小さき六花の調べ

作者:小鳥遊彩羽

 静寂に満ちた夜の森の一角で、一人の少女――速水・陽子(はやみ・ようこ)が足を止める。
「噂によると、この辺りらしいけれど……」
 呟きながら、陽子はスマホを操作して、暗闇の中でも眩い光を放つ液晶画面を覗き込む。
 そこに記されていたのは、『あわてんぼうの雪ん子』という文字列。
 曰く、まだ雪の降らないこの時期に、この森のどこかに雪ん子が現れるのだという。
「人に会ったらびっくりして襲い掛かってくるっていう話だけど、子どもだもん、きっと怖くないよね。……お菓子も持ってきたし、お話、出来たらいいなあ。お友達になれたら――」
 まだ見ぬ雪ん子に馳せていた想いと言葉が、途切れたのは唐突だった。
「……私のモザイクは晴れないけれど」
 陽子の胸元から突き出た鍵。それを確かめるより先に、陽子の意識は失われる。
「あなたの『興味』に、とても興味があります――」
 その場に倒れた陽子を見下ろすのは、第五の魔女・アウゲイアス。
 ――そして。
 倒れた陽子の傍らに、大きなフードを目深に被った小さな雪ん子のドリームイーターが誕生したのだった。

●小さき六花の調べ
 不思議な物事に強い『興味』を抱き、調査を行おうとしていた人がドリームイーターにその『興味』を奪われる事件。
「すっかり寒くなってきたね。皆、風邪は引いてない?」
 トキサ・ツキシロ(蒼昊のヘリオライダー・en0055)はそう前置きしてから、その場に集ったケルベロス達へ説明を始めた。
 近畿地方の某所にある小さな森。滅多に雪が降ることのないその一角に、まだ本格的な冬が始まる前のこの時期に雪ん子が出るという噂があった。
 その雪ん子に対する『興味』が奪われ、ドリームイーターとして現実化したのだという。
「雪ん子さん、ですか……」
 何やら想いを巡らせているらしいフィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)に頷いて、トキサは続ける。
 ドリームイーターとして生まれた雪ん子は、薄水色の長い髪をおさげにした、幼い少女の姿をしている。白く大きなフードを目深に被っていて、表情を窺うことは出来ない。雪ん子らしく、雪や氷を用いた攻撃を行ってくるとのことだ。
 そして、ドリームイーターは例によって、自分の存在を信じていたり、噂話をしている人に引き寄せられる性質がある。森の入り口辺りなら戦うのに十分な広さも確保出来るので、そこで噂話をして誘い出すのがいいだろうとトキサは言って、少し考えるような間を挟んだ。
「例えば、どうしてこんな所に雪ん子がいるんだろう、とか。実際に逢えたらどんなことをしてみたいか、だとか」
 色々と想像を巡らせてみてほしいな、と言い添えて、トキサは一連の説明を終える。
「……寒いから温かいお茶とか、お茶のお供にお菓子なんか持っていってもいいかもしれないね」
 もしかしたらその温もりに、冷たい雪の子が惹かれてくることも、あるかもしれないから。


参加者
ルーチェ・ベルカント(深潭・e00804)
土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)
三刀谷・千尋(トリニティブレイド・e04259)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
マール・モア(ダダ・e14040)
斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)

■リプレイ

 その日は、しんと底冷えするような寒さが辺りに満ちていた。
 滅多に雪の降らない場所だというが、もしもその瞬間が訪れるのであれば、これもまた、一つの巡り合わせなのかもしれない。
 あわてんぼうの雪ん子と、雪ん子を探しにこの森へ足を踏み入れ、ドリームイーターに襲われた少女、速水・陽子(はやみ・ようこ)。
 そして、ドリームイーターとして生まれた雪ん子を倒し陽子を救うために、この地へ降り立ったケルベロス達――。
 これもまた、一つの巡り合わせと言えるだろう。
 ケルベロス達は早速、各々で持ち寄った菓子を広げ――宵の『お茶会』に興じながら夢喰いを誘い出すための噂話を始めた。
「雪ん子かぁ……名前の響きが可愛いよねぇ。かくれんぼとかしたら面白いかな」
 持参した紅茶を飲みつつ、ルーチェ・ベルカント(深潭・e00804)はのんびりと呟く。
「夜のお茶会ってのも乙なモノって奴だね」
 ルーチェが皆へと用意したカンノーロと呼ばれる菓子を手に、楽しげに笑みを深める三刀谷・千尋(トリニティブレイド・e04259)。
 勿論周囲への警戒は怠ることなく、けれど噂話と共にお菓子と温かい飲み物を楽しむ時間も忘れない。
 あわてんぼうの雪ん子――そんな『噂』が生まれたのは、雪が降る前のこの季節だからか、あるいは滅多に雪が降らない森だからか。
「何れにせよ他の雪ん子も周りに居なさそうだし、案外その子も寂しくて出てきたのかもね?」
 千尋がそう口にすれば、フリューゲル・ロスチャイルド(猛虎添翼・e14892)が大きく頷いて話を続けた。
「ボクねー、雪ん子さんにあえたら一緒におっきな雪だるま作りたいんだ!」
 今宵のお茶会にフリューゲルが持参したのは、温かいココアと彼が普段から世話になっている喫茶店で作ってもらった一口大のプチタルト。冬らしく雪だるまやクリスマスツリーなどをモチーフに作られたそれらは、食べるのが勿体なくなってしまうほど可愛らしいものばかり。
「雪ん子さんと一緒なら、きっとすっごくおっきいのも作れるよね、楽しみだなぁ」
 想像すれば、それだけでフリューゲルの心は弾む。その傍らで、土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)が重ねるのは、まだ見ぬ雪ん子に早く逢いたいという想い。
「あわてんぼうの雪ん子さん、とっても可愛らしいですね。一緒に紅葉狩りしてみたいです!」
 ポットには温かい珈琲を、そして保冷ケースから柔らかいお餅で包まれたアイスを取り出して広げながら、岳は瞳を輝かせる。
 雪ん子の噂話を聞き、友達になりたいと夜の森を訪れた陽子。可愛らしくて微笑ましくもあるけれど、ほんの少し寂しくも感じられて。
 だからこそ、彼女を助けたいと岳は思うのだ。
 すると、温かいお茶を手に仲間達の話に耳を傾けていたガイスト・リントヴルム(宵藍・e00822)が、ふと口を開いた。
「我は雪ん子と言うものを知らぬが、所謂雪女の子供ばぁじょんなのだろうか」
 そもそも雪ん子というものがどういうものであるかわからないから、姿形を想像することも儘ならない。そんなガイストをこの地へ導いたのは、他でもない、あわてんぼうの雪ん子にまつわる『噂』だ。
 雪の降る前に現れる雪ん子。その雪ん子が、雪を運んでくるというのだろうか。
 想いを巡らせながら、カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)は温かい紅茶を片手に、バターの香り立つショートブレッドを摘む。
「雪ん子が温かいものが飲めるかはわかりませんけれど、苦手なら少し冷ましてあげないといけませんね」
 もしも邂逅が叶ったならば、こんな風に一緒にお茶会をしながら、好みの甘味などについても尋ねてみたい。そんな願いを紡ぎながら、最近のマイブームなのだとショートブレッドを勧めるカルナの声に、フィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)も美味しいです、と笑みを綻ばせていた。
「雪ん子さんは人目に触れたくないようだから、何か大切なものを探しているのじゃないかしら」
 ――例えば、何時かの雪の根に秘めた小さな想い出を。
 蜜漬けの林檎をチョコレートで包んだボンボン菓子をお茶会の席に添え、そう語るマール・モア(ダダ・e14040)の声は御伽の語り部のように優しく響く。
 傍らのナノナノの装いは、薄水色の三つ編みリボンを靡かせる白いフード付きのケープという、まるで少女が邂逅を願った雪ん子を思わせるものだった。
 慎ましやかに咲く山茶花の練り切りは、斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)が用意したもの。
 仲間達の語る声に楽しげに耳を傾けつつ、略式で点てた抹茶を皆に振る舞いながら、朝樹は静かに雪ん子へと想いを馳せる。
「……独りで遊ぶのは寂しいでしょう」
 積もらぬ六花の先駆けに、ひとりきりで山を下ってしまった『あわてんぼう』さんへ。
 早くおいでと願う朝樹がふと見やった先に、仄かに灯る光があった。

「おや、お出ましかい?」
 千尋が軽く眉を上げ、ゆるりと瞳を細め笑ってみせる。
「いらっしゃい、遊びましょう」
 柔らかく微笑んで手を差し出し、朝樹が呼び掛けた先に現れたのは――薄水色のおさげ髪に、白く大きなフードを目深に被った、幼い少女の姿を持って生まれたドリームイーター。
 それは現の狭間へ招かれた、ひとときの夢。
 少女が抱いたささやかな夢が、悪夢に変わってしまうことのないように。
 夢が夢のまま、在るべき場所へと還れるように。
「さぁ、存分に愉しみましょう」
 噂話の花の香に惹かれ、姿を現した小さな雪の申し子へ。マールが誘うような声を重ねれば、雪ん子は応えるように両手を広げた。
 凍える風が吹き、モザイクの雪がケルベロス達を襲う。他の前衛陣の代わりに、自分達に向けられた雪ごとフリューゲルとマールが受け止め、そしてその一撃に込められた力の大きさを悟った。
 仮初の六花を払いのけ、ガイストが白いマフラーを靡かせながら一気に雪ん子へと迫る。
 辺りを満たす夜の空気の寒さは、老いた身には沁みる。このような所で倒れていては、少女も身体を壊してしまうだろう。
 故に、一刻でも早くこの戦いを終わらせなければならぬとガイストは思い、無骨な指先で雪ん子を突いた。感じた手応えに雪ん子が身を強張らせた直後、地を蹴ったカルナが流星の煌めきを宿した蹴撃を刻み込む。
「戦わずに済むならそれに越したことはありませんでしたが、残念ですね」
 このままでは、少女は悪夢に囚われたまま。
 ケルベロス達が夢喰いに終焉を与えなければ、少女が夢から醒めることは叶わない。
(「確かによく雪ん子を再現出来てるとは思うけど、本当に彼女が興味を持ち、望んでいたのは……さて、どうだろうね?」)
 雪ん子を見やりながら、千尋は二振りの刃と研ぎ澄ました心とを一つにし、霊的防護を断ち切る力を己の身に宿した。
「ナノちゃん、回復の機は私に倣って頂戴な」
 ナノナノに自らと同じ役目を課し、マールはガトリングガンの引き金を引いた。
 一斉に吐き出される、爆炎の魔力を込めた弾丸。冬の夜空を彩る炎の花に、ナノナノが白いケープを靡かせて愛らしいハートを重ねる。
「ドリームイーターも難儀だねぇ……生まれた傍から殲滅対象になるんだから。――でも、折角生まれたんだ、ねぇ、僕と遊んでよ」
 戦いの始まりと共に翼を納めたルーチェが刻んだ蹴りの軌跡が溢れる星のように煌めき、雪ん子の動きをさらに鈍らせる。
「他人の夢の欠片を破壊してるみたいで申し訳ないなぁ……なぁんてね」
 軽口めいた呟きと共に小さく肩を竦めるルーチェ。その表情は柔和なものでありながらも、敵である夢喰いを見つめる瞳には一切の同情も憐れみもなかった。
 ――『そこ』にいるのは、自分達が倒すべき『敵』。ただ、それだけのこと。
「可愛らしい噂の具現化ですが、街が雪白に染まる前に血の朱で濡らす訳には参りませんね」
 憂いを融かすために、添えられる手がここにあるのだ。ならばそのためにこの手を差し出さない道理はない。
「僕一人では足りなさそうなので、フィエルテさんもお願いします」
「はい、お任せください、朝樹さん!」
 朝樹はフィエルテと顔を見合わせて声を交わし、あたたかな薬液の雨を戦場に降らせた。そこにフィエルテが避雷の杖を掲げて雷の壁を構築し、雪ん子とお揃いの、真っ白なフードを被ったあかりが光り輝くオウガメタルの粒子を重ねて一気に前衛陣の力の底上げを図る。
 あかりと共に支援に駆けつけてくれた陣内が雪ん子へと見舞ったのは、稲妻を帯びた超高速の突き。
 ――御伽噺の雪ん子は、心優しい人の元に現れる、心優しき精霊だから。
 だからきっと、少女の元に現れるのも、そんな心優しき子であればいい。
「戦わなきゃいけないのは、ちょっぴり残念だけど……」
 獣化した黄金の虎の手足に力を集中させながら、フリューゲルは雪ん子へと飛び掛かった。高速で放たれた重量のある一撃が、雪ん子の小さな体に叩き込まれる。
 少女が本当に求めていたのは何だったのだろうと岳は考える。
 寂しくて、誰かと遊びたいと思った――そんな少女の心が雪ん子という形を取って現れたのだとしたら、それを叶えるのもまた自分達の役目かもしれない、と。
「私達が遊んで差し上げますから、どうか心置きなく在るべき場所へと還ってくださいね」
 そう言って、ライトニングロッドを掲げる岳。
 次の瞬間、杖の先から迸った眩い雷光が、真っ直ぐに雪ん子を貫いた。

 夜の森に舞う、泡沫の雪。
 ケルベロス達の攻撃を受け、少しずつ、けれど確実にモザイクの欠片を散らしていく雪ん子。
 戦いの終わりは、そう遠くないように思えた。
 邂逅を果たした時に比べその輪郭を薄れさせつつある雪ん子が、氷の塊で出来た槌を振りかぶる。
 ガイストを狙ったその一撃を、身体を張って受け止めたのはマールだ。
 重い一撃にも微笑を絶やさぬまま、マールは躊躇いなくチェーンソー剣の刃を雪ん子の身体に奔らせた。
「――還してあげるわ。だから、『返して』頂戴ね」
 囚われた少女の心を、返してとマールは紡ぐ。ジグザグに傷を抉る刃が雪ん子に刻まれた状態異常を増やしていく様は、まるで侵食する毒にも似ていた。
「そっちが氷のハンマーなら、こっちは竜のハンマーだよ!」
 勇ましく響くフリューゲルの声。同時に放たれた超重の一撃は、いのちの可能性を奪い凍らせるもの。
 二つの『ハンマー』がぶつかり合う様に、感心したようにガイストが頷く。
「成る程、頼もしい。どれ、我も――推して参る」
 刹那、ガイストが放った剣閃が太刀風を編み出し、それを劈くように生まれた龍が、夜闇を翔けて夢喰いへと牙を突き立てた。
 音が消えたのは一瞬。硝子が割れるような澄んだ音が煌めいて、星の瞬きにも似たモザイクが雪の欠片となって空に溶ける。
「ねぇ、そろそろ気は済んだかな。……深潭へ堕ちてお出で」
 ふわりと微笑むルーチェの手には漆黒のナイフ。宵の空に星が灯り三日月が浮かんで、喰らいつくが如く切り裂いた軌跡が描き出すのは黎明へと至る道。
 今宵、束の間の邂逅の中で、楽しくも甘き想い出が『貴女』の心を満たしてくれたことを願って。
「『想い』の力、受け取って下さい!」
 岳の拳が大地を叩き、溢れた黄水晶の光が雪ん子を呑み込む。
 そこに、横合いから瞬時にして間合いを詰めたのは千尋だ。
「三本目の刃、受けてみるかい? ――悪いね、守るために、斬らせて貰うよ」
 そう言うと、千尋は右腕部に搭載されたレーザーブレードユニットを起動させた。瞬く間に形成された『三本目』の光の刃は、レーザーと霊を斬る力が合わさり、あらゆる存在を斬り捨てんばかりの力となって夢喰いを翻弄する。
「楽しき時間となりましたでしょうか。また地を訪れる時は、しんしんと積もる調べを聞かせて下さいな」
 そう、雪ん子へ優しく想いを手向ける朝樹もまた、回復の必要はもうないと判断し、攻撃へと転じた。
「……さぁ、天へお帰り」
 伸ばした指の先、視界を隠す薄紅の霧に惑う夢喰いの体を覆うのは、決して触れ得ぬ霞の檻。
 夢の終わりは、すぐそこまで来ていた。
 今にも消えてしまいそうな小さな雪ん子の姿を焼き付けるようにしっかりと見つめ、カルナは真っ直ぐに手を伸ばした。
「言い忘れていましたが、氷の扱いならば、僕も得意ですから。――舞え、霧氷の剣よ」
 言葉が紡がれると同時に急激に冷え込んだ大気が、八本の凍てつく刃となって雪ん子へと喰らいつく。
 魂をも凍らせる、絶対零度の氷牙に呑み込まれ――夢から生まれた雪ん子は、再び夢へと還っていった。

 戦いを終えたケルベロス達は森へと入り、陽子の元へ向かった。
 道の途中に倒れていた陽子は、幸い目立った外傷もなく、すぐに意識を取り戻した。
「あれっ……雪ん子さん……? じゃ、ないですよね……?」
 寝ぼけ眼の陽子に事情を説明する傍ら、少女が風邪を引かぬようにとケルベロス達は気遣った。
 ルーチェが持参したストールを、朝樹が柔らかな手触りの膝掛けを、そしてガイストが使い捨てのカイロを少女へ託し、フリューゲルが温かなココアを分け与える。
 陽子自身も当人なりに着込んでおり割ともこもことした服装ではあったが、ケルベロス達の計らいによってさらにもこもこ度が上がり、寒さを凌ぐには十分すぎるほどになった。
「お一人で夜の森だなんて、きっとご家族はご心配されますよ」
 岳が優しく諭すと、陽子は申し訳なさそうに小さく頭を下げた。
「ボクもね、雪ん子さんがいるって聞いてきたんだよ、一緒に遊べたらいいなーって思って。……あっ、ほら、見て!」
 そう言って、フリューゲルが示した先に、動く小さな白い影。
 暗い木立の陰から陰へ、陽子やケルベロス達の居る場所からは、その姿をはっきりと確かめることは叶わないけれど。
「雪ん子さん……?」
 驚いた様子の陽子に、ルーチェがゆっくりと頷いてみせる。
「どうやら、雪ん子は照れ屋みたいだ。……静かに見守ってあげれば、雪の降る頃、また会えるかもしれないねぇ」
 ――それは、陽子への、ケルベロス達からのちょっとした『贈り物』。
 暗がりの中に垣間見えた雪ん子のような影の正体は、マールのナノナノだ。
 自分達が奪ってしまった夢の代わりに、ほんの僅か一瞬でも、楽しい夢に出逢えたらと。
 そして、その想いは――確かに少女へと届いた。
「雪ん子さん、本当にいたんだ……!」
 驚きと、そして喜びを隠し切れない陽子の顔に浮かぶ笑み。
 それを見て、マールはほっと安堵の息を吐き出した。
 風邪を引いてしまう前に目を覚まして良かったと胸を撫で下ろしつつ、陽子をそっと見守っていたカルナも、安心したように微笑む。
「今度はお友達になれると良いねぇ。……陽子ちゃんなら、きっと大丈夫さ」
 ナノナノの雪ん子と友達になるのもそれはそれでありだろう――なんて思いつつ、千尋は少女にエールを送った。
「私達は雪ん子さんではありませんけれども……私達とも、お友達になってもらえると嬉しいです」
 岳がさりげなく言い添えると、陽子はまた驚いたように目を瞬かせてから、心なしか照れたように微笑んでありがとうございます、と告げた。
(「いつか、本物の雪ん子さんにもあえるかなぁ……あえたらいいな」)
 吐く息が白くなるほど冷えた空へ、フリューゲルは願いを託す。
「……雪ん子さんも、やがて訪れる冬に還る頃。私達もお家へ帰りましょう」
 優しく促すマールの声に、ケルベロス達は陽子を送り届けるべく来た道を戻っていく。
 その道すがら、朝樹は冬の到来する調べを待ち侘びるように、清冽な空気に耳を澄ました。
(「……おや」)
 そしてふと目を瞬かせ、空へと手を伸ばす。
 ――その掌に、小さな白い六花が静かに舞い降りた。

作者:小鳥遊彩羽 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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