竹の気持ち

作者:麻香水娜

「あなた達に使命を与えます」
 ミス・バタフライは2人の配下を見遣る。
 彼女の視線の先には、小さめのシルクハットを頭に乗せた小太りな道化師風の男と、白いバレリーナ風の衣装でレースがふんだんに使われたパラソルを持った女が深く頭を垂れていた。
「この街に、八女竹細工職人がいるようです。その人間に接触して仕事内容を確認、可能ならば習得してから殺害なさい。グラビティ・チェインは略奪してもしなくても構わないわ」
 ミスバタフライは静かに告げる。
「了解しました、ミス・バタフライ。一見、意味の無いこの事件も、巡り巡って、地球の支配権を大きく揺るがす事になるのでしょう」
 頷いた道化師風の男は立ち上がると、バレリーナ風の女と共にどこかへ消えていった。
 
「八女地方は良質な竹の産地として有名ですが――」
「八女竹細工ってしっかり頑丈で、しかも綺麗ですよね」
 祠崎・蒼梧(シャドウエルフのヘリオライダー・en0061)が口を開くと藤守・千鶴夜(ラズワルド・e01173)が瞳を輝かせる。
 その八女竹細工に関する事件なのだと蒼梧が説明を始めた。
 ミス・バタフライが、配下を使って八女竹細工職人である一般人の仕事の情報を得たり、習得した後に殺そうとする事件を起こす、と。
「直接的には大した事がなくても、事件を阻止しないと、『風が吹けば桶屋が儲かる』みたいにケルベロスに不利な状況が発生してしまう可能性があるのでしたっけ……」
 千鶴夜が以前解決した事件を思い出して口を挟む。
「そうです。勿論、それがなくても、デウスエクスに殺される一般人を見逃すことは出来ませんよね」
 つまり、職人の保護と現れる螺旋忍軍の撃破、それを頼みたいという事だ。
「囮作戦、いけるんですよね」
「勿論です。事件3日前に八女竹細工職人である近藤・福助さんに接触できます」
 千鶴夜の言葉に蒼梧が頷く。3日で必死に技術を習得し、見習い程度になる事ができれば、螺旋忍軍の狙いを自分達に変えさせることできるかもしれないという作戦。
「見習い程度とはいえ、3日で習得するには、相当努力せねばなりませんが……習得する事ができれば、指導という名目で螺旋忍軍を分断したり、先制攻撃をできるチャンスを作れるかもしれません」
 改めて、集まったケルベロス達に説明した。
 尚、福助という人物は、頑固親父を絵に描いたような職人気質の人物であるらしい。
「近藤さんの工房は、ご自宅のある敷地の奥、裏手には竹林が広がっている場所にあり、周辺に他の民家はありません。囮かどうかに関わらず、そこに螺旋忍軍が現れます」
 避難誘導の心配はないようだが、問題は螺旋忍軍の現れる時刻。14時頃であり、妻と息子家族の2世帯で住んでいる自宅には、妻と息子の嫁がテレビを観ている時間。家族にも一声かけた方がいいだろう。
「現れる螺旋忍軍は、螺旋忍者と同等のグラビティを使用してきます」
 道化師風の男は日本刀を装備しており、かなり攻撃力が高い。バレリーナ風の女はエアシューズを装備していてかなり身軽だという事だ。
「バタフライ効果というものは予測が難しいものです。しかし、最初の一手を止めてしまえば問題ありません。どうぞ、宜しくお願い致します」


参加者
不知火・梓(酔虎・e00528)
藤守・千鶴夜(ラズワルド・e01173)
鈴代・瞳李(司獅子・e01586)
ミュラ・ナイン(想念ガール・e03830)
ザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)
鋼・柳司(雷華戴天・e19340)
折平・茜(エスケープゴート・e25654)
月井・未明(彼誰時・e30287)

■リプレイ

●竹細工技術を習得せよ
「こんなに綺麗な竹林があるなんて初めて知りました」
 藤守・千鶴夜(ラズワルド・e01173)が広がる竹林に瞳を輝かせる。
 ――カコーン!
 冬の空に竹を割る小気味良い音が響いた。
(「と、今回やるべき任務に専念せねば」)
 気持ちを切り替えて、
「すいません」
 竹割り包丁で竹を割っていた近藤・福助の背に声をかける。
「何だお前ら」
 振り向いた福助が眉を顰めた。学生のような少女と中年の男。おかしな組み合わせだと。
「仕事中に悪ぃな。俺達はケルベロスだ――」
 千鶴夜の隣にいた不知火・梓(酔虎・e00528)が説明を始める。
 大勢で急に押しかけても邪険にされるかもしれないと、千鶴夜と梓が代表してコンタクトを取る事になったのだ。

 福助は自分が狙われるという状況を説明され、『大まかには教えるが技術は見て盗め』と面倒そうにケルベロス達を受け入れた。
 小割りにした竹に切り込みを入れて、薄くはいで竹ヒゴを何本も作っていく福助。
(「凄い……どんどん竹が細くなって……」)
 ザンニ・ライオネス(白夜幻燈・e18810)は、福助の手元をしっかり穴が開くほど観察しつつも、妙技に惚れ惚れする。
(「あんな長くできるものなんだろうか」)
 竹ヒゴの作り方を説明されて実際にやってみるも、短い竹をはぐだけで精一杯の鋼・柳司(雷華戴天・e19340)が福助の手に目をやった。10mはありそうな長い竹ヒゴを作っていたから。
(「このしなやかな手触り……結構力が要りますわね」)
 足で抑えながらカゴ底を編む千鶴夜は、指先に感じる竹の感触を味わいつつも抑える足の力を込める。
「……」
 集中してカゴ底を編む折平・茜(エスケープゴート・e25654)が、福助の作った見本と自分のものを比較。どうにも目がバラバラになってしまい、少しでも近づけようと何度も編み直した。黙々と納得ができるまで編み直す茜の姿には鬼気迫るものすら感じる。
 見本の底を置いて、更にもう1つ底を編み終わった福助は縦ヘゴと呼ばれるカゴの縦骨に横ヘゴと呼ばれる横骨を入れながら上部へ編んでいた。編みながら一定間隔で叩いている。
(「……こうか?」)
 動きを真似て鈴代・瞳李(司獅子・e01586)もやってみた。
「なるほど、これで目が詰まるのか」
 実際にやってみて何故やっているのかを理解する。福助は細かく教えてくれるわけではない。『技術を盗め』と言っていた。見よう見まねでやって意味を実感する。
(「嗚呼、少し懐かしい……己の技術に誇りを持つ職人は尊敬する。螺旋忍軍になどくれてやるわけにはいくまいよ」)
 月井・未明(彼誰時・e30287)は、多くは語らず技術で示す福助に職人気質な師匠を思い出した。

●招かざる客
 3日間の修行を終え、事前の手筈通り二手に分かれる。
「道化師が連れてこられたらすぐに飛び出せる位置ってぇと、その植え込みと、何か入ってるみてぇな木箱の裏、あとはこの工房の影ってとこだなぁ」
 長楊枝を咥える梓が、隠れるのに丁度良い場所を教えた。
 6人の仲間達が技術習得に精を出す中、周辺を細かく下見していたのである。螺旋忍軍が来るであろう方向をいくつかシミュレートしながら、どの方向でも目立たない場所を示した。
「私は隠密気流があるから建物の影にしよう。藤守は体も小さいし、木箱の裏ならばすっぽり隠れられるのではないか?」
「そうですね。では、私は木箱の影に」
 瞳李が提案すると、千鶴夜はその提案に頷く。
「アタシはその植え込みにしとくよ」
 ファラン・ルイ(ドラゴニアンの降魔拳士・en0152)は、普段から出している翼と角を収納して植え込みに身を隠した。
「私は、建物の影で、中の声を聞きます。あと、改めてご家族に、家から出ないようにお願い、してきますね」
 福助に説明した後、家族にも同様に説明して当日は家から出ないように頼んであるのだが、改めて念を押すために茜が住居の方に向かう。

「歩きやすくなるだけで足音は立っちゃうから、アタシはあの辺に隠れてるよ」
 隠された森の小路で音無く行動できるかの確認をしてみたミュラ・ナイン(想念ガール・e03830)は、結果と自分が隠れている場所を未明に告げた。
「そうか。おれは動物変身でその竹に身を隠すとしよう。兎1匹ならば少し体が見えても不自然ではあるまいよ」
 ミュラの言葉に頷いて、兎に動物変身した未明は竹の裏に身を潜める。
「確かに竹林に兎がいておかしくないね。じゃ、連れて来てくれるのを待つとしようか」
 頷いたミュラも竹が数本密集している場所に身を潜めた。

『すいません。ここに八女竹細工の職人がいると聞いたんですが、是非教えて貰えないでしょうか!』
 道化師風の男が工房の戸を開けて明るく声をかける。
「ふむ。じゃあ、まずは職人の体験をしてはどうだ?」
 竹ヒゴを作っていた柳司が顔を上げて口を開いた。
『まぁ! 是非体験させて下さいませ!』
 バレリーナ風の女が嬉しそうな声を上げる。
「では、そちらの女性の方、材料の竹取を手伝ってもらえませんか?」
 竹カゴを編んでいたザンニが立ち上がった。

●奇襲!
 ザンニがバレリーナに竹細工について説明しながら竹林に姿を現す。
「丁度いい竹の選び方も重要です」
 3日間の修行の間に聞いた竹細工に適した1、2年ものの真竹を選ぶように足を進めた。
 バレリーナは技術を習得する為に、ザンニの話を真剣に聞いている。
「ド派手にキック! かーらーの、時空干渉! いっせーの、ブレーイク!」
 突如ミュラの声が響いた途端、ザンニの話に集中していたバレリーナは重力を込められた右足で上空へと蹴り上げられた。その後を追うように跳躍したミュラは、バレリーナの頭部を両足で挟み込む。重力による時空干渉によって時間を鈍化させられ受身の態勢を取れなくされたバレリーナは、脳天を地面に叩きつけられた。
「貴女は綱の上で踊る踊り子。アタシも踊り子なんだよね。貴女は所詮偽物、悪魔の娘。アタシは貴女より高く跳べる。白鳥に、美しき姫になれる」
 体勢を整えるミュラが挑発するように笑った。
『おのれぇ!!』
 いきなりの先制攻撃で頭を強打された上に、自分が下だと言われたバレリーナの瞳に怒りの炎が灯る。
「こっちにもいるっす」
 バレリーナの背後からザンニがスターゲイザーを放った。
「みえぬものこそ」
 未明が薬師見習いである自らが作った薬を取り出してザンニに塗る。その薬の効能は力の補足。
「少し体が頑丈になりましたかね? ありがとうございます」
『ケルベロスか!』
 ザンニが笑いかけると、怒りの炎を宿すバレリーナはミュラにグラインドファイアを放った。

「『木元竹末(きもとたけうら)』ということわざがある。木は根本の方から割り、竹は先端の方から割ると真っ直ぐに割れるんだ。こっちが先端になるからこっち側からはぐ」
 柳司は静かに語る。自分が中々綺麗に割れなかった時に福助が言った言葉だ。パッと見どちらが先端になるか分からない割られた竹の片方を差して教える。
『これを……』
 道化師が意識を手元に集中した途端、流星の煌きと重力を宿した飛び蹴りが道化師の後頭部に見舞われた。
『……!!』
 ――バタン!
 乱暴に戸が開けられると、飛び込んできた瞳李の縛霊撃から出された網状の霊力が道化師の体を緊縛した。
 ――ガラガラ!
「……っ。おらぁ!!」
 窓から飛び込みながらピッと咥えていた長楊枝を吐き捨てて梓が達人の一撃を放つ。
 パァン!
 梓が即座に横に飛び退くと、窓から弾丸が道化師に撃ち込まれた。窓の外には銃口から煙を吐き出す白銀のリボルバーを持つ千鶴夜が道化師を見据えていた。更に千鶴夜の横から彼女のサーヴァントであるシャーマンズゴーストのポラリスが工房内に飛び込んで神霊撃を撃ち込む。
「ここで倒れてくれないと、少しも赦せそうにないですし……恋愛をしましょう……!」
 戸から姿を現した茜が、自身の血と羊毛を織り込んだ赤い銅線を操り道化師の体に裂傷を走らせた。傷口から茜の思念の欠片を感じとった道化師は『優先的に茜を殺さなければ』という思いに駆られる。茜の後ろからファランが走ってくるのが見えた道化師は体勢を立て直して横に飛び退こうとした。が、絡みついた霊力の糸が足をもつれさせてしまい、その隙にファランの旋刃脚が急所を貫く。
『騙したなケルベロス!!』
 道化師は怒りに任せて茜に日本刀で緩やかな弧を描きながら斬りつけた。
「……!」
 茜の顔は苦痛に歪む。
「雷華戴天流、絶招が一つ……蒼龍雷穿!!」
 柳司が道化師の体を貫手で貫き、そのまま手首を捻って破壊すると同時に発剄を放った。
『ッガ……ケルベロス、めぇっ……!!』
 道化師は悔しそうに柳司を睨みつけながら倒れる。その螺旋仮面の目の穴から覗く瞳は怒りに見開かれたままだった。

 火力のある者を集中させた工房での戦闘の間、竹林ではミュラとザンニが攻撃をして未明が回復をする。バレリーナはミュラに攻撃をしたり自身を回復させたりと一進一退の工房が繰り広げられていた。
「鈴は警鐘。その代わりの私は、私の役割を果たすだけだ」
 ふいに瞳李の凛とした声が響き、グラビティで編上げた軽めの弾がバレリーナに浴びせられる。
「我が剣気の全て、その身で味わえ」
「さて、と……何本当たるかしら?」
 瞳李の銃撃からほんの少し遅れてくる激しい音の雨に、梓と千鶴夜の声が混ざった。
 梓は生き生きとした表情で刀を正中に構え、斬撃と共に剣気を飛ばす。それとほぼ同時に千鶴夜が太股のホルスターからナイフを抜いて投擲した。
『……!?』
 まるですり抜けたように肉体に傷をつけない梓の剣気に眉を顰めたバレリーナだったが、次の瞬間に心臓に強い衝撃を感じる。と、胸に千鶴夜のナイフが深々と突き刺さっていた。
『ア、ア、アアアアアアア!!!!』
 バレリーナの絹を裂くような悲鳴が竹林の中に響き渡る。
 ――ドサリ。
 仰向けに倒れたバレリーナは二度と動く事はなかった。

●感謝の形
「この美しい竹林に傷跡は似合いませんわ。私はこちらを修復したら工房の修復をお手伝いに参ります」
 千鶴夜が竹林にヒールを施しだすとポラリスも主人に倣って祈りを捧げる。
「アタシも手伝うよ」
「自分のつけた傷は自分で治します」
 ファランがケルベロスチェインを展開すると、ザンニが桃色の霧を竹林に漂わせた。
「近藤さん一家に、安全を伝えてきます」
 茜が小走りに住居へと向かう。
 残る5人は工房へ向かい、ヒールで修復したり飛び散った欠片や道具を片付け始めた。
「敵のバタフライエフェクト云々では無いが……確かに、緩やかな積み重ねてというものは偉大だ」
 戦闘に巻き込まれて壊れてしまわないように避難させていた福助の作った竹細工を持って、元あった場所に並べる柳司が呟く。
 少しすると、千鶴夜とザンニ、ファランが工房に合流し、茜が福助と共に戻ってきた。
「……お前ら、自分が作ったやつと……欲しければそこにあるのは土産に持ってっていいぞ」
 福助がぶっきらぼうに口を開く。それは口下手な職人の精一杯の感謝の言葉で。
「3日間、世話になった」
 瞳李が最初に口を開くと、全員がそれぞれ感謝の言葉を述べて頭を下げた。

作者:麻香水娜 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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