夢とは記憶の統合を行なう時間である――大人であれば、それは頭で理解できるだろう。しかし、何も知らない子供にはただただ夢はもう一つの現実と見間違うのだ。
それは、追われる夢だった。ただ、追ってくるものが普通ではない。見上げるばかりの巨大な右腕――それが、逃げても逃げても追ってくるのだ。
見覚えのある近所を走り回って、アパートが見えてきた――そう心のどこかで安堵を覚えた瞬間だった。
「ひ――!?」
むんず、と指先で少年を掴み、高く高く持ち上げられ――。
ガタン、と叩き落されたと思った時には、ベッドから転げ落ちていた。少年は寒いはずなのにかいていたいやな汗を拭い、吐息をこぼす。
「……夢?」
「そう、夢」
答えを求めていなかった呟きの返答に、思わず少年は声の方を見上げた。だが、それを認識するよりも早くガチャリと大きな鍵が少年の胸――心臓へと突き立てられた。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
第三の魔女・ケリュネイアはそう呟くと、アパートの窓から外を眺めた。そこには、肘から下――全長三メートルはあるだろう右腕の姿があった……。
「あの子供にとっては、大きな右腕というのは自分を叱る存在なのでしょうね」
どこか微笑ましいと言いたげに、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は語る。だが、微笑ましいではすまないのが現状だ。
驚きの夢を見た子供がドリームイーターに襲われ、その『驚き』を奪われてしまう事件が起こった。『驚き』を奪ったドリームイーターは既に姿を消しているが、奪われた『驚き』を元にして現実化したドリームイーターが、事件を起こそうとしている――放置すれば、多くの犠牲が出てしまう。
「現れたドリームイーターによる被害が出る前に、このドリームイーターを撃破して下さい。このドリームイーターを倒す事ができれば、『驚き』を奪われてしまった被害者も、目を覚ましてくれるでしょう」
現在、具現化したドリームイーターは夜の町を徘徊している。誰かと遭遇する前に接触すれば、こちらに狙いを定めて驚かせるために襲ってくるだろう。
「敵は一体のみです。ただ、肘から下の右腕なのですが全長で三メートルにもなります」
そのサイズに見合ったタフさを持つ相手だ。持久戦になる覚悟はいる。加えて、このドリームイーターは、自分の驚きが通じなかった相手を優先的に狙ってくる性質がある。これをうまく利用できれば、戦いを優位に進められるだろう。
「何にせよ、ドリームイーターを生み出したきっかけとなった子供は今のままでは目覚めません。何としても倒して、目覚めさせてあげてください」
参加者 | |
---|---|
ユーノ・イラ(森と生きる少女・e00003) |
リリキス・ロイヤラスト(幸運のメイド様・e01008) |
小鳥遊・優雨(優しい雨・e01598) |
クラム・クロウチ(幻想は響かない・e03458) |
分福・楽雲(笑うポンポコリン・e08036) |
タカ・スアーマ(はらぺこ守護騎士・e14830) |
レギンヒルド・カスマティシア(輝盾の極光騎・e24821) |
ジョン・ライバック(兵士の魂を受け継ぐ風来坊・e29849) |
●
夜の住宅街、その外れ。誰もが寝静まった夜の闇の中、ソレが起き上がる。
『――――』
ソレとは、右腕だ。それこそ、人間でさえ見上げるサイズの、右腕だけがゆっくりとアスファルトの上を這いながら進んでいく。道に沿って、まるで街明かりに誘われるように――。
「ワア!?」
「ひあっ!?」
それと遭遇して、タカ・スアーマ(はらぺこ守護騎士・e14830)はその場でしりもちをつき、ユーノ・イラ(森と生きる少女・e00003)も驚きの声を上げる。リリキス・ロイヤラスト(幸運のメイド様・e01008)も、その右腕の巨大さに呟いた。
「こ、こんな巨大な右腕の方と戦うというのですか……!?」
「意味不明なもんてのは、ほんと怖ェな……いッそパーツ全部揃ッてただの巨人だッた方がマシだぜ……」
そうこぼしながらクラム・クロウチ(幻想は響かない・e03458)は自分の足元、ボクスドラゴンのクエレを見た。
「……ああ、クエレも完全に固まッてやがる、安心しろ、ありャただのデウスエクス……いや安心できねェか……」
クラムの台詞こそが、恐怖の根源をよく言い表していた。巨大な右腕を人は見た時、その先を想像してしまう。ただ右腕だけで見上げるほどの大きさがあるのだ、これが全身であったなら――その連想こそ、恐怖を増幅させるのだ。
「巨大な腕か。驚きというより恐怖のイメージが強めだがな――」
「……そうですね」
ジョン・ライバック(兵士の魂を受け継ぐ風来坊・e29849)の呟きに、口元に手を当てる驚いた仕種を見せて小鳥遊・優雨(優しい雨・e01598)も肯定する。相手は何を持って驚きを察知しているのだろう? そんな疑問を抱けるあたり、優雨は冷静だ。
「そんな目立つ見た目しといて、最初に会ったのが俺らだってことが驚きだ――」
わな、と続くはずだった分福・楽雲(笑うポンポコリン・e08036)が、空中へと吹き飛ばされた。次いで、ゴォ! と路地に突風が吹き荒れる。
「――はい!?」
レギンヒルド・カスマティシア(輝盾の極光騎・e24821)が、びくりと体を震わせた。目の前では、正拳突きの要領でモザイクに包まれた右腕が振るわれている――否、放たれていた。
「なるほどね、そういう驚かし方か――出落ちじゃねぇか!!」
数メートル吹き飛ばされながら、楽雲はツッコミを入れる。確かに、出会い頭に巨大な右腕に高速で殴り飛ばされれば驚くは驚くが――。
「驚く前に、死にますよね。普通の人なら」
優雨の正論に、否定する者はいない。何よりも張本人――いや、張本腕というべきか、右腕も肯定するように拳を振り上げ、豪快にアスファルトを砕くように振り下ろされた。
●
ドン! という衝撃が、路地を揺るがす。だが、その右拳は牽制程度の意味しかない――それを理解しているが、レギンヒルドは言わずにはいられなかった。
「聞いてはいたけど大きすぎない、あの腕!? エインヘリアルの身長並じゃない!!」
レギンヒルドの極天画戟が跳ね上がり、破鎧衝の一撃が右腕を捉えた。高速演算で敵の構造的弱点を見抜いた――そのはずだが、手に伝わる感触はあまりに重い。
「っ! 本当にタフね!」
「そこはコツコツと積み重ねましょう」
そこへすかさず優雨がルーンアックスへルーンを展開、光り輝く呪力と共に振り下ろした。それに続いて、ボクスドラゴンのイチイがタックルする!
ズン! と右腕がそれを受け止めた。このサイズになれば、もはや質量差は凄まじく、壁にも等しい。小揺るぎもしない右腕へ、砲撃形態へと変形させたドラゴニックハンマーをクラムが構えた。
「……いやまァ、全長三メートルの腕とか平然とすんのは無理だろ」
ドォ! とクラムの放った竜砲弾が着弾、爆音を轟かせる。それと同時にクエレがブレスを吐きつける。
「あー、もう脅かすことは無いよな……?」
呟きながら、タカの右腕からブラックスライムが広がり、右腕を飲み込もうとする。だが、サイズがサイズだ。飲み込み切るよりも早く、真下の死角からタカへと弾いた中指で殴打しようとした。
「うおっ! 戦闘中もおかまいなしか!」
中指、人間の足サイズあるそれを蹴りつける事でタカは飛び越え、言い捨てる。指の動きには、楽しんでいる気配がある――ような、雰囲気がある。どうやら、不意を打っての反応も堪能しているらしい。
「アンサーという怪物の都市伝説を思い出した。そいつは携帯の画面から頭と共に出てくるらしいが――」
童斬貫と陰狼の太刀を同時に抜いて、ジョンが踏み込んだ。踏み込みによる加速は、一瞬で間合いを詰める。×字の軌跡を描くジョンのグラビティブレイクが、右腕を捉えた。
「しかし、これはでかいな」
ヴォン! と、右腕が周囲を薙ぎ払う。その仕種は机の上に積もった埃を払う動作と似ているが、範囲が桁外れだ。ジョンは飛び退きながら、童斬貫と陰狼の太刀を構え直す。
「い、一度体勢を立て直しましょう」
リリキスが手中に生じた黒色の魔力弾を右腕へと撃ち込んだ。その間隙に、ユーノが紙兵を前衛へと散布していく。
「も、もう、驚くというか……こ、恐いです……っ」
「それは駄目だなぁ」
ユーノの言葉に楽雲が跳躍し、ズォ! と氷結の螺旋を右腕へと放った。
「ヒーローが、人を笑わせられないなんてあっちゃいけない!」
その真っ直ぐな楽雲の言葉に、真っ向から否定するように右腕はモザイクを周囲へと打ち込んでいった……。
●
奇怪な光景――そう一言で言い表していいのだろうか? 三メートルを超える巨大な右腕が路地で暴れる中、ケルベロス達はそれを包囲するように取り囲んでいく。
「逃がすか」
タタン、と壁を蹴り上がると、ジョンはケルベロス・レッグの靴底にアイゼンを形成、スターゲイザーを繰り出した。突き刺さるアイゼン、右腕が強引に前へと出る。
「させるか――ッ」
タカが雷の霊力を帯びたブラックスライムで槍を作成、一気に右腕へと突き立てた。突き刺さっても、骨まで届かない――それでも、右腕の速度を落とす事に成功した。
「こんにャろゥ!!」
そこへ駆け込んだクラムが後ろ回し蹴り、炎をまとった蹴りが右腕の皮膚を焼き切り、クエレがタックルする!
『――――!!』
「ひ!?」
右手の掌にモザイクが亀裂を走らせ、巨大な口を生み出した。驚きの声を思わず上げるレギンヒルドだったが、大きく軌道がそれてジョンへと右腕が食らいついた。
「大丈夫ですか?」
「フリよ、フリ! 攻撃がそれるかなって!」
優雨の呼びかけに、レギンヒルドは即座に答える。強がりを見逃してあげるだけの優しさが優雨には、ある――それよりも興味深いのは、右腕の行動だ。
(「感情の動きを察知してターゲットを選んでいるのであれば、それは本当に驚きの出来事ですね。ドリームイーターだから当然なのかもしれませんが」)
そもそも、あの右腕はどうやってこちらを感知しているのだろう? 目に当たる器官はもちろん、耳や鼻などはどこにもない。それこそ、悪夢にそんな理論的な思考を求めるのが間違いかもしれないが。
「いきますよ、イチイ」
優雨が高々と飛び上がり、ルーンアックスを振り下ろす。それに合わせ、イチイのブレスが右腕を襲った。
「こ、こっちだって……!」
それに続き、レギンヒルドは光の翼を輝かせ右腕へと突撃する! ドドォ! と豪快な激突音がするが、右腕はレギンヒルドを掌で受け止めていた。
「それはさせません」
右腕がレギンヒルドを握り締めようとした刹那、リリキスの投擲したご奉仕の斬鎌が指先を切り裂いた。丁寧かつ残酷なリリキスのデスサイズシュートに右手の動きが遅れた瞬間、楽雲がエクスカリバールで強引にその指が閉じられないように弾いた。
「その程度か? ん?」
レギンヒルドが着地して逃れたのを見届け、楽雲が挑発する。その挑発に乗って暴れる右腕を見やりながら、ユーノは魔法の木の葉を回せジョンを回復した。
「こ、恐いです、けど……が、頑張ります……!」
「助かる」
杖にしがみつくように震えるユーノに、ジョンは短く言う。気弱だが、ユーノには芯がある。この状況でも逃げないのが、その証拠だろう。
(「厄介な相手ではありますが、勝てない相手ではありません」)
戻ってきたご奉仕の斬鎌の掴み取り、リリキスはそう判断する。その判断は、間違いではない。ケルベロス八人とサーヴァント二体、この数を圧倒的できるほどの力は目の前の右腕にはないのだ。
「……だからと言って、許せませんが――」
リリキスは思う、これが自分達だったからいい。だが、無力な人々に向けられたのだとしたら――どれだけの命が、奪われていただろう? と。リリキスにとって、決して看過できる相手ではなかった。
そして、それは全員にとって同じだった。この右腕を、ここで倒さなくてはならない――だからこそ全員が己の役目を果たし、全力を尽くした。
『――――』
右腕が、動く。それが自分へ向けられたと気付いて、ユーノはびくりと震える。
「い、いや、こっち、来ないで下さ……っ!」
放たれるモザイク――しかしそれに対してユーノが、より正確には精霊イグニスが許さない!
ヒュガ! と空中を滑るように走った炎の槍が放たれたモザイクを貫いて、そのまま右腕へと深々と突き刺さった。身悶える右腕、それを見て震える声でユーノは言った。
「クラム、さん……!」
「任せろ」
クエレのタックルと同時、答えたクラムが一呼吸――そして、歌い始めた。
「――耳を塞いでも無駄だ。内側に留まり籠れ、停滞の歌」
それは未来への一歩を踏み出せないことへの絶望と嘆きを込めた歌――右腕の筋肉が軋み、硬直していく。クラムの『Secular Stagnation』によって喚起される恐怖の感情に囚われた右腕へ、タカがその口を開いた。
「灰塵と化せ!」
ドォ! とドラゴンブレスを一点集中化させた獄竜の息吹が、右腕を飲み込んだ。クラムとタカのドラゴニアン達のコンビネーションに続いて、優雨とイチイが同時に跳んだ。
「――繋ぎます」
優雨の落下速度を利用したスターゲイザーの跳び蹴りと、イチイのブレスが同時に右腕を捉える。ギシリ、と右腕の動きが止まった瞬間、レギンヒルドが動いた。
「此処に戦あり。夜空煌びやか、天に弓を、兵主天神に奉る。これ戦乱終える流星が如く、名を栄光射手(ウルフシャ)、地上の平和の狼煙なり」
右腕の遥か上、空に赤き裂け目が生まれ、そこから赤き光を帯びた流星を地上へと落下する。赤い光の膜により外側へと爆風がこぼれるのを防いでいるが、右腕を巻き込む爆発は苛烈だ。
「うう……」
奮戦極光星空虹霓箒星――その名前と詠唱が恥ずかしいのか、小声で早口に終えレギンヒルドは赤面する。だが、何にせよ右腕へ与えたダメージはレギンヒルドが羞恥を押し殺しただけの価値があった。
「腕のでかさなら負けねえぞ!」
自身の妖力で生み出した巨大な獣の腕で、楽雲は右腕を宙へと打ち上げる。高く高く、天を掴まんとばかり打ち上げられる右腕――その真上に飛び上がり、楽雲は右腕をクラッチした。
そして、そのまま落下する――楽雲の楽雲・螺旋落を真下で待ち構えていたのは、ジョンとリリキスだ。
「終わりにする」
ジョンは刀身を外した陰狼の太刀を持ち光の刀身を形成、リリキスも紫色の焔が包み込む破壊魔剣を構えた。
「驚きを奪いしドリームイーター。貴方の墓標は此処に刻んで差し上げます。奪われる立場に立って、消えなさい! 獄奪・紫焔斬!」
放たれたのは光と紫色の焔による連撃――ジョンの天破鉄槌撃とリリキスの獄奪・紫焔斬が十字に右腕を切り裂く、爆発四散させた……。
●
戦いが終われば、路地には静寂が戻ってくる。
「それでは、後はヒールで回復を――」
「はい、その後で確認してみましょう」
優雨の言葉を継ぐように、リリキスは首肯する。あの右腕が生まれるきっかけとなった子供の安否、それを確認したいのだ。
ヒールでアスファルトや壁の被害を修復すると、彼等はアパートへ向かった。その一室――子供の部屋に明かりがついて、子供の影が動いているのに気付いてユーノがほっと安堵の笑みをこぼした。
「これで、いつもの日常に戻れますよね」
もはや、悪夢の痕跡はどこにも残っていない。あの子供にとっても、ただの一夜の夢で終わるだろう。
それを悟って、改めてケルベロス達は帰路へとついた。悪夢は悪夢、朝が来れば覚めるのが道理だ、その事を彼らは誰よりも知っていた……。
作者:波多野志郎 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年11月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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