花言葉は聖なる愛

作者:あき缶

●警戒の果てに
 甲山に二度も出現した寄生型攻性植物……その原因を探るため、カリーナ・ブラック(黒豚カリー・e07985)、サフィール・アルフライラ(千夜の伽星・e15381)、コンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)をはじめとするケルベロスのパーティは、まずは甲山周辺を探索していた。
「アタシは青山墓地が怪しいと睨んでるんっス! きっと次は甲山より東っスよ!」
 とコンスタンツァが目星をつけたので、一行は甲山の東――仁川のあたりを探索していた。
「一般人に攻性植物を寄生させたのは何者なのか……早々に突き止めなくては」
 サフィールの気は逸る。
 そのとき、カリーナの相棒、ウイングキャットのかまぼこが鋭く鳴いた。
「どうしたの……ッ!?」
 カリーナはかまぼこが見ている方角へと首を巡らせ、驚愕する。
 茂みの奥で、黒衣黒翼の眼鏡の男が、虚ろな目をしている中年男性を引き寄せている。しかも、眼鏡の男の全身には時計草が咲き乱れているではないか。
「さあ、あなたにも播種をもって受難を……」
 サフィールは悟る。
「あれが、この一連の事件の犯人か」
「だめ……っ!」
 カリーナがとっさに叫ぶ。
 彼女の叫びが届いたか、中年男性はハッと我に返り、意味の分からない悲鳴を上げながら走り去っていった。
「……誰です? 私の播種の邪魔をする者は」
 ゆっくりと眼鏡の男はケルベロス達へと向き直った。
 そして男はため息を吐く。
「ケルベロスですか……。もっと後で出会いたかったものです。しかし、もはや致し方ないですね」
 おもむろに男はケルベロスに向かって、奔流のように蔦を伸ばしてきた。
「死んでいただきましょう」
「お前がすべての元凶っスね! 皆、ここで絶対に倒すっスよ!」
 コンスタンツァは愛銃を構えながら叫ぶ。
 両者が交差するまであと数秒。


参加者
メイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026)
ジューン・プラチナム(エーデルワイス・e01458)
深山・遼(烏豹・e05007)
コンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)
サフィール・アルフライラ(千夜の伽星・e15381)
鵜松・千影(アンテナショップ店長・e21942)
鴻野・紗更(よもすがら・e28270)
ペル・ディティオ(破滅へ歩む・e29224)

■リプレイ

●ilya
 蔦の奔流がケルベロスを包み込む。煉獄神父ハイドと意図せず遭遇してしまったからには双方戦うしか選択肢はない。
「くっそー、パトロールだけだと思ってたから、いつものコス準備できてないよ。まあジャージでもいっか、自宅警備員のユニフォームだと思えば……」
 普段は、コスチュームで身を包み、力を引き出しているジューン・プラチナム(エーデルワイス・e01458)だが、今日は戦闘になるとは思っていなかったらしい。
 脳髄を揺さぶる甘美な誘惑に、ぐぅらり歪む視界を耐えつつ、ジューンは言う。
「でも……人影もないし人数も揃ってる。好機を逃す訳にはいかないね。……さあ、今日はただのジューン・プラチナムだよ、それじゃ逝ってみようか!」
「見つけたからには、逃がせませんね……。これにて幕引きといたしましょう」
 貴殿の悪事もここまで……とまで陳腐な台詞までは口にせず、鴻野・紗更(よもすがら・e28270)はオウガメタルを操る。
「逃しはしないよ」
 ハイドを囲もうとしつつ、メイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026)はライトニングロッドから雷を奔らせる。
「懺悔の準備はできてるかい? 天の雷、神罰の感想は如何かな?」
 早々に決着がつきそうなのは僥倖だ。そして得られた幸運を逃がすほど、メイザースは甘くはないつもりだ。
 エンジン音を高らかに響かせて、ライドキャリバー夜影は地面を滑るようにハイドに急接近を試みる。騎乗するはそれの主、深山・遼(烏豹・e05007)。
(「奴の手にある種を……!!」)
 右手で柄を、左手で鞘を、巌穣左文字“黝仁”を俊敏に引き抜き、
「ここ!」
 刃閃かせてハイドの腕を狙うも。
「おっと」
 すいとデウスエクスはライドキャリバーごと遼を避けた。
「くっ」
 コンスタンツァ・キルシェ(ロリポップガンナー・e07326)のリボルバーも火を噴くが、それをもハイドは避ける。
「そう易易と好きにできると思ったら大間違いですよ」
 部位を狙うならばスナイパーになっていたほうが確実だったか……それともケルベロスの鹵獲の魂胆は見抜かれていたか。
 避けたハイドの背後をサフィール・アルフライラ(千夜の伽星・e15381)の足が襲う。
「神とやらの身許に召されるのは貴方だ、ハイド」
 前回、ハイドによって殺された命を救えなかった。致し方ないことだったが、サフィールはそれを後悔している。
 続いて、鵜松・千影(アンテナショップ店長・e21942)のバスターライフルが、極寒の光線を投射した。ミミックのエクトプラズムも追撃する。
 ジューンの蹴りがハイドに炸裂する。
「あなたの自我はそのまま? 植物に操られていない?」
「何をおっしゃっているのやら、理解に苦しみます」
 ジューンが呈した疑問に、ハイドはそう返した。
 仮に操られていても、自我を奪われていれば『操られています』とは言わないだろう。
 外套に身を包むペル・ディティオ(破滅へ歩む・e29224)は、拳だけを外気に晒す。
「白き魔力よ、破壊と引き合わす引力を宿せ」
 拳に宿った白い魔力がハイドとペルの拳を引き合わせ、痛烈にぶつけ合う。
「クク……どうした、今出会っては拙い事情でもあるのか?」
 ペルが尋ねると、頬を押さえたハイドは眉をひそめる。
「ええ、まだ成すべきことを成せていませんのでね」
 ペルは頷く。
「ならば僥倖だ、敵が少しでも嫌な顔をするのは狂おしいほどに愉快な話だからな」
「なるほど、その気持とても……よくわかりますよ」
 にこりと微笑んで、ハイドは指をペルに向けた。
「!」
 一瞬後に、ペルは全身が燃え上がるように熱くなるのを自覚する。
「これが信仰の熱……分かっていただけると思いましたが」
「……ハ、わかりかねるな。そんな下賤な考えは。共感を求める程度に知性ある植物というものには興味を抱くが」
 脂汗を垂らしつつもペルはそううそぶく。

●es gibt
 紗更が達人級の一撃を浴びせようと襲いかかる。
「多少手荒になりますが―――失礼致します!」
「失礼は……御免被りますよ」
 ぬるりとハイドはその一撃、掠る程度に抑える。
「ときに、貴殿のその教義とはどういったものでございましょうか」
 紗更の質問に、ハイドはにこやかに答えた。
「我らの支配を受け入れる事で人は救済されるのです。救われませんか? 貴方も、苗床になって」
 だが、もちろん紗更は丁重にその申し出を断った。
「それこそ御免被ります」
 おやおや残念、とハイドは肩をすくめる。
「邪教の徒、貴方の掲げる聖なる愛とやらはそんな狭量なものに過ぎないのか?」
 サフィールはドラゴンの幻影をけしかけながら、ハイドに挑発の言葉を投げた。
 だがハイドは微笑むだけだ。
「信じぬ者まで救うほど優しくはありません。歯向かうものまで救うほど愚かでもありませんしね」
 メイザースの電撃がペルを癒やす。遼の夜影が銃弾を浴びせ、彼女の分身もペルを守る。
「これは君一人の意志と判断ではなさそうだ。カンギ様とやらの思し召しかな?」
「おや? 心外な。私が誰かの下っ端だと思っておられるなら、甘く見られたものだ。手加減しすぎましたかね?」
 メイザースの質問にハイドは鼻白んだらしい。
(「つまり暗躍の策謀者はいない……? いや、ハイドが自覚していないだけかもしれない……」)
 質疑応答を聞きながらサフィールは冷静に考えを巡らせる。ハイドの根幹を見抜きたいサフィールだが、彼自身が知らないのならば聞き出すことは不可能だ。
「神を信じるはテメェの勝手だ。けどよ、その信仰を他人に押し付けんのは違うと思うぜ」
 バスターライフルから極太のビームを放ちながら、千影は言う。
「ましてや心を、命を勝手に奪うなんてのはな。ぜってぇ、許せらんねぇよ」
 ミミックも千影の言うとおりだと言いたいように、ハイドに黄金をばらまく。
「花に身を奪われて、心を殺されて、何が救いだ」
 睨めつける千影にハイドは片目を眇める。
「救いでしょう。我々に奉仕することでのみ救われるのですから」
「心があるから救われる、受難からも耐えられる、苦難の果ての光を見つける事ができる」
 ハイドをまっすぐに睨みつけたまま、千影はバンと己の胸を掌で叩いた。
「心を失った時点ですべてが終わってんだよ。信仰も、救いも、神も、お前自身も」
「心があるから苦しむのに。可哀想な人だ。貴方も苗床になればわかります。どうですか?」
 千影の情熱こもる反論も――だめだ、水掛け論にもなりそうにない。
 論議とは、双方の常識と双方の価値観に一定の相互理解がなければ成立しない。
 攻性植物とケルベロスでは、『言葉の定義』が決定的に違うのだ。
「人に植物を寄生させる受難って何をしたいの?」
「受難を乗り越え、人は正しく救われるのです。我ら攻性植物の善き僕にね」
 ジューンの弱点を突く攻撃を受けつつも、まだハイドの顔は余裕綽々であった。
「そんな教義を是とする神様、アタシは絶対に認めねっス。悔い改めるのはそっちっスよ!」
 コンスタンツァの目には怒りが燃える。いくつの命が失われるのを為す術なく見てきただろうか。その元凶を前にしているのだ、怒らずにはいられなかった。
 だが彼女の渾身のハンマーをハイドはぬるりと避けるのだ。
「ふふ、口だけは達者なお嬢さんですね」
「口が減らないのはどっちだ。神父の石像にして飾ってやる」
 ペルの鹵獲術がハイドに石化の呪いをかけた。

●sein
 ハイドは周囲を睥睨すると、すいと手を掲げた。
「そんなに私の教義にご興味があるのでしたら、やはり一度苗床になってみるといいですよ」
 蔦の奔流が後衛を飲み込んでいく。
 ギャギャギャとアスファルトを噛みながら、スピンした夜影が猛スピードでメイザースを守る。
 ブォ、ブォオン! ボディが蔦まみれになり、夜影は苦しげにエンジンを吹かす。
「くっ……ぅう」
 遼もまたジューンを庇い、グラグラと脳髄を揺らす力に耐えようと頭を押さえた。
「ハ……理屈じゃないってか……」
 千影も同じ精神を蝕む力を目の当たりにして呻いた。ベンさんも弁当箱めいた蓋を閉め、辛そうにうなだれている。
「送って差し上げましょう―――少し、痛いかも知れませんね」
 体内のグラビティ・チェインを紗更は鋸歯を思わせる鞭へと変える。
 ヒュウと風を切って、鋸歯鞭はハイドの体を連撃で切り裂いていく。
「君が播種をもって『受難』を与えるというならば、私は『聖なる愛』という名の果実を皆に捧げるとしようか」
 同じ時計草の攻性植物で、メイザースは黄金の果実を光らせて、夜影と遼を守ってやる。
「縛り捉える狂おしき伽噺よ、此処に」
 サフィールの紡ぐ炎熱の魔神と青年の物語がハイドに理屈ではない畏怖を付与する。
「往け! ……焼き尽くせ」
 遼が『暴食』を思わせる真っ赤な紅で印を描くと、口寄せされた不可視の地獄の番犬はハイドめがけて食いつこうと疾走る。それに並走する夜影。
 しかしその番犬を、夜影の突進を、ハイドは握りつぶした。
「なっ」
 驚く遼に、ハイドは呆れたように首を横に振った。
「児戯もよいところです。私を今までの信者と同じだと思われているようなら、それは大きな間違いといえましょう」
(「鹵獲なんて生易しいこと言ってる場合じゃないって事ね。倒すのが先決……!」)
 ジューンは高らかに叫んだ。
「この一撃を受けてみろ!」
 大仰な一撃――なんとなく避けてはいけない空気をまといながらの一撃が、ハイドの急所を抉る。
「ぐ、あ」
 目を見開き、苦悶の表情を浮かべるハイドに、ジューンは手応えを感じて頷いた。
 続いてハイドを貫いた銃弾からは、筒のような花が咲いた。
 青い時計草に混じって咲く紅紫の花は、ひどく目立つ。
「鵜松の名のもとに――。御魂を喰らいて、花を咲かせよ」
 千影の南蛮煙管だ。千影はよろりと立ち、息を荒げながらも呟く。
「花は美しいが――恐ろしい。俺は知ってる。だから、溺れない。花に、その力に」
 ミミックは自分自身をエクトプラズムで叩いてしまう。ハイドの力に操られ、自傷させられるサーヴァントを千影は辛そうに見やった。
「ハイド、アンタに忘れられない人はいるっスか。アタシにはいるっス、大事な仲間が」
 コンスタンツァが話しかける先は、攻性植物に囚われる前のハイドだ。だが、『ハイド』にはもうその言葉が届かない。
 鼻で嗤うハイドに、コンスタンツァは眉を寄せ、そして気を取り直して追憶の歌を歌い始める。
「リメンバーフォーエバー」
 情感たっぷりのバラードが千影とミミックを癒やす。
「そら、構えがお留守だぞ……」
 ペルが再び白き引力でハイドを殴ろうとするのだが、
「そう何度も食らってあげません」
 避けられた。

●esse
 ケルベロスの攻撃はどうにもハイドには当たりづらいようだった。もう少し、迅速に命中度を上げていく工夫が必要だったろう。
 長期戦だった。ハイドを囲み、絶対に逃がさない覚悟だけは共通していたのが幸いして、サーヴァントが消滅し、それぞれが消耗した上ではあったが、根気強く重ねたサフィールとジェーンの足止めがようやく効いてくる。
「いざ参りましょうか……いよいよ物語の幕引きでございます」
 鎌を薙ぎ、紗更はハイドを追い詰める。
「そろそろ別れの時間だ」
 遼は月光の斬撃を続けて浴びせ、敵を縛る。
「逃さねぇよ」
 凍結に逃走を防ぐ力はないのだが、威嚇射撃の意味も込め、千影はバスターライフルで冷凍光線でハイドを凍らせた。
「刻遡れ時計草、時の巡りは我が手の内に。さあ、スタン君」
 メイザースはダメ押しのようにコンスタンツァに逆時呪をかけてやる。
「同じ花を咲かせた縁ということでね」
 相手は徒花ではあったが。
 メイザースによる魔法は、コンスタンツァに集中力をもたらす。
「見えるっス! よし……アンタに殺された宿主の苦しみ、アンタに蹴り殺された犬の哀しみ、救えなかった悔しい想い……ありったけ弾丸にこめてぶちこむっス!!」
 万感の思いを込めて、コンスタンツァは宿敵めがけて引き金を引いた。
 頭蓋を撃ち抜いた銃弾――ハイドは眉間に穴を開け、しばし呆然としていたが、
「ああ……まだ、やるべき、こと、が」
 と口を開閉させた後、バタリと倒れ――溶けて消えた。
「消えた……!」
 サフィールは思わず叫ぶ。デウスエクスは、種も組織も何もかもこちらに渡すつもりはないのだ。
 手掛かりらしきものは何一つ得られなかった。サフィールは悔しさを噛みしめる。
「……謎がやっぱり多いっスね……。ハイドが生きた痕跡をカタチにして遺したかったのに」
 コンスタンツァはもはやどこにハイドが倒れたかもわからない状態の地面を見つめ、悔しげにひとりごちた。
 ペルも注意深く周囲を調べるのだが、服の破片一つない。
「くっそー! なんにも飛びもしなかったよ!」
 オーズの種のときのように何かが何処かに飛んで逃げると思っていたジューンも歯噛みする。
「でも……せめて最期は安らか……だったっスか?」
 コンスタンツァは、もう誰も答えることが出来ない疑問を口にする。
「……どうぞ、おやすみなさいませ」
 ただ紗更は、煉獄教神父に眠りの挨拶を贈るのだった。

作者:あき缶 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年11月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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