●バタフライエフェクト
――あなた達に使命を与えます。
街の夜景を一望できる高層ビルの頂で、奇術師めいた姿の女が螺旋の仮面の下で笑む。
夜景を彩る色とりどりの光を掬うよう伸べた女の手は、街の彼方に見える山を指した。
「あの山の麓にアトリエを構える万華鏡作家がいるようです。その者と接触し、仕事内容を確認、可能ならば習得した後、殺害しなさい」
御意、と頭を垂れたのは金髪の少年と銀髪の青年。
「僕らに期待しててよ、ミス・バタフライ。一見どうってことないけど、これも――」
「なるほど、巡り巡って、地球の支配権を大きく揺るがすことになるってわけか。噂に聴くミス・バタフライの術、その一端を担えること、俺も俺の獣達も光栄に思いますよ」
顔を上げて不敵に笑んだのは道化師らしき金髪の少年だった。
口の端を擡げた銀髪の青年は、その言葉からして猛獣使いか。
「あなた達の成果を楽しみにしています。では、お行きなさい」
乞う御期待、と芝居がかった一礼を残し、二人は瞬く間に姿を消した。
●光と彩の円舞曲
――鏡の世界を覗いてみれば、そこには光と彩の円舞曲。
街で見かけた万華鏡の個展、その作品の美しさに輝島・華(夢見花・e11960)はたちまち魅了され、玩具というより美術工芸品と呼ぶべきその万華鏡を作ったのが自分よりも小さな少女だと知って驚いた。
「でも納得でした。その方、ドワーフさんだったんです。地底で暮らしていた頃に御自分で採掘した宝石で万華鏡を作ったのをきっかけに作家になられた方だそうですの」
「ほう。さぞかし美しいものを作るのだろうな」
華の言葉に微笑したのはザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)。
けれど王子はすぐに、ここからが本題だとケルベロス達を見渡した。
「彼女が案じていた通り、この万華鏡作家が螺旋忍軍に狙われることが予知で判明した」
螺旋忍軍、ミス・バタフライ。
その命を受けた配下二名が万華鏡作家のもとに現れ、情報を得るなりその技能を習得するなりした後に作家を殺そうとする。これを見過ごすと、ケルベロスに不利な状況へ発展する可能性があるという。
「螺旋忍軍の暗躍を看過するわけにはいかん。それに、罪なきドワーフの犠牲を良しとするお前達でもなかろう」
「はい、ザイフリート兄様の仰るとおりです!」
「兄様」
年上男性を兄様と呼ぶ少女の無垢な笑顔にさしもの王子もきゅんと来た。――かどうかはさておき、今回狙われている万華鏡作家を事前に避難させると敵の標的が変わってしまい、予知にないところで被害が発生してしまうと王子は続ける。
つまり、標的を護りつつ螺旋忍軍と戦うか、
「お前達が万華鏡作家に扮して囮になるか――だな。確実に標的を護るなら此方だろう」
万華鏡作家、石堂・アイリ。
誰もがまず思い浮かべる万華鏡は、円筒の先にビーズなどを閉じ込めたものだろう。だが彼女は宝石や天然石の小さなかけらを主に使う。
天然石だからだろうか。
アイリの万華鏡に咲く光と彩は、優しく涼やかで、華やかな煌きに満ちている。
薄桃のトルマリンとオパールを基調にした、蕩けるような桜色の花模様を咲かせるもの。
氷めいた水晶とアクアマリンを基調にした、清らな雪結晶の如き模様が無限に咲くもの。
黄緑のペリドットや淡金のヘリオドールを基調にした、繊細な木漏れ日めく煌きが螺旋を描くもの。
美しい煌きの素となる宝石達は透明なオイルと一緒に円筒の先に封じられ、回転させれば円筒内の鏡に煌きを映して夢幻の光と彩の円舞曲を創りだしていくのだ。
「当人には既に話を通してある。お前達が囮となる作戦を採るのなら、彼女のもとで修業に励むがいい。但し、敵が現れるまでの猶予は三日間だ。相当な努力が必要になるだろう」
見習い程度の力量がなければ螺旋忍軍の目も欺けまい。
実を言えば万華鏡の世界は奥が深い。形式も様々で、最早アートの域に達している万華鏡作家の作品ともなれば複数の工芸技術や幾何光学の結晶だったりもするが、流石に三日ではそこまで届かないから、基本的な原理は知識で覚え、ごく簡単な万華鏡を実際に作るという修業になるはずだ。
螺旋忍軍は夕刻にアトリエを訪れる。
修業をこなし、ケルベロスが囮となれていれば、敵は万華鏡制作の情報や技能を得るべく神妙な態度で囮に接してくるだろう。
微細な宝石のかけらなども多いアトリエでの戦いは避けたいところだから、
「アイリの話では、しばらく見学でもさせて、夜になれば『街の夜景をテレイドスコープで見に行こう』と外に誘うのが良さそうだということだったが……」
「テレイドスコープ! それで夜景を見たら絶対うっとりしてしまいますの」
王子の言葉に、個展でアイリのテレイドスコープを見た華が歓声をあげた。
予め万華鏡に閉じ込めたビーズなどの模様を楽しむものがカレイドスコープ。
対し、硝子玉などを透かした外の景色を万華鏡模様にするのがテレイドスコープだ。勿論アイリの作品には硝子でなく水晶玉が使われている。
彼女のアトリエがある山の麓からは、それこそ宝石のような街の夜景が見えるのだろう。
「きっと螺旋忍軍も見惚れてしまうんじゃないでしょうか」
「ふむ。まともに戦えば強敵だろうが、そこを狙うなら急襲と一方的な先制攻撃から始めてかなり優勢に戦いを進められるかもしれんな」
肝心なのは確実に奴らを撃破することだ、と王子はケルベロス達に告げた。
「皆様と一緒なら負けませんの。アイリ姉様をお守りして、敵を倒して、そして――」
きゅっと握った手に、華は決意も願いもこめた。
もしも叶うなら。
世界で唯ひとつの光と彩の円舞曲を、この手のなかに。
参加者 | |
---|---|
クロノ・アルザスター(彩雲に煌く霧の剣閃・e00110) |
クーリン・レンフォード(紫苑一輪・e01408) |
エルモア・イェルネフェルト(金赤の狙撃手・e03004) |
輝島・華(夢見花・e11960) |
早乙女・スピカ(星屑協奏曲・e12638) |
ジーグルーン・グナイゼナウ(遍歴の騎士・e16743) |
天満・ヨヅキ(導きの夜空・e17567) |
ベルカナ・ブラギドゥン(心詩の詠唱姫・e24612) |
●彩華
可愛い少女にしか見えない万華鏡作家のアトリエは宛ら遊び心いっぱいのミュージアム。
彼女の作品たる万華鏡は優美な銅細工がアンティークの望遠鏡を思わすものから木象嵌が暖かな模様を描く木製の絵本に見えるものまで外観も多種多様で、その仕組みも様々だ。
「うわ、待ってこんなの瞬きとかしてられない……!」
「ヨボシちゃん、朝靄から、虹の花が咲いて、また、朝靄に、とけていく、みたい……!」
深い瑠璃色タンザナイトの煌きの奥から金と緑の光が次々押し寄せ花火を連射するような万華鏡は、クーリン・レンフォード(紫苑一輪・e01408)が覗いたオイルワンドスコープと呼ばれるタイプで、天満・ヨヅキ(導きの夜空・e17567)が覗き込んだ万華鏡の先で彼女のテレビウムが薄い虹瑪瑙の円盤をくるくる回すものはホイールスコープと呼ばれるタイプ。
「綺麗ですよね、事件を解決したら改めてゆっくり習いに来たいです……!」
茜色のガーネットの輝き満ちる世界にファイアオパールのかけらが金木犀めいた光の花を咲かす万華鏡に早乙女・スピカ(星屑協奏曲・e12638)が陶然と吐息を洩らし、同感だなと頷いたジーグルーン・グナイゼナウ(遍歴の騎士・e16743)は、万華鏡作家アイリに折り目正しく問いかけた。
彼女の作品ほど凝ったものは無理だろうが、
「私にも美しい物を作ることが出来るでしょうか?」
「ひとつひとつ大切に工程を重ねていけば、光も宝石も必ず応えてくれるのだわ……!」
原理も皆ばっちり覚えてもらったのだわ、と力強く請け合ったドワーフ女性を見遣って、虹瑪瑙のホイールって面白いアイデア、と自分の店でステンドグラスのホイールスコープを扱うクロノ・アルザスター(彩雲に煌く霧の剣閃・e00110)は心に刻む。
気分は弟子入り三割、商売敵の偵察七割、ゆえに意気込みも確かなもの。
「水色がベースで、沢山の光が七色になるテレイドスコープを作りたいんだけど」
「い、いきなり難題なのだわ……!」
「そうなんですかアイリ姉様!? クロノ姉様頑張って……!!」
だが彼女に応えたアイリの言葉に輝島・華(夢見花・e11960)は思わず手を握った。
原理を学んだ後の華の特訓に付き合う間に万華鏡本体を彩る銀細工までこなしたクロノの器用さなら簡単に思えたけれど――。
通常、テレイドスコープに使うのは無色透明な珠。
透明球越しに夜景を覗けば夜と街あかりの彩が万華鏡模様を描き、春の桜を覗けば春空と桜の彩が万華鏡模様に咲く。テレイドスコープの万華鏡模様の色を決めるのは、あくまで『それで見た景色』なのだ。
万華鏡に封じた宝石が模様を描くカレイドスコープの方が理想通りに作れるだろうけど、自分の作品で夜景を見てみたいというクロノの望みは揺るがない。
天然石じゃないけれどこれを、とアイリが勧めたのは罅入りブルークリスタルの珠。光に透かしてみれば、水色の水晶玉の中で繊細な罅が虹色の煌きを散らした。
これを使ってみる、と瞳を細めたクロノは鏡を組むのに取りかかる。
正確に切り出した鏡は正統派の三枚、二等辺三角形に組むその頂点は。
「22ポイントを目指してみるわ、頂角8.182度の」
「万華鏡って幾何学で幾何光学ですよわよね、本当に……!!」
芸術の域に達した万華鏡も、元は科学者が偏光角の実験中に発見したもの。
埃ひとつにまで注意を払うクロノの丁寧な作業に倣いつつ、エルモア・イェルネフェルト(金赤の狙撃手・e03004)が精密に組む頂角は36度、但し鏡は二枚だ。
目指すイメージは絢爛たるローマ帝国時代の黄金宮殿、そして赤い薔薇を舞わせたい――そんなエルモアには中央に大輪の花が咲くような大胆な模様を生む二枚鏡がきっと合う、というアイリの案を取り入れ、華やかな金色に艶めく真鍮の円筒に鏡を仕込む。
「ねえハナ、これで大丈夫かな?」
「そこを1.5mm開ける感じで……はい、それで大丈夫ですクーリン姉様!」
特訓で正確に鏡を組むコツを掴んだ華は三枚鏡の正三角形、その隣でクーリンは三枚鏡の頂角を15度に組んだ。繊細なラベンダーの花が綺麗に無数に咲いてくれるはず、とアイリ太鼓判の二等辺三角形だ。
万華鏡の先に封じるのは誕生石たるアメジスト。
艶やかな紫に煌く小さなそれをたっぷり入れて、ラズベリー色のスピネルを少し、そして菫色のアイオライトにピンセットを伸ばせば同じ石を選んだ華と触れあい、擽ったい心地で笑みを零す。
菫青石――その名のとおりに菫の花を咲かせたくて、華は菫の花びらに良く似たまぁるいアイオライトを選びとった。オイルを入れれば蕩けるように咲くのだわと二人の手許を覗きアイリが提案ひとつ。
「華もクーリンも少し緑の石を入れると花が映えるのだわ。針みたいに極細のかけらで」
「緑、緑かあ……あ! ベルカナのとこのペリドットに針みたいなのない?」
「ええ、たくさんあるわ。どれでもどうぞ!」
明るく優しい春緑、その煌きの粒の山からピンセットで丁寧にペリドットを摘まんでいたベルカナ・ブラギドゥン(心詩の詠唱姫・e24612)が宝石と同じ色の瞳で笑み返せば、隣で少女を見守っていたボクスドラゴンがクーリンの許にペリドットいっぱいの硝子箱を運ぶ。
自分の瞳を映したようなペリドット。
そして、愛しいひとの瞳を映したアクアマリン。
澄んだ青と柔らかな緑、そこに加える春花めいた淡桃色のローズクォーツにピンセットを伸ばしたベルカナは、淡桃の煌きを見つめるテレビウムに気づいてその主に微笑みかけた。
「ふふ。ヨヅキさんにも、はい、どうぞ」
「わ……! ありがとう、ベルカナちゃん。ヨボシちゃん、それ、気に入った?」
彼女にはにかむよう笑み返したヨヅキが訊けば、こくこく頷く夜色テレビウム。
桜色の星めく形のそれは金平糖にも似て、ふんわりした空色セレスタイトの光に柔らかな月色のイエローオパールが咲く中に加えれば、ひときわ優しい彩が生まれた。
仲の良いヨヅキ達を微笑ましく見ながら、スピカは星月夜をイメージして、深い瑠璃色に輝くタンザナイトや濃い銀灰色の煌きを生むシルバールチルクォーツを選びとる。
誕生石のペリドットを月に見立てて入れてみようと思ったけれど、
「ん~……万華鏡の中に入れてしまうと無数のお月様になってしまうのだわ」
「あ。お月様がいっぱい見えるのもヘンですね」
難しそうな顔をしたアイリの言葉に瞬いて、予定変更。
万華鏡のボディに選んだ星の光思わす銀色に輝く錫製の円筒に、ペリドットの月をひとつ煌かせた。
本体を工夫するのも楽しそうだなとスピカの万華鏡を羨ましく思いつつ、ジーグルーンは自身の万華鏡を試しに覗いてみる。明るい空色に透きとおるアパタイトの煌きに、柔らかなミルク色に透けるエンジェライトの光が舞って――。
「ふむ。もう少し優しい感じになるといいのだが」
「大丈夫、オイルを入れてみるといいのだわ」
ぽつりと落ちたジーグルーンの呟きに楽しげに笑い、アイリがオイルを皆のテーブルへと運んできた。
封じる宝石が決まればそこに透明なオイルを満たし、万華鏡を完成させる。
「――……!」
光が、彩が限りなく優しく蕩けて回り、鏡が夢幻の花を咲かせていく。
自身の万華鏡が咲かせた世界にベルカナは胸を詰まらせた。
空から光射すあの花園が胸に燈る。春花のように優しく愛しい、もう叶わない恋の記憶。だけど、この中では確かにそれが息づいているみたいで。
次々と零れる感嘆の吐息。皆はそれぞれ自身の万華鏡の世界に思う様浸り、そして仲間の万華鏡を見せてもらっては歓声をあげる。
技術を見ればやはりホイールスコープの制作に馴染んだクロノが抜きんでていたが、一番『万華鏡作家』らしさを身に着けたのは、目指すイメージが最も鮮明で、ゆえにアイリから的確なアドバイスを得られたエルモアだった。
明るい蜂蜜色に煌く琥珀を基調に、葡萄酒色のガーネットを少し。
そして、薔薇の花びらめいた鮮やかなルビー。
華麗な黄金の輝きに満ちた世界にワインの滴が踊り、鮮麗な赤薔薇がくるりと舞って咲き誇るよう。それが――エルモアの創りだした、万華鏡の世界。
●彩夜
街から離れた山の麓。
万華鏡作家のアトリエがあるその地では、夜の大気はひときわ冷たく冴え渡る。けれど、だからこそ、そこから眺める街の夜景は夜闇に鮮やかな宝石の煌きを振り撒いたかの如し。
作家を装うエルモアに誘いだされた螺旋忍軍達が覗くテレイドスコープには、あの煌きがいっそう絢爛と咲き誇っているのだろう。
「ちょ、凄いよ凄いよ、こんなに綺麗になっちゃうのー!?」
「想像以上だ! 煌きの螺旋に呑み込まれそうですよ……!」
思わず零れたらしい二人の声は本物の感動と興奮を帯びていた。
彼らにも万華鏡の美しさが解るのねと思えばエルモアの胸には微かな苦さがよぎったが、無辜の命を奪わんとする者達を見逃すつもりは毛頭ない。
だから。
「せめて、万華鏡とわたくしの美しさを刻みつけて逝きなさい!」
瞬時に展開された兵装はかつて彼女がカレイドエースという名のダモクレスであった時に配備されたもの、浮遊する鏡めくそれらは夜風に舞うと同時、エルモアが放ったレーザーを眩く乱反射させ、金髪の螺旋忍軍を撃ち抜いた。
それが周囲に潜んでいた皆への合図となった。
即座に木陰から跳んだクロノが誰より確かな狙いで流星となって夜を翔け、その手の槍を神速の稲妻と成したスピカが流星に直撃された金髪の少年の脇腹を貫く。
二人の輝きが消えるより速く夜闇に咲いたのは、七色の爆風と雷光の壁。前衛の仲間達に後衛から力と加護を贈ったのはベルカナと華だ。
綺麗で華やかで、時に涙が零れそうになるほど愛おしい万華鏡の光と彩。
願いも祈りも想いも閉じこめ、咲かせて。
「そんな世界を創りだせるひとを、傷つけさせはしないわ!」
「ベルカナ姉様の仰るとおりです! 貴方がたに手出しはさせませんの……!!」
――またお邪魔しても良いですか?
――勿論! いつでも大歓迎なのだわ!
願いにそう応えてくれたアイリも彼女のアトリエも必ず守ると誓ったから、華は揺るがず敵を見据えた。
「あんたらケルベロスかよ!」
「正解だよ、良くできました……ってね!」
全く予期していなかったのだろう、応戦も忘れ驚愕に叫ぶ少年めがけ、クーリンの掌から顕現した幻影竜が灼熱を迸らせる。だが彼に幾重もの炎が燈った瞬間、
「万華鏡作家がケルベロスだなんて聴いてないぜ、俺は撤退させてもらいますよ!」
銀髪の青年が身を翻した。
けれど素早く奔らせたクーリンの眼差しが捉えたのは、敵の背後を衝いた仲間の姿。
「そっち任せるね、ジーグルーン!」
「引き受けた! お前も奴を足止めしろ、ライドキャリバー!」
金髪の少年、道化師たる敵からまず撃破というのが皆の策だったが、急襲によって戦闘の主導権を握って優勢に戦えるとはいえ、本来なら強敵たる相手。一、二分で倒せるわけではなく、その間だれも銀髪の青年を牽制しないというのは流石に甘い。
瞬時に標的を定めたジーグルーンのアームドフォート主砲が咆哮すれば、続け様に彼女のライドキャリバーも猛然たるスピンで銀髪の青年に襲いかかった。
「お願いウィアド、退路を塞いで!」
花咲くボクスドラゴンが応えて翔ける。ベルカナ自身が紡ぐのは、空への憧れを希望へ、祈りを祝福へと詠う詩。澄み渡る青空を思わす花と柔らかな光が降れば、エルモアの視界も澄み渡った。
攻撃の精度が高められる。敵の退路を封じるよう馳せた一瞬に高速演算も終え、
「逃がしませんわ! あなた達のどちらも!!」
叩き込んだ砲撃が爆発的な威で道化師の護りを穿つ。
螺旋忍軍達も漸く応戦に入ったが、態勢は整え切れず連携も儘ならない。動揺が道化師の手許を狂わせたのか後衛へ降り注いだ手裏剣の雨も半数は躱され、半数は迷わず盾になったヨヅキとテレビウムに確り受けとめられた。
「……おいたは、め、なの……!」
夜を照らすのは万華鏡を映した応援動画、それに励まされながら駆けたヨヅキが大地ごと割る勢いの一撃を喰らわせれば道化師が転倒。更なる波に乗ったケルベロス達の集中砲火が彼を追い詰める。
破れかぶれで放たれた手裏剣がスピカの肩を掠めたが、癒し手たる華がすぐさま雷杖から迸らす輝きが痛みも毒も吹き飛ばしてくれた。昇りつめるよう力が高まる昂揚を声に乗せ、詠唱を響かせる。
――蒼き炎よ、かの者の罪を焼き払え。
美しく揺らめく蒼の輝きが夜に舞う。
咲き溢れる花吹雪の如く世界を染め上げたスピカの蒼炎が道化師を呑み込んでいく。
「アイリ様のテレイドスコープ、返して頂きますの!」
命尽きた道化師が消える寸前に華が飛び込んで、彼の手から零れた万華鏡を受けとめた。
残るは銀髪の青年、猛獣使い。その手にもまだテレイドスコープが握られていた。彼らも心底その世界に見惚れたのだろう。
万華鏡に魅了された一人だからこそ、クロノも心からこう告げる。
「分かるよ。作家が創る万華鏡ってもう別次元で、魂まで引き込まれちゃうよね」
私もそんな作品を創りたい。
だから、競い合える仲間ともなる万華鏡作家を決して殺させたりはしない。
強い想いとともに加速する心、それを表すよう溢れだした霧が淡く輝く幾つものクロノの幻となって剣舞の如く猛獣使いへ躍りかかった。舞っては消える幻影、けれど剣閃が散らす敵の血飛沫は現実のもの。
翻弄された敵の意識をも惑わすべくジーグルーンが撃ち込んだのは心貫く輝きの矢、だがそれに射抜かれた青年は月光色の狼を召喚して自らを癒す。
けれど、
「それを、焼け石に水と言うんです」
音速を超える破魔の拳に強大な威を乗せてスピカが打ち込む一撃、そして癒し手の破魔を駆使するベルカナが流体金属を鬼と化して揮う殴打が彼の命を削り高められた力を砕く。
最早、青年が打つ手のすべてが悪あがき。
「せめて、お前だけでも……!」
劣勢を覆せぬまま満身創痍に追い込まれた猛獣使いは万華鏡作家だと信じているエルモアを睨みつけたが、
「カジュラ、やっちゃって!」
彼よりクーリンの召喚が速かった。
狼並みの体躯を持つコヨーテが青年の喉笛に喰らいつく。顕現しかかっていた白銀の虎が霧散し、猛獣使いも消えて――零れ落ちたテレイドスコープは咄嗟に手を伸ばしたヨヅキが掬いあげた。
「だいじょうぶ、壊れてない、みたい」
「良かった……!」
華が安堵の笑みを咲かせる様にクロノも破顔する。
「折角だもん、私達も夜景をテレイドスコープで楽しんでいきたいところよね」
声も心も弾むまま取りだすのは勿論彼女自身が創ったテレイドスコープ。アイリの作品で観るのも当然綺麗だろうけれど。
自分の手で生みだした作品で映しだす光と彩は、きっと――。
作者:藍鳶カナン |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年11月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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