アポロン暗殺作戦~女帝再臨

作者:深淵どっと


「よく集まってくれた、ケルベロスの諸君。今日は重大な任務をキミたちに任せたい」
 いつも以上に真剣な面持ちで、フレデリック・ロックス(蒼森のヘリオライダー・en0057)は集まったケルベロスたちを見渡す。
「長きに渡って戦ってきたローカスト、その首魁である太陽神アポロンの居場所が多くの仲間たちの調査によって突き止める事に成功した」
 ローカストたちはアポロンの居城として急造の神殿を建設し、その周辺を残党である有力なローカスト氏族が取り囲むように布陣しているようだ。
 まともに戦えば苦戦必死の相手だが、グラビティ・チェインが枯渇している影響で警戒は疎かになっており、今なら太陽神アポロンを直接暗殺する事も十分可能だろう。
 神殿内にも有力な敵はいると思われるが、それ以上に厄介なのは外を固めているローカストたちがアポロンの増援に駆け付ける事だ。
 そうなれば、暗殺は至難となるだろう。
「そこでキミたちにお願いしたいのは、神殿周辺のローカストたちを陽動し、引き付ける事で増援に向かわせないようにしてもらいたい。厳しい話だが、キミたちの奮闘が暗殺の成否に直接繋がると思ってくれ」
 フレデリックの言葉に場の緊張感が高まる。だが、ローカストとの戦いに終止符を打つ絶好のチャンスだ、やる価値は十分にあるだろう。
「キミたちに陽動を担当してもらうのは、神殿の周辺を警備している傭蜂集団……そして、それを率いる蜂王アンナフルだ。……もしかしたら聞き覚えのある者もいるかもしれないな」
 蜂王アンナフル。
 かつて黄金の不退転ローカストとして、オウガメタルを用い地球を襲撃したローカストの一人である。
 そして、初代である彼女の戦闘情報を元にローカストウォーを経て、新たに選ばれた『2代目』蜂王が率いる傭蜂集団が今回の敵となる。
「2代目はアポロンへの忠義心はそれほど高くは無い。そして、かつてのケルベロスとの戦いの情報から、キミたちを強く警戒している。1代目を上回る強敵となるだろうが……」
 逆に言えば、その警戒心故にアポロンからの増援要請に応じようとしたタイミングを襲撃すれば、増援よりもまずはケルベロスの排除を優先する可能性は高いだろう。
「警戒心は慢心を遠ざける。だが、陽動する側としては利用価値もあるだろう。上手く立ち回ると良い」
 続いて、傭蜂集団とアンナフルの状況について、フレデリックは説明を続ける。
「まず頭に留めて欲しいのは、キミたちの任務は陽動であって、傭蜂集団を壊滅させる事でも、アンナフルを撃退する事でも無いと言う事だ」
 無論、陽動にあたって傭蜂集団と戦う必要性はあるが、百体以上の大群を相手にする事になる、殲滅はまず不可能だ。
 そして、アンナフルに関しても集団の中央で指揮を取っているため、直接戦う事は恐らく無いだろう。
 陽動班の目的は飽くまでアポロンへの増援制止である。
 傭蜂集団と戦いつつ足止めをすれば、アポロンへの増援は間に合わなくなる筈だ。
「増援の阻止さえできれば、後は無茶をせずに撤退してもらいたい。何も敵を殲滅する事だけが戦いではないからな」
 いずれにしても、楽な任務では無い。しっかりと気を引き締めて取り掛かる必要はあるだろう。
「太陽神アポロンの暗殺さえ成功すれば、ローカストは組織として成り立たなくなるだろう。過酷な戦いになるが、今度こそローカストとの戦いを終わらせるためにも、キミたちの力を貸してくれ」


参加者
フラジール・ハウライト(仮面屋・e00139)
エヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968)
クリームヒルデ・ビスマルク(自宅警備ヒーラー天使系・e01397)
九道・十至(七天八刀・e01587)
アイヲラ・スレッズ(羅針盤の紡ぎ手・e01773)
裏戸・総一郎(小心者な日記作家・e12137)
犬嶋・理狐(狐火・e22839)
鉄・冬真(薄氷・e23499)

■リプレイ


 急造されたアポロン神殿、その周辺はローカストの軍勢によって埋め尽くされていた。
 ローカストウォーから5カ月。ケルベロスたちは起死回生を狙い粘り続けてきたローカストへ遂に最後の一手を下そうとしていたのだった。
「――あら? 困りましたわね」
 周辺を固めるローカスト氏族の一つ、蜂王アンナフル率いる傭蜂集団を捕捉し、陽動のための襲撃を仕掛ける直前になってアイヲラ・スレッズ(羅針盤の紡ぎ手・e01773)が首を傾げる。
 彼女が覗き込んでいるのは暗殺班との連絡に用意していた携帯電話。その画面には『圏外』の2文字。
「うーん、こっちも駄目そうですね。こりゃ連絡取り合うのは難しいかもですね」
 同じく携帯電話の画面を眺め、クリームヒルデ・ビスマルク(自宅警備ヒーラー天使系・e01397)も小さく唸る。
 敵拠点ともなれば、携帯電話などの通信機器はあまり役には立たないようだ。
「それでも……やる事は、同じよ」
 聞こえてくるのは、神殿を中心に随所から聞こえてくる騒音。ここから見えている傭蜂集団にも、動き出す気配があるようだ。
 恐らく、他の班がローカストとの戦闘を始めたのだろう。
 ならば、フラジール・ハウライト(仮面屋・e00139)の言葉通り、こちらがやる事はただ一つだ。
「あぁ、そうだね。……無事帰るために力を尽くす、それだけだ」
 フラジールの言葉に鉄・冬真(薄氷・e23499)は頷き、身に着けていたペンダントに口付ける。
 そして、銀色の柊に立てた誓いを胸に、傭蜂集団の前へと姿を現した。
「私達は、悪しきローカストを打ち倒すケルベロスの先駆けの隊で御座いますわ。さあ、お覚悟なさいまし!」
「もう逃がしはしないわ! 仲間たちがここ来るまで、足止めさせてもらう!」
 こちらの姿に気付いた傭蜂集団に向かってアイヲラと犬嶋・理狐(狐火・e22839)が声を張り上げる。
 数え切れないほどの傭蜂たち。まともに戦えば勝ち目は無い物量差がケルベロスたちに向かって一斉に敵意を向ける。
 今頃、暗殺班はアポロンの元へと向かい始めているだろう。そして、彼らもそれに感付いてはいるかもしれない。
「色々な所で、戦いが始まっているみたい、だけど……アナタたちの相手は、アタシたち。……そう、でしょう?」
 しかし、彼らは――いや、蜂王アンナフルは見逃さない。見逃せない筈だ、自分たちケルベロスを。
 挑発するような口調で言い放ちながら、エヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968)は左腕を強く握りしめる。
 向けられる無数の表情無き複眼、統率の取れた鋭い殺気。
「ボクたちはあくまで先陣の部隊です。もうじき、ここにも増援が駆け付けますです。……終わりですよ、あなたたちは」
 この大軍を前に、恐怖が無いと言えば嘘になる。しかし、声の震えを押し殺し、裏戸・総一郎(小心者な日記作家・e12137)も敵を睨み返す。
 増援など、アンナフルをこちらに引き付け、警戒させるためのブラフに過ぎない。
 だが、今も他の場所で戦う仲間や、暗殺班、そして信じて付いて来てくれたオウガメタルのためにも、できる限りの時間を稼がなくてはならない。
 総一郎を始めとしてケルベロスたちが戦闘態勢に入った瞬間、傭蜂集団は一糸乱れぬ動きで隊列を組み、各々の獲物をこちらへ突き付ける。
「やぁれやれ……いつの間にか『因縁』になっちまったなァ」
 その軍勢の向こうにいるであろう二代目の存在を過らせながら、九道・十至(七天八刀・e01587)は小さくぼやく。
 近くの仲間にも聞こえないように、小さく。
「俺の人生こんなんばっかじゃねぇか、オイ」


 傭蜂集団はその頭目である蜂王アンナフルの持つネットワークにより、各々の情報を共有している。
 個を殺す事無く、全を一に統率する指揮系統。それが、今ケルベロスたちに襲い掛かる。
「みんな、後続隊が来るまで何とか凌ぐよ」
 数に任せたただ暴力ではなく、統率の取れた軍隊による侵攻。とすれば、これは一つの戦争と言っても過言ではない。
 こちらの勝利条件はただ一つ。暗殺班による太陽王アポロンの暗殺。
 打ち合わせた通り、しっかりと陣形で守りを固めつつ、冬真は更に守護の魔法陣を鎖で描き、敵の攻撃に備える。
「なるほど……これは、倒し甲斐がある。いっそ殲滅しても、構わないわよね?」
 後方より降り注ぐ矢の雨、そしてそれに続く刃の嵐。
 しかし、こちらもただただ耐え忍ぶばかりではない。
 数体の傭蜂をフラジールの振り回した尻尾が吹き飛ばし、その隙を突いてケルベロスたちも少しづつ反撃に乗り出す。
「皆様、囲まれないようにご注意くださいませ!」
「足並みを揃えられると厄介ですっ。できるだけ、動きを抑えて行きますですよ!」
 アイヲラの双斧が、総一郎の鋭い蹴りが傭蜂を襲う。
 ケルベロス同士でも敵の攻撃を庇い合いながら、時間を稼いでいく。
 だが、戦力差は歴然。1匹2匹倒したところで、まるで覆る事はなく、傭蜂集団は尚も勢いを増していく。
「はい、はいっと、ちょっと大人しくしててくれよ」
 そんな中、一匹の傭蜂が十至の拳撃によって貫かれた。黄と黒の装甲に覆われた鋭い一撃は、打撃と言うよりは最早、閃槍。
「見覚えあるか? そりゃそうさ。お前らの初代大将から剥ぎ取った黄金装甲の一部なんだからな」
 挑発するように人差し指を折り曲げる十至に呼応し、オウガメタルが傭蜂たちを威嚇する。
 劣勢なのは初めから、そして、この戦いに限っては恐らく最後の最後までそのままだ。だが、それこそこの戦いに限ってはそんな事は些細な話だ。
「……みんな、敵が」
 しかし、戦い始めて数分、エヴァンジェリンは敵軍の僅かな動きの変化に気付き、合図を送る。
 攻撃の手が緩んでいる。数が減ったからではない、陣形を組み替えているのだ。
「お任せ下さいませ! トォォォォォォゥ!」
「煙幕は任せて、一気に行くわ」
 敵の動きを察したアイヲラと理狐がすぐに動き出す。
 振り上げられた戦斧は周囲の葉と枝を撒き散らし、一瞬の隙を強引に作り出す。
 そして、その間に理狐が投げた発煙筒が一斉に煙を吐き出した。
 白、赤、青と色とりどりの煙が瞬く間に視界を覆い、ケルベロスたちはそれを目くらましに一旦、傭蜂集団から身を隠す。
「さて、そんじゃあ、休憩するのも今の内、ってとこですかね」
 あらかじめ決めていた防衛ラインまで辿り着いたところで、クリームヒルデは携帯電話を取り出し何かを画面に表示した。
 そこには、『蜂の巣思いっきり突いてみた』なるスレッドが映されていた。ネットが繋がらないのでこんな事もあろうかとスクリーンショットなのが悔やまれるが、この状況下でそのスレタイが生み出すトキメキは多分恐らく衰える事は無いだろう。……多分。


 押されては引き、姿をくらませては位置を変え奇襲を仕掛ける。
 普段ならばこちらが数の利を活かして戦う事が多いケルベロスたちだったが、今回は逆。むしろ少数の利点を活かしたゲリラ戦法で傭蜂集団を翻弄する。
「一旦下がって、こっちで引き受けるわ」
「了解です、お願いします!」
 敵からの集中砲火を受け、総一郎と理狐が入れ替わり敵を食い止める。
 音も無く走る剣閃が、不用意に踏み込んだ傭蜂を切り裂き、血の花を咲かせた。
「こっちへ、すぐに回復するよ。それと、次のタイミングで防衛ラインを移ろう、包囲網が広くなってきた」
 すぐに冬真がその傷を癒す。まだ致命傷ではない、が……それも時間の問題だろう。
 恐らく、崩れる時は一気に崩れる。そして、そこが潮時だろう。
「ま、まだまだ! これしきではへこたれませんわよ! キェェェッ!」
「ありがとうございます、です、冬真さん。ボクもすぐ左右に回ります!」
 左右に回り込み、こちらを包囲しようと試みる敵部隊にアイヲラと総一郎が対応に当たる。
『抜ケ駆ケシテンジャネェェェェェヨ! ムシケラガァァァァァァ!!』
 取り出したるは赤黒い糸に吊るされた不気味な人形。総一郎に繰られたそれは、禍々しく叫び声をあげながら傭蜂に向かって鎖の枷を振り回し、襲い掛かった。
 そうして、敵を凌ぎつつ、目くらましを使って再び距離を取る。
 果たして、今どれだけ時間が稼げているのだろうか。連絡が取れない以上、できる限り時間を稼ぐ他無いが、終わりの見えない戦いに疲労の色は隠しきれない。
「うーん、大丈夫……じゃなさそうですね」
「うぅ……す、すみません、です」
 何とか傭蜂集団を撒いたまでは良かったが、こちらの被害も少なくはなかった。
 後退時、ギリギリまで敵を引き付けていたアイヲラと総一郎の負傷が深刻だ。クリームヒルデがヒールをかけるも、この短時間では戦闘復帰まで回復は難しいだろう。
「も、申し訳ないですわ」
「ううん、こっちこそ、フォローに回れなかった」
 項垂れる2人に理狐が返す。
 今、この敵陣のど真ん中で2人だけが隠れるのも難しいだろう、そろそろ撤退のタイミングも考える必要がありそうだ。
「でも……十至の、オウガメタルを見てから、少しだけ……慎重? になった気がするわ」
「そうだったか? そりゃ結構、結構……とは言え、連中の執拗さはおっさんには中々堪えるねぇ」
 傭蜂集団の様子を伺いつつ移動しながら、エヴァンジェリンと十至はそんなやり取りをしていた。
 確かに、あの一撃以降、傭蜂集団は最初のように一気に殲滅する様子が無くなった。それは、エヴァンジェリンの言葉通り『慎重になった』と言った風である。
 ただ、同時に十至の言うように執拗かつ確実な攻めに変わったとも言える。敵を引き付ける挑発としてはこの上無かったのだが……。
「それならそれで構わない、防戦一方と言うのは、性に合わない……!」
 次の防衛ライン。周囲を囲うくさむらから、フラジールは傭蜂の1体に飛び掛かった。
 直進的なその動きとは裏腹に、尻尾はまるで別の生き物のようにうねり、死角から敵を貫く。
「だが、雑魚どもの相手はたくさんだ。私たちを仕留めるつもりなら、お前らのボスを連れて来い!」
「おー、言うねぇ。それじゃあ俺も、もうちょっと頑張るとするかね……!」
 フラジールに続き、十至が翼を広げてその背後の傭蜂に斬りかかる。
 そうして、陽動のための戦いはいよいよ佳境を迎えるのだった。


 段々と敵がこちらを囲む速度は速くなり、隊列を組み替えるタイミングは逆に少なくなってきていた。
 それは、敵の予想以上の攻勢、そしてこちらの消耗を意味している。
 そんな中、ケルベロスたちにとって決定的な瞬間が訪れてしまう。
「っ……!」
 飛来する矢が冬真の腹部に深々と突き刺さる。
 敵の狙いは中盤から確実に冬真とクリームヒルデに集中していた。この2人がこちらの戦線を支える要だと、気付いていたのだ。
 そして、どちらかが崩れた瞬間を見計らったかのように、傭蜂集団が一斉に左右へ展開し、ケルベロスたちの包囲にかかる。
「冬真……」
「撤退だ。このままじゃ、総崩れになる」
 矢を抜き捨て、走る激痛を押し殺して、声をかけたエヴァンジェリンに向け飽くまで平静のまま冬真は判断を下した。
「だけど――」
「僕なら問題は無い。それに、今ならまだ一点突破で撤退は可能だ。アイヲラと総一郎も、致命傷では無い」
 傭蜂の1体を叩き潰したフラジールに、更に言葉を重ねる。
 自分たちが完全に撤退すれば、傭蜂集団はすぐにアポロンの支援へ向かうだろう。
 そう、今この瞬間こそが、分岐点だ。
 ここを潮時として撤退するか、あるいは『引き返せなくなる』限界まで時間を稼ぐまで戦うか。
「別に無理して『ここ』で決着つけなくてもいいでしょう。私たちの目的は、無事に帰ってコンビニでおでんと焼酎で一杯やる事です」
 それはクリームヒルデ自身の密かな目的では……。誰もが思いつつ、口にはしない。
 しかし、その言葉には一理ある。
 暗殺班の現状がわからない今、撤退の基準は自分たちで決めるしかない。自分たちの目的は飽くまでも、時間稼ぎだ。
「それじゃあ、決まったところでもうひと踏ん張りかね……やれやれ、っと」
「ええ、わたしたちで道を切り開くわ、怪我人をお願いするわね」
 包囲の薄い一点を見抜き、十至と理狐がそこに向かって斬り込みだす。
 最後の気力を振り絞り、ケルベロスたちは過酷な戦場を後にする。
「(……連中の戦い方、ありゃあ)」
 振り返らず、森を駆け抜ける十至は脳裏で傭蜂集団の太刀筋を思い返していた。
 あれは、あの動きは、模倣ではあるが自身の『七天八刀流』のそれだ。
 自分と初代アンナフルとの戦いからコピーしたとでも言うのだろうか。妙な『因縁』が出来てしまったものだ。
「あんなに門下生取った覚えはねぇんだが……お互い苦労するよなァ、蜂色。手前で片付けなきゃなァ」
 十至の手を握りしめるように強く震えるオウガメタルに答え、苦笑を浮かべる。
 ――アポロン暗殺の行方を彼らが知るのは、全てが終わったその後だ。

作者:深淵どっと 重傷:鉄・冬真(雪狼・e23499) 
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年12月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 11/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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