わたしに似た、わたしに劣るもの

作者:そらばる

●蔓草の森
 群馬県と栃木県の境に横たわる足尾山地。
 百丸・千助(刃己合研・e05330)と一恋・二葉(暴君カリギュラ・e00018)の山狩りは、その中腹、皇海山の深奥にまで及んでいた。
「ずいぶん山奥まできちまったな」
「痕跡は確かにこっちに続いてやがるんですが……」
「今日は大収穫ですねー」
 キノコいっぱいの籠を担いでるんるん気分で二人の後を歩いているのは、たまたま中腹で合流したピリカ・コルテット(くれいじーおれんじ・e08106)である。
 警戒とキノコ発見を怠らず山中を進む一行は、いつしか周囲の風景が奇妙に暗く、蔓性の植物が増えているのに気づいた。
 山に入った目的は違えど、ケルベロス達には心当たりがあった。以前戦った、攻性植物に寄生された男性は、全身を蔓草に覆われていたのだ。
 一行は慎重に、かつ果敢に、蔓草の這う森の奥を目指した。
 歩みを進めるほどに、蔓性植物の勢力は増し、視界はいっそう暗く澱んでいく。
 蔓の密度に息苦しさすら覚えるほどに進んだ先、おそらく中心部であろう空洞に、人影があった。
 空洞の中央には、枯れ果てた大樹が鎮座している。
 その大樹の上には、無数に伸びる枯れ枝に護られるように、蔓草で編み上げられた、人間大の『繭』が吊るされていた。
 立派な枝の上に立つ華奢な人影は、ぼんやりと光る『繭』にすり寄り、甘やかに囁きかけているようだった。
「今度こそ、もっともっと、上手く造れるかなぁ」
 物陰から固唾を呑んで見守るケルベロス達は、人影の背に生える蔓草の翼を、その目ではっきりと確認した。

●アイヴス
「危急の招集にお集まり頂き、誠に有り難うございます。こたびは、一般人を山に誘い込み攻性植物を寄生させる、人型攻性植物の一件にございます」
 戸賀・鬼灯(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0096)は経緯を語る。
 この数週間、足尾山地近隣にて、攻性植物に寄生された一般人が、山を降りて市街地を襲わんとする事例が数件確認されていた。
 事件はいずれもケルベロスによって水際で防がれたが、寄生された一般人は侵食が深く、救出は叶わなかった。事件の元凶となる存在の手掛かりも、掴めず仕舞いに終わっている。
「しかしこのたび、現地に調査に赴いてくださった方々のおかげで、人型攻性植物の動きを察知する事が叶いました」
 調査メンバーは皇海山深奥にて、敵の本拠と、元凶と思われる人型攻性植物を発見した。
 蔓草の翼、角、尾など、近隣で現れた寄生型攻性植物と特徴が一致。金髪で、十代前半の女性思われる姿。顔までは見えなかったけれど、誰かに似ていたような気がする、とのこと。
 出来うる限り持ち帰られた情報を統合し、予知を加えて、鬼灯は敵の情報を割り出した。
「敵の名は、『アイヴス』。蔓草による人間への侵食、寄生を行う攻性植物でございます」
 蔓草で敵の全身を縛り上げる『蔓触手形態』、蔓草で敵の頭部を覆い尽くす『憎悪伝染』、自身の姿に似せて編み上げた蔓草で敵群に絡みつく『魅了の似せもの』といった攻撃を仕掛けてくる。
「どうにも、自身に似通った容姿に対する、歪んだ執着のようなものを感じます。『繭』で造り出さんとしているものも、あるいは……」
 現在、アイヴスが捕らえているであろう人物は、日光市の女子中学生、鏡子。おそらく、調査中に目撃された『繭』の中に囚われているのだろう。
 行方不明になったタイミングから考えて、完全に寄生されるまでには、まだ十分に時間があるとみられる。
 今から現場に急行、敵の本拠に踏み込んでアイヴスを撃破できれば、森の蔓の侵食も解かれ、『繭』も自壊、鏡子を救出する事ができるはずだ。
 逆に、ケルベロス達が敵を倒せず敗退する事になれば、アイヴスは居場所を悟られた事を計画失敗と考え、鏡子ごと『繭』を壊してさっさと行方をくらますだろう。
 ケルベロスを退けるまで、アイヴスは本拠の外へは出ようとしない。その状態で、無理矢理『繭』の破壊や鏡子の安全確保を狙うのは現実的ではない。必殺の気概で、アイヴスの撃破一本に集中するべきだろう。
「人間に攻性植物を寄生させ、配下を増やすとは……相当に厄介な能力と言えましょう。早々に確実な討伐を成功させ、囚われた少女の救出を、宜しくお願い致します」


参加者
一恋・二葉(暴君カリギュラ・e00018)
アイビー・サオトメ(アグリッピナ・e03636)
百丸・千助(刃己合研・e05330)
ヒナタ・イクスェス(世界一シリアスが似合わない漢・e08816)
マサヨシ・ストフム(蒼炎拳闘竜・e08872)
リュコス・リルネフ(銀牙迸り駆ける・e11009)
天目・宗玄(一目連・e18326)
アーネスティン・サニーライト(春色マーチ・e33435)

■リプレイ

●アイヴスの巣
 アイヴスは繭を愛でる。
 己にそっくりな、はらからを迎える為に。

 足尾山地中枢、皇海山深奥。
 むせかえるほどの緑に満ちた森の中を、ケルベロス達は進軍していた。
「ぜってぇゆるさねー、です。てめーの身勝手でこれ以上、やらせてたまるか! です!」
 険しい道のりを進みながら、ここまでに至る経緯と犠牲を思い、憤然と気を吐くのは一恋・二葉(暴君カリギュラ・e00018)。
「全く関係ない人たちにこんな酷いことするなんて許せないっ! みんなを悲しませるような悪い奴にはお仕置きしないとねっ!」
 元気いっぱいのアーネスティン・サニーライト(春色マーチ・e33435)も、持ち前の正義感と闘志を燃やしている。
 有無を言わさず人々に犠牲を強いる敵を倒すべく、皆の士気は静かに高まっていた。
 そんな彼等を先鋒に立って道案内をするのは、ピリカだ。
「みなさんっ、あと少しですよ! 暗い顔ばっかしてたら戦う前に疲れちゃいますっ! 明るく元気にいこーっ!」
 キノコ両手に、謎のステップを踏みながら、空気を和ませてくれる。
 導きは的確だった。葵依は常にその隣を歩き、隠された森の小路でルートを安定させていく。
「こっちだ。足元に気を付けて。迷わないようにな」
 生い茂る草木が退き、ケルベロス達は奥へ奥へと誘われていく。
 幾許となく、蔓性の植物が目立つようになり、森が一段と暗くなる。
「いよいよ例の攻性植物の親玉と対面か。アイヴス……これ以上好き勝手させねえからな」
 被害者の最期の姿を思い描きながら、百丸・千助(刃己合研・e05330)は低く呟いたのち、押し黙った。お喋りができるのも、ここまでだろう。
 息苦しいほどに蔓草の密度が増し、やがて奥から不自然な光がぼんやりと漏れ始めた。
 光を目指してしばし歩くと、急速に視界が開けた。
 蔓草で編み上げられたドーム状の大空洞が、目の前にあった。中央には枯れた大樹。うすぼんやりとした光は、樹上に吊るされた繭から放たれており、大した光量でもないはずなのに、奇妙な明るさで空洞内をあまねく満たしている。
 繭の傍らには、繭にすり寄り、繭を愛でる少女のシルエット。
 その姿に、リュコス・リルネフ(銀牙迸り駆ける・e11009)は言い知れぬ寒気を覚える。
(「これまでアイヴスの犠牲になった人達……どれも植物の翼が生えてたみたいだけど、アイヴスは何を作ろうとしてるんだろう……」)
 正体と意図の読めない不気味さが、つきまとわずにはいられない。
(「敵は侵略者であり、コッチとは違う価値観をもつ存在。だから一般人を巻き込んでの行動云々は『ま~仕方ない』……けども」)
 相容れぬ存在を目の前にして、ヒナタ・イクスェス(世界一シリアスが似合わない漢・e08816)は、どことなく物騒に目を細めた。
 アイヴスがこちらに気づいている様子はない。
 空洞縁の蔓草の壁の後ろに身を潜めながら、皆は言葉なく顔を合わせ、頷き合うと、あらかじめ取り決めていた配置に散開した。
 囮役を引き受けたアイビー・サオトメ(アグリッピナ・e03636)は、前を向き、意を決して、大空洞の内側へと歩みを進めた。
(「確かめなきゃ……」)
 押し殺しきれない戸惑いと、仲間達と共に、アイビーはアイヴスの巣に、とうとう足を踏み入れた。

●わたしと似た、わたしでないもの
 その一歩が踏み込まれた瞬間、
 見開かれたアイヴスの視線が、鋭くケルベロス達を捉えた。
「……――!」
 大樹の上ではっきりと振り返ったその顔立ちに、ケルベロス達に激しい驚愕が走った。
 誰よりも、アイビーの動揺は深い。
「ボ……ボクと……同じ顔……?」
 そう。アイヴスは、アイビーに『瓜二つ』だったのだ。
 樹下を見下ろすアイヴスに、表情はなかった。ガラス玉めいた瞳が、センサーの如く無機質にケルベロス達を探る。
 その視線が一点に留まった瞬間、アイヴスは大きく口許を吊り上げた。ピエロの化粧めいた、貼りつけたような不自然な笑み。
「……献体番号4-Y番?」
 小さく、そんな風に呟いたようだった。
 アイヴスの細い足が樹皮を蹴ったかと思えば、一息にケルベロス達の前に着地した。言葉もなくのけぞる囮組。
 アイヴスはおかまいなしに、不気味な笑顔のまま、自分そっくりな顔を興味深げにためつすがめつしながら、硬直するアイビーの周囲をくるりと一巡りした。
「……ふん、ナルシストだって聞いてたからどんな面してるかと思えば、単なるそっくりさんじゃねーですか。二葉のアイビーの方が百億倍可愛いぞ、です!」
 アイビーの守護者としてついてきた二葉は、いち早く衝撃から立ち直り、アイヴスに挑戦的な言葉をぶつけた。
 恋人の言葉に発破をかけられる形で、アイビーははっと我に返り、敵に向けて問いかけた。
「あなたは、誰なんですか……? どうしてボクと同じ顔を……」
「わたしのいちばん最初の記憶。隣に、わたしそっくりの誰かがいた」
 問いかけを遮って、アイヴスが言った。感情の薄い、どこか一本調子な語り口が、表情のアンバランスさをより際立てる。
「そいつは『完成度が高い』と言われていた。わたしはそいつに劣ると。わたしと似ている、わたしでないものは『完成度が高い』――だから、わたしそっくりのものを造るの。完成度は高いほうがいいもの」
 その認識は、ひどく歪に思われた。人間の柔軟さを持たない、一足飛びの思考回路だ。
 人を真似た仕草で、アイヴスは首を傾ける。
「おまえは、あの時の、『完成度が高い』やつ?」
「――――……」
 答えを持たず、言葉を失くすアイビー。
 張り詰めた空気を、独特の笑い声がつんざく。
「くぁ♪ くぁ~っはっは! いや~笑えるのオチよ♪」
 赤ペンぐるみの白い腹を叩いて笑い飛ばしたのは、囮組参加のヒナタであった。そもそも『自分に似た物を愛でる・創り出す』という価値観そのものが、彼にとっては超アウトだったのだが……。
「まさかこれほどのオチとはねぇ~。くぁ~コレじゃその辺に生えてる唯の雑草と変わらないのオチ。そんな雑草がそんなドヤ顔で~♪」
 どうせ創るなら、どうせ『成る』なら唯一無二のオリジナル――なんて持論をぶっても、この雑草頭では理解できまい、と空気を読まずに思いっきり馬鹿にしながら大笑い。
 思いのほか、これは人間とは別物の精神構造の存在だ。
 自身を嘲る言葉を、アイヴスはそよ風のように聞き流していたが、ふと、その顔から一切の表情が消えた。
「わたし、『知って』るよ。
 『憎しみは強い力になる』って。
 あなたは、わたしより劣ってる? それとも――優れてる?」
 瞬間的に、殺気が膨れ上がった。
「――来るぜ!」
 治癒術を身構えながら、千助が叫んだ。
 その時すでに、アイヴスの背後にはケルベロス達の殺気が集束していた。
「悪いが、お喋りはここで終わりだ」
 静かに、しかし瞬く間に駆け寄ったマサヨシ・ストフム(蒼炎拳闘竜・e08872)の蒼炎の一撃が、アイヴスの背中を強襲した。その表情に笑みはなく、ただひたむきに――獰猛に。

●生長する憎悪の果てに
 マサヨシの一撃を皮切りに、蔓草の壁の裏に散り散りに隠れていた奇襲組は、次々にアイヴスの死角から襲い掛かった。
「一斉攻撃ぃ!!」
 アーネスティンのライトニングロッドが激しい放電をほとばしらせる。
 手ずから鍛えた刀剣を携え、炎を纏った神速の二段抜刀術を浴びせて退きながら、天目・宗玄(一目連・e18326)は目を細める。
「確かに、サオトメと容姿が似通っているようだが……。いや、今はあれこれ詮索する時ではないな」
「分かってることは一つ! ここでこいつを倒せば怪しい企みは終わる! みんなと一緒にその野望を引き裂いてやる!!」
 リュコスが広げた微弱な電流は、的確にアイヴスの脳内に流し込まれる。
 見開かれたアイヴスの瞳が、練り上げられた殺気が、急激にベクトルを変えてリュコスを向いた。
 アイヴスの背の小さな蔓草の翼飾りが、あたかも本物の翼の如く大きく伸び広がり、両掌のごとくリュコスを握りしめた。
「くぁ! 背中がお留守のオチ♪」
 どこからともなく現れた小型赤ペンギン達が、重火器の一斉砲火を敵に叩き付ける。重畳重畳、と見ているだけのヒナタに、翻ったアイヴスの殺気が突き刺さった。
 ケルベロス達のグラビティが次々に畳みかけていく。
 アイヴスは、自身そっくりな存在への執着と、植え付けられた怒りの感情とのはざまで揺れ動きながら、蔓草の翼の先端を地面に突き刺した。
 地中を広がりながら急速に這い進んだ蔓草は、大地を割って前衛一人一人の足元に絡みつき、這い上がるように生長した。蔓草が編み上げたその姿は、アイヴスそのもの。怪しく肉体にからみつき、大きな瞳で顔を覗き込み、愛らしい顔立ちで微笑みかける……。
「降り注げ―――憂断!!」
 魅了に眩みかけた前衛を叱咤するように、千助が大量に作り出した霊力の球が、滂沱たる治癒の雨を仲間達に浴びせた。
 真っ先に恩恵に与った二葉が、はっと顔を上げ、地獄化した右目を見開いた。
「っ、覚悟はできてんだろうな……です、面がアイビーとにてるからって、加減してもらえると思ってんじゃねーぞ、です!」
 蒼い炎が視界を舐め尽くし、似せものの蔓草を汚らわしいもののように退けていく。
 二人の治癒により、他の者にからみつく似せものも、瞬く間に人型を失って崩れ落ち、アイヴスの背に収束していった。
 即座に体勢を立て直し、ケルベロス達の攻勢が再び勢いを増していく。
「アーネがお邪魔を増やしちゃうからね! みんなっ、ガンガン攻撃しちゃって!」
 行動阻害を存分にばら撒いたアーネスティンは、今度はファミリアシュートで、仕込んだ効果を夥しいまでに増幅していく。
 斬霊斬で斬り込みつつ、宗玄はちらりと樹上の繭を見やった。
「囚われた者の事も気になる。あまり時間はかけたくないが……」
 中学生の被害者を慮る言葉は、年長者としての責任感に満ちている。 
「何、いざとなれば、オレがいこう」
 翼の炎を勢いよく吹かしながら、応えるマサヨシの言葉には、この戦いに命と理性を賭ける覚悟が滲んでいた。
「そういうのは、全力を尽くした後! 誰も犠牲にするつもりはないよ!」
 電光石火で敵に肉薄するマサヨシの背に投げかけながら、リュコスが実らせた黄金の果実が、仲間達に耐性を行き渡らせていく。
 戦いは、激化の一途を辿った。
 アイビーは冷静に攻撃を撃ち込みながらも、思考し続けていた。
(「ボクは……」)
 アイヴスへの問いかけが、自分へと裏返る。
 思い返しても、かつて孤児だった事、養父に保護された事……それ以上の事は出てこない。
 強烈な轟竜砲で撃ち抜かれながら、アイヴスがアイビーを振り返る。
 その表情は、それまでとは違う明確な喜悦と――隠しようのない憎悪に染まっていた。
「――危ねえッ、ですッ!!」
 アイヴスが翼を広げた瞬間、アイビーは真横に突き飛ばされた。咄嗟に振り返ったそこには――蔓草で頭部を覆い尽くされ空中に吊るされた、恋人の姿。
「二葉さん……っ!!」
 血が凍るような悲痛な叫びが、空洞内を切り裂く。
「――貴様!」
 咄嗟に翼の炎をジェット噴射させ、大きく跳び上がったマサヨシが、流星の重力を込めた蹴りを打ち下ろし、二葉へと伸びた蔓草の中途を、上から下へと断ち切った。近衛木・ヒダリギ(シャドウエルフのウィッチドクター・en0090)達が、二葉へと治癒のフォローを飛ばす。
 アイヴスは忌々しげに顔を歪めて翼を元に戻し、距離を取る。そこに宿る憎悪は本物だ。
 己に似た、己より優れた存在に、危機感と嫌悪を覚える……それは、生物としてはごく自然な感情なのだろう。
 つぎはぎの知識と思考回路で散々と遠回りをした果てに、彼女はこの戦いで、急速に人間的な自我を芽生えさせつつあるように見える。おそらくは、アイビーの存在に触発されて。
「人の姿に、ようやく心が追いついた、といったところか」
 呟きながら、宗玄は敵へと斬り込む。敵を傷つけた瞬間、返される感情の色がそれまでとは違ってきているのがわかる。
 アイヴスの限界は近い。蔓草の翼はボロボロで、膨大な怒りに侵食されて、愛らしい顔立ちは見る影もなく歪んでいる。
「憎い……憎い、憎い、憎い憎い憎い……わたしよりも優れているおまえがッ!!」
 蔓草の翼が、さらなる苛烈さで襲い掛かる。本来宿敵を狙うはずの攻撃は、しかし怒りの侵食によって、矛先を強制的に変えられてしまう。
「くぁ! 誰かに似せた、質の悪いコスプレに満足し愛でる雑草なんぞ、ここで枯れ果てるがよろしいのオチ!」
 渾身の一撃を受けとめたヒナタはしてやったりと笑むと、返すハンマーで凍結の一撃を蔓草にお見舞いしてやった。
 霜を帯びながら撤退する蔓草を追うように、本体へと詰め寄る宗玄。
「これ以上犠牲者を出さぬためにも、ここで確実に仕留めてくれよう」
 炎の二刀が、強烈な連撃で蔓草の翼を斬り捨てる。
 入れ替わりに飛び込んだのは、極限まで集中を研ぎ澄ませ、蒼く拳を燃やすマサヨシ。
「我が炎に焼き尽くせぬもの無し――我が拳に砕けぬもの無し――我が信念、決して消えること無し――故にこの一撃は極致に至り!」
 まっすぐに繰り出された正拳突きの、信念を宿した蒼炎が、アイヴスの頬を殴り飛ばした。
「アーネのとっておき! あなたの魂をアーネに預けて。――おやすみ」
 アーネスティンの唄は、彷徨える魂を鎮めるための願い。語りかけるような鎮魂歌。アイヴスの魂に、訴えかける……。
 リュコスと千助が、同時に地を蹴り飛び出した。
「さあ、刈り取るよ千助くん!! ボクに合わせて!!」
「任せとけ!! ブチかますぜリュコス!!」
「はぁあああああ!! 『旋刃脚』ッ!!」
「いくぜ、『スターゲイザー』!!」
 息の合ったコンビネーションで、強烈な足技が次々に叩き込まれる。大きくのけ反り、吹き飛ばされるアイヴス。
「今だよ!」
「一気に攻めろ!」
 促され、恋人達は顔を見合わせる。二葉の手に、アイビーはそっと手を重ねた。共には握れぬその刀に、想いを託すように。
「二葉が居る。何があってもアイビーを守るから、どんな敵が居ても二葉が一緒に倒すから、大丈夫だぞ、です!」
 走り出す二葉。渾身の居合い斬りに二人分の想いを乗せて、最後の道を切り拓く。
「……あなたが誰で、ボクが何だろうと、二葉さんより大事な事なんて、ない!」
 ラブフェロモンを凝縮しながら、アイビーは決然と言い放った。
 血の凍るような想いをしてたどり着いた、シンプルで、何物にも代えがたい解答だった。
「二葉さんが居るから、ボクは、絶対、負けない!!」
 超高濃度のラブフェロモンが、アイヴスの胸部を大きく貫いた。
 体組織の焼かれる強烈な匂いと、アイヴスの絶叫が、空洞内を虚しく満たした。

●夕焼けの皇海山
 事の終わりを見届け、宗玄は刀を納めながら、満足そうに一人頷く。
「なるほど、あの二人はそういう関係か。……うむ」
 今に至って、二葉とアイビーの関係性に得心いった様子であった。
 同じく武装を解除し、柚月は仕込んでいたボイスレコーダーが正しく動作していた事を確認しながら、空洞の中央へと視線を飛ばす。
「……人型の攻性植物。植物でない部分は人と同じなのか?」
 調査はいよいよ大詰め。しかし、収集できる情報は、これ以上存在するや否や……。
 胸部に大穴を開けたアイヴスは、大樹の袂に仰向けに倒れている。
 その傍らに立ち、アイビーは同じ顔を見下ろした。
「聞かせてください。あなたの知っている、なにもかもを」
 アイヴスは、空虚な眼差しをアイビーに返した。
「わたしは、おまえよりも、劣っていた。それが、全部」
 ぽつぽつと、平坦な言葉を零すと、その体は強酸に溶けるように、細かな泡と淡い湯気を立ててあっさりと消えていった。
 脱力感に似た沈黙が落ちた。
 ――次の瞬間、空洞を覆う蔓草の壁が一斉に枯れ落ちた。斜陽の暖かなオレンジ色が、閉ざされていた空間を急速に満たしていく。
「……っと、そうだっ、鏡子さん! 助けなきゃ!」
 はたと気づき、アーネスティンは大樹の上に駆け上がった。
 樹上に吊るされた繭は、光を失っていた。ケルベロス達を目の前にして、繭を構成する蔓草も瞬く間に枯れて崩れていく。
「安心しろ、助かったぞ」
 中から現れた少女を抱き留め、優しく声をかけるマサヨシ。
 しかし、違和感に気づき、一同は閉口する。
「……え……ここ、どこ?」
 ぼんやりと周囲を見回す鏡子は、普通の少女だった。まだ寄生された様子もない、ごく普通の。
 生来のものであろうその身体的特徴は、角、翼、尾……サキュバスを示すそれ。
 ……顔立ちが似ているとまでは言えない。だが、細身の体格、子供っぽい仕草、ふんわりと愛らしい雰囲気……どうしても、誰かの面影を見出さずにはいられない。
 アイヴスの『製造』は、『材料』に拘る段階にまで至っていたのだろう……。
「……大丈夫だ。全部、終わったからな」
 アーネスティンと共に治癒の光を輝かせながら、千助が言葉少なに返した。
 自身に似た、自身に劣るものを愛で、自身より優れるものを憎んだアイヴスは、もういない。
 平穏を取り戻した足尾山地に、大きな夕日が沈んでいった。

作者:そらばる 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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