パッチワークハロウィン~Pow Pumpkin!

作者:宇世真

●ハロウィンの魔女
 奈良県のとある街角、小さなレストランにもハロウィンの飾り付けが施されている。
 本日の営業はすでに終了している様だが、表に『本日貸切』の札が掛かったままだ。
 貸し切りのハロウィンパーティーは客も従業員も仮装して、子供も大人も大いに盛り上がり、かつまた店の者達にとっては楽しくもてんやわんやのひと時だったに違いない。
 うっかり札を下げ忘れる程に。
 浮足立った非日常感は、硝子窓越しの店内に確認できるパーティーグッズや飾り付けからも窺い知れる。
 そして今、無人の静けさの中に在って――。
 匂い立つ、夢の様なひと時の名残り。

「あぁ……」
 いつの間にそこに居たのか、緑の女の感嘆が場に零れた。
「欠けていた心が満ちる。誰かに『服従』し、その為に働く事の、なんと甘美なる事か――魔女の力が最も高まる今夜、第十一の魔女・ヘスペリデスが、その役目を果たすとしよう」
 その目的の為に彼女は一歩たりともその場を動く必要がなかった。
「さぁ、お前達、ハロウィンの魔力を集めて私に捧げよ。全ては、ユグドラシルにおられる、『カンギ様』の為に」
 携えた籠一杯の黄金の林檎を一撫でした魔女は、その中から一つを、しなやかな指先で無造作に取り上げ、何事か言い聞かせる様に口元に寄せた。
「――人間共の夢の残滓と黄金の林檎より生まれし、ハロウィンボムモドキよ。人間どもを喰い散らかすがいい」
 さぁ、と軽い挙動で黄金色の果実は彼女の指先を離れ、放物線を描いて地面を転がる。
 モザイクに覆われ、その像を曖昧に結んでいた黄金色の果実は転がり往くその先で、見る間に別の姿を纏い、自ら跳ねて移動する。
 この時期街でよく見かけるジャック・オ・ランタンによく似た強気の南瓜のその顔で、波打つ様に蔓の腕を蠢かす、全長3m程の攻性植物がこの世に生じた瞬間だった。
●ヘリポートにて
「おう、皆。ハッピーハロウィンだぜー! パーティーはどうだったい?」
 陽気な挨拶を放った久々原・縞迩(縞々ヘリオライダー・en0128)は、早速なんだが、と襟元を正し、新たな敵の動きをケルベロス達に告げた。それは辰・麟太郎(臥煙斎・e02039)の調査から至った情報だと添え、『パッチワークの魔女』の名を口にする。
「ったく、楽しいパーティが終わった直後だってのにな。今回新たに動き出したのは、パッチワークの――第十一の魔女・ヘスペリデスって奴だ」
 彼女は、日本各地で行われたハロウィンパーティーの会場に現れ、会場に残ったハロウィンパーティーの残滓と、彼女が持つ黄金の林檎の力で、強力な攻性植物を生み出すらしい。
「パーティーを楽しんだ人達の帰り道に何かあってもいけねェ。今日の最後に良くない事が起こる前に、パーティー会場に向かって、現れた攻性植物を撃破して欲しい」
 それから彼は、事の詳細について説明を始めた。
 舞台となるのは奈良県のとある街にある小さなレストランである。
 貸し切りのハロウィンパーティーは既に終わって、客は各々帰宅。そのまま今日はお店も早終い。現場は完全に無人となっている。
 片付けは後日という事で、周囲にはハロウィン用のオブジェがそのままにしてあり、そこへ、攻性植物の『ハロウィンボムモドキ』1体が出現するという。全長3mという図体なので、オブジェに紛れ込むという事もなく、見ればすぐに判るだろう。
「ちなみに、完璧に施錠してあるから店内には入れないぜ。ハロウィン仕様にディスプレイされてる中庭が、vs攻性植物のメイン会場になるんじゃねぇかな」
 カボチャのポットからひょろりと伸びた茎の上に、重そうなカボチャの頭が垂れる愉快な外観ながら、決してお遊びでなく油断ならない戦闘力をも備えている様だ。
 繰り出されるのは概ね攻性植物らしい攻撃であるという。不敵に弧を描く毒々しい『口』で噛みついたり、波打つ様に蠢く『腕』らしき蔓草で掴みかかって来るのだ。
 特に注意すべきは、その身から放たれる破壊光線だと縞迩は言った。
「光線、と見せかけてその実、色々投げて来るっぽいんだわ。ミニ南瓜とか、やたらカラフルな卵石とか、その辺の石とかな。……敷地内には他にも投げられそうな物があるかもだが、奴の身体から出て来た物以外は、『不発』だ。詰まる所、スカだ。怖がる事は無ェ」
 当たればそれなりに痛いが、それだけだ。
 彼は更に続ける。
「まあ、名前も『モドキ』ってぐらいだし、何を投げて来ようが、それが爆裂する様な事は無いと思って良さそうだぜ。当たるとかなり……痛そうではあるけどな、まぁそこは――」
 気を付けてくれ、と一瞬ばつが悪そうな顔をした彼、だが、すぐ様戻るテンション。
「ハロウィンに魔女は付き物とはいえ……大勢が楽しんでる日に事件起こされるなんざ堪ったもんじゃねェってんだよな。しかも、魔女が動いて出て来るのは、攻性植物ときた。何か――妙だぜ。ヘスペリデスが使ってんのか、使われてんのか……」
「どうあれ、今やるべき事は唯一つだ」
 神妙に呟くザラ・ハノーラ(数え七弥の影烏・en0129)の戦支度を見て、おうよ、と頷き、縞迩はケルベロス達を見渡した。信頼の眼差しと、声。
「危険物を店のオブジェに混ぜて置いとく訳には行かねぇし、そいつを片付けるのは、ケルベロスにしかできない仕事だ。折角のハロウィンだしな。今回もよろしく頼むぜ」


参加者
シヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)
オーフェ・クフェロン(人類好きの人形・e02657)
ロベリア・アゲラータム(向日葵畑の騎士・e02995)
ルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)
ペシュメリア・ビリーフニガル(ノーブルオブリゲーション・e03765)
深鷹・夜七(まだまだ新米ケルベロス・e08454)
レクト・ジゼル(色糸結び・e21023)
ラグナシセロ・リズ(レストインピース・e28503)

■リプレイ

●秘密のハロウィンパーティーへ
 灯りが消えた小さなレストラン――入口に貼り出された『本日貸切』の文字と、『CLOSE』のドアプレートが揺れている。それらを横目に、賑やかなハロウィンオブジェに誘い込まれる様に中庭の方へと歩みを進める一行。ハロウィンの仮装に身を包み、一見するとパーティーの二次会場へとやって来た食客。だが、彼らはこのレストランの客ではない。
「……まったく、デウスエクスは無粋極まりないな」
 パーティーの終了直後に現れるとは。『中世の軍人』をテーマにした勇ましい格好のシヴィル・カジャス(太陽の騎士・e00374)は同意を求める様に、ロベリア・アゲラータム(向日葵畑の騎士・e02995)に視線を向けた。
「ハロウィンパレードの余韻が台無しです」
 同調する彼女は、フルーツパフェを模したドレスを纏った『お菓子の騎士』だ。クールな表情ながら、そのモチーフはユニークで、今日を愉快に過ごしたであろうと思わせる。
 恐らく、ここに集った者達は皆、大なり小なり似た様なものだろう。
 彼らもハロウィンパーティーを楽しんだからこそ、その余韻を台無しにする不逞の輩は猶更、見過ごせないのだ。
「やはり今年も現れましたか……よもや恒例行事に、などとーー」
 去年の丁度同じ頃に起きた出来事を思い出し、言いかけて、よぎる懸念に頭痛を覚え、ジャック・オ・ランタンの仮面をずらして思わず眉間を押さえるオーフェ・クフェロン(人類好きの人形・e02657)は、『ハートの女王様』。黒と紫の縞々ファーが印象的な『猫』のレクト・ジゼル(色糸結び・e21023)と、時計の形の鞄にお菓子をたっぷり詰め込んだ『兎』のラグナシセロ・リズ(レストインピース・e28503)も並べば、まるで皆で童話の世界から抜け出して来たかの様だ。
 白の礼服と赤いマントで王子様スタイルのペシュメリア・ビリーフニガル(ノーブルオブリゲーション・e03765)もなかなかのもの。魔女討伐を誓うにも相応しかろうと選んだ格好、なのだが、本人は少々照れ臭い。
「わぁ、みんな素敵だなぁ!」
 キラキラ輝く深鷹・夜七(まだまだ新米ケルベロス・e08454)の素直な眼差しに、ペシュメリアはますます照れて赤くなった。かく言う夜七はシルクハットと黒の燕尾コートで『マジシャン』を演じる。煌びやかな各々の仮装の所為か、パーティーの延長の様な空気があるのも否めない。翼を隠して「がおー」と狼男に扮するルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)は、先を行く黒装束に大きな一歩で追い付いた。
「ザラとコノトは何の仮装? ジャパニーズNINJA?!」
「……これは、普段通りだが」
「あ、そうなんだ」
 そういえば、念を押したりはしなかった。
 結果、彼女のコートの下から現れたのはいつも通りの勝負服でもある忍装束。彼女の場合、仮面を愛用している事も相俟って平常通りでも仮装じみている為、違和感はないのだが。ちょっぴり考え込む素振りの後、ザラ・ハノーラ(数え七弥の影烏・en0129)は道中、愛用の烏面を己のオルトロスのおでこに乗せたのだった。

●秘密の……パーティー開幕!
 中庭に至り、中央に聳える紅葉が、開けた視界に飛び込んで来る。
 周囲に賑やかにディスプレイされたハロウィンのオブジェ達がケルベロス達を出迎える。中に照明を仕込んであるジャック・オ・ランタンや全体的に丸っこい造形の可愛らしいお化け達、大きな棒付きキャンディ等の造り物に混じって、素知らぬ顔で、『ソレ』は居た。
「……確かにこれは全然隠れていませんねぇ」
 隠れる気も、なさそうだ。
「それにしても、なんてハロウィンらしい敵なのでございましょう……!」
 呆れた様に呟くレクトに、続くラグナシセロは敵のその姿を見て、自分も負けてはいられないとばかり身なりを整えた。そして即座に戦闘態勢へと移行する。ここまで若干、和気藹々と進んで来た分、夜七もすぐさま気持ちを切り替え、集中した。
「っとと、気を引き締めなきゃね! って、こんなに大きいのかい?!」
 ハロウィンボムモドキを視界に捉えた瞬間、その想像以上のサイズに目を瞠りながらも、絶対止めなくちゃとの決意を新たにする彼女。大いに頷き、ペシュメリアもまたチェーンソー剣を構え、握り直す。
「人々の今日という日を守るのも、また務めですもの。……無粋な南瓜には、ご退場願いましょうか」
「さて、ちょっとタイミング逃した南瓜狩りと行こうか」
 地を蹴りながら、ルードヴィヒは、これはこれである意味タイムリーかと思い直した。今日この日に、ハロウィンを彩るジャック・オ・ランタンを相手取る事になろうとは。
「うん、お菓子はないけど、弓矢をやろうか。それとも氷の弾丸あげようか」
(「――手始めに、矢だな」)
 内心で決した彼は、獣腕のグローブでしっかりと妖精弓を構えた。
 後方では、オーフェが仮装に合わせてなりきり、長鎌の刃を具えたハートの杖を逆さまに、切っ先をボムモドキへと突き付けている。
「妾は菓子を、菓子よりそこな敵の首級を所望……――首あります? ともかく、素直に首を差し出しなさい」
 途中でついつい素が飛び出したのはご愛嬌。
 何せ目立つ部分の南瓜には全て顔が付いている様な輩である。そうこうしている間にも、素早く肉薄したレクトがけしかけた攻性植物がツルクサの茂みと化して、ボムモドキに絡みつき、同時に彼のビハインド『イード』がポルターガイストを起こして更に動きを縛る。
「太陽の騎士シヴィル・カジャス、ここに見参!」
 見た目通りに勇ましく名乗りを上げて踏み込んだシヴィルの刃は緩やかな孤を描き、ルードヴィヒのホーミングアローも的確に、蔓を捉えた。
 ラグナシセロの全身の装甲からはオウガ粒子が放たれ、前列の仲間とサーヴァントの超感覚を揺り起こす。鞄のお菓子が零れても少年は意に介さず、行動を共にするボクスドラゴン『ヘル』と、その先に居るボムモドキに真剣に意識を向けたまま。仲間を援ける為にとラグナシセロの指示を得てヘルが放ったブレスがボムモドキの傷を押し広げる。間髪入れずに、ロベリアが腰溜めに構えたアームドフォートから主砲が一斉に火を噴いた。
 そして、ケルベロス達の連携が途切れたその瞬間――。
 ボムモドキの身体から強烈な光が溢れた。
「え、いきなり……!!?」
 ボムモドキの挙動を注視していたペシュメリアは、一瞬焦りを奔らせたものの、慌てる事は何もないとすぐに心を鎮めて仲間に注意を促した。
「――皆さん、ご用心を……!」
 眩む様な光に目を凝らして、投擲物の正体を掴もうとする彼女。別方向からレクトも警戒している。例え『スカ』でも痛いのは嫌だとばかり、ラグナシセロは身構え、対称的にルードヴィヒは怯む事も構える事もなく、次手に備えて走る。
(「今の僕を射抜けるのは銀の弾丸だけってね」)
 ボムモドキが、蠢く蔓触手で掴み上げたのは――小石、ではなく、中庭に飾られていたオブジェの一つ、パンプキントーテム。光と共に空を裂き、風を切る音が前線のケルベロスの間を抜けて行く。あわよくば、自らの身で受け止めようとする者達の間を悉く。
「「「!!?」」」
「――!」
 無差別的に去来するトーテム。気を付けてはいても、どう捌くかを考えていなかったペシュメリアが反射的に翳した腕に、それは普通に当たって、普通に砕け散った。
「痛……っ」
 その痛みは何らこの後の戦いに影響を残すものではない。ないが、一瞬空気がざわついた気がした。誰かがどこかで睨みを利かせているかの様な、そんな気配だ。
「手近なものを投げつけてくるだけの攻撃とはな。私たちを舐めているのか?」
「団長、油断大敵ですよ」
 つくづく言動勇ましいシヴィルをロベリアが諫める。しかしvシヴィルも止まらない。
「ジャックオーランタンを作るために育てられたカボチャは不味いと聞くが、同じハロウィンのカボチャでもこちらは食べられそうもないな」
 実際、喰らってみても舐めているのだとしか思えない『モドキ』の攻撃である。が。
(「ほんとに色んなものが飛んでくるんだね……!」)
 このまま続ければ中庭がめちゃくちゃになってしまう。夜七は満を持してオルトロスの『彼方』と共に、ボムモドキの懐へと踏み込んだ。
「さぁ、お相手願……じゃなかった! レディース&ジェントルメン! 我が剣技をご覧あれ、ってね!」
 御馴染みの科白を口にしそうになって、ハロウィンモードに軌道修正。
 とはいえ、手品より、こちらの方が遥かに手馴れ、練れている。炸裂する達人の一撃に氷片舞い、彼方の刃が奔った後には蔓草の表皮が飛び散った。チェーンソー剣で畳みかけるペシュメリアの斬撃もまた卓越した技量から成る一撃。メディックに控えるオーフェとザラが攻撃にて仲間を援護出来る機会もこの先幾度巡って来る事だろう……オーフェは無言でバスターライフルを構え、敵グラビティを中和するエネルギーの光弾を撃ち出した。弱体化を狙う彼女の視界に、影の如く滑り出すザラの姿が映る。オルトロスの『コノト』と共に、自身が肉薄するのはこの一打のみと決め、彼女は仲間が付けた傷口を素早く切り付け離脱した。

●秘密のPOWパンプキン!
 その後も、実に様々なものが飛び交い、時に噛みつかれ、締め付けられもした。
「モノを投げてはいけませんよ」
 と、レクトが何度諭そうとも、聞きやしない。聞いてくれる筈もない。
 稀に、自らの身を削って生み出した『本物』を紛れ込ませて来る辺りが煩わしいボムモドキの攻撃に耐えながら、ケルベロス達も着々と攻撃を重ねてきた。
「『本物』であっても爆裂は、しないんでございましたね……!」
 開戦当初は頗る警戒していたラグナシセロも、次第に余裕が出て来たのか声に出して整理する。だから『ボムモドキ』なのだという話だった。実際ただただ痛いだけで、同時に襲い来るあの激しい光が、『本物』の時には炎を発するという点で、そう錯覚させているのだと今正に身を以て証す彼を含め、オーフェがメディカルレインで消火と共に癒す。
「当たり外れが大きいのも、確かだよね。今の所、外れの方が多いけど――」
 周囲に素早く視線を走らせて、ルードヴィヒは目を細めた。石やレンガはともかく、ハロウィンオブジェの瓦礫が増えて行くのは観るに忍びない。
(「あんなにいい感じだったのに……のんびりパーティーで来たいくらいだったのに」)
「早く倒して祭もおひらきだな。皆ももう気付いてるかもしれないけど、あいつ、意外と固くてさ。でももうちょっとだと思うんだよね」
 手応えを確かめる様にルードヴィヒは拳を開閉。
 ボムモドキのポジションは、ディフェンダーだと思われる。奴が攻勢に転じた時の動きの悪さは無論、ケルベロス達の積み重ねによるものだ。例え見切られる危険があろうと、代わりの手がそれ以上に心許なければ、敢えて、というケースも起こり得る。そんな状況に直面したロベリアも、開き直って今回は何とか乗り切った様だ。仲間達の援護もあって、狙いを果たした彼女の顔を見て、レクトは実感した。――追い込みの準備は整った。
「さぁ、暴れん坊を止めますよ」
「私は、私の役割を果たさせてもらうとしよう!」
 彼の声のハリつやに、応じるシヴィルの威勢の良さに、仲間達も呼応する。
 派手に流星の軌跡を描いて蹴りを見舞うレクトに続く、ラグナシセロの雷帯びた鋭い突きが緑の胴を強か打ち据えた。有効打を探る必要はもう無い。ルードヴィヒは体感に基づき最もボムモドキが堪えるグラビティの詠唱に移る。紡がれるのは古代の言語。彼が手を翳した次の瞬間、石化の魔力を秘めた光線が衝撃に揺れるボムモドキを貫いた。
 相対した時から変わらないふざけた動作で蠢く、腕に位置する蔓触手が、至近に居る三人――レクト、シヴィル、ラグナシセロの誰かを捕まえようと彷徨い、いずれも捉える事が出来ずに宙を掴む。シヴィルは、ふ、と笑みを漏らし、口を開いた。
「息を合わせるぞ、ロベリア。デウスエクスに私たち太陽の騎士団の絆を見せてやろう!」
 訪れたチャンスは確実にものにする。
「承知! 征きます!」
 応じる声。軽く高く、飛翔する影を見送って、シヴィルは低く構えて大地を踏みしめた。
「『カジャス流奥義、サン・ブラスト!』」
 前傾の姿勢から、背中の翼を一気に大きく開いて加速する。風を味方に、突風の勢いで以て全ての力を刃に一点集中。防御ごと打ち砕く今日一番の大強撃に、ボムモドキが堪らず仰け反る、その頭上に迫る影――得物を地表めがけて構えたロベリアである。
「『穿て!』」
 高空へと飛翔し、急降下から繰り出す槍――代わりのゾディアックソード・太陽の剣『師子王』の一対が、ふらふらとしなるボムモドキを逃さず捉えた。
「さっ、ばしっときめちゃうよっ」
 次いで、力強く地を蹴り軽快に駆け出したのは夜七だ。走り込むその間に、彼女の周囲に静けさが生まれている。
「『ごめんね。―――そこはもう、ぼくの間合いだ』」
 抜刀する一閃に炎が奔り、開放される烈しい熱。屈折する光が揺らめく像を結ぶ――『陽炎』。決して掴む事の出来ない姿を見せた後、刃を納める鍔鳴と共に、熱は立ち消えた。
 逃れ様のない攻撃を立て続けに叩き込まれて翻弄されるボムモドキに、ペシュメリアが容赦なくチェーンソー剣を叩き込む。ごくシンプルな、しかし重い一撃が、傷を抉り上げる。
「……私たちの負けられぬ思いは真正のもの。モドキに屈する謂れはありませんわ」
 小刻みに震えるボムモドキ、いよいよ限界が近いと思われた。と――。
 再度構え直すケルベロス達の前で、ボムモドキは堪え兼ねた様に爆散した。
 最後の最期に。
 ボロボロに弾けて消えたのである。欠片も残さずに。

●秘密の後片付け
 盛大に破壊されたハロウィンオブジェの数々も、ケルベロス達が手分けしたヒールによって、元通り……とは行かないまでもどうにかこうにか修復できた。
 散らかった破片や土塊は丁寧に集めたり、均したりして整える。
「ロベリア。チリトリを貸してくれないか?」
「そこは団長の攻撃で散らかった場所ですのでしっかり綺麗にしてくださいね」
「う、む……わかっているとも」
 武器をホウキとチリトリに持ち替えたシヴィルとロベリアのそんなやり取り。
 小言を言いながらでもロベリアは彼女の元へとチリトリを持って行き、シヴィルもせっせとホウキを動かしている。明日以降の営業に障らない様にと一生懸命だ。そして、その向こうで黙々と、ご主人・ペシュメリアの代わりをこなす勢いでてきぱきと後始末に勤しんでいるメイド姿の女性はペネトレイト(ビリーフニガル家の召使い・e03792)である。
 このままパーティーの後片付けもしてしまいましょうか、と更にオーフェが袖を捲った。
「わたくし達がブラウニーとなるのも一興ですわ」
「そうだな、だが」
 と、オブジェを抱えたままザラが言った。
「明日片付けに出勤する者達の仕事も、残しておこう」
 厳重に施錠されていて店の中には入れない。
 見た目にも賑やかな沢山のオブジェを中庭の一角に集めておくのが精一杯だとオーフェもすぐに悟った。あまり綺麗に片付けすぎてもこの店の者達の年一回の楽しみを奪ってしまい兼ねない。確かにそういう事もあるかもしれない、とレクトも程々で片付けの手を止めた。
「名残惜しさも、来年の為。楽しみな気持ちと共に暖めておくとしましょうかね」
「今日の楽しい思い出を、僕たちは護る事ができたでしょうか」
 今日の為にレストランの店主がせっせと飾りつけたハロウィンのオブジェは、今となっては何となく別物になってしまってはいるが……それも良い記念ではあるかもしれない。彼らを見守る様に聳え立つ見事な紅葉の大木と共に、レストランを護れた満足感がラグナシセロの表情に滲む。樹の幹に触れ、ルードヴィヒも安堵を浮かべていた。
「みんな、おつかれさま!」
 夜七が労いの言葉と共に、パンプキンヘッドの菓子箱に詰めたお菓子を皆に配り歩く。折角だから、とレクトも乗じてお菓子交換。色づく紅葉の下、秋の風物詩を眺めながらの贅沢なトリート&トリートに、『マジシャン』夜七もにっこり。
「ハッピーハロウィンってね!」
 来年もまたこの場所で、人々がハロウィンを楽しめる様にと願いを込めて。
 心地好い疲労を感じるペシュメリアの体に沁み渡る、ハロウィンの余韻と飴玉の優しい甘さ、仲間達の声。あと一つだけ、欲を言うならば……。
「ハロウィンの仮装、皆様楽しそうで何よりでございます」
 傍らでそう呟いたペネトレイトを、ちらりと見遣るペシュメリア。
「ペネトも仮装してみれば良かったのに……」
「私はそもそも日本ではこの格好が仮装のようなものでございますので。お気になさらず」
 ご主人の視線とどこか残念そうな声の調子に、ペネトレイトは事も無げにさらりと応えて涼し気に、眼前の秋色を仰ぐのだった。レクトやラグナシセロらも同様に、のんびりと。
 そよ吹く風は、中庭に、ケルベロス達の間にひんやりとした空気を運ぶ。
 燃える様な紅葉と、まだまだ賑やかな南瓜の灯が空を染め上げるひと時。
 今年も無事に、ハロウィンを味わい尽くせそうだ――最後まで。

作者:宇世真 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。