パッチワークハロウィン~パーティの終わりに

作者:叶エイジャ

 その日。
 高層ビルにあるレストランでは、ハロウィンパーティーが盛況のうちに幕を下ろした。
 片付けは翌日の日中に行うのか、従業員も去った深夜の店内には、ハロウィンパーティーの名残がまだ残っている。
 どこか寂しさを漂わす祭りの後の舞台に、月が落とす影は一つ。
「この心は満ち、魔女の力は今宵最も高まる……第十一の魔女・ヘスペリデスが『カンギ様』の為に、ハロウィンに相応しい植物を生み出そう」
 魔女の手から放たれた黄金の林檎は、すぐさまその形を変じ、大きさ3mほどもあるお菓子となった。
 正確には毒々しい色をした、お菓子型の攻性植物だ。
「さぁお前達、人間どもを喰い散らかし、ハロウィンの魔力を集め捧げよ」


「みなさん、ハロウィンパーティーは楽しめましたか」
 今日の出来事を振り返り、笑顔を浮かべるセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)。
「パーティーが終わったばかりですが、辰・麟太郎(臥煙斎・e02039)さんが、新たな敵の動きを見つけてくれました」
 パッチワークの魔女の一人が動き出したのだと、セリカは告げた。
「動き出したパッチワークの魔女は、第十一の魔女・ヘスペリデス。彼女はハロウィンパーティーが行われた会場に現れては、強力な攻性植物を生み出すようです」
 このままだと、パーティーを楽しんで家路につこうという人たちが襲われ、殺されてしまうかもしれない。
「楽しいハロウィンを惨劇で終わらせない為にも、パーティー会場に向かって、現れた攻性植物を撃破してもらえないでしょうか」

 敵の数は一体。場所は高層ビルの上階、パーティが終わった後のレストランだ。客も従業員も帰った後なので、周囲に人はいない。気兼ねなく戦えるだろう。
「敵の詳細ですが、体長は3~4mくらい。大きいだけあって耐久力も高いようなので、注意して戦ってください」
 見た目は、巨大な抹茶プリンといった感じだ。
「抹茶な見た目は、毒のようですね。その毒を使った攻撃はもちろんのこと、蔓を触手にして巻きつけてきて拘束しようとしてきます」
 また、クリームは超強力な催眠剤のようだ。
 投げつけられたクリームは一応食べられるし、思いのほか甘いのだが、すぐさま強烈な催眠状態に襲われてしまうらしい。
「ハロウィンということで、パッチワークの魔女が事件を起こすのはある意味、『らしい』とは言えますが……攻性植物を生み出すというのは不可解ですね」
 いずれにしろ、楽しいハロウィンの最後に水を差すような行為はいただけない。
「敵はそれなりの強敵ですので、くれぐれもご注意を」


参加者
結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)
セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)
文丸・宗樹(シリウスの瞳・e03473)
篠宮・マコ(微睡姫・e06347)
ブリュンヒルト・ビエロフカ(活嘩騒乱の拳・e07817)
天羽生・詩乃(夜明けに捧ぐ唄・e26722)
鍋島・美沙緒(神斬り鋏の巫女・e28334)
アレクシス・カーネリアン(紅蓮の騎士・e31696)

■リプレイ


 ローター音を夜闇に響かせ、ヘリオンが遠ざかっていく。
 ヘリポートに降り立ったケルベロスたちは、迅速に行動を開始した。
「魔女、パッチワーク……うぅ、恐い」
 若干ピエロっぽいメイクに紳士っぽい服――マッドハッタ――の仮装をした結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)は弱々しい呟きをもらす。
「結城殿?」
 隣で並走するアレクシス・カーネリアン(紅蓮の騎士・e31696) はその声が聞こえたのか、視線をレオナルドに向ける。
「ああ、いえ、すみません。せっかくのハロウィンがこれでは台無しですね。必ず倒して、楽しい気分で終わりましょう」
「ああ。私も勝つために最善を尽くそう」
 アレクシスは頼り甲斐のある声で応え、足を早める。
 彼らの背後では、鍋島・美沙緒(神斬り鋏の巫女・e28334)を挟んで文丸・宗樹(シリウスの瞳・e03473)とセレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)が続く。
「……去年もだったが、今年もか」
 宗樹のぼやきに、セレナがうなずく。
「去年はハロウィンパーティの直前に。今年はまさか、終わってから起きてしまうとは」
「今年は仮装したし、それなりに菓子を確保しようと思ったんだが、な」
 宗樹は狐火の仮装をしていた。ともかくも突然の話で着替えている暇なんてなかったのだ。理解の苦笑をこぼすセレナは彼ほどではないにしろ、衣装の殆どを着たままだった。
「お菓子、いる?」
 比較的上機嫌なのは美沙緒だった。報せを聞いた時にはすでに悪戯もお菓子回収も成功させていたらしく、戦利品を半ば抱えるようにして走っている。口ではもぐもぐとお菓子を処理していた。
「……なんでヘリオンに置いてこなかった」
 宗樹は言いつつも、受け取ったお菓子をポケットへ。そしていくつかはボクスドラゴンのバジルに投げ渡す。満足そうな「ギャ」という声が返ってきた。
「夜遅くにたくさん食べると、虫歯になりますよ?」
 セレナは美沙緒の食べる量に、やや心配そうな顔。
 その表情はやがて見えてきたレストランの入り口に厳しく引き締まる。
「では、パーティの遅刻者には退場願いましょうか」
 事件を引き起こした黒幕も気になるところだが、まずは惨劇を食い止めるのが先決だ。
 レオナルドとアレクシスが入り口を体当たりで開け、ケルベロスたちは中へと素早く入る。セレナが千々かなテーブルに置いたLEDカンテラのまばゆい光が、部屋の中にある巨大なシルエットを浮かび上がらせた。
 大きさ3mほどもある、抹茶プリンの形をした攻性植物。その表面で濡れる毒々しい色に、篠宮・マコ(微睡姫・e06347)がやや不機嫌そうに言葉を紡いだ。
「お菓子のクセに毒……食品としての自覚が足りてないわね」
 こんなお菓子がトリック・オア・トリートに出てきても、ただの罰ゲームねとこぼすマコは、どうやらイベントに参加できていなかったらしい。不貞腐れ気味にウイングキャットのぴろーを抱きしめているが、当のぴろーは締め付けにぐったりしていたりする。とんだとばっちりだ。
 攻性植物はといえば、蔓の群れを蛇が鎌首もたげるように持ち上げ、ケルベロスたちを威嚇していた。頂上部のサクランボを模した眼球が不気味に瞬くと、一斉に蔓が襲いかかってくる。
 転瞬、蔓の群れを防いだのは、天羽生・詩乃(夜明けに捧ぐ唄・e26722)の放った大量の紙兵たちだ。
「平穏を乱させはしないよ」
 狙いはわからないけど、放っておいていいわけない。
 楽しいお祭りは、楽しいまま終わらせる。
 詩乃は相手の威容に飲み込まれないよう、グラビティを全身にみなぎらせた。茜と淡紫の差し色が入った白銀の外装甲を、還流する蒼き光の粒子が盾のごとく彩っていく。
「さあいくよ、魔女の手下なんかに負けないんだから!」
「そうそう、ハロウィンに魔女とか笑えねーっての!」
 ブリュンヒルト・ビエロフカ(活嘩騒乱の拳・e07817)が愛用のバトルガントレットを打ち鳴らし、前へ走りでた。
 今年の仮装である改造シスター服をひるがえし、跳躍しながらの豪快な蹴り――旋刃脚を敵の土台部分に放つ。後退した攻性植物に、不良シスターは殺界形成とともに中指を突き立てた。
「最近体ァ鈍ってんだ、悪戯される前にぶっ飛ばしてやっから、精々楽しませろよなァ!!」


 キシャアアアア!
 攻性植物が耳障りな奇声をあげて、突っ込んでくる。
「派手にいくか」
 宗樹が爆破スイッチを押し、後方でカラフルな爆発を咲かせる。
 その爆風を背に駆けたのは、美沙緒とセレナだ。バジルの属性インストールが立て続けに放たれ、二人を援護する。
「我が名はセレナ・アデュラリア! 騎士の名にかけて、貴殿を倒します!」
「悪いお菓子は退治しちゃうんだよ」
 セレナの放った達人の一撃が攻性植物の突進を押しとどめた。タイミングを合わせて放たれた美沙緒の斬霊刀が邪魔する蔓を切り裂き、さらに刃は攻性植物の体内に吸い込まれていく。内部を汚染破壊する斬撃に抹茶プリンは美沙緒を攻撃対象と見定めたか、震わせた巨体から毒のクリームをまき散らした。
「わっと!」
 床を蹴り、着地したテーブルをさらに蹴って退避する美沙緒。しかしクリームは彼女のみならず周囲のケルベロスにも迫っていた。直接触れずとも蒸発した毒の瘴気が身体を蝕む。
「私いらない。代わりに食べていいよー、ぴろー」
 顔目がけて飛んできたクリームに、マコはとっさにぴろーを投げつけて迎撃する。
「毒入りじゃ美味しくなさそうかなー? んー、残念」
 忠実に主人を守ったウイングキャットがクリームまみれで墜落していく中、マコはマイペースに弓をつがえる。
「えい」
「ありがとうございます」
 放った矢は妖精の祝福となって、白き獅子レオナルドに呪的防御を破る力を与えた。相手の死角へと回り込んだウェアライダーの手には、巨大ハンマーが握られている。
「いきますよ――!」
 宣告の声は加速に消えた。
 噴射したドラゴニック・パワーを利用し、レオナルドは豪快な一撃を攻性植物に叩きつけている。テーブルをなぎ倒して壁に激突した敵に、レオナルドは顔をしかめて軽く手を開閉させた。衝撃は通したが破壊には至っていない。返ってきたのは金属柱でも殴ったような手応えだ。
「……見た目に反して硬い体のようですね」
「だったら壊れるまでごり押しだ!」
 ブリュンヒルトが炎の蹴りを放って、更なる打撃を与える。
 キシャアアア!!
「――っ!」
 燃え盛るブリュンヒルトの蹴り足を、しかし攻性植物は臆することなく蔓で捕捉した。そのまま振り回して天井に叩きつける。
「ってーな! って……」
 頭を衝撃から守ったブリュンヒルトも、直後目にした攻性植物の牙に危機を悟る。
 胴体からパックリと開いたプリンの内側には鋭い牙がずらりと並んでいて、一気に獲物を食い殺そうと迫ってきていた。
「させないよ!」
 ブリュンヒルトが飲み込まれる寸前、詩乃が高速演算を開始。攻性植物の重心を縛霊手の一撃で揺さぶり、捕食行為を中断させる。
 そこに、
 斬――!
 アレクシスが剣を一閃させ、仲間を捕えている蔓を断ち切った。
「無事か、ビエロフカ殿」
「おう、助かったぜ」
 アレクシスは救出したブリュンヒルトにヒールを施しながら、睨みつけてくる攻性植物から距離を取る。
 名残惜しそうに牙を噛み鳴らす巨大プリンは、はた目にも醜悪な光景だった。
「なんと面妖な……」
 まさかこのような抹茶プリンと戦うことになろうとは、アレクシスとしても想像だにしなかった。
「……外見のせいで若干締まらない気もするが、油断は大敵か」
「そうね」
 紅蓮の騎士に応じて、マコは敵に背を向ける。
 そして折しも催眠状態で襲ってきたぴろーをがっちり捕まえると、気力溜めによるキュアを行った。

● 
 レストランの中に奇声を轟かせて、プリンの巨体が突進する。同時に蔓触手が乱舞した。鋭いムチのような攻撃を、宗樹は際どいところで転がってよける。なぎ倒されたテーブルや椅子の破片を背中の、髪と同じ柴色の翼が振りほどいた。はためく翼でさらに移動距離を稼ぐと、宗樹は逃げ遅れたバジルを抱えて安全圏まで飛び退る。
 彼らを追って、攻性植物から毒のクリームが放たれた。ケルベロスたちに毒が蓄積していく。
「しつこいな」
 光のヴェールが宗樹から前衛に広がる。オラトリオヴェールとぶつかった毒が耳障りな音と煙を吐いた。
 それでも飛んでくるクリームを、セレナは手近なテーブルを引き倒して防壁代わりにする。
「流石に毒々しすぎて、あのクリームは口にしたくありませんね……」
 室内の物を壊すのは気が咎めたが、そうも言っていられない。セレナはテーブルを盾にしたまま突進した。当然攻性植物も彼女へと蔓を殺到させるが、叩き壊されたテーブルの向こうに騎士の姿はない。
「こっちです!」
 プリンの目が声のした方を見た時には、天井近くまで跳んでいたセレナから斬撃が迸っていた。空の霊力を宿した刃に目を裂かれ、攻性植物が絶叫をあげてのたうった。
「むー、もーちょっとじっとしててほしいわ」
 痛みと怒りが破壊衝動に伝播して、蔓の鞭が辺り一帯を破壊する。その攻撃にさらされながら、マコはぴろーとともに接近を試みる。
「ぴろー、ちょっと押さえつけてきて」
 え。という顔をしつつも頑張って敵に取り付く忠猫ぴろー。がんばれーとエールを送りながら、マコも大器晩成的な一撃をプリンに見舞った。自宅警備員の不可思議な力が接触面から氷を発生させる。
「冷やせば味も多少はマシになるかしら?」
 仮装に参加できなかった不満を拳に変えて、さらにマコは巨体を殴りつける。
「味はわかんないけど、バッドステータスは増しましなんだよ!」
 美沙緒が振り回される蔓の間を軽快にかわしながら、斬霊刀で絶空の斬撃を攻性植物の目に叩きこんだ。再び絶叫をあげたプリンが滅茶苦茶に蔓を振り回すが、机の上や天井の照明を利用してピョンピョン逃げ回る美沙緒を捉えきれず、逆に美沙緒はジグザグスラッシュを攻性植物の巨体に刻み付ける。
 傷口を広げる一撃に、プリンの動きが弱まった。
「天羽生殿、好機だ」
「はい……!」
 アレクシスが前を駆け、応じた詩乃がその後に続く。
「さあ、この一撃、かわせるか?」
「追加兵装起動承認・管制システム接続完了」
 アレクシスの繰り出した切っ先が焔を纏う。真一文字の軌跡は電光石火、一撃は攻性植物の中心に突き刺さる。
 そして焔華の一閃の深々と穿った場所を、詩乃は正確になぞるように兵装の照射範囲を収束させていく。
「照準セット、誤差修正。収束、収束――『コード・シャウラ』、穿て!」
 詩乃の小柄な身体からエネルギーが放出され、先の一撃の上からさらなる一穿を巨大プリンに叩きこんだ。
「今よ、傷の治療は任せて」
 攻性植物は今度こそ反撃ができなかった。蠢く蔓の動きが鈍いのはダメージが深かった証拠。勝機を掌握すべく、詩乃の紙兵とアレクシスのドローンがヒールを施していく。
「ゲームセットの時間だぜ?」
 ヒールの庇護を受けたブリュンヒルトが、迎撃の蔓や毒クリームをも厭わず肉迫。超々至近距離からガントレットの猛打を浴びせかける。さみだれのごとき連打に降魔が宿り、攻性植物を霊的に食い散らかしていく。
「よっしゃ、交代だレオナルド!」
「ええ……恐怖よ、今だけは静まれ!」
 地獄化した心臓から炎をたぎらせ、白き獅子が裂帛の気合を発した。居合からの踏み込みが終息した時には、その途上にあった攻性植物の体を無数の斬撃が襲っている。
「Trick or Treat――今年のハロウィンも終わりだ」
 宗樹の掌から周囲へと、燐火が灯る。
 狐火を思わせるそれはやがて巨大なドラゴンへと変じ、攻性植物を炎のあぎとで挟み込む。
 幻影が消えた時、お菓子型の攻性植物もまた燃え尽きてしまっていた。


「今日の主役はお化けの『仮装』。悪いけど、本物はお呼びじゃなかったのよ」
 滅した敵へとマコが呟く。その目は既に、眠そうに瞬きを繰り返している。
「良い子はおねむ時間だから早く帰らないといけないんだよ!」
 そう言う最年少の美沙緒。しかしその手には再びお菓子があった。
「歯は磨きましょうね」
「もちろんなんだよ!」
 セレナの言葉にもハキハキと返事する。
「とはいえ、散らかした分はヒールして帰るとしよう」
「……まあ、戦闘後だしな」
 アレクシスの声に宗樹もうなずき、惨状を残すパーティ会場のヒールに入る。
「どうしたバジル?――ああ、じゃあ半分こな」
 その途中、ねだるように「ギャ」と鳴く弟分に、ポケットのチョコを分けることも宗樹は忘れない。
「っつーかあんなでかいケーキ、毒じゃなけりゃ食いつくしたかったぜ!」
 ブリュンヒルトはといえば陽気に、「見た目も滅茶苦茶美味そうだったしなァ」と呟く。
「しかし最近は魔女と攻性植物の動きが目立ってるよなァ、寄生型とかよ」
「ええ、動向は注意しておく必要がありますね」
 レオナルドは神妙な面持ちでうなずく。
(「パッチワーク、近い内に会いましょう。その時は必ず……!」)
 やがて会場が片付いた。レオナルドは闘志を秘めたまま、帽子を外して会場に一礼する。
(「これからも皆の日常と平穏を守る……!」)
 この心も両腕もそのためにここにある――詩乃もまた決意を新たに空を見上げた。
 藍色に染まった夜の空、眩い月が浮かんでいる。
 詩乃が命の喜びを感じる、様々な空の姿。
 その空の向こうから、迎えのヘリオンが近づいてきていた。

作者:叶エイジャ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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