『決意の茨』ネリム

作者:弓月可染

●『決意の茨』ネリム
 大木の下にうずくまる少年。
 ついにその姿を見つけた時、ノーグ・ルーシェ(二つ牙の狼剣士・e17068)が最初に行ったのは、今すぐ駆け寄りたいという衝動を抑え込むことだった。
 もちろん、それは彼にとっては一種の試練に等しい。首から下げた銀色の狼を目にして、湧き上がる感情のまま声を上げずに済んだのは、僥倖というべきだろう。
「正々堂々、名乗りを上げて決闘を挑みたいところだが」
 ノーグと共に森の探索を買って出たラハティエル・マッケンゼン(黄金炎の天使・e01199)が、僚友にだけ聞こえるように囁いた。傷癒えた身の彼もまた、ただ見ているだけというのは口惜しいに違いない。
 しかし、ラハティエルはかぶりを振る。それは蛮勇というものだ、と。
「戦略的に正しい選択をしなければな、フッ……」
「……ああ、その通りだ」
 地球人よりもいささか鋭い歯をぎり、と鳴らし、首肯するノーグ。森から出ようとしない以上、あの少年が今回の事件の黒幕だろう。そして、攻性植物を分け与えた『手下』でさえケルベロス八人がかりだったことを思えば、僅か二人で攻めかかるのは無謀というものだ。
「逃がすわけには、いかないからな――アイツを」
 返り討ちに合うだけならまだいい。だが、居場所を知られていると悟れば、少年は逃亡を図るだろう。それでは、新たな被害を生むだけだ。ヘリオライダーを通じ、『敵』を討つための仲間を募る必要があった。
「ところで、だ。ノーグ殿は、あの少年の正体を知っているのだな?」
「……ああ」
 むしろ確認の色が濃いラハティエルの問いに、ノーグは重い口を開く。
「アイツの名前は、ネリム。ネリム・ラルヴァローグだ」

●ヘリオライダー
「岐阜県の、住民の方が攻性植物に操られる事件。その黒幕の居場所を、ノーグさんとラハティエルさんが突き止めてくださったんです」
 そう告げるアリス・オブライエン(シャドウエルフのヘリオライダー・en0109)は、安堵の色を隠さない。攻性植物を寄生させて配下とする能力の持ち主。それを野放しにしていれば、いつ次の犠牲者が現れてもおかしくはないのだから。
「このチャンスを逃さず、皆さんには森へ入り、黒幕を叩いて欲しいんです」
 探索を担った二人によれば、配下らしき者は見当たらなかったらしい。ということは、まだ新たな犠牲者は出ていない、ということだ。
「黒幕の名前はネリム……さん、といいます。おそらく、攻性植物に寄生され、思考をのっとられているのだと思うのですが……」
 アリスの予見によれば、ネリム自身も攻性植物に寄生された人間である、という。だが、配下と違い、意識と思考ははっきりとしているようだ。それが攻性植物に思考を誘導された結果なのか、彼自身の意思で動いているのかまでは判らないが。
「……いずれにせよ、これ以上の被害を増やすわけにはいきません。必ず、これで終わりにしてあげてください」
 黒幕もまた犠牲者と知り、表情を曇らせるアリス。それでも、止めなければならないと知っていたから、彼女は気丈に一礼し、ヘリオンへと歩き出す。
 その背後では、ノーグがひとり立ち尽くし、思考の海に身を委ねていた。


参加者
藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)
ラハティエル・マッケンゼン(黄金炎の天使・e01199)
清水・光(地球人のブレイズキャリバー・e01264)
知識・狗雲(鈴霧・e02174)
ジルカ・ゼルカ(ショコラブルース・e14673)
ノーグ・ルーシェ(二つ牙の狼剣士・e17068)
セリア・ディヴィニティ(揺らぐ蒼炎・e24288)
ドゥーグン・エイラードッティル(鶏鳴を翔る・e25823)

■リプレイ


「こんな森の中で引きこもって、何やってんだ」
 月光の下、逃れ得ぬと知ってか姿を現した少年へと、ノーグ・ルーシェ(二つ牙の狼剣士・e17068)は呼びかける。
 蔦這う姿は異形、翠に輝く瞳は剣呑。どうにもならぬ、と一目で判ってしまう。それでも自分を慮り先制を手控えた戦友達には、感謝しかなかった。
「みんな心配してたんだぞ。もう帰ってこいよ」
「……オレの邪魔をするな」
 ああ、けれど。
「みんな、殺してやるんだ……あいつらを!」
 お前など知らぬ、と言うかのように。
「ネリム!」
「これがオレの――決意だ!」
 鋭い棘を備えた茨の鞭がノーグを襲い、ぎり、と締め上げる。その動きに咄嗟に反応したのは、桃色の髪に炎を宿した清水・光(地球人のブレイズキャリバー・e01264)であった。
「ほれ、しっかりしなはれ」
 追撃を狙い蔦を伸ばそうとしたネリムを、頭上から彼女の蹴りが穿った。戦友に一声くれた光は、巨大なる剣をびしりと突きつける。
「うちは清水光や。名前ぐらい知って逝きや」
 倒すしかない。そう思い定めた彼女の声は、驚くほど平らかであった。剣を取りて敵を斬る、ただそれだけの事だから。
「慈悲なんて言わんよ。簡単には逃がさへん」
「そうですね。随分とやり難い相手、ですが」
 藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)もまた人の親であり、娘よりもなお幼い子供を哀れとも思った。
 だが、同時にその藤色の瞳は、『敵』を見定めている。日常の象徴たる眼鏡は、既に取り払われていた。景臣の手には一振りの刃。ひとを斬る為の、刃。
「それでも、やるべき事は一つしかありません」
 小よりも大を。大勢の命を救う為と心に決めて、菫青の剣士は得物を振るう。無駄のない剣捌き、霊気溢るる一閃。手応えと共に、刀飾りの銀が花弁を揺らして鳴った。
「救って差し上げられれば良かったのですが……」
 一方、そう簡単には割り切れない者も多い。ドゥーグン・エイラードッティル(鶏鳴を翔る・e25823)の胸をちくりと刺す、未然に防げなかったという思い。
 けれど。
「ネリムさん、断じて貴方の所業を許す訳には参りません」
 看取りを司る戦天使は、凛として告げる。復讐に身を任せ無力な一般人を巻き込んだ事は、決して見過ごせるはずがないのだから。
「さあ、参ります」
 両手の小手より取り出した符を頭上に投じれば、人形の札は式と化して、果敢に切り込む仲間達を取り囲む。
「黒幕もまた攻性植物の被害者、だったんだね」
 合点がいった様子の知識・狗雲(鈴霧・e02174)は、しかしやるせない視線を少年へと送る。敵、という記号。被害者、という記号。それでも、ネリムという名があったのだとノーグから聞いていた。
(「どんな人だったんだろう」)
 それは単なる好奇心ではあるまい。病魔によって命を落としかけた記憶、『被害者』だった故か――あるいは、掌から零してしまった『被害者』への悔恨か。
 いずれにしても。
「まずは、彼を還してあげてから、かな」
 夜闇を照らし出す雷の壁。その光の下、狗雲はゆっくりと杖を構えた。

「我が名はマッケンゼンのラハティエル、ケルベロスの一員なり!」
 その名乗りが孕む皮肉を知るや知らざるや、ラハティエル・マッケンゼン(黄金炎の天使・e01199)の堂々たる声が響く。
 いや、知っていようと彼には関係のない事だ。彼はケルベロス。迷いを酒精に流し、戦場に立つ者故に。
「戦友ノーグ殿の為、今ここに我がカタナを振るおう!」
 トレンチコートを翻し、すれ違い様の剣閃。一瞬の後、残心を示すラハティエルの手には滅魔の刃が現れていた。
「茨のネリムよ……汝、滅ぶべし!」
 その背後では、ジルカ・ゼルカ(ショコラブルース・e14673)が自分より僅かに幼い少年へと痛ましげな視線を投げていた。
(「復讐って、言ってた。自分も傷つけて、痛いのに」)
 復讐という甘美なる熾火。それを強いられた境遇。ああ、それでもきっと、『彼』自身の想いはもう捻じ曲げられている。
 強くて優しいひとたちに出会えなかった、ただそれだけの事で。
「……俺だってあそこに居たのかも、しれない」
 圧縮詠唱で石化の魔力を込めた杖を、ジルカはそっと少年に向ける。……負の感情を貫く事すら出来なかった自分は、幸運だったのだろうか。
「貴方を動かすのはどちらの意思なのか……いいえ、どちらにせよ、私達のやる事は変わらない」
 そして、ジルカの逡巡を断ち切る張り詰めた声。蒼き花咲くセリア・ディヴィニティ(揺らぐ蒼炎・e24288)の斧槍が、急速に凍気を纏っていく。
「私達は、貴方を止めなければならない」
 踏み込んで、薙いだ。確かな手応え、一瞬の後に傷口に咲き誇る氷華。熱情の一撃は氷精を溶かす事なく、枷となり鎖となって少年を縛める。
「それだけは、変わらない、譲れない」
 ――もう、貴方は、災厄の種を蒔く側となったのだから。


「アスナロっ!」
 狗雲を狙った攻撃を、割って入った樹木のボクスドラゴンが受け止めた。たちまちのうちにアスナロに絡みつく蔦。
「……っ、ごめん、もう少し待ってて。先に動きを止めるね」
 だが、彼は相棒に守りを託し、ネリムの足元に白緑の鎖を出現させる。躊躇わぬ訳ではなかったが、今は鎖で少年の足を絡め捕る方が、結果的に味方の傷を抑える事になる。
 それに。
「皆を護って、アスナロ!」
 その呼びかけに応じて響く、力強い鳴き声。そう、狗雲の相棒は、こんな程度でへこたれはしない。
「ですが、あれは危険ですね」
 普段の穏やかさを陰らせた景臣が、鋭い視線を見せる。ネリムや以前の被害者達を見れば判る通り、この蔦茨は標的に潜り込み意識すら奪う。アスナロは免れた様だが、先には光が味方に殴りかかる場面もあった。
「加減を気にしている場合ではないようです」
 ステップを刻み、側面へと回り込む景臣。振り上げた右手の刀。少年の視線が動く。だがそれは陽動。小さく振った左腕の裾から滑り出た短杖を握り、押し付けて。
「こういうのは如何です?」
 小動物に戻した杖に魔力を集め、至近距離で射出する。ずん、と景臣の腕に衝撃が伝わって。
「ここは、畳みかけるべきでしょうか」
 目ざとく機を測ったドゥーグンが、すう、と息を吸って精神を研ぎ澄ます。瞬間、周囲の魔力が密度を増し、彼女の姿を霞ませる程に揺らぎを生んだ。
「では、御覧なさい。わたくし自身が、すなわち瞳持つ杖なのですから」
 ネリムを見つめるドゥーグン。次の瞬間少年を襲うのは、遥か見上げるほどの黒き大蛇が牙を剥く姿――その幻視であった。
 幻に違いない、という知恵が回る相手であっても、丸呑みにせんと迫る巨体の前には慄き竦んでしまうのだ。ましてや、一般人の少年に寄生した攻性植物の本能など。
 そして、寸時動きを止めたネリムを目がけ、狼頭の獣人が斬りかかる。
「バカ野郎……!」
 魔のみを断つ刃を振り下ろす。ぶちぶちと千切れていく茨。その瞬間、至近距離で相対したノーグは気づくのだ。
 もうネリムは、自分を『モノ』を見る目でしか見ていないのだと。
「……俺はケルベロスとして、お前を見過ごす訳にはいかない。だから、お前を止める。お前がネリムで居られる内に」
 無言の少年に構わず、ノーグは地を蹴って距離を取る。それでも、視線は外さなかった。
「お前に俺が出来る事は、それ位だからな」
 ――最期くらい、格好つけさせろよ。

「力を求める者は、力によって滅ぼされる。それが摂理だ」
 冷笑癖のあるラハティエルだが、しかし彼は、地獄の炎で燃え上がる翼に見合うだけの熱をもまた抱いている。その一面を後押しするのは、例えば胸元に咲く炎の百合だろうか。
「この期に及んで、見苦しい真似はするなよ」
 ぐん、と跳躍。唐竹割りに振り下ろした愛刀が狙うのは、高速演算と積み重ねた戦歴が導き出した茨蔦の隙。絡め捕らんとするそれらをすり抜けて、痛烈なる斬撃がネリムの左肩に突き刺さる。
「そして私もいつの日か、我が宿敵ドゥームズデイを討つのだ。フッ……」
「宿敵、ね。……そう、貴方は私の宿敵と言えるのかもしれない」
 そう呟いたセリアの得物を包む蒼き炎。戦場に咲いた氷の華は、いつしか舞い散る火花に取って代わられていた。
「そう何度も同じ事は起こさせはしない。誓った以上は貫き通しましょう」
 けれど。

 ――痛いよぅ。

 けれど何よりも。
 名も知らぬ少女の声が、今も彼女を苛むから。
「借りは返さなければならないわ――ただの八つ当たりだけど」
 薙ぎ払うは贖罪の劫火。セリアの巻き起こす蒼嵐が、次々伸びる蔦を消し炭へと変えていく。
「いろいろ複雑やけど、うちにはとんと関係あらへんからな」
 猛る者あり、躊躇いつつ踏み込む者あり。その中で、光ははっきりと割り切っている。倒すしかない。けれど、熱くなれば足下を掬われる。
 ある意味では、彼女こそが最も冷えた目で俯瞰していた。例え、その胸の内を焦がし尽くす程の怒りを抱いていたとしても。
「この道を修羅道と知り――推して参る」
 口にしたそれは戦鬼への道標。鉄塊の如き大剣を振り抜けば、命を食らう貪欲なる炎が放たれてネリムへと躍りかかる。
 炎と化した髪が、遅れて舞った。

 攻防。意識を惑わせる浸食の蔦はケルベロスを苦しめたが、流石に彼らはよく防ぎ、逆に攻撃を積み重ねていた。
(「知らない生き方、でも」)
 細い身体を伸びやかに跳ねさせて、ジルカは鞭の様に足をしならせる。それは引き篭もりの少年が、精一杯に演じたナニカ。
(「ゴメンね――俺も、俺しか知らないから」)
 一撃くれて着地する。その時、彼の視界で光がきらりと瞬いた。
「そのネックレス、キレイだね。大切なもの?」
 ジルカがそう口にした事にさしたる意味はなかった。躑躅の瞳が映したのは、少年の胸元に光る銀。夜闇に在って月光を映す、銀の狼。
 だが、その問いには苛烈なる返答が与えられる。
「畜生……力を、力をくれ……!」


 蔦が四方に伸びて渦を巻く。
 それは緑の嵐、巻き込んだ物を破砕する茨の捕食者。
「あいつらを……滅ぼすんだ……!」
 巻き込まれ、引き裂かれるケルベロス達。雷の壁は掻き消され、紅蓮の炎は呑み込まれる。
 ああ、これこそが、決意という名の妄念の具現化か。
「それがどうしたというのです」
 だが、ぴしりと突き付けられた声が、少年の叫びを遮った。それはドゥーグンの声、慈しみと穏やかさを宿した戦天使が見せた厳しさだ。
「貴方の目的が何であれ、無関係の方を使い捨てにして良い道理など、あろう筈もございません」
 小瓶を取り出し虚空に振れば、戦場に降り注ぐ薬液の雨。景臣と共に茨の傷を和らげたドゥーグンは、届かぬと知りながらも言い募るのだ。
「復讐など、無益です」
「そう、無益で残酷なものだな、戦いとは。フッ……」
 だからこそ、美しいとラハティエルは知っている。そして、この戦いの終局が近いという事も。
「ならば、華を添えようか。殲滅の焔、我が鮮朱の炎を!」
 背の翼を焦がす地獄の炎が一層強く燃え上がり、目も眩む程の熱量を放った。其は全てを灼き尽くす劫火、動きを止めても柱の如く聳え立つ茨蔦が、急速に灰へと変わっていく。
「さぁ、我らを呪うがいい――そして、運命を受け入れよ!」
「せやな。恨み辛みならうちらにしとき」
 ラハティエルが雄々しく謳う中、頷く光。その言葉通り、彼女は呑み込むつもりであった。何もかもを。何もかもを。
「その力、どこで手にいれたんか知らんけど……これで終いやで」
 ふらり、と揺れた様に見えた。柔らかな風のように、ふわり、と。だが、次の瞬間、風は激流に変わる。大剣すらまるで竹刀の様に軽々と扱うさまは、まるで。
「散り乱れ、緋色の花を咲かせ!」
 それは光の髪に揺れる紅蓮の炎か、それとも少年の流した血か。緋色が色濃さを増していき、彼女の周囲を染めていく。
「終わらせてあげるべき、だよね」
 続いて攻めかかる狗雲とアスナロ。先行して体当たりを仕掛ける相棒の陰に隠れ、瞬間的には音速を超える程の速度で飛び出して。
「もう取り付くなんて怖い事、しない様に」
 ずん、と少年の腹に埋まった拳。ネリムを仕留めるには遠くとも、蔦で防ぎきれない一撃の蓄積は彼を追い詰めていく。
「倒していかないとね。少しは、攻性植物の事件が減るといい」
 こんな悲劇が減る様に――狗雲は、そう願うのだ。

 少年を逃がさぬ様に、彼らは包囲の輪を縮めていく。
「せめてもの情けです。その茨から解放して差し上げましょう」
 飄々と、あるいは淡々と。攻撃を防ぎながらも鋭い反撃を見舞っていた景臣がそう呟けば、周囲の温度が徐々に下がっていく。
 その温度低下の中心は、彼が持つ破魔の刃。だが、如何に冷気を帯びようと――それは、敵を一刻でも早く屠る為のものではない。
「――ああ。少し、痛むかもしれませんよ?」
 冷徹に告げた。あえて過剰な冷気で切れ味を鈍らせた刃は、鋭いそれよりも歪に肉を削り、苦痛を注ぐのだ。
「少しばかり心苦しくありますが、ね」
 次いで、セリアもまた、一気呵成に攻めかかる。右目から迸る青い炎は、いつしかその勢いを増していた。
「貴方も彼女も、運が悪かっただけなのか――」
 そう問うて、けれどセリアは、ネリムという少年はそれを否定するだろう、と確信している。
 ならば、本当に出来る事などない。事件の元凶を討つ。ただそれだけの事だ。
「もう、戻れないのでしょうから」
 繰り返す。それだけは、変わらない。譲れないのだ。斧槍の斬撃をフェイントに、炎纏わせた蹴りを一撃叩き込む。
「君自身、終わりが欲しかったんじゃないの?」
 ジルカの声は、普段より随分と芝居がかっている。挑発の色濃い、小生意気な口調。けれど、そこに込められた思いは紛う事なき彼の本心だ。
「何の、かは判らないケド――」
 ――待っていたようにも、見えたから。
 そう呟いて、ジルカは腕を伸ばす。その手が掴むのは深い蒼。サファイアよりも色鮮やかな貴石の煌く、この世には無い大鎌。
「だから、力になれるなら……ちゃんと決着を」
 心臓目がけ振り下ろす。幻影故に逃れる事能わず、胸に食い込んだ刃は肉を斬らず、ただ鼓動だけを乱して。
 そして、動きを止めた少年に、ノーグが近づく。
「なあ、あの時、俺がきちんと答えられていたら」
 お前はそうならずに済んだのか? そう言いかけて、彼は口を閉ざす。今更、と知っていた。それを今更の繰り言だと認める事は、十三の少年には余りに重かったけれど。

「……バカ野郎」

 月光の下、魔力で象られた獣の爪がネリムの胸を穿つ。それが止めとなったか、彼の翡翠の瞳は光を失った。
 地に伏せる少年。それを抱き起こすノーグは、先に帰ってくれと言いかけて――けれど堪えきれず天を仰いだ。
 熱いものが頬を伝う。
 倒れた少年の胸には、変わらず銀の狼が輝いていた。

作者:弓月可染 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 3/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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