珍しいもの、食べませんか

作者:天枷由良


 夕暮れの街角に見える、提灯の吊り下がった入口。
 木の引き戸を開けると、裸電球が煌々と灯る店内には安物の長机とパイプ椅子、壁を埋め尽くすように貼られた手書きのメニュー。
 大衆居酒屋のような雰囲気だろうか。しかし客は1人も居ない。
 まだ開店前……と、いうわけではなかった。シャツとジーンズに前掛けをつけた店主の男は、鍋も包丁も放り投げたまま、パイプ椅子の一つに座っている。
「……珍しいだけじゃ駄目だったかぁ」
 溜め息まじりに言った男は、壁を見やった。
 ――イナゴ、スズメ、カエル、虫の卵、何かの内臓、謎の肉。
 そこに記されていたのは、およそ信じられないメニューばかり。
 本来あるべき一般的な……枝豆やら唐揚げやら、そういったものは何一つない。
 この店は、いわゆる『ゲテモノ』ばかりを出す料理店だったのだ。

 ……万人受けしないからこそのゲテモノ。
 物珍しさと度胸試しに、ちらほらと客が来たのは最初だけ。
 ただ一言「あの店はヤバい」と風評が立つまで時間はかからず、閑古鳥の鳴く店は全国津々浦々からゲテモノを仕入れる高額な費用に経営を圧迫されて、ついに閉店の憂き目を見ることとなった。
「ゲテモノの魅力を、もっと伝えたかったんだけどなぁ」
 悔いる男。
 そこへ引き戸の開く音がして、目を向けた時にはもう手遅れ。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
 第十の魔女・ゲリュオンが言って、男の胸に深々と突き刺した鍵を引き抜く。
 男は血の一滴も零さずに倒れ、側には瓜二つのドリームイーターが生まれたのだった。


 エーゼット・セルティエ(勇気の歌を紡ぐもの・e05244)は、神妙な面持ちで目の前にあるものを眺めていた。
「それはまだ序の口よ」
 こちらも険しい顔のミィル・ケントニス(ウェアライダーのヘリオライダー・en0134)が、エーゼットの前から『それ』を取り上げてケルベロスたちに見せつける。
 ……カエルだ。カラッと揚がった、カエルの丸揚げ。
「皆、これ食べられる? ……私? 私は、ちょっと無理ね」
「じゃあ、ボク食べるね」
 今度はフィオナ・シェリオール(地球人の鎧装騎兵・en0203)が丸揚げを奪って、はぐはぐと貪る。彼女も今回の依頼に同行するそうだが、ひとまずミィルは見なかったことにして説明を始めた。
「ゲテモノ料理店を畳むことになって『後悔』している店主の男性が、第十の魔女・ゲリュオンに襲われてしまうの」
 ゲリュオンはすぐに姿を消すが、奪われた『後悔』から新たにドリームイーターが生まれて、事件を起こそうとしている。
「このドリームイーターを倒して、被害が出るのを防いでちょうだい。襲われた店主の男性も、ドリームイーターを倒せば目を覚ますはずよ」
 敵となるドリームイーターは1体のみ。
 店主の男に似た姿で、ゲテモノ料理店の営業を再開している。
「でも、お客さんはいないわ。……というか、近づくことさえ避けられているみたいね」
 人払いなど気にせずともよいのは、好都合だろう。
 店主も店の最奥にある食料庫へ放り込まれていて、戦闘に巻き込むことはなさそうだ。
「ただねぇ。あの、ばーんっと殴り込んでぐわーっと倒してしまっても構わないのだけれど……出来ることなら、お客さんとして向かってくれないかしら」
 客として向かう。
 つまり、ドリームイーターの接客を受けてゲテモノ料理を食べるということ。
 それをミィルが勧める理由は二つ。
「ドリームイーターの接客を受けて満足させてあげると、戦闘力が減るのよ。それから被害者の後悔を薄れさせて、前向きな気持ちにしてあげられるみたい」
 良いことばかりだが、恐らく見た目が酷いものや臭いのキツイもの、何だか分からないものを食べなければならない。
 チャレンジするかどうかは、ケルベロス次第だ。
「でも美味しいんだよね? なら、ボクは食べたいかなぁ」
 カエルを完食して言ったフィオナを見つつ、ミィルは説明を終えた。


参加者
佐竹・勇華(は勇者になりたい・e00771)
アーティア・フルムーン(風螺旋使いの元守護者・e02895)
アウラ・シーノ(忘却の巫術士・e05207)
エーゼット・セルティエ(勇気の歌を紡ぐもの・e05244)
四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)
相馬・碧依(こたつむり・e17161)
カッツェ・スフィル(黒猫忍者いもうとー死竜ー・e19121)
緋・玉兎(天才たまちゃん・e22809)

■リプレイ


 夕日と提灯に照らされる、9人の人影。
 それは一献求めて彷徨うサラリーマン軍団……ではなく、奇食珍食探訪にやって来たケルベロスたち。
「たーのもー」
 怠惰な声を上げた相馬・碧依(こたつむり・e17161)をはじめとするケルベロスたちは、引き戸を開けて提灯の先へ進む。
 良く言えば賑やか、悪く言えば粗野で雑多な作りの店内には男が佇んでいた。
 見た目はヒトの形。けれど奴はドリームイーター、偽店主だ。
 その撃滅によって、探訪記は締めくくられるはず。
 しかしまだ表紙を開いたところ。来た見た勝ったと三語を記す合間に、挟み込むべき事柄は山ほどあった。
「い、いらっしゃい!」
 偽店主はケルベロスたちを迎え入れ、適当な所まで案内する。
 座席のパイプ椅子は見るからに安物だが、新品のように綺麗だ。腰を下ろすものがてんで居なかったからだろうか。
「勇華、お先にどうぞ」
 まずはボクスドラゴンのシンシアを伴うエーゼット・セルティエ(勇気の歌を紡ぐもの・e05244)が引いた席に、佐竹・勇華(は勇者になりたい・e00771)が礼を返しながら、ちょこんと座り込む。
「隣、座ってもいいかな?」
「もちろん!」
 言われずとも、端からそのつもり。恋仲のエーゼットと肩を並べて、勇華は笑った。
 何とも仲睦まじい様子は、寂れた居酒屋に可憐な二輪の花が咲くようだ。
 なにせ彼であるはずのエーゼットも、彼女に見える姿をしているのだから。
 そんな余談はさておいて、対面にはカッツェ・スフィル(黒猫忍者いもうとー死竜ー・e19121)とフィオナ・シェリオール(地球人の鎧装騎兵・en0203)が腰掛ける。
 残りの者も空いた所に腰を下ろしていくが、その中でどんっと、長机に音を立てたのは緋・玉兎(天才たまちゃん・e22809)。
「楽しみじゃのう♪」
 珍味のお供にと持ち込んだお高い日本酒を愛おしげに撫でつつ、玉兎は然程大きくない体を目一杯ふんぞり返らせる。
 では魔王さま、お子様ランチとプリンアラモードでよろしいか。
 なんて、言う者もいなければメニューにもない。ぐるりと見回す壁一面には、津々浦々のゲテモノが記された貼り紙。
「……イナゴ、蜂の子……あれもゲテモノの括りなんですね」
 アウラ・シーノ(忘却の巫術士・e05207)が小首を傾げた。幼い頃に時折食べていたものが珍品扱いされているのは、何ともいえない気分だ。
「まぁ、タコにフグに塩辛とかも人によってはその枠に入っちゃうんじゃないかにゃー。慣れたこっちにはふつーだけど」
 だらりと長机に倒れ伏したまま、碧依が一本調子な合いの手を入れる。
「ゲテモノねぇ……」
 アーティア・フルムーン(風螺旋使いの元守護者・e02895)も唸った。
「簡単に言うけれど、自分が知らないだけで当たり前に食べている人も居るのよね。私も動物の肉以外だったら、森で色んなものを食べていたわ」
「え? アーティアさん、お肉嫌いなの?」
 そんな人が居るだなんて信じられないと、早合点するフィオナの問いをアーティアは打ち消す。
「森の生態系を維持するために食べなかったのよ」
 だから今日は、気兼ねなく色んなお肉を食べるつもりだ。
 特に珍しいものを……と、品定めを始めたアーティアに続いて、勇華もメニューによく目を通してみる。
「何にしようかな……」
 肉だけでも凄まじい種類だ。しかも丸焼きだったり丸揚げだったりと、調理法も様々。
 そして一際、目を引くのが――。
「……謎の、肉?」
 呟き、カッツェが喉を鳴らす。
 どストレートに怪しすぎるメニュー。一体、何の肉なのだろう。値段も他と比べて、随分お高め。
 ここは一つ、挑戦してみるべきか。
 心を決めたカッツェが手を挙げようとしたところで、既に決め打ちしていた四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)が、さらりと注文を告げる。
「スターゲイジーパイ……」
 ちょうど水を運んできた偽店主が、品名を繰り返して紙に書き始めた。
 スターゲイジー。丸焼きだの丸揚げだのが並ぶメニューの中では、随分小洒落た名前ではないか。
 しかもパイである。小麦粉とかバターを練り上げて焼き上げたアレである。これは針のむしろに一点開かれた、安全地帯に違いない……と、正体を知らないものは、そんな風に思ったかもしれない。
「ボクはユーグレナラーメンと、ララにカエルの唐揚げねー」
 パイのことは気にも留めず、碧依はシルバークラシックタビーの毛色をしたウイングキャットの分まで注文を終えると、片手に持ったスマホで何かを調べ始めた。
 それを見やったフィオナが、碧依の台詞を反芻してぴこんと閃いたように両手を突き上げる。
「ウーパールーパーの唐揚げ、あれください!」
「私も唐揚げで……蚕とタランチュラあたりなら、おつまみになるでしょうか」
 アウラは昆虫系を攻めていく。何気なく見せたお酒を飲む仕草に、玉兎の目が光った。
(「虫かぁ……うーん」)
 注文の機を逸したせいで想像してしまった山盛りの虫を振り払い、ひとまず謎の肉を一位指名するカッツェ。
「あとは、トカゲ焼きとヘビの蒲焼きも頼もうかな」
「だったら、もうあそこからあそこまでのお肉、全部出してちょうだい?」
 そこに付け足す形でアーティアが、ずずいーっと、壁を指差して空中に横線を引いた。
「でも一番珍しいのは、やっぱり謎の肉ってやつかしら」
「ね、ねぇアーティア。そんなに食べられる?」
 友人の暴挙とも取れる行為に、思わず尋ねてしまうエーゼット。
 だが、当のアーティアは。
「心配いらないわ。たくさん食べるためにお腹を空かしてやってきたんだから」
 けろりと、そう言ってのけた。
「やっぱり、焼く揚げるが基本、ですよね。えーと」
 仲間たちが注文を決めていくのを見聞きして、勇華もひとまず、壁の三点を指し示す。
 スズメの丸焼き、カエルの丸揚げ、あとはイナゴの佃煮。ゲテモノにしては比較的、安牌と思われるラインだろうか。
「エーくんは? 何にするの?」
「んー……」
 虫のラインナップは豊富。他に謎肉や、誰も頼んでいない卵系も気になるが。
「僕も、カエルの丸揚げにしようかな」
「じゃあ、一緒に食べようね」
 ほのぼのとした勇華の申し出に頷きつつ、エーゼットは長机の下で拳を握った。
 どんな形のものが出てこようと、彼女の隣で情けない姿は見せられない。
 しかしそんな決意など露知らず、アーティアとアウラによって発酵食品界のラスボス級へ次々と召喚命令が下っていき、極めつけは。
「ここで一番旨いものをもってくるのじゃ!」
 不遜な態度で言いつけた玉兎によって、エーゼットのみならず一部のケルベロスたちは戦慄することとなる。

 どのような手際で調理されているのか、注文した料理は次々と運ばれてきた。
「え、えーっと、なんかこう……思ったより見た目のインパクトが強いね」
 勇華から乾いた笑いが漏れる。
 丸焼き丸揚げなのだから当たり前だが、例えばカエルの丸揚げは両手足を広げたカエルそのままの姿だ。
 スズメも、毟って串に刺したらこうなるよねとしか言えない形。イナゴは言わずもがな。
 何より強烈なのは――。
「一度見たら忘れられないよね……」
 ぽつりと言った千里の目の前にある、例のスターゲイジーパイだ。
「これは写真に収めませんと」
 偽店主に断りを入れて、アウラが撮影を始める。
 スターゲイジー。星を眺める、或いは見上げるという意味でいいだろうか。
 そう。見上げているのだ。
 直立不動の魚たちが、パイの中から。
 こんがりと焼きあがった生地を突き破って、今にも飛び出さんばかりに。
 ロマンは欠片もない。むしろこれは……。
「見上げるというか、地の底に引きずり込まれているようじゃの」
 酒をくいっと呷って、玉兎が言った。
「料理は目で食べる……なんて言葉もあるけどね……こう――」
 ぐっと顔を近づけて、魚たちとにらめっこを始める千里。
 皆、迫真の表情だ。見開かれた目が、その力強さに拍車をかけている。
「……料理に眼力は求めてないかな……うん……」
 このまま見つめ合っていると素直にお喋りも出来なくなりそうで、千里は視線を逸らしてナイフを手に取った。
 パイは全員で分けても十分な大きさ。適当に切って、あとはお好きにという状態にしておく。
「それでは頂きます……」
 ぱくりと一口。仲間たちの視線が千里に集まる。
「……おぉ……」
 見た目はアレだが――これはパイだ。
 中身はソテーされたベーコンや玉ねぎなどの野菜と、ホワイトソース。魚も飛び出た頭こそ衝撃的だったが、パイ生地下の部分は皮や骨などを下処理して食べやすくされている。
 特に問題なく、もぐもぐ咀嚼する千里。固唾を呑んで見守っていた仲間たちも吐息を漏らして、それぞれの注文へと向き直った。
「じゃあ私も、いただきます」
 アーティアが机を埋め尽くさんばかりの肉に行儀よく手を合わせ、端から一つずつ順番に味わっていく。
 馬、熊、鴨、鹿、雉、猪、鰐。トドやカンガルーなんてのもある。これだけ動物の肉が並ぶと、同行者にウェアライダーが居なくてよかったと思わないこともない。
「ワニって結構、淡白な味なのね。……トドはちょっとクセがあるわね。獣っぽいし弾力が――」
 好き嫌いが無いのに加え、生態系を気にするだけあって食べ物は粗末に出来ないようだ。
 生命を頂いていることに感謝しながら、アーティアは食レポしつつ宣言通り綺麗に平らげて舌鼓を打つ。
 その食べっぷりのよさは感心してしまうほど。
(「すごいね。こっちも、見た目すごいけど」)
 エーゼットが友人からカエルの丸揚げに目を移して、ごくりと生唾を飲んだ。
 ちらりと見やれば、隣の彼女はまだ逡巡しているらしい。ならばここは一発、男らしく。
「じゃあ、いただこうか」
 やや紳士的な物言いと手つきで片足を摘んで、はむりと。
「……あ」
 これは、美味しい。
 ふっと肩の力が抜けた。もう骨が見えるので可食部はそれほど多くないようだが、何というか――。
「食感は鶏肉で……味も鶏、それか白身魚、かなぁ」
「ほ、ほんとに?」
「うん。勇華も食べてみなよ」
 そう言われては信じるしかない。勇気を出して一口。
「……あ、あれ? 普通に美味しい。エーくん、これ美味しいよ!」
 ゲテモノ何するものぞ。恐るるに足らず。
 美味しいと分かってしまえば、手も箸もフォークも進む。
「ほら、ララ、カエルカエル。鶏肉みたいだって言うし食べてみなよー」
 ラーメンを啜りつつ、碧依がウイングキャットの鼻先にカエルの唐揚げを運んだ。
 丸揚げと違ってフライドチキンのような形になってはいるが、ララは見るからに不審げな顔を見せている。
 これまでにも度々、碌でもないもの――例えば焼き金魚などを食べさせられてきたのだからしょうがない。
 しかし結局、観念したようだ。一口齧って、少しばかり表情を緩めた。
「ねぇねぇ」
 愛猫の咀嚼を見守っていると、フィオナから質問が飛ぶ。
「ユーグレナ? って、それなぁに?」
「ミドリムシ」
「……へっ?」
「ミドリムシ。ほい」
 碧依は先程ぽちぽちしていたスマホを、ぐいっと見せてやった。
 そこには顕微鏡で覗いたミドリムシの絵が、でかでかと映っている。ユーグレナというのはミドリムシの学名であるようだ。
「ラテン語のeuglenaで美しい眼って意味らしいよ。ミドリムシじゃなくてユーグレナって言ったら、何か健康にもよさそうじゃん?」
 実際、健康食品としても市販されているらしい。
「でも味はふつー。これただの塩ラーメンだにゃー」
 ずるずる。麺もスープも緑である以外、特筆すべきことは無いようだ。
 気怠げなのにララより遥かに早いペースで、碧依は緑色を胃に収めていく。
(「ミドリムシ……」)
 藻類に含まれるものの、虫という言葉に引っかかりを覚えたフィオナの視線はアウラに向いた。
「まぁまぁ一献」
「どうもどうも」
 アウラは玉兎からお酌を受けて、縞模様の見える蚕の唐揚げやタランチュラ揚げ、更には多くの人に忌み嫌われる黒いアイツ(食用)などを貪っている。
 酒は玉兎の持ち込みだけでなく、いつの間にやらビールワインにウイスキー老酒ハブ酒サソリ酒イグアナ酒、果てはタツノオトシゴ酒なんてものまで並んでいた。
「……っくー、効きますね!」
「じゃろじゃろ? ほれほれ、もう一杯」
「そんな、私ばっかり悪いですよ。玉兎さんもどうぞ」
「む、すまんのう。……っかぁー、たまらんのじゃ!」
 けらけらと笑いながら、2人はぐいぐい酒を呷っていく。宴会モードだ。
「楽しそうだねぇ。お酒って美味しいのかな?」
 隣の娘からヘビの蒲焼きを頂くついでに、尋ねるフィオナ。
「うーん、カッツェまだ飲めないし分からないよ。それに……」
 お返しにウーパールーパーの唐揚げを貰って、カッツェも酒宴を見やる。
 なにやらアウラが拳を握りしめて熱弁をふるっていた。
「定命化一世である祖父が生前、こう言っておりました……食は文化であり、それを毛嫌いする事は最大の失礼である、と」
「ふむふむ、なるほどのう」
「私もそう思いますので、今日は片っ端からいただきましょう。なによりお酒も美味しいことですし!」
「そうじゃのそうじゃの! わはは!」
「……ね?」
 苦笑いを浮かべるカッツェ。そろそろアウラと玉兎が、素面かどうか判別しづらくなってきた。
「酒は飲んでも、飲まれるなってやつだね!」
「まぁ、そういうことかな? あ、ウーパールーパーって、なんかコリコリしてるね」
「なーにがそういうことなんじゃー?」
 ふとした拍子に、虎の尾を踏んだらしい。
 気がつけば玉兎が升を片手に擦り寄っていて、しかも何やら勘違いをされたようだ。
「さては、お主らもこれが食べたいんじゃな?」
「えっ、いや、違くて……」
「ほれほれ、何を遠慮しておる。ぱくっと。ほれ、ぱくっと喰うてみるのじゃ♪」
 カッツェの目の前に、ぐっと迫る――タランチュラ。
(「いやいやいやいや!」)
 食わねば死ぬと言われれば食うかもしれないが出来たら今は遠慮して頂きたいというかとりあえずその黒々こんがり揚がった8本足をなるべく遠くに――。
「あ、あー! カッツェは謎の肉も食べないといけないからなー! フィオナこれ美味しいらしいよ! はいあーん!」
「うぇっ!? あ、あーん!」
 反射的に開いたフィオナの口に、カッツェの眼前をスルーした蜘蛛が滑り込む。
「……どう?」
 食わせてみたものの、ちょっと味は気になる。
 しげしげと眺めていると、やがて全てを飲み込んだフィオナはキョトンとして言った。
「これカニだ」

 宴も酣。
「謎の肉って、本当に何だかわからないね」
「そうね。牛のようであり豚のようであり羊のようであり……一体何なのかしら」
 カッツェとアーティアが、謎肉を咀嚼して正体を推理している。
「今度はお主が食うてみるか? ほれ」
「えー……」
 呑兵衛玉兎の絡む先は、千里に向き始めていた。
 まぁ、来るものは拒まない。ひょいぱくひょいぱくと、あれやこれやを口の中に放り込まれていく千里。
 それを見て感化されたか、勇華も箸を手にしてイナゴをひとつかみ。
「エ、エーくん! あーん!」
「あ、あーん……」
 どう見ても虫だが、もはやエーゼットに選択権はない。
 勇気を振り絞って、くしゃり。ぽりぽり。酒も入ってないのに少し顔が熱い。
「……エビみたいだね。イナゴだって知らなかったら全然食べられそう」
「でしょう!?」
 くわっと、今度はアウラが絡んでくる。
 手にはメインディッシュのクイ――天竺鼠の丸焼き。剥き出しの歯がえげつない。
「これも食べます? カエルと同じようなものですよ?」
「い、いや。もうお腹いっぱいかな、あはは……は?」
 もう十分に堪能したからと、水を手にして断るエーゼットの鼻に香り始める、妙な香り。
「来ましたね!」
 目を輝かせるアウラの前に男が持ってきたのは……お待ちかねの発酵食品ボスラッシュである。
 キビヤック、臭豆腐、エピキュアーチーズ、ホンオフェ、くさや、挙句の果てにシュールストレミングまで。
 ハッキリ言おう。
 臭い。
 一人前でも十分臭い。目は耐えられても鼻が死んだ。
 大半の者が、その場で思考を停止した。
 だが、むしろそれで良かったのかもしれない。
 最後に出てきて、玉兎の前に置かれたのは猿の頭みたいなものに入ったプリン状の何かだった。
 もうこれで目も死んだ。
「なんじゃこれ……うまい!」
 玉兎は構わず食べている。
 幸い量が少なかったので注文者が全て責任を持って処理したが、九人前出てきたらどうなっていたか。

「――ご馳走様でした」
 アウラがフグの卵巣漬けをご飯と共に頂いて、食事が終わる。
 誰も食べられないものは頼まなかったので、机の上は空っぽ。
 店主は感動している。だが所詮ドリームイーターなので勇華が殴り倒した。反撃は力のないものだった。
 腹ごなしついでに碧依が食器を片付けていたり、アーティアが食料庫に被害が出ないよう立ち回ったので、店の中も綺麗なままだ。
「異質なものを受け入れるには時間やきっかけがいる……いきなりそれだけってのは、やりすぎだったね……」
 救出した本物の店主にほぼ全員がかりで説教をする中、千里が呟いた言葉がのしかかる。
 本当にこのゲテモノ屋は、やりすぎだった。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 2
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