そこは住宅街の外れにある小さな集会所だった。
数時間前まで子供会のハロウィンパーティーで賑わっていたが、今は誰もいない。
そこに緑の髪の女が現れた。
まだ飾りつけの残った集会所をじっくりと眺めると、女はうっとりと恍惚の笑みを浮かべた。
「あぁ、なんと素晴らしい。ユグドラシルにおられる、『カンギ様』の為に働けるなんて。あぁ、なんと甘美なることか」
女はすっと取り出した黄金の林檎に口づけを一つ落とし、林檎を投げた。
すると林檎は一瞬のうちに全長3mほどの菓子へと形を変える。
いや、菓子ではない。しゅるりしゅるりとうねる蔓は攻性植物の証明だ。
「さぁ、お行きなさい。人間どもを思う存分食らい散らかすがいい。それがお前の役割よ。全ては、そう……『カンギ様』の為に」
「ハロウィンパーティー楽しかったですね。ええですね、こういうお祭りは」
笑みを浮かべていた河内・山河(唐傘のヘリオライダー・en0106)だが、唐傘の柄をくるりとまわすと表情が引き締まる。
「パーティーが終わったばかりですけど、辰・麟太郎(臥煙斎・e02039)さんからの情報が入りました」
麟太郎の調べによると、パッチワークの魔女の1人――第十一の魔女・ヘスペリデスが動き出したらしい。
ヘリペリデスは日本各地のはハロウィン―パーティーが行われた会場に現れ、会場に残ったパーティーの残滓と黄金の林檎の力を使い、強力な構成植物を生み出すのだという。
「このままやと、パーティーを楽しんで帰ろうとしてる人らが襲われてしまいます。どうかパーティー会場に向かって、現れた攻性植物を倒してください」
戦場はパーティーを終えた集会場。周囲におらず、パーティーの後なので誰かが近寄ることもないはずだ。
「攻撃方法がちょっと変わっていて……抹茶プリンを飛ばしてくるんですけど、追いかけてきます。あんこの粒を弾丸みたいに射出するのと、あとは……触手を使って抱き着いてくるんですけど、苺大福に顔が埋もれるようになる感じです」
数は1体のみでユニークな技を使ってくるが、威力は馬鹿にできない。
人払いの心配は必要ないが、室内の照明スイッチの前に攻性植物がいるという。
「楽しいハロウィンは楽しいままで終わらせるのが一番です。……パッチワークの魔女が、攻性植物を使って事件を起こすいうのは気になるところですけど……皆さん、よろしくお願いします」
参加者 | |
---|---|
アルフレッド・バークリー(行き先知らずのストレイシープ・e00148) |
絶花・頼犬(心殺し・e00301) |
蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526) |
国津・寂燕(刹那の風過・e01589) |
伊佐・心遙(ポケットに入れた飛行機雲・e11765) |
バドル・ディウブ(月下靡刃・e13505) |
カリュクス・アレース(ごはんをおやつをくださいまし・e27718) |
アーリィ・レッドローズ(ぽんこつジーニアス・e27913) |
●可笑し
「まっちゃぷりーん!」
室内に飛び込んだ絶花・頼犬(心殺し・e00301)の第一声。
うねうねぷるぷるしている『まっちゃ?ぷりん・あら・もーど』(以下抹茶さん)は、ケルベロスが持ち込んだライトで照らされていて、ぷるぷるの光沢感が2割増しくらいになっていて。
ここぞとばかりに甘味をエンジョイする気の頼犬は、紅潮した頬のままちらちらと抹茶さんに視線を投げる。その間にもちゃんと地面にお絵かき、じゃなかった、守護星座を描いて最前の仲間に守護を与える。
「苺大福ハグされたいなぁ、抹茶プリン弾もいいなぁ、あんこ連射も……攻撃してくれないかなーーー!!?」
「お前さん、後衛じゃなかったかね?」
「はっ!? そうだった、俺後衛だーーーー!! くっ、皆! 俺の代わりに沢山甘い攻撃を受けて! 回復は! する!」
冷静な国津・寂燕(刹那の風過・e01589)の指摘で現実を叩きつけられた頼犬。どんまい。
寂燕は寂燕で少々げんなりしている。
「やっぱりさ、菓子ってぇのは動かない方がいいと思うんだよ。おじさんは、ね?」
桜の鞘に納刀したまま逆袈裟に一斬。振り抜きの勢いから床を蹴り、頭上からの剣気で二斬。
襲い掛かった斬撃が抹茶さんのガラスの器っぽいボディに傷をつける。抹茶さん、触手うねうね。
「まっちゃっちゃー!」
「貴様、その鳴き声は安直すぎやしないか」
ト、トンと床を蹴り、壁を蹴って宙へ舞い上がったバドル・ディウブ(月下靡刃・e13505)が放ったのは毒を秘めた手裏剣。
抹茶さんはその身に斬撃を受けながらも、蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)を触手で絡めとり、勢いよく引き寄せた。刹那、真琴の顔が苺大福に埋もれる。甘い。しっかり甘い。甘いものが好きな者が口にすれば美味しいというくらいには、美味い。
顔が離れた途端、真琴はぷはっと空気を吸った。ガラスっぽい体を蹴り、抹茶さんから逃れながらもオウガ粒子を放出する。
「なんつーか、攻性植物も何でもあり気味になってきたな」
顔についた餡子を拭う真琴に、カリュクス・アレース(ごはんをおやつをくださいまし・e27718)がちょびっと、ちょびーっと羨ましそうに見ていたり見てなかったり。
「まっちゃぷりん……あんこ……大福……」
「カリュクス、駄目だ! 糖分の暗黒面に引き込まれてしまう!」
「はっ! いけません。戦闘に集中しませんと」
我に返ったカリュクスは斧を振るい、小型治療無人機を最前に立つ仲間の元へ飛ばす。
後方に控える頼犬の顔を照らす明かりはほぼ無い。だから気付いたのはすぐ近くにいた伊佐・心遙(ポケットに入れた飛行機雲・e11765)だけだが……かくいう本人も羨ましそうに見ていました。
心遙は糖分のライトサイドにいるので、この非常識な攻性植物に憤慨している。
「抹茶プリンはおいしく食べるものであって、こんな変なことする物体が抹茶プリンを名乗るなんて、こはるは許さなーい!」
心遙、怒りの鉄拳ならぬ竜砲弾。正確無比の一弾が触手の一本に着弾し、吹き飛んだ。
「食の恨みって怖いのよね」
そう言うアーリィ・レッドローズ(ぽんこつジーニアス・e27913)は洋菓子派で、さらに言えばジャンクフードの方が好きなので、元々の性格も相まって冷静である。
しかし、彼女の拳から放たれた幻影は違う。ドラゴンの幻影が燃え盛る炎をくれてやる。
うねうねぷるぷるの抹茶さんの姿に、駆けながらもアルフレッド・バークリー(行き先知らずのストレイシープ・e00148)は思案の中。
ハロウィンにドリームイータ―は何を求めているのだろうか。今回の事件は、攻性植物に魔女が使役されている形なのだろうが――そこまで考えて、首を一振り。
考えるのは後だ。今は、目の前の敵を叩き潰すのが先。
「ボク達は甘くありませんよ。戦力展開、状況開始! 舞え、『Device-3395x』!」
バッとアルフレッドは腕を振るい、青く透き通った正八面体のドローンを呼び出す。複数のそれらは一斉に抹茶さんへと襲い掛かった。
その様を眺めるアルフレッドの目が細められる。ドローンは一体たりとも攻撃以外の行動を取る素振りはない。攻撃か、回復か。本来の用途から外れることは無いということだ。
天井の光はまだ灯らない。
●おかし
頼犬目がけてあんこが放たれるも、寂燕が割って入った。あっという間に餡子まみれの寂燕が完成する。
「全身菓子まみれってのはまるでバラエティだねぇ……」
とほほと嘆く寂燕に対し、庇われた頼犬はなんとも言えない顔をしている。庇ってくれてありがとうという気持ちと、甘い攻撃を受けるチャンスが! という2つの気持ちがせめぎあっているわけである。
「間違いありません……皆さん、大事なことが分かりました」
「カリュクス、いったいどうした?」
「あの攻性植物は、こしあんです。粒あん派の方は気を付けてください」
真琴は返すべき言葉に迷い、結局は沈黙を選んだ。ペンライトや光るボールがほのかに照らす床に、星雲を思わすような紐で手早く魔方陣を描く。
うねうね蠢く触手の下を潜り抜け、床に置かれた南瓜飾りの手前で心遙が跳躍した。煌きと重力を乗せた足が抹茶さんの真上から流星の如く落ちていく。
「まーっちゃ!」
「うにうに鬱陶しいですね」
言うなり、アルフレッドの腕から鎖が伸びた。精神で操る鎖が不規則に動き、抹茶さんの体を縛り上げる。
ずずっと動いた抹茶さんの体とその後方。僅かに隙間が生じたのをバドルは見逃さなかった。
「任せておけ」
「じゃ、お願い」
同じように機会を窺っていたアーリィはさらに時と隙間を稼ぐべく抹茶さんに仕掛ける。
小柄な体が振るった槌は触手で薙ぎ払われたものの、ビハインド『ヴァレイショー』の金縛りまでは防げない。『道』を確保するには充分。
バドルはしなやかな体を限界まで地面に近づけ、駆ける。するりと隙間に潜り込み、照明のスイッチごと壁を蹴ってその場から離れた。
パッと室内に明かりが灯る。
頼りない視界の中、足元を照らしてくれたランプをぽんと叩くと、頼犬は自らの分身を寂燕に纏わせた。
「これなら俺も甘い攻撃受けることになるかな!?」
「それはない。断じてない」
半ば自棄になっている男の正面に着地したバドルは冷静にツッコミ、颯爽と駆けていく。
なぜ自分は前衛に立候補しなかったのかと、その背中越しに遠くを見てしまう頼犬である。
一方で先ほどあんこ塗れにされた寂燕は――。
「まだ抹茶で良かったかと言うべきか……」
本来の意味での辛党としては、たっぷりのクリームやシロップ漬けの果物じゃなかっただけマシと思ってやり過ごすしかない。
「時期も外れたけど抹茶アイスにしてやろうかね」
かろうじてあんこが付かずに済んだ白刃で、寂燕は一撃を見舞う。
「ああ、それはいいですね。身動きとれなくしてあげましょう」
「お手伝いします」
アルフレッドの真横をすり抜け、カリュクスが抹茶さんに迫った。刃が波を描くに合わせ、首のドッグタグが踊る。
「うぅ、こはるの夢と期待を返して! 名前で期待しちゃったのに!!」
赤いリボンを巻き付けたリボルバー銃を握る心遙の力はいつもより強い。乙女の純情を弄ばれたのだから仕方ない。
しかと敵を見据えつつ小柄な体を目いっぱい使って、出現させた黄昏色の弾丸を抹茶さんに叩きつけた。直後、室内に夕暮れ色の光が瞬く。
「いいね、秋の色だ。ハロウィンらしい」
「確かに」
寂燕の言葉に頷くと同時に真琴は跳んだ。長い三つ編みを揺らし、一足で攻性植物との距離を詰める。ハンマーから噴射する力が真琴の加速を促し、一撃を叩き込むべく振るわれる。
体っていうか容器っていうかそんなのを捩らせて避けようとした抹茶さんだが、ピクリと唐突に動きを止めた。足止めに加え、オウガ粒子による超感覚のお陰で実に狙いやすい。
「いい的だ」
真琴が飛び退ると、その真横を抹茶プリンが猛烈な勢いで飛ぶ。回避が間に合わないと悟ったアーリィは潔く抹茶プリンを受け止めた。
「……まあ、これはこれで」
もぐもぐアーリィ。抹茶さんの3つのグラビティの中では『洋菓子』の方で良かったなどと思いつつ、ある1点を探る。持参した、ある意味とてつもなく甘いお菓子ともいえる2冊の本は無事。
何があっても汚れてはいけないものもあるんです。腐ってるものでも、汚しちゃいけないんです。
●お菓子
「クラトゥ・ベラダ・ニ……くしゅんっ」
アーリィが死者の書で呼び出した軍勢が襲い掛かる。くしゃみっぽい音が響いたのは、きっと気のせいである。
直後、アルフレッドの砲台が火を噴いた。轟音。小さな体だが、しかと開いた足で反動を殺し切る。
その一撃を形容しがたい姿勢で躱した抹茶さん。ぷるんと揺れる抹茶プリン。
揺れるたびに、糖分の暗黒面に囚われかけるカリュクスと頼犬は、頑張って耐えてます。
全くもって厄介な連中だ。足を動かしながらもバドルは思う。年中無休に加え、変な説法やら変な外見やら変な夢やらで仕掛けてくる。
だが、そんなデウスエクスを駆逐するのがケルベロスの仕事。バドルはそれをよくよく理解していた。
バドルの眼前で頼犬が放った影の弾丸が爆ぜ、寂燕の刃が傷を抉る。
「ハロウィンに、デウスエクスは必要無い。散れ」
身を捻り、繰り出した貫手が抹茶プリンの中に沈む。耳を彩る雪花を模した水晶が立てた音を聞きながら、バドルは手を引き抜いた。纏わりつく緑に構わず、後方へ跳ぶ。
「ここで確実に仕留めるぞ」
真琴が封魔守装から光り輝くオウガ粒子を放出する。
己の感覚がさらに外へ広がっていくのを感じながら、カリュクスは具現化した銀のいばらを腕に巻き付けた。
「崇高なる青き薔薇よ! 守りましょう、この夜を、最後まで」
いばらは攻性植物を逃がさない。青い薔薇が開花しきったその時、攻性植物の毒々しい目から光が失われたのであった。
寂燕のふかーい溜息が響き渡る。
「当分菓子はいいねぇ」
「……いいなぁ」
ぼそり、本音を漏らした頼犬は床に守護星座を描く。カリュクスもヒールドローンを飛ばす。
戦闘で壊れたハロウィンの飾りや、抉れた床や壁を修復しようというのである。
周囲を修復する術がなくとも、出来ることはある。心遙は散らばった飾りを拾い上げ、せっせと飾り直していく。
「こんな感じでどうかな?」
「ええ、いいですね」
ハロウィンは終わる。けれど、これからまた楽しむような感じがくすぐったくて、アルフレッドは笑みを零す。
今回の攻性植物は討滅したが、終わりではない。まだ何かある予感を抱えながらも、アルフレッドは心遙の手伝いを続ける。
そんな中、バドルには一つの疑問が。
「ヘリペリデスとやらは、わざわざ自分の足で日本各地のハロウィンパーティー会場を回っているのか?」
「……かなりの重労働よね」
「……敵とは言え、中々大変だろうな……」
「私なら絶対に嫌」
想像すらしたくないとばかりにアーリィは顔を顰める。こんな気分で帰るのは気が進まない。
「口直しになんか食べてく? 脂っこいものとか」
アーリィの言葉に、糖分の暗黒面に落ちそうになっていた2人が固まる。特にカリュクスは大福とプリンを今回の自分ご褒美にするつもりだっただけに、すごい固まりっぷり。
「こはるも美味しい抹茶プリンが食べたいなぁ」
攻性植物に裏切られた期待があっただけに、甘味にありつきたい乙女の心境。
対して、甘いものは勘弁と表情が語っている寂燕。
この問題はそう簡単には解決しないとみて、真琴が提案した。
「とりあえず出よう。歩きながら考えればいい」
それもそうだとケルベロス達は思い思いに話しながら部屋を後にする。
「しかし、今回のドリームイータ―の動きは何なんだろうねぇ」
「野菜をたくさん食べられるお店だと嬉しいのですが」
人気が無くなり、がらんとした集会場。
ところが、頼犬とアルフレッドがパタパタと戻ってきた。部屋の照明を消し忘れたのだ。
2人はまだハロウィンの香り漂う部屋を見渡して、ぱちりと照明を落とす。
「……ああ、今年も楽しかったな」
「また来年、ですね」
作者:こーや |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年11月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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