とめどなく蟻の溢るる秋晴れに

作者:奏音秋里

 少女は1人、母を手伝うために畑の草とりをしていた。
 3本刃の鍬を振り下ろし、掘り起こした土から草や根をとり除いていく。
「ふぅ……まだまだやんね」
 畑を見渡すと、軍手をした手の甲で額を拭った。
 涼しくなってきたとはいえ、太陽の下で動けばじんわりと汗をかく。
 それなりに広い畑は、植えられた野菜と野菜のあいだの大半が、未だ緑に覆われていた。
「うんしょ、っととっえいっ!」
 そうして再度、鍬を振るったのだが。
「ん……いやぁーーーーーっ!!」
 土のなかから、大量の蟻がものすごい勢いで出てきたのだ。
「なにこれ気持ちわる……ぃ……」
「私のモザイクは晴れないけど、あなたの『嫌悪』する気持ちもわからなくはないな」
 言い終わらないうちに、胸を穿つ大きな鍵。
 魔女の腕のなかに、少女の身体は崩れ落ちた。
「あはは、それ持って往っておいでよ」
 ステュムパロスが笑顔で送り出すのは、蟻型のドリームイーター。
 少女の等身大なうえに、後ろ脚で二足歩行ができる。
 顔とか腹とかとてもリアルで、なかなかに気持ち悪かった。

「みんな、蟻とか好きですか?」
 おもむろに、笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)の質問。
 庭や道端を動く黒点を想い出し、ケルベロス達は様々な表情を浮かべる。
「なんと今回は、蟻への『嫌悪』が奪われてしまったのです! 新たな被害が出る前に、現実化したドリームイーターを倒してほしいのです!」
 奪った張本人は既に姿を眩ませているのだが、ドリームイーターが放たれてしまった。
 1体だけで、よく見る行列とかにはなっていないらしい。
 これを倒せば畑に倒れている少女も眼を覚ますことを、付け加えて。
「蟻の顔とかまともに見たくないですけど、口からモザイクの塊を吐き出します!」
 投網のように広がるモザイクに包まれると、攻撃の正確性が低下する。
 口許とか特に気持ち悪いのだが、よくよく注意していないと上手く避けられないし。
「あと、中脚から投げつけられるモザイクにも気を付けてほしいのです!」
 いつでも攻撃できるよう、常にこねこね。
 此方は、触れると眠気に襲われてしまうのだとか。
 残った前脚では、少女が使っていた鍬を器用に扱う。
 尖った3本の刃で以て、トラウマを抉ってくるのだ。
「長閑な農村で、戦闘にはお米を収穫したあとの田圃を使わせてもらえます!」
 いまのところドリームイーターは、畑や田圃の周辺をうろうろしている。
 蟻の習性を利用すれば、簡単に誘き寄せられるだろう。
「苦手なモノがあることは、悪いことじゃありません。なのに、それを悪事に利用するなんて許せないのです!」
 話しながら敵を想像してしまい、ちょっと鳥肌が。
 腕をさすりながら、ねむはケルベロス達を送り出すのだった。 


参加者
ラトウィッジ・ザクサー(悪夢喰らい・e00136)
カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)
風魔・遊鬼(風鎖・e08021)
ヤマダ・タエコ(ボッチなアニソンロッカー・e11869)
リルカ・リルカ(ストレイドッグ・e14497)
アテナ・エウリュアレ(オリュンポスゴルゴン三姉妹・e16308)
イアニス・ユーグ(頑健・e18749)
鋼・柳司(雷華戴天・e19340)

■リプレイ

●壱
 今回のドリームイーターのモデルは、蟻。
 その習性を利用するために、ケルベロス達は田圃でお茶会を催すことにした。
「蟻って肉食なの、そんな蟻の嗅覚に刺激し誘いだす蟻駆除剤の匂いって一番効果的、毒を食べたらどうなるのかなって思うからいっぱい設置、あとは歌いつつ待つのです」
 ヤマダ・タエコ(ボッチなアニソンロッカー・e11869)の両腕には、大量の緑のケース。
 家の玄関や裏口でよく見かける、蟻を誘き寄せるためのアレである。
 既にるんるん鼻歌交じりで、ぐるりと田圃を囲んでみた。
「どの砂糖がイチバン好みだろうか……」
 よくある白砂糖に加えて、きび砂糖と黒糖に粗目の入った小瓶を、田圃の四隅へ。
 どれに寄ってくるのか、イアニス・ユーグ(頑健・e18749)は実験を試みる。
 しかしながらお茶会なんて、自分には似付かわしくなくてなにやら気恥ずかしい。
「晴れの日の田圃のお茶会、なかなか風流ですわね」
 ひっくり返した黄色いコンテナを4つくっつけて、真っ赤な布をテーブルクロスに。
 更にコンテナで周りを囲めば、ちょっと派手だが景観にも溶け込む会場のできあがり。
 カトレア・ベルローズ(紅薔薇の魔術師・e00568)は、満足そうに笑顔を浮かべた。
「わたくし、お茶会のために和菓子と日本茶を準備してきましたの」
 急須にお茶の葉と、お茶請けは柿と紅葉を象った練り切り。
 魔法瓶からお湯を注げば、緑茶のよい香りに包まれた。
 丁寧に、アテナ・エウリュアレ(オリュンポスゴルゴン三姉妹・e16308)が茶を淹れる。
「あっ、アタシも家からとびきりの蜂蜜持ってきたっ。香りの強いやつ!」
 は~いと手を挙げて、ラトウィッジ・ザクサー(悪夢喰らい・e00136)も荷を解いた。
 一帯に甘い香りが漂えば、それだけでちょっと幸せ。
 だがしかし。
 準備が終わっても、未だドリームイーターは現れない。
「匂いだけでは駄目でしたか。仕方ありません、実際に食べてみせましょう」
 兎に角、此処まで誘き出さなければ、これ以上はどうにもできない。
 風魔・遊鬼(風鎖・e08021)が、全員にお茶菓子をとりわけた。
 石っぽい手触りの長方形の小皿に、紅葉1枚と柿1個ずつ。
「あたしもご相伴に預かろう。優雅なのは得意じゃないんだけどね」
 リルカ・リルカ(ストレイドッグ・e14497)は、控えめに端のコンテナへと座る。
 所謂お茶会の作法なんて、まったく知らない。
 お洒落な場には向いていないと自分の育ちが告げているが、甘味は食したかった。
 と、その前に、スティックシュガーをわざと、田圃へ散らしておいて。
「いただこう」
(「苦手なものが有るのは悪いことではない。若し仮に克服を目指すなら、それは自力ないし親しいものの自然な助力でおこなうべきものだろうな……」)
 花串で持ち上げた菓子を、鋼・柳司(雷華戴天・e19340)は静かに口へ運んだ。
 この依頼において、自分達はどこまで踏み込むべきか……考えながら。
 ほかの者達も皆、温かい緑茶と和菓子に舌鼓を打っている。
「それにしても、蟻のドリームイーターですか。確かに群れで迫られると気持ち悪いですし、私も苦手ですわね」
「わたくしも、数が多いと少し引いてしまいそうです。早々に退治しましょう」
 ひとしきり美味を称えたらば、話題は自然と『蟻』の方へ。
 カトレアとアテナは少女よろしく、あまりよい感情を抱いていないらしい。
「わかってない……わかってないよ! 虫が気持ち悪い、まあそれはわかる。でもアリ、恰好いいじゃん。装甲戦闘機械みたいで。顔とかトルーパーっぽさあるじゃん!」
「そうなのっ! ドリームイーターとはいえ……アリって、カッコいいのよ……っ! 触覚の位置とかあのアゴとか……うぅ、最高っ!」
「蟻は働き者です、巣のなかに食料を運ぶためにせっせと歩きまわって食料集めをするです、あ、働きアリの法則って知っているです? 働かない蟻の割合が……このお話っていまはいいよね、えっと、私は歌うことがお仕事だし働き者は好きです、だから蟻って見ていて楽しいんだよ、嫌悪しないよ?」
 これに反論するのは、リルカとラトウィッジにヤマダの3人。
 外見や性質など、気に入っているところはそれぞれだ。
 勿論、2人に『好き』を押し付けるつもりはないのでご安心を。
「しっかし、嫌悪の感情も奪えるなんて、ドリームイーターって守備範囲広いな」
 と、お茶を飲み干したイアニスの視界に、映り込む黒。
 姿を現した二足歩行の虫は、その大きさ故に、思っていた以上に気持ち悪かった。
「ここまで蟻の習性に縛られているのは哀れでも有る。が、だからと言って見逃すこともできん……終了後にお茶会と洒落込むためにも、確実に勝とうか」
「皆さん、戦闘へ移行しましょう」
 柳司と遊鬼も、得物を手にドリームイーターを出迎える。
 茶が冷めきらぬうちに決着をつけたいが、仕掛けるにはもう少し遠かった。

●弐
 隊列を組み直しつつ、充分に惹きつけて。
 退げたコンテナを背に、ケルベロス達は展開した。
「うまく誘き寄せられましたわ。こんな簡単に引っかかるとは、やはり所詮は蟻ですわね。1匹なら負ける気はしません。守護星座よ、仲間を護る力となってくださいませ!」
 理力耐性のある防具で固めているため、自身の護りは万全。
 カトレアは後衛へ、バッドステータスへの耐性を付与する。
「頼むぞ」
 その一言を告げて、前衛を護らんと、柳司が大量の紙兵を散布した。
 と同時に、何時でも攻撃を捌けるように、拳法の構えで待つ。
「虫とか苦手な人って本当に多いよね。寝ても起きてもそのへんに虫がいたような荒んだ環境で育ったあたしには日常だったんだけど、虫は」
 振り下ろされる鍬を喰らいつつも、自分が最も有利になる位置へと移動するリルカ。
 次ターンの攻撃を確実に当てるため、主砲の照準を合わせる。
「アリだぁーっ! 冬篭りも目前なのに、掘り返されて災難だったわねぇ……でもそのおかげで、アナタと戦えるわっ! 嬉しすぎてアタシ、最初っから全力でやっちゃう! さぁ、享受せよっ!!」
 テンション高く吐き出した息が、カタチを成し色を得て、大胡蜂の大群となる。
 超悪人面に変貌したラトウィッジの命で、哀れな黒へ一直線に毒針を刺してはけてゆく。
「ここが私のステージです♪」
 戦闘中だって、歌声は止まらない。
 十八番のアニメソングとともに、ヤマダが氷結の一撃を放つ。
(「触れれば爆けるが鬼の腕」)
 このかんに背後をとった遊鬼は、火薬で成形した棒状の苦無を両肩へと突き立てた。
 素早く着火して相手の背を蹴り離れれば、着地を待たずして盛大に爆発する。
「少女の嫌悪を悪しき企みに利用するドリームイーター。御義父さ……大首領様の為、オリュンポスが聖騎士アテナ、参ります!」
 爆音にも負けず力強く名乗りをあげて、真正面から懐へと駆け入るアテナ。
 発動させたルーンの力で以て、その身を破壊する。
「嫌いじゃないが、その姿はいただけねぇな」
 2本のナイフに自らの炎を纏わせ、ドリームイーターを切り裂いた。
 イアニスの怒りの感情を受けて、勢いを増す炎。
 少女の目覚めとお茶会の再開を願い、燃え続ける。

●参
 幾度か攻撃と防御を繰り返せば、数で勝るケルベロス側が優勢となった。
 ドリームイーターは、まさに虫の息である。
「楔にて打ち鳴らせ!!」
 だがしかし、最期の瞬間まで手を抜くことはない。
 大型の楔へとカタチを変えた斧が、轟音とともにドリームイーターの頭上へと墜ちる。
「結局、アンタはどの砂糖が好きだったんだ?」
 アテナに続き、イアニスも両手のナイフを振るう。
 しめやかな舞いのなかで、脚の付け根へと深い傷を刻んで。
「……」
 口は横一文字に結んだままで、遊鬼が繰り出す螺旋掌。
 しかしあまりにも近距離すぎて、反撃のモザイクを躱せなかった。
「はいはぁい! お姉さんが全力でラブ注いじゃう!」
 だが其処へ、すかさずラトウィッジが桃色の霧を放出する。
 眠気と、ついでにパラライズも吹き飛ばして、遊鬼は完全回復。
「紅き薔薇の散る儚き世の理を示せ……さぁ、この動きを見切れますか!?」
 一切の攻撃を許すまいと、カトレアが飛びかかる。
 日本刀は、後ろ脚2本の腱を一気に斬った。
「逃げられると思うなっ!」
 残る4本の脚で、必死にもがくドリームイーター。
 畳みかけてリルカも、ばら蒔いた弾丸を目標へと集束させる。
「Let's Go!」
 本日イチバンの熱唱で、己のうちに秘めていたアニソンロッカーのオーラを具現化。
 身体のなかを流れるリズムに逆らうことなく、ヤマダが拳を打ち込んでいく。
「雷華戴天流、絶招が一つ……紫電一閃!!」
 トドメは、後衛で跳躍する柳司の手刀より放たれた、紫色の雷刃。
 立ち上がり鋭く視線を送るも、地に伏せた眼の焦点は合わず。
 間もなく、ドリームイーターは息絶えたのだった。

●肆
 おおよそ想定内に終わり、ケルベロス達は身体から力を抜いた。
 田圃の被害も、其処まで大きくはない。
「ぱぱっと片づけちゃおうよ。砂糖も拾っておかなきゃ」
「なら、俺はあっちから」
「とりあえずあちこちヒールだっ。そのあとは……お茶会の続き、しよっか!」
「賛成だ。俺も手伝う」
 早速、4人が現状復帰にとりかかり、あとの4人は畑へと向かった。
 リルカと柳司が、駆除剤をまとめたりコンテナを並べ直したりする。
 更にラトウィッジとイアニスが、穿たれたり崩れたりした田圃を修復。
 へんてこりんな花が咲き乱れてしまったのは、言うまでもないだろう。
「うわぁ、綺麗……」
 だがしかし。
 その田圃を眺めて、少女は感嘆の言葉を述べたのだ。
「よろしければ、お茶会でまったりされてはいかがでしょうか?」
「そうですわ。まだまだ甘いものも沢山ありますし、お花も一緒に観賞しましょう」
 そんな少女に、左右の手を握るアテナとカトレアが提案する。
 イヤな記憶も楽しい想い出で上書きすれば、前へ進む手助けになるのではないかと。
 首を縦に振った少女をお誕生日席へ招き、ケルベロス達も適当な席へ着いた。
「皆さん、どうぞごゆるりとお過ごしください。お飲み物のご希望を承りますよ。この場では、忍者ではなく執事ですから!」
 張り切って遊鬼が開いたのは、予め離れたところに置いておいた金属製のケース。
 なかには6種類の菓子と、紅茶と珈琲に日本茶を淹れるためのセットが入っている。
 手作りの洋菓子は、柿と林檎のホットパイ、スイートポテト、プレーンクッキー。
 芋羊羹、林檎餡最中、おかきと、和菓子にも抜かりはない。
「聴いてなのです! 今日も私は最高にロックなの!」
 再開されたお茶会を、ヤマダがアニメソングを歌って盛り上げる。
 男装の衣装は、尊敬を込めた黒のフォーマルスーツ。
 澄んだ水のように気持ちのいい高音を、響かせた。
「はぁ~ん。お外で食べるお菓子って、なんでこんなに美味しいのかしらねー?」
 英国出身のラトウィッジは、もともとピクニックが大好きなのだ。
 頬に手を当て笑みを零し、この空間を堪能するのだった。

作者:奏音秋里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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