パッチワークハロウィン~モア・ビタートリック

作者:廉内球

 祭の終わった静けさの中、緑衣のドリームイーターが恍惚の表情で街を見下ろす。すでに人影はなく、そこここに配されたジャック・オ・ランタンもどこか寂しそうに見えた。
「街は賑わいを失ったが、私の『服従』の心は満たされた。誰かのために働くこと、それこそ私が求めたもの」
 デウスエクスの独白を聞く者はなく、ただ籠の中のリンゴが街明かりを反射するのみ。
「魔女の力が最も高まるこの夜に、第十一の魔女・ヘスペリデスが、ユグドラシルにおられる『カンギ様』の為に動こう」
 言うや、籠の中へと手を伸ばし、黄金のリンゴを一つ掴み出す。宙に放られたリンゴは落ちながら形を変ていく。その姿はやがて、甘くほろ苦いチョコプリンのような形状となって、同時に生成したガラスの器型の器官に収まった。
「さあ、ハロウィンという夢の欠片と黄金のリンゴより生まれし攻性植物、ブラック☆ぷりん・あら・もーどよ。人間を喰い、魔力を捧げよ」
 すべては、『カンギ様』のために。魔女の妖艶な笑みを背に、お菓子のような攻性植物は夜の闇にその身を躍らせる。
 
「楽しいハロウィンパーティーだった、このタイミングで申し訳ないが……事件だ」
 アレス・ランディス(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0088)は意気消沈気味にバインダーの資料をめくる。
「辰・麟太郎(臥煙斎・e02039)が見つけてくれた。パッチワークの魔女の一人が動く」
 その名は、第十一の魔女・ヘスペリデス。彼女は日本全国ハロウィンパーティー会場に現れ、会の楽しさの残滓と彼女の黄金のリンゴの力によって攻性植物を生み出し、使役するのだという。
「放置すれば、パーティーから帰る人々が襲われてしまう。全く、とんだトリックだな」
 アレスは渋面をつくる。
「場所は、とある商店街だ。ハロウィンパーティーの会場だったが、あらかた撤収は済んでいて、人もいないし邪魔になるものもあまりないだろう」
 ハロウィンの飾りのいくつかは残っているかもしれないが、戦闘に支障はないはずだとアレスは言う。
「数は一体、見た目はチョコプリンの菓子に似ているが……見た目ほど甘くはない、気を付けてくれ」
 攻撃方法は三つ、プリンに見える胴体部分に隠された口を開き、丸ごと飲み込む攻撃。ソースのような粘る蔓を伸ばし、拘束する攻撃。そして自身を本物のお菓子と錯覚させ、敵を惑わせる攻撃。
「そのお菓子、アイスはついてるかしら?」
「無いな」
「そう」
 千鳥・小夜子(氷刃雷・en0075)はそれだけ聞くと、ハロウィン限定アイスの消費活動に戻る。興味があるのかないのか、しかし視線はアレスに向けたまま。
「……ともかくだ。エインヘリアルやシャイターンならともかく、ドリームイーターが攻性植物を使うのは少々違和感がある」
 だが、事態を探る前に、まずは目の前の事件を解決しなくてはならないだろう。
「甘いものは別腹よ。残さず平らげないとね」
 アイスを食べ終えた小夜子がくすりと笑った。


参加者
ウォーグ・レイヘリオス(山吹の竜騎を継ぐもの・e01045)
ルア・エレジア(まいにち通常運行・e01994)
シヲン・コナー(清月蓮・e02018)
紅・桜牙(紅修羅と蒼影機・e02338)
月隠・三日月(黄昏を斬り裂いて・e03347)
月篠・灯音(犬好きの新妻・e04557)
薬師・怜奈(薬と魔法と呪符が融合・e23154)
セレティル・ルミエール(閉ざす閃光・e25502)

■リプレイ

●おかわりはこちら
 ハロウィンの熱気が埋火のように残る商店街に、ケルベロス達の影が躍る。カボチャ頭に仕込まれたライトが夜の商店街をオレンジに照らす中、空から降ってきたのは黒いプリン。
「あれが……」
 月隠・三日月(黄昏を斬り裂いて・e03347)は標的の姿に目を細める。攻性植物、ブラック☆ぷりん・あら・もーど。ガラスの器に見える部位を伸縮させて飛び跳ねると、チョコプリン部分がぷるんと揺れた。
「しっかし、あれって攻性植物でいいのか? なあレインディ」
 紅・桜牙(紅修羅と蒼影機・e02338)が首をかしげると、傍らのビハインドも腕組みしたまま同じように首をかしげた。目の前の敵はどう見ても洋菓子だが、分類としては攻性植物で間違いない。しかし外見がお菓子であることもまた間違いないので、ルア・エレジア(まいにち通常運行・e01994)のように空腹感を刺激される者もいる。
「チョコプリン……食いたい……」
「おいルア、ポラリス。あれは食べられないから食おうと思うなよ?」
 シヲン・コナー(清月蓮・e02018)はやや冷めた目で、ルアと自らのボクスドラゴン、ポラリスに言い含める。
「シヲンは心配性だなぁ。大丈夫だよ、食わないし……」
 きゅうと腹を鳴らしたのはどちらだろうか、ポラリスも金の瞳を切なげに細めている。
「……食うなよ?」
 大切なことなので、二度言っておく。見た目は食べ物、種族は植物。それでも、デウスエクスであるからには味どころか安全の保証すらもない。
「……せっかく、楽しかったのに。無粋な、プリン」
 セレティル・ルミエール(閉ざす閃光・e25502)の顔は目元近くまで包帯で覆われている。長いマントと合わせた仮装は表情を読みづらくするが、それでも彼女がむっとしているのは見て取れた。
「お祭りが終わった後に来たことに感謝すべきだろうか」
 ブラック☆ぷりん・あら・もーどを見据える月篠・灯音(犬好きの新妻・e04557)の傍らには、恋人の樒の姿がある。
「樒、すまない。サポートよろしく頼むのだ」
「ん、任せてくれ。灯も気を付けてな」
 うなずき合い、敵の動きに備える二人。
「プリン大好きなのに。とても、残念なことになっていますわ……ね」
 ゆるりと眉尻を下げる薬師・怜奈(薬と魔法と呪符が融合・e23154)に、ウォーグ・レイヘリオス(山吹の竜騎を継ぐもの・e01045)も苦笑しながら同意する。
「確かに残念ですね、見た目は美味しそうなのに」
 攻性植物が跳ねるたび、プルプル揺れる魅惑のプリン。
「でも、アイスが無いわ」
 ぴしゃりと言い捨てる千鳥・小夜子(氷刃雷・en0075)は、斬霊刀を構える。
「そうですね、あれを倒したら、食べに行きましょうか。……神裏切りし十三竜騎(ノブレス・トレーズ)が一騎、山吹のウォーグ!参る!」
 ボクスドラゴンのメルゥガを肩に乗せたウォーグが戦端を開く。他のケルベロス達も続き、戦いが始まった。

●ビタースイート・プラント
 戦場に集ったケルベロスはもう一人。絶華は物陰からブラック☆ぷりん・あら・もーどの姿を認めると、手にしたチョコレートに目を落とす。
「なんか奴の色合い……私の作った圧倒的なパワー溢れるチョコレートに似ている気がするぞ!」
 ならば、チョコとチョコが合わさったらどうなるか。カカオ10000%の圧倒的な苦みを得てものすごく強くなるのではないか。そんなマッドな好奇心に駆られた絶華は、心を込めたバレンタインチョコレートを投げつける。
 チョコレートは吸収され、攻性植物は……上部の目の柄が、なんだかさっきよりぐるぐるしているように思えた。
「ああ、うん……まずは皆に、女神加護を。……惑わされぬように」
 シヲンの撒いた女神の霊薬(フレイヤ・エリクシール)が、紅牙たちを包んでいく。今回の敵戦力を知ったケルベロス達が、最も警戒したのは催眠効果。特に回復役が動けないのは致命傷になりうるという危惧があった。
「かじりつかないか心配だな。ポラリスも気を付けろ」
 ポラリスはぷきゅっと鳴くと、自らの属性の力で防御を固める。
 シヲンが加護をかけ漏らした分を、三日月の分身の術での標的分散でカバーする。
「これで後衛の守りは盤石だな。ハロウィンを楽しく終わらせるため、何者であろうと敵は斃すのみだよ」
 構えた槍の穂先をデウスエクスに向け、三日月は攻勢に出る態勢を整える。
 彼我の距離はまだ詰められていない。ビハインドのレインディは桜牙と連携を取るべく、攻性植物に金縛りを起こさせる。
「接敵前に撒かないとな……巻き込まれるなよ。コカトリスボム、発射だ」
 桜牙の試作兵器が雨あられとデウスエクスに降り注ぐ。卵型の爆弾が破裂したかと思いきや、中に仕込まれた液体がまき散らされた。徐々に硬化し動きを封じるこの液体の性質は、戦いが進んでこそ真価を発揮するだろう。
「二次会の始まりですわね。逃がしませんので、そのつもりで」
 怜奈の御業がブラック☆ぷりん・あら・もーどを鷲掴みにすると、プリン部分がむにゅっと変形する。
「プリンは、思ったより柔らかいご様子ですわね」
 しかし器に見える部位はそれなりの硬さがあるようで、全体の防御力としては並のデウスエクスと大差無さそうだった。
 御業による手の隙間から、チョコソースが伸びた。それは防壁展開の準備をしていた灯音へと向かっていく。回避が、ワンテンポ遅れる。直撃を覚悟したその時。
「灯を傷つけさせはしない」
 樒が手にしたナイフで蔦を逸らす。傷は浅い。
「樒、ありがとうなのだ」
 言い終わるが早いか、灯音の手元でぱちりと火花が小さく爆ぜる。発せられた静電気はやがて大きな稲妻となり、戦場を駆け巡って防壁を作り出した。
「プリンであれば冷やすのもまた一興でしょう。竜の力に耐えられれば、ですが」
 ウォーグが竜騎の御旗・聖鎚形態を振りかぶり、叩きつける。衝撃と、止まりゆく時空のひずみが、やがて氷となり広がっていく。攻撃を終えたウォーグらに、後衛から小夜子のヒールドローンが追いつき、盾となる。さらにそのドローンを追い抜いて、箱に入ったメルゥガがプリンに突撃。衝撃でプリンがぷよんと揺れた。
「ちくしょう! ウマそうにしやがって! ぜってー許さない! ぶっ飛ばす!!」
 狙ってんだから動くなよと、ルアは指先に神経を集中させる。女神の紫矢(スカジ・フレシャ)。薄紫の光が灯ると、矢となってプリンに向かって一直線に飛ぶ。プリンは素早く反応し固いガラス部分で受けようと試みるが、かくんと曲がった光はプリンを直撃、チョコソース似の蔦を一本吹き飛ばした。
「……邪魔、しないで」
 刃のように鋭い蹴りを放ったセレティル。この作戦、彼女の役割は攻めること。複数のケルベロスが初手を守りに費やした分、敵のダメージはまだまだ少ない。商店街に残るジャック・オ・ランタンの飾りも、どこか表情が硬く見えた。

●お菓子の誘惑を超えて
 トリックオアトリート、と言わんばかりに、お菓子の爆弾が投げつけられ、お菓子の魅力的なフォルムをアピールされても、ケルベロス達は揺らがなかった。いや、わずかに揺らぐことはあっても、即座の回復により戦線を立て直すことに成功している。
「あのデウスエクス、催眠にかかっていなくても食べそうだな。ポラリス、大丈夫か?」
 シヲンに気力を送り込まれたポラリス。くるくると目を回していたがはっと気づいて大きく息を吸い込んだ。その隣に同じボクスドラゴンのメルゥガが並び、同時にブレスを吐く体制を整える。二つの属性が重なり合ったブレスは、プリンの表面に張り付いた氷や謎の液体を広げ、その動きをほぼ完全に止めようとしている。
「ナイスだぽらりん! 俺も負けてられないってか誰が食べるって!?」
 食べないし、とシヲンに反論してから、ルアはエクスカリバールを振りかぶる。フルスイングはブラック☆ぷりん・あら・もーどのガラスの器に突き刺さる。先端の曲がった部分が貫通し、風穴を開けた。
「レインディ、俺たちも仕掛けるぞ!」
 傍らのビハインドにそう声をかけ、桜牙はバスターライフルを構える。射線から逃れようとするブラック☆ぷりん・あら・もーどにぶつかる瓦礫。レインディの起こしたポルターガイスト現象だ。その一瞬の移動の停止を突く。
「食えねぇ奴だなあ、文字通り。さ、狙い撃つ……!」
 銃口は正確にプリンへと向き、直後に発射されたビームがデウスエクスを覆う氷の厚みを増していった。
「サーヴァントとの連携、素敵ね」
 小夜子が展開したマルチプルミサイルが雨あられと降り注ぐ。回復に重点を置いたため、やや時間はかかりこそすれ。そろそろ押し切れる、とケルベロス達は踏んでいた。
「少し、大人しく黙っているといいのだ」
 灯音の持つ巫術の力で形作られた黒い針が、ブラック☆ぷりん・あら・もーどを縫いとめる。相手は抵抗こそすれ、その動きは弱弱しく、遅い。
「そろそろ潮時ですね」
 ウォーグが素早く刀を収め、腰を低く落として居合の構えを取る。電光石火の剣閃が、ガラス風の器官を真っ二つに切り裂いた。
「体が動く限り、重力が応える限り、私は戦い続けるよ。――紅蓮一刀(クレナイモユルエンサノヤイバ)」
 三日月の手に炎の刃が生成される。その刃で以って繰り出された連撃によって、攻性植物は焼かれていく。そして最後に繰り出した渾身の一撃が、逃れようとした攻性植物の基部を真一文字に薙ぎ払う。
「そろそろ楽しい時間もお開きですわ」
 怜奈が放つはDie Black Lane(ブラックレイン)、取り出すはブラックオニキス。そこに封じられた邪なる者を開放し、ブラック☆ぷりん・あら・もーどにまとわりつかせて動きを完全に封じる。
「さあ、とどめを」
 怜奈は空に向けて言う。その視線の先には、ハロウィンの夜に浮かぶ一つの影がある。セレティルの黒いマントは宵闇に溶け込み、視認を、攻撃の回避を困難にする。
「――諦めて」
 ただ一言、短い言葉と同時に、蹴撃が落ちる。袈裟掛けに振り下ろされたかかとは、跳躍の速度と速さで以って、完全にプリンを叩き潰した。

●祭の後
 破壊されたブラック☆ぷりん・あら・もーどは植物らしく急速にしおれ、砂となって消えていった。
「ぷ、プリン……」
 跡形もなく消えつつあるデウスエクスの残骸を、ルアとポラリスが悲しそうに見下ろす。
「家に帰るまでが依頼だぞ? 二人とも、片付けを手伝ってくれ」
 破壊の痕跡を洗い流すように、優しい雨が商店街を、そしてケルベロス達を癒していく。手持無沙汰なルアとポラリスは、大きな破片を片付けに回る。
「俺も物理で片付けるか」
 桜牙は戦いの余波で割れたカボチャ頭の破片を手早く集める。亀裂の入ったジャック・オ・ランタンは泣いているようにも見えた。
「こちらへ。ヒールしてみよう」
 三日月が気合を送ると、カボチャのランプは赤いガラスの花型ランプへと変わった。コードをつなげれば、機能はしそうだ。きりをつけて、三日月は商店街を見渡し、空を見上げる。
「……いないね」
 セレティルがハロウィン飾りの破片を持って、三日月の元へやってくる。彼女もこの騒動の元凶となったドリームイーターの痕跡を探してはいたが、暗いこともありこれといったものは見つけられていない。手がかりを探すのは後日として、ケルベロス達はヒールに回る。
 やがて、一通り修復が終わり、かがんでいた怜奈が立ち上がる。
「さて、片付けも終わったし撤収しましょうか」
「そうですね、お疲れ様でした」
 メルゥガを肩に乗せ、ウォーグがにこりと笑った。その手には神裏切りし13竜騎の御旗が。打ち振るい癒した商店街は、壁の所々がオレンジ色の優しい光を放っていた。
「樒、何か甘いものでも食べて帰ろう? チョコ以外がいいのだ」
 樒の背中に飛びついた灯音は、甘えるような声音で言う。
「そうだな、チョコ以外なら、餡蜜はどうだろう?」
 仲間たちに挨拶して、恋人たちは甘味を求めて商店街を離れていった。
「いいなぁお菓子……お菓子食べたい……なんか残ってないかな……」
 ポラリスを頭の上にのせて、ルアはお菓子を求めて彷徨う。そんな様子を見かねたシヲンは、一計を案じた。
「なら、アイスでも食べて帰ろうか。サヨコもどうだ?」
「アイス。いいわね」
 ヒールドローンを収納した小夜子が素早く復唱。早速、近くの甘味処をアイズフォンで検索し始める。
「焼きプリンも美味しそうでしたわね」
 ケルベロス達の攻撃により表面に焦げ目のついた、プリンな攻性植物の姿を思い起こした怜奈。
「俺は和菓子のほうが好きだ」
 桜牙が腕組みして言うと、セレティルは黒いマントの前をきゅっと合わせた。
「私、甘いほうが、好き」
 口々にお菓子の好みを言い合いながら、ケルベロス達は商店街を離れていく。
 祭と、一つの事件が終わった静寂。やがて日が昇れば、この場所にも普段通りの日常が帰ってくるだろう。

作者:廉内球 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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