女の子はベッドの上にうつ伏せになりながらスマートフォンをいじっている。最近流行りのSNSに、ついさっきあった出来事を書き込んでいるのだ。
「もう、ホント最悪」
彼女の書き込みに、友人たちが反応する。
「大丈夫?」「どうしたの?」
「クモに噛まれちゃったよー」
彼女はそう言いながら、自分の傷口を写真に撮ってアップロードする。
「えー、痛そう!」「ちゃんと消毒しなよー」
次々と着信の音が鳴る。
しかし、少女がそれに応えることはなかった。
「蜘蛛、ねえ。畑にいれば益虫なのに。ま、わたしのモザイクは晴れなかったけど、仕方ないよね」
彼女の背中に、第六の魔女・ステュムパロスの鍵が突き刺さっている。
「きっちり暴れてくるんだよ」
ステュムパロスは彼女の背丈よりもまだ大きい蜘蛛の頭を一撫でしてやる。
蜘蛛は嬉しそうに「キュイィィ」と鳴いた。
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は深いため息をついた。
「蜘蛛、ですか」
彼女の顔はどこか青ざめていて、苦しそうでさえある。
「わたし、蜘蛛っていうか、虫は全般的に苦手でして……ちっちゃいのなら、まあなんとか追い払えますけど……」
セリカは咳払いをした。
「錆滑・躯繰(カリカチュア・e24265)さんが予測した通り、今回の敵は蜘蛛です。女の子が蜘蛛に噛まれ、その嫌悪の気持ちをドリームイーターが具現化したようです。嫌悪が強かったせいか、かなり大きいサイズになっているようです……思い出しただけで、ほら、鳥肌が……。具現化を行ったドリームイーターは魔女集団『パッチワーク』のメンバー、ステュムパロスという奴なのですが、彼女は既に現場から逃走しています。蜘蛛を倒せば、ドリームイーターに襲われた女の子は目を覚ますはずです」
セリカは目を潤ませながら続ける。
「今回女の子が襲われたのは、あるアパートの一室です。敵の蜘蛛は一匹だけで、まだそこに潜伏していると思われます……。家の中は綺麗に片付いているようです。もちろん、女の子の一人暮らし部屋ですから、あまり色々物色しないように。いいですね」
ごほん、と一つ咳をする。
「蜘蛛ですから、餌を取るために巣を作っている可能性もあります……本当に効果的なのは蜘蛛の糸に火をつけることかもしれませんが……そんなことをしたら火事になってしまいます……周りの住民にも多大な迷惑になってしまいますから、あまり荒々しいことはしないでくださいね。もし狭い室内での戦闘が難しいようであれば、広い場所に敵を誘導しても構いませんが……あたりは住宅街です。うまくやらないと、大事件に発展してしまいます……」
「昔、蜘蛛を間違って叩き潰してしまったことがあるんです……そのとき、お母さん蜘蛛だったのかもしれませんが、中から、小さい蜘蛛がわらわらわらー、って……」
彼女は両肩を摩った。
「すみません、いやなお話をしてしまいまして……。皆さんで、どうか蜘蛛を退治して、女の子を助けてあげてください……」
参加者 | |
---|---|
空鳴・無月(宵闇の蒼・e04245) |
セット・サンダークラップ(青天に響く霹靂の竜・e14228) |
チェリー・ブロッサム(桜花爛漫・e17323) |
ロア・イクリプス(エンディミオンの鷹・e22851) |
鳴上・智親(花鎮の贄・e29860) |
青天目・伊織(偽りの戦乙女・e29870) |
ティティス・オリヴィエ(蜜毒のアムリタ・e32987) |
十六夜・琥珀(トロイメライ・e33151) |
●陽動なるか?
鳴上・智親(花鎮の贄・e29860) は公園の周囲にキープアウトテープを張り巡らせている。幸い夜中であるから、人の気配はない。十六夜・琥珀(トロイメライ・e33151)は智親の元へと駆け寄ると、「動線の安全確保、大丈夫だよ」と微笑みかけた。
「ありがとう」と彼は言うと、まっすぐに公園からのびる道を見た。月がうっすらと雲にかかる。うまく陽動できればいいんだけど。
セット・サンダークラップ(青天に響く霹靂の竜・e14228)は、少女の部屋のあるマンションの前で、警察に避難誘導を依頼していた。
「ただし、そーっとっすよ。静かに、っす」
声をできるだけ抑えてそう言うと、セットは少女の部屋を見上げた。あそこに、きっと蜘蛛がいるのだ。彼の目が鋭く光った。
セットの目線の先、少女の家の前では、作戦会議が行われていた。
「まずはボクと無月ちゃんで巣をぐちゃぐちゃにして、おびき出してみるね」
チェリー・ブロッサム(桜花爛漫・e17323)が周りを見る。空鳴・無月(宵闇の蒼・e04245)もまた、それに呼応するようにうなずいた。
「それでも寄ってこなかったら、私が蜘蛛に一撃加えるよ」
青天目・伊織(偽りの戦乙女・e29870)は握りしめた鉄塊剣を見て言う。
「僕は誰かが蜘蛛に追いかけられている間に、女の子を安全な場所へ連れて行こう」
ティティス・オリヴィエ(蜜毒のアムリタ・e32987) が言うと、ロア・イクリプス(エンディミオンの鷹・e22851)は「じゃ、俺の出番はナシってことで」とニヤけた。
「ロア、きみは僕よりも先に入って、味方のフォローや女の子の位置を確認するはずだよね?」
「分かってるって」
はは、と彼は軽く笑って、他の4人を見た。
「肩の力、抜いていこうぜ。そのほうが、まあ、うまくいくさ」
少女の部屋は明りが点いたままで、キッチンスペースからはほんのりとおいしそうなトーストの香りも漂っている。空気の摩擦音も聞こえている。これが、きっと大蜘蛛の呼吸音なのだろう。チェリーと無月が極力音をたてないように、部屋の奥へと進んでいくと……。
「いた……!」
2人の2倍以上はありそうな大きさの蜘蛛である。ぎょろりとした目が何個も蛍光灯の明りに反射している。さっきまで優雅な朝食らしい匂いがしていた部屋も、一気に湿った腐葉土の臭いに変わる。
「……すごいね、これは」
伊織は見上げるようにして蜘蛛を見た。続けてその後ろから、ロアが「はあ」と感嘆のため息をついた。
「女の子は……」
彼はそう言って室内を見回す。
「……あれじゃないか? あの、奥のベッドのところ」
ティティスが指をさす。蜘蛛の巣の端に、確かに少女が倒れているのが見える。
「じゃ、よろしく頼むぜ」
ロアは一歩身を引いて、蜘蛛の動向を見守る。
「行くよ、せーの……」
チェリーと無月が、声を抑えたまま、蜘蛛の巣に向かって飛びかかった。
……が。
「わぁっ!?」
「な、なんだっ!」
粘着性と弾力性に優れた蜘蛛の糸。それも、彼女たちよりも数段大きな蜘蛛の作った糸となれば、その強度は計り知れない。刃物はくっつき、あるいは弾き飛ばされ、彼女たちの体自体が、巣へと絡め取られてしまった。
まずいのは、それだけではない。蜘蛛は巣に引っかかった獲物が逃げようともがく振動を察知し、自らの糸で獲物を巻いて保存食にする習性がある。今、チェリーと無月は、巣を破壊する恐怖の対象ではなく、彼の獲物として認識されてしまったのだ。高速で、蜘蛛が2人に迫ってくる。
「私が相手よっ……!」
瞬時、伊織の斬撃が蜘蛛の脳天を叩く。
「ギィィィッ!!」
悲鳴のような鳴き声をあげ、蜘蛛の動きが止まった。そして、体の向きを変えると、今度は伊織に向かって突進してきたのだ。8本の足を猛烈に動かしている。
「あとは頼んだよっ!」
伊織はそう言って部屋を飛び出す。蜘蛛はそれを追いかける。部屋の戸の狭い隙間にもうまく蜘蛛は体を潜り込ませ、彼を睨みつけたまま走り続ける。
ティティスは女の子のそばへと駆け寄った。
「順番が変わっちゃったけど……でも陽動はひとまず成功したから、今はここが安全な場所かな」
そう言うと、彼女を抱え上げ、ベッドの上へと横たえる。
「ったく、なんてバケモンだよ、ありゃ」
ロアは悪態を吐きながら、巣に絡めとられているチェリーと無月を救出してやった。
「ありがとう、助かったよ……」
チェリーはまだ体のところどころに巣の破片が引っかかっているのが気になるらしく、何度も肩を払っている。無月は小さく「ありがとう」とつぶやいた。
数分の逃走劇の後、伊織は肩で息をしながら公園へと駆け込む。蜘蛛が砂埃をあげながら彼女に襲い掛からんとした。
「Lotus flori deschise in zori. Maine, credem ca vine lumina.」
智親の歌声に合わせて、斬撃が蜘蛛の複数ある眉間の1つを捉えた。大きなダメージは無かったようだが、彼の動きを瞬時止めるには、充分な効果のある一撃だった。
蜘蛛の後ろを遅れて、陽動作戦組が同じように肩で息をしながら公園にたどり着いた。
「なんとか、なったっすね」
セットは額の汗を拭いながら、そう言った。
●夜の蜘蛛は退治せよ!
「まずは僕がいくよ……!」
ティティスが加速しながら、稲妻のごとき蹴りを蜘蛛に与える。ダメージの入り方は浅かったが、蜘蛛は手先を震わせている。どうやら、痺れているようだ。
「焦らずに行くっす……皆さん、コレ使ってくださいっす!」
セットのリードデバイスが、敵の動きを予測する。……しかし、やはりこの大蜘蛛、動きはかなり鈍いようだ。伊織を襲ってきたときの怒りに満ちた速度は、微塵も感じられない。
「いくよ! Hit the Bull´s-Eye!」
さらに、琥珀のもたらした追い風が、ケルベロスたちの心を勇ましく駆り立てた。
「ギィィィ……ッ!」
大蜘蛛は視線を低く鳴くと、伊織目掛けてモザイクを飛ばす。どうやら彼の姿は、蜘蛛の眼には、獲物を横取りした者として映っているらしい。
「痛っ……やってくれるじゃないの……!」
彼もまた、力強く蜘蛛を睨み返す。智親の攻性植物から放たれる淡く優しい光が、伊織の傷口を癒していく。
「グィィッ……!」
蜘蛛はそれを見て、智親に怒りの矛先を向ける……が、胴に痺れがまわり、彼はその場から動けなかった。
「チャンスだ……一気に行くぞっ……貫け、雷よ」
無月の放つ雷撃が、さらに蜘蛛の体に纏わりつく。
「私からも、お返しあげるよ! 霧界の神々の刃が汝が魂を冥界へと誘う……貫け、ニーベルン・クロイツ!」
伊織の魔力が生み出す二本の槍は、まばゆい輝きを放ちながら蜘蛛の体に突き刺さる。
「ギィィィィェェッ!」
痛みと怒りに荒れ狂った蜘蛛は、先頭で鎌を振るっていたチェリーにモザイクを投げ飛ばす。
「よくもやってくれたねっ……」
チェリーも反撃とばかりに、拳を握り固めて蜘蛛に一撃くれてやる。その破壊的な一撃は、蜘蛛の分厚い外骨格の一部をへこませることに成功した。
「んじゃ、そこ狙わせてもらおう」
ロアが鎌を投げるとそれは、ギュイィン、と唸りをあげながら蜘蛛の胴の傷口を広げる。
「キィィィッ!!」
大蜘蛛の声が甲高くなった。彼の攻撃は、もう一度伊織へと向かう。
「させないよ!」
しかし、伊織への攻撃を予見していた琥珀が、彼をかばった。
「くっ……!」
「だ、大丈夫っすか!」
セットは傷ついた琥珀に、応急手当をしてやる。
「ありがとう……」
よろけていた琥珀は微笑むと、その2本の足でしっかりと立った。
「ギィィッ……」
大蜘蛛は、その一撃が充分に深かったのを見届けて、自らの傷を癒す。効いていないと思われたケルベロスたちの攻撃は、しかし確実に蜘蛛の体力を削っていたのである。胴の後ろから糸を出し、先ほどチェリーが開けた風穴を塞いでいく。
「ふふ、不細工な包帯みたい」
伊織は、最初に少女の部屋でして見せたように、大剣を振り上げた。
「でも、そこに、もう一撃ッ!」
しかし、蜘蛛はその攻撃を間一髪避けた。そして返す刀、伊織にモザイクを吐きかけたのである。
「危ないっ……!」
瞬間、無月が飛び出して伊織を庇った。
「ぐっ……」
無月は小さく漏らした。ティティスは「大丈夫?」とオーラを手に集中させ無月を回復しようとしたが、彼女は首を振って「必要ない」とだけ言った。
「ここで、押し切る」
そう言った無月の目からは、強い希望の光が見えた。
「そうそう。ここで全弾当てて、さっさと酒でも飲もうぜ……ほーれ、蜘蛛ちゃん、避けないと危ないぜ? ……避けられるかどうかは知らねえけど」
ロアの大鎌が蜘蛛に襲い掛かる。
「キィィィィィッ!」
いよいよ暴れだした大蜘蛛は、空いた風穴から濃緑の体液を溢れさせ、なおもモザイクを吐き飛ばす。
「危ないっす!」
チェリーに目掛けて飛んできたそれを、セットが身を挺して守る。
「白き絶氷の主、我が愛しき友に歌おう。甘い毒は絢爛の美酒、翻る氷華の羽衣。魂喰らいの花咲かせ、仇敵を滅せよ!」
ティティスの詩が、蜘蛛を凍てつく氷嵐の内に閉じ込める。暴風の音の向こうから、断末魔が聞こえた。
智親は小さく「終わった……ね」とつぶやいた。吹雪が止む。その向こうには、もう動かなくなった大蜘蛛が、一匹佇んでいた。
●蜘蛛の遺物
「いやあ」
セットの手当てを受けながら、チェリーは笑った。
「夜の蜘蛛は泥棒だ、退治しろ、っていうけどさ、こんな大泥棒、みたことないよね」
「この蜘蛛の攻撃、一発は強かったけど、のんびり屋さんでよかったよね」
琥珀も智親の手当てを受けながら笑っている。
「しかしホント、ドリームイーターってのは、なんでこうろくでもないものばっかり作りやがるかね」
ロアはため息をついた。
「ろくでもないものばかりを作るから、僕たちが倒さなくちゃいけないんじゃない?」
ティティスがそう言うと、無月は「確かに」と言ってうなずいた。
「ホント、やんなっちゃう」
伊織はそう言って、蜘蛛を見上げた。
……その時だった。
「……ん?」
ピシピシ、と小さい音がする。
「……ちょ、ちょっと待って」
全員が、伊織の漏らしたことばに振り返った。
そして、見てしまった。
「背中が、割れて……」
蜘蛛の外骨格にひびが入り、真っ二つに砕けていく様を。そして……。
「ぎ、ぎゃぁぁぁっ!!!」
中から、おびただしい数の子蜘蛛――と言っても、大蜘蛛の子どもだから、動物園で見るタランチュラほどの大きさはあるが――があたり一面を這いずり出したのを。
「どっ、どーすんだコレっ!」
ロアは叫んで目を怒らせながらも臨戦態勢に。無月は嫌悪と恐怖から、鳥肌が全身に表れている。琥珀は体にバトルオーラを纏わせ、智親は冷静に攻性植物を展開した。
……しかし、その子蜘蛛たちも、大蜘蛛が砂のように消えるのと同時に、空気に同化して消えていった。
「……お、驚かせないで、欲しいっす……」
セットは、やっとの思いでそう言った。誰彼となく、同意の声が漏れた。
作者:あずまや |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年11月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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