パッチワークハロウィン~魔女の夜の宴

作者:白石小梅

●魔女の宴の始まり
 場所は首都圏。文明開化の時代に華族の何某が建てた、とある邸宅。今は記念館として親しまれる、西洋の意匠を大胆に取り入れた壮麗な建築。
 折りしも本日、ハロウィンパーティが開かれ、邸宅はかつての舞踏会の賑わいを取り戻した。
 だが、時が逆巻いたような夢のごとき夜も、やがては幕を下ろす。
 職員たちも片付けを明日に回して帰路に着き、夢の余韻が静寂の闇に包まれた時。
 うっとりとした声音と共に、邸宅に再び灯が点った。
「私の欠乏……『服従』の心は満たされた。さあ、『カンギ様』のために働く幸せを、存分に味わうとしよう」
 現れるのは、滲んだ林檎の籠を抱えた、一人の魔女。
「魔女の力が最も高まるこの宵に、私が使命を果たしてみせよう。パッチワーク第十一の魔女『ヘスペリデス』が」
 蠢く攻性植物を身に纏い、歌劇のような動作で魔女は語る。
「ユグドラシルにいらっしゃるあの方の為に、黄金の林檎を用いてハロウィンに相応しい苗を呼び出そう」
 金色に輝く、滲んだ果実を掲げ、魔女は号令を下した。
「さあ、お前たち! ハロウィンの魔力をかき集め、我に捧げよ……! 全てはユグドラシルに御坐す、あの御方の為に!」
 放り投げられた果実はぐにゃりと輪郭を歪ませ、その姿を変えていく。
 3メートルを優に超える、巨大な……抹茶色のプリンアラモードに。
「人間どもの夢の残滓と黄金の林檎より生まれし『まっちゃ? ぷりん・あら・もーど』よ。今宵は宴だ。ほろ苦い血の紅茶に、甘ったるい肉菓子を……好き放題、食い散らかすがいい」
 
●番犬の宴の終わり
「本日のハロウィンパーティは楽しめましたか? 皆さん、ごゆるりと楽しんで英気を養えたでしょう。さ、お楽しみの時間ですよ」
 すでに満腹感や宴の疲労に満たされ、眠い目を擦る者も居る中で、望月・小夜(キャリア系のヘリオライダー・en0133)は一人、にっこり微笑んだ。
「楽しいお仕事のプレゼントです。辰・麟太郎(臥煙斎・e02039)さんの危惧により、パッチワークの魔女の動きを掴みました」
 誰一人笑わないことを歯牙にもかけず、彼女は話を進める。
「動くのは第十一の魔女『ヘスペリデス』。この女が日本各地のハロウィンパーティ会場跡に現れ、現場に残った夢の残滓の力と、彼女が持つ黄金の林檎の力を合わせ、強力なデウスエクスを生み出すのです」
 放置すれば、家路に着いた人々が襲われ、多くの死傷者が出るという。
「仕事の内容は歓迎パーティの開催となります。派手に行きましょう」
 
●夢の抹茶プリン
 疲労の熱を宿して恨みがましく睨む瞳も気にせず、小夜は喋る。
「歓迎パーティ会場はとある豪奢な邸宅。会場はすでにセッティング済みで、深夜なこともあり貸切となっております。一般人を考慮せずに自由に暴れて構いません」
 性質や能力は。と、投げやりな質問が飛ぶ。
「敵は3メートルを超える巨大プリンの形状をしております。『まっちゃ? ぷりん・あら・もーど』が正式名称ですが、長いので『茶っぷりん』と略しましょう。ブラックスライムと同等のグラビティを用います。見目に似合わず意外にタフですので、そこはお気をつけて」
 さて、と、一息ついて小夜は顔を引き締め直した。
「ここからは個人的な疑問なのですが……実はこの敵。攻性植物のようなのです」
 一瞬、面々が首を捻る。
「ハロウィンに魔女どもが現れるのはわかるが……攻性植物? ドリームイーターでなく?」
 と、問いかけたのはアメリア・ウォーターハウス(魔弓術士・en0196)。
 
「ええ。ヘスペリデスが攻性植物を従える魔女なのか、それとも……」
 答えは、夜の闇の中。
「気になるが……何はともあれ、今は迎撃か」
「そうですね。出撃準備を、お願いいたします」
 アメリアの言葉を締めくくり、小夜は頭を下げた。


参加者
加賀・マキナ(自由人・e00837)
パトリック・グッドフェロー(胡蝶の夢・e01239)
フィルトリア・フィルトレーゼ(傷だらけの復讐者・e03002)
皇・絶華(影月・e04491)
端境・括(月神わいるどはんと・e07288)
比良坂・陸也(化け狸・e28489)
鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)
長谷川・わかな(腹ペコアリスの珍道中・e31807)

■リプレイ

●夢の残滓
 薔薇のアーチに白壁、無数の窓を壮麗にライトアップした姿のまま、邸宅はケルベロスたちの訪問を待ちわびていた。
「さて、ハロウィンの後片付けです……が。何とも面妖な光景ですね」
 仮装の軍服のままホールへの扉を開いた鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)は、目の前の光景をどう表現するべきか迷った。
 正式名が長い為に茶っぷりんと呼ばれることとなった巨大プリンは、生み出されたホールの中でぼよんぼよんと巨体を跳ねさせながら自堕落に過ごしていた。
「いろいろ突っ込み入れたい所はあるんだけど、そもそもこれ植物扱いでいいのか……? なんか、ポテチとか喰ってるんだけど」
 加賀・マキナ(自由人・e00837)の冷たい突っ込みも、そこで止まる。
 突入したケルベロスたちに何ら興味を示さず、巨大なプリンの形をした植物生命体が、躰をぐばっと開いて全身でお菓子を貪っている。
 突っ込み切れる自信は、彼女にはなかった。
「よかった。今のところお菓子に夢中だね。あんまり積極的に人を襲うつもりはないみたい。それにしても……自分が温泉に入れなかったからってハロウィン当日に任務を持ってこなくたっていいのに……」
 ヘリオライダーへの苦言を呈し、眠たそうに目をこするのは長谷川・わかな(腹ペコアリスの珍道中・e31807)。ナノナノのくるりもまた、眠そうだ。
「まあまあ。此が今宵の夢の残滓と言うならば、小夜の言う通りお祭り騒ぎにて出迎えてあげるが筋と言うもの。楽しかった夢を悪夢に変えさせるわけにはいかんじゃろう? アメリア、いざという時はキュアを頼むぞ」
 端境・括(月神わいるどはんと・e07288)がそう諭す。話を振られたアメリア・ウォーターハウス(魔弓術士・en0196)も、二人のやり取りに微笑んで頷いた。
「了解した。任せてくれ」
 三人の脇でため息を落とすのは、サポートに来た機理原・真理。
「ハロウィンと言えばお菓子ですが、まさかこんな形のデウスエクスが出るとは思わなかったですね……これじゃ、みんなで一緒にお菓子を食べていても違和感なさそうです」
 わかなは不思議の国の少女を思わせる青いエプロンドレスに、括は月神アルテミスの衣装。急な任務に、こちらもほとんどがハロウィン仮装のままだ。
 見目では何が何やら、といった光景だった。
「ほんとに訳の分からんのが出てきたなぁ……とはいえ、俺は、デウスエクスをのさばらせる気はないぜ! パーティーをぶっつぶす輩は、オレ達がキッチリぶっ潰さないとな! っと、電気のスイッチ発見」
 パトリック・グッドフェロー(胡蝶の夢・e01239)が、ボクスドラゴンのティターニアを引き連れて。
 彼もまた、西洋風王子様の仮装をしたまま。邸宅の雰囲気にはやたらと合っている。
「ホールの天井は高く明かりも多い……中庭や他の部屋の照明も入ってきていますね。持参の照明は必要になったら使いましょうか。……さあ! ハロウィンはもう終わりです」
 気合を入れるフィルトリア・フィルトレーゼ(傷だらけの復讐者・e03002)の姿を見て、比良坂・陸也(化け狸・e28489)がくすりと笑う。大福帳に徳利を携え、狸の仮面をかぶったまま。
 じろりと向けられた目に、彼は手を振って意地悪く笑った。
「悪い悪い。いや、可愛い小悪魔の格好でそう言っても、あんまり説得力ないからよ……さて、孫も括も依頼で同行すんのは初めてだなー。普段の依頼でどんな様子なのか見させてもらうぜ。ところで……」
 お前は誰? と、陸也が目を向けるのは、その隣で、白装束に狐面をつけて佇んでいる男。仮面の向こうから覗く顔は、サポートに来た雪村・達也だ。
「せっかくのハロウィンに水を差すとは無粋なことだ。見知った顔も居る事だし、お手伝いさせて貰おうと思ってな」
 一方、何か因縁を感じさせる顔で、皇・絶華(影月・e04491)はプリンを眺めていた。
「うむ! 何とも健康的でパワー溢れそうなプリンではないか! 小細工を弄せず、堂々と待ち受ける心意気もまたよし!」
 その隣に、サポートの日柳・蒼眞を連れて。
「かつてうにうに達に些かなりとも関わった者として、うにうに達による被害の発生を見過ごす事は出来ない……故にこの戦い、助太刀させて貰う!」
 頷きあう二人。
 かつて絶華は、ヘスペリデスの召喚魔術とは全く別の経緯から、目の前のバケモノそっくりの何かを召喚した経験がある。
 その時は小型であったが、偶然にも同じ攻性植物を召喚する儀式を再現してしまったのか、はたまた収斂進化的に似た攻性植物を生み出す結果となったのか。
 彼自身にも二度と再現出来ぬだろう実験結果を前に、現代科学と魔術体系は沈黙するしかない。
 目の前の光景だけが、現実だった。
「行くぞ! 勇壮なるプリンよ!」
 絶華の叫びに合わせ、微妙にやる気になれない番犬たちが突進する。待ち受けるのは、ちょっと胃もたれ気味の巨大プリンだ。

●祭りの始まり
「なんか馬鹿げた絵面だなあ……さっさと終わらせるよ」
 マキナが言うなり、バールを投げつける。バールがチョコチェリー的な目玉部分に当たると、茶っぷりんも番犬たちに視線を向けた。
「わっふう!」
「うわ……なんか鳴いたし」
 それは、バールを投げた本人が眉をしかめる微妙な鳴き声。
「何すんだ、的な主張っぽいな。口はどこにあんだ?」
 そう言いながら、陸也も指先から炎を迸らせた。放たれる火炎に、焦げたカラメル的な香りが立ちこめる。
「おじーちゃん、熊神さま、くるり! 頑張ろうね! さあ、行くよ! 食べれないプリンなんて……だいっきらいだー!」
 ゴロゴロしていたのを邪魔され、怒る茶っぷりんが身構える。わかなの放った蹴りは、プリン状の躰に真正面からぶつかり……容易く貫通した。
「えー! 一発で崩れたー!」
 むしろ、弾かれるのではないかと覚悟していたらしいわかなの方が、驚いて転ぶ。
「おいおい。強度までプリン並か。どうすんじゃ、あれ。もう死んだのか?」
 絶華へルナティックヒールを掛けながら呟くのは、括。
 と、言う間に茶っぷりんはしゅるりと躰を再構築する。元通りに。
「なるほどの……グラビティ・チェインが尽きるまで、再生し続ける仕組みか。そりゃタフじゃよな」
 若干うんざりした感じのため息を落とす括。その支援のもと、絶華が突っ込んでいく。
「炎も蹴りも耐えて見せるか! ならばこちらは、その両方で勝負よ!」
 一人だけハイテンションな絶華のグラインドファイアが、今度はプリンを載せているグラス的な個所を叩き割った。
「む……? 軽いな」
 余りにも軽く割れる感触に、絶華本人が首をかしげる。
 続けざまに、パトリックが雷撃を帯びた刺突を繰り出した。これまた、再生を始めていたグラス部分は簡単に割れて飛び散る。
「硝子より柔いぞ……? おまけに、焦げ砂糖みたいな匂い……これ、飴硝子みたいなので出来ていやがるな? こいつ全身、お菓子かよ!」
 弾性の強いスライム状の敵かと思っていたパトリックの予測を斜め上に覆し、茶っぷりんがふんぞり返って迫ってくる。その身を回転させて飛び散らせるのは、抹茶の混じったカラメル的な何か。
 口に入ると普通に甘くて美味しいものが巻き散らされて、前衛に宿った加護が砕け散る。
「あぁ、べとべとにして……この会場も、目の前の敵も、片付けまで含めてハロウィンですね。回復と支援はお任せを」
 軍服の胴と腕を流体金属で覆い、奏過の星辰の加護が降り注ぐ。
 その支援を受け、弾けるのはフィルトリアのフロストレーザー。
「甘いひと時を惨劇に変えさせるわけにはいきません。ヘスペリデスの目論見は、私達が必ず阻止してみせます!」
 アメリアとサポートの仲間たちが、それに合わせて援護を放つ。
「どっちかと言うと、今こそ甘いひと時な気がしますけどね……」
 そう呟くのは、真理。
 闘いは、その甘ったるさを更に増して行く……。

●佳境
 長く激しい闘い。
 血の臭いの代わってホールに立ちこめるのは、甘く焦げた香ばしさ。
 破壊された家具の代わりに飛び散るのは、ひっくり返ったお菓子類……。
「あなたにはまだ罪はないかもしれませんが……この後の惨劇を許すわけにはいきません! 断罪いたします!」
 フィルトリアの拳が負の感情を吸い上げて、プリンの躰を砕いて散らす。
 対抗してすぐさま再生した茶っぷりんが、今度はフィルトリアの躰をプリンで包み込んだ。
「……くっ!」
 なぜプリンに包まれるとダメージがあるのか。グラビティだからという言葉以外で説明はつかないが、フィルトリアはプリンを内から破壊すると、息を切らせて距離を取った。
 その隣には、同じくぜいぜいと息を切らした番犬たち。
 精神的に追い詰められた掠れ声で、陸也が呟く。
「そろそろ回復だな……」
「いや、いい。俺が自分でやる」
 強張った顔で、それを止めるのはパトリック。冷気を放って敵を凍り付かせながら。ティターニアも共に、ブレスを吐きつつも、慌てたように身を翻そうとする。
「まあ、そう言うな。そっちは今、攻撃したばかりじゃねーか。さて……。『お前が新緑に染まるのは、緑の香りを運ぶため……とろける体にほろ苦い緑、緑は隠した甘さを伝えるの。トリック、オア、トリート』!」
 口ずさまれるお呪い。優しい香りと共に生まれ出るのは、抹茶味のクッキー。それは前衛に降り注ぎ、一口食べれば躰のダメージはみるみる回復する……が。
 パトリックはうんざりとした顔だった。
「ああ、くそ……美味いんだけど……甘いんだよ……」
「だなあ……喉、乾いてきたよな。敵の攻撃まで甘いからよ。くどいんだよな」
「塩気も欲しいが……その辺に散らばってる煎餅やポテチは喰うなよ。奴め、周到に罠を仕掛けておった」
 括もまた汗を拭い、ごくりと唾を呑み込みながらも、アルテミスの仮装の矢を燃やし、熾炎業炎砲を放つ。
 食べ残しのチップスや煎餅は放っておいてもまた食べられるため放置されているが、飲み物は全て片付けられていた。
 甘みは喉の渇きを呼び、甘さに飽きて塩気のあるものに手を出せば、喉は更に渇く。
 計算か、本能か。
 茶っぷりんは、ケルベロスたちを喉の渇きに追い詰めたのだった。
「いやあの……戦闘不能者ゼロ、ダメージも大してないしで、戦闘は全然問題ないんだけど。そろそろこいつも体力尽きるでしょ。畳みかけるよ」
 だからなんだ、と、ばかりにマキナは降魔真拳でぐしゃぐしゃとプリンを叩いている。
 身を苛む衝動と喉の渇きを抑え込みつつ、奏過もまた身構える。
「息をするだけでむせ返るほど甘い香り。喉が渇きますね……まさか戦闘中に持参の酒を飲みたくなる事態になるとは……鬱積した衝動を叩きつけられるだけ、マシと思いましょう」
 ぶるぶる震えてマキナを払う茶っぷりんを、稲妻に似た痺れの鉄鎖が縛り上げる。奏過の、不和雷縛。
「動きが止まった! 行くぞ!」
 達也の合図で、アメリアやサポートの面々がそこに向けて攻撃を集中する。
 その正面に仁王立つのは、因縁の主。
「茶っぷりんよ! そろそろ決着だな……ただ甘いだけでは人々にパワーを与える事はできんのだ! お前には圧倒的なパワーを与えるチョコを追加してやろう!」
「わっふう?」
 光り輝く秘密道具のように絶華が取り出したのは、ブラックホールを想わせる、悍ましい黒球だった。
「あれは! みんな、離れるんだ……!」
 蒼眞が叫ぶ。全員が、言われるまでもなくそれから距離を取る。
「さあ! 文字通り、たっぷりと喰らうがいい!」
 べしゃっとぶつかった黒球は潰れ、甘い匂いが引いていく。黒塊は、消臭剤になったコーヒーの出涸らし的な効果をもたらしたようだ。
「わっふう!? わっふう!」
 茶っぷりんは悲鳴を上げて身悶えした。汚いものをなすりつける小学生的な動きで必死にパトリックに擦り寄っていく。
「うわっ! くんなよ! 俺たちに助けを求められても困るって! そもそも、もう街はとっくにクリスマスモードだぜ! とっとと消えろ!」
 冷気を帯びた刀身に弾かれ、転げまわりながら泣きだす茶っぷりん。結局、得体のしれない汚染物質を投げつけてきた相手に怒り狂い、焼き菓子に見える何かを投げつけ始めた。
「なにぃ! くっ、しまった……! チョコのパワーが却ってこいつを強化してしまったか……! 私としたことが、敵を増強させてしまうとは、何たる不覚!」
「わっふう! わっふう!」
 泣きながら焼き菓子でべしべし叩き続ける茶っぷりん。
 痴話喧嘩っぽくなってきた戦闘を、なんとなく遠巻きに眺める面々。
 困った顔で、近寄ったのはわかなだった。
「あの……自分の味に自信があるんだね。だから、変なのぶつけられて嫌だったんだね?」
「わっふう! わふう……」
 答えはイエスっぽかった。
「そう。じゃあ……闘いが終わったら、あなたのこと、みんなで美味しく食べてあげるからね。泣かないで」
 とりあえずといった感じで、わかなが汚れた個所を槌で払う。黒いものは落ち、茶っぷりんは再生して元通りとなった。
「わっふう! わっふう……」
 喜んだ茶っぷりんが、跳ねる。
 そして大きな目玉が閉ざすと、魔法が解けるように安らかな感じで目が消えていった。
「……」
 仕切り直しかと、全員が身構えたまま、数秒の時が過ぎた。
「……あ? 動かねーぞ?」
 陸也が呟く。巨大プリンは、微動だにしない。
「え? まさか……」
 これを立往生、というのかどうかはわからない。
「死んでるー!」
 そこに残ったのは、命が抜け、聳え立つ抹茶プリン・アラモード。
 茶っぷりんは、事切れていた……。

●二次会
 なんだかわからないうちに、闘いは終わった。
 それぞれがハロウィンパーティの為に持ちよっていたお菓子もあるし、会場のヒールも終えた。
 超巨大な抹茶プリンらしきものも、丸々ホールに残っている。
 となれば、冷蔵庫にあった飲み物を失敬して、二次会をするくらいのことは見逃されるだろう。
「因縁の相手だったみたいなのに……ごめんなさい! なんか、最後に小突いたのがとどめになっちゃったみたいで……」
 そう頭を下げているのは、わかな。謝られた絶華の方は、特製らしい青汁を掛けた抹茶プリンを食べながら、首を振った。
「気にしないでくれ。奴を最後の最後で、もっとパワー溢れるプリンとしてしまったのは、私の失策だ。しかし手強くも、堂々とした敵だった……冥福を祈ろう」
 そう言って彼は、聳える抹茶プリンへ目を閉じる。
「さて。戦後処理も終わったから……帰るか。明日は平日だし。一緒に、先に帰る人はいる?」
 なんかもう、疲れた。といった感じで邸宅の門を開けるのは、マキナ。
(「うにうにの脅威は去ったか……だが、いつの日か『もっとパワー溢れるプリン』が生み出されるかもしれない……その時、また……」)
 蒼眞はマキナに続き、邸宅を後にする。その隣に加わるのは、達也。
「俺も消えよう。邪魔をするのも、悪いしな……」
 彼らは、ちらりと視線を交わしあって十月最後の夜に消えていった。
「残って、一緒に食べれば良いと思うのですが……私は抹茶味、嫌いじゃないのです」
 真理がプリンを口にしながら、立ち去る背を見送る。アメリアが、それに笑って。
「和やかな雰囲気が苦手な者もいるさ。明日が平日なのも事実だし」
「俺もせっかくなら楽しんでいけばいい、とは思うが。ま、そこは個人の自由だ」
 茶っぷりんの残骸から、ひょいひょいとおたまで皿にプリンを取り分けて、仲間に手渡しているのは、陸也。
「わざわざ作り直さなくても、フツーに美味かったぜ、これ。喰って供養といこうじゃねーか」
 もぐもぐと頬張る陸也から、パトリックが一皿受け取って。
「しかし一体、どこが植物なんだこいつは……このグラスの辺りなんかも飴硝子そのものだが。ていうか普通、こんな巨大プリン自重で崩壊するよな? なんでもありだな、もう」
 その足元では、ティターニアとくるりがもぐもぐと飴硝子を頬張っている。
「多分、味も形も全て植物由来の何かで抹茶プリンを再現しとるんじゃろう。ほれ、目の上に生えていたのは、茶葉っぽいぞ。それに、残骸をさっきから調べておるが、モザイクもなかったしな」
 括はそう言って茶葉を刻んで入れた茶を、皆に配る。一人、それを断ったのは奏過。手に持ったグラスを、揺らして。
「私には、お酒が一番ですから。この敵の正体は気になるところですが、とりあえず今は、皆さんお疲れ様です」
 お疲れ様と言い合って、隣に座ったフィルトリアが、持参していたお菓子の小袋を奏過と交換する。
「モチーフとなったものを再現し、背負った目的をひたすらに繰り返す……ドリームイーター的ですよね。攻性植物でありながら、その特徴を色濃く受け継いだ感じでした」
 敵は『美味しい抹茶プリンであること』から一歩も外れようとしなかった。まるでそれが存在理由であるかのように。
 真逆に、攻性植物としての特性を色濃く受け継ぎ、形だけを模した不味い個体もいたのだろうか?

 謎と共に夜は更けて、ハロウィンが終わる。
 悪夢へと変貌しつつあった夜を正し、ケルベロスたちは和やかなひと時を分かち合った。
 謎と夢に満ちた夜を超えた彼らの前に、次に現れるのは、果たして……。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 8
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