今宵、あやかし茶房にて

作者:螺子式銃

●あやかし夜更け
 紅殻格子に虫籠窓、如何にも和風の外観を大事に設えた古民家。
 正面に掲げられた看板は、冴え冴えとした墨書きで『あやかし茶房』と記されている。
 勿論、室内は畳敷きに座卓が並び、和紙のランプシェードを透かした橙の光が柔らかく照らす。
 暖房は昔ながらの火鉢で熱された炭は温かに赤く、畳に座るのが苦手な客の為に大きなクッションやソファ席も準備されていた。
 更に、見事なのは大きなガラス窓から一面に望める庭の様子だろう。
 坪庭程度の規模ではあるが、石造りの灯篭の横には一本の大きな紅葉が鮮やかに染まった葉を苔が覆う地面へと散る光景は、如何にも日本の秋を切り取ったかのよう。
 純和風のカフェとしての雰囲気を保ちながらしかし、見慣れぬ物もある。広い店内の奥側の部屋は照明が落とされており、鬼火めいた青い光が時折にちらつく。不気味な日本人形に破れた障子、圧巻なのは幾つもブラウン管のテレビが塔のように積み重ねられて様々な映像やノイズを映していることだろうか。
 美しい和の世界、少し不気味な夜の裏側。その二つのコンセプトを楽しんでくれる者は、しかしいない。
 茶釜の前で肩を落として座り込むのはぼさぼさの白髪にしわくちゃの顔、大きく口が裂けた老爺――に扮した店主だった。
「……考えてみれば、考える程に、駄目なことばっかりだったじゃないか。開店が深夜のみなのもおかしい、妖怪の格好をしないとはいれないのもおかしい。
 おかしい、おかしい、おかしい尽くしだ。……でもなあ、妖怪好きなんだよなあ……。妖怪の良さを分かって欲しかったんだよなあ……店潰してたら意味ないよなあ……あーあ、この店とも今日でおさらばか…」
 背中がどんどん丸くなっていく。どう見ても、彼は『後悔』していた。――故に。
 第十の魔女・ゲリュオンが闇より出でて――男の心臓を躊躇いなく刺し貫く。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
 傷はなく、悲鳴も無い。だが、ゲリュオンの声と共に異様に大きな頭の老人――いわゆる、ぬらりひょんと呼ばれる妖怪の姿を模したドリームイーターが現れる。
 にたりと笑ったドリームイーターは、倒れ伏す被害者を調理スペースへと隠すと、店の明かりをつけ始める。
 深夜、人々が眠りに沈む頃唯一明かりの灯る店、人ならざる妖怪達が集うあやかし茶房――。
 さあ、妖怪の動き出す時間だ。



●あやかしの集う宵
「『あやかし茶房』って店を散歩してたら地デジと見つけたんだよ。妖怪に扮して楽しむんだってさ」
 人懐っこい笑顔と大きな身振り手振りで真柴・隼(アッパーチューン・e01296)が店の説明を始めると、テレビウムの地デジも大きくジャンプして一緒に見つけたのだとばかり元気よく主張する。
 彼等の調査結果によると、深夜にしか開店しない茶房で知る人ぞ知るという店だったらしい。茶や軽食の味は抜群で、評判は良かったのだが。
「なんかさー、日本の妖怪の格好しない客を追い出すようになっちゃったんだよね。だから、潰れちゃったんじゃない?」
 一通りの説明を分かりやすく終えると、隼はヘリオライダーへと話を譲る。そこで、トワイライト・トロイメライ(黄昏を往くヘリオライダー・en0204)も改めて資料を広げる。
「彼の『後悔』を狙ったのは、第十の魔女・ゲリュオンだ。
 そしてこの後悔を元に現実化したドリームイーターが事件を起こそうとしている。
 夢を奪われた店長は覚めない眠りに陥ったが、このドリームイーターを倒せば目を覚ますこともできる筈だから」
 ドリームイーターはいわゆる、ぬらりひょん。大きな頭の老人の姿をしている。煙管を使った煙や鬼火を操っての攻撃を行うとのことらしい。
「ドリームイーターは、サービスを受けて満足をすると弱くなるのが判明しているわ。お店の方も、前向きになってくれるのよね。
 この場合は皆で妖怪になればいいのかしら?」
 鳴咲・恋歌(暁に耳を澄ます・en0220)が興味深げに隼達を振り返ると、地デジが目まぐるしく表情を変えて頷く横で、隼も肯定を返す。
「そうそう、日本の妖怪を楽しんでほしいって思ってるみたいだなァ」
 そんな会話を交わす彼等を見遣ってから、トワイライトもゆっくりと笑う。今回は、店を楽しむことを前提にした方が良さそうだ。勿論、どうしてもというならいきなり戦闘を挑むことだってできる。
「なんにせよ良い時を過ごしてくれればと思う。そしてドリームイーターを倒して、無事に帰ってくるように。ではね、いってらっしゃい」
 そしていつもの通り彼等を見送ることになる。


参加者
ロゼ・アウランジェ(時紡ぎの薔薇歌姫・e00275)
真柴・隼(アッパーチューン・e01296)
ジョゼ・エモニエ(月暈・e03878)
紗神・炯介(白き獣・e09948)
御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)
織原・蜜(ハニードロップ・e21056)
ヒストリア・レーヴン(鳥籠の騎士・e24846)
日御碕・鼎(楔石・e29369)

■リプレイ

●夜更けにて
 あやかし茶房に明かりが灯されるのは夜も更けた頃合いに。
 一夜限りの奇譚が今、幕を開ける――。

 夜の闇の凝るような奥の間は、妖怪達が跋扈する。
 着流し姿に金の羽織、開いた胸元から覗く白い肌も艶めかしい酒呑童子の紗神・炯介(白き獣・e09948)にヴィルフレッドはくるりと回ってみせる。
「どうだい、かっこいいだろう?」
「うん、かっこいいかっこいい」
「…君、絶対かっこいいと思ってないだろうー?!」
 頭の横に天狗面、堂々たる山伏姿は、自慢げな顔も相まって可愛いばかりと喉が笑いに鳴る。
 人形が笑う度覗き込んだり鎧と握手したりと探索気分の彼を見れば、尚更だろう。抗議はしてみせるが届いた食事にそれも掻き消える。
「嗚呼、足りない、まだ足りないねぇ…。一体いくつ喰らえば僕の眼窩は満たされるのか」
 片目を撫でながら目玉を炙って炯介が楽しんでみせれば、少年も屈託なく笑う。茸鍋と柚茶を堪能する彼を肴に炯介は酒を。朱杯には純米吟醸のひやおろし。涼しげな飲み口に含み香が艶めいて芳醇な味わいだ。
「あんまり飲み過ぎると仕事に支障きたすんじゃない?」
 美味しいよ、なんて店主に掌を揺らす彼が水を干すよう涼しげな所作で飲む様子に問うも大丈夫と他愛ない話を重ね笑う。
 杯と言葉は、尽きぬもの。

「わ、すごい本格的で雰囲気あるね、アレくん!」
 無邪気な声を上げるのは巫女装束に二本尻尾と狐耳のロゼ・アウランジェ(時紡ぎの薔薇歌姫・e00275)。お稲荷さんに狐のラテにときらきら頬を薔薇に染めて。けれど微かに震える白い指先が神主装束の黒狐、アレクセイの尻尾を掴んで離さない。アレクセイはと言えば――満月の眸を喜色に染め、繊細な美貌は感動に打ち震えていた。
「ここは天国か…?」
 感極まった言葉が零れた。先程から、胸の内では感謝の言葉がリピート中だ。
 なにせ人前では甘えない最愛の姫が片時も離れない。動く度鳴る鈴の音が届く距離、可憐な薔薇が咲き綻ぶ幸福は言い表しようもない。
 言い張る強がりの裏側なんて御見通しだ。
「あっなんか音がした。武者が動いたよ!」
「怖がらなくても大丈夫、ロゼ。僕がついているから。ほらあーんして」
 ささやかなことで悲鳴を上げるロゼに甲斐甲斐しく世話を焼き、稲荷を食べさせようとすると淡く小さな唇が開く。抱き締めようと腕を伸ばせばそっと小さな肩が胸に収まる。
 やはり――ここは天国なのかもしれなかった。

 座敷に並んで座るのは、ヒストリア・レーヴン(鳥籠の騎士・e24846)と弟であるアルノルト。狐面も着物も揃いの座敷童達だ。
 ヒストリアが、ふとお手玉を手に取る。それは弟が先程から興味深げに眺めていたから。
「その…子供らしく、遊んでみようか」
「うん、いっしょに遊ぼう」
 提案にぱっと嬉しげに笑うアルノルトは、しかし直ぐ肩を落とす。
 ジャグリングみたいには受け止められずお手玉は転がるばかり。
「…ボクにはちょっと難しいみたいだから…ヒース、お願い」
「ちょっとコツがいるみたいだよな…アル、貸してみろ」
 頼られたならば応じる兄の顔でヒストリアも挑戦する。上手く掌に収まると、傍らで歓声があがった。
 思い切り遊んだ後、秋の味覚を詰め込んだあんみつを前に。
「――結構、楽しかったな」
 他愛ない遊びに夢中になる時間が目新しくて、何より。
「ふふ、ボクもとっても楽しかった」
 仕事のお手伝いも出来たしと無邪気に笑う弟が眩しくて、嬉しくて。はい、と差し出された一口に、顔を寄せていく。
 今日は一緒に、遊ぶ時間。

 顔の覆いは鳥に変えて、赤い翼を背に日御碕・鼎(楔石・e29369)は紅葉から傍らへと視線を流す。その先には、黒天狗。暖かな店内に戸惑うよう座す姿に小さく笑んで。
「狗。今日はありがとう、ございます」
「此の度はお声掛け頂き――まこと、心嬉しく」
 暮羽の様子も慣れたもので、鼎は茶を口に運ぶ。ふと、思う。歳が満ちれば酒杯でも重ねられようかと。
「お茶でも良ければ、盃を傾けましょうか。ね、狗」
 けれど、茶で楽しむのも一興とばかり誘えば、否やがある訳もなく。脳裏に浮かぶは彼との酒を心待ちにする者達。
「――ふふ。こうして二人で、とは珍しくありますね」
 それもまた機会とばかり、香り高い茶が彼等の杯として掲げられた。あんみつの他、蝶に蜘蛛、飴細工が卓に届くと、暮羽は細工を褒めたその続きに問う。鬼や狐も作れるのかと。返答はその場ではなく。
「お手玉とか。狗、少しやってみてください」
 楽しげに鼎が誘う頃に、朱塗りの盆に並べられた飴細工。鬼面に嘴面、狐面、最後は今宵の鳥面を。
 祭りの名残は彼等の手に。

 織原・蜜(ハニードロップ・e21056)は衣擦れの音も華やかな裾流しのに猫の耳、黒地に銀の竜が昇る着物を袖を巻き上げ着こなすドミニクは犬耳と尻尾、見応えのある猫又と犬耳の二人連れは、歓声から始まる。
「かッわいい! 焼き魚を食べないといけない使命感!」
 眸を輝かせ華やぐ声を上げるのは女子、ではなく綺麗なお兄さん。どれも気になるとドミニクも頷きを数度。
「上から順に全部頼んじゃう!?」
「良ェなァ……そうすっか?」
 三秒で意見が一致した。
「あ、梅昆布茶はあるかいのォ。ワシ、あれ好きでなァ――、!」
 メニューを眺めていたドミニクの目が一点で止まる。魅惑的な銘柄がずらりと並ぶ。即ち、酒だ。
「これからお仕事もあるから、お酒は程々にね」
「敵わンのォ」
 すかさず指先を立てて、ちらりと片目を瞑る蜜の笑みは悪戯めいて、してやられたとばかりドミニクもくしゃりと笑う。大型犬と戯れるしなやかな猫の如き構図だった。
 やがて、卓は御馳走で埋め尽くされる。

 犬はもう一人――と一匹。悠々と見事な毛並みの四国犬が座す傍らに白の水干に黒袴、耳と尾も黒く、己の犬に似せた御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)。面差しが微かに和むのは、彼の店と似た雰囲気があるからか。
 素敵な雰囲気ですね、と頷くのは同じくの水干に青の袴、幾つもの豊かな尾と尖った耳は九尾の妖狐を模した志苑。
「空木さんのような姿とてもよく似合っています」
「あんたも…」
 言葉少なに衣装を褒める彼と共にメニューを覗く。狐姿ならではのお稲荷にあんみつ、はしゃぐ志苑に静かな声で。
「いつ敵が来るか分からない、あまりはしゃぎすぎるな」
「でも楽しまないと勿体無いですよ」
 背筋を伸ばした姿で柔らかく志苑は微笑む。仕事なのも楽しいのも本当だから。
 庭の見える柔らかなソファで、本物の空木さんも可愛いですよ、なんて話しかける志苑の声。蓮も空木を構いながら、稀覯書混じりの書棚に手を伸ばした。
 頁を繰る音、音なく散る紅葉、志苑の楽しげな声。全てがしんと響き合う優しい、夜更け。

「やァ、魍魎界のビッグネームが大集合とは豪華な宴だなあ」
 皆の彩溢れる仮装に真柴・隼(アッパーチューン・e01296)が陽気に笑えば、猿面の地デジが顔で表せない代わり鈍器を掲げる。蛇の尾、虎の手足に纏うは黒煙、揃って鵺の彼等に先んじて、黒の僧服姿で猫が粛々と坪庭付近に先導する。その後姿を惚れ惚れと追うのは、白銀の裾を引く着物姿に蛇帯の清姫、ジョゼ・エモニエ(月暈・e03878)だ。
 隼は口笛混じりの喝采を惜しみなく送る。
「どう? 初着物の感想は?」
「……腰回りが苦しい」
 それでも長い袖が揺れる度に覗く襦袢の色彩や裾の衣擦れは憧れの着物だと実感する。
 膝に乗せた画集の古めかしい絵だって馴染む気がするのは悪くない。
 行儀よく焼魚を食べる猫を傍らに、隼は茸鍋やら魚をつつき、紅葉の見事な庭を熱燗で堪能する。
「君なら甘味を頼んでくれるって信じてた」
 あんみつを無心で頬張るジョゼは、途端可憐な唇を悪い笑みに引き上げて見せる。差し出した皿には飴細工。
「飛蝗と蜘蛛と蟋蟀、どの飴がいい?」
「ジョゼちゃん分かってやってるだろ!」
 戦々恐々と抗議してもしてやったりと微笑まれると、隼も笑ってしまう。やがて、食後にも熱心に画集を楽しむその頁が蛇の絵に差し掛かり、ふと問うた。
「清姫ってどんな妖怪だっけ?」
 語られる逸話は、悲恋と嘘の物語。人の嘘を許せない、恋を信じた妖怪の。
「へ、へえ…ヤンデレだね…」
「……人間臭くて憎めないわ」
 悪戯げな隼の眸が踊るように笑う。そして。
「――ところで俺なら君に嘘を吐いたりしないけど、鵺と蛇姫のロマンスってアリだと思う?」
 軽妙な問いに考える間が、暫し。その間、串に刺した目玉は火によく炙られとろりと溶けた。
「その身を焼かれる覚悟はあるんでしょうね」
 逸話を語った上で、問うのならと楽しげな青焔に目玉を翳しジョゼは笑う。
「目玉炙りながら言うのやめて」
 大変洒落にならない、けれど。そんな時だって見た目は可憐にたおやかなその面差しに、隼は柔らかく目を細めた。何処か眩しげに。

●次なる宴
 皆がそろそろ会計に動き始めたところで、蓮は本を閉じる。丁寧に仕舞ってから、立ち上がり。ロゼもまた、優雅に裾を持ち上げ礼を示してみせる。
「さて、楽しませて貰ったらその次は…今宵の宴のトリはお前だ」
「素敵なもてなしをありがとうございます! ――それでは、悪霊退散です」
 途端、臨戦態勢に番犬達が動き出す。好々爺然とした店主の目が、途端吊上がった。
「妖怪の宴は、まだ終わらせん!」
 銜える煙管から、気炎の如く炎が立ち上った。ごうごうと巻き起こる鬼火は後衛を巻き込んで爆ぜる。炎を喰らうように駆ける空木が恋歌の前に飛び出したのを確認して、ヒストリアは鼎の前へと小さな身体をすかさず捻じ込む。髪が炎を孕んで幾筋かが焦げ、熱が肌を炙るのに表情を極力揺らさない。
「大丈夫だ、ジャマーの類ではないように思うぞ」
 ヒストリアが素早く状況を見定めて口にする。不調を主導で撒く形には思えず、一撃で立てなくなる程の重みもない。その陰で静かに礼を告げた鼎が頷く。
「もてなしの所為かな。では、――回復、するよ」
 指先に翳すは呪術札。二本で挟んだ札を虚空に投げれば、翻り無数に広がってそれを起点とした多角形の結界を織り成す。生み出された気は庇った前衛を中心として、燃え広がる炎を宥めていくもの。
「先生、おねがいね」
「リィクも頼む」
 ジョゼとヒストリアがそれぞれウィングキャットに声をかけると、前後に別れて羽ばたく清浄の光が降り重なる。
 毛皮を焦がす炎を宥められ、空木が銜えた神器での一撃で威嚇したその隙を狙い、蓮が真横から蹴り飛ばす。その軌道の先で、竜の咆哮の如く轟音はロゼの細腕には余る程の巨大なハンマーより。
 その轟音にか敵が足を止めた機会を、狙撃手達は逃さない。
 月色の髪が翻るは既に残滓、目にも止まらぬ速さで懐まで飛び込んだジョゼは尖らせた葉先を刃の如く操り、斬撃を叩き込む。
「猫キック喰らえ~!」
 猫は猫でも猫又だけれど。なんて紫水晶の眸は悪戯げに微笑むが、めり込む足の甲の威力は全力で相手に突き刺さる鋭さ。着地だけは優雅に、蜜は顎に手を当てる。特段の回避性能も持たないこれは、確かに皆の言う通り。
「――立ち位置もちゃんと決められてない、って様子ね」
 そう、結論を出す。即ちポジション効果を得られていない、――百鬼夜行もかくやの宴は楽しかった、そう楽しすぎた故に。
「僕達の仕事は、上出来だったってことだね」
「皆、凄かったもんなァ」
 片目だけ細める炯介と、満足げに笑う隼は眼差しも交わさず互いの呼吸だけで拍を取る。そして、時間差の踏切り。彼等を見送るは、ヒストリアの紡ぐ呪歌。
「耳を澄ませ心を透かせ――語り部は静かに」
 意味をなさぬ言葉で歌い上げられる旋律は冴え冴えと澄んで、身体の深い場所まで染みていくよう。戦意を削がず、心だけを凪に。旋律に耳を傾けた後には、視界が鮮やかに開けていた。
 舞う金の羽織が一瞬の目くらまし、月光を描く鮮やかな軌道で斜めから薙ぐ炯介の太刀筋を隼が辿る。片腕を支えに、もう片腕で突き出した縛霊手に撓むのは巨大な光弾。炯介が横に跳んだ瞬間に彼の着物の裾を風圧で翻しながら着弾する。
 手応えは上々と二人は笑みを口の端に乗せる。適切な対応と、戦列と戦術。全てが噛み合えば、戦いの趨勢は既に決していた。
 それでも、足掻く異形が繰り出す不調はけして侮れたものではないのだが。
「こちらは、預かるよ」
 鼎が鎖を走らせ描いた魔法陣から、力が立ち上る。強き盾を授けると同時に不調を癒し、足りない部分はウィングキャット達に加えて地デジまでもが援護に回る。蓮とヒストリアも守護を中心に立ち回れば、盤石の防壁が形成されていた。
「――そろそろ、仕上げだな」
 味方への防壁は十分とばかり、空木へと視線を向けると荒々しく異形へと体当たりを仕掛ける。影のよう動いた蓮は束の間触れて後ろへと下がり。神器の眸で見据えた途端、立ち上がる炎は二柱。空木の操る炎と、もう一つは蓮の手元にある爆破スイッチを押した故の仕掛けだ。
「--どうぞ、お休み」
 ロゼは胸に手を当てて囁くように玲瓏たる音を零す。それは、いつしか歌になっていた。絢爛のひかり、心の奥まで届く子守唄。繊細で甘やかな旋律は瞬く星屑、舞う妖精達、まるでお伽噺の舞踏会。ひらひらと散る淡い花弁は異形のいのち、その欠片。淡い残滓は香りになって、夢の名残を見せるもの。
「おやすみなさい、ぬらりひょん」
 膝をつくその姿に、静かに蜜が目を細める。楽しい夢はいつか終わる、ならばけじめと区切りをつけてしまおう。百鬼夜行が通り過ぎればその後は。
「――登りくる朝日を出迎えましょう」
 だから、今は星に似合う終わりの月を。桜色の髪を棚引かせて踏み込みは目にも止まらぬ速さ。詰める距離は三歩、その最後の一歩で振り抜いたのは眩しい白刃。優しい笑みはそのままに、眸は凪いで命の終わりを見送る静けさで腹へと月の如き白が腱を絶つ。
 好機と見て鼎が治療に取り出しかけた札を、口の中で唱える呪で変質させていく。宿るのは空の力、音もなく舞うように身を翻す踏み込みを半歩、整えた指先から放たれた札は傷跡を鋭利に切り裂き、大きく異形の身体が崩れ落ちかけた。最後の足掻きめいて煙管が弾け、黒火が異様な勢いで迫りくる、狙いは炯介に。
 避けきれぬと分かるといっそ鮮やかな笑みで己が日本刀を構えるのに、ヒストリアが片腕を差し伸べる。そして燃え盛り焦げた腕が使い物にならないと知ると槍を持ち替え、鮮やかに旗を翻す稲妻の如き速さで叩き込む。何よりの勲しとして貫くその刹那、今だ、と告げる。
「――させないわ」
 これ以上、何一つだってさせる気がない。避けることだって許さない。ジョゼが水晶の眸で真っ直ぐ見据えると、レーヴは軌道の先触れのよう尾を揺らし輪を飛ばす、その中央を貫くように迸る閃光は会心の強さで届き、異形の足を石へと変えていく。
「ん、信じてるよ」
 彼女の力を、皆の積み重ねを。だから、気儘に自由に隼は飛び出した。空へでも散歩に行くような大幅の歩調で、炯介へと追いつく。今度は、目と目が合って少し笑った。
 最後に閃く白刃は、二本。鍔鳴りの音がまず響いて、無手だった隼が逆手からの抜刀。異形が追おうとする眼前に地デジが鈍器を叩き込み、その一瞬が命取りとばかり真一文字の軌跡が残る。
「楽しかったよ。ありがとう」
 すらりと翳された次の白刃は炯介が指先で愛でるように触れると青白い炎が地獄もかくやと燃え盛る。零れる赤は薔薇の花弁となって空気すら焼き尽すその強さ。大気が、切り裂かれる悲鳴に震える。無駄のない涼やかな挙動に刀を持つ手が閃くと、横一文字に重なる縦の一筋。真上から切り下すその一撃で、動けもせず異形は崩れ落ちた。

●あやかし茶房
 店主はやがて目を覚ます。彼を取り囲むのは凝りに凝った妖怪装束の面々。
 やがてロゼが真っ先に口を開く。
「楽しかったです!」
 掛け値なしの美女からの真っ直ぐの感想に目を白黒させると、更にジョゼも顔を上げて。
「アタシね、これまで日本の妖怪を白眼視していたけれど今日は少しだけファンになったわ」
 素直な感情の吐露、嘘のひとつもない本音。
「連れが、とても喜んでいた。感謝している」
「楽しかったよ、とてもね」
 更に幾人もが口々に告げる。何より、壊されないよう注意してくれた店内にヒールまで添えられればそれは如何にも胸に染みる。
 何かを洗い流されたような表情を見て、隼ものんびりと笑ってみせる。
「大好きな妖怪がつまらなそうに、茶ァ啜ってたらお爺ちゃんも悲しいでしょ?」
 そして広い心でもてなしたなら――きっと、こんなに素敵なあやかしが来るのだと教えてくれる彼に、意固地は失せた。
「……こんなお客さんが、また一杯、くるかね」
「ええ、面白いコンセプトだったわ。私もカフェを経営してるの、お話聞かせて貰える?」
 人懐っこく明るい表情で蜜が話しかけると、満更でもなさそうに店主が応じる。彼等と言葉を交わすうち、妖怪を楽しむ衣装を眺めるうち、生気が沸いてきたのは見て取れた。最後には、蜜と肩を組んで新店舗の話まで始まれば、笑いが弾けた。

 かくしてあやかしの夜は幕を下ろす。けれど、あやかしは消えぬもの。
 闇夜の晩に迷ったら、不意に一軒だけの灯りを見つけることがあるかもしれない。
 そうしたら、――ようこそ、あやかし茶房へ。
 

作者:螺子式銃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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