思い出を綴じ直して

作者:雨音瑛

「この町に、古本修復を生業としている人間が居るようです」
 どことも知れぬ場所で、道化師のような格好をした女が語る。
「その人間と接触し、仕事内容を確認。可能ならば、習得したあとに殺害しなさい。ああ、そうそう。グラビティ・チェインは略奪してもしなくても構いません」
「了解しました、ミス・バタフライ。この私、葉と」
「魚に、お任せください。一見すると意味の無いこの事件、巡り巡れば地球の支配権を大きく揺るがすことになるのでしょう」
 女と同じく、道化師のような格好をした二人の男性が頭を下げる。彼らはひとつうなずくと、煙のように消えたのだった。
 
●ヘリポートにて
「ミス・バタフライという螺旋忍軍が動き出したようだ」
 ウィズ・ホライズン(レプリカントのヘリオライダー・en0158)が、ケルベロスたちを見渡す。
「彼女が起こそうとしている事件は、直接的には大した事は無い。しかし、巡り巡って大きな影響が出るかもしれないという厄介な事件だ」
 今回ミス・バタフライが起こす事件は、古書修復士の仕事をしている竹宮・修(たけみや・しゅう)という男性のところに現れ、仕事の情報を得たり、習得した後に殺すといったもの。この事件を阻止しなければ、いわゆる「風が吹けば桶屋が儲かる」かのように、ケルベロスに不利な状況が発生してしまう可能性が高い。
「もちろん、ケルベロスが不利になろうがなるまいが、デウスエクスに殺される一般人を見殺しにすることはできない。君たちには、一般人の保護とミス・バタフライ配下の撃破をお願いしたい」
 まずは敵との接触方法だが、とウィズはタブレット端末に視線を落とした。
「基本として、狙われる一般人を警護し、現れた螺旋忍軍と戦うことになる」
 しかし、事前に一般人に事件を説明して避難させてしまった場合は、敵が別の対象を狙うなどの行動を起こしてしまう。結果、被害を防げなくなるので注意が必要だ。
「今回は、事件の3日くらい前から対象の一般人に接触できる。事情を話すなどして古書修復の仕事を教えてもらえれば、螺旋忍軍の狙いを自分たちに変更できるかもしれない」
 しかし、そのように囮になるにはそれなりの技量がいる。古書修復士見習い程度の技量は要求されることは間違いない。
「囮になるつもりであれば、かなり頑張って修行をしなければならない。そうだな……バラけたページを直すくらいの技術は習得する必要があるだろうな」
 また、戦うことになる敵は螺旋忍軍2体だと、ウィズが指を立てる。
「ちょうど、古書修復工房の隣に駐車場がある。戦闘はそこで行うと良いだろう」
 ちなみに、囮になることに成功した場合は「技術を教える修行」と称して、螺旋忍軍に対して有利な状態で戦闘を始められる。
「例えば、2体の螺旋忍軍を分断したり、一方的に先制攻撃を加えることが可能だ。状況を活用して、うまく立ち回ってくれ」
 螺旋忍軍は、技術を教えようとするケルベロスたちに対し「一般人に比べて強いことはわかるが、一芸に秀でた一般人ならばこのくらいかな」と思うため、特に怪しまずに接触してくるという。
「ふむ、古書修復士ですか。彼の保護はもちろんのことですが、仕事内容も興味深いですね。私も所有している本を持参しつつ、修行に励んでみるとしましょう」
 柵夜・桟月(地球人のブレイズキャリバー・en0125)が呟き、微笑んだ。


参加者
ユウ・イクシス(夜明けの楔・e00134)
シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)
ムギ・マキシマム(赤鬼・e01182)
浅川・恭介(ジザニオン・e01367)
エピ・バラード(安全第一・e01793)
イリス・フルーリア(銀天の剣・e09423)
リリー・ヴェル(君追ミュゲット・e15729)
保村・綾(真宵仔・e26916)

■リプレイ

●修理工房を訪ねて
「たのもー! 古本の修理を教えてくださいっ!」
 古書修理工房「波間」のドアを勢いよく開けるのは、エピ・バラード(安全第一・e01793)。修復にいそしんでいた竹宮・修は顔を上げ、目を見開く。
「ええと……申し訳ありません、当工房では弟子の募集はしていないのですが……」
 申し訳なさそうにする修に、浅川・恭介(ジザニオン・e01367)が事情を説明する。修が螺旋忍軍に狙われているということ。ケルベロスが古書修復の技術を身につけてある程度の腕前になれば、螺旋忍軍の気を引いて囮になれるということ。
「——というわけなんです。短い期間ですが、少しでも技量を習得できる様に頑張ります」
 テレビウムの「安田さん」ともども、恭介は頭を下げた。
「わかりました。上手く教えられるかわかりませんが……こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」
 と、修も深々と頭を下げた。

 修理する本がない者はこちらから本を選んで欲しいと、修が工房内の一室に案内する。そこは、温度と湿度が管理された部屋。預かった本や修復の練習に使用する本が、整然と本棚に収まっていた。
「練習用の本は、こちらの本棚に入っています。どれでも好きなのを選んでくださいね」
 本棚二つ分を、修が示す。恭介は室内を見渡し、ほう、と息をついた。古い本、独特の匂い。少しひんやりとする空気。
「本がいっぱいあるとなんか安らぐ」
 そして一度きつく目を閉じ、安田さんへと向き直る。
「安田さん! 修復するよりその本を読みたいと思う僕を止めて! 殴って!」
 もちろん主を殴ることなく、安田さんは恭介の足に触れ、無言で首を振ったのだった。
 本を選び終えて工房に戻れば、いよいよ修理方法の説明が始まる。
 説明どおりに、エピは借りた本をゆっくりと開いた。抜け落ちそうになっているページを外し、竹串の先に糊を乗せる。はみ出して汚さないようにと、丁寧に糊を本につけてゆく。都度、修に確認しながら作業を進める。
「丁寧で良い作業ですね。その調子です」
「ありがとうございます! ていねいに、やさしく……、しかし集中力と根気がいりますね……でも負けませんっ!」
 滲む汗をぬぐい、ひたすらに集中する。
「こうして手直しして大事にしてもらえると、本だってきっとうれしいと思います!」
 さらに意気込むエピの横で、ユウ・イクシス(夜明けの楔・e00134)も真剣に本と向き合っていた。
「——貴重な経験だ」
 言葉少なに、手を動かす。細かな作業には、思わず没頭しそうになる。螺旋忍軍の囮となるという目的は、忘れてはならない。それでも、相当に集中していたのだろう。気付けば、誰もが無言であった。
「今日は、ここまでにしておきましょうか。集中しすぎても続きませんからね」
 修の声がけで、一日目の修行は終わりを告げた。

「安田さん、道具の準備をお願いするね」
 恭介が安田さんに声をかけ、道具を渡してもらう。昨日の修理の続きをしようと、それぞれが本を開いた。
 ムギ・マキシマム(赤鬼・e01182)が糊の具合を確認するのは、自身で持ち込んだアルバムだ。傭兵時代の友人が作ってくれたものなのだが、かなり痛んでいる。写真だけを入れ替えた方が楽だとは理解しつつも、どうしても捨てられない一冊だ。
「しっかり接着されてるといいんだが」
 確認のため、数ページめくる。アルバムに映っている仲間の顔は、どれも笑顔であった。
 ページを縫い終えたリリー・ヴェル(君追ミュゲット・e15729)は、ページの束をテーブルに置く。一息ついてそっとページを撫でれば、印刷による凸凹が不思議と心地よい。
(「誰かにとっては何でもない本でも、誰かにとってはタイセツなヒトとの想い出が詰まった本」)
 手をどければ、どこの言葉とも知れない文字が古びた紙に並んでいるのが目に入る。
(「一冊一冊、チョシャの方の伝えたい想いも、たくさん綴られているのでしょう、ね」)
 裏返し、縫い目を確認する。しっかりと補修された本には、均一な縫い目が並んでいた。
 二日目も、静かに過ぎ去って行った。

●ともに歩んだもの
 修行最後の日、三日目。
「貼り付けた和紙が乾いたら、ボクの本は修復完了デース!」
 はしゃぐのは、シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)。開いて乾燥させている本は、ギターの練習用にと初めて買った音楽の本だ。何度も読み返してボロボロになったページは、シィカの作業と修の助けを得て新品同様——とまではいかないが、だいぶ整った見た目になってきている。
「この調子で、できる限り綺麗にするデスよ!」
 今でも時折眺める、大切な一冊。ページに触れれば、慣れた感触が伝わる。
「シィカあねさまの本、とても綺麗になってきたのじゃ。わらわも頑張るのじゃ!」
 意気込む保村・綾(真宵仔・e26916)の手には、針と糸。持ち込んだ絵本は、初日こそボロボロではあった。それでも少しずつ修復を進め、今は外れそうなページを縫い直す作業をしていた。
 絵本は子どもが扱うことを前提としているため、普通の本に比べて頑丈に作られているものが多い。しかし、何度も読み返せばどんな本でも痛んでしまう。
 綾が文字を覚えるためにと買って貰った本は、猫が主人公の冒険譚だ。表紙にいる白黒柄の猫とともに、また冒険に出られるように、と。針と糸を慣れない手つきで進めていく。
「お世話になった本故、大事に直すのじゃ。……もう少しの辛抱なのじゃ」
 ページの中の猫に話しかけ、糸を通す。
 誰もが三日間、一生懸命学んだ。
 イリス・フルーリア(銀天の剣・e09423)が修復を終えた本を慎重にめくり、大きくうなずく。
「……できました! 修理、完了です!」
 本を手に笑顔を浮かべるイリス。そのすぐ後に、綾も道具を置いた。
「わらわも、できたのじゃ!」
「皆さん、三日間お疲れさまでした。どれも、丁寧に修復できていると思います。これなら——」
 修の言葉を中断するのは、呼び鈴の音。修ははて、と呟いて首をかしげる。
「もう閉店時間ですし、受け取りなどの予約もないのですが……」
 その言葉を聞いて、ケルベロスたちは視線をかわして頷いた。
「修さんは奥に隠れていてください。あとは、私たちが」
「わ、わかりました。ご面倒おかけしますが、どうぞよろしくお願いします」
 イリスに指示され、修は工房の奥へと駆けてゆく。それを確認して、恭介が扉を開けた。
「……いらっしゃいませ」
「こんばんは。本の修理方法を教えていただきたいのですが」
 軽業師のような格好をした男二人——螺旋忍軍が、店内を見渡す。エピが彼らの前に進み出て、柔らかな笑顔を浮かべた。
「わかりました。では、古書修復の技術を教える修行をしましょう」
「技術指導に適した場所が他にあるんで案内するぜい!」
 ムギが胸を叩き、外に出るように促す。不思議そうな顔をする螺旋忍軍に、ユウがこともなげに告げる。
「広い場所の方が道具を広げての説明がし易いんだ」
 なるほど、とうなずいた螺旋忍軍は、ケルベロスに続いて外へと出た。そのまま工房に隣接する駐車場へと向かう。
「ふむ、確かにこれだけ広いとどんな道具も扱いやすいでしょうね。では早速——」
 懐から本を取り出そうとする螺旋忍軍「葉」の手に、エピのエアシューズが衝撃を与えた。
「この技術は、人の手と心から生まれるんです! 貴方達には渡しませんっ!」
「あそこにあったどの本にも思い出があり、歴史がある……古書修復の技術は尊いものだ、お前らが関わっていいもんじゃねえ!」
 地獄の炎を纏わせた惨殺ナイフを振りかざし、ムギが怒りを露わにする。
「くっ、ケルベロスですか!」
 数歩引いて体勢を立て直そうとするが、既に時遅し。さらなる攻撃が、葉を襲う。
「銀天剣、イリス・フルーリア――参ります!」
 イリスの刀と翼に、光が集まり始めた。
「光よ、彼の敵を縛り断ち斬る刃と為せ! 銀天剣・零の斬!!」
 一閃ののち、葉が数秒動きを止める。そこに、翼から溢れた光が刀の分身となって連激を叩き込む。その数、実に数十。
「それでは、本日のケルベロスライブ………レッツ、ロックンロール! デース!」
 シィカが愛用のギターをかき鳴らす。気合い、十分だ。

●順風
 ケルベロスに先手を取られた螺旋忍軍は、見る見る間に劣勢となっていった。特に、集中攻撃を仕掛けられた「葉」は早くも肩で息をする始末であった。
「ケルベロスに、遅れをとる、とは……!」
 呻きながらも、葉は螺旋手裏剣を放つ。手裏剣は、回転しながらユウの方へ。痛みの数秒後に伝わる熱から、手裏剣が毒を帯びていたことがわかる。自身で対処しようとも思ったが、幸いにも次の手番はメディックである綾だ。ならば、とユウが思うが早いか、綾がぴょんと飛び跳ねながら挙手をした。
「ユウあにさま、回復はわらわに任せるのじゃ!」
 もう一度飛び跳ね、綾がユウに癒やしのオーラを飛ばす。加えて、綾のウイングキャット「かかさま」が翼をはためかせた。傷が癒えていくのを感じながら、ユウは素早く葉の前に進み出る。そして目に見えぬ動きで刃を操れば、葉の身体から血しぶきが上がった。
「馬鹿……な……」
 螺旋忍軍「葉」は目を見開き、崩れ落ちる。その後は、黒い霧のようになって消え去った。
「まずは、一人」
 刃を払い、ユウが冷徹に告げる。
「くっ……先手さえ取られなければ!」
 残された魚は、日本刀を構えたまま間合いを取る。
「おっと、逃がさないデスよ!」
 魚の背後に回りこみ、シィカが流星を纏った蹴りを叩き込んだ。背中をしたたかに打たれるも、魚はまだ余裕を見せる。
「逃走など——しませんよ」
 よろめきながら体勢を立て直す、螺旋忍軍の魚。彼に向かって無頓着に歩むのは、恭介だ。ずんずんと歩み寄る恭介の手には、書物「表紙がありえないぐらい硬い本(角に重度の歪みあり)」が。
「……な、なんですかあなたは。そしてその本は一体」
「え? 僕の持っている本の角がどうしてこんなに歪んでいるかって? ……教えてあげましょうか? その身を以て」
「いや言ってな」
「わ す れ ろ !!」
 魚の言葉を遮り、恭介がひたすらに本の角で魚をどつき回した。追い打ちをかけるかのように、安田さんも手にした凶器で魚を殴りつける。
 今のうちにと、リリーはシィカへとヒールを施した。
「シィカさま、大丈夫です、か?」
「おかげで万全デス、リリーさんに感謝デスよ!」
「さあ、畳みかけていきましょう。サポートはお任せください、皆さんは攻撃を」
 柵夜・桟月(地球人のブレイズキャリバー・en0125)が星座の加護を与えつつ、仲間に声をかけた。
「では、お言葉に甘えて。新しいエアシューズの威力——試してみましょうかね!」
 一瞬だけエアシューズ「星駆ける白銀」に視線を落とし、イリスが駆け出す。跳躍からの流星の襲撃は魚を弾き飛ばし、アスファルトの床面に叩きつけた。
「あたしたちも続きましょう!」
 テレビウムの「チャンネル」とうなずき合うエピ。直後、魚の足元から溶岩を噴出させる。戸惑い、灼熱を浴びる魚の足に、チャンネルが凶器で殴打を加えた。チャンネルはそのままエピの元に戻り、無言でゆっくりと頷いたのだった。

●本に宿る想い
 戦闘は、終始ケルベロスが優勢のまま進んでいった。浅い傷は自身で回復をしようと、恭介が生命力を簒奪する斬撃を加える。そこへ安田さんが応援動画を流し、状態異常を癒やす。無理はするな、と言わんばかりの無言のフォローであった。
「さすがだね、安田さん」
 呟いて魚に向き直れば、魚の手にした日本刀が仲間——エピの正面で緩やかな弧を描くのが目に入る。次いで加えられる斬撃の痛みに、エピが顔をゆがめる。
「くっ……手負いとはいえ、さすがデウスエクスですね……!」
「心配ないのじゃ! 我らが王よ、我らに尊き祝福を——おネコさま、お願いするのじゃ!」
 綾が召喚するのは、ひとつの扉。間もなくふっくらボディの猫の王様が現れるると、ステッキをひと振り。癒やしのオーラがエピにふりそそがれ、たちまち傷が癒えてゆく。
 その合間に、ユウがゲシュタルトグレイブ「結明紡」を構えた。
「眠れ。永久の世界-ユメ-の中で」
 現出した一振りの槍は、結明紡を媒体としたもの。漏れ出た冷気は、周囲を極寒の地へと変える。
「氷の次は炎デース! 覚悟するデスよ!」
 と、シィカも炎を纏った一撃を的確に当ててゆく。
「回復は足りています、ね」
 では、とリリーは小さく咳払いをした。
「あなたの、イロを識りたいの」
 白色の洋灯が、やわらかな光を帯びてゆれる。しかし、リリーの指先が操れば、一変して鋭利な刃へ変わる。瞬く間に貫かれた魚は、一瞬だけ呼吸を止めた。その魚の眼前で、ムギが拳を握りしめる。
「俺の一撃はちっとばかし重いぞ……この一撃に迷いなし、筋肉は爆発だ!!!」
 とたん、全身の筋肉が爆発する。そこから放たれる渾身の一撃は魚の内部にまで浸透し、大きな爆発を起こした。魔法にも似た技は、魚を霧散させる。
 駐車場は、静けさに包まれた。
「わらわたちの勝利なのじゃ! かかさま、褒めてほしいのじゃ!」
 綾がしゃがみ込み、かかさまにぺろりと頬を舐めてもらう。
「工房にお礼を言いに行く……前に、ヒールをした方がよさそうですね」
 抉れたアスファルトが散らばる駐車場を見つつ、恭介と綾がヒールを施してゆく。
 ヒールを終えたところで、ケルベロスたちは再び工房を訪ねた。ドアを開けば、不安げな顔の修が目に入る。心配のあまり、隠れていた場所から出てきてしまったのだろう。
「ケルベロスの皆さん! ……その、ご無事でしたか?」
「ええ、私たちの勝利です! この度は、手ほどきありがとうございました!」
 イリスをはじめ、ケルベロスたちがそれぞれ礼を述べる。大きな怪我をしているような者もいないのを確認した修は、胸をなで下ろした。
「良かった……本当に良かったです。こちらこそ、ありがとうございました。なんとお礼を言っていいやら……」
「いえいえ、これもケルベロスの仕事ですからね! こちらはお返しのお団子です、勿論皆さんの分も有りますよ!」
 イリスの配る団子を受け取りながら、恭介は作業台の上の本を見遣った。それは、修が修復している途中の本だ。
「本の修理とかできたら、図書館とかの就職に有利になりませんかねぇ」
「図書館によっては重宝してもらえるみたいですよ。何なら、本格的に修行してみます?」
 修の問いに対し、恭介は困ったように安田さんを見る。安田さんは、判断は任せるとばかりに無言なのであった。

 間もなく、工房をあとにする。
 ムギは修復したアルバムのページを開き、手を止める。
「楽しかったあの頃の思い出が確かに此処に存在するんだ」
 もしも彼らが生きていたら、ムギ自らが修復したアルバムを見せていたに違いない。
「全くどいつもこいつも笑顔でさ、堪らねえよ……」
 乾いた笑い声は、わずかにかすれる。アルバムを綴じ、その重みと思い出をしっかりと感じ取った。
 この工房には、修復を待つ本もまだたくさんある。
「繋ぎ直して、綴じ直す……想いを再びカタチにする。ステキなことだと、思います」
 リリーが工房内をゆっくりと見渡し、最後に修を見て微笑んだ。
 本に紡がれた物語は、持ち主の物語も孕むことで新しい物語をうみだす。
 きっと明日も、誰かの思い入れがある本たちがこの工房に運び込まれることだろう。

作者:雨音瑛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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