月光が啼く

作者:玖珂マフィン

●月影の夜
 月が夜を明るく照らす。
 釧路湿原の奥深く。民族衣装の死神は、眼前の獣人に呼びかける。
 獣人の瞳は虚ろで何も映っては居ない。ただ、月明りだけを反射していた。
「……そろそろ、あなたの出番かしら? 市街地に行って、暴虐の限りを尽くしなさい」
 口を開かず、獣人は静かに頭を下げると姿を消した。
 ただ、死神の命令を忠実に再現するために。
 
●夜に礼も言わず
「釧路湿原で死神にサルベージされたデウスエクスが暴れまわる事件が起きようとしています」
 ヘリポートに集まったケルベロスたちへと、和歌月・七歩(花も恥じらうヘリオライダー・en0137)は、いつものように話を始める。
 今回、蘇生されたデウスエクスは、ウェアライダーだ。現在、ウェアライダーは地球の仲間であるが、かつては理性なく戦い続ける神造デウスエクスだった。
「……その当時のウェアライダーが、蘇生されて現れるみたいなんです」
 蘇生により変異強化されたウェアライダーは深海魚型死神を引き連れて、釧路湿原近くの市街地を襲撃しようと湿原の奥から現れる。
 もし、市街地まで理性なきウェアライダーの侵攻を許せば被害は甚大なものになるだろう。
「ですけど、幸いなことに侵攻ルートも予知できました! 市街地に入る前の釧路湿原入り口辺りで迎撃することが可能です」
 一般人が寄り付かない場所を選んで待ち伏せることができる。周囲の被害を気にすることなく戦闘に集中することができるだろう。
「蘇生を行った死神は既に姿を消しています。なので、今回は敵ウェアライダーと怪魚型死神への対処に集中してください」
 七歩は、ぱらりと予知情報が書かれた手帳を捲って続ける。
「戦闘の際には怪魚型死神は防御役、敵ウェアライダーは攻撃役になってるみたいです」
 ウェアライダーは2本の惨殺ナイフから攻撃を繰り出し、怪魚はその周囲を護るように巡っている。
 現場は明るい月夜。人知れぬ月下での戦闘となるだろう。
「ウェアライダーが敵、ということで気になるかもしれませんけど……。説得や交渉など、言葉をかけても止まることはありません」
 元々、神造デウスエクスのウェアライダーには理性がなく、死神によって蘇生されたことで意識も希薄となっている。呼びかけに答えるのは難しいだろう。
 ふう、と息を吐いて、七歩は手帳をぱたんと閉じた。
「……私達が知るウェアライダーの方々とは、違う。そう、わかっていても、仲良くなれたはずの、終わったはずの人と戦うのは、あんまり気分がいいものではないですよね」
 そう言うと、七歩は集ったケルベロスたちの顔をまじまじと見つめた。
「だから、どうか。もう一度終わらせてあげてください」
 それがきっと、救いになると信じて。
 そう静かに告げると、七歩はぺこりと頭を下げて、微笑んだ。
「――では、行きましょうかケルベロス。望みの未来は見つかりました?」


参加者
ハンナ・リヒテンベルク(聖寵のカタリナ・e00447)
八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)
クロコ・ダイナスト(牙の折れし龍王・e00651)
月海・汐音(紅心サクシード・e01276)
ロウガ・ジェラフィード(戦天使・e04854)
草間・影士(焔拳・e05971)
ティ・ヌ(ウサギの狙撃手・e19467)
時雨・バルバトス(居場所を求める戦鬼・e33394)

■リプレイ

●月齢
 冷たい空気が地平線まで透き通っていた。
 月明りが大地を照らす。湖が光を跳ね返す。
 幻想的な夜の釧路湿原に番犬達は集っていた。
「また釧路湿原……。どうしてこの場所なのかしら」
 以前にも釧路湿原で蘇ったウェアライダーと戦った月海・汐音(紅心サクシード・e01276)は想起しながら周囲を見渡す。
 変わらない自然が雄大に広がっている。……何か、ここに特別な意味があるのだろうか。
 考えてみても、簡単に答えは出そうになかった。
「うぅ、折角眠ってたウェアライダーさんをこんな寒い中無理して叩き起こさなくても良かった気がしますよ!? こ、怖いですけど……もう一回眠ってもらわないと……ですよね……」
 防寒具に身を包んだクロコ・ダイナスト(牙の折れし龍王・e00651)は、それでも寒そうにしながら白い息を吐いた。
「それが如何な者であろうと死すれば安らかに眠らせてやるべきだ。其処に例外は無い」
 死した人狼を思って、ロウガ・ジェラフィード(戦天使・e04854)は言葉を紡いだ。
 かつて、敵だった。理性など、最初からなかったのかもしれない。
 それでも、死は終わりであるべきだとロウガは思う。
 憐れみを覚えながらロウガは狼を待った。
「ここまで辿りつくには、いろんなひとたちの歴史、努力があって……」
 今こうして生きていられる奇跡は、全て過去の人々が積み重ねてきた結果だ。
 だからこそ。ハンナ・リヒテンベルク(聖寵のカタリナ・e00447)は言葉を選ぶ。
「魂の冒涜は哀しい……」
 きっと、必死で生きた過去を、否定してしまうから。
 言葉少なく、それぞれの想いを抱えながら彼らは釧路湿原に佇んだ。
 暫し後。揺れる草原。重い足音。月明りが僅かに陰る。
 予測された通りの道筋を辿り、月光の魔狼と宙を泳ぐ魚が現れる。
 荒々しい外見とは裏腹に、魔狼の瞳には夜のように曇りきっていた。
「死神か。俺もケルベロスになる前はそんな仕事してたな」
 時雨・バルバトス(居場所を求める戦鬼・e33394)は死神を目にして過去を思い浮かべる。
 死神と言っても、かたや奪いかたや与える。どちらが罪深いのか。バルバトスは益体もないことを考える。
「死をもたらすのでなく。歪な生を与えるとはな。死神が聞いて呆れる」
 月影の下で、淡々と草間・影士(焔拳・e05971)は敵へと語る。死神が死に誘う存在でないのだとすれば。
 ――自分たちが終わらせるしかないだろう。ただ静かな決意を胸に、影士は拳を握りしめた。
「さ、いつも通りちゃっちゃと片付けてなんか旨いもんでも食うて帰ろ」
 にぃと笑みを浮かべて八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)は手甲を鳴らす。
 釧路の名物はなんだろうか。そんな思いで、まっすぐな瞳を光らせながら。
 ケルベロスたちを感情のない瞳が捉える。虚ろな瞳を見つめながら、ティ・ヌ(ウサギの狙撃手・e19467)は思う。
 遠い祖先であり、人類の敵であり、未だ月に狂わされる同胞である人狼を思う。
 どこまでやれるんだろう――。感情を胸に、ティは静かにサーヴァントに語りかけた。
「……バックアップを願いね。行くよ! プリンケプス」
 猛ることのない狼が、殺戮機械と化して月光を背に跳ね上がった。
 両腕のナイフが妖しく煌めいていた。
 
●月雅
 夜に身を任せて月の獣は凶刃を踊らせる。
 磨き上げられた技巧に、然し心は重ねられない。
 感情のない瞳は粛々と作業のように命を奪わんと神速で駆ける。
「行かせねぇよ」
 巨剣ルプスを盾として、バルバトスは仲間を守るべく立ちはだかった。
 敵は早い。速度というだけであれば番犬たちと比ぶべくもない。
 けれど。
「足が速かろうが、出だしが分かれば止められるんだよ」
 バルバトスが魔狼の動きを止めた瞬間、螺旋を纏わせた瀬理が好機と掌を振りかぶる。
「虎と狼、どっちが上か、ケリつけるんも悪ないなぁ」
 好戦的な笑みを浮かべながら放たれた掌底は、けれどガッコーへ届かない。
「……邪魔やなぁ」
 味方を庇うのは番犬たちの専売ではない。敵とて同じように役割を持っている。
 瀬理の螺旋は不気味な魚によって防がれてしまっていた。
「邪魔、しないで……」
 声とともに、白薔薇の花弁が舞う。白い世界の中心で、ハンナは細剣を死神へと突きつける。
 凍れる弾丸が飛来する。神速でない死神に躱すすべなどなく、突き立てられた魔力によって身体が冷たくさせられる。
「ひぃ、こ、怖いけど……すみません、こ、これ以上誰かを傷つけさせるわけにはいかないんで……その……眠ってください……!?」
 横合いから膨れ上がる圧倒的な熱量の放出。
 冷えた身体を熱するように、クロコの放った炎の息が全ての敵を巻き込んで燃え上がる。
 身体を焦がすような熱の中、なんということもないように、汐音は炎のカーテンに飛び込んだ。
「月の光の下で、永遠に眠りなさい」
 くぐり抜けた先には死神が。影の如き静かな斬撃が最も傷ついた一体を掻き毟る。
「意思も理性も薄いとはいえ、神造デウスエクス。どこまで私のチカラが通じるのか、確かめさせてもらいます」
 神速へと挑む超加速。ティの駆け抜ける速度は、一瞬、確かに魔狼を超えた。
 通り過ぎた後に敵陣を切り裂く衝撃の嵐。
 届く。確信がティの胸を震わせる。
「よく見て躱せ――」
 ゆっくりと、そこにいた。影士は眼前の死神へと手を振り上げながら語りかけた。
 一瞬でも見誤れば致命傷。けれども宙を泳ぐ死神に精密な回避など不可能だった。
「――じゃなきゃ、かすり傷じゃすまないぞ」
 高速の手刀と、遅れてくる風圧の衝撃が敵を激しく襲った。
 ロウガは星辰の加護を持つ剣に電光を走らせる。敵を討つ。その敵のために。
 まっすぐにロウガはガッコーと目を合わせる。
 感情のないはず瞳が、どこか悲しんでいるようにロウガには見えた。
「…………」
 ロウガは駆ける。剣を平に敵に突き立てんと。
「――瞬く刃、全てを制す!!」
 安らかな眠りを、再び哀れな魔狼へと与えんがために。

●月輪
 釧路湿原の死闘はいよいよ激しさを増していた。
 襲いかかる深海魚に月下の魔狼。番犬達は自らの役割を果たしながら、少しづつ敵を削り取っていく。
「舞うは許しの花、癒しの円環――祝福の五色、其の身に宿りて闘う力に――全てはやがて還る刻の為に――」
 オラトリオたるロウガの髪には薔薇が咲く。舞うように五色の花弁が傷ついたバルバトスへと集う。
 時間制御の力を込めた花弁は記憶を刺激して、共鳴するように効果的な癒やしを実現する。
 激しい猛攻を凌いでいたバルバトスに、更に生きる力と気力が取り戻される。
 取り戻した生命に物を言わせて、バルバトスは敵の攻撃を正面から止める。
「おー、しっかり味わえよ。つっても、鋼鉄の両腕だけどな」
 敵が大きく広げた口を手甲で受けて、バルバトスは生き生きと目を輝かせた。
 ――刺激された記憶が思い出させてくれる。戦いを通して死を見ることは、バルバトスにとっての生だった。
 戦いの果てに満身創痍となっている死神を、地面に叩きつけて強引に引き剥がす。
「魔術回路、起動……!」
 汐音の包帯の下で回路が蠢き出す。集中され具現化する魔力。
 記憶に染まる暴虐の刃を罪色に染めて、緋の斬撃は敵を断ち殺す。
 それは死に近しい死神であっても例外ではない。重力に引かれるよう死神だった魚は地に落ちた。
 残る死神へ、番犬たちの攻撃が集中。更に数字を傾けようと働きかける。
「これは、どうですか?」
「もう少しで、届く……」
 ティの弾丸の嵐が戦況を支配し、ハンナの剣戟が戦場を切り開いていく。
「空っぽの頭で何も考えんと勝てる程、うちらの連携は甘ないで!」
 そんな中、不調を与えるべく、瀬理はガッコーへの攻撃を続けていた。
 掌打に指撃、蹴打と狼と虎、互いの野生を競わせるように渡り合う。
「元が狼なんやったらちっとは集団で戦う事考えてみぃや。そんなやから昔の戦いでも死んでもうたんやわ」
 挑発的な瀬理への答えはない。ガッコーは、ただ眼前の生命を奪わんと牙を剥くのみだった。
「右腕を失えど龍王と呼ばれし我が闘気に一片の衰え無きことをその身で味わうがいい!」
 龍王としての一面を覗かせながら、クロコは地獄と化した右腕を振り上げる。
 闘気の渦を纏わせて、放たれるその技こそ、『龍王烈震撃(リュウオウレッシンゲキ)』!
 残された死神に、より深い傷を刻み込む。
 破れかぶれか、窮鼠の意地か。鋭い一撃で迫る深海魚の歯を影士は躱そうとはしなかった。
 躱せないならば、躱さなくてもいい。向かってくる死神の口中へと、影士の手刀が突き込まれる。
 ――影士の腕に感じる牙の痛み。そして、それ以上に敵の命まで手が届いた実感を抱いた。
 腕を振るう。ずるりと、抜け落ちた死神は潰れるように崩れ落ちた。

●月光
 如何なる神速であれど、盾となる死神を失ったガッコーに、番犬たちの猛攻を耐えうるほどの力はなかった。
 無手から双剣へ。戦術を変えた影士の斬撃がガッコーを攻め立てる。
「さあ終わらせるぞ」
 ナイフとナイフがぶつかり合って、夜の闇に火花を散らす。
「こ、ここから先はいかせません!」
「だから遠さねぇって言ってるだろうが!」
 クロコとバルバトス。二人が盾となり、一人でも切り崩さんとする悪足掻きを咎めた。
「アウトナンバー・オピュクス!!」
 地面に刻まれた星座が輝いて、仲間を守護する加護を与える。
 ロウガが掲げる星辰の力と、プリンケプスの属性の力が仲間を癒す。
「――目標補足」
 ティの瞳が神速を捉える。駆けるガッコーの最も弱い部分を狙い撃ち、着弾した後に破砕させる。
 着弾とその後の爆発。二重の衝撃で、戦場を巡るガッコーの体勢が崩れる。
「血の魔鎌、解放……!」
 的確に汐音が距離を詰める。
 汐音の力を喰らい、魔鎌が真価を発揮する。刻まれた紋様を輝かせ、敵を裂く。
「死んでも使い捨てかいな。それでよう悔しくならへんな!」
 決して答えがないとわかっていて、瀬理はガッコーへの言葉を辞めることはない。
 叩きつけるような打撃と同じだけ語りかける。そこに、何かを求めて。
 その正体を、自覚することのないままで。
「もう、休んでいいの……傷つかないでいいの……」
 激しい攻防を繰り広げて、ガッコーは明らかに致命を超えているように見えた。
 けれど、動かぬ四肢を引きずって、尚ガッコーは戦わんとしていた。
 ハンナは呼びかける。
 冷たい空間を白い花弁が舞う。聖なる光に包まれて幻想世界への幕が開く。
 幻想世界の月は紅い。天上の百合で満ちた楽園は、永遠の眠りを穏やかに与える。
 足掻こうとしていた魔狼が動きを止める。……その最後に、救いはあったのだろうか。
 青い月の世界へと戻った時、ガッコーはもう、動いてはいなかった。
「お疲れさま……今度こそ、誰にも妨げられることなく、安らかに……眠って、ね」
 ハンナの言葉が現実世界に小さく響いた。
 月光の狼は、そうして、もう一度終わった。
 ――沈黙が、番犬たちを包む。
 それぞれの思いを胸に、彼らは佇んだ。
 ……もしも、魔狼と死ぬ前に出会えたならば。和解することも叶っただろうか。
「どうか、来世で友となれるよう……」
 きっとこれが救いであったことを願いながらロウガは静かに祈りを捧げた。
 ……ああ。瀬理は漸く気がついた。
 あれほどの言葉をかけていたのは、死んだ狼が、もう一度死んだ狼が、あまりに理不尽で、報われないような気がしたからだ。
 だから、これは、弔いのようなもの、だったのかもしれない。最後まで、気がつくことはなかったけれど。
「ほんまに、しょうもない……あほやなぁ」
 誰にかけた言葉だったのだろう。届かない瀬理の言葉が孤独に響いた。
 ――ティは、魔狼に自分を重ねる。
 かつて狂月病を抑えることができなかった自分を。そのせいで大切な人を失ったことを。
 死んでからも、理性的に生きられなかった同胞に重ねてしまう。
 狂ったままのガッコーは、一人で冷たい大地に横たわっていた。
 どこか、寒かったのだ。
「……プリンケプス」
 なんて言葉も選べずに、心を揺らして。ティはプリンケプスを抱きしめた。
 ……ひらりと、白が空から降りてくる。
「雪、ですね……」
 空を見上げてクロコが呟いた。
 北海道に、少し早い冬が訪れる。この湿原も白く染まるだろう。
「……さ! なんか食いに行こ! 釧路やったらやっぱ海鮮もんやろか」
 断ち切るように瀬理は仲間たちに笑いかける。
「……そうか、それも良いであろうな」
 少し穏やかな調子で、ロウガは応えた。
 背負うものもあるだろう。後ろを見ることもあるだろう。それでもケルベロスたちは歩きだす。前へと。
 安らかな眠りを迎えるには、まだ少し早いようだから。

作者:玖珂マフィン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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