山は紅葉の季節。紅、黄色、橙と色とりどりに美しく粧う様は、正に秋の風物詩だ。
「あー、だりぃなぁ」
気だるい呟きを聞き咎めるようなウイングキャットの眼差しに、響命・司(霞蒼火・e23363)は苦笑を浮かべる。
「そんな顔するなって。これで幾つ目の山かと思うと、ついな」
秋らしい暖色の色彩は目にも鮮やか。そうして、冷涼な空気に冬の足音を聞く。
気楽そうな口ぶりに反して、司の碧眼は周辺を油断なく窺う。
――脳裏を過るのは、紅い蔦。
紅い揺り籠に少女を囚え、山間の村を襲おうとした攻性植物。少女の形ばかりを残して寄生し、幼い命を、グラビティ・チェインを吸い尽くして手駒にした。
そんな悪辣を捜して、司は山々を渡り歩いていた。
手がかりは、紅蔦。多くの蔦は常緑だ。冬蔦と呼ばれ、ヨーロッパでは家の壁にはわせると雷や魔よけになると言われている。一方、紅葉する蔦は夏蔦と呼ばれ、こちらも日本中に分布している。
しかし、司の脳裏に刻まれた紅蔦は、蔦紅葉の比では無い真紅。地球の自然に無い禍々しい紅が何処かに群生すれば、噂にならないだろうか?
紅蔦の噂を捜し、あちこちの山に足を運んだ。場所の見当をつけていなかった為、或いは随分と無駄足を踏む事になったやもしれなかったが。
やはり似たような攻性植物と対峙した、サラキア・カークランド(白鯨・e30019)が寄生型攻性植物の出現分布を解析したお蔭で、その方向性が随分と絞られたのは幸いだった。
「……あれ、ですかねー?」
船乗り必携の望遠鏡は、山中でも役に立つ。司から借りたそれを覗き込み、サラキアの唇は緩く笑みを刷いた。単眼の丸い視界を染めるのは、正に真紅。頂上に近い山肌が、禍々しく侵蝕されている。幸い、ハイキングコースからも外れた山奥だ。早々に、一般人が近付く事は無さそうか。
やっと、見付けた。サラキアから受け取った望遠鏡を掲げ、司の唇にも不敵な笑みが浮かぶ。
「うん、紅葉とかじゃないよな……っ!」
埋め尽くされた紅に、白い人影は酷く目立った。望遠鏡越しの遠景故に、詳細までは判らない。だが、うら若い女性のように見えた。長い長い銀髪、華奢な風情で、山奥にそぐわぬ軽装だ。
まさか、新たな犠牲者か……それとも。
「黒幕ですかねー?」
犠牲者にしろ、黒幕にしろ、攻性植物との対峙となる。単独の接近は、危険だろう。
「後は、ヘリオライダーに任せますかー」
のんびりしたサラキアの声音が、逸る気持ちを抑えてくれる。頷き返して、司は踵を返す。
「そんな顔するなって。今度こそ、ケリをつけてやるさ」
物問いたげなウイングキャットの頭をわしわしと撫でる司。サラキアの方は、既に下山を始めていた。
「奴が見付かったって、本当か!?」
「お待ちしていました、オクトさん。どうぞこちらに」
足早にやって来た金髪の少年に頷き返し、都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)は静かに口を開く。
「では、定刻となりましたので、依頼の説明を始めましょう……響命さんとカークランドさんの調査により、山中に人型の攻性植物を確認しました。この攻性植物は、これまでに何度か事件を起こしてきた元凶のようです」
「場所は?」
「京都の大江山だ。見付けるのにちょっと苦労したぜ」
心なしか意気込む様子の少年――ベルンハルト・オクト(鋼の金獅子・e00806)に、説明する司。その肩に乗っているのは、ウイングキャットのゆずにゃんだ。
広島、岡山、兵庫――太蔓と紅蔦に纏わる一連の事件は、中国山地を西から東へと発生していると気付いたのは、今はにこやかに無言のままのサラキアだ。攻性植物の旅路の果てが京都の大江山、という訳か。
「ヘリオンの演算により、響命さんとカークランドさんが発見した女性こそが、黒幕の攻性植物と判明しています」
その姿は、一見して美しい少女。腰を過ぎる豊かな銀髪に涼やかな碧眼、白皙の肌、華奢に反して健やかに育った胸元やすんなりと伸びた脚を、フリル愛らしいノースリーブとミニスカートという装いが際立たせる。だが、華奢に緑の太蔓が禍々しく絡み、細腕を紅蔦が彩る様が異質だ。
「『彼女』は山の頂き近くの山肌に紅蔦を繁茂させています。その目的は判然としませんが……攻性植物は、他の生物や世界に侵略寄生する特性を持つデウスエクスですので」
正確には、大江山は連峰なので、その頂きの1つの近辺にいるようだ。
「幸い、ハイキングコースからも離れた山奥にいますので、周辺に一般人の姿はありません。早急に事に当たれば、新たな犠牲者が出る前に決着を付けられるでしょう」
現場には、ヘリオンから直截降下する。山肌に紅蔦が繁茂している中、少女型攻性植物は立ち尽くしており、見間違える事は無いだろう。
「降下時間は正午、天気は晴天。山中での戦いになりますが、戦闘に慣れた皆さんでしたら、戦うのに支障は無いでしょう」
周辺は紅蔦が山肌を覆っているが、今の所、この紅蔦自体は無害だ。見晴らしも良いので、地形で双方に有利不利は無さそうだ。
但し、司もサラキアも彼女自身が戦っている所を見た訳ではなく、ヘリオンの演算でもその能力ははっきりしなかった為、どんな技を使うかは不明。その強さは、けして侮ってはいけないだろう。
「彼女とか、少女型攻性植物って呼び方もまだるっこしいな……なぁ、黒幕を知っているみたいだが、そいつの名前は何ていうんだ?」
首を傾げる司の視線は、張り詰めた表情の少年に注がれる。
「俺は……フレイヤ、と呼んでいる」
多くは語らず、目を伏せるベルンハルト。その胸中に何が去来しているのか、感情を抑えた横顔からは窺えない。
「へぇ……デウスエクスにはもったいない呼び名ですねー」
碧眼を細め、サラリと毒を吐くサラキア。思わず苦笑を浮かべた創は、徐にケルベロス達を見回す。
「今回発見された敵は、人間に攻性植物を寄生させ配下を増やす能力を持っています。かなり厄介な能力と言えるでしょう。ここで逃してしまえば、足取りを掴む糸は途絶えてしまいます。提示出来る情報が少なく申し訳ありませんが、必ず撃破を。皆さんの武運をお祈りしています」
参加者 | |
---|---|
ベルンハルト・オクト(鋼の金獅子・e00806) |
ミルフィ・ホワイトラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・e01584) |
オズワルド・ドロップス(眠り兎・e05171) |
ティユ・キューブ(虹星・e21021) |
響命・司(霞蒼火・e23363) |
ファルゼン・ヴァルキュリア(輝盾のビトレイアー・e24308) |
リビィ・アークウィンド(緑光の空翼騎士・e27563) |
サラキア・カークランド(白鯨・e30019) |
●その名は、フレイヤ
カサリと、下草が鳴る。その色は、まだ緑。響命・司(霞蒼火・e23363)とサラキア・カークランド(白鯨・e30019)が発見した紅蔦の領域は、ヘリオン降下地点から少し下った処に在る。
「だりぃなぁ……昼寝日和だってのに」
晴天を見上げ、気だるげに呟く司。だが、物問いたげなウイングキャットのゆずにゃんの視線に苦笑を浮かべ、一転、真剣に頷く。
「けど、必ずケリはつける」
脳裏を過るのは、救えなかった子供の面影。必ず、此処で終わらせると決意も新たに。
「他の黒幕の攻性植物も、続々と姿を現している様ですわね」
戦闘用メイド服に小柄を包み、物々しく武装するミルフィ・ホワイトラヴィット(ナイトオブホワイトラビット・e01584)は徐に首を巡らせる。
「しかし、フレイヤ、とは……気に懸かりますわ。単に名前が同じだけ、と思いたいですわね」
刹那、ファルゼン・ヴァルキュリア(輝盾のビトレイアー・e24308)の歩みが止まる。その名前が傍らのボクスドラゴンと同じ、だからだけではない。
(「ヴァナディース様の別称が、攻性植物の呼び名とは」)
ヴァルキュリアの彼女には、それ自体が気に入らない。嫌悪でピリピリとしているが、その苛立ちを面に出す事はなかった。
チラとファルゼンが横目で窺えば、ベルンハルト・オクト(鋼の金獅子・e00806)の表情も硬い。件の攻性植物は、彼と因縁が在るという。だが、その事情も、攻性植物を「フレイヤ」と呼ぶ理由も、彼が語る事はなかった。
「あはっ、遂に黒幕ですねー。何をしてくれるのか楽しみで仕方ないですねー」
尤も、サラキアは寧ろ強敵との戦い自体に興味津々だ。周囲を気にせず思い切りやれるというのも嬉しい。
「俺は奴を倒さねばならない……だが、今の俺でも力不足かもしれん」
他のケルベロス達も、ベルンハルトの事情に踏み込む事はなく、だからこそ、少年は仲間に頭を下げる。
「皆、どうか俺に力を貸してくれ」
その言葉に否やは無い。戦の前の緊迫を孕み、ケルベロス達は粛々と紅蔦の領域へと向かう。
「あれがこの紅蔦を操る黒幕、か」
果たして、山肌を埋め尽くす真紅に浮かぶ白い人影――眠たげな碧眼を眇めるオズワルド・ドロップス(眠り兎・e05171)。ミミックのシトラスに突っつかれて、半眼を何度か瞬かせる。
「人の姿をしてる分、やりにくいけど……これ以上危険が及ぶ前に、終わらせよう」
「無理やり命を奪う罪は何よりも大きいもの。命を吸う植物には、この辺りで退場して戴きましょう」
静かに頷くリビィ・アークウィンド(緑光の空翼騎士・e27563)。常は大人しげな表情も、今は戦乙女の凛々しさを帯びて。
「キューブ、互いに無理しないようにしようぜ」
知己の司の言葉に虹色真珠の髪を揺らし、ティユ・キューブ(虹星・e21021)は肩を竦める。
「当たり前だが、楽をさせてくれる相手ではなさそうだね。カバーし合うとしよう」
「本当に心強いな。頼りにしてる」
戦いとなればディフェンダー同士、物騒な内心はお互いお見通し。やはり前衛を担うボクスドラゴンのペルルも、小さく鳴いてやる気を主張する。
「行こう」
8人のケルベロスと4体のサーヴァント、1体の攻性植物に対して、数の利を活かす包囲網を敷く。その網はけして崩させはしない。逃さない。
逸る士気を漸く解放する。一気呵成、紅蔦の領域へ駆け込んだ。
●紅蔦モユル
「漸く会えたぜ黒幕。此処で燃え尽きろ」
出会い頭、怒れる司のスターゲイザーはあっさりとかわされた。小首傾げる少女は、暫時の沈黙の後、小さく口を開く。
「もしかして、『ケルベロス』?」
「フレイヤ!」
続くベルンハルトのスターゲイザーを、ミルフィの稲妻突きをもいなし、淡々と碧眼を細める。
「私の『仲間』を、殺した、仇」
「世迷言を」
吐き捨てたファルゼンのグラインドファイアが奔る。炎纏う蹴打が華奢を捕えるも、サラキアの水鎌は太蔓の壁に阻まれ威力を相殺された。
「あなた、配下を増やす能力を持っているそうですねー? そちらも見せてくれませんかー?」
サラキアの明るい声音は変わらない。そして、いっそ挑発めいた言葉にも、攻性植物の反応は無情のまま。
「っ!」
オズワルドのレゾナンスグリードより速く、振るわれた蔦から煌く紅が飛散する。咄嗟にティユがリビィを庇うも、真っ向から浴びたオズワルドの視界がぐらりと揺らいだ。
「星々の煌めきよ、守護の力を!」
すぐさま、守護星座を地面に描くリビィ。
「援護は任せてください。癒し手の戦術、お見せしましょうっ」
「頼もしいな。ならば、私も……導こう」
ティユも輝きを以て星図を投影し、スナイパーの命中率の補助を図る。
それでも、オズワルドの表情は険しい。よくよく狙うスナイパーの命中率さえ芳しく無いとなれば。
「キャスター、だと思う」
ケルベロスは3分の2が前衛と、かなり前のめりの編成。故に、範囲型の攻撃は専ら後衛に注がれた。飛散する紅蔦の毒は視覚を狂わせる。キャスター相手の命中率の低下はスナイパーとて厳しい。特にオズワルドが捕縛の技が苦手なら尚の事。序盤は耐戦を強いられた。
焦りは禁物。ともすれば逸る気を抑え、ベルンハルトの斬が緩やかな弧を描く。
毒注ぐ紅蔦と絞め上げる太蔓、紅蔦の業は単体の『毒』と範囲型の『プレッシャー』に分かれるが、フレイヤの攻撃自体はシンプルだ。
「足元注意、ですよ?」
キャスター故に時間は掛かったが、サラキアの『悪食』が少女の足を切り裂き、オズワルドのブラックスライムが喰らい付けば、攻性植物は徐々に動きを鈍らせていく。サーヴァント含むディフェンダーらは懸命に庇い、メディックは癒し続けて戦線を支える内に――司のサイコフォースが爆ぜるに至れば、怒涛の攻勢も見えてくる。
このまま押し切れるか――ティユの唇が微かに綻んだ、その時。
紅燃え立つが如し。足下に繁茂する紅蔦が一斉に波立つ。
「なっ!」
敵のテリトリーに警戒していたケルベロスも少なからず。咄嗟に蠢く周辺を切り払うミルフィだが、紅蔦は構わず蔓を伸ばす。
「させるか!」
収束する紅蔦の奔流、その先にフレイヤ。ベルンハルトの一撃を後退して避け、差し伸べた繊手に紅が触れるやサラサラと崩れる。紅砂の霧雨が降り注ぐ。全ての紅蔦が尽きるまで。
「嗚呼……折角、ここまで、育てたのに」
フレイヤの数多の傷は、綺麗に癒えていた。淡々とした口調も、色の無い面も、何ら変わりない。だが、睥睨する碧眼に、確かに怒りが見える。
「ケルベロス、『嫌い』よ」
●慈悲の行末
「成る程。確かに私達には『無害』だ」
クールに唇を歪めるファルゼン。フレイヤの隠し球は紅蔦を媒体とした大回復か。
「あはっ、流石に強いですねー。それでこそ倒し甲斐がありますねー」
あくまでも楽しそうなサラキアに頷き、ベルンハルトも武装を構え直す。
「奴の紅蔦はキケンだが、もう無い。恐らく、ヒールはこの1度きり」
「バッドステータス、まだ生きています!」
それは快哉だった。リビィの眼力が測った命中率は、足止めの健在を示す。
これでキュアまでされれば、戦況もひっくり返されたかもしれない。だが、まだ刃が届くならば、手数はケルベロスが圧倒的に優位。
(「非道を行う攻性植物が、かの女神の別名を冠していたのでは……女神の事を想われている、わたくしの姫様も……悲しまれますわ」)
一気に接近したミルフィが、高速演算を以て痛撃を繰り出す。
「貴女達は、一体……貴女も、オーズ兵器ですの?」
「随分と手を拡げていたが、増えてやりたい事でもあるのかい?」
同じく疑問を口にしたティユの気咬弾が、弧を描いて爆ぜた。
「それとも、考えなしに増えればそれで良いだけかい?」
「ケルベロス、『嫌い』よ」
フレイヤの応えは一言。明確な拒絶に質問は無駄と知る。
ならば、今は穿つのみ。
ゾディアックソードが指揮棒のように振るわれる。オズワルドの黒槍は正確に華奢を貫き、サラキアのバリケードクラッシュが蠢く蔓壁を粉砕する。サーヴァント達も負けじと突撃した。
「落ち着け。合わせろ。呼吸を。意識を」
反撃の太蔓に打たれたベルンハルトを庇うには至らなかったが、ファルゼンの冷静な共呼吸がヒールを促進する。
「私も定命化で命を頂いた身……だからこそ、負けられませんっ!」
代わりに蒼天を渡るリビィの飛翔乱舞が、鮮やかにも圧倒的に武装を叩き込んだ。
「絶対に逃がさねぇ!」
包囲の間隙を探すように身を翻すフレイヤの前に回りこみ、司のジグザグスラッシュは的確に仲間の剣戟をなぞる。
「……っ」
ベルンハルトより繰り出された破鎧衝に堪え切れず、膝を突いた。攻性植物は静かに顔を上げる。
「引導はそのまま、ベルンハルト様が」
ミルフィに促され、金髪の少年は徐に日本刀を構える。しかし、紡がれたのは必殺の剣閃、ではなく。
「慈悲を見せよう、機会を与えよう」
もう2度と、人は襲わぬと、何者も奪わぬと誓えるのなら……それこそ植物のように、静かに穏やかに過ごすと言うならば。
「そして、今回の攻性植物達の事件の裏を話すならば……俺は、許す」
「オクト? お前、何を」
司の戸惑いに、張り詰めた横顔の少年は答えない。
(「もし、無理と答えるならば……秘剣を以てトドメを刺すまで」)
しかし、慈悲を見せる、機会を与える――それは、敵の応えを待つという事。そのほんの刹那が、致命的な隙。
「……!」
フレイヤに身構える素振りすらなかった。紅蔦の奔流に呑まれた少年を、碧眼が淡々と映す。ゆうらりと音も無く立ち上がる。
「ワタクシは、『仲間』が欲しいだけ。でも、ケルベロスは、『仲間』じゃない」
「ベルンハルトさん!」
「大丈夫だ……」
リビィの悲鳴に、全身を朱に染めながら気丈に頷き返すベルンハルト。だが、前衛で攻撃に晒され続けた少年は、限界を越える痛撃を浴びて、忸怩たる思いで崩れ落ちる。
(「俺、は……」)
鬼ではないと、修羅となるのはまだ早いと――危険と知りながら。最期を躊躇わせたのは、何だったのだろう。
●紅散葉
「っ!」
そのままベルンハルトを縊り殺そうとした太蔓を、ファルゼンが辛うじて遮った。ギリギリとドラゴニックハンマーで深緑を押し返しながら、背後に向かって気力を注ぐ。
「貴方に守護を……!」
ベルンハルトの許へ駆け付けたリビィは、祈りももどかしげにマインドリングに口づける。司に促され、ゆずにゃんもその翼を大きく羽ばたかせた。
必死のヒールの一方で、次々と攻性植物へ牙剥くケルベロス達。
「閃光は逃がさない――突き上がれ、光よ」
地面に叩き付けられたオズワルドの魔導書より流れた魔力は、地脈を通じて標的を感知する。立ち昇る青き光柱が攻性植物を呑むと同時に、喰らい付かんと地を蹴るシトラス。
「さて、あなたの楽園ごと、凍らせてあげましょうかー……まあ、楽園なんて、最初からどこにもありませんけど」
オズワルドの制裁の晄を興味深く眺めるのも束の間。サラキアの『貪欲』なる一閃が時空凍結弾を放ち、ボクスドラゴン達も続々とブレスを浴びせ掛ける。
「生憎と惜しむ縁もない。ここで終わりにさせて貰うよ」
ペルルに呼応して、ティユのハウリングフィストが唸りを上げれば、星屑煌き攻性植物の刻を更に凍らせる。
「テメェは無力で傷ついた子供を利用した。灰すら残さず霞として消えろ」
巻き起こる蒼炎と烈風。司の送り火は、激しい拳打を火打石として爆ぜた。その爆発は蒼き鳳凰となって蒼穹を翔ける。
(「この手で倒せぬなら、せめて……」)
怒涛を一身に浴びる彼女を、ベルンハルトは必死に刮目する。
「槍の『選定』――お受けなさいまし!」
それは、『女神』の勅命による戦死者の魂の選定を再現した技。ミルフィのゲシュタルトグレイブが、『魂』ごと少女を刺し貫く。
「フレ、イヤ……!」
ぐらりと、少女の身体が傾ぐ。刹那、黒と青の視線が絡み合う。
「あなたは、『仲間』じゃない」
フレイヤの唇が震える。或いは、笑おうとしたのかもしれない。華奢に絡まる太蔓が紅蔦が、見る見る自壊していく。
トサリ――。
最後にベルンハルトの瞳に焼き付いたのは、霧散する紅の中、ふわりと広がる淡雪のように儚い銀の髪だった。
「大丈夫ですか? ベルンハルトさん」
「……俺、は?」
震えた目蓋がゆっくり上がれば、覗き込んでいたリビィはホッと安堵の溜息を吐く。
「無理に動かないで下さい。絶対安静です」
視界一杯の秋晴れに、ベルンハルトは眩しげに目を細める。身体に走る激痛は生きている証。とは言え、暫くは病院の世話になりそうか。
「お疲れ様……終った、ね」
ゆるゆると身を起こすベルンハルトを、オズワルドが欠伸しながら肩を貸す。術を使った疲労からか、彼自身、若干眠そうだ。シトラスが背もたれのように支えてくれた。
白茶けた山肌は、寒々と冬枯れの模様。だが、周辺の紅葉を見れば、攻性植物の『侵略寄生』の一端も垣間見えようというもの。
「このままにはしておけないからね」
既にティユは、相棒と周辺をヒールして回っている。その表情は、浮かない。『ケルベロス』を拒絶した『彼女』は一切語らず逝った。見えぬ真相に、後味の悪さが否めない。
「結局、ヴァナディース様と関係あるかどうかも判らなかった」
果たして、フレイヤという呼び名は、偶然か必然か。座りの悪い心地を持て余し、憮然とするファルゼンを同名のボクスドラゴンが気遣わしげに見上げている。
「攻性植物達の背後には、一体何が……?」
それでも、サキュバスミストを振り撒きながら、何か手懸かりがないか、首を巡らせるミルフィ。どうやら、攻性植物自体は霧散した模様。痕跡を探すのもかなり難しそうだ。
先んじて大江山全体を調査した司も、紅蔦失せれば他に不審が無い事は判っている。
「……これで少しは報われれば良いがな」
「あはっ。私は結構楽しかったですよー。大技も見られましたしー」
オラトリオヴェールを編みつつ、あっけらかんとしたサラキアの言葉に、思わず苦笑を浮かべる司。煙草を取り出したが、ゆずにゃんの咎めるような眼差しに、ここが山中と思い出す。仕方なく、火を点けぬまま咥えた。少しシマラナイ気がする。
「……皆に、援けられた。感謝している」
「少なくとも、これ以上、紅蔦絡みの新しい悲劇は起きません。今はそれで十分と思います」
山肌のヒールに勤しむ仲間を眺め、リビィの言葉に小さく頷いて。ベルンハルトは漸くそちらを見る事が出来た。
攻性植物の苗床であった亡骸は、まるで眠っているよう。綺麗なものだ。
――君の名前は?
――フレイヤ。
かつて、故郷の森で出逢った彼女は、既に寄生されていたのか。それとも――。
今はもう何も言わぬ少女を見詰め、ベルンハルトは何かの痛みに耐えるように瞑目した。
作者:柊透胡 |
重傷:ベルンハルト・オクト(鋼の金獅子・e00806) 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年11月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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