和風歌処・歌鈴

作者:遠藤にんし


 表に出していた看板を片付けて、店主――店主『だった』男性は溜息をつく。
「店じまいか……夢ってのは儚いヤツだな」
 看板に書かれた店名は『和風歌処・歌鈴』。
 全体的に和をモチーフとしたカラオケ屋だったのだが、畳敷きで床の間まで備えた部屋を作るコストを回収しきれずに閉店となってしまった。
「やっぱ演歌しか歌えないのがダメだったのか……? いやでも俺は和の良さを骨の髄まで感じて欲しかったんだ……ここは外せなかったはずで……」
 何がダメだったのかと悩み続ける男性の元に姿を見せたのは、第十の魔女・ゲリュオン。
「私のモザイクは晴れないけど――」
 心臓を穿つ鍵が、男性を打ち。
「あなたの後悔、奪わせてもらいましょう」
 意識を失った男性の横、着物姿のドリームイーターが姿を見せる――。
 

「店が潰れた上にドリームイーターに襲われるとは、踏んだり蹴ったりだね」
 独りごちて、冴はケルベロスたちに向き直る。
「『後悔』を奪うドリームイーターによって、一体のドリームイーターが生み出された。新たに生まれたドリームイーターの撃破を、お願いしたい」
 ドリームイーターは現在、店内で客の訪れを待っている最中だ。
「演歌しか歌えない、純和風のカラオケボックス……店に入ってすぐに戦うこともできるが、店のサービスを受けることも可能だ」
 店を利用してあげると、ドリームイーターは満足して戦闘力が減るようだ。
 店内に一般人の姿はなく急ぐ必要もない。なるべく、カラオケを利用してから戦闘に入った方がよいだろう。
「無念をこんな形で利用するのは許せないことだ。何としても、このドリームイーターを倒してほしい」
 冴の言葉に、小瀬・アキヒトもうなずくのだった。


参加者
星黎殿・ユル(聖絶パラディオン・e00347)
御籠・菊狸(水鏡・e00402)
ネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)
平坂・サヤ(こととい・e01301)
サクラ・チェリーフィールド(四季天の春・e04412)
カシオペア・ネレイス(秘密結社オリュンポスメイド長・e23468)
真神・小鞠(ウェアライダーの鹵獲術士・e26887)
上里・藤(レッドデータ・e27726)

■リプレイ


 開店から店じまいまでが早かったのか、店内の畳は青々として美しかった。
「あれっ、お団子が食べたくなる内装……!」
 浴衣姿の御籠・菊狸(水鏡・e00402)はきょろきょろ辺りを見回しつつ、カラオケボックスの一室へと入る。
「お好きな方は嵌まりそですねえ」
 大正モダンな平坂・サヤ(こととい・e01301)は言いながらも持ち込んだほうじ茶やお菓子を机上に並べて準備万端。
 ネロ・ダハーカ(マグメルの柩・e00662)は、白いレースの羽織を片手で押さえつつもう片方の手でほうじ茶を湯呑に注ぎ入れる。
「ふふ、ちょっと今風な感じだろう?」
 京紫の着物と白の羽織の対比は美しく、上里・藤(レッドデータ・e27726)は思わず見惚れてしまいそうになる――ぶんぶん頭を振って、藤は初めに宣言。
「俺、演歌ほとんど歌えません!」
「小鞠もあんまり知らないけど……知ってるうた、あるかな?」
 真神・小鞠(ウェアライダーの鹵獲術士・e26887)も言いつつ、有名な演歌曲をいくつかセレクト。
 小鞠の演歌は歌い慣れているわけでも、上手なわけでもない。
 しかし、小さな手でマイクをぎゅっと握って、一生懸命に歌う姿はたまらなく愛らしい。
 小さく体を揺らして手拍子を添えるサクラ・チェリーフィールド(四季天の春・e04412)も、ほんわかとした微笑で小鞠の歌を聞いていた。
 サクラの歌声は地獄の中。それでも風変わりな店で仲間と過ごすひとときは、サクラの胸に温もりを寄せた。
 エクレールも座布団の上にちょこんと座って、小鞠の歌が終わると翼をはためかせて拍手に代える。
「はーい、それじゃあボクも歌わせて貰うね」
 続いてマイクを手にしたのは星黎殿・ユル(聖絶パラディオン・e00347)。歌うのは、有名な木こりのあの歌だ。
 長い青の髪、豊かな体の上の着流しをひらりひらりと揺らしながら、ユルの歌声が響く。歌が終わると同時に目の前に置かれたお団子は、藤が注文したものだ。
「これ、食べてくださいっす!」
「ありがとう、頂くね」
 ユルはお団子とお茶に舌鼓を打ち、菊狸は端末を逆さにして首を傾げる。
「これどうやってどうやるの?? わっかんないぞ!」
 むむっとほっぺを膨らませる菊狸だが、不機嫌は小太鼓の発見により上機嫌に転化。
 ぽこぽこ太鼓を叩く中、すっくと立ち上がったのはカシオペア・ネレイス(秘密結社オリュンポスメイド長・e23468)。
「では、気分転換も兼ねて」
 秘密結社の主の趣味もあって、カシオペアは演歌は得意。
 カシオペアの歌声は『気分転換』という言葉からは思いもよらないほどに熱情に満ち溢れている――情感たっぷりな歌声に、一同は揃って溜息をつくのだった。


「鞠緒は着物も似合うな」
 蔓薔薇を描いた友禅の振袖を纏う鞠緒を見ていた陣内は、床の間に飾られた掛け軸におやと瞠目する。
「ちょっと? 凝り過ぎて投資した分を回収出来なかったのは残念だけど……和の心は良いものだよね」
 ユルから端末を受け取った鞠緒は、かつての特訓の成果をと心を込めて歌を紡ぐ。
「……心に響く和の歌、お聞かせ出来たかしら?」
「さすがのプロ根性だ」
 飲み物を差し出そうと、陣内は痺れた足もおかまいなしに立ち上がろうとする――だが、そこに容赦なくじゃれつくのは猫。
 呻きと共に転倒する陣内に驚き顔を浮かべるのはサクラ、笑い声を上げるのは鞠緒。
「演歌ででゅえっともアリでしょーか」
 サヤの呼びかけに応じるのはネロ。
 艶を出せるほど成熟してはいなくても、豊かな想いを乗せた声が重なる瞬間は美しい。
 曲の盛り上がりに合わせて手拍子を促せば、ケルベロス達の手拍子が重なる――藤は扇子を片手に立ち上がり、オタ芸を打って歓声を浴びる。
「実利的な面もあるけど、楽しいね」
「んむっ! からおけは楽しい場所、おぼえたぞ!」
 不意にこぼれたユルの言葉に菊狸は力いっぱいうなずいて、膝の上のエクレールを撫でるサクラもふわりとうなずく。
 小鞠もにこにこ楽しそうに簡単なフレーズを口ずさみ、楽しい時間は過ぎていく。
 ――歌が終わって拍手が引き、さて、とカシオペアは立ち上がる。
「気分転換も済ませたところですね」
 カシオペア、続いて襖へと視線を移すネロの手にはドラゴニックハンマー。
「さて、本番と往こうか」
 襖を大きく開き、そしてケルベロスたちは動き出す。


 着物姿のモザイク姿、ドリームイーターへと真っ先に肉薄したのは小鞠だった。
「店長さん、小鞠たちね、すごく楽しかったよ。いっぱいいっぱい歌ったよ」
 囁きと共に放ったのはオオカミの鋭さを持つ蹴りの一撃。
 良いと思ったものが認めてもらえないのはきっと寂しいことだったはず。
 その想いが少しでも晴れたなら……思う小鞠の元へと届くドリームイーターの攻撃は、クラッシャーという位置にいるとは思えないほどに弱い。
「ちょっとだけ後悔が癒えたのかな」
 小鞠の声に混じるのは安堵。飛び散る星々の中、楽しかったという言葉を裏付けるかのようにこぶしの効いた鞠緒の歌が響く。
「耳を塞いでも無駄。種の魂を苛む歌だから……」
 演歌アレンジの『いま星の魂を、』に、畳を懐かしむように丸まっていたヴェクサシオンも翼を広げて急行した。
「此岸に憾みし山羊に一夜の添い臥しを、彼岸に航りし仔羊に永久の朝を、」
 告げる言葉はネロのもの――ドリームイーターの姿が歪曲し、存在そのものを捻り潰さんと術式が暴れる。
「――疾く終わらせて、悪い夢は消してしまわねば、ね!」
『悪い夢』……その言葉に一瞬目を伏せた藤は、しかし口元に力を込めて戦場に立つ。
 その横を軽やかに駆け抜けたのは、サヤだ。
「このお店はおまえのじゃないんですよ」
 濃紺の軌跡を描くのはサヤのエアシューズ『星標』。瞬く流星は瞳の色にも似て、それが消える寸前には菊にも似た幻影が重なった。
「さあ。お前の恨み辛み、苛立ちを臓腑ひっくり返して吐き出せ。少しは楽になるだろう」
 挑むような声は陣内のもの――モザイクの魔手は、幻影を握り潰すかのように虚空をさまよった。
 流星が、菊の幻影が粒子にも似た散り方で消える――ヴェクサシオンと猫の生んだ風が、それらをかき回して消失させていた。
 着物の袖を盛大にまくり上げた菊狸の手にはゲシュタルトグレイブ。勢いよく突きだせば、ドリームイーターの着物が大きく引き裂かれてモザイクの胸があらわになった。
「我が魔力、汝、救国の聖女たる御身に捧げ、其の戦旗を以て、我等が軍へ、勝利の栄光を齎さん!」
 ユルの声に応じるように、聖女のエネルギー体が出現する。
 皆を鼓舞するかのように振るわれた旗――力を得て、ケルベロス達は改めてドリームイーターと対峙する。
 サクラの縛霊手『花霞』から溢れる紙片も花弁に似て色付き、雷の力を注いで飛び回るエクレールの火花と相まってどこか幻想的だった。
 和の雰囲気のあるメイド装束の裾を広げてカシオペアもドリームイーターに接近、ゲシュタルトグレイブによる容赦ない一撃をお見舞いする。
 藤は星座の力を仲間の守りのために使った。赤茶けた瞳は自身のゾディアックソードの軌道と、深い傷を負うことなく戦う仲間へと向けられている。
「誰も、倒れさせないっすよ……!」
 後方に位置するからこそ出来る仕事があるはず……藤は注意深く戦況を見つめ、星座の輝きでケルベロスたちを守った。


「後悔も未練も、すくない方がよろしーのですよ」
 一人ごちるサヤの指先にはあえかな光。集った『死の可能性』を指に灯し、サヤは薄く笑んでいた。
「――ようこそ」
 差し出されたてのひらは空か、あるいは――大きく傾ぐドリームイーターの目の前で、サクラは自身の喉をひとつ撫でる。
「今ならちゃんと歌えますね。演歌を歌ったことは残念ながらないのですけれど」
 でも、演歌なら先ほどまでたくさん聴いていた。
 滲む地獄は紫の刃。滾る刃の灼熱とエクレールの吐いたブレスの熱が混ざりあい、サクラを中心に陽炎が揺らめいていた。
「聞いて、見て、触れて、受け止めて」
 揺らめく不可視の刃――直線だったはずのものが歪曲し、軌道を読むことも出来ないままにドリームイーターは翻弄されてしまう。
「――リミッター解除」
 カシオペアの言葉は、荒れ狂う戦場の中ですら不思議と通る。
「”TERA”による殲滅を実行します」
 戦場を取り巻く何もかもを呑み込むようなエネルギー光線の射出。
 海から這い出た魔物のように、それは荒々しくドリームイーターの存在を蹂躙した。
「そろそろほんとの店長さんのところに戻ってあげてね」
 ドリームイーターに接近した小鞠はそう言ってから。
「小鞠必殺、肉球ぱんち!」
 べちん! と思いっきり引っぱたく。
 体は小さくてもケルベロス、威力は計り知れないものがあり、ドリームイーターはひるんだ様子で動きを止めてしまう。
「隙だらけっすよ……!」
 告げる藤が手にしているのは、己のケルベロスカード。
 ドリームイーターの攻撃力がさほどではないため、回復手は小瀬・アキヒト(オラトリオのウィッチドクター・en0058)だけでも何とかなっている。
 ならば攻撃に転化する時と、藤は手中のケルベロスカードを握り潰す。
「畏れろ」
 呼び出された水は、『群体』と呼びたくなるほどに生き物めいた動きを見せる。
 蛇か、海獣か、あるいは水に棲む水神か――大きくうねるその存在は、ドリームイーターへと巨大質量を叩きつけた。
 星降る金符からはとめどなく炎が溢れ、ドリームイーターを包み込んで離さない。
 ユルは自らの生んだ炎を見つめ、青く燃えるそれに顔の半分を照らされていた。
「こーるはなくてもだいじょぶだなっ」
 回復は十分だと判断し、菊狸は魂を喰らう拳をドリームイーターに叩きこむ。
 菊狸の拳を受けて潰れたモザイク……反撃で食らいつくドリームイーターは菊狸に重いダメージを与えるが、それは大きな問題ではない。
「そろそろ終いだな」
 竜の力を噴き出すハンマーを、ネロは大きく振りかぶり。
 叩き潰した後には、何も残ってはいなかった。

「こんな機会での利用になってしまったけれど、とても愉しませて頂いたよ」
 意識を取り戻した店主へと言葉を残し、ネロはその場を後にする。
「後悔を晴らしたら、また次に進めるとよろしーですねえ」
 のんびりとしたサヤの言葉に、藤はうなずいて店を一度だけ振り返った。
 ドリームイーター、『夢を喰う』者……その在り方に想いを馳せるのは、ユルも同じ。
「未だ現れない魔女も含めてパッチワーク達の目的って何なんだろうね」
 つぶやきに、カシオペアは何も答えることができない。
 微かに落ちる沈黙の後、口を開いたのは菊狸。
「あんみつとか色々食べたくなる危険空間だった……」
 そんな言葉に良い意味で緊張が抜けて、サクラはエクレールの背中を撫でる。
「どこかに食べに行きましょうか」
 提案に、小鞠もぱあっと顔を輝かせる。
 ――抱える思いはそれぞれに。
 だとしても、勝利の達成感は誰の胸にも平等だった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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