黒闇に潜む蔓

作者:雪見進

「自殺志願者か……」
 神地・滄臥(ウォーガンナー・e05049)は被害者の心境に近い者を探す方向から調べていた。死が身近になる者は、様々な形で想いを残している。
 友人に言葉を漏らす者、SNSに辛い想いを残す者。そんな情報を集め、これ以上被害が出ないよう出来ないかと奔走していた。
 そんな中でケルベロスたちに一報が入った。突然、夢遊病のように森に向かって歩き出した男性が現れたのだ。
「後は任せろ」
 連絡を受け、その男性の後を辿る滄臥。そして、その先に怪しい光を発見した。
「俺は被害者を保護する」
 付近を捜索していたタンザナイト・ディープブルー(流れ落ち星・e03342)やユーシス・ボールドウィン(ウェアライダーの鹵獲術士・e32288)達に引き継ぎ滄臥は被害者を保護し離脱。
「分かりました。こちらも出来る限り調べ離脱します」
 残ったケルベロスたち数人で調査を行い、情報を手に帰還するのだった。


「ここ数週間の間に、発生していた攻性植物事件の元凶を発見しました」
 説明を行うのはチヒロ。滄臥、タンザナイト、ユーシスたちの調査の結果、現在の潜伏場所の特定に成功したのだった。
 発見した攻性植物は、今までに現れたタイプと酷似した外見で捕らわれているのは少女だった。
「この捕らわれた少女ですが、『桜』という名前だけが判明しています」
 調査の際に撮った写真を調べた結果、衣服の一部に名前が書いてあったようだ。それほど珍しく無い名前なので、それ以上の情報は現在では無い。
「そして、今までの事件の攻性植物と比べ強敵である事も分かっています」
 元凶となる攻性植物だけあって、かなりの強敵らしい。分かる範囲の情報を簡単にまとめた紙を配りながら説明を続ける。

 そして、一度深呼吸してから続きの説明に移る。
「そして、今までの攻性植物同様に、この少女を救う方法はありません」
 とても悲しそうに、悔しそうに、だけどはっきりと説明をする。今回の相手は強敵だ。不用意な事を言ってケルベロスたちを危険にさらす分けにはいかない。以前にも無理をして救おうとする人がいたからこその、はっきりとした説明。
 その言葉は何より自分に言い聞かせた言葉なのかもしれない。
「とにかく、この攻性植物を倒してこれ以上の被害を防がなければなりません。皆さんよろしくお願いします」
 そう言って、いつもよりも長く頭を下げ、後を託すチヒロだった。

「……辛い戦いでござるな」
 説明を聞き終え、静かに荷物を手に立ち上がるウィリアムであった。


参加者
軍司・雄介(豪腕エンジニア・e01431)
モンジュ・アカザネ(双刃・e04831)
神地・滄臥(ウォーガンナー・e05049)
大原・大地(元守兵のずんぐり型竜派男子・e12427)
カレンデュラ・カレッリ(新聞屋・e14813)
氷鏡・緋桜(矛盾を背負う緋き悪魔・e18103)
浜咲・アルメリア(シュクレプワゾン・e27886)
ユーシス・ボールドウィン(ウェアライダーの鹵獲術士・e32288)

■リプレイ


 昼間なのに薄暗い森の中をケルベロス達が進んでいた。
「……まぁ、世の中万事が幸せな終わりを付けられるわけじゃないよな。それが一生の終わりでもよ」
 そんな途中で静かに口を開くのはモンジュ・アカザネ(双刃・e04831)。
 ケルベロス達の目標は森の奥に隠れ潜む攻性植物の撃破。その攻性植物は現在、3人の被害者を出し、今尚、新たな犠牲者を森へ誘い込もうとしている。
 その被害者の1人を先日助ける事に成功したものの未だに誘う声は響いている。現在は、森の周囲を警察消防が警備し、これ以上の被害を防いでいる。
「桜ちゃん……この子も助からないのか」
 自然と呟く大原・大地(元守兵のずんぐり型竜派男子・e12427)の言葉。今回の犠牲者について分かっている事はほとんど無い。唯一分かっている事が、『桜』という名前だけだった。
 しかし、氷鏡・緋桜(矛盾を背負う緋き悪魔・e18103)だけ『桜』という名前に心当たりがあった。
「もう何年も前、ある病院で彼女、『桜』とは一緒だったことがある」
「……っ!」
 そんな緋桜の言葉に、一瞬反応する者もいたが、誰も口を挟まずゆっくりと次の言葉を待つ。
「治療法の無い病だとかで、長い間入院していたらしい」
 『不治』『病院』『長期入院』緋桜の言葉から導き出されるキーワードに思い当たる者が何人かいる。2人目の事件と重なる点が多いのだ。2人目の被害者も『不治』で『病院』に『長期入院』していた。
 大きな違いは、その後どれだけ生きられるか。2人目の犠牲者は命は助かるが1人で日常生活を送る事が出来ない身体だった。
「そんな彼女が何故……? 攻性植物が彼女を生かし続けているのか……」
 続く緋桜の言葉から推測出来るのは、その『桜』は長い命では無かった事。
 しかし、緋桜にとっても分からない事だらけだ。本当に緋桜の知っている『桜』なのか、それとも、緋桜の知っている『桜』を擬態した攻性植物なのか……その謎を解明する事は出来ないかもしれない。
「やれやれ、どうせ記事にするなら、もっと救いのある事件のほうがいいんだがね」
 そんな重くなった空気に軽口を投げ込むカレンデュラ・カレッリ(新聞屋・e14813)。言葉だけなら軽薄と思われるような声。
 しかし、その言葉は新聞記者として伝える責任を感じているのかもしれない。辛い現実として攻性植物によってケルベロスでも救えぬ被害者が出た。それを記事にして伝えなければならない事実、しかし、記事を書くなら救いのある記事を書きたいという本音。
「今まで少しずつ、この事件に関わってきたけど、全ての被害者が助からなかった……」
 そんなカレンデュラの言葉に大地が悲しそうに答える。
「犠牲者を救うことはできないようだけど……」
 そんな大地を慰めるようにユーシス・ボールドウィン(ウェアライダーの鹵獲術士・e32288)が声を出す。
「その子もこれ以上の犠牲は望んでないと信じてるわ」
「ああ、そうでござるな」
 そんな皆の言葉に答えるウィリアム・シュバリエ(ドラゴニアンの刀剣士・en0007)であった。

「……」
 そんな皆の様子を静かに見つめる緋桜。
「……あたしに、出来ることある?」
 そんな緋桜に静かに……優しく声をかけたのは浜咲・アルメリア(シュクレプワゾン・e27886)だった。普段無口で物静かな彼女がそんな緋桜の様子を心配して声をかける。
「……俺に、この手で……ケリを着けさせてくれ」
「分かったわ、あんたを全力で守るわ」
 そのアルメリアの言葉に他の者も無言でうなづくのだった。

「黒幕も黒幕で中々エグい事しやがる」
 様々な想いを抱く皆の様子を見ながら呟く神地・滄臥(ウォーガンナー・e05049)。
(「だからこそ……だからこそ俺は……」)
 続く言葉を胸に秘め、心の奥で憎悪を滾らせる。
「……」
 そんな滄臥や他の者の言葉を静かに聞いていた軍司・雄介(豪腕エンジニア・e01431)。無論、そんな皆の決意に口を挟むような事はしない。しかし、年長者だからこそ見えるものがある。
「少し水を飲んでおけ。まだ、距離がある」
 強い想いを感じさせる滄臥に飲み水を差し出す。
「あ、ああ」
 そんな言葉と差し出された水に、何かを見たのか、一瞬毒気が抜けたような顔になる滄臥。
 そんな滄臥に雄介は何も言わない。もし、相手がもっと幼い相手であれば、他の誰かであれば、何か言ったのかもしれない。しかし、言葉は必要なかったようだ。
「そうだね、まだ距離はあるよ。おばちゃんの飲み物なんてノーサンキューかもしれないけど、ちょっと口に入れておきなさい」
 ユーシスも他の者に飲み物を配る。自分で『おばちゃん』なんて言って強張った空気を柔らかくする。
「宜しければ、どうですか?」
 そんな皆の様子に大地も用意していたいちご紅茶を皆に配る。
「いただくでござる」
 今から気負っていては、戦いでミスが出る。雄介とユーシスと大地の気遣いであった。

 少し休憩を挟むケルベロスたち。
「せめて人として、ってところに尽きるんだろうな」
 そんな皆の様子を見ながら、一人呟くモンジュ。他の者たちよりも少し冷めた考え方でいる。
「そうでござるな」
 そんなモンジュの様子に気付いたウィリアム。言葉を返すと同時に、少し見習うべきだと反省もするし、頼もしさも感じる。一つの面からしか見られない時ほど思わぬ事故が発生する。様々な方向から考えを持てる事は、ケルベロスたちにとって一つ長所なのかもしれない。
「助太刀に参ったです」
「タンザさん、とても頼もしいです」
 そんな休憩中に、途中から駆けつけてくれた者たちが到着した。タンザナイト・ディープブルー(流れ落ち星・e03342)もこの攻性植物の事件を手伝ってくれた一人である。
「おおよそ当たりではあった……か?」
「柚月殿の推理の通りだったでござるよ」
 さらに調査をサポートしてくれていた村雨・柚月(無量無限の幻符魔術師・e09239)も駆けつけてくれた。様々な事件を同時に追っていた柚月。この事件でも彼の集めた情報は元凶を追い詰める一手となっていた。
「それじゃあ行こうか。やる事はシンプル、攻性植物をやっつけよう!」
「……ああ」
 そんな様々な想いを胸に、現場へ到着するのだった。


「フシュフシュフシュフシュ」
 怪しい音を響かせ、攻性植物は潜んでいた。この場から動かなかったのは『死に近い者』を誘う為だろう。
「やはり、お前なのか……桜」
 そんな攻性植物に思わず問い掛けてしまう緋桜。しかし、今までの攻性植物と同様に言葉に返答は無い。返答代わりの蔓が伸びるが、それをアルメリアが電光石火動きで蹴り落とす。
「あなたを全力で守るわ」
 そんなアメリアたちの想いに背中で答える、もう一歩だけ距離を詰め、攻性植物を見つめる緋桜。
「あの時と変わらないまま……か」
 深く語らぬ緋桜だが、その想いを遂げさせてあげたいと思う者が多くこの場に居た。
「この騒動の結末、見届けさせてもらうです!」
 緋桜へ繰り出される攻撃を防ぐタンザナイト。無論、全ての攻撃を防げる訳ではない。しかし、それでも一瞬も怯まず攻性植物を見つめる緋桜。
(「殺すことは、結局救いなんてなりはしない。けれども……殺す事でしか、彼女をデウスエクスから取り戻す事が出来ないなら……」)
 軽く息を吸い込む。
「殺そう」
 そして覚悟を吐き出す。その言葉と共に拳を握り、虹色の光と共に攻性植物を撃ち抜く。
「ギャャァァ!」
 その一撃で戦いが開始された!


 緋桜の拳で打ち抜かれた攻性植物はすぐに反撃してくる。蔓を紫色に変色させ、毒の蔓で緋桜の周囲から包み込む。
「守ることが、あたしの戦いだから」
 そこへ割り込むのはアルメリア。ウィングキャットのすあまと共に緋桜を守ると同時に、オウガメタルの百合白皓がオウガ粒子を放出し、前衛の超感覚を覚醒させ、さらにすあまは翼を羽ばたかせ浄化の風を吹かせ皆を守る。
「碧を注ぎし我が器……満ちて零すは月の滴」
 モンジュの精神力によって生み出された癒しが緋桜の背中を後押しするように包み込む。
「やっと元凶とご対面ね」
「俺に任せろ」
 敵が強敵だから、長期の戦いに備えるユーシスと雄介。ユーシスの手に暖かい光が収束し、生み出された黄金の果実。その光が前衛に毒に耐える力となり、雄介の展開させるケルベロスチェインが地面に魔法陣を描き、その鎖で前衛を守護する。
「テメェを殴る……いや、殺してぇと思ったんだ。覚悟しろ」
 雄介たちの支援を受け、距離を詰める滄臥。そこへ伸びる毒蔓を特殊な弾丸で撃ち落とすと同時にリボルバーのグリップに刃を展開させ斬撃を重ねる。 
「こいつを倒して、負の元凶を無くさないと!」
 大地は大盾を裏返して地面に置くと同時に、ジャンプしてその上に乗る。さらに大地の膝の上に乗るボクスドラゴンのジン。
「行っけーーー!」
 大地とジンを乗せた大盾はホバークラフトのように浮き上がると同時に大地が地面を蹴る。
 すると凄まじい勢いで攻性植物に向かい突撃、そのままジンとのコンビ攻撃で攻性植物にダメージを与える。
 大地たちの攻撃で揺れる攻性植物へ攻撃を重ねるケルベロスたち。
「くっ!」
 しかし、攻撃を受けてもそれを物ともせずに反撃してくる攻性植物。ウィリアムを捕縛しようと蔓を伸ばす。
「えお、危ないところだったな」
 そこへ飛来する弾丸。それはカレンデュラの高速射撃による撃墜。
「一つ貸しだ、後で一杯奢れよ?」
「そうでござるな」
 笑いながら距離を取るウィリアム。
 しかし、蔓を撃ち落とされても、花を叩き潰されても次々に増え、その力が衰える様子は無い。
「長期戦になろうとも確実に仕留める。それだけの話よ」
 今までの攻性植物よりも明らかに強い生命力を感じさせる敵だが、それで怯むような者はここにはいない。
「そうです……ここで終わらせる」
 ユーシスの言葉に同意するように答えるアルメリア。それに対して攻性植物は数の不利を感じているからか、顔のように見える花弁が周囲を見わたすように動く。その動きから逃亡を考慮して戦っている様子が伺える。
 逃亡を許さぬように陣形を作るケルベロスたち。戦いは長期戦になりそうだった。


「そこだな」
 モンジュはドラゴニックハンマーを砲撃形態に変形させ竜砲弾を攻性植物に叩き込み、次の攻撃へと繋げる。
「大地、やってやるです!」
 タンザナイトが大地の周囲にヒールドローンを展開させる。
「はい、ありがとうございます」
 タンザナイトの支援を受け、再び盾の上に乗る。その盾の四点に設置したヒールドローンが三角錐の光を展開させ大地を守護する。
「行っけえーーー!」
 三角錐の光に包まれたまま大地は攻性植物に突撃を繰り出す。
「キシャァ!」
 一度見た攻撃だからか反応が早い。突撃を迎え撃つのは毒蔓の壁。
(「タンザさんのサポートがあるんだ!」)
 仲間を信じて毒蔓の壁に怯む事なく突撃する大地。壁の中央に大穴を開け、そのまま攻性植物へ突撃する。
「キシャァ!」
 しかし、毒蔓を削られるもそのまま蔓を伸ばし大地を包み込む。
「ユーシス、まだいけるか? 大地を頼む」
「わかったわ」
 すぐに救助に向かう雄介とユーシス。大地はユーシスに任せ雄介は次の危機に動く。大地を飲み込む蔓は動きを止めていなかった。
「ギャギャギャァァ!」
 そのまま、まるで濁流のように大量の蔓を伸ばし攻撃を仕掛けてくる。
「援護は任せろ!」
 そこへ踏み込むのはサポートで駆けつけてくれた相馬・泰地(マッスル拳士・e00550)。空間すら削り取るような凄まじい蹴りで蔓の濁流ごと攻性植物を蹴り抜く。
「煌めきの緑の力! 顕現せよ! ブライトウィンド!」
 さらに柚月がカードの力を開放し自身を風を纏い攻性植物の攻撃を相殺する。
「……畜生ッ」
 しかし、それでも攻撃は止まらない。攻撃を受け大きく後方に飛ばされ、悪態を吐く滄臥。そんな滄臥の背中に受けた衝撃は固い樹木ではなく、無骨な友。
「大丈夫か!?」
 雄介がフォローに回っていた。
「ああ、平気だ!」
 傷の痛みを気合い言葉で誤魔化し立ち上がる。
「そうか、俺が何度でも支えてやる。だから行ってこい!」
 そんな滄臥の背中へ雄介の鉄拳激励。
「ちょっと痛いがガマンしろ!」
 隆起した筋肉により巨大化した拳の激励はかなり強引。しかし、その分、効果絶大。
「ああ、いくぜ!」
 両手にマークトゥルスとフォーマルハウトを構え、高速で弾丸を叩き込む。
「これが……俺の全力全開だ」
 銃撃と大きく跳躍、同時に手榴弾を投擲し爆炎で攻性植物を包む。
「合わせるぜ!」
 そこの爆炎の中へカレンデュラがウィリアムに一瞬視線を向ける。
「承知!」
 そこへ叩き込まれる絶空斬に続き、カレンデュラも銃弾の雨を叩き込む。
「覚悟しろ!」
「痛い目見るぜェ!」
 そのまま滄臥と同時に爆煙の無かったへ突撃するカレンデュラ。
 爆煙の中で打撃、斬撃、銃撃を駆使した猛攻が瞬時に発生。
「……」
 しかし、その猛攻から姿を現した攻性植物。その身体はボロボロながらも動きを止める様子は無い。そんな中で、静かに一歩……距離を詰める緋桜。
「キシャァ!」
 まだ戦闘力を失っていない攻性植物の蔓が緋桜を貫き、傷跡が紫色に変色する。
「癒せ、《枸杞》。叢雲流霊華術、壱輪・芍薬」
 その傷口がアルメリアの氣により芍薬の花を咲かせ毒を浄化する。
「……」
 アメリアの癒しを受け、さらに二歩進み拳を握る。
「君を……その呪われた重力の鎖から解き放つ!」
 握った拳に込めたのは『怒り』か『悲しみ』か。そのまま緋桜の拳は攻性植物を打ち抜く。
「ギャギャギャァァ!」
 そのまま断末魔を上げ、その身体をゆっくりと消滅させていく。
「……」
 そのまま緋桜は攻性植物と『桜』を引き離し、そしてそのまま抱きしめた。
 ケルベロスたちの勝利だ……。


 引き剥がされた攻性植物は、ゆっくりと蔓の先から炭化し消滅していく。そして、それは『桜』も例外ではなかった。
「……」
 そんな消えゆく『桜』を抱きしめる緋桜。彼にかける言葉など無い。

「もし、こいつ自身も何かの原因で生まれたなら、更なる元凶がいるかも」
 ユーシスは念には念を入れ、手の空いている者に声をかける。
「居ないに越したことは無いけど……一応、調査しようか」
「そうだな」
「はい」
 怪我人もいるのだから、早く帰りたい者もいるかもしれない。しかし、何よりも緋桜に時間を作ってあげたかった。一緒に捜査に向かうモンジュも『桜』への供養もあるが、それ以上に緋桜の為に時間が必要だと思った。モンジュとユーシスは『桜』を抱きしめる緋桜の姿に軽く黙祷し、調査へ向かうのだった。

「空振ったようじゃが、これで終わりってこと」
 探索から戻ったユーシスたちだったが何も見つけられなかった。
「良い事じゃない」
 一つの事件を解決できたのだ。ここで『良し』としないと様々な意味で先へ進めない。
「色々と思うところはあるが、ひとまずはこの事件後も解決か……」
「これで……この問題もとりあえずは終着した事を祈るしかねぇな」
 柚月と滄臥の言う通り、『この事件』は解決。しかし、攻性植物の脅威が去った訳ではない。攻性植物以外にも地球を狙うデウスエクスはまだまだいるのだ。
 一区切り付いた事件に悩む若者たちへ声をかけたのはユーシス。
「場末のスナックで良ければ……安くしとくわよ?」
 ユーシスの気遣いに顏を見合わせる雄介と滄臥、そして答えたのはウィリアム。
「少し飲むのも良いかもしれぬでござるな」
 そしてカレンデュラに視線を向ける。
「そういや、奢ってもらう約束だったな」
 そんな視線に笑って答えるカレンデュラ。

 そんな大人達の言葉に、どんな表情をしていいか分からない緋桜。
 そんな彼の腕の中で、最後の欠けらが灰となって崩れ落ちた。腕の中には『桜』の着ていた衣服、そして……。
「これは……」
 緋桜の手の中に落ちたのは小さな髪飾りだった。高級な物ではない、おもちゃの髪飾りだった。しかし、それは大切にされていたのだろう。比較的汚れの少ない髪飾りを優しく握る緋桜。同時に地面に雫が落ちる。
「雨か……」
 誰かの声が空へ吸い込まれ、空から静かに雨が降ってくる。
(「涙雨のようでござるな」)
 その涙のように降る雨が静かに草木を叩く。そんな雨の中、緋桜が立ち上がる。
「……」
 そして髪飾りを握り黙祷を捧げた後、静かに森を後にする。
(「この子の救いになれた……とは言わない」)
 アルメリアはそんな様子を見送りながら心の中で呟く。ケルベロスとて万能ではない。今はこれ以上の悲劇を防げた事を区切りとして、帰路に付くのだった。

作者:雪見進 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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