桐の親木へ至る時

作者:譲葉慧

 残照が、今日という日を名残惜しむように山の際に留まっている。だが、辺りはすっかり夜の領域が広がっていた。
 山の麓には広い建物が一つだけあり、多くの窓には明かりが灯っている。建物の敷地には、グラウンドがあるが、今は誰も使っていないようだ。
 そのグラウンド上を人影が翼を広げて飛行していた。人影はグラウンドと建物周辺を軽く見て回ると、建物の背後にある山際へと降り立った。
「今度はここで間違いねえな……」
 人影……相馬・竜人(掟守・e01889)は今この山に探しているデウスエクスが潜んでいるのを確信していた。
 だが、山は広い。当てもなく闇雲に探し回っている間に、デウスエクスに先手を取られては被害が広がるかもしれない。
 打つ手を思案する竜人の背後から気配が近寄って来る。殺気はないが、ろくな光源もなしに一人山に分け入って来る者が、尋常の人とも思えない。
「ボンソワール、ムッシュー!」
 身構える竜人に明るい声で挨拶して来たのは、ドワーフの少女だった。
「この山、デウスエクスいてて、危ないの。建物の中に入っててねっ」
「俺はケルベロスだ。お前もそうなのか?」
 竜人の言葉を肯定すると、彼女はジジ・グロット(ドワーフの鎧装騎兵・e33109)と名乗り、桐の攻性植物を追ってここまで来たと語った。
 彼女の後から他のケルベロス達も合流してくる。
 心強い仲間達だが、それでも勝手を知らない山を探索するには、人数的に荷が重すぎる。
「桐の花って香りが強いっていうから、辿れるかも?」
 ジジの言葉に竜人も思い当たる節があった。被害者は皆、行方不明になっていた。彼らが何かに惹かれ、攻性植物におびき寄せられたとすれば、つじつまが合う。
 夜闇に潜み、しばしの間ケルベロス達が今後の方針を語り合っていると、建物の灯りの下を複数の人が歩き、緩慢な歩みで山に向かってゆくのが見えた。
 彼らは攻性植物に惹かれているに違いない。ケルベロス達は後を追い、山へと分け入った。
 
 山を登る人達は、後を追うケルベロスにも気づいた素振りを見せず、のろのろと山を登っている。道も無い斜面だが、ジャージ等の運動着を着た彼らの足取りは、意外に確かだ。
 彼らは、研修施設に合宿に来た種々のスポーツの部やサークルの人なのだと、竜人が言った。今まで攻性植物が狙った相手は武道家やアスリートばかりなのだとも。
 山の中腹だろうか、攻性植物の誘引が一切効かないケルベロスにも、それとわかる香りが漂ってきた。山を登る人達は、強い香りに陶然とした表情を浮かべている。
「これだけ香れば後は辿れるな……悪ぃ、ここで寝ててくれ」
「みんな、ゴメンねっ!」
 ケルベロス達は、山を登る人達を気絶させると、香りに惹かれた振りをして、その大元へと歩みを進めた。

「よく来たね! ……みんないい感じだ。アタシは凰紗。会えて嬉しいよ」
 山中に佇んでいた香りの主は、姿かたちの概ねは、ドラゴニアンの少女だった。だが、桐の花を纏い、翼の先が燃えるような鳳凰の羽根と化している。彼女はケルベロス達を見て、嬉しそうに笑った。
「みんな、強くなりたいよね。アタシが強くしてあげる。人の限界を超えて、どこまでも強くなれるんだ……さあ」
 凰紗の纏う桐の花が香りを増す。だがその手管はケルベロスに通用しない。ケルベロス達の眼に灯る意思の光に凰紗は相手の正体を悟った。
「アンタ達、ケルベロスか! よくも、このアタシを欺いてくれた!」
 凰紗は巨大な鉄扇を開くと、ケルベロスに問答無用で斬りかかってきた。
「誰がてめぇの口車なんかに乗るか! 香りで人の意識を奪って乗っ取っておいて、どの口が欺いたなんていいやがる!」
「乗っ取られた人はもう戻らへん。……あんたはここで終わりや」
 竜人とジジ、そして仲間達は、凰紗へ応戦する。
 人を桐の攻性植物と化し、市街地襲撃を企んだ元凶との最後の戦いの火ぶたが切って落とされた。


参加者
シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)
相馬・竜人(掟守・e01889)
コクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813)
湯島・美緒(サキュバスのミュージックファイター・e06659)
空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)
アデレード・ヴェルンシュタイン(愛と正義の告死天使・e24828)
仙道・風(しゃべくり鎌鼬・e31694)
ヨハネ・メルキオール(マギ・e31816)

■リプレイ


 樹が拉げ、裂けて傾いだ地面を跳ねながら落ちてゆく。凰紗の振るった鉄扇に斬られたのだ。鉄扇は僅かにその勢いを削がれたが、彼女はそれには構いつけず、諸共にと相馬・竜人(掟守・e01889)を斬りつけた。
 甲高い金属音を立て、鉄扇の縁は竜人の身体を薙ぐ。散った火花が、彼が被った髑髏の仮面を束の間照らした。
「テメエのそういう言い草を、地球では何て言うか知ってるか?」
 竜人の腕は月光のもたらす陰影よりも更に黒く変化していた。創世の野より在る巌のごとくの鱗と、魔を抉り喰らった鉤爪を備えた古き竜の手。一瞬だが、凰紗の視線が竜人の腕で止まる。
 それで充分だった。竜腕が凰紗の纏う桐花の枝を掴み、引きちぎりながら彼女を引き寄せた。髑髏の面が彼女の顔すれすれまで迫る。
「押しつけがましいって言うんだぜ」
 ふふ、と凰紗は笑い、逆に闘争の炎をちらつかせた瞳で、面の奥を突き通すように見据えた。ぶつかり合う視線。が、先に視線を外したのは凰紗の方だった。後方へふわりと退く。しかし翼を大きく拡げ、ケルベロス達に身を晒す様子は、何処からでも襲うがいいと言わんばかりだ。
 実際、背後からでも上方からでも容易く彼女を奇襲できるであろう体勢だ。しかし敢えての正面から回転する刃が迫る。
「我が名は刻真・Sivals! ドヴェルグの賢者にして貴様の愚かな生涯に終止符を打つ者なり!」
 名乗りを上げ、コクマ・シヴァルス(ドヴェルグの賢者・e04813)は凰紗の手前で、二双の鉄塊剣を叩きつけんと身体を更に強く捻った。
 鉄塊剣の初撃は、閉じかけの鉄扇の上を滑り、凰紗の肩口を凪いだが、二つ目の鉄塊剣は閉じた鉄扇で受け止められた。コクマは鉄塊剣と鉄扇の接点を支点にして、凰紗の脇側へ回り込み、鉄扇の間合いから離れる。
 コクマが退いた凰紗の正面から、彼の攻撃に追従し距離を詰めたシヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)が追撃をかける。
「太陽の騎士シヴィル・カジャス、ここに見参!」
 月光が彼女の持つナイフを白く照らしていた。ぎざぎざした刃が陰影を作っている。大振りで斬りつける振りをして鉄扇の守りを誘ってから、一転真っ直ぐに突き込んだ。返しの付いた刃は、引き抜く際に肉を引きちぎり、酷い傷痕を残す。
「これが地球の民の力だって? 請け合って地球はすぐ滅ぶね。だからアタシ達の力で強くなれば良いってのに」
 相次いで受けた傷から透明な樹液を流しながらも、凰紗は嘯いた。まだ遅くないとケルベロス達を誘うように桐の枝同志もうごめき、ざわつく。だが、誘惑をコクマは一笑に付した。
「強くするといいながら要は操り人形にするだけとはまさに愚か! 愚かなり!」
 痴れ者の繰り言。彼はそう断じた。攻性植物と同化し、代償に己の魂を失い、その果てに残るのは人ではない。枝木に引きずられながら動く、人の形をしただけの肉の器だけだ。
「そう。ならば、アタシに躙られ、潰されるだけの身で満足だということだね? 望みどおり滅びるといい」
 己の言葉を端から否定されても、凰紗は悠々としているように見える。しかしその視線を辿った空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)は、何気なさそうなそれが、実は竜人を探っているのに気づいた。首筋、脇腹……見比べているのだ。鉄扇の刃がより深く届く急所を。
 先程繰り出した彼の竜の手が、凰紗の気を惹きつけたのか。モカはマインドリングをはめた手から光を生み出した。凰紗が間合いを詰める前に――光は流星のように飛び、竜人の前で弾けて盾の形に展開した。人ひとりを丸ごと覆う光の盾は、鉄扇の恐るべき一打を凌ぐ助けになるはずだ。
 果たして、凰紗は、この征野で己に迫るケルベロス達へと間合いを詰めつつあった。お互いに間合いを測る一触即発の空気を、月影すら届かぬ闇を貫き飛来した鎖が真二つに切り裂いた。鎖は、凰紗の鉄扇を持たぬ左手に巻き付き、先端の鋭い刃がぎりぎりと食い込む。
「きしししっ!」
 仙道・風(しゃべくり鎌鼬・e31694)の少し得意げな笑い声が凰紗の背後で聞こえた。鎖を放ったのは彼女らしい。しかしその姿は闇に紛れ全く見えない。恐らく鎖の先にいるのであろうが……。
「強さには興味あるでござるが」
 笑い声とは別方向、今度は凰紗の真上で朗らかな風の声が聴こえる。どうやら木々の間、それも闇の中だけを縫って移動しているようなのだが、戦場の誰一人彼女の姿を視認できない。鎖は相変わらず凰紗に絡んだまま、樹液を滴らせている。しかし鎖の動きはそれきりで、この鎖が一体全体如何なる構造をして、その主の風とどんな位置関係にあるのやら、さっぱり分からない。
「お主の思い通りというのも気に入らんでござるなあ」
 そこでやっと凰紗に絡まった鎖の先が彼女の正面へと動いた。強い一引きが、駄目押しに刃を一段深く食い込ませた後、鎖はするりと外れて再び闇中に消えた。その先で、屈託ない笑顔を浮かべた風の姿が一瞬浮かび上がり、そしてまた闇へ紛れいずこかへ消えた。
 出鼻をくじかれた凰紗は、仕切り直しと大きく踏み込み、ケルベロス達も応じる。彼らの得物が攻めの間合いに入った瞬間、戦場の中心で銀色の閃光が炸裂した。オウガメタルの発する光だ。目の奥まで灼くような銀光の刺激は、今まさに仕掛ける瞬間のケルベロス達の感覚を幾倍にも跳ね上げた。
「そは正義の光ぞ。貪欲の罪に塗れし邪なる樹よ、光の彼方に消え去れい!」
 高らかに宣言する、オウガメタルの主、アデレード・ヴェルンシュタイン(愛と正義の告死天使・e24828)。その内容は微妙に今の力と違うように聞こえるが、そこはそれ、ケルベロスが凰紗を倒してしまえば大体同じになるだろう。
「貪欲と闘争、大いに結構じゃないか。それを突き詰め辿り着いた先に居るのが強者というものだろう?」
 ケルベロスの集中攻撃を受け、無数の傷と不調を抱えつつも、凰紗は衰えた様子を見せてはいない。閉じた鉄扇が、その重量からは想像しがたい軌跡を描いて、シヴィルを強打する。武骨かつ精緻を極めた攻撃は完全に『入った』。しかし、その手応えに凰紗は微かに眉根を寄せる。
 サン・ブレスト・アーマー。シヴィルの通り名、『太陽』の名を持つ騎士鎧が、衝撃を抑え込んだのだ。護りの型を取っていることも相まって、打撃の大半の威力は殺されてしまっている。
 だが、それでもこの一撃の威力は、シヴィルの心胆を寒からしめた。鉄扇の攻撃を防ぎきれない仲間がいたとすれば、たった一撃で致命傷となる。備えがあったとしても、長期戦になればじり貧になるのは目に見えている。そして、凰紗が鉄扇以外にも攻撃手段を持っていたとしたら、それを防ぐ力が自分にもあるかどうか……。
 互いに相手の脅威を認めたシヴィルと凰紗が、間合いを離した瞬間を狙い、凰紗の後方の死角から、ブラックスライムが凰紗を捕食せんと襲い掛かった。振り払おうと動くほど、大蛇と化したブラックスライムは粘性を増して四肢へと絡みつくのだ。そして、縛めの黒い残渣を残し、黒き大蛇はヨハネ・メルキオール(マギ・e31816)の元へと戻ってゆく。
「『高尚』。桐の花言葉だ。そして桐は鳳凰の止まる木だという。それがお前の性そのものなのか……なるほどな」
 凰紗の外見に得心がいった風でヨハネはごちた。そして顔を上げ、凰紗を見据える目は苛烈と言える程の強い光を放っていた。
「お前の所業は、俺たちの理では許されるものではない。お前の理は幾人を犠牲にした? その分の報いを受けるといい!」
『桐と鳳凰』凰紗は、ヨハネの見立てに愉し気に笑う。
 湯島・美緒(サキュバスのミュージックファイター・e06659)は、攻撃の機を狙いつつ、凰紗と仲間達の応酬を注視していた。意思の疎通は出来ているが、今の凰紗はケルベロスを力でねじ伏せることしか考えていないようで、それ以上の意図は窺い知れない。
 初めて持つゲシュタルトグレイブは、まだ手にあまり馴染みが良くなく、美緒は重心を保つためにゲシュタルトグレイブを持ち替え、猛る雷の力を放った。
「ケルベロスと言うのは、随分と口数が多いね。口だけでなく身体も動かしたらどうかな。ほら……隙だらけだ!」
 ぱりぱりと音を立てる雷が未だ残る凰紗の身体から、今までとは段違いの闘気が発せられた。『桐と鳳凰』凰紗の本性が解き放たれた瞬間だった。


 緒戦、ケルベロス達全員に対し、凰紗は攻撃を仕掛けていた。攻撃が分散し、如何にも効率が悪い。それは己の優位を信じ切っているがゆえの慢心かとも思われたのだが……。
 乱れ咲く桐の花から、むせる程に強い香りが立ち上り、美緒にまとわりついて引火した。桐花と同じく薄紫の炎は淡く燃えている。儚げにすら見えるその炎は、ケルベロス達に驚愕を、凰紗には愉悦の極みをもたらした。
 美緒はケルベロスとしての実力は相当高い。その彼女の体力の大半を、この桐花香は奪い去ってしまったのだ。標的を見つけた凰紗の視線は、今や美緒と竜人へと向かっている。
「おのれ、デウスエクス・ユグドラシル! 貪る者、貪り尽くす者め、アスガルドだけでは飽き足らず……滅びよ、告死天使の名に於いて!」
 アデレードはライトニングロッドを掲げ、発した賦活の雷を一挙に美緒に向け放った。雷の奔流は、力技で強引に傷口を塞ぎ、桐花の薄紫を剥ぎ取り虚空へと流し去り、更に報復の力を与えた。
 鉄扇、桐花香、次にいずれが来ても、美緒は耐え切れない。攻撃面を担う彼女を倒れさせるわけにはいかない――他の仲間達も持てる癒しの力全てを美緒へと注ぎ込んだ。
 彼女が桐花香に耐え得るほどまで持ち直したのを竜人は目の端で見た。それでも、狙われ続ければいずれ落ちる。コクマとシヴィルも同じ思いなのだろう、美緒をカバーする位置に立っている。護り手3人で庇いとおす心算だ。
 俺なら行ける。鉄扇攻撃二種と桐花香を耐え切ったのだから。竜人は身を堂々と晒し、凰紗の正面に立った。
「そういやよ……やたら運動してる人間狙ってたみてえだが、そういうのが好みか?」
 声に少し下卑た調子を混ぜ込み、大げさな身振りで掌から竜炎の幻を生み出した。大きく咢を開いた竜は凰紗へと飛びかかる。
「アタシの力を継いで生まれ変わるんだ。それ相応の者でなくてはならない。今日は、アンタ達が来て好都合だよ」
 幻炎に包まれる凰紗。炎に巻かれつつ自らも誘火の香を放つ。挑発に怒った様子は無いようだが、桐花香は竜人の方へ漂った。想定内のことだ。しかし、その間合いに割り込んだコクマがむしろ香に飛び込んでゆく勢いで受け止めた。凰紗の狙いが竜人と美緒ならば、護り手たる自分が為すべきことだ。焔が己の身体を舐めるのも構わず、そのまま凰紗の懐へ入ると、鉄塊剣を地面に打ち付けた。凰紗の足下が水のように波うち、彼女を呑み込もうとする、周囲の木々は耐え切れずよすがを失い倒れていった。地に棲まう者ドワーフの一撃が地脈へと至ったのだ。
 既に凰紗はかなりの傷を負っているようだが、彼女の性質には欠片程の怯懦も含まれていないらしく、その闘争心は、戦場を支配する力の天秤が敗北の傾きを見せ始めても変わることはなかった。
 それは強力なデウスエクスゆえの在り方だろうか。なるほど、それに比べれば人は何とも脆いものなのかもしれない。だがしかし。
「人間には身体上限界があり、決してそれを越える事はできない。限りなく高みに近付くために、人は自ら努力して強くなる!」
 レプリカントとなったモカには、ダモクレスとしての力はもうない。代わりに得た人の心が、彼女にその言葉を紡がせた。人には人の在り方というものがある。見るがいい、ケルベロス達を護る光の盾を。彼らが振るう得物の勢いを増す爆風を。お前の身体を包み込み燃え上がる炎を。その炎にも融けず張り付く魔の氷を。十重二十重にお前を縛める様々な力を。それら全てはお前を倒すために、人たる私達が積み重ねた力だ。モカは確信していた。それらが結実する時は近いと。
 後備えは整っている。次あるは攻めの一手のみ。ヨハネはファミリアロッドを凰紗へ向けた。
「俺達を強くしてくれるんだったな? お望み通り強くなってやるさ」
 軽快な曲を指揮するかの動きだった。しかし、その指揮棒に載せられているのは、運命を歪ませ、戦場の天秤に更に分銅を加える定めの交響曲だ。ヨハネのみが到達しえた魔術の深淵が、終焉へと凰紗を誘った。
「お前の屍を越えてな」
 滅びの運命に辛うじて逆らってのけた凰紗は、一歩後時去った。
「ケルベロスめ、どこまでも口だけは達者らしい……!?」
 その足に、地面すれすれに飛んだ鎖の先端が絡みついた。振り解こうとする凰紗の足が浮く。何処かの枝に鎖が引っかけ引っ張っているらしい。そして体勢を崩しつつある凰紗の側面から、鎖にぶら下がった風が迫る。彼女の必殺の得物、妖刀・凩が、凰紗の身体を真っ直ぐに狙っていた。
「刈り取るでござるよ!」
 いかなる戦況でも変わらない、風のあっけらかんと明るい声。だが、凰紗だけには見えていた。炎と同じ色をした風の瞳には感情の波立ちはなく、新月の湖面のようにただただ昏く平坦だった。それが凰紗の瞳に焼きついた、最後の映像だった。
「そうか……それが終わりというものかもしれないな……」
 凰紗の行いに、ケルベロス達のある者は憤り、ある者は訝しんだ。だが、自分に引導を渡した者がこういう者であったとは。不思議であり、それでいて納得もしている、よく解らない感情に満たされながら、凰紗は地へと崩れ落ちた。
「覚えときな。殺されたら死ぬ。そいつがルールだ」
 側で掛けられた筈の竜人の言葉が、生から遠ざかりつつある凰紗にはひどく遠くからのものに聞こえた。


 虫の息で倒れている凰紗に、ケルベロス達から様々な問いかけがされる。今まで知性ある攻性植物が現れた試しはなく、情報を得たいところなのだ。
 だが、凰紗はそれらには応えず、既に光を失った瞳をケルベロス達に向けた。
「アンタ達は、強敵と心おきなく闘って斃れる、最期の一時を、静かに過ごしたいとは思わないのかい……」
 凰紗はそれだけ囁くと目を閉じる。『死』は速やかに彼女を連れ去り、全てが終わった夜の山間には、本来の静寂が訪れた。

 ケルベロス達は、戦闘で荒れた山中を出来る限り整えた。今頃は先程気絶させた人達も起きているころだ。ヨハネとアデレードは彼らを介抱すると言い、光の翼を拡げ、先んじて飛び去ってゆく。
 コクマは最後まで凰紗の亡骸を調べていたが、得るものなく、下山する仲間達の後を追う。
「分からずじまいであったか。しかし、これで終わらせはせぬ」
 各地で攻性植物達が動きを見せている。事があったときは容赦せぬ。それはまだ見えぬ黒幕への、コクマの宣言でもあった。

作者:譲葉慧 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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