笑みを浮かべて業火を見つめる彼女を、コロが鳴いて促す。
「コロ、燃えたいのなら行っても良いのよ?……そう、まあ動かずに攻撃できるから良いわ」
 詠唱とともに石化光線を放つ詩音。冷凍ビームを放とうとしたダモクレスの右半身が、それで石化していく。
「一人でぬくぬくしてんじゃないわよー!」
「右に同じく……いきますよ」
 敵の対応できなくなった右側面から、アリシスフェイルとシデルが静かに再接近した。二人のハウリングフィストが連打となって、容赦なく敵の石化した右腕を砕いていく。
「オノレ!」
「焼き蜜柑の恨み!」
 左半身で反撃しようとしたダモクレスだったが、超高速で放った元隆の槍がテーブルを貫き、真下から左腕を縫いとめる。
「LOCK ON! FORTRESS CANNON FIRE!!」
 マークの構えた砲塔から、立て続けの弾幕が火を噴いた。被弾するダモクレスから小爆発が連続し、周囲に吹いていた寒風が弱まる。
「ようやく暖かい空気を出したか? まあ、出したところで我はもうお前を壊すと決めているがな」
 外套の奥から桃色の瞳を嗜虐に輝かせ、ペルが手をかかげた。一瞬の後、その手の先には自身よりはるかに長大な白い剣が、幻のように出現している。
「消えるといい」
 手の一振りで巨剣を振り下ろす。
 何もかもを真っ新に、白紙に、無に回帰せよ――その意志を込めた白い魔力は対象を両断しながら消失させていき……やがてダモクレスは炬燵の一部を残して消え去った。

●暖
「最近は暖房器具が壊れる事件が絶えんな。季節柄か」
 ダモクレスが消え、暖かな空気が戻ってきた山。マークは敵の残骸にそんな言葉を紡ぐ。
「事故が起きる前に、予算の範囲内で手を打つしかありませんね」
 シデルがそう応えて、眼鏡の縁をついっと上げた。
 周囲で破損した箇所はヒールで治すとして、問題は残った敵の残骸だった。アリシスフェイルがテーブルだった板を靴先で弾く。
「せっかくだし、バラしてたき火に……お焚きあげにでもしましょーか」
 マッチと、火付け用の燃料も持ってきてるし、とアリシスフェイル。
「そうだな。実はまだ肌寒くもある。少し暖まっていくとしよう」
 クリスティが同意して、一行は近場で適当な場所を探すことになった。
「コロ、あなた猫魔法で火を起こせなかったの?」
 詩音は使い魔に尋ね、困ったような返事に白い息を吐き出した。
「そう……あなたは毛皮に包まれてて便利よね」
「火が付いたぞ。まあ、寒冷適応のある我はもう問題ないレベルだが」
 念のため重ね着をしてきていたペル。外套の下は暖かそうだ。
「お、火か。熱燗も持ってくればよかったか」
「まだ飲む気ですか?」
 ほろ酔いな元隆にエレは呆れ半分の眼差しを送る。
「……やっぱり、さっきのダモクレスは、せめて夏場に会いたかったですね」
 そして、冬はやはり本物の炬燵が恋しくなる。
 あれはあれで、人を堕落させる恐ろしい兵器かもしれないが。
 それでも、火にあたりながら炬燵が恋しくなるケルベロスたちであった。

作者:叶エイジャ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 4/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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