テレビの時間は終わらない

作者:土師三良

●旧式のビジョン
 薄暗い空間でアツシはテレビと対峙していた。
 ただのテレビではない。
 旧式の厚型テレビである。
 六歳のアツシからすれば、遺物も同然の代物だ。木製のキャビネット、4:3の画面比、ダイヤル式のツマミ……そして、丸みを帯びたブラウン管。
「なんで、ちょっと膨らんでるのかな?」
 そう呟きながら、アツシはブラウン管を覗き込んだ。
「ひょっとして、テレビの中に隠れているなにかが内側から画面を押し……うわぁぁぁぁぁーっ!?」
 独白が悲鳴に変わった。
 ブラウン管を突き破って、アツシに襲いかかってきたのだ。
 テレビの中に隠れていた『なにか』が。

「うわぁぁぁぁぁー……って、あれ?」
 小さなベッドの中でアツシは目を覚ました。
「なんだ、夢かぁ」
「そう、夢よ」
 と、何者かが静かに応じた。
「え?」
 声が聞こえた方向をアツシは見た。
 豆電球の仄かな明かりの下に、獣人めいた姿の女が立っている。
 アツシの口からまた悲鳴が飛び出したかけた。そう、『かけた』だけであり、飛び出すことはなかった。
 意識を失ってしまったからだ。胸を刺し貫かれて。女が手にした大きな鍵に。
「私のモザイクは晴れないけれど――」
 女はゆっくりと鍵を引き抜いたが、傷口から血が流れ落ちることはなかった。いや、そもそもアツシの胸に傷口など存在しなかった。
「――あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 そして、第三の人影が現れた。
 それは黒いジャンプスーツを纏った屈強な男……に見える。少なくとも、首から下は。
 だが、頭部はテレビの形をしていた。
 アツシが夢で見た、あの旧式のテレビだ。
 
●リーズレット&ねむ嬢かく語りき
「ビックリする夢を見た子供がドリームイーターに襲われて、その『驚き』を奪われてしまうという事件が起きました」
 ヘリポートに集まったケルベロスたちの前で、ヘリオライダーの笹島・ねむが語り出す。
「『驚き』を奪ったドリームイーターは既に姿を消しているみたいです。でも、奪われた『驚き』から生み出されたドリームイーターのほうはきっと人々に危害を加えるでしょうから、被害が出る前に撃破しちゃってください」
「承知した」
 と、やけに芝居がかった調子で答えたのはリーズレット・ヴィッセンシャフト(メメント森・e02234)だ。
「で、その『驚き』から生み出されたドリームイーターというのはどんな奴なんだ?」
「テレビ怪人です」
「……て、てれびかいじん?」
 思わず素の声で聞き返してしまうリーズレットであった。
「はい。テレビ怪人です」
 と、同じ言葉を繰り返した後でねむは説明した。
「古い厚型テレビみたいな顔をした怪人なんですよ。『驚き』を奪われたのは、佐賀県鳥栖市に住むアツシくんという男の子なんですが、今年の夏におじいちゃんの家の物置で厚型テレビを初めて見たんだそうです。その時のインパクトが大きかったので、夢の中にまでテレビが出てきたみたいですね」
「なるほど。最近のチビッ子たちには、旧式のテレビを生で見る機会などあまりないだろうからな。私がねむちゃんと同じくらいの年だった頃は厚型テレビもまだまだ健在だったが……」
『同じくらいの年だった頃』などと言ってお姉さんぶっているが(実際、年齢は一回り以上も離れているが)、身長はねむと数センチしか変わらない。
 数年後には自分を見下ろしているであろう少女にリーズレットは訊いた。
「ドリームイーターが現れる場所は?」
「アツシくんの家のご近所だと思いますけど、べつに探索する必要はありませんよ。家の周囲を適当に歩き回ってれば、向こうからやってくるはずです。誰かを驚かせたくて、しょうがないみたいですから」
「そうか。まあ、こっちはそう簡単に驚かされたりはしないけどな」
「ですよねー」
 自信に満ちたリーズレットの言葉にねむは頷いてみせた。
「逆に皆さんがテレビ怪人を驚かせてやってください。ケルベロスの力を見せつけることで!」


参加者
エイダ・トンプソン(夢見る胡蝶・e00330)
リーズレット・ヴィッセンシャフト(焦がれる世界・e02234)
天塚・華陽(妲天悪己・e02960)
鷹嶺・征(模倣の盾・e03639)
村雨・柚月(チャーハンつくるよ・e09239)
瑞澤・うずまき(ぐるぐるフールフール・e20031)
ジェミ・ニア(星喰・e23256)
グレッグ・ロックハート(泡沫無幻・e23784)

■リプレイ

●時間ですよ
 十数人のケルベロスが夜の住宅街を行く。
 もちろん、目的もなしに徘徊しているわけではない。
 ドリームイーターのテレビ怪人を誘い出しているのだ。
「小さい頃、ボクも思ってたなぁ。テレビの中になにかいるかもって……」
 意気揚々と歩きながら、瑞澤・うずまき(ぐるぐるフールフール・e20031)が呟いた。
 彼女の言葉にサキュバスのエイダ・トンプソン(夢見る胡蝶・e00330)が優しく笑う。
「可愛い発想ですね」
「うん。その可愛い発想から生まれた驚きという感情も新鮮で素敵なものだと思うんです」
 と、うずまきは口調を改めて言った。
「だから、絶対にアツシくんに返してあげないと」
「そうですね」
 頷いた後、エイダは笑みを微苦笑に変え、今回の一件の引き金となったアイテムのことを口にした。
「それにしても、ブラウン管テレビとは……レトロですよね。最近はもう骨董品屋さんくらいでしかお目にかからないような気がしますけど」
「僕もあまり見たことがないです」
 レプリカントのジェミ・ニア(星喰・e23256)が言った。彼もエイダもうずまきも十代。旧式のテレビには馴染みのない世代だ。
「ブラウン管か」
 感慨深げに呟いたのは狐の人型ウェアライダーの天塚・華陽(妲天悪己・e02960)。外見は少女のようだが、実年齢は六十代。彼女が生きてきた年月は日本のテレビ放送史の長さとさして変わらない。
「HDブラウン管なるものが世に出た時は未来を感じたものじゃが、それも今は昔……時の流れは無情よな」
 そのしみじみとした口調の独白に――、
『ジャジャーン!』
 ――チープな効果音が重なった。
 音だけではない。それを発した当人も電柱の陰から飛び出し、ケルベロスたちの行く手を塞いでいた。
 黒いジャンプスーツの上に旧式テレビのような頭を乗せた男。
 そう、テレビ怪人である。
 しかし、突然の出現に驚いている者はいない。ただの一人も。
 その代わり、怪人の姿に呆れていた。一人残らず。
「ひと昔前の戦隊ものに出てくる怪人のようだな」
 しらけきった顔をして、オラトリオのリーズレット・ヴィッセンシャフト(焦がれる世界・e02234)は目の前の敵をしげしげと眺めた。
「ひと昔前どころか、ふた昔……いや、もっと前じゃね?」
 同じような顔をして、ヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)も怪人を眺める。
「しかし、安っぽくて古くさい恰好をしているとはいえ、デウスエクスであることにかわりはありません。全力で倒すまで!」
 そう言って、鷹嶺・征(模倣の盾・e03639)が怪人に攻撃を加えようとしたが――、
「ちょっと待ってくれ」
 ――と、村雨・柚月(チャーハンつくるよ・e09239)が制止した。
「なぜ、止めるんですか?」
「今後のために記録をとっておきたいんだ」
 柚月は手帳を取り出し、怪人の外見上のデータをしたため始めた。
 その間にうずまきが防具特徴の『キープアウトテープ』を使い、周囲に立入禁止テープを張り巡らせていく。
 一方、怪人はいかにも手持無沙汰といった態で立ち尽くしていた。敵である柚月の要求に従う義理はないはずだが、用事が終わるまで待ってくれるつもりらしい。
 その様子を仏頂面で眺めながら、オラトリオのグレッグ・ロックハート(泡沫無幻・e23784)が柚月に訊いた。
「まだか?」
「今、終わった。待たせてすまない」
 柚月は手帳を懐中に戻すと、得物たる緋色のカードを取り出した。
 戦いが始まったことを悟ったのか、怪人も身構えた。
 その頭部の画面にバラエティ番組の司会者らしき男が映し出される。
 司会者はケルベロスたちに指を突き付けて、やたらとテンションの高い声で言った。
『続きはCMの後で!』

●キツイ奴ら
『ちゃらっちゃらっちゃぁ~ん♪』
 短いBGMを伴って、怪人の画面に彼自身の勇姿(実写ではなく、イラストだ)が表示された。隅には『モザイク戦士テレビンジャー』というタイトルロゴらしきものがある。どうやら、CM明けのアイキャッチらしい。
 そのBGMの余韻を轟音が吹き飛ばした。
 エイダが爆破スイッチを押し、前衛の後方でブレイブマインを炸裂させたのだ。
 もちろん、それは味方の攻撃力をあげる爆発なので、怪人は微塵もダメージを受けていない。
 にもかかわらず――、
『どっひゃあ~っ!?』
 ――わざとらしい悲鳴をあげるリアクション芸人の映像を流しながら、怪人は爆風に吹き飛ばされる真似をしてみせた。
「また随分とノリがいい……」
「サービス精神が旺盛なのかもしれませんね」
 呆れ顔で言葉を交わしつつ、征とジェミが轟竜砲を発射した。
『どっひゃあ~っ!?』
 二発の砲弾を食らった怪人は先程の映像をリピートして吹き飛んだ。今度は真似ではない。
 そこに華陽が突進して小振りの鎌『金色の収穫祭』を振り下ろし、ドレインスラッシュで生命力を吸い取った。
 更にリーズレットが跳躍してスターゲイザーを打ち込む。
 容赦のない連続攻撃で怪人はまたも吹き飛ばされたが、なんとか体勢を立て直した。もっとも、さすがに堪えたらしく、画面には『しばらくお待ちください』と表示されている。
 そのメッセージが消えると、天気予報図が映し出された。
『一部地域では雪が降るでしょう』
「うん、降らしちゃうよ」
 予報を告げる声にうずまきが頷く。彼女の腕を包む縛霊手から無数の紙兵が舞い上がり、後衛陣を包み込んだ。
 スノー・ヴァーミリオンも同じように縛霊手を突き出し――、
「では、私も降らせますわ」
 ――祭壇を展開して、紙兵を散布した。
 後衛のヴァオに微笑みながら。
 彼を放置して、前衛の仲間たちに向かって。
「笑顔でスルーすんなー!」
 両腕を振り回して抗議するヴァオ。
 そのコミカルな空気に呑まれることなく、紙兵を散らすようにして飛び出した者がいる。
 グレッグだ。
(「悪戯に感情を奪い、それを弄ぶとは――」)
 表情を変えることなく心中で吐き捨てながら、グレッグは怪人めがけて回し蹴りを放った。鞭のようにしなやかな脚は紅蓮の炎を纏っている。エアシューズを履いているが、グラインドファイアを使っているわけではない。
 それは彼の地獄の炎だった。
(「――本当に悪趣味な連中だ」)
 蹴りが怪人の脇腹に命中した。
 火の粉が舞い散り、周囲を漂っていた何枚かの紙兵が燃え上がる。
 そして、幾つもの小さな炎に彩られた空間を緋色の弾丸が一直線に飛んだ。
 柚月の叫びを受けて。
「夕闇切り裂く緋色の魔弾! 顕現せよ、レッドバレット!」
 グラビティ『刻詠夕緋(コクエイユウヒ)』によって生み出されたその魔弾に胸を撃ち抜かれ、怪人はのけぞった。
『熱帯夜が予想されます』
 テレビ画面からまた天気予報が流れ、魔弾に穿たれた穴から炎が噴き上がる。
『熱っ! 熱いって! これ、マジで熱いって!』
 またもやリアクション芸人の映像を流しながら(意外と余裕があるのかもしれない)怪人はのけぞっていた体を元に戻した。
 胸の傷口の炎に照り返された画面がケルベロスたちに向けられる。
 次の瞬間、別の映像がリアクション芸人に取って代わった。ただの映像ではない。見る者の心にショックを与えて、肉体的なダメージを与えるグラビティだ。
 その標的となったのはリーズレットだが――、
「……」
 ――ショッキングな映像を目の当たりにしたにもかかわらず、彼女は直立不動だった。
 それを見て、うずまきが感嘆の声をあげる。
「すごい! リズ姉! ちっとも動じてない!」
「……」
「あ、あれ? リズ姉?」
「……」
「リズ姉ぇーっ!」
「……え?」
 うずまきに体を揺すられて、リーズレットは我に返った。得物をあわてて構え直し、顔を少しばかり引き攣らせながらも余裕の笑みを見せる。
「は、は、ははははは! よ、弱っちい攻撃だったな。ぜっんぜん効いてないぞぉ」
「いや、思いっきり効いてるような気がするんだけど……どんな映像を見せられたの?」
「それは――」
「――胸ばかり大きゅうなって、身長は一向に伸びていない十年後の自分の姿ではないか?」
 と、割り込んできたのはヒルデ・リーベデルタだ。
 ニヤニヤと笑う彼女にリーズレットは反駁しかけたが、それより早く――、
「身長なんか気にせんでええ! 大事なんは中身や! 中身やでぇ!」
 ――と、癒月・和に抱きしめられ(ついでに頭を撫でられ)、口を塞がれた。
 そんな二人を無表情に眺めつつ、ベルフェゴール・ヴァーミリオンが残酷な事実を呟く。
「成長期はとっくに終わってるんだから、十年後に身長が伸びてないのは当然のことなんじゃないかな……」
 一応、ベルフェゴールも和もヒルデもヒール系グラビティで援護をしているのだが、傍目には三者三様にリーズレットをイジリ倒しているようにしか見えない。頭上を旋回して清浄の翼をはためかせているウイングキャットのねこさんも心なしか楽しそうだ。
 その一団ばかりではない。横手では玉榮・陣内と比嘉・アガサとスノーが同様に仲間を援護しつつ、ヴァオをイジリまくっていた。
「おまえら、いーかげんにしろー!」
 涙目になって叫ぶヴァオ。
 いや、彼だけでなく、怪人も画面に漫才師を映し出し、声を張り上げた。
『えーかげんにせんかい!』

●真夜中のヒーロー
「二発目、いっきまぁーす! 攻撃力マシマシ!」
 漫才師に負けじとばかりにエイダが叫び、再びブレイブマインを発動させた。今度の対象は後衛だ。
 背後から爆風を受けると、仲間たちに玩具にされていたリーズレットは(もちろん、彼女を玩具にしていた仲間たちも)表情を引き締めて、テレビ怪人に向き直った。
「……援護する」
 エフイー・ゼノがリーズレットを守る位置に就いた。
 その横でうずまきが銃の引き金をひく。
「やっちゃえ、リズ姉!」
 発射されたのは『元気一杯笑顔一杯』という名の癒しの弾丸。虹色に輝くそれはリーズレットに命中し、先刻の映像によって生じた傷を癒し、パラライズを除去した。
「ビックリという感情はけっこう大事なんだ。驚きがなければ、サプライズの価値もなくなってしまうからな。そんな大事な感情を奪うなんて――」
 改めて怪人への怒りを燃やしながら、ペトリフィケイションの光線を飛ばすリーズレット。
「――絶対に許せん!」
 石化光線が怪人に突き刺さる。
 ほぼ同時に征の旋刃脚も突き刺さった。
「急所ががら空きですよ」
 反撃の暇を与えることなく、爪先を引き抜いて間合いを広げる征。
「わしはまだダメージは食らっとらんが、もう一回ドレインさせてもらおうかのう」
 入れ替わるように華陽が怪人に肉薄し、惨殺ナイフで血襖斬りを見舞った。八寸二分の白刃が残光を描き、その後を追って走る鮮血が華陽に活力を与えていく。
 刃と血の軌跡によって宙に描かれた抽象画をよりシュールなものにすべく、陣内が星天十字撃でXの字を刻み、ジェミとグレッグが蹴りの弧線を加えた。ジェミはグラインドファイア、グレッグはスターゲイザー。
「旧式テレビへの有効な攻撃法。それは――」
 そう言いながら、柚月もスターゲイザーを放った。狙いは怪人の側頭部。
「――斜め四十五度からの蹴り!」
『痛っ!? なにすんねん!』
 画面の中の漫才師が怪人の代わりに悲鳴をあげた。
 その映像が砂嵐に変わり、またすぐに別の映像へと変わる。視聴者にダメージを与える例のグラビティだ。
 今回の標的はジェミ。
「……え? えええーっ!?」
 驚愕の表情を浮かべる彼を『紅瞳覚醒』でヒールしながら、ヴァオが尋ねた。
「えらく驚いてるな。いったい、なにを見たんだ?」
「じょ、女装して演歌を熱唱するヴァオさんです」
「変なものを見てんじゃねえ!」
「でも、けっこう似合ってました」
「ぜっんぜん嬉しくねえよぉーっ!」
 そんな情けない声をあげる主人に構うことなく、オルトロスのイヌマルがパイロキネシスで怪人を燃え上がらせた。
 他のケルベロスたちも猛攻を加えていく。
 だが、怪人も負けてはいない。衝撃映像で三度目の反撃を……するかと思いきや、ちっとも衝撃的ではない映像を映し出した。
 それは――、
「ね、ねこ……」
 ――呻くように征が呟いた。
 そう、画面に表示されているのは、何匹もの子猫が眠っている光景。いや、何十匹かもしれない。正確な数は判らなかった。大きな籐籠の中で団子状になっているので、数えられないのだ。
 心温まるその映像は怪人のダメージを癒し、幾つかの状態異常を取り除いた。ついでに大半のケルベロスたちの魂を抜き取った。
「……戦闘中だぞ」
 憮然とした面持ちでグレッグが警告を発したが、子猫団子に見とれる仲間たちの耳には届いていない。怪人のほうもサービス精神を発揮して、映像が見やすいように動かずにいる。
 しかし、三十秒も経たぬうちに映像は途切れ、至福の時間は終わりを告げた。
 なにごともなかったかのような風を装いつつ、戦闘を再開する怪人とケルベロスたち。
 その熾烈(?)な戦いの中で、ジェミが征に言った。
「より沢山の状態異常を敵に付与して、ヒールのグラビティを使わせましょう」
「今のようなほっこり映像を何度も観るためですか?」
「いえ、敵の手数を減らすためですけど……」
「そ、そ、そうですよね。そうに決まってますよね。ははははは」
 乾いた笑いでごまかす征であった。

●あとは寝るだけ
 激しい戦いはなおも続き――、
「やだ! やだ! やだぁーっ!」
 ――幾度目かのグラビティ映像が表示され、標的となったエイダが金切り声をあげた。
 彼女が見せられたのは、大好きな俳優の電撃婚を伝えるニュースだ。
「できちゃった婚だなんて、ファンに対する裏切り行為ですよぉー! 『恋より仕事』って言ってたじゃないですか! しかも、きっかけが映画の共演って! 撮影中もイチャコライチャコラしてたってことですかぁー!? 公私混同! 公私混同! 公私混同ぉー!」
 取り乱すエイダの背中にボクスドラゴンの響があわてて飛びつき、属性をインストールした。
 その間にリーズレットが簒奪者の鎌を投擲し、うずまきが呼吸を合わせてゲシュタルトグレイブを突き出した。
『あーれー!』
 デスサイズシュートに斬り裂かれ、グラビティブレイクを打ちのめされて、怪人は体をくるくると回した。画面に映っているのは、腰元が殿様に襲われているシーンだ。
「正直、そういう悪ノリにはもう飽きました」
 げんなりとした顔で、ジェミがゲシュタルトグレイブで稲妻突きを食らわせる。
 怪人の回転が止まった。
 そこに征が蹴りを打ち込んだ。今度は旋刃脚ではなく、達人の一撃である。
「凍りついてしまいなさい」
「もっとも、すぐにまた燃え上がるけどな」
 柚月が撃ち出した二発目の『刻詠夕緋』が怪人に命中した。達人の一撃によって氷結した箇所の横から炎が燃え広がる。
 更に別の炎が襲いかかった。
 グレッグの地獄の炎。最初に放った回し蹴り――『散華』という名のグラビティを再び用いたのである(もっとも、このグラビティが付与する状態異常は炎ではなく、パラライズだが)。
「……ただ、静かに眠ればいい」
 囁くような調子の呟きとともに強力な一撃を叩き込まれ、怪人は片膝をついた。当然、肩の高さにあったテレビも皆の胸のあたりにまで下がった。
 そこにアガサがジグザグスラッシュで追い討ちをかけた。悪態をつきながら。
「本当に頭でっかち。スタイル悪すぎ」
『でっかち』な頭が無惨に斬り裂かれ、ジグザグ効果が状態異常の範囲を広げていく。
 間を置かず、ジグザグによる追い討ちの第二波が来た。
「公私混同ぉー!」
 涙に頬を濡らしたエイダが、怪人の顔めがけてエクスカリバールをフルスイングしたのだ。撲殺釘打法である。
 怪人は衝撃で吹き飛ばされ、何度か回転した後に仰向けに倒れ伏した。
『打ったぁーっ! ホォームラン!』
 夜空を見上げる形となった画面が野球中継のアナウンサーの大音声を発した。
 続いて、観客たちの歓声が湧きあがる。
 それを自分に対する応援とでも思ったのか、怪人は再び立ち上がった。グレッグの言葉に従って『静かに眠』るつもりなどないらしい。
 そんな彼を眠らせるべく、華陽が動いた。
「アガサの言うとおり、頭でっかちじゃのう。そのデカさが命取りじゃ。頭が大きすぎると――」
 何条もの光線が怪人に向かって飛んだ。
「――確実に腰に来る!」
 光線の名は『拡散式絶対腰痛になるビーム』。六十余年の人生で華陽が味わってきた腰痛を強制的に体験させるというあまりにも恐ろしい非人道的なグラビティである。
「ぐげげぐぎごぉー!?」
 怪人は尻を後方に突き出し、腰のあたりに手をあてて絶叫した。
 おそらく、それは彼が初めて発した肉声だろう。
 そして、最後の肉声でもあった。
 悲鳴がフェイドアウトすると、画面にテストパターンが表示され、無機質な声が聞こえてきた。
『この番組は、皆さまの夢をおいしくいただくドリームイーターの提供でお送りしました』
 くの字になっていた怪人の体が無数の粒子に変わり、砂の城のように崩れていく。
 こうして、夜の放送……いや、闘争はケルベロスたちの勝利に終わった。
 だが、しかし――、
「公私混同! 公私混同! 公私混同! うえぇぇぇ~ん!」
 ――エイダが心に負った傷は重い。
 かもしれない。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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