二十二枚は逆さに嗤う

作者:廉内球

 チェックのシルクハットにレースクイーンのようなレオタード。胸元に蝶の形の空きがある。女螺旋忍軍、その名はミス・バタフライ。彼女の前にひざまずくのはこれまた螺旋忍軍の男女。女はローブで体のほとんどを覆い、目深にかぶったフードが螺旋の仮面をも半ば隠している。男の方は奇術師に似て、タキシードにシルクハットといういで立ちだ。
「あなた達に使命を与えます。この町に、タロット占い師というカード占いを生業としている人間が居るようです。その人間と接触し、その仕事内容を確認。可能ならば習得した後、殺害しなさい。グラビティ・チェインは奪っても奪わなくても構わないわ」
 男女の螺旋忍軍は顔を見合わせ、やがて得心したかのようにうなずいた。
「了解しました、ミス・バタフライ」
「我々には真意が分かりかねるこの作戦も、巡り巡って地球の支配に役立つのでしょう」
 
 アレス・ランディス(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0088)が目を落とすバインダーには、タロットカードが一枚。柄は、魔術師だ。
「ミス・バタフライという螺旋忍軍が、配下を使ってタロット占い師を狙わせるようだ」
 デウスエクスによる一般人襲撃は、さほど珍しいことではない。しかしミス・バタフライの起こす事件は、阻止できなければ巡り巡って大事になるかもしれないという性質のものだ。なにより、人を襲うデウスエクスを放置するわけにはいかない。デウスエクスを倒し一般人を守る、それが今回の戦いの目的だ。
「占い師というのも、なかなか出会う機会の少ない職業ではあるな。対象の名前は……美智、四十代の女性だ」
 普段はショッピングモールの一角にブースを構え、占いをしている。螺旋忍軍が現れるのはおよそ三日後だが、美智を事前に逃がしてしまうと敵の狙いが別の占い師に向いてしまう。
「お前たちが占いを身に着けて、囮になるのもいいだろう。美智女史も教えてくれる」
 タロット占いとは、二十二枚あるいは七十八枚のカードを用い、その配置と向きから未来を予測する占いだ。一度にめくるのは多くても十枚程度だが、カードの持つ意味やその向きによる変化、置かれた位置によって様々なことが読み取れる。
 教本もあるので、学ぶ方法には事欠かないだろう。とはいえたったの三日間で、少なくとも占い師らしく振舞えるよう、タロット占いに習熟しなくてはならない。
「まじめに勉強するか、カンペ、ハッタリ……とにかく自信をもって占い師を演じれば、螺旋忍軍はお前たちのほうを狙うかもしれん」
 アレスはバインダーに目を落としたまま、相手には占いが正しいかなどわからんだろうな、とつぶやく。
 囮が難しいなら素直に美智の護衛をしてもいい。その場合、螺旋忍軍が現れた後で安全に美智を逃がさなくてはならない。
「敵は二体。戦闘になる場所は美智女史のブースのそば、ショッピングモールの一角が妥当だろうな。戦うには支障がないが、通路が入り組んでいる。……ついでに、従業員用通路というものがあってな」
 目立たない扉の先、店舗の搬入通路も兼ねた従業員通路は、人気がなく大きな声も届きにくい。ケルベロス達が本物の占い師だと信じさせたうえで、うまく言いくるめて誘いこめば分断できる。あるいは、奇襲も可能となるだろう。
「敵の戦力を伝える。ローブを纏った女螺旋忍軍は、螺旋手裏剣を隠し持っている。奇術師姿の男の方は紐だな。お前たちの扱う、ケルベロスチェインに似ている」
 ローブの女は見た目より素早く、侮りがたい。奇術師の男は攻撃こそ単調だが、支援と妨害を得意とする点で厄介と言えるだろう。
「バタフライエフェクト、風が吹けば桶屋が儲かる、か。遠い未来は分からんが、近い未来だけでもわかれば動きようはある」
 雪だるま式に事が大きくなる前に、止めてしまえばいい。ドラゴニアンはようやく笑って、ヘリオンへの搭乗を促した。


参加者
叢雲・蓮(無常迅速・e00144)
フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)
カロン・カロン(フォーリング・e00628)
シャイン・ルーヴェン(月虹の欠片・e07123)
イルリカ・アイアリス(天井の主・e08690)
天野・司(不灯走馬燈・e11511)
クララ・リンドヴァル(錆色の鹵獲術士・e18856)
ダリル・チェスロック(傍観者・e28788)

■リプレイ

●カードたちの声
 ショッピングモール。狭いブースの中、一人の占い師に向き合うは、八人のケルベロス達。
「事情は分かりました。私でよければ、お教えしましょう」
 美智女史はゆるりと微笑み、ケルベロス達は安堵した。占い師として囮になることにしたケルベロスは三人。もともと心得のあるシャイン・ルーヴェン(月虹の欠片・e07123)、イルリカ・アイアリス(天井の主・e08690)、そしてカロン・カロン(フォーリング・e00628)だ。
「螺旋忍軍とー、私が客になってー、丁度いいですねー」
 フラッタリー・フラッタラー(絶対平常フラフラさん・e00172)がおっとりと言い放つが、彼女の役割はクレーマーである。それもまた、作戦の一つ。
 そして囮役の三人は、まずは占い師としての修業を始める。三者三様、しかし初めから知識がある分、手を抜く者はいない。
「人によってカードの意味の取り方に違いがありますからね。美智さんは、こういう場合どう読みます?」
 タロットカードを広げ、読んでみるイルリカ。カードが示すはキーワードのみ。それをどのように繋げ、物語としていくかは占い師の腕だ。
「そうねぇ……死神は死を表すけれど、不安定を示す月のカードが過去を示しているから、不安な気持ちが死を迎え生まれ変わり、事態は好転しそう」
「なるほど……確かにそういう読み方もできますね」
 一般に悪い意味を持つカードでも、組み合わせ次第でよい意味を持つこともある。イルリカは美智との会話の中で、占いの解釈を磨いていく。
 二人の解釈談義にダリル・チェスロック(傍観者・e28788)も耳を傾けていた。ともに奇襲を担当する天野・司(不灯走馬燈・e11511)らと従業員通路の下見を済ませてしまうと、三日間の間はあまりやることがない。
「螺旋忍軍も、純粋に好奇心で知りに来ただけなら、異文化交流ってことで歓迎だったのに……」
 どこか残念そうな司。
「デウスエクス相手だと、どうでしょうね……それにしてもなかなか、三人ともそれらしい雰囲気ですね」
 言いながらダリルは自身の服装に目を落とす。黒一色。占い師たちと比較すれば幻想的ではないにせよ、物陰からの奇襲には向く。
「でも、螺旋忍軍が狙っているのって、戦闘とは関係ない技術ですよね? なにが目的なのやら……」
 困惑するクララ・リンドヴァル(錆色の鹵獲術士・e18856)の手にはティーポットと人数分のカップ。カードに触れたこともなく、囮を三人に任せるクララは、囮役の頭脳労働を気遣いで支える。
「きっとニンジャの仕事をするのにいい日を、占いニンジャが占いで当てるのだよ」
 叢雲・蓮(無常迅速・e00144)の瞳には、強い危機感と少々の好奇心が宿る。ケルベロス達の強みの一つはへリオライダーの予知情報だが、もし精度の高い占いで対抗されたら、確かに少し危険かもしれない。
「丁度よかったわ。手が空いているなら、お客さん役になってもらえないかしら」
 四人を席から手招くカラカルのウェアライダー。カロンの紫の瞳は、ほのかな灯を反射してより神秘的に見える。正確な意味をすべて覚えるのではなく、大まかで汎用性のある意味を頭に入れる。反復練習によってカードの並べ方を覚えた後は、人を前にして雰囲気を作る練習を。
「こちらにも、お願いしたい」
 真白いヴェールに薄紫のローブ。シャインの姿はまさに荘厳なる幻想世界の住人。本人の美貌も相まって、占いの説得力は否応なく増す。
「皆が占ってもらうなら……ボクは占い教えてほしいのだ!」
 蓮は美智とリルリカのもとへと駆けていく。
 美智との会話、自学自習、そして対人で場数を踏むこと。一般人の客を相手にする前に、ケルベロスで腕を確かめられたのも大きく。占い漬けの三日間は、あっという間に過ぎていった。

●内なる声に耳を傾け
 朝。増設されたブースが三つ並んでいる。初回無料と大書された看板が目を惹く。平日の昼、ちらほらと訪れる一般人を相手に占いをこなしながら、ケルベロス達は螺旋忍軍を待つ。
 やがて、ローブの女と奇術師の男が、ブースの前に現れた。それを見計らってフラッタリーが、美智とイルリカのいるブースへと移動。イルリカは黒いフード付きのマントを纏って、応対する。
「あのー、占いお願いしますー」
 すぐにブースの帳は閉じられ、手の空いている占い師はカロンとシャインの二名となる。
「なるほど、ここのようですね。空いているのは二か所ですか」
「ええ、丁度いいですねェ。各々で占いを頼んでみましょうか」
 うなずき合った螺旋忍軍が、ブースへと近づいてきた。女はカロン、男はシャインの方へ。
「(来たわね……)」
 カロンは一瞬だけ目を細め、しかし直後に愛想よく相手を出迎える。
「ようこそ、本日はどのような占いをいたしましょう?」
 女の顔には確かに螺旋の面。半ば隠れたその表情からふと微笑むような気配とともに、声がした。
「そうですね……仕事運など」
 隣のブースでは、シャインが奇術師姿の男を相手取る。演出として作り上げた幻想的な空間には、男はどこか不釣り合いではあったが。
「私には目標がありましてねェ、達成できるか気になるのですよ」
 にやにやと笑みを浮かべる螺旋忍軍に、シャインは努めて愛想よく振る舞った。気分の落ち着きをもたらす香が、余計な緊張を取り払っていく。
 怪しまれることなく占いを開始するカロンとシャイン。隣のブースからはフラッタリーのクレームめいた声が飛び込んでくるが、それ以外はおおむね順調に。
 しかし、ここで問題が一つ。事前に示し合わせたのは「引っかかった方を連れ出す」ということ。どちらを先にするかは決めていない。占いの性質上、別の占い師に聞こえるような声を出すのもはばかられる。自然、もう片方のブースの様子を伺わざるを得なくなる。
「どうしました? 先生」
 ローブの女がカロンに問う。
「……いいえ、貴方達二人から特別な運命を感じて、気になったのよ。どうかしら、私の占い、もう少し詳しく聞いていく?」
「それー、私が本で見たのと意味違うんですけどー」
 くすりと微笑むカロンの言葉を丁度フラッタリーが遮る形となり。
「……ここよりも、静かなところで」
 螺旋忍軍の女は是非にと頷く。誘導先は、従業員通路。

●届かぬ声
 通路の先で、黒づくめのダリルが恭しく頭を下げる。
「こちらへ」
 促されるまま、カロンについていく螺旋忍軍。ダリルが閉じた扉は思いのほか大きな音を立てた。人の気配のない通路に二人分の足音が響いている。
 ふと物陰に光るものがあることに、螺旋忍軍の女はまだ気づいていない。そのまま二歩、三歩と進んだところで、蓮が飛び出した。
「もらったのだ!」
 蓮の斬霊刀が非物質化し、振り抜かれた刃が螺旋忍軍を切りつける。
「な、お前たち、ケルベロスか!」
「その通り! 恨んでくれ、今は戦わなきゃ何も守れないんだ……!」
 別の物陰から躍り出た司が、ハンマーに地獄の炎を纏わせて叩きつける。
「これでは、我々の作戦が……!」
「強奪して始末して終わり。そう単純な話でもないですよ」
 極限まで神経を研ぎ澄ませたクララの一撃。彼女の役割はメディックとはいえ、一人目にあまり時間をかけてもいられない。最初から、全力だ。
「貴方の運命たぁっぷり聞かせてあげる」
 獰猛に笑うカロン。そこにいたのは占い師ではなく、一匹の地獄の番犬だ。占い用に見えたカードは毒持つ蠍を呼ぶための道具。刺された螺旋忍軍は、怯えたように出口を目指す。
「占い師までグルだったとは……伝えねば」
「誰にです? あなたの連れなら、まだ占いの途中だと思いますよ」
 いっそ慇懃なまでの笑みを浮かべ、ダリルは身を低くした。そのまま飛び上がって流星の蹴りを見舞う。狙いすました一撃は奇襲に動転する螺旋忍軍に痛打を与えた。
 一方、ブースでは。
「知りたいのはつまり、私の試みは成功するのかしないのかなんですがねェ」
 結論を急かす螺旋忍軍に、シャインは曖昧な笑みを浮かべる。
「それは、カードの声を一つ一つ聞けばわかること……」
 時間稼ぎもそろそろ限界かと思われた。
 女螺旋忍軍が連れ出された直後に、フラッタリーがいそいそと席を立ってキープアウトテープを施しに向かっている。それが、イルリカにとっては休息の時間だ。
「はー、囮作戦の一環とはいえ、フラッタリーさんの追求、怖いです……」
 椅子の背に体重を預け、イルリカが小さく漏らす。
「ああいうお客さんも中にはいるわ。大切なのは解釈の正しさを競うことじゃなくて、お客さんの気持ちを楽にすること」
 イルリカが納得したとき、フラッタリーがブースの帳をさっと開けた。
「やっぱりさっきの解釈違うと思うんですけどー!」
 同時に、ブ、と短く、スマートフォンが震える。

●運命が呼ぶ声
 その音に螺旋忍軍は気付かなかった。折よく声でかき消されたのは幸運だったと言えるだろう。
「最終結果は運命の輪。大きなチャンスが舞い込む。貴方には運命を強く引き寄せる力があるようだ」
「どうすればチャンスを掴めますかねェ」
 奇術師姿の男の何気ない一言に、シャインは笑みを浮かべる。
「それは……もっと静かな場所で、占って差し上げよう。それと、占いの方法もお教えしようか、貴方にはこの先必要になるはずだ」
「それは願ってもないチャンスですねェ」
 二人が席を立つと同時に、リルリカはカードをそのままに自らの武装を手にする。
「追いかけましょう。美智さんは、ここで待っていてください」
「そうですねー、ここにいれば安全でしょうから―」
 リルリカがブースを出ると、丁度従業員用通路のドアが閉まるのが見えた。急ぎ、後を追う。
 再び、従業員通路に人の気配が入り込む。ダリルが先ほどと同様に出迎え、螺旋忍軍を連れたシャロンが先を行く。ばたんと大きな音が、今回も奇襲の合図。
 隠密気流も用いて隠れていたクララが、螺旋忍軍に精神を集中させる。起こった爆発に、ケルベロス達が飛び出した。
「何ですかねェ、一体!?」
「貴方の企みも、ここまでです」
 毅然と言い放ったクララ。さらに物陰から、司が仕掛ける。
「出会う形が違えば、殺しあわずに済んだかもしれないが……覚悟は決めた。これが、俺の意志だ!」
 重力で圧縮された地獄の炎が閃光となり、殴りつけると同時に爆発。
「おやおや、随分乱暴ですねェ!」
 おどけるように言う螺旋忍軍を、司はきっと意志の強い目で見つめ返す。同時に扉の開く音、そして一瞬ショッピングモールからの光が差し込む。飛び込んできたのはイルリカと、額から地獄の炎を噴きだしているフラッタリー。
「復活の光よ、断罪の刃よ。我に力を貸し穿ち、切り裂け――ッ!!」
 イルリカの手にはタロットを模したシャーマンズカード、取り出したるは二十番目、審判。最後の審判によって甦る死者のように、魔剣神剣が次々と呼び出され、敵に向かっていく。
 その間にフラッタリーのケルベロスチェインが陣を描き、守備を固める。
「それでは、全員そろってお見送りしましょうか」
 ダリルの音速の拳が螺旋忍軍の顔を捉える。衝撃と共に、奇術師姿の男は通路の奥へと弾き飛ばされた。
「パスするのだよ!」
 蓮は再び斬霊刀を鞘に納めると、霊的な斬撃ののち、螺旋忍軍をシャインの方へと突き飛ばす。追い討ちにカロンの旋刃脚がヒットした。
「貴様の運命を占ってやろう。運命の輪、逆位置は転落の危険」
 タロットカードを手に、シャインは軽やかに踊る。そのさなかに繰り出される重い一撃が容赦なく螺旋忍軍を打った。
「ラストダンスだ……私と共に踊れ!」
 シャインが踊りを終えたとき、螺旋忍軍はもはや動くことはなくなっていた。

●たどる運命は一つ
 クララが、長手袋を脱ぎふわりと落とす。脅威は、去った。
「任務完了ですね……ブースも片付けないと」
「なら俺も手伝うぜ」
 名残惜しそうにするリルリカ。占い師三人と司は一足先にと外のブースへと戻っていく。ダリルは通路にヒールを施しながら、ふと思い立った。
「そうだ、折角だから最後に美智さんに占ってもらいたいですね」
「あ、それよさそう! ボクも占ってほしいのだよ!」
 蓮が同意し、皆でブースへと戻る。美智に話をしてみると、快く承諾してもらうことができた。
「じゃあワンオラクル。運命のカードを一枚選んで、読んでみましょうか」
 美智が示したケルベロス達の運命。カードは月の逆位置。脅威への不安や困窮からの、回復の兆し。どんな強敵が現れようとも、必ず立ち上がり未来を掴む。そんなカードだった。

作者:廉内球 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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