アポロン暗殺作戦~陽よ、沈め

作者:天草千々

「山間部で頻発していた飢餓状態のローカスト事件が無事解決したことは聞き及んでいると思う。そしてその後の有志の調査で、より大きな成果が得られた」
 御子神・宵一(e02829)たち多くのケルベロスの調査は、ついに太陽神アポロンとローカスト残党の拠点を突き止めるに至ったのだ、と島原・しらせ(ヘリオライダーガール・en0083)は告げた。
 その地ではアポロンが座する急ごしらえの神殿を、有力氏族たちが固めるよう周辺に布陣している。
 しかしグラビティ・チェインの枯渇のためか、その警備は水も漏らさぬとはお世辞にも言えない状況だと言う。
「ゆえに神殿に強襲をかけ、アポロンを暗殺することは充分に可能だと私たちは結論した――彼の死によって黙示録騎蝗(ローカスト・ウォー)は終わりを告げ、彼らの組織も今度こそ瓦解することだろう」
 その為には神殿から目を反らすための有力氏族への陽動、神殿周辺及び内部に存在するであろう護衛の排除、そしてアポロン暗殺の三つをなしとげねばならない。
 これは多数のケルベロスが参加する大規模作戦だと伝えて、しらせは本題に入る。
「ここに集まった皆が担当するのは本作戦の最重要目標、太陽神アポロンの暗殺だ」
 先に告げた通り神殿周辺、内部、そして『アポロンの間』の扉には護衛のローカスト、それも相応に強力な者たちが存在すると予想されている。
 対決は不可避だが、彼らはともに神殿へ突入する別チームが排除を行う手はずだ。
 暗殺部隊の敵はアポロンただ1人、30対1の戦いになる。
「アポロンを倒せなければ今までの調査も、皆の道をひらくための戦いも、全ての努力が泡と消える、責任は極めて重大だ。それを肝に銘じ、作戦遂行を第一に行動してほしい」
 とは言え有力氏族の陽動や、神殿護衛の排除が万事上手くいくとは限らない。
 相手に援軍が来る可能性も考慮し、対応できるようにしておく必要はあるだろう。
「アポロンだが、黙示録騎蝗を指示した神としての印象は忘れたほうがいい。個体としての彼は抜きんでて強力なローカストの戦士だ」
 それこそ統合王ジューダスや阿修羅クワガタさんに劣ることは決してない、と厳しい表情でしらせは注意を促し、詳細な説明を続けた。
「使用するグラビティはサソリの尾に似た『槍』による単体攻撃、付き従えるイナゴの群れによるドレイン効果を持った複数対象への攻撃、ヒール――そして大きな懸念が、複数対象に向けたアポロンの『声』による音波攻撃だ」
 単純な威力だけを見れば他に一歩を譲るが、そのグラビティがもたらす影響が分からなかったのだ、と無念そうに少女は詫びた。
「決して容易い戦いにはならないだろう、作戦が万事うまく運べば勝算は充分だが……悪くすれば綱渡りだ」
 最後に結果を分けるのは決意と覚悟になるかもしれない、と感情を押し殺した声で言って、しらせは額に張り付いた前髪を払った。
 ふっと息を吐いたあと、しばし無言の時間が続く。
 語るべきことはもう多くないのだと誰もが悟った。
「――ローカストの境遇に関しては皆それぞれ思うところもあるかと思う。だが、何にせよここでアポロンを倒せなければ、彼らの滅亡まで戦いが続くことは間違いない」
 言い終えたしらせは資料を閉じて、姿勢を正した。
 居並ぶケルベロスたち、自らが戦地へと連れていくそのひとりひとりを確かに記憶するように視線を巡らせて、ヘリオライダーの少女は大きく息を吸いこむ。
「落日のときだ! かの神を鎖につなぎ、太陽を天から引きずりおろそう!」


参加者
鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023)
写譜麗春・在宅聖生救世主(誰が為に麗春の花は歌を唄う・e00309)
大弓・言葉(ナチュラル擬態少女・e00431)
リーフ・グランバニア(サザンクロスドラグーン・e00610)
シル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)
雨月・シエラ(ファントムペイン・e00749)
黒鳥・氷雨(何でも屋・e00942)
卯京・若雪(花雪・e01967)
燈家・陽葉(光響凍て・e02459)
森沢・志成(半人前ケルベロス・e02572)
御子神・宵一(御先稲荷・e02829)
レーン・レーン(蒼鱗水龍・e02990)
皇・絶華(影月・e04491)
ラプチャー・デナイザ(真実の愛を求道する者・e04713)
試作機・庚(試作戦闘機・e05126)
柳橋・史仁(黒夜の仄光・e05969)
サイファ・クロード(零・e06460)
嘩桜・炎酒(星屑天象儀・e07249)
フォルトゥナ・コリス(運命の輪・e07602)
フローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)
火倶利・ひなみく(フルストレートフルハート・e10573)
四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)
花露・梅(はなすい・e11172)
風音・和奈(固定制圧砲台・e13744)
ランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)
リミカ・ブラックサムラ(アンブレイカブルハート・e16628)
氷鏡・緋桜(矛盾を背負う緋き悪魔・e18103)
ポネシー・シンポル(情けは巡る・e23805)
ゲリン・ユルドゥス(白翼橙星・e25246)
ラグナシセロ・リズ(レストインピース・e28503)

■リプレイ

●陽よ、沈め
「ダメ、繋がる気配なしだよ」
「アイズフォンも圏外ですわ、連絡は声と足頼みになりますわね」
 神殿突入前に無線での伝達を試みていたシル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)が仲間たちへ伝え、レーン・レーン(蒼鱗水龍・e02990)も首を振る。
「敵の拠点だ、そういうこともあるだろう」
 用意した仕掛けが無駄になったと聞いても皇・絶華(影月・e04491)に落胆はなかった。
「為すべきことに変わりはない」
「そうだね、行こう」
 先陣を切る仲間たちから突入の合図が出たのを受け、シルたちは会話を切り上げた。

「――さすが、みんな覚悟が違うね」
 見張りの一団をたちどころに打ち倒した手際に風音・和奈(固定制圧砲台・e13744)が感嘆の声をあげた。
 先鋒は転じて拓いた道を守る殿を務める、追い抜き際に手ぶりで短く感謝を伝え和奈は仲間に続いて駆けていく。
「急ごう、私たちも行かなきゃ彼らが動けない」
 列の最後方、雨月・シエラ(ファントムペイン・e00749)は、退路を記憶するように視線を巡らせる四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)に声をかける。
「――ああ」
 最年少の少女は見た目に似合わぬ落ち着いた声で答えると、遅れを取り戻すように速度を上げた、その背に声が追いかけてくる。
「グッドラック!」
「頼む、出来るだけ時間を稼いでくれ」
「時間を稼ぐのはええけど――」
 仲間の言葉に返されたユーモアに、シエラはわずかに口元をゆるめた。

 神殿内部を守るイクソス・アーミーたちとの戦い。
 部下の波に隠れるように動くイクソス・カーネルに手を焼く仲間に、戦況を見つめていたフォルトゥナ・コリス(運命の輪・e07602)が口を開く。
「加勢に入りましょう」
「……確かにそのほうが良さそうだ、皆良いか?」
 勝利を疑う気は無かったが、あいにくと時間には限りがあった。
 ドワーフにしては長身の柳橋・史仁(黒夜の仄光・e05969)が同意を示し、増援への最初の対応を担う同班の3人も頷いた。
「でしたら私たちが参ります、ここで消耗するのは危険では?」
 こちらは増援への最後の盾を務めることになっているフローネ・グラネット(紫水晶の盾・e09983)の訴えに、しかし2人は首を振った。
「いや、少しの助けで均衡は崩せるだろう。さして苦労もないはずだ」
「攻め手なら私たちのほうが向いていますしね」
 フォルトゥナたちが攻撃的な編成に対して、フローネたちはバランス重視だ。
 今問題となっているのは時間だ、どちらにも理があるのならば議論を続けるべきではない、フローネが結論するのは早かった。
「――お任せします」
「では、行きます」
「先陣は任せてもらおう」
 タイミングを測って史仁に続いて4人が切り込む。
 見立て通りそれを機に形勢はすぐに傾いていった。

 神殿最奥のアポロンの間へと続く扉での戦いもまた、決して容易くはなかった。
 敵は見上げるほどの巨体を持つローカスト、ダイオーグ。
 見た目通りのしぶとさを誇る相手に、のちの猶予を稼ぐべく決着を急いだ仲間たちだったが敵も甘くはなかった。
 それでも彼らの意志は弾き返されることなく見事に壁を貫いた。
「これが俺のローカストキックッ!! 同胞の技で逝ケェェェッッ!!」
 きらめく一筋の流星と化したククロイが神殿最後の砦を打ち砕く。
「――お見事」
 激闘をじっと見守っていた卯京・若雪(花雪・e01967)が小さく漏らす。
 この尽力を決して無駄には出来まい、次は自分たちの番だと静かに気持ちは高ぶる。
「さぁ俺たちの番だ!」
「ええ」
 つい大きくなる声で彼らの健闘を称え、皆は掲げられた掌を掌で打ち鳴らし、突き出された拳と拳を合わせて神の座す間へと踏み込んでいく。
「道は開いた。神をも打ち倒し、終わりにして来い!」
「――うん、行ってくるよ」
 扉の脇に立った恭平の言葉に頷き、小さな拳をあわせて燈家・陽葉(光響凍て・e02459)は仲間へと小走りで続いた。
 30人全てが中へと入ったのを確かめ、扉をゆっくりと動かす。
「この場は出来る限り死守します――みなさんもどうかご無事で」
 最後にレインの言葉を受けて扉は閉ざされた――必ずここを全員でまたくぐるのだ、決意を新たにケルベロスたちは神殿の奥へと顔を向けた。

 そこは、今までの戦いが別世界の出来事だったかのように静けさに満ちていた。
 簡素ではあっても乱雑ではない、明確な様式によってつくられた場。
 地球上に存在するそのどれとも違う、けれど確かに『信仰』を感じさせる空間。
 だがそれを捧げられた神に対しては、敬意を払うべきいかなる理由もケルベロスたちは見出すことはできなかった。
 視線の先、玉座に腰を下ろしているのは太陽神アポロン。
「――揃いも揃って無能どもめ、朕の神殿にまで下等なケルベロスの侵入を許すとは! であえであえ、この不届きものたちを排除せよ!」
 神のヒステリックな声は壁で跳ね、そしてむなしく消えていった。
「誰も来られないデスよ、私たちがここにいる意味が分からないデスか」
「すぐそこでコイツの為に散った奴もいるってのにな」
 試作機・庚(試作戦闘機・e05126)は淡々と、氷鏡・緋桜(矛盾を背負う緋き悪魔・e18103)は神の無関心にそういうものかと考えつつ一歩を進め、陣を敷く。
「呑気と言うかまぁ、つくづく困った方ですね」
「有能な敵より無能な――なんて言うけど、それが神様なんだからローカストも気の毒よ」
 普段と変わらぬのんびりとしたポネシー・シンポル(情けは巡る・e23805)の感想に対し、大弓・言葉(ナチュラル擬態少女・e00431)には見た目にそぐわぬ棘があった。
 それに深く頷き、リーフ・グランバニア(サザンクロスドラグーン・e00610)は身にまとう黒いオウガメタルへと視線を向けた。
 倒してきたものたちの影をそこに見て、赤の瞳が炎と燃える。
「覚えてもいないだろうが、散っていったローカストたちに代わり言上しよう――貴様のような神はいらぬ、と」
「――それじゃあ挨拶なしで悪いけど、地球とローカストの為に、死んでくれる?」
 同じく憤りを秘めたサイファ・クロード(零・e06460)の言葉が区切りとなり、投げかけられた言葉に、ギチリと舌打ちするように太陽神は顎を鳴らした。
「神に向かって暴言の数々、後悔させてやろう」
 玉座から腰を上げたアポロンの体がまばゆい輝きを放つ。
 全身から生じた陽光に似たそれは右腕へと集まり、直視することが難しいほどに強くなって、アポロンが持つ剣へと注ぎ込まれた。
 晩秋を過ぎた季節の屋内で、陽炎立つほどの熱がケルベロスたちの額に汗をかかせ、背中に冷たいものを覚えさせる。
「この光、ここを見つけた時の爆発と同じだよ!」
 火倶利・ひなみく(フルストレートフルハート・e10573)が警告する。
 危険だ、それは分かる。だが、どうすればいい?
 仲間たちを光から自らの影へかばうようにディフェンダーたちが前へと出る、出来たことと言えばそれくらいだった。
「朕はアポロン、『太陽神アポロン』なり! 受けよ、太陽の一撃! 神罰覿面!」
 止める間もなく剣が振り下ろされる。
 まぶたを閉じていてもはっきりと感じ取れる光と熱の奔流が、何もかもを飲み込んで世界は白に塗りつぶされた。

●白日
「――
 ――――
 ――――――!」
 誰かの声が遠く聞こえる。気づけば壁が顔の横にあった。
(「あれ?」)
 地面に倒れているのだとゲリン・ユルドゥス(白翼橙星・e25246)が理解するまでには数秒を要した。
 白一色からゆっくりと色彩と輪郭を取り戻していく視界で、仲間たちの姿が像を結ぶ。
(「――立たなくっちゃ!」)
 そう『仲間』だ。
 その言葉を意識した途端、意識が急速に覚醒へと向かう、だが体は鉛のように重かった。
(「立つんだよ!」)
 意志が小さな言葉となって外へ出れば、魂は体を無理やりに引き起こした。
 立ち上がったゲリンは仲間の姿を確かめて被害の大きさに愕然とした。
「――サーヴァントたちが」
 小さな従者はどこにもいない。
 ケルベロスたちも自分の足で立っているのは3分の1程度、多くがディフェンダーの影に守られたものだ。
 他の多くは身を折り膝をつき、ゲリンと同じように倒れた体をなんとか立ち上がらせようとしてさえいた。
 いずれも多くの戦いを重ねてきた者たちだ、その経験が問いを投げかけてくる。
 ただの一振りただの一撃でこの惨状――これで、どうやって戦いになると言うのだ?
 勇気と無謀は異なるものだ、そしてそれを知ればこそ戦慄を覚える。
「……勝ちをゆずって貰いにきたわけじゃない」
 内なる問いへ、鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023)が最初の声をあげた。
 明るい燈の瞳で真っすぐ前を見据える少年は恐れを知らないわけではない、だからこそそれを乗り越えてきた強さがあった。
 ファミリアロッドのアカが主人の言葉に小さく頷いて、武器としての姿を取る。
「戦う覚悟は出来ているさ」
 それを強く握りしめて、ヒノトは続けた。
 そう、自分たちはなにも保証された結果をただ受け取りに来たわけではない。
「わたくしたちは戦ってつかみ取るために来たのです!」
「――そうです、この身命を賭して」
 その可能性を、その先に続く未来を勝ち取るためにここへ来たのだ。
 小さな少女、花露・梅(はなすい・e11172)に続いて、輝く羽を震わせてラグナシセロ・リズ(レストインピース・e28503)が声をあげた。
 ああ、そうだと同意の声があちこちから上がる。
 命に代えても、とは誰も言わない。
 あるいは暴走の果てに自らを投げ出すことになるかもしれない。それでも無益な争いを止めるために来た者たちが、自らの命だけを安く見積もるはずも無かった。
「ま、『多少の』怪我は承知の上、ってな」
 スーツを払いながら黒鳥・氷雨(何でも屋・e00942)が、傷の痛みも相棒が倒れた動揺も感じさせない軽い様子で笑みを浮かべる。
 言葉はそれぞれが自身に向ける叱咤であり、仲間の手を引いて立たせる激励だった。
 誰の闘志もまだ折れてはいない、全てを尽くさず諦めるなどありえない。
「――朕の太陽を浴びて何故生きている? 誰が生き残ることを許したか! 神の名において命じる、今すぐ死ね!」
 反攻の気配を察したように神の命が下される、それは心に燃える炎を煽るだけだった。
「それで誰が『ハイ分かりました』言うと思っとるんや」
「まったく頭が痛くなってくるでござるな」
 嘩桜・炎酒(星屑天象儀・e07249)が呆れたように凶悪な笑みを浮かべ、ラプチャー・デナイザ(真実の愛を求道する者・e04713)は眼鏡の奥で目を細めた。
「あの世で阿修羅のオッサンが待ってるぜ神さンよォ!」
「今日で黙示録騎蝗も終わりロボ!」
 高まる闘志を抑えられないとランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)が牙をむいて吼え、リミカ・ブラックサムラ(アンブレイカブルハート・e16628)が拳を握る。
「ここは! この星は! 私達の領域! 六代目アルタクセルクセスが思い通りにはさせない!」
 エインヘリアルの将に続いてローカストの神、彼らと縁持つ先祖とは何者だったのか。
 疑念は尽きなくとも戦う決意は定まっている。
 構えた妖精弓に時空凍結弾を精製しながら、写譜麗春・在宅聖生救世主(誰が為に麗春の花は歌を唄う・e00309)は凛とした声で告げた。
「――行くよ、ガルド流拠点防衛術っ!!」
 放たれた矢のように番犬たちは太陽に牙を突き立てんと駆けだした。

 先駆けはラプチャーが務めた。
「神は要らぬ、人は自分達で歩くものなのでござるよ」
 独特の雰囲気を持つ青年はおどけた様子を引っ込め、星の軌跡を描くと太陽に確かな一撃を届かせる。
「これ以上僕たちの街も、家族も――哀れなローカストも犠牲にはさせない!」
 続いて森沢・志成(半人前ケルベロス・e02572)が、スターサンクチュアリで仲間たちの傷を癒す――まずは一刻も早く態勢を整えなくてはならない。
 一方で前衛はアポロンへと殺到した。
 それは相手に余裕を与えないというのに加え、あれほどの一撃を間近の目標へ放てばアポロン自身も無事では済むまいという目論見もあった。
「――まぁ、そんな細かいところを考えるとは思えない奴デス、が!」
「レプリフォースを代表して、盾を務めあげませんとね」
「あれしきの攻撃で、私たちのココロは折れないと教えてあげます!」
 空気を震わせる庚の裂帛の叫びに、全身から青いオーラを沸き立たせたレーンの紙兵散布が続き、フローネが掲げた盾にアメジスト・ヴェールを展開した。
 自分たちより倍も大きい敵にも怯まず、レプリカントの娘たちは三者三様の決意でもって対峙する。
「……捉えました」
 ゆらり仲間の間を縫って踏み込んだ御子神・宵一(御先稲荷・e02829)の斬霊刀がアポロンの胸に深々と傷を刻み込む。
 ――猛る神、祟る神、確かにそういった存在もある。
 だが果たして自ら民を滅びへと導き、そうあれと命ずるものを神と呼んでいいものか?
 狐耳の青年はそれを見極めんと神の振る舞いに視線を送る。
「おのれ朕に傷を……! 汝ら、神に弓を引くことなかれ!」
 アポロンの口から発せられた音の波が、ケルベロスたちの身を叩く。
「――さっきの攻撃じゃないよ!」
 それに歯を食いしばって対抗しながらひなみくは叫ぶ。
 意図を伝えるのには短い言葉で十分だった。
 アポロンに手加減する理由はなく戦いを楽しむような性格とも思えない。
 ならば先の一撃は『使えない』のだろう。
 恐らくさしもの神であっても連発は出来ない攻撃と言うことだ。
 次が5分後か10分後かは分からないが猶予はある。
 ――だがまずは今受けた攻撃、詳細不明のグラビティへの対処だ。
 狙われたのは後衛、傷の深いディフェンダーたちがいる前衛ではなく、こちらを目標としたのには意味があるはずだ。
 答えはすぐに晒された。
「きゃっ!」
「分身だと……!」
 アポロンの体にちらつく幻影が生じ、サイコフォースの爆発が言葉の背で弾けた。
 螺旋忍者と地球人の技がローカストの神に扱えようはずもない。
「――やはり、催眠か!」
「早くキュアを!」
 声があがるころには、梅も陽葉も正気を取り戻している。
「フハハハハハハ! 絶対制御の鍵たる朕の『声』を持ってすれば、コードを持たぬものとてこの程度は造作もないわ!」
 にわかに対処に追われる姿に神が笑い声をあげる。
 娘たちは瞬きしたあと、恥辱に顔を赤くしてアポロンをにらみつけた。
「――詐欺師の手口だぜ、デカい口叩きやがって」
 そこへつまらない手品でも見せられた、とばかりに氷雨が冷水をぶっかける。
「特に変わったグラビティには思えねえ、単にポジションの恩恵だろ」
「試行回数が増えれば稀な事態も起きるもの――今のは1回の10連ガチャでSSRが3つ来たようなものでござろう」
 敢えて卑近な例を挙げてラプチャーが神の威光を地に落とす。
 タネが割れれば対処が簡単というものではない、氷雨たちもそれは承知だったが困った顔をしてやるのは業腹だ。
「刃の間合いを意識しないわけではない、それでいて距離を取りたがる――」
 炎を引いた斬狼の蹴りを見舞った絶華に続いて、攻撃の為に場所を譲った庚と言葉が、再び間合いを潰しながら、推測を補強する。
「前衛にしては、圧力を感じないデスよ」
「逃げが中途半端、後衛じゃないわ! そんな繊細な感じもないし」
 もちろん中衛というだけならキャスターの可能性も残る、しかし。
「複数相手の催眠、最大限に活かすんならジャマーが妥当やね」
(「――ついでにドレインも考えれば、やけど」)
 情報面での優位を伏せつつ、炎酒が最後のピースをはめた。
 憤りを覚えようと怒りに目を曇らせるものはいない、事前に重ねられるだけの検討は重ねてきたのだ。脅威は十分に認識している。
「早速切り札を見せ切ったんじゃないか、アポロン」
「もしそうなら、このままとっとと殴り倒すぜ!」
「おのれこの不心得者どもめ!」
 ヒノトのゼログラビトンの光弾に間髪おかず叩き込まれた緋桜の達人の一撃に、アポロンが不愉快そうに短く吠える。
 少年たちの言葉は不確定要素が取り除かれたことを確認する意味もあった。
 そう、いまや戦場は全て理解のうちにおさまっている。
「では、落ち着いて対処していきましょう」
「――誓約を司りし神々よ、我らに勝機を与え給え」
 ポネシーのやわらかなバトルオーラが梅の傷を癒して催眠の影響を取り除く。
 武器を掲げたラグナシセロの誓願に、それをつかみ取らんと仲間たちが続いた。
「与えられなくても、勝ってみせるよ!」
「天命は下った! 飢饉の蝗、死すべし……!」
 史仁がバトルオーラの癒しをゲリンに向け、続いたリーフとシル2人のゾディアックソードが、神殿の床に小さな宇宙を描きだす。
「魔力の呪詛と超高熱、全部混ぜ込んでぶつけてやるよ!」
 和奈のMeltStigmaGatlingに続き、高く轟く音を立てたのはシエラのドラゴニックハンマー。砲弾の雨が割った人の波を剣士が駆け抜けた。
「どうか、加護を」
「この空に、黒太陽はいらない!」
 若雪の刃が黄金の神に突き立てられれば小さな花が甲殻の上で咲き、高々と飛び上がったフォルトゥナの輝くルーンアックスの刃がそれを払おうとした太陽神の腕に大きく火花を散らす。
「この空間を支配するのは私……おまえに自由は与えない……」
「デカイ一撃、期待してるよ!」
 千里は『千鬼流 肆ノ型』で盾となり矛となる仲間たちを支え、サイファのブレイブマインの爆風が文字通り背中を押した。
「神様がなんだ太陽がなんだ! 戦うって、守るって、決めたんだ!」
(「何があっても――!」)
 他の仲間と同じく、ひなみくに相棒の消失を嘆く時間はなかった。
 ただただ、サーヴァントたちの分まで戦い抜くという意志を込めた時空凍結弾が、奪われた梅の術をアポロンから引きはがす。
「みんながアポロンの太陽に負けないように、歌うよ!」
 ゲリンの橙星の子守唄は、そんな決意に燃える仲間の心を優しく撫でるように響き渡る、誰かを守りたいとおもう気持ちを守るように、それらが道に迷わないように。
 揺れる純白と橙色の星にならって、太陽神を取り囲んでの戦舞が始まった。
 舞の中心はゆずっても、主導権は渡すまいと番犬たちは技巧を尽くす。

●マガツヒ
 踊る、踊る、回る、回る。
 ランドルフのクイックドロウが火を噴き、炎酒が低く流星となる。
「地球から見た太陽ってね、必ず沈むものよ!」
 言葉が他のオラトリオたちに続いて放った時空凍結弾が、剣で跳ねて高い音を立てた。
「いかにも地を這う者の言よ! 見えずとも太陽は輝ぬあっ!」
「ビンゴだ」
 弾丸で勝ち誇るアポロンの顔をのけ反らせた氷雨がふっと笑う。
 密かにいけ好かない神の面に一撃を食らわせようと狙っていた者たちから、歓声と先を越された無念が漏れる。
「……皆の怒りのほどが知れるロボ」
 その数の多さに小さく漏らして、リミカが踏み込む。射貫くような直蹴りの旋刃脚は、足裏にあてられた槍の石突で反らされた。
「おのれ天顔に礫をぶつけるとは、万死に値するぞ!」
「弾丸を礫とはまた豪気な……いけない、気をつけて」
 低い、唸るような音に気付いたポネシーが彼にしては切迫した声で警告する。
 直後アポロンの背から染み出すように黒い霞――飛蝗の群れが飛び出してきた。
「く、止まりなさい、わたくしを無視するなど……!」
「この、触るだけ触って、逃げるなデス」
 味方の盾になろうと腕を広げたレーンと庚だったが、小さな群れは輪郭をなぞるようにぶつかりながらもその抱擁をすり抜けていく。
「――――!」
 襲われたのはジャマーたちだ、彼らは黒い霧にあっという間に飲み込まれる。
 耳をつんざく羽音のカーテンは悲鳴ひとつ漏らしはしない。
「フハハハハハ! 馬鹿め、何をしておるのだ!」
 グラビティによる攻撃だ、無駄と分かっていても惨状を払うべく武器を振り回し、空砲を鳴らしてしまう。
 実際にはごく短い時間だったが、飛蝗が飛び去ったあとには5人の体はミキサーに放り込まれたかのように、むごたらしく切り刻まれていた。
「痛い、ですね……これ、効かなかったな」
 率直に痛みを訴えながらも、志成はお守り代わりの殺虫剤を示して見せた。
「まだ、立てる……」
「乙女の肌によくも……!」
 比較的軽傷の千里が健在を訴えれば、目を尖らせた和奈も戦意を見せる。
「それだけ言えれば大丈夫だろうな」
 強がりと分かっても、無理するなと言える余裕はない。
 史仁としては仲間の気力を信じるしかなかった。
 その間も流血を伴って舞踏は続く。
 ラプチャーのルーンアックスが轟と風を裂いた、間合いを取る彼と入れ替わりにヒノトの殺神ウイルスが飛び、宵一と緋桜がすかさず前を埋める。
「無限に後悔しやがれ!」
 言葉よりも雄弁に刃が閃き、バトルガントレットに覆われた右の拳が黄金の甲殻を大きく歪ませた。
「ええい、鬱陶しい奴らめ!」
 次なる相手は紫水晶の盾、すっと背筋を伸ばしたフローネは銀の指輪をはめた手を振って紙兵を展開する。
「これ以上の涙は、流させません!」
 花嵐のようなその陣を、縫って走った稲妻は陽葉の薙刀。
「――さっきはやってくれたね」
 隠しきれない激情をのぞかせて、刃を引いた少女は大切な弓を握りしめた。
 梅もまた、同じ不覚は取るまいと自ら分身の術をまとう。
「僕が、ヘルの分までも――!」
 エアシューズで地を蹴るラグナシセロの羽が、彗星の尾の様に跡を残す、それをかき消すような光がぱっと生まれた。
 一瞬ケルベロスたちに緊張が走る、しかしそれは頭上から降り注ぐ光だった。
「――広めよ、天の詔を。さすれば汝に繁栄を。広めよ、天の勅を。でなくば自らの手で繁栄を。天言は届く、太陽と月が照らす領域の全てまでに」
 在宅聖生救世主の作り出した光の十字はやがて、確たる質量を持つ。
「少し眩しいよ!」
「フン、朕ほどではあるまい!」
 アポロンが応じたが、警告は無論仲間へだ。
 光の十字架は滑るように宙を飛ぶと、剣と槍の防御の上から太陽神の体に突き立った。
「ぬおおお――――!」
 白光と苦悶の声がアポロンの間を駆け抜ける。
「…………!」
 成果を確認したくなる声をぐっと堪え、ケルベロスたちは光がおさまるのを待って――そこにいまだ健在なアポロンを見た。
「ふう、驚かせおって」
「……やはりだ、貴様こそが『星を貪る天魔』そのもの!!」
 余裕を残す声にリーフが翼を広げて走った。

 数分を経て互いに深く傷つきながらも、いまだ戦場音楽は激しく響く。
「……覚悟はしてたけど、こいつ、本当に別格の何かだ」
 黒い鉄塊剣を振るうシエラに恐れはない、ただただ腹立たしい思いがあった。
 アポロンがもっと早く戦場に出ていれば、神として黙示録騎蝗の先陣に立っていれば、あるいはローカストの戦士たちも納得して自らの神に殉じたかもしれない。
「それだけの力がありながら――お前は何のために戦っているんだ!」
 怯懦が理由ならばまだ許せた、けれどこの神は恐れなど抱いていない。
 少女らしい潔癖さが失われた命のために言葉を作る。
「フハハハハハハ!! 朕は全てのローカストの上に立つ神! であらば朕のみで万の兵に勝るは必定であろう!」
「また大きく出やがって、なんにせよ貴様にはケジメをつけてもらうぜ!」
 問いには答えず笑う神に、螺旋掌を叩き込みながらランドルフはアポロンの言葉が全くの嘘でないことは認めざるを得なかった。無論、誇張はあるとしてもだ。
 剣と槍さばき、その膂力だけでもそれと分かる。
 そしてそれがこの神の全てでもないのだ。
 相手を支配する声と、打撃を与えると共に自らの傷を癒す蝗群は共に攻防二つの役割を果たしている。
 催眠もドレインも、多くのローカストも使うエフェクトだ。
 けれど脅威は全く異なっていた――まるでローカストとはアポロンの矮小化された似姿に過ぎなかったのかと思わせるほどに。
「アポロンお前は他所からやってきて、ローカストを作りあげたロボ?」
「問おう、貴様は一体『何』だ!?」
 尻尾のように伸びるコードを槍に絡ませ、自らも体をしならせて懐に踏み込むとリミカは握った拳から立てた指をためらわず甲殻に突き立て、絶華は答えを待たずに蹴りかかる。
「知れたこと、彼奴らは朕が朕に似せて作ったもの! ならばローカストとは即ち朕のこと、いや朕だけが唯一本当のローカストよ!」
 だがそうではない、そうであるはずがない。
 例え神の名に相応しい力を持とうと、アポロンに決定的に欠けているものがある。
「――であらば彼らは出藍の誉れというものでしょう」
「イナゴがカブトを生んだ、やね、まぁアリでもオケラでもコイツよりは上等か」
 穏やかな声で手厳しい若雪に、炎酒が短く笑い声を立てる。
 友を思い、義を知る高潔な魂を持つものがローカストの中には確かにあった、多くのケルベロスたちが戦いの中で確かにそう感じている。
 創造主を名乗りながらも、アポロン本人にはそれが無い。
 だからこそ彼らを軽んじる神を相手に刃は冴える、傷つく体を支えられる。
 けれど例え魂持たずとも、力は力であった。
「――あ」
 アポロンの槍に肩を貫かれた言葉の唇から息が漏れる。
 力の抜けた乙女の体を、無慈悲な神は槍持つ腕を振ってモノのように飛ばした。
「貴様――!!」
 言葉にかばわれたリーフが、激高した声をあげる。
「やれ少し静かになるかと思えば、一々騒ぐでないわ」
 蝗の顔がこれほど憎悪を掻き立てられる表情を作れるとは、多くのケルベロスたちにとって驚きだった。
「口をつぐめ」
 冷え冷えとした声は、宵一のもの。刃は言葉より先に奔っている。
 しかし、それをアポロンはおのれの剣で受け止めて見せた。
「控えよ、誰に物を言っておる!」 
 刃が、拳が、弾丸が続けて太陽神を襲う。
 耳障りだと、誰の一撃も言葉より雄弁に語っていた。
「フハハハハハハ! やはり少しは静かになったわ!」
 しかしそれを意に介さぬように、神は笑い声をあげる。
 それを言葉で制しようとは最早誰もしなかった。
 そんな中、弾丸をばらまく甲高い音が鳴り響く。
「ちッ」
 忌々しげな舌打ちが続く、わずかに残っていた催眠の効果が氷雨にジャマーたちを背後から撃たせたのだ。
「すぐにヒールを」
「いや、玄人のオレの見立てだと――構うべきはオレらじゃないぜ」
 ポネシーの言葉を、自らの姓にかけたユーモアでサイファは制した。
 その目に宿る確かな覚悟に、レプリカントの青年はわずかに躊躇ったあと頷いた。
 実際のところ彼らはもっとも熾烈な攻撃に晒されていた。
 数による減衰の影響を受けないがため、蝗群を差し向けるのに最適だったからだ。
 だが決してその編成が間違っていたわけではない。
 当初からの役割は敵にバッドステータスを与え、メディックの助けとなること――そして戦場は充分整いつつあった、仕事はすでに果たしているのだ。
「――悪いけどそういうことで良いよな?」
 大事なのは全員が立ったまま勝利することではない。自分たちが傷ついた分、前衛と後衛の矛を残せるなら、損な取引では決してない。
 確認にヒノトと千里は静かに頷き、志成はふっと少年らしい表情で笑った。
「倒れるときは、前のめりに行きたいね」
「槍の一撃くらいは引き受けられればいいんだけど」
 和奈はあくまで強気の姿勢を崩さない、年少の仲間たちの逞しさにサイファもまた少しだけ表情を緩める。
 再び蝗群が彼らを襲った時、あとに立っていられたのは千里ただ1人だった。

 1人、また1人とケルベロスたちは倒れていく。
 言葉が倒れたことで、ディフェンダーたちの盾も大きくほころびを見せていた――それも無理はなく元々はサーヴァント6体を加えた想定だったのだ。
 二度も仲間に庇われるのは御免とばかりにリーフは槍を真っすぐに見据えて倒れ、後衛に目標を変えた蝗群の襲撃に梅、氷雨、ゲリン、かばいに入った――そしてすでに一戦を戦っていた――史仁は立ち上がれなかった。
 だがそれをケルベロスたちも黙って受け入れていたわけではない。
 その間にも落日の時へ針を進めていく。
「――命はもう、渡さない」
 そして激戦の最中、雷のごとく閃いた若雪の刀が深々とアポロンの胴に突き立つ。
 定命のものであれば致命的な一撃が、不死の神にも膝をつかせた。
「ぐ……!」
 ぶんと振り回された剣と槍から逃れるべく、ケルベロスたちは距離を取る。
 表情の読み取れぬ蝗の顔、憎たらしく思えたそれが今は苦しげに歪んで見えた。
 勝利の予感がついにケルベロスたちの目に宿る。
 その顔を、陽光に似た輝きが照らし出した。
「しまった!」
 光は常に影を伴う、それが強いほど、深い影を。

●遠い夜明けを待って
「朕は太陽、全ての生物が崇めるべき存在! その朕にここまで傷を負わせる大逆、許しがたい! 影も残さず燃え尽きるがいい――!」
 叫んだアポロンの体が、輝きを放っていた。
 それはケルベロスたちを半壊寸前まで追い込んだ最初の一撃と全く同じ光だ。
 『暴走』の選択肢が頭をよぎる、しかし一撃は間に合うまい。
 自らは耐えられても、守るべき仲間たちはすでに倒れているはずだ。
 だがそんな胸中に反して、光は収束することなく明滅を繰り返すばかりだった。
「ぐ、ぬ――少し早かったか……!?」
 剣を振り回し狼狽するアポロンの姿に、ケルベロスたちはわずかな猶予が与えられたこと悟る。
 いち早くフローネが叫んだ。
「総攻撃を――!」
 どちらに転んでも博打になる。
 全てを賭けるなら、自分が自分のままで勝利することを選んだ。
 ラプチャーの呼び出した先端に牙の生えた触手がアポロンに喰らいつく。
「喰らいなさい……!」
「次の機会は、与えないデスよ」
 そこへ仲間が次々に倒れる中で耐えに耐えた鬱憤をぶつけるようにディフェンダーたちが襲い掛かる。
 レーンの生み出しエネルギー球がアポロンの視界をふさぎ、乗じて懐に飛び込んだ庚のスパイラルアームが火花を上げて甲殻をえぐり取った。
「我が身……唯一つの凶獣なり……四凶門…「窮奇」……開門…!」
「アポロン、私のココロが許さないと叫んでいます――ここで、終わらせます!」
「痴れ者め! 神たる朕を前に許しなど、なんたる思い上がりか!」
 フローネのマインドソードを、剣で受け流しアポロンが吼える、そこを獣のような唸り声をあげて絶華が襲う。
「GAAAAAAAAAA!!!」
 手にした両の刃で甲殻を引きはがさんばかりの斬撃を繰り返す。
 そこに緋桜が横合いから強烈に殴り掛かった。
 アポロンの巨体が浮き、前衛たちからわずかに距離が離れた。
「力を貸してね、阿具仁弓」
 そこへ矢は番えぬまま、朱塗りの和弓を構えた陽葉が弦を引く。
 サイコフォースの爆発は今度こそ敵の身で弾けた。
「僕が祈る神は貴方ではない」
「――貴方は此処で倒します」
 ポネシーの雷霆の降る中に、ラグナシセロが金の軌跡を鮮やかに残す。
 苦し紛れにアポロンが振り回した槍を、宵一の掌がぱしりと抑えた。
 何気ない動きの直後、狐の青年は一転して猛烈に刃を振るう。
 斬霊刀に続いたのは月弧を描く若雪の日本刀。
 左の腕に構えた愛用の黒い鉄塊剣をシエラは大上段に構えた。
「ローカストたちは、生きる為に戦っていた――それを使い捨てにし、平穏に生きる権利をお前は奪った!」 
 振りおろされた刃の跡に、少女の思いのように黒焔がいつまでも残る。
「創造した命をないがしろにする……そんな神様にはここで消えてもらうよ! 永遠に!!」
 虫嫌いをこらえて戦ってきたシルが、弄ばれたローカストのための怒りを乗せてペトリフィケイションを放った。
(「アグリムよりもきっと強い」)
「――それでも私たちもあの日とは違う、だから負けないんだよ!」
 宣言し、在宅聖生救世主は光の十字架を作り出した。
 前よりも大きく前よりも眩く、そして強く。
「飢えやらなんやら本意でない奴らとの戦いありがとな? ――これはお礼や」
 着弾の光もおさまらぬうちに炎酒は愛用の銃の引き金を引いた。
 グラビティチェインを圧縮した弾丸の爆発が、刻み込まれた傷と共振を起こしてその自由を奪った。
「ヌウ――!!」
「死を忘れた者達は、滅びる運命なのです!」
 轟音あげるフォルトゥナのチェーンソー剣が、もはや言葉も作れぬアポロンの剣を弾き飛ばす。
「沈め……!」
 千里のサイコフォースの爆発に続きランドルフが、連携してリミカが動く。
「許さない! 許せないッ! 神を名乗りながら「生命」を冒涜する貴様をッ! コレが俺の……俺達の刃<ケルベロスブレイド>だッ!!」
「コードHTH起動! フロギストン・ハート、マキシマムドライブ! ヒートキャパシティLEVEL4、限界域! さあ、心、燃やすよ!!」
 白銀の狼の両腕に刃が生まれ、心の炎がレプリカントの少女の身を輝かせる。
 交差する刃の閃きが、仲間たちの刻んだ胸の傷をなぞる様に切り開き、そこへ叩き込まれたバトルガントレットの一撃が決定的な破壊をもたらす。
「これで、終わりだよ!」
 体のど真ん中、内部組織がのぞく傷へとどめとばかりにひなみくの時空凍結弾が飛んだ。
 誰もがじっと息をひそめる中、しかし黄金の輝きがおさまることはなかった。
「―――フ、フハハハハ!! 残念であったな! 朕の太陽によって倒れること、冥府でせいぜい誇るが良いわ!」
 高く笑い声をあげるアポロンが掲げた剣から誰も目を反らさない。
 無念の言葉を漏らす事さえなかった、この一撃のあと指一本でも動かせたなら、必ず太陽を叩き落としてやるとでも言うように。
 あるいは、その視線に込められた力が最後の一押しになったのかもしれない。
「ぐ、ぬ、ウガアッ!?」
 剣に向かうかに見えた光がアポロンの右腕から漏れ出していた、それはケルベロスたちが刻み付けた傷だった。
 どの一撃、ただの一太刀でさえ無駄ではなかった。
 指先ほどの穴から堤が崩れ去るように、アポロンの身を貫く光はその箇所を増やし、勢いを増していく。
 それは無数の傷から血を流しているようにも見えた。
「馬鹿な、この朕が! 不滅の太陽がこんなところで――!! ありえぬ、あってはならぬことであるぞ!!」
「知らないのですか、太陽神。星もいつかは燃え尽きることを」
 ラグナシセロが告げた直後、胸の傷から光が炎となって噴き出した。
「ぬあああああああああ!!!!」
 あるいはその苦悶の声さえも焼きつくすように、炎はアポロンの全てを飲み込んでいく。
 ――そうして生じた火球は、小さな太陽そのものだ。
 本来、地上からは決して手の届かない輝きがすぐ目の前にあった、眩しさに目を細めつつも、視線はそこへ引き寄せられていく
 この日、はじめてケルベロスたちは真に畏れるべきものを目にしていたのだ。
 視線と同じように風が炎に吸い込まれるように吹く。
「あぶない、みんな伏せて!!」
 ふわり揺れた自らの髪でその意味を悟ったひなみくが声をあげた途端、身を縮めた炎が、世界という風船が割れたような音をたててはじけ飛んだ。

 ――光と熱の嵐に飲み込まれたケルベロスたちが、再び目を開けた時火球は残っていなかった。
 ただ高熱に晒されてガラス質になった神殿の床を残り火がチロチロと舐めている。
 太陽神の断末魔のようなそれもすぐに燃え尽きて、後にはただ静かな闇と傷ついたものたちの荒い息遣いだけが残った。
「あの野郎、最期まで祟りやがったな」
 ランドルフの忌々しげな言葉どおり、アポロンの最期の火はなんとか踏みとどまっていた仲間たちをなぎ倒していた。
「少し、手伝ってもらえないか」
 音を聞きつけていたのだろう、扉を開けてこちらの様子をうかがう仲間たちに声をかけ、ケルベロスたちは倒れた仲間を抱え上げていく。
 誰もが疲れ切っていたが一刻も早く仲間たちに勝利を伝えねばならない。
 通信機器が使えないことが恨めしかった。
「これからどうなるかな」
 在宅聖生救世主がぽつりと漏らす。
「戦いは終わるロボ?」
「さぁな、残った奴ら次第だろ」
 アポロンと言う陽が燃え落ち、ローカストたちは夜を迎えることになる。
 彼らの中で夜明けを迎える者は1人としていないかもしれない。
 それでも滅びへと向かう今、自ら道を決めることができる夜がついに彼らに訪れたのだ。
「帰りましょう」
 皆で再びくぐると誓った扉、自分の足でとは行かなかったがそれは確かに果たされた。
 だが勝利の凱旋というには足取りはあまりに重かった。
 あるいは実は自分たちはアポロンの間で倒れたのではないかと思えるほど静かな行進の果て、外に出ると同時に少し体が軽くなった。
 共に神殿へ突入した仲間たちの姿が、誰一人欠けることなくそこにあった。
「――」
 自然と安堵の息が漏れる。
 見上げれば空が広がっていた――陽と月と星の巡る、自由な空が。
 再会を喜び合う仲間たちの声がそこへ響いて溶けていった。

作者:天草千々 重傷:大弓・言葉(花冠に棘・e00431) リーフ・グランバニア(サザンクロスドラグーン・e00610) 黒鳥・氷雨(何でも屋・e00942) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月2日
難度:やや難
参加:30人
結果:成功!
得票:格好よかった 90/感動した 2/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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