翠艶のエスメラルダ

作者:カワセミ

「――あれが、全ての元凶か」
 森の茂みに身を潜め、樒・レン(夜鳴鶯・e05621)は低く呟く。
 長野県の森林地帯で連続していた、茨による寄生型攻性植物事件。
 レンの提言によってケルベロスで編成された探索班の派遣が決まり、レン自身も班に参加していた。
「犠牲者の共通点は、健康であること、山や森で一人になるタイミングがあったこと、それだけだった。
 手がかりは少なかった。しかし、何度も同じ手が通じると慢心するとは――愚かな」
 薄く笑うラハティエル・マッケンゼン(黄金炎の天使・e01199)に、灰縞・沙慈(小さな光・e24024)が頷く。
「事件はいつも、森で起きてた……」
 探索箇所の絞り込みをしたのはこの二人だ。
 事件が起きるという確証がなかった今回、周辺地帯の封鎖といった大規模な動きを取ることはできなかった。
 人の集まる観光地の森で、一人になった人物を注意深く観察し、不自然に姿を消した少女を探索班は追った。
 そして今、彼らが身を潜め包囲した、綿毛の胞子が漂う森奥の広場で。
 茨に身を包んだ妖艶な女が、女性に語りかけていた。
「貴方達は本当に無能ね。このわたくしが祝福を与えてあげたというのに失敗ばかり。
 ねえ、少しは恥ずかしいとは思わないの?」
 樹上で頬杖をつきながら、樹下の少女へ呆れた素振りを見せる茨の女。
「はずかしいです……」
 茨の女を見上げ、従順に答える少女の様子を見ると茨の女は少しばかり満足そうに微笑んだ。
 少女の目は既に恍惚と焦点を失っている。彼女の唇は、機械のように茨の女へ忠誠を誓う言葉しか紡がない。
 樹上から、するりと細い茨が伸びて少女の腰から背中を撫でる。
「貴方は愛らしいわ。きっと次こそは、愚民を手玉にとって良質な食事を持ち帰ることでしょう。
 ――さあ、森の女王エスメラルダに誓いなさい。貴方の夢を、愛を、未来を、その全てを捧げることこそが喜びだと」
 少女はうっとりと笑い、言われるがままの言葉を口ずさもうとする。
 女王に魅了された少女の脳天を、毒針のように尖った茨が貫こうとした時だった。
「やめてっ!!」
「ッ!?」
 茨の女――エスメラルダの表情が一変する。
 茨と少女の間に突如として飛び込み、両手を広げて立ちはだかる沙慈の姿。キッと睨み上げる、覚悟に満ちた眼差し。魅了が解けた少女は気を失いその場に崩れ落ちた。
 エスメラルダの余裕は一瞬で警戒へと移り変わった。瞬時に茨を引き戻し、樹上から周囲を素早く観察する。
「やれやれ……。これはヘリオライダーに持ち帰るべき情報だったのでは? レン殿」
 首を竦めながら、敵前へ姿を晒すラハティエル。同じく前へ進み出ながら、レンは面の下で微かに微笑んだ。
「これ以上犠牲者は出さない。それに、体が動いてしまったのは沙慈も、俺も――そちらも同じことだ」
 沙慈が飛び出さなければ、レンかラハティエルが同じことをしていた。その言葉に、ラハティエルはフッと笑みを零す。
 幸いにも、この場にはケルベロス達が揃っている。勝機はないと諦めるような状況ではない。
「ふうん。今まで邪魔してくれたのは、貴方達というわけね。
 ――許しも得ずに数々の無礼、言うまでもなく不敬です。全員、わたくしの騎士となる価値もなし。この場で死になさい」
 体中の茨を邪悪に蠢かせながら、エスメラルダはケルベロス達へ明確に死を宣告した。


参加者
セレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)
リリア・カサブランカ(春告げのカンパネラ・e00241)
ラハティエル・マッケンゼン(黄金炎の天使・e01199)
樒・レン(夜鳴鶯・e05621)
ジュリアス・カールスバーグ(山葵の心の牧羊剣士・e15205)
白刀神・ユスト(白刃鏖牙・e22236)
灰縞・沙慈(小さな光・e24024)
獅子谷・銀子(眠れる銀獅子・e29902)

■リプレイ


「敵が隙を作るまで待てないのは若いですねえ。そういうの、嫌いじゃないですけどっ!」
 小言めいたことを口にしつつも、満更でもなさそうなジュリアス・カールスバーグ(山葵の心の牧羊剣士・e15205)。彼を始めとして、探索班に参加していたケルベロスは総勢八名。皆、身を潜めてエスメラルダの動きを注視していた。
 最初の三名が飛び出した以上、衝突は必至だった。残る五名もエスメラルダの前へ姿を見せ、取り囲むように布陣している状態である。
「ようやく見つけた。ならば、ここで決着つけましょう」
 動きやすいトレッキングウェア姿の獅子谷・銀子(眠れる銀獅子・e29902)は、藪を分け入る過酷な探索の疲労を押し殺してエスメラルダと向き合う。
 現場に倒れた少女を見るとその表情に緊張が走る。しかし少女を守るように立ちはだかる仲間の姿に、銀子はほんの少しだけ胸を撫で下ろした。
「茨男さんも茨女さん、も助けられなかった……。今回は、絶対に助ける」
 両手を広げ、気を失った少女とエスメラルダの前に依然として立ち続ける灰縞・沙慈(小さな光・e24024)。
 固い決意と覚悟を秘めた、沙慈の眼差しにかその言葉にか。エスメラルダは艶然と微笑む。
「茨男? ――ああ、無能な者どもでした。与えられた使命ひとつ満足に果たせず、貴方達に敗れるのだから」
 その言い草に、樒・レン(夜鳴鶯・e05621)は面の下で静かに眉を寄せた。
「森の女王を僭称しても、お前のすることと言えば他者を操り手駒にするばかり。
 浅ましき本性が、透けて見えるというものだ」
 自分が批判されることなど思いもよらなかったのか、エスメラルダは怪訝そうにレンを見遣る。
「リリアは……奴との因縁は、深いのかい」
 身構え、周囲を警戒しながら白刀神・ユスト(白刃鏖牙・e22236)が尋ねる。深く立ち入るつもりもない、ごく軽い言葉だった。
 リリア・カサブランカ(春告げのカンパネラ・e00241)は、少しだけ考える間を置いてから口を開く。
「……エスメラルダの首は、わたしのものよ」
 音もなく鎌を構えてそれだけを告げる。
 その静かな決意に、傍で聞いていたセレスティン・ウィンディア(墓場のヘカテ・e00184)は薄く笑んだ。
「リリアさんの想いが果たせるように力添えするわ。……ふふ、女の恨みは怖いわよ?」
 セレスティンもまた、デウスエクスに恨みを持つ者だった。最後の言葉は森の女王へ告げながら、愛銃「ヘカーテ・アラベクス」の銃口を静かに向ける。刺すような殺気が音もなく広がり、一般人を寄せ付けない気配が満ちる。
 今回、セレスティンは只の狙撃手に徹すると決めていた。狙いは外さず、確実に敵を死の淵へと追いやるものだ。
 音もなく樹上から地へ降り立ったエスメラルダ。その足元へ、突如白い手袋が投げつけられ、朗々と名乗りがあがった。
「我が名はラハティエル、ケルベロスが一名!」
 口上を歌い上げるのはラハティエル・マッケンゼン(黄金炎の天使・e01199)。
「想い人レディ・リリアに従い、貴殿を討つ。恨みはないがエスメラルダ……滅ぶべし!」
 敵が何者であろうとラハティエルには関係がなかった。名誉と礼節を重んじる、その在り方を変えるつもりはない。
 エスメラルダは面白がるように微笑むと、身に纏う蔦の一つをするりと伸ばし、足元の手袋を絡め取り受け取った。
「良いでしょう。この女王エスメラルダの手によって死ぬ栄光を、貴方達に与えます。――ああ、それとそこの貴方。それほど望むのなら、わたくしの騎士にしてあげてもよくってよ?」
 茨の先が、指でも差すようにラハティエルの方へ向く。その言葉に、愛する人の隣に立っていたリリアの眼差しが立ちどころに鋭さを増した。
「彼はそんなこと望んでないわ! ――冗談を言っていられるのも今の内。わたし達は、決してあなたを逃す気はないのだから」
 互いの一歩も譲らぬ意志が、限界まで張り詰め――最初に動いたのは、エスメラルダだった。


「逃す気はない? 逃げられないのは貴方達の方です」
 悠然と笑うエスメラルダ。身に纏う蔦状の触手が一斉に蠢き、リリアの体を戒めんと迸って襲いかかる。
 咄嗟に飛び退くことも間に合わず、攻撃を覚悟したリリアの前を小さな影が遮った。
「絶対に、させない!!」
 飛び込んだ沙慈がリリアを後ろへ押し出し、触手による捕縛を一身に受ける。
 エスメラルダに命を奪われ、弄ばれた力なき人の成れの果てである茨男と茨女。
 今まで、沙慈は彼らに対し心の中で無力を詫び続けていた。しかし、今度は違う。
「今回は、絶対に助けられるもん。女の子もみんなも、これ以上傷付けさせない!」
「沙慈ちゃん……」
 彼女の決意に胸を突かれ、リリアが息を呑むのも一瞬のこと。すぐに意識を切り替え、エスメラルダを激しく斬りつけんと鎌を振り下ろす。
「わたしだって……。苦手だ、怖いだなんて言い訳して。あなたを先に見つけられなかった自分の不甲斐なさにも、被害者たちのことにも、怒ってるんだから!」
「フッ……。不甲斐ないなどということはないさ。今、こうして肩を並べ、共に戦っているだろう?」
 鎌の一撃が届いたのを確かめると、ラハティエルが静かに微笑んで敵の懐まで駆ける。滅魔刀を振るい、出会い頭の居合い斬りを繰り出した。
 瞬く間の連撃を受け、仰け反るエスメラルダが短く舌打ちする。そこに間髪入れず大烏の姿をしたブラックスライムが舞い降りたが、素早く後ろへ下がった敵に届かない。
「あら、今回はこの子はお留守番かしらね。……なら、この子の分まで頼むわよ、ヘカテ」
 このブラックスライムによる攻撃を取り混ぜても、敵に届かせるのは難しそうだとセレスティンは判断した。愛銃を撫で、怪しくも妖艶に笑う。
「騎士に守って欲しいのか何なのか知りませんが。貴方にも、私の女王陛下たる資格はないですよ?」
 そう告げたジュリアスが放つのは、霊気で作った瘡霊弾。エスメラルダの肢体に直撃し、溶け込んでいったそれは瞬く間にケタケタと耳障りな笑い声を響かせた。
 よくわからないものをぶつけられ、何故か意味もなく笑われているエスメラルダは忌々しげにジュリアスを振り返る。
「資格? 女王として君臨するは生まれながらの定め、侵されることなき高貴です。不敬よ、牧羊犬」
 冷静を装って反駁しているものの、その眼差しには明確な怒りが宿る。
 蔦に未だ捕えられ、苦しげな声を漏らす沙慈。彼女の視界にふとちらつく影があった。
「夜鳴鶯、只今推参」
 それが何者か気付くのと、静かな口上が響くのはほとんど同時だった。蔦の内の幾つかが、レンの放った分身めがけ襲いかかる。沙慈の拘束は自然と緩んでいった。沙慈は小さな体を揺らし声をあげる。
「……っ、けほっ。ありがとう、レンさん!」
 礼には及ばない、と首を振ってから、レンはエスメラルダを見据える。
「お前は決して俺達に勝てない。他者の心を操るしかできぬお前には、俺達が心ひとつに戦う理由を理解できぬからだ」
 そう告げながらも、倒れた少女を気遣い庇う位置に立つ。
 レンの言葉にユストも大きく頷いた。
「ああ、全くだ。女王だ何だと誇らしげだが、その称号を名乗るにゃ気品がちびっと足りねえぜ?
 そんなナリじゃあ場末の踊り子か、せいぜい裸の王様って所だな。知ってるかい?裸の王様」
 眉を上げるエスメラルダへ、助走をつけて駆け出したユストが、蔦に覆われていない下腹を貫かんばかりの電光石火の蹴撃を見舞う。
「――見えないモンを見えると言い張り、臣民に恥を晒した大馬鹿者さ!」
「ぐっ!!」
 エスメラルダが腹を曲げ大きく呻く。腹肉が艶かしくたわみ、その柔らかさは遠目に見るだけでも分かるほどだった。煽るようなユストの言葉に、少し遅れてエスメラルダが口端を上げて笑う。
「――茶番なら無用です。貴方達を逃す気はないと言ったでしょう」
 挑発は見抜かれた。後ろへ下がりながら、ふむとユストは考える。
「(まあ作戦の為に挑発はしたんだけど、エスメラルダの見た目は嫌いじゃねーなぁ……勿体無い)」
 顔立ちだけを見れば美女であり、茨と花で覆われていない部分からは、人間離れした肌色ではあれど蠱惑的な肢体が覗いている。
「つーかやっぱ、リリアにゃ悪いがちょっとエロ過ぎんだろ、この植物……!」
「ユストさん!?」
 思いもよらぬことを言われてリリアが驚いた。
「ええ、常識的な女性の感性では、こんな姿で人前に出るなんて有り得ない。やはり相容れない存在だわ、エスメラルダ」
 一連のやりとりに、銀子が深く頷いて同調する。
「そう、貴方の相手は私たち。
 茨男さんも……茨女さんも倒したのは私たち。
 貴方を倒すのも私たち、だから」
 沙慈が大きく腕を振るい、傷付いた自分ごと仲間を癒やすためのヒールドローンを放つ。ウイングキャットのトパーズも大きく旋回して尻尾の輪を放ち援護した。
 ドローンに守られながら、沙慈はエスメラルダを睨む。
「……ここでおわり、だよ」
「そうよ。邪悪な茨の女王様は、ここでおしまい」
 沙慈の言葉に重ねて、銀子の正確無比な螺旋手裏剣が放たれる。
 手裏剣に内包された侵食術ごとその身を斬り裂かれ、エスメラルダの悲鳴が聞こえた。
「人を傷つけ操って、女王気取りなんて冗談。そうでしょ?」
 傷つき、ケルベロス達を睨むエスメラルダ。戦局は刻々とケルベロス達の優位へ傾いていた。


「はじめまして、そしてさようなら。多くの命を貶めたその罪、ここで死をもって贖いなさい」
 エスメラルダに幾度も銃撃を与えたセレスティンが、歌うように森の奥深い闇へと語りかける。冷たい空気を孕んで、髑髏の羽織が大きく膨らんだ。
「――夜よりも深い闇よ、愛しき者どもよ、私の力となり奴を食らえ」
 昼間でありながら、夜よりも暗い暗がりから無数の骸骨の亡霊が現れエスメラルダを捉える。逃れようもない亡者の襲来に飲み込まれそうなエスメラルダを見下ろし、セレスティンは妖しく微笑む。
「哀しみに終焉を。このヘカテと私が、見届けてあげるわよ」
 前衛のケルベロス達は、エスメラルダの口付けによる毒や、胞子催眠を受け苦しんでいた。
 それを見逃さず、彼らの頭上に霊力を帯びた木の葉の紙兵が舞い降り、守護と癒やしを与えていく。
「千載一遇の好機、逃してなるものか。ここで決着をつけるぞ」
「ええ、ありがとうございます。……おー、それにしても痛かった。さっさと決着をつけたいところですね!」
 鼓舞するレンの言葉にジュリアスも頷く。仲間を守り特に消耗の大きかったジュリアスも元気を取り戻す。
「女王サマの身動きは封じたッ! 後は任せたぜ、リリア!」
 ナイフによるジグザグの斬撃。エスメラルダの動きを叶う限り鈍らせたユストが声をあげた。
「隙が出来ましたね! 痛いのを喰らわせてやりましょう!!」
 ジュリアスの声に続き、セレスティンも攻撃を譲るかのように頷く。
 愛する人を先導するかのように飛び出したのはラハティエルだ。
「愛しいリリア……。このカタナは、この身は、唯一貴女のために!」
 エスメラルダの傍で両翼を広げる。その翼鮮朱の炎に輝き、劫火の灼熱を放った。
「さあ、リリア!」
 愛する人の宿敵を灼熱で焼きながら、ラハティエルはリリアを振り返る。
「……エスメラルダ、あなたが邪悪な存在でよかったわ。
 排除することに何の躊躇いもないもの」
 命を刈り取る鎌を振り下ろす間際に、リリアが一言だけ尋ねる。
「今、多くの攻性植物が動いているわ。これは偶然? それとも……まだ誰かが糸を引いてるの?」
 その問い掛けに、エスメラルダはただ哀れむかのように笑った。
「聞けば何でも教えてもらえると思っているの? だとすれば、あまりに無垢な聖職者です」
「……そう。残念だわ。さようなら、エスメラルダ」
 何も答える気がないエスメラルダの胸へ、リリアは淡々と鎌を振り下ろす。
 その刃は深く柔らかな身を抉り――最期の力も失った森の女王は、一瞬だけ苦悶の呻き声を残して、薔薇の花弁となって舞い散った。


「王は民を選べない。民を選り好みする王には、死が待つだけなんですよ」
 散りゆく花弁を見送りながら、ジュリアスは静かに呟く。
 それからすぐに意識を切り替えて、倒れた少女の傍へと跪いた。
「大丈夫ですか!? まだ催眠にかかっていたら面倒だな。よし、くらえー!!」
 大声で声を掛けてから、ほぼ迷いないノータイムでジュリアスは溜めた気力を少女へ容赦なく叩き込む。
「ああ、頼むぜジュリアス。くらえー……って、おおい!?」
 あまりに荒療治な絵面にユストが思わず突っ込むが、結果として少女はゆっくりと目を覚ます。
「えっと、私……」
 未だゆめうつつの少女を見下ろし、セレスティンが優しく微笑む。
「もう大丈夫。怖いものは、もうどこにもいないわ」
 安心させようという心が伝わったのだろう。状況を理解していないながらも、少女はほっとした笑顔を見せた。
「リリアさん!」
 振り返ったリリアにぶつかるように沙慈がしがみつく。目を丸くするリリアの視線の先で、ぎゅーっと、目一杯の気持ちを込めて抱き締めた。
「あのね、どんなツライことや悲しいことがあったかは知らないけど……。
 リリアさんがいてくれて良かったって思うの。
 ……だから、また。いっぱいいっぱい、楽しいお話しようね」
「沙慈ちゃん……」
 沙慈の温かい心は、しがみつく腕から伝わってくるようだった。リリアの口許はどうしようもなく綻んでしまう。
 そのリリアの肩へ、ラハティエルが優しくトレンチコートが掛ける。
「さあ、帰ろう、リリア。凍てついた夜を共に歩み、暖かな朝を、二人で」
「ありがとう、ラハティエル。温かい……」
 今さっきまで彼が羽織っていたのであろうコートは、その温もりを体温そのままに残していた。肩に触れる手へ掌を重ね、リリアは微笑む。もうここには、忌まわしい森の女王の痕跡は残っていなかった。
「行きましょう。――ねえ、お家はどこか教えてくれる?」
 警察官らしく、物慣れた様子で少女へ帰り道を尋ね手を引く銀子。
 頷き、ついていこうと歩き出したリリアは最後に一度だけ森を振り返る。そこには、瞑目して片合掌するレンの姿があった。
「例え人の姿を模しても、人間の心を識らぬとは哀れ。……どうか安らかに」
 その魂の救いと、重力の祝福を願って。
 レンと形は違えど、リリアもまた指を組み合わせ、その場に跪き祈りを捧げた。
「――主よ、我らを守り導き祝福してください。
 苦難が待ち受けようと、光に照らされた道を歩めるように」
 森の女王を名乗る者が支配していた、小さな玉座。
 そこにはもう誰が座っていることもない。ただ暖かな陽射しが森を明るい翠緑に輝かせる。
 悲劇は終わったのだと、柔らかな木漏れ日をケルベロス達に投げかけていた。

作者:カワセミ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 2/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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