クチサキコトバ

作者:七凪臣

●嫌悪
 はぁ、と。
 詰襟の首元を緩めながら、心太は憂いを帯びた息を吐く。
「キモチワルイ」
 幼い未熟を残す顔には、はっきりとした嫌悪が浮かんでいた。
「みんな、テキトーに言い過ぎだ」
 自室のベッドに仰向けに転がり、大人と子供の狭間にある少年は両手で顔を覆う。
「可愛いと思ってもないものに、カワイーとか。大丈夫じゃないのに、ダイジョウブとか。好きでもないのに、イチバンスキとか」
 平らだった声音が、徐々に熱を帯びる。含まれるのは、肯定ではなく否定の苛立ち。
「目ぇ見たら。本心じゃないのなんて丸わかりなんだよ。口先だけだって見え見えなんだよ。全部、嘘じゃん。気持ち悪い!」
 耳に残った声を遮断するように両耳を塞ぎ、心太は叫ぶ――が。
「あはは」
 一人きりだった部屋なのに。いつの間にか緑の髪の、手だか羽だかなそれに大きな鍵を持つ女がいて。心太の心臓は、その鍵に貫かれていた。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『嫌悪』する気持ち、分らなくもないね」
 気を失った心太を睥睨し、女――第六の魔女・ステュムパロスは笑う。
 その傍らには、全身に口があるバケモノがいた。

●クチサキコトバ
 誰にでも嫌悪するものはあるだろう。高校二年生の心太にとって、心の伴わない口先だけの言葉がそうであるように。
「この『嫌悪』を奪い、事件を起こすドリームイーターがいます」
 生憎と『嫌悪』を奪ったドリームイーターは姿を消してしまっているが、『嫌悪』を元に新たなドリームイーターが具現化されているとリザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)は言い。続けて、この新しい方のドリームイーターが新たな事件を起こす前に退治して欲しいとケルベロス達に求める。心太を無事に目覚めさせる為にも。

 具現化したばかりのドリームイーターは、若い女性のような体つきをしているが、全身にはモザイクで出来た口がある。その口は、文字通り『口先だけ』の言葉を吐いていく。
 イケメン、カワイー。
 ダイジョウブダイジョウブ。
 アタシニハキミシカイナイ、ホントダヨ?
「心のこもらない、装ってる感満載のうすっぺら声ですからね。苛立ちを通り越して気持ち悪いです」
 真似て披露した自分の声にさえ頭を抱えたリザベッタは、短い深呼吸で気持ちを切り替える。
「出現するのは、心太さんの家からほど近い小さな公園です。落ち込んだフリをしていれば、慰めるフリをした口先だけの言葉を吐きにあちらから姿を現してくれるでしょう」
 ――何とも腹立たしい相手である。
「気持ち悪い相手だと思いますが、放っておくわけにはいきませんし。何でしたら、憂さ晴らしでもするような感じでぶん殴って来て下さい」
 せめてもの心の平穏に、と付け加え。少年紳士はケルベロス達をヘリオンへと誘う。


参加者
スウ・ティー(爆弾魔・e01099)
キース・クレイノア(送り屋・e01393)
井伊・異紡(地球人のウィッチドクター・e04091)
ムジカ・レヴリス(花舞・e12997)
ラズリア・クレイン(蒼晶のラケシス・e19050)
ヴェルトゥ・エマイユ(星綴・e21569)
ティリクティア・リーズ(甘味大魔王なエルフ・e23510)
狭間・十一(無法仁義・e31785)

■リプレイ

「ドウシタノ?」
 キィキィとブランコを軋ませていたスウ・ティー(爆弾魔・e01099)は、目深に被った防止の鍔越しに『それ』を見上げる。
「俺って女性にとっては『良い人』キャラで落ち着くらしくってさ」
「見ル目ガナイ女ガ多イノヨ」
 ままならない出会いを憂いただけで、その『女』は現れた。
「やっぱ顔かな。いい歳して帽子で隠して謎の男ぶってるから浮いてんだろうか」
「私ハ好キ」
 慰めるように身を寄せ、甘く優しいコトバを赤い唇が紡ぐ。
 しかし、そこに一切の温もりがないのをスウは気付いていた。いっそ笑い出したい程に――否、実際に吹き出す間際だった男は、一頻りの茶番を堪能すると、ゆるりと立ち上がる。
「有難う――心にもない言葉を。ま、俺も半分嘘だからおあいこな?」
 情けないカーヴを描いていた口元で含み笑い、スウは手の中で照明弾を弄ぶと、次の唇が開く前に物悲しい夕焼け色を真昼の白に塗り替えた。

●突
 光は、合図。
 目を眩ませる刹那の間に呼吸を整え、ラズリア・クレイン(蒼晶のラケシス・e19050)は目隠し替わりの生垣の波を掻き分けると、長い髪にブルーサファイアの軌跡を描かせ夢喰いへと肉薄する。
「心の籠らない言葉ほど、虚しく響くものはありません」
 吹き渡る木枯らしより疾く、纏う衣を風のように翻し。ラズリアは稲妻を帯びさせた槍の切っ先でバケモノの腹を貫いた。
「「ナッ、」」
 全身にある無数の口が、一斉に戦慄く。その様にスウは「してやったり」とほくそ笑んだ。
 夢喰いを誘い出す策の首尾は上々。公園には、物陰などに身を潜ませていた仲間たちが次々と姿を現している。
「ほんっと白々しいコトバばっかりで、俺のハートはズタズタだよ」
「あら? スウちゃんは凹むことないわよ」
 自浄を齎す果を実らせながらわざとらしく肩を落としたスウを、彼が繰った力の恩恵を受けたムジカ・レヴリス(花舞・e12997)が、こちらは裏表のない言葉で労う。
「だって、乗り越えてきての今でしょー?」
 空の朱色に鮮やかさを増した緋紅の髪を炎のようにゆらめかせムジカはくふりと楽し気に笑うと、そのままデウスエクスへ向けて加速する。
「Change before you have to」
 挨拶代わりのとっておき。白金の竜族の翼で地上すれすれに光波を伴い翔けた女は、鋭い蹴りを夢喰いに見舞う。捩花――唯一無二のグラビティが持つ名の由来は、その一蹴が螺旋を描き咲く淡紅色の小花のようだから。
「楽シイパーティノ始マリネ!」
 りぃん。
 ケルベロスの襲撃を悟ったデウスエクスの力ある言葉に紛れて、涼やかな鈴音が微かに鳴った。源は、敵の攻撃を貰ったキース・クレイノア(送り屋・e01393)の右腕。
「大丈夫?」
 癒しの要として戦場に立ったティリクティア・リーズ(甘味大魔王なエルフ・e23510)の問いかけに、キースは首肯する。
「無理はしないでね」
 大人の男の『大丈夫』の意思表示に、ティリクティアは幼い少女らしく表情豊かに安堵と念押しを付け加えると、世界を透かす御業でバケモノを掴みにかかった。
(「――大丈夫」)
 りぃん。
 貰ったノリだけのコトバは、キースの心に深い縛めを与えている。しかし鈴が鳴る度に、キースの深淵には柔らかい温もりが満ちる。それは、言葉に惑わされないように、と出立の際に貰った言葉。鈴の贈り主からの――。
「魚さん、頼んだ」
 それに青い灯を手にしたシャーマンズゴーストの存在も頼もしい。マイペースで少しばかりお馬鹿さんなところもあるが、魚さんと呼ばれた神霊は、地獄の炎を夢喰いへ叩きつけようと駆けるキースの背へ、物言わぬ祈りを届けてくれた。
「それにしても。口先だけの言葉、かぁ」
 怒涛の連撃の流れを断たず、井伊・異紡(地球人のウィッチドクター・e04091)が中空へと跳び上がる。
「コミュニケーションに必要な事もあるけど。からかうのは楽しい、とかそういうのとはまた違うんだろうなぁ」
 白いコートを翼のように広げ、黒衣に刻まれた赤十字で風を受け止めて。綺羅星と化した異紡は、高みから夢喰いに挑む。
「何にせよ、出来る限り誠実に生きたいものだね」
「そりゃ誰だって、薄っぺらい嘘は聞きたくないものだからな」
 足先で敵の肩を穿ち再び地上に舞い戻った異紡の『結論』に、ヴェルトゥ・エマイユ(星綴・e21569)も否やはない。
 むしろ、ヴェルトゥ自身が苦手なのだ。嘘を聞くのも、吐くのも。
「――でも」
 紡ぎかける反対言葉の先は、今は飲み込み。代わりにヴェルトゥは目にも留まらぬ素早さでリボルバー銃のトリガーを引く。撃ち出された弾丸は、常以上の威力を発揮して夢喰いの喉元を貫いた。
「貴方タチ強イノネ、凄イワ」
「そんな風には微塵も思っちゃいねぇくせに、よくもまぁ」
 凶弾に穿たれながらもケルベロスに賛辞を贈るデウスエクスに、狭間・十一(無法仁義・e31785)は鋭い眼光宿す瞳を眇めて嘆息する。
「こういう上っ面の甘い言葉の嫌な所って、自分良い人でしょってアッピールする為のアクセサリーでしかない事なんだよな」
 無性に張っ倒したい衝動に駆られつつ、今は敵の力を削ぐ事の方が重要と識る五十五年の齢を重ねた男は、集中させた意識を口ばかりな女の顔の真横で爆ぜさせた。
「フゥン」
 爆風に横顔の唇を幾つか封じられ、夢喰いは己を嘲った十一を真正面に見る。
「ナラ、先ズハ貴方ト遊ビマショ」
 相変わらず、コトバには僅かの熱もなく。けれど口先だけの言葉のバケモノは、ケルベロスと対峙したデウスエクスとして殺意を漲らせた。

●難
 ヴェルトゥとティリクティアが展開した人避けの陣の効果もあり、公園は時と人の流れから取り残されたようだった。
「強イワネ」
「イイコトシマショ」
 執拗に投げられる様々なコトバを耳に、十一は遊具が点在する一帯を眺める。射程範囲の広い攻撃を繰り出される以上、戦場にあって逃げ場は存在しない。
 しかし。
「愛シイ人――」
「、くっ」
 敵の狙いを外す手段はある。それは、我が身を盾とする者に守られる事。
「キースっ」
『好き、好き、愛して――』
 十一を庇って甘い囁きを受け止めたキースの中で、現実の十一の声と、幻の女の声が重なる。
 何が起き、どんな衝撃を喰らうのかは覚悟している筈だった。それでも、呼び起こされるまろやかな曲線と甘い香りに、キースの背に冷たい汗が伝う。
(「独りぼっちだった俺を拾い養い……恋人だと思ってた……」)
 りぃん。
 だが、心の傷に捕らわれたのは一瞬。守りの鈴音がキースの意識を引き寄せ、魚さん宿された守りの力が、間もない自浄を約束する。
「助かったぜ」
「気に、するな。これが、俺の役割だ」
 再び焦点を結んだ瞳に返された意思は力強く、十一は知らず肩に入っていた力を抜くと、無数の口に彩られた夢喰いを一瞥した。
「そのお口は自分を飾るアクセサリーにしちゃあ、ちょーっと悪趣味だな」
 醜悪な姿を視界に収めて駆け征きながら、十一は裏社会で生きてきた年月を走馬燈のように思い出す。極悪人でありながら、菩薩と見紛う詐欺師などゴマンといた。
「お前程度じゃ物足んねぇな」
 敵は一人。護る壁がなければ、如何様にも攻められる。その心地よさに酔い痴れて、男は最初は自重した拳を夢喰いの横っ面へ叩き込む。
「大切なのは、自分の役割を果たすこと――」
「俺が囮をちゃんと務めたみたいにね」
 獲物に定められた十一と、彼を庇うキースや魚さん、そしてヴェルトゥが連れるボクスドラゴンのモリオンの動きを横目に、ラズリアは鋼の鬼と化した拳を夢喰いへ見舞う。分かち合えぬ痛みの分だけ、蒼き少女は勇ましく敵へ挑む。その鋭い気迫を追って、スウも極め上げた一撃を口先だけの女へ呉れた。
 その時、
「でも。言葉って、難しいわよね」
 キースから失われた力を満たそうと気力を溜めるティリクティアが呟いた。
「上辺だけの言葉って、確かにもやもやする事はあるけど。必ずしも悪いものではないわよね」
(「あら、まぁ」)
 例え心が籠っていなくても。可愛いと言われたら私は嬉しい――そう続けたティリクティアに、ムジカは内心で舌を巻く。
 心にもない言葉で、心太のように傷付く者もいる。傷つけてしまう事もある。けれど、そんな色とりどりの言葉たちを手繰り、折り合いをつけられるようになるのが、大人になることだとムジカは思っていたのだ。だのに、この目の前の少女は。
「分かっていても、苛々する事もある。特に、このドリームイーターの言葉はあまりにもクチサキだけで腹が立つわね」
 構成し終えた癒しをキースに届けそう締め括るティリクティアの姿は、齢を重ね身に着けるはずの強かさを既に備えているように見え、ムジカは何とも言えぬ微笑を唇に刻む。
「ティリクティアちゃんの言う通りネ。言葉って便利だけど難しい」
 せめて言葉通りの音になれば良いのだけれど。口先だけのそれは、どうしたって雰囲気で伝わってしまう。
 言葉が持つ儘ならなさを晴らすよう、ムジカは渾身の力でバールを投じた。
「そもそも、心の底から自分に正直で。嘘すら吐いた事のない人間なんて居るんだろうか」
 先ほど封じた反対言葉の先を連ね、ヴェルトゥも敵喰らうオーラの弾丸を放つ。
 確かに、ヴェルトゥの言う通りだ。されど――。
(「けど『あのひと』は……」)
 ただ一人、たった一人。口先だけの言葉は決して使わず、如何なる無理も実現してみせた『ひと』を知る異紡の胸に、懐かしい声音が蘇る。
『愛しているよ、異紡』
『君が異なる立場の者とも絆を紡げるよう言祝ごう』
「消えていく。失っていく。焔によって焼けていく」
 朗々と唱えるのとは裏腹に、異紡の心は苦しく軋む。家族と名を奪い、異なるを紡ぐと名付けた育て親。
「全能なる神は失われ独り立ちの時は告げられた」
 最期は炎に抱かれて消えた『神』。
「古き時代は終わり新しき時代が始まる」
 焼失――謂わば、己が喪失の過去の再演。触れた手から世界に過ぎ去りし日を思い出させる一撃で夢喰いに消えぬ炎を灯し、異紡は眉根を寄せる。
(「本当の言葉は、とても苦しかった」)

 嗚呼、なんと言葉の難しい事か――。

●未明
「貴方ヲ愛シテイルノニ」
 毒々しい赤の囁きに、十一は魍魎の群れを見た。
(「てめぇら長生きしたかったろうに、悪かったな。あの世で幸せになれよ」)
 口にしない懺悔は、嘗て自らが屠った命へ。しかしその実、ただの皮肉でしかないコトバを胸に、十一は冷えた眼差しを散々甚振ってくれた夢喰いへ向ける。
「弾が勿体ねぇ」
「――ギャッァ」
 撃ったら当てるが心情。無駄を厭い、仕事は仕事と割り切る男の一撃は、一発必中の名の通り五月蠅い女の顔面にある口を貫く。
「全く。口が軽くちゃ地獄に落ちるぜ?」
 無数の透明機雷を浮かべ、スウも酷薄な笑みを口の端に浮かべる。
 多くの想いが溢れた戦場だった。交わされる言の葉たちに、一人の少女の姿を思いもした――けれど、スウが知る真の狂気はこんな程度ではないから。
「一度捕まったら、そう逃げられんよ」
「ソウイウノ、好キジャ……ッ」
 炸裂する、視認不可なトリックスター。爆炎と砕けた水晶片に嬲られ、夢喰いの挙措に違和が増す。
 言葉とはどうあるべきなのか。
 思考の海を彷徨いながらも、ケルベロス達の戦いぶりは前のめりで。口先だけのバケモノが黙するまでさほど時間はかからない。
 空には変わらず、茜色が広がったまま。
「暗くなる前に、終わらせよう」
 身の内に宿すグラビティを純然たる破壊の力に変えて鉄杖に宿し、異紡は夢喰いの細い首を打ち据えた。確かな手応えは、Ωへと至るΑ――未来への産声。
 りぃん、りぃん、りぃん。
 加速する時の流れに、キースの腕の鈴の歌も軽やかに。跳躍からの重力に引かれる蹴りは、苛烈な一撃となって敵の背を穿ち。
「これで心太さんの心も少しは晴れるといいんだけれど」
 尽きぬ悩みは抱えたまま、ティリクティアも御業より炎弾を放った。自分の思考が子供らしくないのは百も承知。それでも懸命に模索したのは、苦痛にのたうつ少年を案じてのこと。
「私ハコンナ、ニ優シ、イノニ!」
「お黙り下さい」
 夢喰いはまさに口先だけの状態。耳に不快なコトバを静かに制し、ラズリアは白き翼を広げて意識を集中する。
(「大丈夫、この戦いはもう終わります」)
 例え『大丈夫』でなくとも、仲間には『大丈夫』と言い続け敵陣へ斬り込むのがラズリアの性質。弱音を吐いている暇は何処にもないのを知っているから。弱い部分は誰にも見せたくないから。
 けれど、今日の『大丈夫』は真実。
「始原の楽園より生まれし剣たちよ。我が求めるは力なり。蒼き輝きを放つ星となりて敵を討て!」
 自身の周囲に展開させた魔法陣より生み出すのは、美しき剣たち。描き出される蒼き軌跡は流星群の如く。降り注ぎ、魔を清める。
「レヴリス様、エマイユ様!」
 発動の機を窺っていた大技で夢喰いの余力を大きく削いだラズリアは、慕う二人の名を呼んだ。
「任せて!」
 応え、ムジカが走り出す。
(「アタシは、傷つけてしまったことを悔やんだ事の方が多かったなぁ」)
 淡紅の光に溶けつつ、女は胸に落ちる後悔に爪をたてる。
(「もっと素直になっていれば」)
 ――だって、話せなくなるなんて思わないじゃない。ずっと一緒だって思っていたんだもの!
「アタシ、心にもないこと言い続けられるあなたが嫌いなの」
「「ヒィッ」」
 秘した裡を怒りに換えた蹴撃に、ついに夢喰いの半身が崩れた。
「これで、終わりだ」
 女たちが作った勢いを継ぎ、ヴェルトゥは一本の鎖をデウスエクスの足元へ這わす。
(「嘘を吐いた事がないなんて、そんな純粋無垢な人間ではないけれど」)
 せめて自分を信頼してくれる人には正直でありたいと。それでも、どうしても嘘を吐かねばならぬ時は、自分さえも騙しとおせる嘘を吐く、と腹を括る男は、引き金となる言葉を紡ぐ。
「少し、じっとしていてもらおうか」
 ゆるり絡み、締め上げる鎖。そこに、ぽつりぽつりと――やがて無数の桔梗が咲き誇る。
「――ッ!」
 役目を終えた花と共に星屑のように散った命は、断末魔の言葉さえ発せずに。
(「……嘘、か」)
 はらり消えゆく光景はただただ美しく。しかしそこに永遠は無いのだと言うような光景に、ヴェルトゥは彼の生涯を通し黙し続けねばならぬ一つの嘘を思い出していた。

 藍色が広がり始める世界は、既に戦いの喧騒遠く。
「時として、偽りの言葉が必要になる事はあれど。それを日常にはしたくはございませんね」
 温かな団欒の気配を鼻先に嗅いだラズリアは、静寂の中に祈りを零す。
 心太も今頃は目を覚まし、彼の日常に戻ろうとしているだろう。
 彼がどう成長するかは分からない。
 でも、どうか。
 彼もケルベロス達のように、言葉の複雑さを受け止める勇気を持てますように。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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