花嫁の口付

作者:こーや

 最初の手がかりを得たのは明日香村で聞き込みをしていたアリッサ・イデア(夢夜の月茨幻葬・e00220)であった。
 一連の攻性植物に見られた白く輝く花を、高取山へと続く道で咲いているのを見たという村人がいたのだ。
 その情報は現地で調査に当たっていた他のケルベロス達にも届けられた。
 元より近隣の山を片っ端から捜索するつもりであった八千沢・こはる(ローリングわんこ・e01105)と虹・藍(蒼穹の刃・e14133)には渡りに船。
 捜索先を高取山に絞り、廃墟を探っていたところ――見つけた。
 瓦礫の上で手を広げ歌う、白いドレスの少女の後ろ姿。
 地に届くほどに長く、柔らかな髪が風で巻き上げられた時、首元に白く輝く花が見えた。
「あれが『元凶』、でいいのかしら」
 小声で首を傾げる藍。意見を求めようとこはるを見遣る。
 こはるは、緑の瞳を見開いたまま少女を見つめていた。
「そんな、そんな……こんなことって……!」


「アリッサさんと藍さん、それとこはるさんのおかげで、人型攻性植物の居場所が分かりました。一連の事件を起こしていた攻性植物を叩く機会です」
 いつも差している唐傘は閉じたまま。河内・山河(唐傘のヘリオライダー・en0106)は石突でこつり、ヘリポートの地面を小突く。
 その隣にはこはるがいる。心なしか表情が硬い。
「人が立ちいらんようなところにある廃墟が敵の根城です。次に姿を見せるのは夕方。新たな被害者を誘き寄せるためみたいです」
 次の被害者が廃墟に来るのは夜。月が出てからだ。その前に攻性植物を倒せば被害を食い止められる。
 攻撃手段は三つ。
 空中に無数の花弁を召喚し、雨のように戦場に降り注がせる技。
 ドレスの裾に葉を纏わせて抉るように刻む技。
 そして、花に集めた光を破壊光線として放つ技。
「廃墟ですけど……もとは庭やったんでしょうね、ちょっと開けた場所があります」
 そこなら足元を気にすることなく戦える。夕方、陽が落ちる前なので明かりの心配もしなくていい。
「今回発見された敵は、人間に攻性植物を寄生させて配下を増やしてきました。ここで倒さなければ、今後もそうなります」
 少女自身も攻性植物に寄生されたのだろうと山河は言う。一連の被害者同様に助け出すことは叶わない、とも。
 山河が言い終えると、それまで黙っていた朝倉・皐月(萌ゆる緑・en0018)が遠慮がちにこはるへ視線を向けた。
「こはるさん。攻性植物の……『彼女』の名前、教えてもらえる?」
 こくり、頷いたこはるは目を閉じる。苦し気に、名を告げた。
「八千沢・みふゆ。私の、姉だった人、です」


参加者
アリッサ・イデア(夢夜の月茨幻葬・e00220)
八千沢・こはる(ローリングわんこ・e01105)
据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)
ゼノア・クロイツェル(死噛ミノ尻尾・e04597)
クーゼ・ヴァリアス(竜狩り・e08881)
虹・藍(蒼穹の刃・e14133)
サフィール・アルフライラ(千夜の伽星・e15381)
カティス・フォレスター(おひさま元気印・e22658)

■リプレイ

●指先
 ヘリオンから続々にケルベロスは飛び降りる。降下の最中、何人かは木の枝に体を引っかけるも構いやしない。
 夕暮れ時の廃墟に腰かけ、娘が歌を口ずさむ姿が見えた。
 幻想的な光景ではある。神に捧げられた花嫁――そんな言葉がサフィール・アルフライラ(千夜の伽星・e15381)の脳裏を過った。いや、まさかとすぐに自分で否定をしたが。
 娘は動じた素振りもなくケルベロスを出迎えた。
「お客様ね。いらっしゃい、おもてなしは必要かしら?」
 タンッと着地したケルベロスを前に娘は立ち上がる。柔らかな髪とドレスがふわりと浮いた。
 カティス・フォレスター(おひさま元気印・e22658)が呟く。
「彼女が今までの……寄生していた攻性植物の根元なんですね」
 一見するとどこにでもいそうな優しそうな少女だが、あくまでも見かけだけ。
 元より強張っていた八千沢・こはる(ローリングわんこ・e01105)の顔からは血の気が引いている。
 忘れようとしていた姿はこはるの記憶の中のものと変わらない。しかし、決定的に何かが違う。
「知っているような顔がいるわね。私に何か御用?」
 ふふ、と娘、もとい、八千沢・みふゆはくすり、笑う。
 こはるはぎゅっと拳を握りしめた。
 束の間、アリッサ・イデア(夢夜の月茨幻葬・e00220)は瞠目した。血色の薔薇と、血色の光景が刹那、目の前に広がった気がした。それはアリッサの過去。
 同じ血を引く者との別れは辛い。その悲しみを生み出さぬ為に、繰り返さぬ為に戦っている、なんて。
「偽善、かしら」
 自嘲めいた呟きを聞き届けたのはビハインド『リトヴァ』のみ。心配そうに覗き込んでくるリトヴァに、アリッサは平気だと告げる代わりに首を振った。
 ああ、そうだった、と鈴を転がすような声が響いた。みふゆは痛ましいとばかりに、柔らかな笑みに憐みの苦さを加える。
「ごめんなさい、御用なんて決まってるわね。出来るかどうかは別だけれど」
 黙りなさい。その言葉を飲み込むのに虹・藍(蒼穹の刃・e14133)が用いた気力は莫大なもの。怒りを押し殺しながらも藍は気遣うようにこはるへ視線を向ける。
 皆何かしらの事情を抱えている。だからこそ、みふゆの素性を知っても対応を変えることは無い。それでも、ケルベロスとて鋼の心を持っているわけではないのだと藍は知っている。
 みふゆが心理戦を仕掛けるのではないかと警戒する据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)も、同じようにこはるを見守る。
「こはるさん」
「……大丈夫、です。おねえちゃんの姿で人に害をなすなんて許さない」
 クーゼ・ヴァリアス(竜狩り・e08881)はゆっくりと瞬いた。瞼の奥には故郷の父母や弟の姿。
「お姉さん、か」
 こはるは気丈に振る舞っているが、クーゼには泣いているように見えてならない。きっと彼女は、心の中で悲鳴を上げている。とめどないほどの泣き声を上げているのだろうと思う。
 こはるが刀を抜く。髪を彩る手編みのレースが揺れた。
「身内の不始末は、こはるが」
 みふゆがドレスの裾をつまみ、膝を曲げる。ヴェールのように長い髪が揺れた。
 それが始まりの合図だった。

●爪痕
 やり難い。動き出しながらもゼノア・クロイツェル(死噛ミノ尻尾・e04597)は思った。
 今回、共に戦うケルベロスの身内だというのだから、それも当然で。仕方ないと割り切って戦う――否。
「手伝う」
 袖口から鎖状のエネルギーが飛び出した。蛇のようにみふゆに絡みつき、締め上げる。
 みふゆがちらり、ゼノアへ視線を投げた。挑発めいた憐憫の色が、ざわざわとゼノアの神経を逆撫でする。
 清らかな青を帯びたサフィールの目が陰る。星を模る銀の鈴の音を鳴らし、その身に木の葉を纏う。
「自分の心が花に、異質な者に絡め取られていく、それはどれだけ恐ろしい事なのだろう……」
「……せめて、絶望するよりも先に自我が失われたことを祈りたいわね」
 自我を喪っても家族がいる『あの子』。家族を喪ってもひとにもどった『自分』。
 どちらが幸せかなんて考えを隠すように、アリッサは黄金の果実による聖なる光を最前に立つ仲間に浴びせる。
 みふゆはくるりとターンすると、軽やかに跳んだ。ざざざざと音を立て、緑の刃と化したドレスの裾が朝倉・皐月(萌ゆる緑・en0018)に迫る。
 皐月が強烈な一撃を覚悟したその時。
「駄目っ!」
 こはるが皐月に跳びついた。背中を赤く染めながら、庇った皐月ごと地面を転がる。
 起き上がった皐月がすかさず魔術切開を施す。
「無茶しちゃだめだよ! 今のは、危なすぎる!」
「……彼女が誰かを傷つける姿を、見たくないです」
 弱弱しい声にケルベロス全員が息を飲んだ。
「八千沢は強いな」
 思わず口から出た言葉だった。クーゼの黒い刃が生み出した神速の斬撃は華のように咲き誇る。
 踊るように距離を取ったみふゆは笑みを浮かべたまま、こてりと首を傾げた。
「どうしてそう思うの? あの子、私を見てられないんでしょう?」
「それでも前に進もうとしているからだ」
「その通りです」
 さっと杖を振るう赤煙。後方のケルベロスの前に雷の壁が現れる。
 オレンジに染まった眼鏡のレンズは、その奥にある目を隠している。
「だからこそ私たちは出来ることをするのです」
「そえはなぁに?」
「攻性植物を倒し死者の尊厳を守るのが、唯一できる事です」
「まあ、こわぁい」
 ケルベロスの嫌悪を煽るような口調。みふゆは宙を見上げ、ブーケを投げるように手を振り上げた。
 夕日を背に、流星の煌きと共に降下していた藍が突如として現れた白い花弁に足を阻まれ、弾かれる。空中で立て直し、木を蹴り地面へと降り立つ。
「ほんと、悪趣味で厚かましい花ね」
「ふふ、ありがと」
「褒めてません。タマオキナさん!」
 ビハインド『タマオキナ』が念で飛ばした瓦礫を飛ばすのに合わせ、カティスはオウガ粒子を最前の仲間の元へ放出。
「これ以上、人を傷つけないで!」
 広がった感覚が、みふゆの動きをはっきりと捉えさせた。こはるは大きく踏み込み、雷の霊力を帯びた刃を突き出した。
 ざくりと裂けるドレス。血を流す体。
 それでもみふゆは笑んだまま。嫌な色をその顔に宿して。
「ねぇ、痛いわ」
「おねえ、ちゃんは……おねえちゃんは、そんな笑い方しない……」
 自らに言い聞かせるようなこはるの呟き。唇が震えている。
 その背中があまりにも危うく見えた。赤煙はすかさずその横に並ぶ。
「あれはこれまで戦った奴らと同じ、攻性植物から人間への悪意です。騙されてはいけません」
「分かってる、分かってます! でも……でも……!」
 ゼノアにも覚えがある感情だった。
 背けるように視線をみふゆに定め、猫のようにしなやかに駆けた。夕暮れの色よりも濃い赤を足に纏わせ、蹴りをくれてやる。
「なぁに、何か私に言いたいことでもあるの?」
「お前に教えてやる義理なんて無い」
 兄貴分をデウスエクスに殺された自分と、こはるを重ねたなどと。身内を失う悲しさ、自らの手で終わらせる苦しみを知っているからこそ、言ってやるものか。
 鋭い視線を答えの代わりに投げ、跳び退るゼノアと入れ替わるように赤煙の竜砲弾が飛来する。
 ひらり、スカートを翻して躱すみふゆの前に炎が揺らめいた。
「戀獄の章、第八節。斯くしてカミと人は灰燼に帰す――」
 2人に己を重ねた、もう一人による詠唱。
 凛としたサフィールの立ち振る舞いに慈悲は垣間見えない。けれど、思うところが何もないわけではない。
「弔い火と成らん事を……お願い、焼き尽くして『姉様』」
 狂おしくも一途な炎獄譚が、夕暮れ時の戦場にて開かれた。

●口付
 差し出すように左手を伸ばしたみふゆの首元で、花が光を零し始めた。
 反射的に飛び出そうとしたこはるだが、それよりも先に赤煙がサフィールの前に立ちはだかった。光線に焼かれながらも、ドラゴニアンの男は穏やかな物腰を崩さない。
 赤煙はサフィールとタマオキナを守る雷の壁を呼び出した。
「色々な意味で早く終わって欲しい戦いですが……焦りは禁物です」
 無言で頷くこはる。自分でも気づいているのだ。子供のころに返りかけていることに。
 躊躇しかけていたクーゼはぶんぶんと首を振った。
「八千沢が戦うって決めてるのに、俺がしり込みしていてどうするんだ」
 このままではいけないと己に活を入れる。瞬時に距離を詰め、空の霊力を帯びた刀で正確に傷口をなぞる。
「ここにきたなら、絶対に後悔なんてさせてやるものか」
 その通りと言わんばかりにボクスドラゴン『シュバルツ』はブレスを放射した。
 みふゆの前に躍り出た皐月が達人の一撃を繰り出す。
「私も、後悔だけはしてほしくない!」
 トン、と軽やかに跳んで躱したどころか、その拳を踏み台に宙へ舞い上がった。
 優しい緑の翼を広げたカティスが追いすがった。白いドレスの中で一際目立つ赤へと差し込んだ刃が波を描く。
 新たに噴き出した鮮血が白いドレスを染めていく。
 その様を間近で見たこはるの顔が歪む。
 嗤うみふゆ、いや、攻性植物が黒い絵の具で記憶の中の姉を汚してくる。幼いころの思い出は、綺麗なままでいさせてほしいというのに!
「リトヴァ」
 痛切なアリッサの声に、半身が応えた。両腕を広げた銀髪のビハインドは霊障でみふゆを絡めとる。
 火を纏った村雨・柚月の一撃が叩き込まれた。
「そこです……今っ!」
 カティスが打ち出した弾丸型のサボテンが腹部に着弾。急激に成長した植物の棘が、内部から棘を伸ばし、貫く。
「っは……棘なんて、ひどいこと、するのね」
 血を吐き、全身を赤く染め上げたみふゆは腹部に手を当て、苦笑した。
 カティスの強い眼差しがみふゆを射抜く。
「これくらいで文句を言わないでください。貴方がしてきたこと……今してることを思えば、まだ足りないくらいです!」
「そうね。だから、終わらせましょうか」
 鮮やかな長い青の髪は夕焼けのオレンジに染まっている。藍は髪を靡かせ、しなやかに地面を滑りぬけながら星銀の弾丸を背中に打ち込んだ。
 初めて、みふゆが足を止めた。衝撃でのけ反り、撃たれた背を抱くようにして藍を振り返る。
 白い花びらが戦場に降り注いだ。触れるだけで傷つく花弁が最前に立つ者達を襲う。
 花の雨を袖口から放った鎖状のエネルギーで殺し切ったゼノアが迫る。
「……最早お前を救う手がない。許せ」
 流星の煌きを宿した蹴りがみふゆを地面に叩きつけた。くるりと宙でしなやかに姿勢を整えたゼノアが地に足を着ける。
 コンマ1秒にも満たぬ間だった。9人のケルベロスの視線が1人のもとに集まったのは。
 その意味を正しく理解したこはるは、収めたままの日本刀の柄に手を乗せる。
「おまえはもう優しかったおねえちゃんじゃない」
「っ、あ……ひ、どい。ひどい、ひどい、ひど」
 一瞬の抜刀が、断末魔の声もろともみふゆを斬り裂いた。
 はらり、首元の花を枯らしながら白かった花嫁衣裳の娘が崩れ落ちていった。

「……傷を治しても?」
 赤煙の申し出にこはるはこくこくと頷いた。
「手伝うわ」
 アリッサがそう言うと、無言で皐月も2人を手伝った。まだ若い娘の為に藍はそっと黙祷する。
 その間、こはるは口を開かなかった。今はそっとしておいてほしいと、全身が語っている。
 クーゼはかけようとした言葉を飲み込み、静かに距離を取った。倣うように全員が離れる。
 ぽつり、こはるが零した。
「二度もこはるの目の前からいなくなるなんて」
 途端、魂から絞り出したような泣き声が響き渡る。
 縋りつき、泣きじゃくる『妹』の姿から、姉妹を、兄を失った3人は目を反らした。そこに己の昔の姿がある気がして、見ていられなかったから。
 クーゼは自分に問いかける。『こう』なったら、自分は戦えたのだろうかと。いつかこういう日が来るのかもしれないと思うと心中がどうしようもなく苦くなる。
 あとで本人に告げようと思いつつも、寄り添ってくれる影竜にクーゼは胸の内を明かした。
「八千沢は、すごいよ。胸を張っていい。俺なんかが言うのはおこがましいけれど、きっと、お姉さんもそう思っていると思うから」
 半身と手を繋ぐアリッサのすぐそばで、藍が荒れた戦場にヒールを施し始めた。
「こういうことは振り切っていくしかないのかもしれないけど……嫌なものね」
「そうね……」
 言いながら、アリッサは目を伏せた。どう振り切ればいいのだろう。大切な命を奪ってしまったのに、自分は生き永らえてしまったというのに。
 そっと握り返された手から伝わる気遣いが、今は辛い。
 ゆるゆるとサフィールは息を吐いた。ガラス玉に隠れた月を指でいらう。
「悔いがないことを、願いたいな」
「……そうだな。少しでも、救いとなればいい」
 これが2人にとっての最後のチャンスだっただろうから。悔い無き終焉となったことを、ゼノアも願わずにはいられない。
 カティスはほとんど隠れてしまった太陽を見遣った。空は僅かなオレンジと濃い紫で覆われている。
「これで負の連鎖を断ち切れればいいんですが……」
 背後から聞こえる少女の慟哭は、陽が沈んでなお山の中に響き渡る。
 枯れない愛はあっても、枯れない涙は無い。
 ケルベロス達は月に守られながら、その時を静かに待つのであった。

作者:こーや 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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