紙上の演じ手

作者:東間

●小径に影、みっつ
 人々が行き交う通りから一本脇に入り、そのまま奥に向かって右へ左へ。
 入り組んだそこをわざわざ選んで歩けば辿り着く。そんな場所には建物で光を遮られた影が落ちており、インクを落としたように暗い。
 その中に潜んでいた影――ミス・バタフライが、己の前で跪いている2つの影へ向け、口を開いた。
「あなた達に使命を与えます。この町に、紙芝居の演じ手をやっている『仁科・郷』という人間が居ます。その人間と接触し、仕事内容を確認・可能ならば習得した後、殺害しなさい」
「紙芝居の演じ手、ですか」
 影の1つ――道化師に扮した男の声に、ミス・バタフライは紅色の唇に笑みを刻んで頷き返した。
「ターゲットのグラビティ・チェインは略奪してもしなくても構わないわ」
 うん、うんうん。数度頷いた男が声に笑みを含ませながら立ち上がる。その隣で、男より小柄な影がワンテンポ遅れて立ち上がっていた。
「了解しました、ミス・バタフライ。我らが与えられた使命を全うしてみせましょう。ねェ、ディス?」
「うん、イット。何で紙芝居してる人間なのかディスにはサッパリだけど、いつか地球の支配権をぐわーってしちゃうんだろうね!」
 
●紙上の演じ手
 螺旋忍軍『ミス・バタフライ』が起こそうとする事件は、直接的には大した事が無さそうでも、巡り巡って大きな影響を及ぼすかもしれない――そんな厄介なものばかりだ。
「今回、君達に頼みたい依頼もそれでね。狙われるのは紙芝居の演じ手なんだ」
 ラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)が告げた人物の名は仁科・郷。
 タブレットの画面には、きちっと七三で分けられた白髪に、目元や口周りに刻まれた皺。温厚そうな笑みを浮かべた、見ての通り『お爺さん』の写真が表示されている。
 だが彼の声に衰えの二文字はなく、ひとたび紙芝居を始めれば、あらゆる年齢を見事に演じ分け、物語を紡ぐらしい。
「彼の殺害を阻止出来なければ、バタフライエフェクトのように、いつか君達ケルベロスに不利な状況が発生するかもしれない。それも、高い可能性で」
 それが起きないとしても、デウスエクスによる一般人殺害は見逃せないだろう。
 しかし今回、事前に郷を避難させる事は出来ない。避難させた場合、敵のターゲットが他に移る可能性があるからだ。
「そうなれば、仁科を救えても『被害そのもの』は防げないからね……」
 ただし、郷を守る方法はある。
 事件の3日程前から郷に接触し、その時に事情を伝える等して彼の仕事を教われれば、敵の狙いを自分達に変えさせられるのだ。
「その為には、君達が見習いくらいにまでなる必要がある。発声方法や演技力、場面描写での抑揚の付け方や、聞かせる速度がポイントになるんじゃないかな?」
 紙芝居の演じ手の見習いレベルになる。
 その修行は血反吐を吐くようなものにはならないだろう。しかし、見る側ではなく演じる側に――見ている人を楽しませるには、やはり相応の技術が求められるものだ。
「君達が見習いレベルにまでなれれば、敵に『修行をしよう』と称して有利な状況で戦闘を始められる。例えば敵を分断するとか、先制攻撃とかね」
 敵がやって来るのは郷の自宅1階部分。駐車場だったのを作業場兼練習場所に改装したもので、元々が元々なだけあり、かなり広い。郷の自宅から徒歩3分の所には、竹林に続く人気の無い小径もある。
 敵を分断する場合は、分断された敵が不審に思わないよう、上手く理由付けする必要があるだろう。
「――っと、そうそう。敵の名前だけど、男の螺旋忍軍が『イット』で、女の螺旋忍軍が『ディス』っていうんだ」
 『それ』と『これ』。記号めいた名前の螺旋忍軍は、男が道化で女がバレリーナという、サーカスめいた出で立ちをしている。しかし、楽しげなのはその外見だけ。やる事は、無辜の一般人を殺すという非道なものだ。
「良くない蝶の羽ばたきも、悪いサーカスの見せ物も、君達ならきっと止められる」
 ――さあ。後は頼んだよ。
 笑みにいつもの信頼と言葉を乗せて、男はケルベロス達を送り出した。


参加者
ゼロアリエ・ハート(魔女劇薬実験台・e00186)
ユスティーナ・ローゼ(ノーブルダンサー・e01000)
サイファ・クロード(零・e06460)
野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344)
ティスキィ・イェル(魔女っ子印の劇薬・e17392)
細咲・つらら(煌剣の氷柱・e24964)
上里・藤(レッドデータ・e27726)
仁王塚・手毬(竜宮神楽・e30216)

■リプレイ

●始まりは挨拶
「今日もよろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
 仁科・郷が礼をすれば、ケルベロス達も彼に倣って礼をする。
 彼のもとを訪れてから二日目の今日も、まず体操で軽く体をほぐしたら、基礎的な言葉で滑舌練習を。
 それは郷が日々行っている練習であり、彼曰く、毎日続けなければ声の張りや滑舌はどうしたって衰えてしまうらしい。
「アメンボ赤いな、あいうえお! 浮藻に小エビも、泳いでる!」
「おお。今日も元気な声ですね」
 ゼロアリエ・ハート(魔女劇薬実験台・e00186)の声は寒さも吹き飛ばす勢いだ。楽しげに笑う郷に『先生として負けてられませんね』と言われたゼロアリエは、隣のティスキィ・イェル(魔女っ子印の劇薬・e17392)にキラキラの視線を向ける。
 キィ、褒められちゃった。
 うん。やったね。
 笑顔で囁き合った後、ティスキィがカ行の言葉を響かせる。
 柿の木栗の木かきくけこ――その次である『ささげに酢をかけさしすせそ』で続いた細咲・つらら(煌剣の氷柱・e24964)は、自分の後に響くタ行を聞きながら考えた。
 なぜ紙芝居のお爺さんである郷が狙われたのか。敵が襲撃前に取る行動を考えると無差別ではなさそうだが――。
(「天才のつららちゃんでも分からないことはあるものですねっ。難しいことは倒してから考えましょうっ」)
 そうしてワ行まで言い終えた後、練習場には様々な声が飛び交うようになる。

●こつこつ
 芝居において滑舌は重要だ。何を言っているか観客に伝わらないのでは意味がない――という事で。
「なまむぎ、にゃまごめ、にゃまにゃまごっ!」
「ああっ、惜しかった……! でもぐっと良くなっていますよ」
 にゃ言葉もまた練習になりそうですと郷がフォローしてくれるが、つららの頬を汗が流れた。
 早口言葉で滑舌練習というのは、とってもとっても難しいのでは――いやいや、つららちゃんに出来ない事など――。
「あきらめませんっ。出来るまでチャレンジしちゃいますっ!」
「さすがケルベロスさん、素敵な心意気です……! では一つ、アドバイスを」
「はいっ!」
 まずはスローテンポな早口言葉を繰り返し、慣れてきたらスピードを上げていく。
 それを聞いたつららはスローなのに早口とは――と思考の海に呑まれそうになったが、考えるのを止めて気合いを入れ直した。
 声を発する時、滑舌もだが声量もまた大事。腹式呼吸を身に付け、喉からではなく腹から声を出す。演技の基本だ。
「あーー」
「あーー」
「いいですよ二人とも。その感じです」
 マットの上に寝転がり、腹の上に辞書を乗せていたサイファ・クロード(零・e06460)とユスティーナ・ローゼ(ノーブルダンサー・e01000)は郷に頷き返す。
 アエイウエオエオ、カケキクケコカコ。発声しながら、腹の上にある辞書が沈まないように。それがポイントだ。
(「人と話すの、そんなに得意ではないけれど……発音が良くなればまた違うかしら。……って、それは雑念ね」)
 中途半端なまま敵を迎え撃つ気はない。ユスティーナは集中集中、と意識を自分の腹筋に向け直す。
 暫くして、二人の腹に目を向け、声に耳を傾けていた郷が『うん』と頷いた。
「その支えている感覚が自然なものになれば、素敵なお芝居に近付きますよ。もし観客に呑まれそうな時は……そうですねえ」
 そこにひとがいる、その事実だけを頭に入れると意外と行ける。そう言った郷が、ふふ、と笑った。
「皆じゃがいもだと思ってしまうのも手ですね」
「じゃがいもだろうと高級料理だろうと、敵じゃないわ!」
 さりげなく伝えられた自分の弱点への対処法。堂々とした笑みで胸の内を隠したユスティーナの隣では、サイファがふむふむと頷いていた。
「本当に、一朝一夕にできるものではありませんね。もう一度お手本を聞かせて頂けませんか」
「いいですとも」
「ありがとうございます! ……やっぱ僕、先生の声好きだな」
「おや、嬉しい。先生はこの声が武器ですから」
 悪戯に笑った郷の手が暫くして空く。そこに郷おじいちゃ――と言い掛けた野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344)が、ぴゃっと背筋を正して『郷さん』と呼び直した。
「この紙芝居を使って練習してもいい?」
 真似は得意なつもりだけれど、紙芝居はどうか――わからない。少女の頼みに、郷が嬉しそうに笑った。練習台に選ばれた紙芝居もきっと喜ぶと、まるで紙芝居を孫のように言う。つられてイチカもえへへと笑った。
「あ、そうだ。みんなにも練習見てほしくて……」
 仲間達からの意見や感想も、ステップアップの材料になるだろう。
 すると、仁王塚・手毬(竜宮神楽・e30216)がゆるりと挙手をした。
「のう。イチカの次は儂等の練習も見てもらえぬか」
 手毬の隣にいた彼女のテレビウム・御芝居様がカチン、と拍子木を鳴らす。紙芝居の精霊のようにも見える御芝居様。少しだけ頬を紅潮させ笑った郷に、ゼロアリエとティスキィも手を挙げた。
「演技力鍛えたいし、俺も紙芝居使った練習見てほしい!」
「私も。病院で子供達に紙芝居や絵本を読んであげた事はあるんだけど、いつも演技力がないな、って……」
 抑揚や発声練習は結構したのだという言葉に、郷が手をぽん、と叩いた。
「では、紙芝居を使った練習をしたいという人達で順番にやっていきましょうか」
「有り難い。内容は慣れたものでも良いか?」
「ええ。よく知るものを語るというのも、触れたばかりの物語とはまた違った良さを伝えてくれます」
「では、竜神様の昔語りをさせてもらおうかの」
 練習場の壁、そこには紙芝居用の本棚がある。郷からジャンル毎に整理整頓していると聞いた上里・藤(レッドデータ・e27726)は、それらの表紙も中身もしっかり吟味していく。
「俺、自分で面白いって思った部分を観客と共有したいって思ってるッス」
「ほう?」
「例えばこの『三匹の子豚』ッスけど、長男、次男と同じ展開が続いて、最後のレンガで一気に結末が変わるッスよね?」
 藁の家、木の家。上の兄弟が作ったものと同じように、末っ子が作った煉瓦の家も狼に――! という予想が引っ繰り返される。そこが。
「面白いッス」
「わかります」
 郷がきりっと真顔で頷いた、と思ったら、少年のように笑う。その目が、手が、紙芝居に触れるのを見て、藤は彼が心底紙芝居を愛しているのだと感じた。だからこそ思う。
(「螺旋忍軍の狙いも予想も、引っ繰り返してやる」)

●紡ぎ、知る
「期待を誘ったり驚きを盛り上げるには、抑揚とテンポッスね」
「声に高低を付けるのも、変化が生まれて良いですよ」
 台詞は自分が思うより上のラインを思ってやると、そこが観客にとって丁度いいラインである事が多いという事。場面描写なら、ホラーなら淡々と演じる事で人物との差が浮き出る事。
 そういった所から取り組む事で、紙芝居という舞台を作っていける。郷のアドバイスにゼロアリエはふむふむ頷きながら、ここで得た技術の披露は恋人のいる病院でと決めた。
 その恋人であるティスキィは郷に沢山質問をぶつけていて、病院の子供達の為にと頑張る姿にほっこりしていると、紅緋の目がくるりと此方を見る。
「あとでダメなとこ教えてね」
「えっ、キィにダメなとこなんてあった?」
 郷本人の人柄と同様に、時間は穏やかに過ぎていく。指導内容や皆とのやり取り、気付いた事をメモしていたイチカは、丁度手の空いていた郷に礼を言う。
「ふふ、お役に立てて何よりです。何か質問があれば、遠慮無く言ってくださいね?」
「あっ、じゃあ、じゃあね。郷さんがちっちゃい子とかに紙芝居した時のお話があったら、」
 聞かせてほしいなぁ。その声が、ほんの少し小さくなった。
 自分が生まれたのは遠い世界。紙芝居をしてもらった事は無かった。紙芝居は小さな子供達に見せてびっくりさせたり、喜ばせたりする。それは。
(「いいなぁ、楽しそうだもん」)
「喜んで。じゃあ、悪戯っ子達にとびきり怖い話をした時のを……」
 あれは今から、と語る声にサイファは耳を傾ける。外見は違うが、内面や、そこから出るかっこ良さ、ぴんとした背筋、仕事に対する姿勢。そして良く通る声。
(「ほんとに似てる……ような気がする」)
 ふ、と浮かんだ笑みは自嘲気味だ。だって何年もあの人の声を聞いていないから、忘れてしまった。
 と、郷を元気に呼ぶ声が響いた。つららだ。
「い、いきますよ……なまむぎなまごめなまたまごっ!」
 ぴしゃーん、と雷が落ちたように固まる空気。そして。
「……言えましたっ! 言えましたよ、仁科さんっ!」
 喜ぶつららに郷が惜しみない拍手と笑顔を贈っている。それは微笑ましい光景であり、一つの壁を乗り越えた瞬間という喜ばしい光景でもある。静かに見つめていたユスティーナはそっと一息ついた。
(「紙芝居は……実は見たことないのだけれど、絵本を読み聞かせてもらうのも、妹に聞かせるのも好きだったわね」)
 ここでの時間が昔の思い出と重なるからだろうか。優しい時間を壊す相手は絶対に許せないと思った。

●終幕は
 仁科・郷に弟子入り希望の男女。そう思うくらい、二人は普通だった。
「先生はお留守なんですか?」
 『イット』が色々と教えて頂きたかったという様も嘘。そうと知るからこそ、ケルベロス達はごくごく普通に仕掛けていく。
「見習いでよければ教えられるよ」
「あぁ、皆さんお弟子さんなんですね?」
 敵は乗った。恐らく、郷と接触する前にある程度実力を付け、それから接触すればより任務達成が容易くなると思ったのだろう。
「教えるのは構わぬが、道具も要るしの」
「はいはい! 他の人の声が聞こえちゃうと、引きずられちゃって練習しづらいですっ!」
「うん。イチカもね、どうせ見てもらうんだったら少人数にしぼって見てもらったほうがいいと思うんだ! いっしょにやったら、お話がごっちゃになっちゃうしね」
「そうね。あまり多すぎても集中力を欠くというし」
「ですので二手に分かれましょうっ! こちらに練習しやすい場所がありますよっ!」
 つらら、手毬、イチカ、ユスティーナ。四人の誘導にも敵は疑問を持っていない。藤も集中したいと言えば尚更。敵とケルベロス達を合わて十、という数も影響したのだろう。
「仕上げに一緒に修行して欲しいな。他の男のヒトとも練習すれば演技の参考になりそうだしね!」
「一緒に練習しよーぜー。教えあった方が上達が早いと思うんだ」
 ゼロアリエが男に、サイファが女に声を掛ければ男女は笑顔で頷いた。
 それじゃあまた後で。
 そう言って自宅前で分かれ、女はサイファに『発声練習は迷惑のかからない所で』と誘われ中に入っていく。
「ね、なんで紙芝居始めようと思ったの? オレはいい声で話せたらモテるかなってのが切っ掛けかな。キミみたいなかわいい子とも出会えたしー? なんてな!」
「面白そーだから! きゃは!」
 此方も殺すつもりだからか、なぜ郷なのかという探りは空振りだ。だが構わない。
 ぶつけたのは魂と肉体に同調した旋律、その最高点と、容赦なく爆ぜる雷の塊だ。
「テメエらの魂胆はお見通しだ! 地球の支配権をぐわーってなんてさせないぞ!」
「バレてる何で!? イットー!」
 騒ぎながら正体を現したディスを余所に、サイファは『今のは発声練習の成果が出てた』と喜びながら、ぽちっとな。鮮やかな爆風を消さんとディスの蹴りが強烈な風を起こす。が。
「なかなか良い声であった」
 蹴りを一つ庇った手毬が御芝居様に捧ぐのは神楽舞。御芝居様が礼のように癒しを返した直後、ユスティーナの振るった刃がディスを裂き、続いて別の刃も閃いた。
「あげる」
 矢による祝福を受けたイチカの刃が、与えた傷を、呪をざくりと増やしていく。
「任務の邪魔、絶対殺す!」
 笑うディスの掌に集中し始める螺旋。それを感じながら、ケルベロス達は分かれた仲間達を想い、全力で仕掛けていく。

 竹林でも戦いの火蓋は切られていた。
 騙されたと知ったイットを逃さぬよう、郷や他の誰かに害を加えぬよう――此処で。爆霊手の掌から放たれた強い光に一瞬目が眩もうとも、彼らは一丸となって挑んでいた。
「修行だけじゃなくて、悪者退治も頑張ろ!」
「うん。笑顔にさせる魔法を習得なんてさせない……!」
 ゼロアリエの守護星座の光がケルベロス達を包み、ティスキィの芽吹かせた花の氷結世界がイットをいざなう。
 テレビウムのトレーネもしゃきん、と動画を流し、そこへ星の輝きで更に癒しを重ねた藤は、イットが一瞬だけ、忌々しげに表情を歪めた事に気付いた。
「この方向性の違いは埋められないな」
 殺して奪う敵と、それを阻止して守ろうとする自分達。その隔たりはあまりにも深い。
「何を……うっ!?」
 一瞬視界で光った何かに反応するも、一度現れたそれは見逃してはくれない。
 修行中とは真逆の雰囲気を纏ったつららの氷剣は、仲間達からの支援を幾つか受けた後。凄まじい速度で飛来しイットを刺し貫けば、威力の激しさからかイットがくぐもった悲鳴を上げた。
「ああツイてませんね……爺さんを殺しにいったらケルベロスとは。本当に」
「……だからって、見逃したりしないよ」
 呟き、ティスキィは巨大な槌を振るう。放った砲撃は竹林の空気を震わせ、衝撃止まぬ内に肉薄した藤が拳を繰り出した。音速を超えた一撃はモノクロの道化衣装に深くめりこみ、ボキリと音を立てる。
「っぐ、う……ですが!」
 ぶわ、と霞み、増える道化の姿。しかしゼロアリエは煌々とした片目に道化を映して笑い、星辰の長剣を振り上げた。
「無駄だよッ!!」
「ぐわあァ!?」
 繰り出したのは全てを砕く斬撃。けれどその向こう、道化を連れてきた道の上に、少年は見ていた。
「俺『達』は、先生を傷付けようとする悪者は許さないんだ」
「震えも悪夢も切り裂いて――」
 後ろを見る視線。聞こえた声。気付いたイットが振り返る。
「消えることない魂の種火を今ここに!」
 ユスティーナが叩き付けた一撃は強烈で、たたらを踏んだ道化はその痛みと別の衝撃で目を見開く。
「ディスが、やられたのですか……!?」
「おや。だいぶ押しているようじゃの」
 道化を無視して呟く手毬は堂々としており、内に抱く緊張を微塵も感じさせない。道化を相手取っていた仲間達を見て、ふわりと癒しの舞いを取るのは、確実に撃破する為の一手。
 その舞いを背に駆けたイチカが、橙の灯を冠した電撃杖をくるりと回した。先端で光が大きく弾け、膨れ上がる。
「お終いだよ。だって、紙芝居の最後はたいてい『めでたしめでたし』だもの」

 ――こうして、演じ手を狙ったこの事件もまた、ケルベロス達によって見事解決されたのでした。めでたし、めでたし。 

作者:東間 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。