穴は群れて蠢く

作者:深淵どっと


「えー、マジかよー!」
 ある日の深夜、男は友人と電話で談笑を繰り広げていた。
 ちょっとした用事のつもりだったのだが、話は様々な方向へ盛り上がり、気付けばすっかり長話になってしまっていた。
 そんな話の途中であった。
「え? 何、お前水虫になったの? うわぁ……」
 ちょっとした日常の話題に、思いっきり表情をしかめる男。その表情に浮かぶ嫌悪感は、声にも表れていた。
「あぁ、いや、俺も昔水虫になったことあるんだけどよ、その時のブツブツが……ちょっとトラウマでなぁ」
 思い出しながら身震いをする男性。どうやら、相当酷い症状だったようだ。
「へぇ、確かにその『嫌悪』、わからなくもないなぁ。気持ち悪いもんね、あの細かいブツブツの穴」
「そうそう、あれっきりすっかりああ言うのが……え!?」
 聞こえてきた声は、電話からではなかった。
 驚き振り返った男の胸元に、いつの間にか立っていた緑の少女が鍵を突き立てる。
「その『嫌悪』、使わせてもらうね」
 電話を手放し、その場に崩れ落ちる男性。不思議な事に外傷は無いように見える。
 代わりに立ち上がったのは、モザイクの塊。
 それは、徐々に人の形を象り、ゆっくりと動き出すのであった……。


「水虫への対策は常に足を清潔に保つ事に限る。一日中靴を履きっぱなしだった時などは特に注意が必要……あぁ、今その話は別にいい? ……そうだな」
 早速脱線した話の流れを戻しつつ、フレデリック・ロックス(蒼森のヘリオライダー・en0057)は続ける。
「そういうわけで、ドリームイーターの活動を確認した。どうやら一般人の持つ『嫌悪』を使って新たなドリームイーターを産み出しているようだな」
 元凶である緑のドリームイーターは今から追うのは難しいだろう。今はその『嫌悪』によって産み出されたドリームイーターの対処が先決だ。
 無事に撃破できれば、襲われた一般人も意識を取り戻すだろう。
「敵の出現場所については検討が付いている。キミたちには、現場に赴いて敵の迎撃をお願いしたい」
 敵は一見すると人の形をしているが、足先がモザイクに覆われている。
 何より、顔や体中が無数の小さな穴に覆われており、見ればそれが異形の存在である事は一目瞭然だろう。
 穴からは様々な毒素を含んだ液体を飛ばしてくる。決して水虫菌では無いが、何となく痒くなる気がするかもしれない。
「……何だかすまんな、よりによってこんな敵を相手にしてもらう事になるとは……だが、放置すれば更に被害は広がってしまう。悪いが、頼んだぞ」


参加者
アイリ・ラピスティア(宵桜の刀剣士・e00717)
アリシア・メイデンフェルト(マグダレーネ・e01432)
エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)
篠田・葛葉(狂走白狐・e14494)
磯野・小東子(球に願いを・e16878)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)
アーシィ・クリアベル(久遠より響く音色・e24827)
伊織・遥(血の轍を振り返らず・e29729)

■リプレイ


 それは、とある日の昼頃。
 ふらりと現れた人影に、人々のどよめきが広がる。その中に混じるのは、嫌悪、不快、恐怖。
「うぅ~……あれだよね? あれの相手しないといけないんだよね?」
 その姿を捉えたアーシィ・クリアベル(久遠より響く音色・e24827)は両手で自分の腕を抱いて、嫌悪感を顕にする。
 幽鬼の如くゆらめくその姿は、人型であってヒトからはかけ離れていた。
 所々に空いた細かい穴は形も大きさも不揃いで、貫通しているわけでもなければ内部が曝け出されているわけでもなく、ただただ暗く虚ろだ。
 足元を覆うモザイク。元が重度の水虫からくる嫌悪感である事を考えると、そのモザイクの裏側は想像するのもおぞましい。
「……いえ、考えるのは、やめておきましょう」
 一瞬だけ、ほんの一瞬だけその姿を脳裏に過ぎらせてしまった伊織・遥(血の轍を振り返らず・e29729)は笑顔を凍らせながら刀を取り出す。
 何も考えるな。とにかくいち早く片付けよう。
「……とりあえず、暴れ出す前に周りのヤツらを避難させようぜ。あんなんに殺されるとか、目も当てられねぇ」
「確かにな……ってか、できれば俺もそっちに回りたかったな」
 同じく最大限嫌な顔をしながらも、桐山・優人(リッパー・en0171)は周辺に殺気を作り、一般人に避難を促した。
「不快なのハ同意だな。しかし、ワタシたちはワタシたちノやるべき事ヲ成そう」
 ひとまずの避難は優人に任せて問題は無いだろう。
 君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)の言葉に同意しながらも、目の前のアレと対峙する事にエリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)は軽くため息を零し、付近の一般人を下がらせていく。
 その動きを察知したように、ドリームイーターが徘徊を止めた。
 ぐるりと、首をこちらに向け、視線無き無数の穴々がケルベロスを睨め付ける。
「ぅ……き、来ますね。早く倒しましょう」
「そうだねぇ……あの見た目、凄くイヤーな気分になってくるよ。いくら、準備はできてるね?」
 穴の一つ一つがこちらをじっとりと見つめている。そんな錯覚すら覚えそうで、篠田・葛葉(狂走白狐・e14494)は思わず視線を逸しそうになっていた。
 が、敵を目の前にそうもいかない。テレビウムのいくらと顔を見合わせ、磯野・小東子(球に願いを・e16878)も腹を決める。
 そんな仲間たちの様子を前に、アリシア・メイデンフェルト(マグダレーネ・e01432)は今一度ドリームイーターの姿を見据える。
「……今回は嫌悪、ですか。なるほど、確かに民を害する彼の者らには嫌悪しかありませんね。シグ、倒しますよ、民の敵となる者を」
 件のドリームイーターは、今もこの状況を見て嘲笑っているのだろうか。そう考えると、嫌悪の感情が更に募る。
 だが今はまず、目の前の驚異を排除しなくてはなるまい。
「でも、ある意味人型で良かったよ」
 優人に合わせて殺気によって一般人を遠ざけ、アイリ・ラピスティア(宵桜の刀剣士・e00717)は小さく呟く。
「……殺すイメージが掴みやすいから」


 お互いが射程距離に踏み込む。それは、戦いの火蓋が落ちる合図だ。
 歩を止めたドリームイーターの身体がびくん、と震える。
「や、やだ、こっち来ないでよ!?」
 それまでの緩慢な動きが嘘のように、ドリームイーターが動き出す。無数の穴から溢れ出るのは、毒の染み込んだ不浄の霧だ。
 即座にエリオットがアーシィを中心に守護の魔法陣を展開する――が、染み込んだ毒は瞬く間にグラビティ・チェインを侵食し、魔法陣は腐り落ちるように消えてしまう。
「マジかよ!……いや、それでもこれで!」
 確かに魔法陣は消されてしまったが、この一撃に関しては大幅に相殺できた。
 そして、その隙を狙ってケルベロスたちは一気に反撃に出る。
「うぅ、何かベトベトする……もうヤダぁ!」
 毒霧をその身に受けて早くも涙目になりながらも、アーシィの斬撃がドリームイーターを捉える。
「――そこ」
 間合いを取ろうと引き下がるドリームイーター。しかしその動きは先の斬撃に引きずられ、緩やかである。
 それをアイリは逃さず、静かに、されど鋭い刺突を繰り出す。
「人型だから、急所も同じかな、と思ったけど……」
 アイリの放った刺突は的確に喉元を貫いていた。普通の人間なら、致命となる一撃だ。
 確かな手応えはあれど、ドリームイーターはすぐにその刃を振り払い飛び退く。やはり、人型だがヒトではないのだ。
「関係ないなら、まずはその穴全部弾丸で埋めてあげるよ!」
 そして、そんな事はお構い無しに葛葉の弾丸がドリームイーターを追い込んでいく。
 距離を詰めながら撃ち込まれていく弾丸。今回ばかりは、沸き立つ熱狂に身を委ねてひたすらに攻め続ける。
 が、攻勢に転じるこちらを嘲笑うように、ドリームイーターは表情の存在しない顔の穴から濁った毒液を撒き散らし、立ち回る。
 降り注ぐ毒は身体の動きを鈍らせる神経毒だ。そして、それを受け止めてしまったのは、小東子のサーヴァントであるいくらだった。
「やってくれたね! ウチのいくらに汚いモン付けてくれちゃって! ただじゃおかないよ!」
 緩急の大きな気味の悪い挙動を見せるドリームイーターの頭上を小東子が翼を広げ羽ばたく。
 そして、頭頂部に狙いを付けた急降下攻撃に合わせて眸が動いた。
「徹底的に動きヲ抑えルぞ、キリノ」
 身体を走る碧の輝きが剣を形作り、ビハインドのキリノが放つ念力と共に同時に仕掛ける。
「その体にもう一ツ、穴を開けてやろウ……」
 金縛りと光の剣による刺突。そして、文字通り串刺しになったドリームイーターに、上空から影が落ちる。
「せぇーのっ!」
 タイミングは完璧。立て続けに小東子が高高度から全身を使って膝蹴りをドリームイーターの頭部に叩き込んだ。
「蘇る、そう、あなたは蘇る。征服者であった死を征服するために。この祝福によって――!」
 その隙にアリシアは言葉を紡ぎ、魔力を剣に変え振りかざす。
 復活を司るルーンの力は瞬く間にいくらを蝕む毒素を払い、その傷を癒やすが、完治とまではいかなそうだ。
「毒素が強いですね……皆様、敵の挙動にはご注意下さい」


 絶妙な距離を保ちながら、一撃離脱を繰り返すドリームイーター。
「やりづらいですね……動きを抑えて一気に片付けてしまいたいところですが」
 振るう刃を避けられ、紙一重で降りかかりそうになる毒液に遥はほんの少しだけ表情を歪める。
 しかし、8人と3体と言う数を前に、徐々にその距離は縮まりつつあった。
「毒の治療はこっちに任せてくれ、多分なんとかなるからさ」
 撒き散らかされる毒液はすぐさまエリオットの放つオーラの力が相殺する。
 幸い、すぐに対処すれば致命傷にはならない。回復に徹しつつ、反撃を確実に入れていけばこのまま押し切れる筈だ。
「では、回復はお願い致します。シグ、行きますよ、用意はよろしいですね……そこです!」
 ボクスドラゴンのシグフレドの吐くブレスが地面を走る。
 アリシアよりオウガメタル粒子の支援を受けながらブレスは取り囲むようにしてドリームイーターの退路を塞いだ。
「もう逃げ場はないよ! どこに逃げたって、きちんと叩き潰すまで追いかけるだけだけど!」
「確かにこんな薄気味悪いの、最期を見届けないとおちおちゆっくり休めないね!」
 その瞬間を狙って葛葉と小東子が同時に蹴撃を叩き込む。
 二重に凝縮された重力場は、ドリームイーターを容赦なく地面に縫い付け、コンクリートごと押し潰していく。
 確実に、かつ堅実に。反撃の機会を奪われながらも、ドリームイーターは蹴撃を繰り出した葛葉に毒液を撒いて攻撃を試みる。
「無駄ダ、最早貴様ニ勝ち目は無イ」
 それすらも、眸に阻まれてしまう。
 だが、しぶとくもその毒液を目くらましにして、ドリームイーターは今一度ケルベロスから距離を離す――が。
「見た目も、攻撃方法も醜ければ、足掻く様も見苦しいですね……」
 遥の刃がドリームイーターを掠め、鋭く空を切る。
 その瞬間、不意にドリームイーターは足を止めてしまう。まるで、自分の進む道が急に見えなくなったように。
「綺麗なものが見えてきたでしょう? そのまま惑い……やられてください」
「何だかよくわかんないけど、もうこのまま一気に畳み掛けるよ!」
 言葉通り、ケルベロスから見ても敵の挙動の理由はわからない。わかるのは、技を施した遥と、その光景が見えているドリームイーター当人だけだ。
 しかし、この好機を逃す理由も一切無く、いち早くこの敵のお別れしたい一心でアーシィが踏み込む。
 目にも止まらぬ神速の太刀筋は微かな冷気と星の煌きを軌跡に残し、ドリームイーターの半身を凍て付かせる。
 残る半身から噴き出す毒霧に、最早状況を打破する程の力は残されてはいなかった。
「――首も心臓も駄目なら」
 視界を遮る程度の効力しか無い毒霧をコートで防ぎながら、アイリがドリームイーターの死角を取る。
 するりと、音も気配も無く、ドリームイーターの凍て付いた身体を宵闇色の刃が走った。
「細切れにしてみようか」
 痛覚すら凍り付いていただろうドリームイーターは、アイリの姿を認識する間すら無く、バラバラに砕け散る。
 そこに残ったのは、ヒトでは無く、そして人型ですら無くなった残骸だけだ。
「……バラバラになっちゃえば、嫌悪感も薄れるね」


「……しかし、こりゃあ……もしかしなくても、後片付けが一番大変なんじゃないか?」
 戦いが終わってエリオットは街を見渡す。
 幸い、巻き込まれた人はいないようだが、ドリームイーターが逃げ回ってくれたお陰で被害は結構な広範囲に渡っているようだ。
「とは言エ、これヲ放置するわけにハいかないナ」
 淡々と喋る眸の顔色も、心無しか疲れているように……見えるかもしれない。
 自分たちの攻撃で壊れた地面や建物はまだ良い、デウスエクスとの戦いではよくある事だ。
 しかし、この残された毒液の処理は生理的に苦痛でしかない。
「……全く、とんだ置き土産を残してくれましたね」
 遥の浮かべた笑顔には、半ば諦めの色が浮かぶのだった。
 向けた視線の先、ドリームイーターが倒れた場所にはもう欠片の一つも残ってはいない。
 何故死体は消えるのに、と理不尽を感じながらも、修復のためにヒールを開始するのであった。
「はぁー、何か、凄い疲れた……こういう相手はこれっきりにしたいねー」
 しかし、苦労した分の勝利である。達成感も大きくアーシィはすっかり力の抜けた笑みを浮かべていた。
「そうだね、夢に出そう……」
「何だか今更ですけど、気分が悪くなってきました……」
 すっかり毒液でベトベトになったコートを広げて、果たして洗っただけで使えるだろうかと逡巡するアイリの横で葛葉が蹲る。
 戦闘中は熱狂に身を任せ、勢いで乗り切れた。しかし、記憶は誤魔化せない。冷静になった途端に押し切っていた分の嫌悪感が丸ごと押し寄せてきたかのような気分だ。
「アイリ、そのコート貸しな? 汚れくらいは落とせるからさ」
 アイリからコートを受け取り、小東子はその汚れをグラビティを応用して落としていく。
「しかし、コレじゃうかうか何かを考えることもできやしない。早いとこ連中、止めないとね……」
 パッチワークの魔女。
 未だにその尻尾を掴めておらず、彼女たちによる被害は広がる一方である。
 どこかで終止符を打たなくてはならない。それは、多くのケルベロスが懸念している問題の一つだ。
「えぇ……夢を喰らい、人々を脅かす彼女たちを、いつかは打ち倒さなくては……」
 仲間たちと顔を見合わせて、真剣な表情を浮かべるアリシア。
 しかし、次の瞬間にはその緊迫を崩し、穏やかに微笑む。
「しかし……しかし、ええ。今は、私たちや民の、目の前の無事を喜びましょう?」
 魔女たちとの競り合いは果たしていつまで続くのか、それはまだわからない。
 だが、アリシアの言う通り、今は一つの戦いに勝利し、その終止符までの一歩を進めた事は確かなのだろう。

作者:深淵どっと 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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