立冬を過ぎ、一気に気温が下がった。
肱川の下流に架かる赤橋付近では、今年もあらせが発生している。
「ほぅ……今日は絶好の撮影日和だな」
ただ、カメラマンが狙うのは、翌朝の自然現象だけではない。
この辺りに、舟幽霊が出現するという噂を耳にしたのだ。
あくまで噂だが、夏の舟幽霊についての古い記録も残っている。
本命のついでということで、今晩の撮影を決行した。
「三脚も立てたし、何時でも来やがれ……っ……」
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
しかし、鍵は容赦なくその胸を貫く。
彼のカメラが舟幽霊の姿を捉えることは、なかった。
「いや~、今日も寒いっすね。こんな日に寒い場所へ行かせる自分を許してほしいっす」
申し訳なさそうに、黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)が零す。
ケルベロス達のなかには、マフラーや手袋などを身に着けている者もいた。
「舟幽霊への『興味』が奪われてしまったっす。生み出されたドリームイーターを退治して、被害を未然に防いでほしいんす!」
夜殻・睡(虚夢氷葬・e14891)の調査により、発覚した事件。
全身ずぶ濡れの女性が、寄ってきた船や人を海へ引き込んで沈めてしまうのだとか。
対象を倒せば、橋の袂で倒れている男性も眼を覚ますらしい。
「相手は1体だけっす。舟に乗って沖からやってくるんで、こっちも舟で海へ出るか、陸地まで誘き寄せるか……お任せするっす!」
海上の場合、狭い漁船の上で戦うことになり、当然だが足場が不安定になる。
橋より下流には川原が広がっているため、陸地で戦うなら其処がオススメだ。
どちらにしても。
舟幽霊の存在を信じていたり噂したりする人に惹かれるので、上手く誘導してほしい。
「あと、ドリームイーターの武器は、舟を漕ぐための櫂みたいっす」
櫂は鍵。
突かれれば、過去のトラウマに襲われてしまう。
ほかにも、モザイクを使った攻撃技や回復技も持ち合わせている。
戦闘が長引けば、厄介な相手かも知れない。
「皆さんなら、絶対に勝てるっす。あの人の興味、とり戻してくださいっす!」
仲間達の勝利を信じて、ダンテは親指を立てる。
脳裏では、これまでのケルベロス達の活躍が再生されていた。
参加者 | |
---|---|
珠弥・久繁(病葉・e00614) |
飛鷺沢・司(灰梟・e01758) |
羽乃森・響(夕羽織・e02207) |
リュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996) |
ヒルメル・ビョルク(夢見し楽土にて・e14096) |
夜殻・睡(虚夢氷葬・e14891) |
英桃・亮(謌却・e26826) |
シェーラ・エクリプス(暴走銀拳・e30827) |
●壱
現場近くへ到着したケルベロス達は早速、舟幽霊の噂話を始めた。
周囲の状況、特に一般人の有無を確認しながら、予知で示された川原を目指す。
「今から行く場所なんだけどね。こんな話を知っているかい?」
珠弥・久繁(病葉・e00614)が、視界に気を配りつつ話を切り出した。
アイズフォンで調べた、似たような怪談話も織り交ぜて、如何にも怖そうに語る。
「舟幽霊ですか。確か、この国ではとても有名な妖怪だそうですね。できることなら、雄大な海上でまみえたくはありましたが」
これに応えるのは、ヒルメル・ビョルク(夢見し楽土にて・e14096)だ。
普段どおりの笑みを浮かべて、如何にも興味ありそげに。
「セイレーンのお伽噺みたいだな。海へ引き込む程の魅惑的な姿っていうのは見てみたい気もするけど、こんな寒い日に海水浴は御免だね」
風を防ごうとコートの左襟を引っ張ると、腰に下げる灯りも揺れた。
英桃・亮(謌却・e26826)も、如何にもな例えで話の幅を広げてみせる。
「……夜の海は、少し苦手……なのよね。真っ暗な底の見えない暗闇に、吸い込まれてしまいそう。幽霊が出ても、おかしくない雰囲気だわ……」
漂う冷気に思わず両肩へ手をやり、羽乃森・響(夕羽織・e02207)は呟いた。
黒で統一した衣装を腰のランプが照らし、まるで月夜を纏っているよう。
「船上の幽霊か……この冷えた寂しげな海を見ていると、確かに幽霊の1体や2体、出そうな雰囲気ではあるが。わざわざカメラを持ってくるとは、また物好きだな」
飛鷺沢・司(灰梟・e01758)も、いまは未だなにもない水面を眺める。
川原に着くと空気もより冷たさを増し、上着のポケットに手を突っ込んだ。
「このクソ寒い時期に、幽霊もなにもあったもんじゃないぜ」
迷惑だと言わんばかりに、シェーラ・エクリプス(暴走銀拳・e30827)も声を荒げる。
幽霊だの宇宙人だのは欠片も信じていないが、作戦を有利に進めるためと割り切って。
「へぇ~、ここから船幽霊を見られるんですね」
リュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)も、きょろきょろ。
いま初めて知ったかのように、ちょっと驚いてみせた。
「舟に乗っているとはいえ、海は流石に冷たそうなんだがな。寒くないのか」
疑問のような独り言を呈して、気怠く無表情に口を動かす。
こんなときだが女性に近付かぬよう、夜殻・睡(虚夢氷葬・e14891)は注意を怠らない。
噛み合ったり合わなかったり……兎に角、舟幽霊の話題をきらさないように。
次第に沖から、ぎぃぎぃと低い音が聞こえてきた。
●弐
むしろ嬉しそうにも見える、ものすごい形相で、迫ってくるドリームイーター。
ケルベロス達のすぐ脇につけて、降りてくるかと思いきや。
「ん?」
舟の上から、櫂を突きだしてきたのだ。
思わず受け止めた睡の脳裏に、トラウマが蘇る。
炎のなかを逃げ回り、息も絶え絶えになった、過去が。
「すぐに回復するわ」
しかし、リュセフィーが即座に魔術切開を施し、現実へと引き戻す。
相棒のミミックが財宝をばらまき、ドリームイーターの注意を惹いているうちに。
「逞しいな。そんな物騒なものを振りまわしていたら、惑わせることもできないだろうに」
持参していた照明でその姿を認識しつつ、司は指鉄砲を口許へ。
小さく古代語を詠い、照準を定めた指先から、魔法の光線が放たれた。
「これは存外、本格的ですね」
よくよく観察していないと分からないくらい僅かに、眼を瞬かせて。
実は怪談に興味津々なヒルメルも、魔法の木の葉をその身に纏う。
「水遊びするには寒いんじゃないか? あっためてやろう――真っ赤になるほどにね」
言い終わるが速いか、右手を思い切りドリームイーターへ突き出す亮。
放たれたドラゴンの幻影が、ごう、と音を立てて焔を浴びせた。
「都市伝説ねぇ……幾ら興味から生まれた存在とはいえ、話をされるだけで来るなんて自己顕示欲が強い奴だね。さぁ、心置きなく戦うといい」
オウガ粒子を撒き散らし、久繁は前衛陣の命中率を底上げする。
ジャマーとして、まずは仲間達のサポートに徹すると決めていた。
「冬も寒さも平気だけれど……この手の寒気は御免だわ」
黒い手袋に握ったスイッチを押し、響も鮮やかな七色の爆発を発生させる。
相棒のボクスドラゴンも、同じく前衛陣へバッドステータスへの耐性を。
「相変わらず他人様の興味を利用して悪さをしているようだが、それも今日限りだ!! 我が左手は盾! 我が左手は全ての攻撃を防ぐ!」
シェーラの左手が、ケルベロス達とドリームイーターのあいだに立ち塞がるかのように。
貌に表れる絶対の自信が、盾のエンチャントとともに前衛陣を後押しする。
「残念だが。怪談の季節はもう終わり、だ」
祭壇の上に舞う紙兵を、睡も最前線へと送り込んだ。
ドリームイーターからのバッドステータスを、より確実に回避できるよう。
暗闇を照らし、平和をとり戻すためにも、ケルベロス達は攻撃の手を休めない。
●参
ケルベロス側が優勢のまま、戦闘は進んでいった。
様子から皆、残り1ターンでの決着を確信する。
「忘れたくはないが……見たくないものを見せてくれるね。お前もトラウマを見せたんだ、同じことをされる覚悟はあるだろう?」
ダモクレスだった頃の記憶は、決して忘れられないし、忘れてはならない過去。
いまの自分を創りあげた、大切な糧でもある。
だが、できることなら静かに仕舞っておきたかった。
「幸せな人生と言えるなら……」
触れられるくらいの近距離へ迫り、両手を開いて、久繁は口許を緩める。
ドリームイーターにも、好ましくない感情すべてを、その経験とともに追体験させた。
「これ以上、その人には触れさせない。大人しく海へ還ってね」
夕焼け色の髪をなびかせて、割って入る響。
それでも追い縋る腕を、翼を模したナイフで以て櫂ごと斬り裂いた。
ボクスドラゴンも、主人に従い体当たりをかます。
「私がいる限り、仲間は護ってみせる!」
背後では、シェーラが2本のライトニングロッドを器用に動かして緊急手術。
中衛が1人ということもあり、このグラビティを選んだのだ。
楽しいコトがすきだから、それ故に、誰も失いたくないと願う。
「ん」
軽く跳躍して、最大限の螺旋を籠めた掌で肩に触れる。
衝撃にずれた眼鏡の位置を直して、睡はドリームイーターを見据えた。
痛みに歪むそれにたいして、変わらぬ無表情のままで。
「苦痛はありません、ご安心を。ただ、その身を差し出していただくこととはなりますが」
左手を胸に、右手は背に、丁寧に頭を下げてみせるヒルメル。
その微笑を再見したときには、恐怖心から創造された影が、濡れた脚に絡みついていた。
行動を制限することで、穏やかな最期を迎えられるように。
「ヒトの興味につけ込んでドリームイーターを生み出すなんて、許せませんね!」
読書で好奇心を満たす身だからこそ、勝手な理屈を打破しなければならないと強く思う。
リュセフィーは、バスターライフルのトリガーを引いた。
魔法光線による傷を抉るように、ミミックも鋭い歯で噛み付く。
「海で泳ぐのもなかなかに魅力的だけど、甘い歌でも歌ってくれないとね……さぁ、そろそろ終わりにしよう。これが夢なら、いつか覚める」
金の瞳に霞がかれば、司の手に生まれる真っ赤な炎。
撫でる指先からゆるゆると、白磁の刃に吸収されていく。
深紅に染まった刃が、弧を描いてドリームイーターを斬り上げた。
「地獄で逢おう、さよならだ。祈れ、地の果てで」
囁く詠唱に呼応し、吹雪が吹き荒れ始める。
掌が大地へ触れれば、積もる雪に混ざりゆく炎。
亮の背後に沸き出でた白炎は剣のカタチを成し、ドリームイーターを斬り裂く。
それが竜となり地へ、そして心臓へと戻るうちに、敵は散るのだった。
●肆
無事の勝利に、辺りは静けさをとり戻す。
舟も骸も波紋も、いつの間にか消えていた。
「ぶっ壊れたとこだけ、とりあえずヒールしときゃいいよな!」
「ん……覆い尽くせ」
ランプで照らし、辺りの被害状況を確認するシェーラ。
睡も一緒に、橋脚の欠けや波止めの壁へと白雪を降らせる。
リュセフィーと久繁に亮も、2人を手伝った。
「我が主への、よい土産話となりそうです」
残りのメンバーは、橋の麓に倒れていた男性を助けに向かう。
日本文化びいきの主人に想いを馳せてヒルメルが笑んだ、そのとき。
「おや、主役のお目覚めですか」
小さく声を発して、男性は意識をとり戻した。
ことの次第を説明すると、納得したうえで感謝の意を述べてくる。
「これがもし本物の幽霊だったら、俺達は専門外だからね。そのときは、今度こそあんたは海のなかだよ」
決して、咎めたいわけではない。
ただリスクをしっかりと認識しておいてほしくて、司は忠告したのだ。
「誓いを、守りを――眠りを」
宙に掌をかざせば、響の足許に夕暮れを映した波紋が拡がっていく。
星の光粒が男性へ集束し、癒しを与えた。
「立派なカメラがあるんだから、もっと綺麗なものを撮った方がいいと思うわ。たとえば……これから見る朝焼け空と海なんかはどうかしら」
ちらっと視線を遣り、ブランケットを手渡して。
響もまた、男性がマイナスの感情を抱かないよう、言葉を選ぶ。
「ああ、そうだね――」
軽く頷いて、司は東を見上げた。
現状復帰を終えたメンバーも合流して、ケルベロス達と男性が勢揃い。
つられて、朱に染まり始めた空を眺める。
寒空を、冷たい空気を、一気に温めてくれるような、そんな陽の出だった。
作者:奏音秋里 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年11月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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