チョコレートおじさん

作者:吉北遥人

 まるで楽園。そこは甘い香りであふれ返っていた。
「わーい、チョコレートの川なの~」
 板チョコの橋の真ん中でしゃがんで、瑞穂は両手をチョコレートが流れる川に浸した。すくい取ったチョコレートを幸せそうに飲む。
「おいしいの~♪」
『君はチョコレートが好きかい?』
 パラソルチョコを差した、ピーナッツチョコ頭のおじさんが瑞穂に訊ねた。瑞穂は頷く。
「うんっ! 大好きなの!」
『そうか、そうか。それじゃあ、飛び込んでみようか!』
 そう言って、おじさんは瑞穂の背中をトンと押した。
 瑞穂はチョコレートの川に落ちてしまった。
「わわわっ!?……あれ?」
 跳ね起きた瑞穂は暗い部屋を見回した。
「夢なの……?」
 いつも通りの自分の部屋。チョコレートの川なんてどこにもない。
 その代わり、ベッドの脇に知らない誰かがいた。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 第三の魔女・ケリュネイアがそう言ったときには、その手の鍵は瑞穂の胸に突き刺さっていた。
 再び眠りに落ちたように瑞穂がベッドに倒れる。
 その頃、窓の外ではピーナッツチョコ頭の紳士が庭に降り立とうとしていた。

「甘いお菓子の夢を見れたら楽しそうですよね。ねむはケーキがいっぱいの夢を見たいです!」
 ちょっと羨ましそうに言ってから、笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)きりりと表情を引き締めた。
「その子は大好きなチョコレートいっぱいの夢を見てたのですけど、その中でビックリすることがあったんですね。その『驚き』をドリームイーターに奪われてしまったのです」
 女の子は傍から見ればまるで眠っているかのようだが、出現したドリームイーターを倒さなければ二度と目を覚まさない。
「現れたドリームイーターを倒せば女の子は目を覚まします。どうか助けてあげてください!」
 女の子の『驚き』を元に現れたドリームイーターは一体。チョコでできたパラソルを持ち、ピーナッツチョコ形の頭部をした紳士風の外見をしている。
 異様な外見なので、見逃してしまう心配はないだろう。
「そのチョコレートおじさんは、女の子の家の庭を出て、近所の道路を歩いてます。誰かを驚かせたいみたいで、こっちが近付いたら向こうからやってくるそうですよ。近くの公園に誘い込めたら、戦いやすいと思います!」
 また、自分に驚かなかった相手を優先的に狙ってくる性質があるという。逆に、素振りだけでも驚けば狙われにくい。
 この性質をうまく利用できれば、有利に戦えるかもしれない。
「チョコレートをいっぱい出して驚かせてくるようです。たとえ美味しそうでも油断しちゃダメですよ。たとえ美味しそうでも!」
 念を押すようにねむは繰り返した。
「相手の攻撃が甘々でも、みんなまで甘くしなくていいですからね。気をつけて行ってきてください!」


参加者
桐山・憩(焚き炎・e00836)
須藤・梨乃(鍵憑きサキュバス・e02913)
テトラ・カルテット(碧いあめだま・e17772)
九十九折・かだん(誰が亡骸見つけたの・e18614)
兎塚・月子(蜘蛛火・e19505)
サブリナ・ロセッティ(ブリスコラの魔女・e21766)
神崎・まとい(地球人の刀剣士・e23766)
ジン・エリクシア(ドワーフの医者・e33757)

■リプレイ


 十字路を曲がると、そこにいた。
 真夜中の市街地、街灯の下をパラソルを差したタキシードの紳士が歩いている。ただし、モザイク混じりのパラソルはチョコレートでできていて、紳士の頭の形もピーナッツチョコだ。
「うわっ、何だあれ!?」
 桐山・憩(焚き炎・e00836)の驚声に、紳士――ドリームイーター『チョコレートおじさん』はケルベロスたちに気付いたようだった。近付く歩調が速まる。
『君たち――』
「全体、まわれー右!」
 チョコおじさんが何か言いかけたそのとき、先んじて号令が響いた。四人のケルベロスはそれに従い、もと来た道を足早にとって返す。
「とっても美味しそうな敵さんなの……にゅふふー!」
 思惑通りチョコおじさんの靴音がついて来るのを確認しつつ、テトラ・カルテット(碧いあめだま・e17772)は声を弾ませた。殺界形成はとうに発動している。民間人を巻き込む心配はない。
「『君たち』の続きは『チョコレートは好きかい?』かな?」
「おそらくは。チョコレートは大好きですけど……」
 神崎・まとい(地球人の刀剣士・e23766)は苦笑した。速度を緩めぬまま、差しかかったT字路を左折する。
「答えるのはまだ我慢ですね」
「そうね。それでもし誘導が失敗したら目も当てられないわ」
 口ではそう言いつつ、漂ってくる甘い香りが気になるのか、サブリナ・ロセッティ(ブリスコラの魔女・e21766)はちらと後ろを見た。チョコおじさんも曲がり角からこちらにやって来ている。
「こういう系のデウスエクスが出すお菓子って食べられないものだと思ってたけど……とにかく、ここでチョコレートを浴びせられたくもないし、急ぐわよ」
「だよな。チョコ浴び放題なんか別に楽しみにしてないしな……してないからな」
「……それだと楽しみにしてるみたいなんだけど」
「お、そうなのか?」
 ツッコミに憩がクエスチョンマークを浮かべた。素の反応である。
「私はちょっと浴びてみたい気も……」
 はにかむまといを先頭に、四人は目的地である公園の入り口を駆け抜けた。
 その背を追ってチョコおじさんも公園に向かう。
「ふふふ……」
 おじさんの後ろに座敷童子が現れた。
 いや座敷童子ではない、ドワーフの女性だ。号令などの誘導補助をしていた兎塚・月子(蜘蛛火・e19505)は、走り抜きざまに「なにこの人」とでも言いたげな好奇の目でおじさんを盗み見た。おじさんと視線が合うや加速。ふふふあははへっへっへと笑いの尾を引きつつ公園に消えていく。
『…………』
 珍妙な一幕にチョコおじさんは物言いたげにパラソルをくるりと回したが、やがて何事もなかったかのように公園に踏み込んだ。


「げっ、甘ったるい匂いの真っ茶色のおっさん、ここまで追って来やがった! やべぇ!」
 近隣住民から『でかパンダ公園』と呼び親しまれているこの公園には、中央に愛称の由来である巨大パンダのオブジェが鎮座している。街灯を浴びるそのオブジェの足元に立つ八人のうち、憩が驚愕に目を剥いた。その反応に気を良くしたかチョコおじさんが朗らかに笑う。
『君たち、チョコレートは好きかい?』
「はい、大好きです!」
 満を持して答えるまといに頷き返しながら、おじさんがパラソルを夜空に掲げた。
『そうか、そうか。それじゃあたくさんお食べ!』
 直後、先端から液状のチョコレートが迸った。ホースの放水のように勢いよく噴き出し、茶色いアーチを描く。
「わぁ、何これ、すごーい」
 のんびりと驚嘆したのは須藤・梨乃(鍵憑きサキュバス・e02913)だ。微笑みながら軽く飛び跳ねて、チョコの飛沫から逃れる。
「わー! チョコレートだー! いい匂い、美味しそ――」
「チョコレートがあんなにいっぱい……!」
「のわっ、なんだこりゃー!?」
「すーげー! おっちゃんのチョコフォンデュは一体どうなっちゃってんの!」
「わわー!? まさかあたしをデコレーションして食べちゃう気では! 美少女はおいしいけど美味しくないよ!!」
 きゃっきゃと逃げ回る――ほとんどが演技だったが――まとい、サブリナ、憩、月子、テトラの嬌声に、おじさんが満足げにニマリとする。だが、その表情はすぐ怪訝なものに変わった。
「……」
 九十九折・かだん(誰が亡骸見つけたの・e18614)は溢れるチョコレートにまったく動じず、おじさんをじとりと見つめていた。虚無的な眼差しには何の感情も窺えない。
「ひひっ、こいつはいいや」
 そしていま一人、ジン・エリクシア(ドワーフの医者・e33757)は驚くどころかニヤニヤ笑い続けていた。飛んできたチョコをキャッチして平然と舐め取っている。 
『そこの君、なぜびっくりしない?』
「俺様かぁ? 俺様、甘い物好きだからなぁ。おじさん、気が利くぜぇ」
 傍らのシャーマンズゴーストのトーリにもチョコを分けつつ、ジンがニヤニヤと返す。当然それはドリームイーターの望む返答ではない。
 この敵は、自分に驚かない者を優先的に狙う性質がある。そしてケルベロスたちの思惑通り、パラソルの先端がジンに向いた。
『おかしい……子どもならこれで驚くはずだろう』
 直後、大量のチョコが噴出した。いかなる力が働いているのか、まるで帯のように空中をうねりながら、チョコレートの氾濫がジンに殺到する。
 湿った音が響いた。
「ほう。私の前で。食べ物を粗末にするか。いい度胸だ」
 チョコの多くはジンが展開した鎖の魔法陣が食い止めている。サークリットチェインを突き破ったチョコ飛沫は、かだんが鷲掴みしていた。ダメージを意に介さずそれを口に運び、暗く嗤う。
「体に悪い味する。おじさん」
 かだんの体がゆらりと傾いた。
「文字通り残さず食われる覚悟はあるのかよ」
 次の瞬間、かだんは地面を蹴って敵に躍りかかっていた。鉄塊剣の飾り気のない振り下ろしが、跳ねあがったパラソルと激突し、甘い火花を散らす。
「お前さっきなんて言った! 誰がガキだぁ! ブチ殺すぞォ!……どうした、テトラ」
 ブチ切れるジンの肩に、テトラが手を置いていた。みなまで言うな、わかっているさとでも言いたげにいい笑顔でサムズアップ。
「チョコ貰ったからって知らない人についてくのはダメだゾ! お姉ちゃんとの約束だ!」
「おい、お前まで子ども扱いすんなよぉ! 俺様はもうハタチだぞぉ」
「やはっ♪ 冗談、冗談」
 困ったような抗議から、テトラはぴょんと逃れた。軽やかな跳躍を重ねてパンダオブジェの頂上に到達。そこからさらに高く舞い上がったときには、その手に氷結の螺旋が宿っている。
「いっくよーっ! 皆の者、メイン火力かつ美少女のあたしを守るのだーっ!」
 降り注ぐ螺旋氷縛波はチョコの川を部分凍結させながらデウスエクスに迫った。新たな危機に気付いたチョコおじさんがかだんを振り払い、パラソルを展開。氷の螺旋を防ぎきる。
 そのパラソルの下をくぐるように日本刀が差し込まれた。
「懐がお留守ですなー。もらいっ☆」
 急降下からの軽快なステップで、一瞬にして接敵したテトラの斬撃は、紳士の胸元を深く切り裂いた。切れたネクタイをこぼしつつおじさんが入口方面に後退するが、その脚に黒いスライムがからみつく。
「逃げようとしてもムダだよ」
 梨乃の存在は、完全に紳士の警戒から外れていた。驚く演技をしながら気配を絶ち、死角へと回り込んでいたのである。敵の退路を塞ぐ梨乃はさっきまでと変わらない、しかし明らかにどこか別種の微笑を浮かべた。
「チョコレートなら、驚かすんじゃなくて! その甘さで人を笑顔にするべきだろーがっ!!」
 一転、荒々しい口調で梨乃が大鎌を旋回させた。夜気を断ち割りながら敵に迫る。チョコおじさんはまろびながら凶刃をかわすが、地面を切り裂きながら追い立てる梨乃に焦りの色はない。本命の攻撃はスライムによる捕食だ。大きく広がったスライムがチョコおじさんを包み込む。
『たんとお食べ』
 片腕を喰われながらも、チョコおじさんはパラソルからチョコの川を放出した。チョコはスライムを突き破り、そのまま遠くのオブジェに直撃。パンダがチョコ一色に染まる。
『そうら、君たちもどうかね』
 チョコの川が宙をうねった。幾筋にも分かれて襲い来る激流を梨乃、テトラ、かだんがそれぞれ横跳びにかわす。清浄の翼で押し返していたウイングキャットのアレッタは突如増した質量に呑まれて、姿を消した。
『ははは、もっとチョコレートを食べていきなさい』
「チョコがお前の独壇場だと――」
 その声は最初、どこから聞こえたのかわからなかった。
 はっと弾かれたようにおじさんがチョコの川を見る。が、もう遅い。
「――思うなよ」
 チョコの激流を突破して、炎熱をまとった月子がドリームイーターに惨殺ナイフを突き立てた。


 月子にまとわりついたチョコレートが、それ以上に厚く熱くまとわる地獄の炎で瞬時に消滅していく。
「こういう手合いは、逆にテメーが脅かされるとは“夢”にも思ってないモンや」
 チョコを持ちネタにする月子にとって、この邂逅は運命的にも思えた。体勢を崩したおじさんに引導を渡そうとナイフを引き抜き――突如横合いから迸った奔流を、そのナイフで防いだ。ナイフの獄炎でチョコは溶け消えるが、それでもなお激しい圧力が月子を押し返す。
 追撃もままならぬ月子を前に、チョコおじさんは余裕を取り戻したようだった。悠然と板チョコをぱりぱり噛み砕く。
「隙ありです!」
 チョコだるま、改め、まといの斬霊刀がおじさんの後頭部に一閃した。食べかけの板チョコを吐き出して倒れ込むおじさんの頭を、サブリナのスターゲイザーが迎え撃つ。
「チョコレートがこんなにいっぱいで、私もちょっと夢みたいだったわ」
 だけどそろそろ女の子のところに帰ってあげて――蹴撃にピーナッツチョコ頭が嫌な音をたててへこみ、おじさんが宙を舞う。
「あんた、いつの間にチョコまみれになってたの」
「えっと……驚く演技をしてたときに……」
「それほぼ最初から……」
「チョコレート像になった気分です……」
 サブリナとまといが苦笑し合う間、おじさんはよろよろと起き上がっていた。片膝を突くおじさんをかだんと、憩が見下す。憩がチョコまみれの自分の顔を舐めた。
「チョコを粗末に扱う喜びを知りやがって……許さんぞ!」
「オラ見ろおじさん、チョコ食べてる奴をちゃんと見習えパンチ」
 なぜ友の顔がチョコまみれなのかはいったん横に置いて、かだんの鉄拳が紳士の脳天に刺さる。
『わ、私はチョコを与える側……』
「知るか。食べ物で遊ぶなって習わなかったなら教えてやるキック」
 憩から施されたオウガメタルがかだんの膝を覆い、膝蹴りがおじさんの顔面を直撃する。倒れながらおじさんがパラソルを振り回すが、かだんに届く前にトーリが割り込み、受け止めた。サークリットチェインに守られたトーリにダメージはほとんど通らない。お返しとばかりにトーリが非物質化した爪を突き込み、ドリームイーターの内部を直接抉る。
「ナイスだぜぇトーリィ!」
 髪の奥でジンの眼が瞬き、その手の鎖がチョコおじさんの四肢に巻きついた。束縛でパラソルを振るうことすらできなくなったドリームイーターを、テトラの左眼が凝視する。月子からのブレイブマインを帯びるテトラの右手に、碧い刀が具現した。
「散るならせめて美しく散って、あたしを演出してね☆――閃いて、碧き風!」
 碧く燦然と輝く左眼の照準に、右手のブレードが呼応した。振り抜いた刀身は距離を超えた居合となって敵を襲っている。
 逆袈裟に胴を両斬されたチョコおじさんが溶け崩れるように消滅。それと同時に宙を流れるチョコの川が一斉に地面に落ち、盛大な飛沫をあげた。


 あれだけ大量にあったチョコも、こうなっては食べられそうにない。ない、が……。
「こんなになって……」
 チョコまみれになったアレッタが飛ぶのを手伝ってやりつつ、サブリナは指に付いたチョコをじっと見た。
(「ちょっとだけ……」)
 大人っぽく振る舞いたいがため興味のない風を装うサブリナだが、本当は甘いお菓子は大好物なのだ。
「そう、探究心よ。おいしそうとかじゃなくて……何、テトラ?」
 わかっているよんとでも言いたげにテトラがいい笑顔でサムズアップ。
「女の子だし甘い物大好きでも仕方ないよねっ。てへ♪」
「ち、ちがっ、べつに――」
「そんなあたしはしっかり水筒も準備してましたの。にゅふー。ちょっと食べる?」
「……じゃあ、ちょっとだけ」
「あっ、私もー」
 サブリナに続いて、梨乃もひと舐め。
「うん。敵は甘くはなかったけど、チョコはやっぱり甘いのがいいよね」
 そう呟き、梨乃はにこりと笑った。
「憩、チョコを浴びてるけど、いつ攻撃されたんだ?」
「攻撃? されてないぜ。チョコはまあ、浴びたかったわけじゃないけどなー」
「……そうか」
 友がどんな挙動をとったかなんとなく察しつつ、かだんは憩の頬のチョコを指で掬い、舐めた。
「ひひっ、チョコレート食いたくなってきたなぁ」
「あっ、ジンさん、よかったら写真を撮ってくれませんか」
 結局チョコを全然食べてないジンがコンビニへと歩き出す。それを呼び止めたのはチョコ像みたいになったまといだ。スマホを差し出してくる。自分でやると、操作のとき指が滑ってしまうのだろう。
 そんなまといに、月子が含み笑った。
「汚れはヒールじゃ落ちんぞ、マトイ。その格好で帰るんか?」
「ええ……正直、一回全身にチョコ浴びてみたかったんですよね」
 楽しげに笑うまといと、着替えを手伝ったると言う月子に、ジンがスマホのカメラを向ける。
 その際、チョコに染まったパンダオブジェが目に入ったが、
「まっ、片付けはまた今度だなぁ」
 ひひっと笑って、シャッターボタンを押した。

作者:吉北遥人 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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