夜明けを迎えて

作者:洗井落雲

●追跡
 尾守・夜野(雨は上がらず・e02885)とケイト・スター(ヘルダイバー・e26698)をはじめとしたケルベロス達が、夜の森林を行く。
 以前、人体寄生型攻性植物と戦った際に予知された『攻性植物達の密会の場』を探すためだ。
 夜野は以前戦闘した人体寄生型攻性植物の移動の痕跡を辿ることによってポイントを探すことを提案し、ケイト達もそれに同意した。
「ホントはね、今でも、知ることが怖いんだよ……」
 夜野が呟く。
 黒幕と目される人物。その心当たりは、以前の依頼にてもたらされた予知を聞いた頃から、心のどこかでくすぶっていた。
 だが、その心当たりが的中するという事は、彼の希望をも打ち砕くことになる。
「その気持ちは分かる……とは言えない。ゴメン。でも、夜野ちゃんが幕を引かなきゃ、ダメなんだと思うのよ」
 ケイトが答えた。
 その言葉に、夜野が頷く。
 真実を知ることは、怖い。それでも、その真実へと手を伸ばしたのは、その覚悟ができたからだ。
「うん……行こう」
 やがて、開けた場所に出る。
 そこは、以前の依頼で予知された、『攻性植物達の密会の場』だった。

●夜に咲く
 そこに待ち受けていたのは、一人の男だった。
 民族衣装風の服装、ツタにより形成された両腕。歩の青く光る不気味な花。
「……『仲間』、ではないか」
 抑揚のない、冷たい声で、男――攻性植物が言う。
 間違いない、この個体こそ、幾度かの予知に登場した『黒幕』に違いない――!
「ならば、用はない……いや」
 男はツタによって形成された巨大な左腕を振りかざし、
「こういう時は……この人間の知識によれば、こういうべきか。『仲間の仇を取らせてもらうぞ』」
「何が『仲間の仇』よ! アナタのやってる事、絶対に許せない!」
「おとーさん……僕が、僕達が止めてあげるよぉ!」
 ケイトと、夜野が叫ぶ。
 そして、長い夜を明けるための戦いが始まる――。


参加者
ドルフィン・ドットハック(蒼き狂竜・e00638)
レクス・ウィーゼ(ウェアライダーのガンスリンガー・e01346)
弘前・仁王(魂のざわめき・e02120)
ヒルデガルト・ミラー(確率変動・e02577)
尾守・夜野(雨は上がらず・e02885)
山之祢・紅旗(ヤマネコ・e04556)
シャルローネ・オーテンロッゼ(訪れし暖かき季節・e21876)
ケイト・スター(ヘルダイバー・e26698)

■リプレイ

●声
 月光も照らせぬ闇の中、ケルベロス達と攻性植物の戦いは始まった。
 弘前・仁王(魂のざわめき・e02120)と、彼の相棒であるサーヴァントの攻撃が『黒幕』へと迫る。仁王の攻性植物は、『黒幕』のツタ状の腕へと絡みつき、そこへ相棒のブレスが襲い掛かった。
「ようやく……」
 ぎり、と自らの攻性植物を引きながら、仁王が言う。
「発見しましたよ、あなたを……!」
 人に寄生し、その知識や記憶を利用する攻性植物による一連の事件。その中でも家族持つ者を狙い、暗躍を続けた存在が、今目の前に立っている。
 シャルローネ・オーテンロッゼ(訪れし暖かき季節・e21876)は、聖なる光を味方に降り注がせ、援護を行う。まだ、攻撃は行わない。
 そう、ケルベロス達は、本格的な攻撃を、まだ開始していなかった。仁王の攻撃もまた、牽制程度のものに過ぎない。それはヒルデガルト・ミラー(確率変動・e02577)の攻撃も同じだった。超加速突撃による一撃は意図的に浅く切りつけられた。あくまで足止めを狙ったものである。
 彼らの狙いは、『黒幕』の説得であった。
 戦いが始まる前、尾守・夜野(雨は上がらず・e02885)は言った。
「『黒幕』が寄生しているのは、おとーさんなんだ」
 と。
 そして、助けたい、と。
 ムシのいい話だとは分かっている。今まで犠牲になった人々の家族からの罵倒も受け入れよう。
 それでも。
 助けたいのだ。
 そんな夜野の想いを、仲間たちは汲み取った。
 ドルフィン・ドットハック(蒼き狂竜・e00638)が風を巻き上げるような強烈な蹴りの一撃を見舞う。レクス・ウィーゼ(ウェアライダーのガンスリンガー・e01346)と彼のサーヴァントである『ソフィア』がそれに続いた。
「おとーさん! 戻ってきてよぉ!」
 紙兵を散布した夜野が叫んだ。
「ボク、ちゃんといいこでお留守番していたよぉ? ずっとずっと待っていたんだよぉ?」
 『黒幕』がひるんだ……ように見えた。
(「……届いているの?」)
 ヒルデガルトが胸中でつぶやく。
 彼女は、今までの事件の性質から、恐らく、説得は不可能だろうと考えていた。それでも夜野に説得を許したのは、彼の心に決着つけるため。きっと、声は届くまいと。だが――。
(「無理だと思っていた。けれど、もしかしたら――!」)
 『黒幕』は、動揺しているように見えた。彼女の胸中に、希望が生まれる。奇跡が起こるのではないかと。無理だと思われていた幸福な結末が、待っているのではないかと。
 それは、他の仲間たちも同じだった。生まれた淡い期待。
「尾守さん! あなたの声は届いているはずです!」
 仁王が叫んだ。
「夜野さん、一緒に帰りましょう! お父様と!」
 シャルローネが叫んだ。
 『黒幕』がたじろぐ。頭を押さえ、うめき声をあげた。
 声は、届いているに違いない!
「だからっ! お願いだから帰ろうよぉ……!!! 植物さんなんかに負けないで帰ろうよぉ!」
 泣きながら、夜野が叫んだ。それに応えるように、『黒幕』が雄たけびを上げた。
 つっ、と。
 『黒幕』の――男の頬を涙が伝った。
「ああ……僕は……何を……」
 呆然とした様子で呟く。
「ああ、君は……」
 驚いた様子で、男が言った。次第にその顔は、歓喜に満ちたものに変わっていった。
「おとーさん! おとーさん、元に戻ったんだね!」
 涙を流しながら、それでも嬉しそうに、夜野が言った。
 男は両手を広げ、夜野へと歩み寄る。
「おとーさん!」
 夜野が、男へ向かって走り寄る。
 男と、夜野の距離が近づく。
 夜野を迎えたのは、男の温かな腕と、抱擁。
 であるはずだった。
 男へと近づいた夜野を待っていたのは、明確な悪意を持って放たれた、巨大な左腕の一撃。
 それは、夜野の視界を闇へと染めた。

●邪悪なる者
 呆然とたたずむ夜野の視界に映ったのは、レクスの背中である。
 レクスは両手で、男の……『黒幕』の攻撃を受け止めていた。
「俺は、生まれやら経歴のせいで、どうも疑り深くてな……」
 レクスが言う。
「悪い癖だと思ってたが……今はそれに感謝する。……信じたかったよ」
 言うと、夜野を伴い後ろへと跳躍。距離をとった。
 夜野が呆然とした表情で、地に座り込む。
 『黒幕』はそんな二人の様子を眺めながら、
「ふっ……はは! ははははは! はははははははは!」
 笑い声をあげた。
 ケルベロス達は、呆然とそれを見ている。
「お前達、人類の知識と記憶を得て、最もよかった事はな。家族という概念を知った事だ」
 両手を広げ、『黒幕』が言った。
「とても楽しい。家族という関係性に判断力を曇らせ、破滅していく、その姿を見るのはな。この身体の持ち主も、私が『仲間』として選定した者たちも、その関係者も……皆そうだった。そして、お前も」
 夜野へと視線を移す。その瞳は愉悦に彩られている。
「最高の見世物だよ。ああ、そうだ。ついでに言っておくが」
 『黒幕』がその顔を歪ませた。歪な笑顔。あまりにも醜悪な笑み。
「この身体の意識など、とっくの昔に消えている。つまり、死んでいるんだ。お前がこの身体とどのような関係かなどは知らんし興味もないが、まぁ、無駄な努力だったな! ああ、いや、無駄ではないか! 私をこの通り楽しませてくれた! はは、ははは! はははは――」
 その笑いを遮るように。
 『黒幕』の身体に、穴が開いた。
 無動作から放たれる銃撃。山之祢・紅旗(ヤマネコ・e04556)の『暮夜の星(ボヤノホシ)』。
「随分と悪趣味なもんだね。嘘八百も、大概にして欲しいもんだ」
 穏やかで、ゆっくりとした動作。そして口調。だが、それをして隠しきれぬほどの怒りが、その言葉にはにじんでいる。
「だから――もう、喋らないでほしいね」
 ケイト・スター(ヘルダイバー・e26698)が飛び出した。鋭い跳び蹴りは彼女の怒りを乗せ、『黒幕』へと叩き込まれる。
「アンタは……アンタだけは! 絶対許せない……許しちゃいけないんだ!!」
 ケイトが蹴りの反動で後方に跳躍し、着地した。
「断言できる! アンタは……邪悪、そのものよ!」
 そうだ。
 『黒幕』は、ただグラビティ・チェインを奪うのに最適であったから、今までの事件を起こしたわけではなかったのだ。
 すべては、『黒幕』の楽しみのために。ただそれだけのために、多くの犠牲と悲しみを生み出したのだ!
 『黒幕』が寄生した身体に残されていた知識と記憶――つまり寄生された人物の人格そのものは、清く正しい物であっただろう。だが、『黒幕』がその情報にアクセスし、自らの物とした時、それは著しく歪んだ物となって『黒幕』へと吸収された。
 愛を嘲笑い、
 情を侮蔑し、
 絆を見下す。
 このような行いを邪悪と呼ばずして、何を邪悪と呼ぶのか!
「この身に宿るは戦場の力!」
 仁王は自身のグラヴィティ、そして戦場に漂うグラヴィティをオーラ状に掛け合わせ、仲間たちへ纏わせた。相乗鼓舞(ソウジョウコブ)という、彼のオリジナルのグラヴィティだ。
「そうして笑っていられるのも今のうちです。ここで決めます。決めて見せます」
「もうこれ以上、その身体で誰かを傷つけるのは許しません!」
 シャルローネが白塗りの柄の大鎌を投げ放つ。その一撃は『黒幕』の腕を構成するツタを切り裂くが、『黒幕』の余裕の笑みは崩れない。
「お前達に許しを請うつもりなどない」
「貴様は……っ! 貴様だけは!」
 怒りのあまり口調を変えながら、ヒルデガルトがキャノンを撃ち放つ。
「カカッ! どうあがいても戻らぬのであれば、遠慮なく滅するのみじゃ!」
 ドルフィンが秘孔を狙った一撃を放つ。
「滅する? 滅ぼされるのはお前達だ。私はまだまだ楽しみ足りない!」
「カカカッ! よく言った! それでこそやりがいがあるという物よ!」
 レクスが武器をギザギザの刃へと変化させ、斬りかかる。
(「同じ親として、お前さんの息子の戦友として……お前さんは絶対に止めてやる!」)
 死した『男』へ語り掛けるように、レクスは誓った。
(「もう……嫌だよぉ……おとーさんが誰かを傷つけるのも、誰かに傷つけられるのも……見ていたくないよぉ……」)
 鎖で魔法陣を描きながら、夜野は固く目をつむってしまった。それは、自己を守るための手段だったのだろうか。それほどまでに、この戦いは彼の心身共にダメージを与えていた。
「抵抗するか……ケルベロス共が!」
 『黒幕』の身体に咲いていた花が、大きく開いた。ほの青い輝きを放ったかと思うと、瞬く間に輝きは強くなり、確かな圧力となってケルベロス達へと降り注ぐ。
「……ッ! 嫌だね、趣味の悪い……気分の悪い光だ」
 攻撃を耐えた紅旗が、ぼやきながら正方形の魔導書を開いた。ページに書かれていた魔術言語をなぞると、『混沌なる緑色の粘菌』が現れ、『黒幕』へと殺到。その肉体を侵食する。
「力を貸して、オウガメタル! アイツはここで、絶対に倒さないといけないの!」
 ケイトが叫ぶ。その言葉に応えるように、彼女の怒りに同調する様に、オウガメタルはその姿を『鋼の鬼』へと変える。その拳の一撃は、『黒幕』の身体を打ち抜いた。
 怒りと悲しみに彩られた戦いは続いてゆく。ケルベロス達の猛攻を余裕をもって受けていた『黒幕』であったが、次第に押され始めていく。
 もちろん、『黒幕』とてただ黙ってやられていたわけではない。その攻撃は苛烈を極め、ケルベロス達も、心身ともに深く傷ついていった。
 だが、ギリギリの攻防の中で、戦局は少しずつケルベロス達へと傾いていく。
「ぐっ……」
 『黒幕』がうめき声をあげる。ダメージは確実に蓄積していた。
「そろそろ……限界のようですね」
 仁王が仲間を援護しながらつぶやく。
「もう少し……もう少しです、皆さん……!」
 シャルローネもまた、仲間を癒しながら、鼓舞するように声を上げる。
 ケルベロス達のダメージも大きい。だが、それでも彼らは立ち続けていた。
「今が幕引きの時よ……!」
 ヒルデガルトが援護射撃を続ける。
「カッカッカッ! これぞドラゴンアーツの真骨頂じゃ!」
 ドルフィンが叫ぶ。その手から放たれた黒い炎の鎖は、『黒幕』を拘束、そのまま天に持ち上げて、叩きつけた。
 ドルフィンの扱う竜闘技(ドラゴンアーツ)という格闘術、その奥義である『竜影投「天竜縛鎖」(テンリュウバクサ)』の一撃は、甚大なダメージを『黒幕』へと与える。
 だが、身体を黒き炎に焼かれながらも、『黒幕』は何とか立ち上がった。
「カカッ! まだ立つか! まぁよい、今回は手柄を譲ってやるとするかのう!」
「子供に親を討たせるわけには……!」
 レクスが、『黒幕』の一点に銃撃を集中させた。寸分たがわず一点へと直撃した複数の銃弾は、『黒幕』の身体に大きな傷をつける。
 レクスは、間髪入れず、素早く肉薄した。先ほど付けたばかりの傷口に銃を差し込み、その内部へと銃弾を何度も撃ち込む。 『一極集中(インサイドベット)』と名付けられたその技により、『黒幕』は内部からズタズタに破壊される。
 だが、まだ、『黒幕』は倒れなかった。
「ありがとぉ、皆。ボクは、大丈夫だよぉ」
 静かに、夜野が言った。その口元は笑顔。だが、その瞳は、あまりにも暗い色を湛えて。
「深き夜に蠢く戯れ/人の世に沈む渦巻く孤独/何を願い/何を求め/何を愛する/汝が願いは月へと届く/しからば奔れ/時が零を刻むまで」
 穏やかに、夜野は言う。ともすれば静かに歌うようなその言葉とは裏腹に、自身のグラヴィティを開放した夜野の姿は、あまりにも巨大な一匹の獣と化していた。
 咆哮。変貌した夜野は、『黒幕』へと突撃する。
「おとーさん」
 夜野が呟いた。
「――――」
 続けた言葉は、誰にも届かなかった。全身にグラヴィティを漲らせた『零姫顕正・獣鉄疾駆(キャリッジ・オブ・サンドリヨン)』の一撃は、その爆発的な威力を以て、『黒幕』の身体を、文字通りこの世から消滅せしめたのだった。

●明けた夜、明けぬ心
 夜が明けた。朝焼けに照らされる森の中で、自身が倒してしまった男の着ていた衣装の切れ端を抱きしめながら、夜野は慟哭していた。
「夜野さん……!」
 シャルローネが、夜野のもとへ駆け寄る。彼女は夜野を優しく抱きしめると、落ち着かせようと言葉をかけ続けた。ヒルデガルトとケイトもまた同様に、夜野を介抱する。
 3人の力もあってか、ほどなくして夜野は一応の落ち着きを見せたが、その瞳には光なく、活力がない……当然のことだろうか。今回の事件は、彼にとってあまりにも酷過ぎた……。
 ケイトは、
「ゴメン……アタシなんて言っていいかわからない……けど……けど……!」
 夜野は間違っていない。そう言いたかった。だが、あまりにも憔悴しきった夜野の姿に、ケイトはその言葉を紡ぐことは出来なかった。
 正しいとか、間違っているとかではない。そう言った、善悪で語れないものが起きてしまった事を、ケイトは感じ取ってしまっていた。
 シャルローネも、ヒルデガルトも、言葉をかけることができなかった。ただ、寄り添う事しかできなかったのだ。
「……夜野くんは、乗り越えられるのかなぁ」
 犠牲者となった男へ祈りをささげつつ、紅旗が呟いた。
 その言葉には心配の色が見て取れる。今回の事件は、彼にとって大きな壁となるだろう。それを紅旗は理解していた。
「分からん……俺達に出来るのは、死んだ父親の代わりに、あの子を見守ることだけだ……」
 同様に、鎮魂の祈りをささげていたレクスが答えた。

 長い長い夜は明けた。ひとつの事件は、確かな解決を迎えたのだ。
 ……だが、深い闇は、残ったのかもしれない。
 その闇が晴れるのかどうか、今はまだ、誰にもわからなかった。

作者:洗井落雲 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 13/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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