暴虐の暗緑

作者:内海涼来

●力、弄ぶもの
「こそこそ隠れてねぇで出てきやがれ!」
 茨城県かすみがうら市の、とある工事現場。
 白昼のただなか、コウジは仲間の少年五人と共に、建設途中のビルに向かって叫ぶ。
「ギャンギャン騒ぐな! 抗争に負けたヤツが耳触りだぜ?」
 鉄骨の陰から現れた少年達に、小馬鹿にされたコウジは木刀を握り締め、
「うるせぇっ! 優太さんと仲間達の仇討ちだ!」
 声を張り上げれば――脳裏によみがえる凄惨な記憶。
 グレて家出したコウジに、荒っぽいながらも対等に接してくれた優太と、チームのメンバー達。それがあんな――むごい殺され方をして。
 ぎり、と歯噛みしたコウジだが、
「オレを相手に仇討ちだと?」
 ひときわ不快で耳障りな声が頭上から聞こえて見上げたとたん、その身体は大きな樹影に隠されてしまっていた。
 仲間を押し退けるようにして現れた眼前の大樹――否、樹と融合した姿の若い男の姿を前にして、コウジの歯の根は合わなくなる。
 けれど。
「ゆ、優太さんと、仲間達の仇!」
 恐怖に抗い、駈け出したコウジだが――ヒロトの左手に咲いた花へと木刀の切っ先が触れるより前に、破壊光線がその身を貫いていた。
「コウジ!」
 血溜まりのなか倒れたコウジの姿に踵を返そうとした少年達だが、その身体は次の瞬間、ヒロトの足元から地ごと侵食していった空間へと、埋葬されるかのように呑み込まれてしまう。
「ギ―――ャッハッハァッ! 仇討ちだァ? このオレに指一本触れられもしねぇじゃねぇか!
 カスが数集まったって、所詮はカスでしかねぇんだよバ―――カ!」
 物言わぬコウジの骸を蹴り上げたヒロトの頬が、なおいっそう醜く歪み、
「さあ、次はどいつを殺ろうかなァ?」
 舐め回すように四囲を見回す瞳には、もはやひとかけの正気さえ残ってはいなかった。

●若者の街にて
「茨城県のかすみがうら市といえば、ここ数年で急激に発展した若者の街っす。でもここで最近、血の気の多すぎる若者のグループ同士で、抗争事件が頻発してるようっす」
 どこから見てもイケメンなルックスからは想像もつかない下っ端口調で、ヘリオライダーの黒瀬・ダンテは話を続ける。
「これが単なる若者同士のグループ同士の抗争なら、皆さん達ケルベロスが関わる必要はないっす。でも――そのなかにデウスエクスである攻性植物の種を体内に受け入れ、異形化したものがいるとなれば、話は別になってくるっす」
 どういうことだ、と顔を見合わせるケルベロス達に、ダンテは、攻性植物の種を受け入れたヒロトという青年に、リーダーと仲間を殺されたコウジと五人の少年達が仇討ちへと赴くものの、返り討ちにされてしまう――という自分の予知を語ったあと、
「でも、ケルベロスの皆さんがコウジさん達より前にヒロトさんに接触し、彼を倒してしまえば、コウジさん達を救うことができるっす!」
 力を貸してくださいっす! とキラキラした目を向けてきた。
 ……ならば敵の出方は、と、尋ねたケルベロスのひとりに、ダンテはぴしっ、と背筋を伸ばして再び口を開く。
「攻性植物となったヒロトさんは、大きな常緑樹に取り込まれて、顔だけ幹に浮かんでいるような姿になっているっす。
 ヒロトさんは右腕を蔓みたいな触手に変形させて相手を締め上げる攻撃の他にも、足を大地と融合させ、戦場を侵食させて敵の群れを呑み込んだり、左手を光を集める花に変形させて、そこから破壊光線を放つ攻撃を仕掛けてるっす。
 それから戦場となる工事現場っすが、三階建てのビルと駐車場を作る途中で、工事がストップしてしまった感じっす」
 どうやら若者グループの根城になったことで、恐れをなした関係者は怖がって昼日中でも近寄ってこないことをダンテは付け加えてから、
「それと、ヒロトさん以外のグループの若者達はただの人間なので、皆さんの脅威には全然ならないっす――むしろ攻性植物と皆さんが戦い始めれば、勝手に逃げていくっす」
 その辺は心配しないで大丈夫っす、と笑いかけた、そのときだった。
「仲間をたいせつに思う気持ちまで嘲笑うデウスエクスは、だいっきらい」
 ぽつり、と小野寺・蜜姫が呟く声がしたのは。
 しかし次の瞬間、ついこぼれていた本音に蜜姫は頬を真っ赤にしながら、紅い目をきっ、ときつくとがらせて、
「あたしたちケルベロスは、絶対に負けないんだから! みんな、頑張ろう!」
 うさぎをかたち取った、ピンクの愛らしいバイオレンスギターを鳴らしていたのだった。


参加者
結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)
ゼロアリエ・ハート(妄執のアイロニー・e00186)
ワルゼロム・ワルゼー(枢機卿・e00300)
レティシャ・アーティライト(シャドウエルフのミュージックファイター・e00441)
結城・渚(シャドウエルフの刀剣士・e05818)
湯島・美緒(サキュバスのミュージックファイター・e06659)
馬鈴・サツマ(小物臭漂う植物使い・e08178)
コール・タール(略奪者・e10649)

■リプレイ

●機先を制し
 ヘリオンへと吹き上げてくる風が、赤茶色の髪を勢いよくかき上げた。
 目を隠すゴーグル越しに、コール・タール(略奪者・e10649)はかすみがうら市を一眸すると、寸刻すら惜しむように跳躍する。
「落ち着いた?」
 湯島・美緒(サキュバスのミュージックファイター・e06659)はちら、とバイオレンスギターを小野寺・蜜姫(ウェアライダーのミュージックファイター・en0025)へと見せる。焦りは禁物、と言外に語っていた歌を思い出したのか、ちいさくうなずいていた彼女を見、美緒もまたひらりと外に飛び出していた。
 仲間達が地に足を着けるより早く、いの一番にコールは駈け出す。そんな彼に引っ張られるように、ケルベロス達も走り出していたが――
(「う、うう……不良の若者グループとか、ただでさえ怖いのに、その上攻性植物ですか……」)
 結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)の身の内でざわざわとはしる震えが、色が白く抜けたたてがみへと至る。それを感じながら、彼は思わずぎゅっ、と目をつぶってしまっていた――が。
(「怖い、怖いですけれど……それでも、俺達がやらなきゃ、ですよね」)
 瞼を開くと、震える足で己を叱咤するように歩を踏み出していた。
 ほどなくして辿り着いた工事現場で、白昼のただなか、鉄骨が剥き出しになっているビルをケルベロス達は見回し、コウジ達の姿が未だ無いことにまずは安堵する。
 それと同時に、ビルの奥から聞こえてきたのは。
「うっぜぇガキがいきってたチームも潰したし、次はどいつを殺ろうかァ? ヒャーッハッハァ!」
 下卑てうるさい男の声と、それに追従するような――けれど、恐怖を何とか押し殺そうと揺らいでいる笑い声だった。
「なんていうかー……ちょーっとココロが荒れたヒトが力を持つと……こうなっちゃうんだねぇ」
 黒いコートの裾をひるがえし、ゼロアリエ・ハート(妄執のアイロニー・e00186)が駈け出せば、
「ふむ。異形の力を得て、いよいよ道を踏み外すか……」
 どうしたものかと値踏みの一瞥ひとつ投げかけてから、ワルゼロム・ワルゼー(枢機卿・e00300)は殺気を四囲に放ち、その後に続く。
「たのもーっ!」
 ゼロアリエの明るいその声に、
「あん? 誰だァ、てめえらはよォ。オレに殺されに来たのかァ?!」
 鉄骨のなか生えたように見える、大きな常緑樹――ヒロトがぐるりと振り向いた。
 無機質なビルのなか、固そうな幹に浮かぶヒロトの顔は、殺戮を楽しむ不快な笑みを浮かべている。それが余計に、目の当たりにしている光景の奇妙さを際立たせていた。
「殺戮に溺れたら、最早人ではないわね。容赦なく討伐するわ、謝っても遅いから」
 レティシャ・アーティライト(シャドウエルフのミュージックファイター・e00441)が気の強そうな青色の目を向けると、
「そんなカッコつけた台詞ほざいたって、殺さないで、って泣いてすがるのはそっちのほうだぜ、お嬢ちゃんよォ!」
 ヒロトが蔓草状の触手と化した右腕を突きつけてきた。
「ほんと、頭弱そうね……」
 呟き、結城・渚(シャドウエルフの刀剣士・e05818)は二振りの斬霊刀を手に微笑む――ヒロトを変えた入手した攻性植物の種、その入手手段が変わっていればいるほど楽しめる、というかのように。
「その手にした力が攻性植物とあれば、黙って見過ごせなくてね」
 不肖の誹りを受けようとも、攻性植物を研究する家門に生まれた者として。その思いは口にしなくとも、馬鈴・サツマ(小物臭漂う植物使い・e08178)の表情からは、先刻までのヘラヘラした笑みは失せていた。
「さァ! どいつから殺ってやろうかァ!」
 ヒロトの耳障りな雄叫びをしおにケルベロス達は馳せ、敵を取り囲むように散開する。

●立つ背を押す音
「行くぜェッ!」
 突進してきたヒロトの姿に、レオナルドの黒い瞳には刹那、怯えの色が色濃く浮かぶ。
 しかし、その口から発されていたのは。
「お……俺達はケルベロスです、巻き込まれたくなかったら、皆さん、早く逃げてください……っ!」
 早く遠ざかりたそうにそわそわしている、ヒロトの取り巻き達にかけられた声だった。そして彼の言を聞くなり、彼らはこれ幸いと蜘蛛の子を散らすように駆け出していく。
「おい、何処へ行きやがる!」
 ヒロトの怒声を無視して逃げる彼らの視界の端を、ふぁさ、とかすめていたケルベロスコート。
「まずはオープニングナンバー、ハッピーに行きましょう!」
 白のシースルードレス姿の美緒が明るく楽しい歌を奏で、嫌なことにも耐えて、前に向かいましょうと仲間を鼓舞すると、
「……こうなってしまってはな」
 人であることを棄てたものにこれ以上、一般人を――特に、仲間の仇討ちを果たそうとするコウジを手にかけさせはしないと、ワルゼロムが禁縄禁縛呪を仕掛けていた。
「――静かなる獣よ、その赤き瞳で、狂気を引き出せ――」
 大声での詠唱の後、コールが背負っていたバスターライフルから赤いエネルギー球を上空に発射する。その光を浴びたゼロアリエが、
「コウジ達を巻き込むわけにはいかないし、さっさと済ませないとね!」
 鉄塊剣に地獄の炎を纏わせ、ヒロトへと反撃のブレイズクラッシュを叩きつけたが、すぐさまその細い身体に蔓触手が絡みつき、ぎりりと締め上げてきた。
「このまま逝っちまえッ!」
 しかし、意気込むヒロトがさらに力を加える前に、
「ご自慢の力、こっちにももっと見せて!」
 渚がシャドウリッパーで、蔓の一端を掻き斬る。
「速攻でいきましょう、正直あのクズをいつまでも視界に捉えたくないもの」
 立ち止まらず戦い続ける者達の歌を、レティシャがバイオレンスギターで奏でて仲間達を奮起させると、
「攻性植物の種、か――どこで、どうやって手に入れた?」 
 ツルクサの茂みのごとく手を変形させ、幹を締め上げようと伸ばしたサツマがヒロトにそう尋ねていた。
「フン、そんなん知って何かイミあんのかよ。てめぇらなんざ、もうすぐあの世行きになろうってのによォ!」
 己が得た力と似通ったグラビティを見せつけられ頭に来たのだろうか、ヒロトはのしのしと肩をいからせ歩み寄り――レオナルドの前で歩を止める。
「なんだよ、ビビってンのかライオンちゃん? せっかくのいいガタイが宝の持ち腐れだなァおい?」
 見下すようにガンを飛ばしてきたヒロトを前に、警鐘をかき鳴らすような忙しない鼓動が耳を打ち続けている。
「あんな声かけしておいて、逃げたいのは俺もなんですけど――いえ」
 それでも、レオナルドは震える手で握り締めたゾディアックソードをヒロトの顎先に突きつけ、
「あなたのことだって怖ろしいですが……それとこれとは、話が別です……!」
 星座の重力を剣に宿した一撃を繰り出していた。
「よーっし! 俺だって負けてはいられないよね!」
 その幹、芯ごと砕いてやる! とゼロアリエは触手の付け根を狙って破鎧衝を撃ち込む。
「そこまで刃向かうンなら、いたぶり尽くして殺してやろうかァ!」
 声高らかに言い放つヒロトの眼に宿る、あきらかな狂気。
「さっきの男の子ら、意地張んねぇで逃げてくれて良かったな――それはそうと、自然の力を悪用するなんて、おら許せねぇだ!」
 持ち歌を披露する機を伺う、山彦・ほしこの後ろで、
「……こういった手合いを逃しては、始末に負えんことになるのう」
 させんよ、と仮面の下の緑の目を細め、ワルゼロムは己が腕を見せつけると――ハエトリグサの形態を取った攻性植物をヒロトへと喰らいつかせていた。
「次の曲にいくわね、ブラッドスター!」
 仲間の傷を癒そうとする、美緒の歌声が戦場へと響き渡る。
 しかし、決着の刻を未だケルベロス達は引き寄せるには至っていない。

●意志の力
 かすみがうら市で起きている若者グループの抗争のさなか、攻性植物と化して暴れるものが出たと聞き、駆けつけていたケルベロス達。そのひとりであるヒロトを早く倒すべく、彼らの戦いは続いている。
「今まで好き勝手楽しんだのでしょ? そして今日が、全ての報いを受ける時よ」
 レティシャは冷徹な視線をヒロトへと投げかけざま、掌からドラゴンの幻影を放つ。
「さっきから聞いてりゃ、クソ生意気なコトばかり抜かしやがって!」
 左手に咲いた花に光を集め、破壊光線をヒロトが放って反撃する。しかし、頬をかすめたその一撃にレティシャは怖じることなく、敵を睨みつけていた。
(「……正直、コウジさん達の生き方は立派なものじゃないかもしれない。けれど」)
 凜として面倒見のいい姉、活発な妹――もし、誰よりも大切な姉妹を殺されたら、自分もきっと復讐を誓うだろう。
 そこで、コウジに共感できるところがあるからこそ。
「あなたのようなクズに、もう誰も倒させないわ」
 決意の言葉を、レティシャはヒロトに投げつけていた。
「吹かしやがって!」
 それを聞くなり、ヒロトは両の腕を向け威嚇してくる。その醜悪に歪んだ顔を視線をゴーグル越しにしかと見据え、
(「ふざけるな」)
 ヒロトと――若者達に危ないことをさせた、顔の分からない誰かへと向けるように、コールは古代語の詠唱と共に魔法の光線を放っていた。そしてその瞬間、コールの内奥深くに秘められていた静かな怒りのほんの一部が吐露されていたように感じたレオナルドが、
「お……俺に立ち向かう勇気を!」
 二口のゾディアックソードを構えて星天十字撃を浴びせれば、天地を揺るがすような重い一撃に、ヒロトが顔を歪める。
 蜜姫の「紅瞳覚醒」が鳴り止むより先に、黒い袂がひらりと舞う。次の瞬間、渚の呼び寄せていた『御業』の放った炎弾は、敵の真っ正面に着弾していた。
「ほら、もっと頑張れるだろ。さっきの勢いはどうしたのよ? ――もっと楽しまないと」
 その頬に浮かぶのは、ニコニコと気持ち悪いほどのいい笑顔。それを目の当たりにしたヒロトの瞳につかの間、怯懦の色がちらりとかぎろう。
「素人が、何も知らずにロクでもないものに手を出したな」
 そのツケの重さも知らずに、と独りごち、サツマは敵の左腕の付け根へと痛烈な一撃をお見舞いすれば、ワルゼロムもバトルオーラをまとう拳で、ヒロトを吹き飛ばしていた。
「さっさと決着つけちゃってね!」
 メイド服のスカートをひるがえしながら橘・芍薬が妖精弓の弦を引き絞り、祝福と癒しを宿す矢を仲間達へと放てば、
「キミも楽しんでるー? 良かったら、俺とも遊んでよ!」
 不遜に過ぎた余裕が失われつつあるヒロトを煽る声をかけ、ゼロアリエは内蔵モーターでドリルさながらに回転させた一撃を鼻先へと叩き込む。
「ざけんなァッ! てめぇら、まとめてあの世に送ってやんよォ――ッ!」
 地団駄を踏んだヒロトの足は大地へと融合し、常緑樹の根が侵食を始める。それはケルベロス達を飲み下そうと貪欲にうごめくが、
「ち……ちょっと恥ずかしいですが……えいっ!」
 サキュバスの濃縮した快楽エネルギーから生じた霧の桃色に、内気な美緒の頬が染まるのをちらりと見、
「私もサポートに回るわ! さっさと決着をつけてしまいましょう!」
 レティシャが歌い上げていた、生きる事の罪を肯定するメッセージ。
「……ねえ、ヒロトちゃんは楽しくないの?」
 今更楽しんでないなんて、つまらないこと抜かさないでね――と語りかけるように。
 渚は口の端を吊り上げると、空の霊力を帯びた斬霊刀で、ヒロトの腕の付け根に刻まれた傷跡を正確に斬り広げていた。
「ギャァァァァッ! てめぇわざとやりやがったなッ!」
 闇雲に蔓触手の腕を振り回すヒロトに、コールはリボルバー銃を構え、目にもとまらぬ速さでその腕と足とを撃つ。痛みにのたうつヒロトを、レオナルドは――焦点をしっかと合わせて見つめていた。

●命の在り処
「哀れ、ですね。あなたは力を得たんじゃない。ただ、力ある植物に振り回されているだけの、哀れな肉塊だ」
 ガクガクする足に力を入れて何とか踏ん張って、そう語りかけた後、
「言ってくれるじゃねぇか、ビビリライオンのクセに!」
「あなたは倒します。これ以上、恐怖が撒かれないように!」
 地獄化し、高鳴る心臓からの勇気を糧に、レオナルドは拳を繰り出す。
 続けてレティシャが紡いでいたのは、絶望しない魂の歌。それを断とうとするように、ヒロトの光花植物が破壊光線を放つ――が。
「でかした、樽タロス」
 ワルゼロムのミミックがケルベロス達を庇っていた。
「昏き深淵より来たれ、死王の眷属、共に贄を九泉之下へと誘わん! ファントムディザイア!」
 周囲に呼び寄せた負の霊魂を、ワルゼロムはヒロト目がけて文字通り驟雨のごとく打ちつけると、
「ひっ……や、やめろ、こっち来んなーッ!」
 欲望のまま襲いかかってきたものたちに、ヒロトの口から絶叫がほとばしっていた。
「あともう一息よ。みんな頑張って!」
 芍薬が果実から発した聖なる光を向けると、
「響け、こだまを返す峰のように! 山彦の追憶!」
 ほしこは十八番の持ち歌を披露し、仲間を浄化していた。
「こういうの……因果応報、って言うんだよね?」
 首をかしげながらブレイズクラッシュを叩き込んだゼロアリエに続き、間合いを取った渚も熾炎業炎砲で追い打ちをかける。
「し……死ぬのか? オレ、死ぬなんてごめんだぜ?」
 恐怖に大きくよろけたヒロトの身体を――捕らえていたのは、サツマの手。
「バックを取ったぞっ! 行くぜ、芋掘り式・殺神バックドロップ!」
 芋掘りで鍛えた足腰のバネを活かし、サツマはヒロトを引っこ抜くように持ち上げる。
「ひっ、な、何をしやが――た、頼む、殺さないでくれェェッ!」
 そのまま、双の掌から豊富なグラビティチェインを流し込みつつ、勢いよくヒロトの頭を垂直に地へと叩きつければ――それがヒロトの致命傷となっていた。
 歪んだ顔、恐怖に見開かれた眼、そして――攻性植物に取り込まれた姿のままの遺骸。思わず溜息を呑み込む音が、ケルベロス達の間からかすかにこぼれるなか、
「もう終わっちゃった」
 ボソリと渚が呟いたのをしおに、コールが身をひるがえした、そのときだった。
「こそこそ隠れてねぇで出てきやがれ! 優太さんと仲間達の仇、このコウジが取ってやる!」
 木刀を手にした少年の声が、工事現場に響きわたる。
「――って、あれ……?」
 視界に入った先客、そしてなによりヒロトの死骸を見つけたコウジと少年達が、呆気にとられて立ちすくむ。それに気づいた美緒が事情をたどたどしく説明し、あとはサツマにお任せ、と目配せすれば、
「コウジさんっすね?! いや、申し訳ないっす! 仇討ちの機会を奪ってしまって!」
 下っ端感全開のものすごい勢いで、サツマは頭を下げていた――仇討ちに出ようとした思いは分かる、と気持ちを込めながら。
「……え、でも、なんだってアンタら、ヒトのケンカに横槍入れてんだよ?!」
 その剣幕にレオナルドが思わず首をすくめていた、その横で。
「友達のコトは気の毒だったけど……でも、こんな危ない世界からは、早く出た方がいいよ」
 俺達が来なければ、君達は命が無かったんだし、とゼロアリエが告げる。
「グレたあんたを、優太さんは対等に接してくれたんでしょ? なら今度は拾った命を大事にして、あんたが彼の分まで立派に生きるべきよ」
 レティシャが重ねた言に、コウジはまだ納得していないような面持ちを見せるが、
「ぐだぐだ煩い! あんた達が仲間の分まで生きる以外に、選択肢はないのよ!」
 凜とした風を吹かせながらの渚の一喝に、彼らの背筋が伸び――しばし、黙したあとで。
「いつか……あんた達の横槍に、感謝できる日が来んのかな……?」
 コウジはぽつりと呟き、仲間達と共に踵を返していた。
「……さて」
 遠ざかる背を見送るワルゼロムの思案顔をちら、と見遣ってから、
「ヒロトの取り巻き達を探しに行こうか――種の入手先にかすみがうら市の様子、聞きたいことは山ほどある」
 コールはリボルバー銃を手に、道路の先へと視線を転じる。
 ひとつの事件は決着をみたが、これはまだ、ほんの爪先程度に過ぎないのではないか――そんな思いを抱え、ケルベロス達は陽光降り注ぐ工事現場をあとにしていたのだった。

作者:内海涼来 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年9月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 9
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