あるアパートの一室。
「ああ、きもちわるいきもちわるい。あの課長なんなのよ」
OLの玲子は玄関の扉を閉めるなり、身震いして見せた。
「たく、課長。やたらと隙を見て私の手に触ってきて! 手がベトベトしてるつーの!」
玲子は叫ぶ。
「ああ、あの、ベトベトした手、キモイ! あの感触、思い出しただけでじんましんでそう! はやく手を洗わなきゃ!」
次の瞬間、彼女の前に緑の髪の女が立っていた。両肩から翼を生やした女。翼にはモザイクがかかっている。
その女は「あはは」と笑い鎌の切っ先を玲子の左胸に突き立てた。
「私のモザイクは晴れないけど、あなたの『嫌悪』する気持ちもわからなくはないな」
玲子は倒れた。驚く暇すらなく。
玲子の胸からは血は一滴も出ない。
その代わりに、人型の異形が生まれた。肥満体の男の姿をしている。下半身にはスラックス。上半身は裸。顔も胸も腹も、全身が粘り気のある汗でべっとりと濡れている。
その異形が歩く。足の裏から出た汗が床についてネチャアァと糸を引く。
「ぶへへ」
異形は笑う。べたべたした手で玄関のドアノブを掴み、外へ出る。
「ぶへへへへへへへ」
低い笑い声を出しながら、ネチャ、ネチャ、音を立てつつ異形は廊下を歩く。体液まみれの体が廊下の灯を反射して光っていた。
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は、ケルベロスの前で、ハァとため息をついた。
「手がべとべとなのは……体質だから仕方ないかもしれないですが……気持ち悪い、と感じることもありますよね」
そして、セリカは説明を始める。
「その気持ちの悪いもの、苦手なものへの『嫌悪』を奪って、事件を起こすドリームイーターがいるようなのです。
『嫌悪』を奪ったドリームイーターは既に姿を消しているようですが、奪われた『嫌悪』を元にして現実化した怪物型のドリームイーターにより、事件を起こそうとしているようです。
被害が出る前に、このドリームイーターを撃破して下さい。
倒す事ができれば、『嫌悪』を奪われてしまった被害者も、目を覚ましてくれるでしょう」
ドリームイーターが出現するのは、あるアパートの一室。
「ドリームイーターは出現してすぐに、アパートの廊下に出ようとします。なので、廊下でドリームイーターを迎え撃ってください」
幸い、廊下は無人。戦闘中に、一般人がやってくることもない。
ドリームイーターは、上半身裸の男の姿をしている。肥満体。全身から汗を分泌している。その汗はベトベトネッチョリと粘り気がある。
このドリームイーターは戦闘では、次の技を使う。
追撃効果のある頑健の体当たり。
ベトベトした体で抱き着くことで、近単の相手の体力を吸い取る頑健の攻撃。
身震いすることで、体中のベトベトした汗を飛ばし、遠列の敵にプレッシャーを与える敏捷の技。
勝てない相手ではないが、弱くはない。そのうえ体液の気持ち悪さは、この上ない。
セリカは両腕で自分の肩を抱き、軽く震える。
「……説明していて……気持ち悪くなってきました」
けれど、声を振り上げる。
「でも! 他人の気持ち悪さを奪って、ドリームイーターを生み出すことを、見過ごすことはできません。
上半身裸で、ベトベトネチョネチョで大変とは思います。――でも、皆さんなら、勝てる。絶対勝てる。私はそう信じてます!」
参加者 | |
---|---|
シルフィリアス・セレナーデ(魔法少女ウィスタリアシルフィ・e00583) |
幌々町・九助(御襤褸鴉の薬箱・e08515) |
ベルモット・アルカール(うさみみ螺旋メイド・e16802) |
神坐・咲楽(サキュバスの巫術士・e22842) |
ヴァーノン・グレコ(エゴガンナー・e28829) |
月島・彩希(未熟な拳士・e30745) |
ピニオン・クロックワーク(クロックワークシスター・e31986) |
十六夜・琥珀(トロイメライ・e33151) |
●あれに触らないといけないの?
アパートの廊下に、
「ぶへへへへ」
人型の異形の笑い声が響く。異形は上半身裸で、全身が光っている。多量の汗をかいていて、それが照明を反射しているのだ。汗は粘っていて、足の裏と床とで、ネチャァと糸を引く。
異形の顔のところどころにモザイク。異形は、今回の敵、ドリームイーター。
そのネトネトドリームイーターの前に、黒いロリータドレスのシルフィリアス・セレナーデ(魔法少女ウィスタリアシルフィ・e00583)と七人が立ちはだかった。
シルフィリアスは回転しつつ、
「魔法少女ウィスタリア☆シルフィ参上っす」
と魔法少女の姿へ。紫の髪とミニスカートの裾が揺れた。
幌々町・九助(御襤褸鴉の薬箱・e08515)は杖を左手で構えつつ、
「体質的なことは、お互いに気をつけられるのがベストだと思う、が……お前は手汗緩和の努力してる人らを踏み躙る『嫌悪』だなあ!! ちゃっちゃっとお引き取り願うぜ!!!」
語気を強めて宣言。
ピニオン・クロックワーク(クロックワークシスター・e31986)は身震いする。
「踏み躙るっていうか……と、とにかく、き、気持ち悪い……あれに触らないといけないの? マジで? ってこっちくる!」
ピニオンの言葉通り、ドリームイーターがこちらへ駆け出してきていた。粘液をボタボタ垂らし、距離を詰めて来る。
ピニオンは足を半歩前に出し、迎撃態勢をとる。
●視界に入れたくもありません
先手を取ったのはドリームイーター。
ドリームイーターの手が、前衛の十六夜・琥珀(トロイメライ・e33151)に迫る。べしゃべしゃ! 琥珀の顔が汗まみれの手に撫でられた。琥珀は大慌てで後ろに下がる。
「ひえええええ! きもちわるーい! ううっ……でも」
琥珀はウィングキャットのそらの顔を見た。琥珀を見守ってくれているかのような目。琥珀は顔を上げ、表情を引き締めて、
「でも頑張ろう! いくよ! 『Hit the Bull's-Eye!』」
琥珀は風を吹かせる。『No.3 Bull's-Eye』声と風で皆を鼓舞する。そらも背中の羽を動かし、皆を支援。
神坐・咲楽(サキュバスの巫術士・e22842)にも支援の力は届いていた。
咲楽は足元のミミックに視線を向ける。
「お願い!」
ミミックは、咲楽の声に応じて顔をドリームイーターへ向けた。黄金をまき敵を牽制。
咲楽自身は、手をたわわな胸の前で組む。祈るような仕草と顔で、熾炎業炎砲を発動。ドリームイーターの全身を焼く。
「ぎへえ?!」
悲鳴をあげるドリームイーター。
が、ドリームイーターはその後の攻撃の幾つかを回避。一分後にはドリームイーターは身を大きく震わせ、体についた粘液を飛ばしてくる。
咲楽は顔にドロォッとしたものをかけられ、声を上げる。
「ん……あ……いやぁ……」
ベルモット・アルカール(うさみみ螺旋メイド・e16802)も粘液を浴びたが、普段と変わらぬ無表情のまま。ただ、ベルモットの赤い瞳から、嫌悪感が感じ取れた。
「……汚らわらしいので視界に入れたくもありませんが。仕事ですのでさっさと処分してしまいましょう」
ベルモットは床を蹴る。次の瞬間には敵の懐に潜っていた。
「……遅いわ、隙だらけよ」
敵を蹴り上げ、無数の暗器を投げつける。敵を追いかけるように跳びあがり、踵で脳天を打つ。
容赦のない連撃は、うさ耳式-兎起鳧挙が如く-。
ベルモットの連撃に敵の動きがとまった。その隙に、戦場を動き回る一体。月島・彩希(未熟な拳士・e30745)のボクスドラゴン・アカツキだ。
「そのまま皆のサポートをお願いね」
彩希はアカツキが仲間を治療するのを確認し、自身はチェーンソー剣を振りあげる。
ドリームイータはヌラヌラした腕で顔をかばうが、彩希はその腕ごと敵を斬る!
彩希は、
「うぅ、攻撃した時の手ごたえが気持ち悪いかも……手ごたえも見た目もゾワゾワしてくるの……でも、ここでどうにか止めないと」
腕に鳥肌を立てつつも、使命感を目に剣を構えなおす。
彼女の横を、ヴァーノン・グレコ(エゴガンナー・e28829)が通過した。
「汗っかきは体質だから仕方無い、のだけれどね。……女性に嫌われるような無様な格好だけは避けたいよね。……それと、これに町中を走り回られたら、違う意味でパニックだ。だから――」
相手の側面をとると、ヴァーノンはジャンプ。
「ここで絶対に仕留めるよ!」
ヴァーノンは足を振りぬいた。輝く蹴りで敵の後頭部を強打!
ドリームイーターの身体が揺れた。ドリームイーターは蹴られた場所を己の手でグチャァっとさすりながら、
「ぐべべべべえ!!」
怒りの声。
戦闘は続く。
「ぶへーーーっ!」
「こっちくるなっすー! あちしは支援タイプっすからおよびじゃないっすー!」
シルフィリアスの前で、ドリームイーターが身を震わせる。汁が体から飛んだ。汚されてしまうシルフィリアス
さらにドリームイーターはダブルの動きで、シルフィリアスに抱きつこうとする。
だが、ピニオンは走る。ドリームイーターの前へ。シルフィリアスに代わって、敵に抱擁されるピニオン。
すぐに飛びのいたものの、敵の肌や腕の感触がまだ残っている。ピニオンは叫んだ。
「いやああああああやだやだ鳥肌ぁぁぁー!」
そんなピニオンに、ボクスドラゴンのパラレルが属性インストールを施してくれた。
ピニオンは気持ちを何とか落ち着かせたようだ、引きつりながらも笑う。
「オーダーは、殲滅? ――いいわね♪」
普段より少し低い、迫力のある声。そして駆動銃・第一階梯を発動。汗による仲間の消耗を癒し、力を強化する。
シルフィリアスも体にピニオンの力が入ってくるのを感じた。シルフィリアスは杖を振り上げ、
「隙ありっすよー!」
アイスエイジ! 敵を氷で覆う。ドリームイーターは氷の中もがきだす。
九助は間髪入れず、敵に告げた。
「来世じゃもうちょい品良く生きな」
途端、敵の足元で光が発生。浄瑠璃の灯。鬼来迎だ。
九助がともした灯の影響を受け、ドリームイーターは顔を両手で押さえる。トラウマに襲われているのだ。
「今だ、いけ!」
九助に応じ、ビハインドの八重子が敵の背後に立ち、武器で敵の体を抉る。
飛び散るドリームイーターの血。
●言語同断!!
一進一退の攻防が続く。
が、ケルベロスらは前衛を多めに配置する陣形で敵の全体攻撃の効果をそいでいた。治療の準備も十分になされている。敵の攻撃をしのぎ、逆に敵の体勢を崩すことに成功。
が、ドリームイーターは依然として醜悪な攻撃を続けてくる。今も両手を広げ、仲間をかばおうとしていた八重子を、グジュグジュと抱擁する。
その後ろで、九助が思い切り舌打ち。
「人の、嫁入り前の姉に、抱き着くなんざ言語同断!!!」
こめかみを怒りでひくつかせつつ、九助は杖で、敵を八重子から引きはがす。そしてナイフを突き立て、ジグザグスラッシュ!
九助の技がドリームイーターの態勢を大きく崩した。
ヴァーノンは九助に呼応するようにリボルバー銃の銃口を敵へ向けた。ヴァーノンは冷たく言い放つ。
「気持ち悪いから二度と立ち上がらないで、早く消え去ってくれ。……『願いの力を俺に』!」
そしてヴァーノンは引き金を引く。『羽ばたきし弾薬』、折り鶴型の、魂を封印した弾丸で敵を貫く。
さらにいくつかの攻撃が、ドリームイーターに命中。だが、ドリームイーターの反撃も必死なもの。
ピニオンは、その猛攻から仲間をかばい続ける。『誰かを体を張って守る』のが己の本分というかのように。
今もピニオンは敵の汗の滴を体で受け止めた。それでもピニオンは動き続ける。次の一分後には、敵の手を体で防ぐ。
ピニオンの全身はネトネトだ。おさげの金髪からボタァと粘液が垂れる。ピニオンはどうしようもない嫌悪を顔に浮かべつつ、駆動銃・第一階梯で前衛を支援。
守り手、回復手、支援役を、パラレルと共にこなしつつ、ピニオンは仲間へ叫ぶ。
「今のうちに、攻撃して! このヌメヌメを早くおわらせて! 早く早くっ!!」
シルフィリアスがピニオンの声に頷いた。
杖を回転させ、先端を敵に向け、魔力をチャージ。
「これでも、くらえっすー! グリューエンシュトラール!」
エネルギーの塊をドリームイーターに衝突させる。ピニオンによる強化が施された、シルフィリアスの一撃。
ドリームイーターは耐え切れず、両膝をついた。が、ヌルルルッ、音を立てつつ、立ち上がる。
琥珀は咲楽やベルモットと並ぶ。
「うう。まだまだ気持ち悪いよ、OLさんどんだけ嫌がってたの?! ……でも、動きは……」
「ええ、動きは鈍ってきました、体力もだいぶ削れました……今なら、きっと……」
「そうですね。今なら比較的容易に殺処分に処せそうです」
三人の意に応じ、琥珀のそらが輪を投げ、咲楽のミミックがエクトプラズムで切りかかる。
ドリームイーターの視線が二体へと向いた。
琥珀はすかさず、スイッチを押す。遠隔爆破。その威力で敵を真上に打ち上げる。
浮き上がった敵の体に、飛ぶ無数の矢。咲楽のマジックミサイル。咲楽の矢が敵の体を幾度となく刺す!
ベルモットは再び跳ぶ。両腕を振る。ヴォーパルバニーと無銘を、未だ宙にいる敵へと、一閃、二閃、三閃!
琥珀の爆撃、咲楽の魔法、ベルモットの斬撃に、ドリームイーターはバランスを崩し落下。ベシャ、ドリームイーターの肌についていた汁が散った。
廊下にうつ伏せのドリームイーターはすでに瀕死。が、体中から今まで以上の粘液を吹き出しつつ、なお立とうとする。
「させないよ!」
彩希の声。声に応じてアカツキがブレスを吐く。
彩希も前へ。立ち上がろうとするドリームイーターの顔へ、旋刃脚。彩希の足が、ドリームイーターの命を刈り取った。
●お風呂に行こう!
戦闘が終わった。咲楽は一息。体から力を抜く。そこで、ミミックが動いた。故意か偶然か、ミミックの身体が咲楽にぶつかった。
咲楽は倒れ、敵がまき散らした粘液に突っ込んでしまう。
「きゃああ?!」
頭から爪先まで粘液まみれ、服の中までべとべとになって、咲楽は泣きそうな顔。
彼女にベルモットがそっと歩み寄る。濡れタオルを彼女に手渡した。
「どうぞ……それにしても、汚らわしい。このような汚物をまき散らすなんて」
無表情のまま、首を振る。そしてベルモットは仲間とヒールと掃除を行うべく、準備をし始めた。
ヴァーノンは数人と、アパートの一室の戸を開けた。OLの玲子の様子を見るためだ。
玲子はまだ眠ってはいる。が、間もなく目を覚ましそうだし、怪我もないようだ。ケルベロスは彼女を助けることができたのだ。
ヴァーノンは彼女の嫌悪感が元になったドリームイーターを思い出し、
「気持ちは、かなりわかるのだけれど、我慢してあげてもらえると、男性のボクとしてはすごくうれしいかもしれない」
と小さく声をかけた。
しばらくののち、一行はアパートを出て、街を歩く。
彩希はベルモットから受け取った濡れタオルで体を擦りながら歩く。
「うぅ、まだベトベトしてる気がするよ……帰ったらお風呂入らないとね」
その言葉に、琥珀は、
「帰ったらじゃなくて、今すぐおふろはいりたーい! お風呂! お風呂に行こう! うわーん!」
と泣き顔をして見せる。
そうだ早くお風呂に行こう、それにしても今回の敵は気持ち悪かった……など会話をしながら、ケルベロスたちは歩き続けた。
今日の勝利を手にした彼女らの頭上では、月がぼんやりと、かつ優しく光っているのだった。
作者:雪神あゆた |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年2月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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