チョコレート喫茶の憂鬱

作者:雷紋寺音弥

●甘すぎた見通し
「ああ……どうして、こんなことになってしまったんだ……」
 深夜、すっかり廃れた喫茶店の一室で、店主と思しき男が嘆きに満ち溢れた表情で天井を見つめていた。
 店の中に漂う甘い香り。だが、少量であれば気品のある甘さも、大量に集まれば胸焼けのする臭いでしかなく。
「私はただ、皆に美味しいチョコレートを提供したかっただけなのに……」
 そう、男が呟いた瞬間、彼の背中を巨大な鍵が貫いた。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
 第十の魔女・ゲリュオン。彼女が去った後の喫茶店には、意識を失い倒れた店主の隣に、その似姿をしたドリームイーターだけが佇んでいた。

●チョコレート・オンリー
「召集に応じてくれ、感謝する。水無月・一華(華冽・e11665)が懸念していた通り、チョコレートを専門に扱う喫茶店の店主がドリームイーターに襲われる事件が発生した」
 その日、クロート・エステス(ドワーフのヘリオライダー・en0211)よりケルベロス達に伝えられたのは、チョコレートを専門に扱う喫茶店が潰れ、その店主の『後悔』の念がドリームイーターに奪われたとの報だった。
 ちなみに、潰れた喫茶店だが、そこは本当にチョコレートしか扱わない店だったらしい。スタンダードなチョコレートは勿論、出されるスイーツはケーキもパフェも、アイスクリームもチョコレート味のみ。飲み物でさえホットチョコしか扱っておらず、果てはマニアックな者専用に、カカオ99%チョコから、くさやチョコのような珍品まで扱っていたのだとか。
「まあ、いくらチョコレートが好きな人間でも、こうまでチョコレート尽くしでは飽きてしまうからな。実際、俺もコーヒー抜きで、この店のチョコレートを食べようとは思わん」
 だが、それでも頑張って店主に扮したドリームイーターのサービスを受け、それを心から楽しめば、敵の戦闘力が減少する。加えて、意識を取り戻した本物の店主も、何故か後悔の念が薄れて前向きな気持ちになるようだ。
「そういうわけで、お前達には今から店に乗り込んで、ドリームイーターを撃破して来て欲しい。既に潰れた店だ。他の客はいないから、いきなり戦闘を仕掛けるのも、しばらくサービスを受けてから戦うのも自由に選択できる」
 戦闘になると、敵はモザイクのチョコレートを飛ばして攻撃して来る他、自らの傷口にチョコレートをかけて修復する能力も持っている。一見して美味そうな攻撃だが、触れただけで身体が痺れたり催眠状態に陥ってしまったりするので、油断は禁物だ。
「色々と問題のある店だったようだが、それでも店主のチョコレートに対する情熱は本物だったらしいからな。できることなら、彼の情熱を正しい方に向けられるよう、助けてやってくれ」
 過ぎたるは及ばざるが如し。そんな言葉を思い出しつつ、改めてケルベロス達に依頼するクロートだった。


参加者
デジル・スカイフリート(欲望の解放者・e01203)
西村・正夫(週刊中年凡夫・e05577)
水無月・一華(華冽・e11665)
暁・万里(パーフィットパズル・e15680)
相馬・碧依(こたつむり・e17161)
オリヴン・ベリル(双葉のカンラン石・e27322)
アメリア・イアハッター(あの大空へ手を伸ばせば・e28934)
グラナティア・ランヴォイア(狂焔の石榴石・e33474)

■リプレイ

●夢のチョコレート尽くし
 報告にあった店の扉を開けると、溢れんばかりの甘い香りがケルベロス達の鼻腔を刺激した。
「はー、世の中いろんな食べ物屋があるもんだよねー。今回はチョコだしまだマトモ?」
 以前の依頼で食べた様々なキワモノ、ゲテモノを思い出し、相馬・碧依(こたつむり・e17161)は少しばかり期待しつつ、案内されるがままに席へと着いた。まあ、金魚やカエルに比べれば、そもそも『一般的な食材』であるだけでも、随分とありがたいものである。
「わぁ! 万里くん、あれ初めて見ましたっ」
 水無月・一華(華冽・e11665)に至っては、既に様々な珍しいチョコレートを前にして、自分が抑えられなくなっていた。
「慌てなくても、チョコレートは逃げないさ」
 両目を輝かせている一華へ、苦笑しつつ答える暁・万里(パーフィットパズル・e15680)。だが、それでも目の前は見たこともない珍しいチョコレートが、ずらりと並んでいるのである。
 マシュマロをチョコレートで包んだギモーブショコラに、生チョコベースのショコラアソート。僅か4ミリの厚さにカットされた、パレファンというチョコもある。正に、世界のチョコレート博覧会といった様相に、我慢できないのは一華だけでなく。
「店主、チョコプリンアラモード! 話はそれからだ!」
 ここで食べ損ねてなるものかと、グラナティア・ランヴォイア(狂焔の石榴石・e33474)は席に着くなり注文開始。それを見た他の仲間達も、それぞれ案内されるまま席に着く。
「チョコレートは好きですよ。個人的にお酒のアテには最高だと思うんですよ」
「飲み物までチョコだと大分キそうだけど、それも店主さんの欲望ならしっかり受け止めてあげた上で、助け出してあげなきゃね♪」
 西村・正夫(週刊中年凡夫・e05577)とデジル・スカイフリート(欲望の解放者・e01203)が談笑する中、店主の似姿をしたドリームイーターがホットチョコを運んで来た。飲み物までチョコレートな辺り、妥協を知らないというか、なんというか。
「いえーい! チョコいえーい! 素敵な喫茶店と仲間に出会えたことを祝って、かんぱーい!」
 音頭を取ったのは、先程から興奮が収まらない様子のアメリア・イアハッター(あの大空へ手を伸ばせば・e28934)。こんな状態でチョコなど飲んだら、一発で鼻血を出すのではないかと思うが、それはそれ。
「うん、皆で味わうと、もっとおいしい!」
 いつもは眠そうなオリヴン・ベリル(双葉のカンラン石・e27322)も、この瞬間だけはテンションが上がっているようだった。チョコレートには興奮作用もあるというが、それだけが理由ではないはずだ。
「喜んでいただけて、光栄であります。当店は、全ての品がチョコレート。どのようなチョコレートでも、ご要望のままにご提供いたしましょう」
 ドリームイーターが一礼し、店内の空気はますます甘い香りに包まれて行く。この後、戦いが控えていることを考えると、食べ過ぎはよくないのかもしれないが……とりあえず、今はこの時間を楽しもうという想いだけは、口に出さずとも誰もが等しく抱いていた。

●甘々な香り? 危険な香り?
 ホットチョコで乾杯した後は、それぞれ好きにチョコレート喫茶のメニューを堪能する時間だ。
「チョコ、美味しいよね。コーヒーなくっても全然へいき」
 眠気は完全に飛んでしまったのか、オリヴンの瞳はいつにも増して輝いている。こんな美味しいチョコレートが食べられる店で、眠ってしまうなんて勿体ない。
「一華の好きな苺チョコもある。はい、あーん」
「わ、本当ですか? ふふ、いただきます」
 苺チョコのパフェを注文し、それを分け合う万里と一華の二人。口の中に広がる甘酸っぱい香りは、苺とチョコレートのせいだけではなさそうで。
「一華、美味しい?」
「はい! とても美味しいです」
 甘い物ばかりだとコーヒーなども欲しくなるが、しかし今はそれさえも忘れてしまう。なぜなら、一華が幸せそうな顔で何かを食べているのを見るのが、万里にとっても幸せだから。
「こっちも食べてみて、甘さ控えめで美味しい。でも、これはリキュールが効いてるから、一華にはちょっと……」
「大人な味です? むぅ……」
 いつまでも子ども扱いして欲しくないという反面、どこか手を出すのが怖いところもあり。そんな二人の姿を横目に、アメリアはホットチョコを焼け飲みしていた。
「私も彼氏ほしーいー!」
 まあ、そう言ってできれば苦労はしない。とりあえず、今はチョコの甘さを恋の甘さだと思い、食べられるだけ食べてやろう。
 見れば、向こうではグラナティアが、テーブルの上に次々とチョコスイーツ並べて食べまくっていた。
 チョコレートフォンデュにチョコレートシュークリーム、そしてエクレア、チョコパフェ、おまけにチョコレートドーナツまで頼んでいる。それら、全ての品を次々と携帯電話のカメラで撮影しつつ、実際に食べてレポートを投稿しているようだ。
「カカオ70%チョコでお願い。ホワイトチョコがあったらそれもー。これなら一口くらいララが食べても大丈夫かにゃー?」
 一方、碧依はホワイトチョコを頼んで、ウイングキャットのララに食べさせようとしている模様。猫にチョコレートは毒になると言われているが、サーヴァントなら大丈夫だろう……たぶん。
 まあ、今までに依頼で散々なものを食べさせられて来たララは、露骨に警戒していたが、それはそれ。一応、恐る恐るではあるが、一口だけ齧って食べている。
「店主! この店で一番イイモノを!」
 そんな中、とうとうアメリアが不敵な笑みを浮かべながら、店主一押しのチョコレートを注文した。
「一番、ですか……。畏まりました」
 何故か、ドリームイーターの方も、不敵な笑みを浮かべていたような気がするが、気のせいだろうか。
 どことなく不安と期待が入り混じった空気の中、店の奥から運ばれてきたのは、何の変哲もないトリュフチョコ。だが、店主に扮したドリームイーター曰く、これは世界のご当地品を高級なチョコレートで贅沢に包んだ、最高品質のご当地チョコレートなのだとか。
「ロシア産のラズベリーから、石川県産のルビーロマン、マレーシア産のドリアンに、伊豆大島特産のくさやまで……。どれも、全て一級の品でございますよ」
 いや、ちょっと待て! それ、完全にロシアンルーレット化しているじゃないか! しかも、最後になればなるほど、ミスマッチな食材が使われているのはどういうことだ!?
 これはもしや、絶対に頼んではいけない品を注文してしまったのではあるまいか。思わず、アメリアの顔に後悔の色が浮かんだが、しかしここまで来て食べないわけにはいかない。
 こうなれば、後は運を天に任せるしかない。意を決して近くにあったトリュフを口に放り込んだアメリアだったが……次の瞬間、口の中いっぱいに広がる凄まじい臭気に、思わず涙を流さずにはいられなかった。
「美味しい、美味しいよぉ……」
 そう言いながら、顔は完全に泣いている。どうやら一発目でくさやチョコを引き当ててしまったらしい。
「ショコラティエなんてのが出てきて随分と経って、日本のチョコレートも海外で賞を取ったり今はレベル高いですからね。その作品も味噌に醤油、酒粕、漬物……その他諸々、一見合わない日本的食材を使ってキワモノギリギリを攻めて昇華させている。それはもはや、芸術だと思います」
 その一方で、正夫は同じトリュフを食べながら、平然とした顔でチョコレート談義を楽しんでいた。たまたま、くさやチョコを引き当てなかったのか、それとも彼は食べても大丈夫なのか。
 兎にも角にも、チョコレートは十分に堪能させていただいた。少々、名残惜しい気もするが、それでもデウスエクスは退治せねば。
「さあ、甘いひと時もここまでよ♪ ここからは、悪い夢を払わせて貰うわ」
 そう言ってデジルが立ち上がったのを合図に、他の面々もまた席を立って、一斉にドリームイーターを取り囲んだ。
「おや、どうされました? まだまだ、もっとたくさん、チョコレートを味わってください」
 怪訝そうな顔をして首を傾げるドリームイーターだったが、ここで情けを見せる必要はない。チョコレートの代価を命で支払わせるべく、ケルベロス達は一斉にドリームイーターへと攻撃を開始した。

●甘い誘惑
 先程までの甘い空気はどこへやら。戦闘が始まるや否や、店内には打って変わって殺伐とした空気が流れていた。
「これはいけませんねぇ、お客さん。店内で暴れる人には、ご退場をお願いしなければなりません」
 ドヤ顔で懐からチョコレートを取り出し、ケルベロス達に投げ付けて来るドリームイーター。だが、それらの攻撃は威力も低く、命中率も高くはない。
 どうやら、弱体化には成功したようだ。敵との応酬を経て確信するケルベロス達だったが、しかし油断は禁物である。
「すっげぇ! チョコスティックがいっぱーい!!」
 激甘チョコの直撃を受けて、グラナティアには仲間の姿がチョコレートに見えているらしい。
 このまま、チョコと間違えられて噛み付かれては堪らない。ウイングキャットのララが清浄なる風を送る中、碧依もまたすかさず真に自由なる者のオーラを放ち、チョコによる催眠を取り払った。
「チョコは冷やさないと、手にべたついちゃうからね。一気に冷却してあげるわ!」
 大振りな動きと共に、真正面からデジルが仕掛ける。当然、それは敵に避けられてしまうのだが、しかしそれは見せ技だ。
「避けられた、なんて思った? 魂の残滓、刹那の精霊を作り上げなさい」
 次の瞬間、敵の背後に突如として出現した竜人のような存在が、ドリームイーターに襲い掛かったのだ。それは、彼女が以前に食らった氷竜の魂の残滓。攻撃した直後に氷の竜人は消えてしまうが、それでも攻めの起点には十分だ。
「チョコ食べ過ぎたら……眠くなってきちゃった……」
 欠伸交じりに矢を放つオリヴンだったが、それでも狙いは悪くない。テレビウムの地デジが明滅する光で敵を攻撃する中、追尾する矢は敵の頭に真正面から突き刺さり。
「チョコレートは別の物と一緒なら、もっと美味しくなれるのですわ」
「チョコだけで充分? 僕らだって誰か一人じゃ君には敵わないけど、色んな個性があるから勝てるんだ」
 互いに頷き、一華と万里が同時に仕掛ける。ガトリングガンの弾が飛び交う中、一気に間合いを詰めた一華の指輪が光り輝く剣と化し。
「誰かを楽しませたいなら、固執し過ぎてはいけませんわ」
 甘いだけでは物足りない。そう結んで、一閃する光刃が敵を斬る。
「嫌ですねぇ……。そんな個性なんてもの、全部チョコレートで包んであげますよ。チョコレートこそ、あらゆる個性を飲み込む存在! 正に、食材の中のダークマター!!」
 だが、全身をボロボロにされているにも関わらず、ドリームイーターはチョコレート讃歌を唱えることを止めなかった。
 なんというか、これはヤバい。敵の両目は焦点が定まっておらず、思考も完全にイッていた。
「冷凍庫に入れておいたチョコって美味しいよね! ってことで凍っちゃえ!」
「そういうこった! せめて、最期はチョコに敬意を表してやるぜ!」
 これ以上放っておくと、またくさやチョコのようなキワモノを食べさせられることになるかもしれない。そうなる前に、せめて清いチョコのまま逝かせてやろうと、アメリアとグラナティアがハンマーを抱えて左右から仕掛ける。超重量の攻撃に左右から挟まれて、ドリームイーターの身体が凍り付きながら潰れて行く。
「う……うぅ……。チョコレートは……万能の秘薬なのです……」
 それでも、しつこくチョコレートを浴びて体力を回復させようとするドリームイーターだったが、今となっては焼け石に水。
「おじさんちょ~っとカッコつけますね……六道輪廻に絶えなき慈悲を……」
 愛する者を守るために鍛え続けた正夫の拳が、具現化した悪夢を打ち破る。氷の砕け散る音と共に、ドリームイータの身体もまた、木っ端微塵に粉砕された。

●甘さと苦さ
 戦いの終わった店内にて、ケルベロス達は意識を取り戻したチョコレート喫茶の店主に、改めて店を繁盛させるための助言を授けていた。
「わたくしチョコって好きです。チョコだけも勿論ですが、大切な人と一緒に温かいお茶で楽しむのが……」
「色々な種類のチョコレートを食べられる機会って早々ないから、とても楽しかったよ。もし、珈琲や紅茶、ミルクなんかがあったら、美味しいチョコレートがより一層引き立つのではないかな?」
 どれだけ美味しいチョコレートも、それだけでは魅力が伝わらない。そんな一華と万里の言葉に、他の者達も頷いて。
「飲み物くらいはコーヒーやお茶を用意すると、よりチョコの美味しさが映えると思う」
「引き立て役としてコーヒーでも出せばいいんじゃない? チョコを、もっと輝かせるためにね」
 アメリアとデジルの二人もまた、コーヒーくらいは出すよう店主に勧めていた。
「チョコレートは文化的、且つ芸術的な食べ物ですからね。無軌道に集めても上手くはいかないでしょう。だからこそ、そこに物語を想像させる様な、明確な指針や演出も必要なのだと思います」
 チョコレートが今、どんな文化を作っているのか。一度、外の世界に出て見極めてみるのも、今後のための勉強になるはずだと正夫は告げて。
「あたいにゃ店主さんのチョコへの愛・熱情、しっかり伝わったぜ。今度はもっとうまくやんなよ。新装開店の時は、呼んでくれりゃ行くからさ」
 最後に、グラナティアが自らの撮影した食レポ動画を、メモリーカードに入れて店主に手渡した。
「すみません、何から何まで……。どうやら、私はチョコレートを愛するあまり、周りが見えなくなっていたようです」
 もう一度、フランスに渡って修行をし直してくると、ケルベロス達に頭を下げつつ店主は言った。この様子なら、もう彼が道を踏み外し、チョコレートの魔力に歪んだ形で魅せられることもないだろう。
「ふわぁ……お話し、終わった……?」
「そうみたいだね。さて……帰りにコンビニで肉まんでも買おうかにゃー」
 全てが終わったことで眠気を隠し切れなくなったのか、オリヴンが思わず大欠伸。その一方で、あれだけチョコレートを食べた後にも関わらず、碧依は堂々の買い食い宣言。
 なんというか、どこまでもマイペースな二人である。だが、戦いにおいても自分を見失わないという点では、見習うべきところも多いのかもしれない。

作者:雷紋寺音弥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 5
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